2004年――――日本帝国本土撤退戦――――
オルタネイティヴ5と共に発動された大反攻作戦。
その作戦が各ハイヴで上手く行き始めた矢先に、それは起こった。
大陸内部に存在するハイヴからの、BETAの大進軍。
各末端ハイヴを経由して、奴等は瞬く間に人類が押し返した戦線を蹂躙。
一度は佐渡島を奪還した日本は、甲20号鉄源ハイヴを経由して上陸してきたBETAの大群に、瞬く間に飲み込まれる事になった。
先の大反攻作戦で消耗した日本帝国軍と極東国連軍にこれを止める術は無く。
大東亜連合などのアジア方面も同時に攻められ援軍は期待できず。
日本は離島を除いたその殆どがBETAに蹂躙される事になった。
政府はBETAの進撃にいち早く対応し国民を豪州や米国へと逃がす努力をしたが、日本を捨てたくないと自分の生まれた場所で死にたがる民間人の脱出に手間取っていた。
千葉県房総半島最終防衛線――――
太平洋に面する外房の日本帝国軍湾岸基地では、最後の脱出艇の準備に追われていた。
既に帝国首脳部や将軍は脱出したものの、まだ多くの国民が取り残されている。
その脱出を任されたのは、帝国本土防衛軍第8・第9師団。
残れば間違いなく生き残れない戦場に、命をかけて残ることを望んだ戦士達。
『決死』の文字をあえて機体へと書く事で、己の覚悟を表す衛士達。
その中に、数台だけUN、国連軍カラーの機体が存在した。
彼らは、数日前にBETAによって全滅した国連横浜基地所属だった部隊。
雪崩のようなBETAの進撃を押さえられず、たった数十名のみが生き残った最悪の戦闘の生き残りだった。
「こちらジョーカー05、民間人の脱出の援護を行う」
『こちらCP、国連軍である貴方達は即時撤退が命じられています』
「その国連軍の非戦闘員がまだ避難してる途中なんだ、それが終わればこちらも避難する」
『CP了解、貴官の協力に感謝する』
整備ドッグから修理したばかりの陽炎を操作してCPへと通信するのは、国連軍へとその身を置いていた大和だった。
彼は、所属部隊の隊長の命令で横浜基地から非戦闘員達を脱出させる任に当たっていた為、今回は生き残る事が出来た。
母艦級の突撃。
誰もが予想しなかった超大型BETAの出現とその行動に、横浜基地はまともな対応も出来ずに内部に侵攻され、結果全滅。
生き残ったのは、外縁部で戦っていた少数の衛士と、早くから避難させられた非戦闘員、そして大和がBETAの戦線を突破して連れ出した僅かな人間だけ。
一度陽炎を停止させてシステムチェックを行っていると、機体のカメラセンサーの映像に見知った相手を見つけ、愕然となる大和。
「ッ、桐生さんまだ避難していなかったのですかッ!」
外部スピーカーで呼び掛けた相手は、決死隊へと志願した兵士達が慌しく走り回る中、腕に赤子を抱いて横浜基地があった方を見つめている女性。
「……黒金少尉…私は、ここに残ります…」
「何を馬鹿なッ、死ぬ気ですかッ!?」
慌ててコックピットから跳び出して着座させた陽炎の腕を駆け下りる。
桐生と呼ばれた女性は、30代手前の清楚な女性だった。
その身に包むのは、薄汚れた国連軍の制服。
彼女は横浜基地で産休中の通信兵であり、大和が所属していたジョーカー隊、その隊長の妻であった人。
彼女が胸に抱くのは、その隊長の忘れ形見。
「夫は横浜で散りました……なら、せめて少しでも近い場所で眠りたいんです…」
そう言って、横浜基地の方を…いや、光の灯らない瞳で、虚空を見る女性。
BETAの雪崩のような侵攻と基地の壊滅をその眼にした彼女は、心が壊れかけていた。
今年になって新しく着任した基地司令が脱出命令を出すのが遅く、開戦前に脱出した人間を除いて、結局、非戦闘員を合わせて生き残ったのは30人に満たない数。
