2001年――4月4日――
この日、シミュレーターデッキは、いつもとは異なる熱気に包まれていた。
『ムキーっ、なんであんた達そんなに慣れるのが早いのよーっ!?』
『し、知らんな…』
『ハヤセがおそいから?』
『ぬがーっ、シェスチナ泣かす!』
水月の声が響くシミュレーション内で、XM3搭載時の動きが再現された不知火が動き回っていた。
その中で一際良い動きをしているのが、イーニャ・クリスカペアの機体だ。
水月が悔しそうに叫び、その事に視線を逸らしてとぼけるクリスカと、平然と言い返すイーニャ。
この二人、内緒で大和から教導を受けていたのだから、当然と言えば当然である。
『にしても遊びがすくないなぁ、実機でもこれなら、慣れないと倒れちゃいますね大尉』
『そうだな、だが先行入力やキャンセルがこれほどありがたいとは……』
『フィードバックデータが集まれば、さらにスムーズな動きが可能ですし、本当に素晴らしいOSですね』
上沼・伊隅・風間は一つ一つの動作を確かめながら、確実に挙動をモノにしようとしている。
宗像は東堂と一緒に水月をからかって遊んでいたりするが。
「全員、操作の感覚は掴めたか?」
管制室から彼女達の様子を見ていた大和の言葉に、全員が生き生きとした顔で返事を返した。
「では、これから本格的な教導に入る。目標はA-01全員生存でのヴォールクデータ、反応炉到達だ」
『『『『『『っ!?』』』』』』
大和の言葉に、全員が息を呑んだ。
横浜基地で最精鋭と言われる彼女達ですら、中層到達が限界のヴォールクデータ。
それを、一人も欠ける事無く遣り遂げろと大和は言っているのだ。
イーニャとクリスカは、事前に聞かされていたので驚かなかったが、内心無茶だと思っていた。
「言っておくが、決して大袈裟な事でも妄言でもないぞ。XM3とA-01の実力、二つが合わされば出来ない事では無い」
そう断言する大和の言葉と視線には、微塵も無理と思っていなかった。
それだけXM3と、自分達の実力を買っているのだと理解した面々は、気持ちを引き締めて「了解です!」と答えた。
「とは言え、いきなりは無理だろうから、最初にあるデータの再現を見てもらう。そこから、ハイヴ攻略において何が重要か、何が出来るのか、学んで欲しい。涼宮中尉、このデータを再生してくれ」
「あ、はい」
隣で管制している遙に、データチップを渡してそれをシミュレーターで再生させる大和。
全員の網膜投影の映像が、再現映像に切り替わる。
「これは、とある衛士と俺が行った、ヴォールクデータの攻略記録だ。後で感想も聞くので確り見て欲しい」
その言葉の直後に、映像のヴォールクデータ攻略がスタートした。
映像には、突撃前衛の不知火と、強襲前衛の不知火が、ハイヴ内を高速で移動している光景が映る。
やがてBETAの一団と遭遇するものの、二機は完全無視で通り過ぎてしまう。
これには伊隅達も困惑する。
その後も二機は遭遇するBETAを、必要最低限しか相手せずに、時には足場にして飛び越えて行ってしまう。
ハイヴ内で光線級の脅威が無いとは言え、ピョンピョンと見事な三次元機動。
最初は困惑していた彼女達も、その意味を理解し始め、なるほどと頷いている。
先は長いのに、一々BETAの相手をしていたらいくら武器弾薬を持っていても意味が無い。
やがて二機は中層を突破、その後は格段にBETAの出現率も数も増えるが、それでも二機は止まらない。
そして、終には反応炉に到達してしまう。
その時点で、突撃前衛は長刀1本に突撃砲1丁、予備弾薬も1つずつ残っている。
強襲前衛は予備弾薬は尽きたものの、まだ突撃砲は健在で、長刀も二本残っている。
これには、A-01とはいえ呆然と、夢現状態になっていた。
シュミレーションとは言え、最難関データであるヴォールクデータを、二機連携で攻略するという実例を見せられたのだから。
「ほんとうに…できるなんて……」
隣の遙もぽ~っとしており、この映像の凄さがどれ程かよく分かる状況だった。
因みに、これより更に早くクリアしたデータがあると言ったら、彼女達はどうなるだろうと大和は思ったり。
「すっっっっっっっっごいです少佐ぁっ!!」
