2001年11月5日――――
横浜基地開発区画・外縁部演習場
「少佐、あまり乗り気じゃないのですね…」
「そう見えるかブレーメル少尉」
移動HQ、スレッジヘッドのユニット内に入った大和達。
先ほどやっと二人が睨み合いを終えてそれぞれの機体へ搭乗してくれたのだ。
「確かに、いつもなら少佐、ひゃっほ~いとか何とか言い出しそうなテンションなのに、今日は妙に大人しい…」
タリサの実に適切な言葉に、思わず周囲の情報官達まで頷いてしまう。
「それはそうだろう、正直今日のテストはほぼ無意味だ」
「「はぁ!?」」
機体の重要なテストを無意味と言い切る大和に、思わずステラ達は驚愕し、情報官達は振り返ってしまう。
「考えてもみろ、実機テストは継続して行う事が重要であり、今日一日でデータなんぞ揃うものか」
「それは、そうですが…」
「じゃぁ、なんであの二人を乗せて…?」
大和のいう事は最もだ、起動試験なら兎も角、既に動く事が確認され、残っているのは時間をかけてデータ収集と調整を行う項目。
今日一日でやり切れる量ではないし、一日だけのデータでは比較も何もあったものじゃない。
それなのに態々エリスを招集してまでテストを行う意味は何か。
「ひょっとして……これがアピールなのか少佐っ」
以前の会話で思い当たる節があるタリサの言葉に、つまらなそうに頷く大和。
「香月博士の指示でな、とある国への交換条件に使う予定だ。俺としては物で人を買うような気分だよ、全く…」
珍しく愚痴る大和に、これが彼の予定や計画では無い事を悟る面々。
彼の呟きの意味は、ステラだけが正確に理解していた。
開発計画の項目の中に、横浜基地からの技術提供や協力の際に、何かしらの交換が条件として含まれている。
それは技術だったり情報だったり、そして人だったり。
「(今回のF-22Aのアップグレードキットと引き換えに、誰かを引き抜くという事? だとしたら、それに見合う人…まさか…!?)」
ステラが推測によって導きだされた答えに、ハッと顔を上げると苦笑を浮かべた大和と目があった。
その苦笑が、彼女の予想が正解である事を示していた。
時は、エリスが大和に面会時間を求めた後…唯依との一件のさらに後の話まで遡る。
「それで、米軍開発部隊の指揮官が態々時間を欲しがるのはどんな無茶な要求なのかな?」
唯依やイーニァを休ませた後、人払いをした執務室にやってきたエリスへ、大和は苦笑しつつ口を開いた。
「まぁ、意地悪な人。長年の部下との談笑を嫌うなんて」
エリスはエリスで大和の言葉に、少し悲しげな声で、しかし微笑を浮かべておどける。
「君は君で、エリスはエリス…なのだろう?」
「そうでした。相変わらず少佐は人間関係にはお堅いのですね、打ち解けたようで実は仮面を何枚も被っているのですから…」
あの世界での大和を思い出して苦笑するエリス。
大和が被っている仮面は多い、唯依やエリス、イーニァ達は元より、親友である武にすら仮面を被って接しているのだから。
本心を明かさず、誰にも依存せず、常に一歩引いた立ち位置を望む。
それ故に、あの世界のエリスは、彼の隣ではなく、背中を選んだ。
隣に立てぬなら、せめてその背中を守り、付いて行こうと決意して。
だからだろうか、エリスが、今のエリスが、唯依を羨むのは。
諦めずに、隣に立とうとしている唯依が、眩しかったから。
彼の背中で満足してしまった、あの世界の自分を受け入れてしまったから。
エリスもまた、唯依と同じで悩み、苦しんでいた。
だから、エリスは一歩進む事を選んだ。
「少佐。香月副司令は私的な特殊部隊を抱えていると聞きましたが本当でしょうか?」
「……本当だ。専任即応部隊として、現在は中隊規模だがな」
エリスの問い掛けに、少しだけ思案して答える大和。
夕呼が持つA-01の情報は、帝国や米軍などにも既に把握されているし、一応国連軍も機密情報として扱っている。
「ならば、腕利きの衛士は要りませんか? 今なら大変お買い得ですが」
「―――ッ、エリス、君は何を言っているか理解しているのか!?」