彼女とその子供が助かったのは、運が良かったのと夫である桐生隊長の判断によるものだ。
「馬鹿なことを言わないで下さいッ、隊長は貴女にそんな事をさせる為に脱出させた訳ではありません!」
彼女の両肩を掴み、呼びかける大和だが、彼女の瞳に光は戻らない。
大和のあまりの大声に、眠っていた赤子が泣き出した。
今年生まれたばかりの隊長の子供。
「では、私はどうすれば良いのですか…」
「貴女が死んだらこの子はどうなります、隊長の忘れ形見まで殺すのですかッ!?」
酷な言葉と思いながらも、何とか彼女を逃がそうと考える大和。
自分達を逃がす為に、要塞級へ突撃をした隊長の想いを叶える為に。
「お願いです、逃げて下さい。もう直ここも戦場になります…お願いです…」
そう言って、頭を下げる大和。
これでも頷かないなら、気絶させてでも脱出艇へと運ぶつもりだった。
「……分かりました…ごめんなさい、黒金少尉、馬鹿なことを言ったわ…」
顔を上げれば、少しだけ…少しだけ生きる気力を取り戻した瞳があった。
その瞳は、愚図る我が子へと向けられている。
まだ自分には子供が居る、まだ死ねないと立ち上がらせたのは、この赤子だ。
母は強し、そんな言葉を思い出しながら彼女を避難民達が列をなす方へ誘導する。
「黒金少尉、貴方は…?」
「自分は、貴女達が船へ乗り込むまで帝国軍へ協力する心算です」
極東国連軍には撤退命令が出ているが、撤退する為の船や輸送機がもう無いのだ。
だから、この場に居る大和達が逃げるには、帝国軍の船に乗せてもらうしかない。
だが、現在沖合いで輸送船が数隻止まっているが、避難民の受け入れを最優先で行っている。
戦術機を乗せる余裕は残念ながら無かった。
その輸送船への連絡船を守るのが、この基地に残った決死隊の役目。
残れば、まず生きて戻る事が出来ない任務。
「黒金少尉…!」
「ご無事で」
大和が無事戻れないと悟り何か言い掛けた桐生夫人だったが、大和は敬礼を残して機体へと戻る。
「死んでも地獄、生きても地獄…この世界に未来は無いのか…ッ!」
己の経験を思い返し、歯が砕けそうになるほど強く噛み締める。
前の世界で、横浜基地へ母艦級が突撃する事を知った大和。
母艦級の存在とその行動をジョーカー隊隊長である桐生へ告げた結果が、今の自分の状況だ。
「変らない…小手先の術で何かをしても何も変らない、変えられない…ッ」
前の世界と今の世界、どちらも共通していたのは武が横浜基地に居なかった事。
任官を終えた武と元207B分隊の面々は、各方面に引き抜かれていった。
基地には美琴が残っていたが、今はどうなったか分からない。
武は九州戦線へ飛ばされたらしいが、今はどうなったか同じく不明。
既にループは20回を超えてしまっている。
『CPより第8師団および志願部隊へ、BETA先鋒が最終防衛線へ侵入、警戒せよ』
大和が悩んでいる間に、BETAの先鋒が基地から数キロ先まで迫って来ていた。
「こちら国連横浜基地所属ジョーカー05、民間人避難までの時間を稼ぐ」
『サーカス3、同じく時間稼ぎを行う』
『フレイム12、同行させて貰うぜ』
『ホーク7、付き合うわ』
大和のその通信に、横浜基地から奇跡的に生還した衛士達が続いた。
命令では即時撤退だが、その撤退する方法が無いのでは仕方が無いと全員笑っている。
機体を捨てて避難民と一緒に逃げれば命令は守れるが、衛士のプライドと人々の命は守れない。
全員が、ここで散る覚悟を決めていた。
「誰も逃げる気はありませんか…」
『元よりあの地で死ぬ心算だった、それが延びだけだ』
大和の苦笑に、サーカス03の中尉が笑う。
基地から脱出する非戦闘員を護衛する事になった大和と、外縁部の戦闘中に脱出してきた大和達を援護した機体だけが生き残った。