「そ、そうですか、それは何より……」
初日のシュミレーション訓練が終了し、簡単な反省会の為に座学部屋に集まったA-01。
大和が資料を持って顔を出すと、水月が目をキラキラさせて今にも押し倒さんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「全くです、まさか二機連携でヴォールクデータを攻略するなんて…」
「あの二機も、XM3を使用していたのですね?」
陶酔したように呟く宗像と、問い掛けてくる風間。
彼女の問いにそうだと答えると、早くあんな動きが出来るようになりたい…とウットリしている。
「って言うか、あの強襲前衛が少佐ですよねっ?」
「そうだが……よく気付きましたね中尉」
彼女達にはどちらが自分とは言ってなかったが、水月は完全な確信を持って問い掛けてきた。
「そりゃ分かりますよ、何せ一度目の前で見てるんですからっ」
どうやら、以前の動きと映像の動きを照らし合わせて判断したらしい。
それでも、大した観察眼だと感心する大和。
「おや、中尉は少佐が気になりますか?」
「む、宗像、アンタ何言ってんのよ!?」
「いえ、男女の関係には奥手な中尉にしては…と思いまして」
「そ、そんなんじゃないわよーっ!」
案の定、興奮気味の水月をからかう宗像。
言われた水月は、必死に否定しているが、それが余計にからかわれると彼女は理解していない。
「クリスカ、たいへんっ」
「い、イーニャ?」
「ハヤセにヤマトとられちゃう、クリスカがイロジカケでユウワクしてっ」
「イーニャっ!? どこでそんな言葉覚えたのっ!?」
イーニャの突然の爆弾発言に彼女を問い詰めれば、指差す先は上沼。
「カミヌマーーーっ、貴様イーニャに何を吹き込んだーーーっ!?」
「いやーん、ビャーチェノワ怖ーいっ、泉美助けてぇ~っ!」
「ちょ、私まで巻き込むなってば!」
過保護モードのクリスカに追い掛けられ、東堂を楯にしつつ逃げる上沼。
騒がしい室内は、既に反省会のことなど忘れている様子。
「も、申し訳ありません少佐っ」
「いやいや、今日くらいは騒がせて上げましょう。夢に描いていた事が、叶うと分かったんですから」
ただし、明日からはスパルタですよ?と笑う大和に、伊隅も笑顔で頷くのだった。
次の日、本当にスパルタな大和の教導に、全員がグロッキーになったとか。
2001年――4月13日――
この日、横浜基地演習場に、二機の戦術機が対峙していた。
演習場の中でも、最も奥に存在し、普段はA-01などが使用する場所。
その演習場の外れには情報収集用車両と指揮車両が、各種装置を設置した状態で待機している。
「ピアティフ中尉、準備は終わった?」
「はい、副司令。現在記録班・撮影班共に待機中です。黒金少佐、白銀大尉共に機体セッティングを終了しています」
指揮車両内で、夕呼と管制を勤めるピアティフ中尉が、カメラからの映像を映す画面を見つめている。
そこに映っているのは、灰色の戦術機。
まだ正式な色を塗られていない、不知火改造機。
暫定名称――『雪風』――である。
片方、頭頂部に角があり、武御雷のような頭で顔は不知火という頭部が特徴の武機。
もう片方は、頭部の左右のアンテナ部分が、片側2本のアンテナのような銃口を持つ大和機。
どちらも、不知火の改造機でありながら、顔と胴体しか不知火の印象が残っていない。
もし頭部が全く異なっていたら、似た胴体の吹雪改造機とも思われる機体になっている。
色が灰色なのも原因だろう、配色をすれば、少しは不知火の改造機と分かり易くなる。
全体的に不知火より大きく、最大の特徴は、その肩部装甲ブロック先端に装備された、二機それぞれ異なる武装。
そして、背面にある筈の可動兵装担架システムが 肩部装甲ブロックの背面へ移動。
空いたその場所には、可動追加スラスターが二機並んで搭載されている。
さらに各部に改造が施された雪風。
それを、夕呼は満足そうに見つめる。
「中々良い感じじゃない。もっとゴテゴテした感じになるかと思ったけど、バランス良いわね」
「今回の稼働実験では、白銀機は追加スラスターからなる高機動型、黒金機はガトリングユニットからなる強襲殲滅型兵装で模擬戦闘を行います」