彼ら全員が、死の場所を探していた。
『こちらCP、国連軍の協力に感謝する…』
帝国軍のCPからも感謝の言葉が送られる。
普通なら自分達を見捨てて逃げていいのに、あえて残ると言う彼ら。
戻れば厳罰だろうが、それは戻れればの話。
「行きましょう…」
大和の静かなその言葉に、決死を覚悟した面々が頷いた。
戦闘は熾烈を極めた。
今までの侵攻とは比べ物にならない数のBETAの群に、帝国軍が次々に飲み込まれていく。
「く…ッ、脱出はまだ終わらないのかッ!?」
突撃砲で戦線を抜けようとする突撃級を駆逐しながらCPへ問い掛けるが、CPからは脱出に手間取っていると帰ってくる。
大型輸送船へ運ぶ船の数が足りず、時間が掛かっているのだ。
戦闘が出来ない中破の戦術機を使っても、それでも足りない。
『CPより各部隊へ、基地の南西からもBETAの群が接近、距離1600』
「しまった、抜かれたッ」
CPからの通信に焦る大和。
現在部隊の殆どが北西から攻めてくるBETAに対応している。
ここで南西の渓谷を越えてきたBETAに攻め込まれたら、基地が壊滅する。
「ジョーカー05、足止めに入るッ」
『待って少尉、無茶よっ!』
ホーク7の声も聞かずに全速力で基地へと進撃するBETAの先頭を押さえに入る大和。
「せめて…せめて彼女達が脱出するまでは…ッ」
隊長である桐生と約束した、妻と子供を必ず逃がして欲しいという願い。
その言葉と共に道を塞ぐ要塞級を自爆で吹き飛ばした隊長。
彼の願いを守る為にも、今基地へ入られる訳にはいかなかった。
「おぉぉぉぉぉぉッ!!」
長刀を装備し、先頭の突撃級を切り裂いて横倒しにさせる。
急には止まれない突撃級は、倒れた個体に激突して止めを刺してくれる。
そのタイミングで背後を狙い打つ。
「此処からッ」
突撃級を切り裂き、撃ち殺し。
「先には…ッ」
紛れて襲い掛かってくる要撃級の頭のような器官を切り飛ばす。
「絶対に―――」
戦車級を踏み潰しながら要撃級の腕を根元で切り飛ばし、36mmを至近距離で浴びせる。
「通しは…しないッ!!」
要撃級の切り飛ばした腕が戦車級を圧殺するのを尻目に、突撃級を優先して120mmで撃ち殺す。
300ほどの数を屠っただろうか、機体の各部が警告を放ち始める。
元々横浜基地での戦闘の後、簡単な修理しか受けられなかった陽炎は既に限界だった。
『お前らっ、後は頼んだぞぉぉぉぉぉっ!!!』
「――――――ッ、フレイム12!?」
戦車級に足を齧られ、要撃級の攻撃で腕が大破した撃震が、雄叫びを上げながらBETAの群に突撃していく。
そして、搭載したS-11で周囲のBETAを吹き飛ばす。
「くそ…まだだ、まだ終われない…ッ」
想いを託された、望みを託された、だからまだ死ねない、まだループする訳にはいかない。
せめて、隊長の忘れ形見の二人だけでも安全な場所へ…。
そう思い戦っている間に、戦線は下がり、ついには基地まで到達してしまう。
「頼む陽炎、あと少し、あと少しだけ踏ん張ってくれ…一分でも、三十秒でも良い、俺に時間を…彼女達を守る時間を…ッ!!」
基地へ侵入しようとする要撃級や突撃級を駆逐しながら、自分の機体へと願う大和。
決死隊へ志願した歩兵が小型種と戦う中、大型種を押し止める大和の耳に、待っていた通信が届いた。
『こちらCP、たった今最後の脱出艇が無事に沖へ向いましたっ』
その言葉に、戦っていた衛士や兵士に一瞬だけ安堵が浮ぶ。
『これで最後の通信を終わりにします……ただじゃ死なないわよBETAっ!!』
その直後、CP将校の女性の叫びと共に、通信が途絶え、司令部がある場所で小規模の爆発が起こった。
小型種が内部まで侵入し、残った通信兵達が最後の抵抗を試みていたのだ。
そして最後の通信と共に、自爆。
「く……ッ」
『ジョーカー5、よく耐えたな、我々も半島の先端まで退避する。そこで艦隊に拾って貰うぞ』
サーカス3の通信に、小型種を撃ち殺しながら転送されたデータを見れば、決死隊の生き残りは直ちに千葉県の南端へと撤退し、回収部隊を待てとある。
そこで帝国艦隊の生き残りに拾って貰い、日本を脱出するようだ。
とはいえ、その場所まで逃げ切れるだけの燃料を残す機体がどれだけ在るか。
見殺しには出来ないと主張する上層部の一部を納得させる為の策とはいえ、惨い作戦だ。
事実、帝国軍の衛士達は誰一人離脱しようとしない。
逃げ切れないと分かっている以上に、決死隊として志願したからには逃げるつもりは元々ないのだろう。
大和達は撤退に付き合っただけの部隊故、逃げても誰も文句は言わない。
むしろ、逃げられるように帝国軍が援護してくれている。
怒りと悲しみを抱きながら、撤退に入る大和。
基地を越え、海岸沿いへ出ると、遠くに脱出用に派遣された大型輸送船と脱出用の船が見える。
最大望遠で見れば、輸送船へと引き上げられる人々の姿。
距離がそれほど離れて居ない為、陽炎のセンサーでその姿を捉えられた。
搭載機の殆どを失った輸送船だが、今は民間人を逃がす為の大事な船だ。
その船の甲板に、また一人避難民が引き上げられた。
国連軍の制服に、白い布で包まれた何かを抱く女性。
「桐生さん……」
良かった、無事逃げられた…そう安堵した瞬間だった。
薄闇の世界を切り裂く死の閃光が煌き、輸送船を照らした。
そして、それが何か理解した瞬間……融解した輸送船は各所で大爆発を起こした。
「―――――――――――」
言葉も無く、呆然とする大和。
『なんてこった、船がっ!?』
『重光線級よっ、あいつ等丘の上から狙ったんだわっ!!』
サーカス3とホーク7の言葉を遠くに聞きながら、爆散する輸送船を眺める。
先ほどまで見えていた彼女と、彼女の子供の姿は何処にも無い。
爆発炎上しながら沈没を始める輸送船の炎を正面に、陽炎のセンサーを横へ向ければ、死の光を放つ重光線級が小山とも言える場所に陣取っていた。
帝国軍が排除しようとしているが、要塞級が壁になって辿り着けない。
「―――――――――ッ、あぁぁぁぁ…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……■■■■■ーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
それを見た瞬間、大和の理性が完全に切れた。
もはや言葉にならない咆哮を上げながら、半壊に近い陽炎を駆って憎き相手の下へ向う。
『ジョーカー5、何をしている、戻れっ!!』
『ダメよ、あの子完全に我を失ってるっ!』
サーカス3とホーク7の言葉も聞こえず、基地を横切り、BETAの波を掻き分け、要塞級の壁を切り抜ける。
「殺す…殺す殺す殺す…殺す尽くしてやるぅあぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
血を吐くような言葉と共に重光線級に襲い掛かり、その巨大な眼球を撃ち抜き、光線級を蹂躙し、屠り続ける。
邪魔をする要塞級の脆い部分をたたっ切り、重光線級に向けて倒れ込ませ潰させる。
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!」
長刀が使えなくなったので、短刀を瞬時に取り出してその巨大な眼球に叩き込む。
『ジョーカー5、もう良い撤退しろっ、囲まれるぞ!』
『聞いてるの少尉、撤退しなさいっ』