「ポジションや作戦に合わせて装備を交換、しかも装備は各所をブロック化する事で交換性能を高める仕組み…確かに効率的ね」
夕呼が見つめる先にある雪風二体。
武機は足首や太股にまで小型スラスターが装備され、肩部装甲ブロックの先には可変式ウィングとスラスターからなる飛行補助ユニットを装備。
その装備も片側2発の小型誘導ミサイルと35㎜機関砲が装備されている。
対して大和の機体は、太股の小型スラスターは一緒ながら、脹脛の外側に小型ミサイルポット。
肩部装甲ブロック先には、ショートバレルタイプのガトリングが2門装備されたガトリングユニット。
実に対照的な装備二機が、模擬戦の開始を今か今かと待っている。
「それじゃぁ、そろそろ始めましょうか」
「はい。これより、不知火改造機『雪風』による稼働実験と模擬戦闘を開始します。両機は転送したテストプランに従って行動してください」
『『了解』』
武と大和の返答に、ピアティフが一度夕呼を見る。
「始めなさい」
「了解。カウントスタート…9…8…7…6…5…4…3…2…1…実験開始!」
ピアティフの声と共に、二機が演習場を走り始める。
最初に各種状況下などを想定しての稼働実験、それが終了次第、模擬戦闘へと突入するトライアル形式だ。
演習場に配置された無人機やバルーンなどをペイント弾で染めながら進む二機。
スピードに関してはやはり高機動型である武機が先行するものの、大和機はその圧倒的な火力でターゲットを撃破していく。
この稼働実験も夕呼の提案でレースになっており、負けたほうは彼女考案の罰ゲームが待っているとか。
彼女の性格を良く知る二人は、内心必死でテストをこなして行く。
『にしても、なんだよこの機動性! 武御雷より速くないかっ!?』
『当たり前だ、機動性ならラプターを超えるように設計したんだぞ!』
武の嬉しそうな呟きに、大和がガトリングユニットの射撃でターゲットを破壊しながら答える。
『だーっ、それ俺が狙ってた奴だぞ!?』
『あ~ん? 聞こえんなぁ~』
『大和お前、ちくしょう、それならこうだっ!』
お返しとばかりにウィングに装備された小型誘導ミサイルを発射。
ペイント液が詰め込まれたそれは、大和機の目の前にあったターゲットに着弾して黄色い液を撒き散らす。
『ぬぅ、今俺ごと狙ったな!?』
『え~、知らないなぁ~。もしそうだとしても、当たっちゃう方がマヌケだと思うけどなぁ~』
『オノーレ…ッ、………おっと手が滑った♪』
『どわぁぁぁぁぁぁっ!?』
白々しい台詞と共に、大和機の手腕に装備された小型ガトリングからペイント弾が放たれ、武機を掠める。
『危なっ、今掠ったぞ!?』
『いや~、すまんすまん。しかし女性に対する手が速い武なら問題ないだろう?』
『どういう理由だそりゃっ!?』
お互いがお互い、相手のターゲットや共通ターゲットの奪い合いをしながら進んでいくテスト。
「何かしらね、この映像と音声の噛み合わない状況は…」
「あ、あはは…白銀機目標値の8割をクリア、黒金機も同じです…」
見事な動きを見せる雪風二機と、対照的に子供の喧嘩になり始めた会話。
呆れたように笑う夕呼と、疲れたように管制を続けるピアティフが少し哀れだった。
予定のテストを全て終了し、武器弾薬の補給を受ける二機。
整備性能も考慮された装備は、瞬く間に補給を終える。
「では、続けて模擬戦闘を開始してください」
『『了解!』』
本来ならこの後ピアティフのカウントが入るのだが、それを無視して二機が同時に動く。
XM3搭載の不知火を更に凌駕する動きで襲い掛かる武に、圧倒的な火力によって弾幕を張りつつ迎え撃つ大和。
突撃砲2丁と、左右合計4門のガトリング砲の攻撃に、流石に突っ込めない武。
『斯衛軍の寄宿舎での飯、8回奢ったぞ! 大和っ!』
『俺は16回奢らされた!』
「何言い合ってんのよ…ピアティフ、この記録、会話はカットしといて」
「既にやっています」
仕事の早い中尉だった。
『このぉ…っ、ならこれでどうだぁぁぁっ!!』
『何ッ!?』