「黙れッ、殺すんだ…こいつら全部殺し尽くすんだ…全て…全てぇぇぇッッ」
叫び続けた為に喉から血が滲み、口の中に鉄の味が広がるが構わずに叫び続ける大和。
その瞳は狂気に染まり、涙が溢れている。
『ちぃ…恨むなよ少尉!』
サーカス3が何かを操作した瞬間、後催眠暗示キーが使用された。
普通なら指揮官が上に、CPやHQへ使用を申請して使う秘匿回線B、だが現在CPは自爆しHQは存在しない。
その為、サーカス3が上官判断として後催眠暗示キーを使い、一度大和を落ち着つかせようとしたのだ。
本来は萎縮したり恐慌に陥った人間に使われるモノだが、同時に思考を落ち着かせ安定を図る側面も持つ。
『――夜の虹、黒い霧、血の雨に打たれし者よ』
「ぐぅぅぅ……ッ、煩い…煩いぃぃッ!?」
『――月の雫、白い水面、魂に導かれし者よ』
「止めろ、止めろおぅあぁぁぁぁッ!?」
『――朽ち逝く地平に幾万の鐘打ち鳴らし、鋼の墓標に刻まれし其の名を讃えよ』
「俺は、俺はぁぁぁ……あぁ…ッ」
『――いざ我等共に喜び行かん、死と勝利に彩られた約束の地へ……』
「俺は………あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
後催眠が完全に掛かる瞬間、鈍い音と共に大和の叫び声が上がった。
そして、鈍い打撃音がコックピットの中で響く。
「俺は……まだだだがえる…ッ!!」
通信の画面に映る大和は、鼻から大量の血を流しながら後催眠を振り払っていた。
『少尉、お前…っ』
『鼻と前歯を折ってまで…!』
戦慄するサーカス3とホーク7。
大和は後催眠を振り払う為に、自分の拳で強化装備から唯一剥き出しである顔面を殴った。
その結果、鼻が折れ曲がり前歯が全滅したが、意識…いや、狂気を保てた。
「ごろじでやる…ごろじでやるぞベーダァァァァァァァァッッ!!!」
鼻が血で詰まり、瞳からは血の涙を流し、醜い形相になりながらも群がってくるBETA相手に戦い続ける大和。
そんな大和を見て、もう手遅れだと判断したサーカス3は撤退を始める。
ホーク7が馬鹿な子…と涙を流し、二人は帝国軍が最後の抵抗をする基地を抜けて脱出ポイントへ移動を始める。
二人の表情は、若い衛士を止められなかった悔しさに溢れていた。
そして…大和が一人戦っていた場所で、S-11の爆発が確認された…。
2003年冬、日本帝国・本土最終撤退作戦――――
その殿として残った部隊は全滅。
生き残ったのは、国連横浜基地所属だった国連軍衛士2名のみ――――。
「………………………………」
始まりの日、自分の部屋で目覚めた大和は、少しの間ベッドに横たわったまま天井を眺めていた。
そして、込み上げてくる怒りと憎悪が彼の表情を鬼へと変える。
「――――――――――――ッッッ!!」
声にならない叫びを上げながら、部屋の中の物を滅茶苦茶に壊す。
壁を殴り、家具を破壊した拳は、血に塗れても彼の気持ちを和らげる事は無かった。
着替え、部屋を飛び出した大和は、無言で武器が落ちている場所まで走る。
血に塗れた武器を拾い上げ、残弾を確認し、突き進む。
その途中で現れた兵士級を見た瞬間、大和は何の躊躇いもなく引き金を引いた。
蜂の巣になって体液を撒き散らす兵士級を蹴り飛ばし、その凶悪な顔面を踏み潰す。
「……クヒ…クヒヒ…ヒハハハ……ヒャハハハハハハ……ッ!! ……もう知った事か…冗談じゃない……知ったこっちゃねぇんだよ……ッ、キヒヒ、ヒハハハハハハッ!!」
まるで幽鬼のような形相で兵士級の死骸を踏み躙り、歩き出す大和。
そして狂ったように…否、狂った笑い声を上げながら、止まる事のない涙を流しながら、戦いの炎に燃える街へと消えて行った。
今の彼に、それまでの彼の雰囲気は存在しなかった。