大和機の射撃能力と突撃力の高さに焦れた武が、機体を空中で急旋回させて地表スレスレを“飛行”しながら突っ込んでくる。
それを慌てて避け、牽制に両足の小型誘導ミサイルを放つ。
追尾してくるそれを、武は歯を食い縛りながら背部スラスターを可動させて急制動をかけ、反転して突撃砲と機銃で撃墜していく。
空中でペイント液が撒き散らされる中、物陰に隠れた大和は武の適応能力に舌を巻く。
『武め、もうサブウェポンと飛行機動を会得している…ッ』
改造と共に組み込んだサブウェポンシステム。
オート・セミオート・マニュアルから成り立つそのシステムは、予め優先順位を決める事で、簡単なボタン操作で切り替えられるようになっている。
使用優先度を高くした武装はボタン一つで使用可能、トリガー操作と合わせる事で、任意でウェポン選択が可能になっている。
また、システムがデータを蓄積する事で、装備された武装の最適な使用状況を判断し、オート設定なら自動で武装が切り替わる。
現在、データの蓄積が少ない事から、武はマニュアルでサブウェポンを操作してミサイルを撃墜したのだろう。
飛行機動に関しては、雪風は不知火に比べて高い飛行能力を保持しており、装備によっては今の武のように空を飛ぶ事も可能。
今までの戦術機の空中移動が“跳ぶ”であったのに対して、雪風は“飛ぶ”と呼べる能力を持っている。
『面白い、とことん相手になるぞ武ッ!!』
『大和ぉぉぉぉぉぉっ!!』
物陰から飛び出し、肩部装甲ブロックに移設された可動兵装担架システムから、新開発の近接戦闘直刀を右手に持つ。
長刀よりも短く、反りの無いそれは、乱戦や超近接戦闘を考慮した幅広の刃であり、攻撃より防御を重視した取り回しの良い武装。
上空から切り掛かってくる武機も、両手にそれを持っている。
『ぬぅぅぅぅッ!!』
『おぉぉぉぉっ!!』
スーパーカーボンに、さらに特殊な溶剤で加工したそれが、ギャリギャリと火花を散らす。
『このッ!』
『うぉっ!?』
鍔迫り合いの中、武の機体の手腕が少し回転し、手腕ガトリングの砲門と、頭部の角が根元で可動して銃口を向けてくる。
それを瞬時に察した大和は、太股のスラスターを前に可動させ、最大噴射で離脱。
それでも構わず放たれたペイント弾で咄嗟に楯にした肩部装甲が黄色く染まるが、威力設定が低い腕のガトリングと頭部のバルカンでは大破にはならない。
『惜しかったな、その武装はどちらも至近距離でなければ胴体までは貫通しないぞ!』
『小型種用だからかっ、でもまだだっ!!』
追撃をしかけてくる武機に、弾幕を張りつつ間合いを取る大和。
白熱する模擬戦闘は、お互いのミサイルが至近距離で直撃するまで続くのだった。
「お疲れ様、良いデータが取れたじゃない」
「ありがとう、ございます…」
「あぁ~、久しぶりに疲れたぁ~……」
模擬戦闘が終了し、整備班達が撤収準備をする中、指揮車両の前で座り込む大和と、大の字で倒れる武。
何だかんだで、5時間の模擬戦闘。
しかも実弾使ってないだけの、ガチバトルに二人とも疲労困憊だった。
「黒金、雪風の新型噴射跳躍システムと追加スラスター、技術廠に送ってあげなさい。と言っても、どうせもう準備してあるんでしょ?」
「よく、お分かり、で…。今回の、実機データと、一緒に、送ります……」
「全く、そんなになるまで続けるんじゃないわよ。ピアティフ、全員撤収させて。機体は洗浄してから格納庫に。後は黒金がやるわ」
「了解しました」
ヘッドセットで各班に連絡を入れるピアティフ。
流石は夕呼子飼の技術者や整備班、連絡が入ると直に行動を開始する。
「それじゃ、アタシは仕事に戻るから。さっさと仕事に戻りなさいよ」
そう言ってスタスタと帰ってしまう夕呼。
「夕呼せんせぃ、鬼だ…」
「そう言うな…博士もユニットの事で忙しいらしい……」
聞くところによると、現在彼女は00ユニットを更に改良する為に研究の真っ最中だそうだ。
その為に、姉に連絡とっていたと霞が教えてくれた。
「しかし、凄い機体だな雪風…早く他の武装も試したいぜぇ……」
「支援砲撃武装が難航してる……優秀な副官が欲しい所だ…」
大和にしては珍しく愚痴る。
後日、この発言を後悔する彼が居たりするが、また別のお話。