エリスの発言に、思わず椅子から立ち上がる大和。
彼女は、自分を夕呼に売り込んで米軍からの引き抜きを考えていた。
国連軍からなら多少は無理があるが可能、しかし米軍から、しかも開発試験部隊の指揮官であり、既に上層部からも覚えの良いトップガンのエリスを引き抜く。
クーデターでの件やその後のラプター搬入、その他夕呼からの要求で煮え湯を呑まされ続けている米軍を、さらに苛めろと言うエリスに、絶句する大和。
とは言え、大和が絶句した理由は、あの愛国心バリバリの米製唯依姫とも言えるエリスが言い出した事の方が大きい。
「はい、祖国と仲間を捨てて、少佐の下へ走る…愚かな行為です」
「分かっているなら何故、君は今の地位や功績まで捨てる心算か!」
米軍から国連軍、しかも一部からとは言え目の仇にされている横浜基地へ降る。
そんな事をしたら、エリスの米軍時代の功績は全てとは言わないが抹消は確実だし、彼女を米軍の星と祭り上げている連中からは酷い罵りを受けるだろう。
「そんな物、奴等の侵攻の前には小銭以下の価値もありません。それを教えて下さったのは少佐、いえ…ヤマト中尉。貴方ですよ?」
儚い微笑を浮かべて、そして瞳に少しの涙を滲ませるエリス。
大和が、あの世界の大和であると確信した時から考えていた事。
あの世界のエリスが望んだ、どこまでの一番の部下で在りたい、大和の背中を守り続けたい。
その願いを、今の自分が叶えたい。
その為に必要ならば、例え祖国だって捨ててみせる。
その覚悟が、エリスには在った。
「だが…そんな…!」
しかし、大和は自分にそんな価値があると理解出来ない、故にエリスの申し出を受け入れられない。
「お願いします、もう一度私を、貴方の部下に…貴方の背中を、守らせて下さい…!」
大和に詰め寄り、その手を握って懇願するエリス。
そんな彼女を跳ね除ける強さを、大和は持っていなかった。
「もう、一人残されるのは……嫌なのです…!」
「――――ッ」
その言葉が止めだった。
大和は力が抜けるように椅子に座り、深く溜息を吐いた。
それは、事実上の降伏宣言。
「博士が君を欲しがるかどうか、それに引き抜いた後で俺の部下になれるかどうかは知らんぞ」
「構いません、足場さえ在れば、後は自分で駆け上ります」
微笑を、本当に嬉しそうな微笑を浮かべるエリスに、大和は苦笑を浮かべて降参するしかなかった。
そしてエリスは秘密裏に夕呼と面会。
大和からの報告で、殿下と同じく記憶を継承したエリスに興味を持った夕呼は、エリスの申し出を受け入れた。
しかし如何に夕呼とは言え、所属の異なる軍から衛士を引き抜くのは簡単ではない。
それにエリスは米軍上層部から、成果を残す事を期待されて派遣されてきたのだ。
まだ明確な結果を残さずに引き抜かれたら、何を言われるか。
そこで夕呼は、F-22Aのアップグレードキットの提出とエリスを交換する事を考え、米軍上層部に掛け合った。
その結果、そのアップグレードキットで上々の結果を出せば、その提案を受け入れると約束してくれた。
大和がつまらなそうにしている理由は、なんだか釈然としない現状と、それを引き起こしている自分という原因。
そして、エリスとのゴタゴタに唯依まで巻き込んだ罪悪感から。
米軍がF-22Aのアップグレードキットの能力を測る相手として指定してきたのが、日本帝国軍が世界に誇る芸術品、武御雷、それも最低でもType-00A以上の機体との模擬戦闘結果を求めた。
横浜基地にType-00Fが月詠中尉のと唯依の二機。
00Aが凛達4人の分が在ると知っての指定だった。
一応、最上位の00Rも存在するが、将軍専用機と模擬戦闘とか、流石に米軍も空気を読んで存在を無視した。
交渉した米軍高官数名の中には、X01の存在を引き合いに出してそれを相手にと言っていたが、別の高官が例え高性能の新型だろうと、その性能が周囲に認知されて居なければ意味が無いと否定してくれた。
そして最終的に、唯依の機体をアップグレードし、模擬戦闘をさせてキットの評価とし、その結果が上々ならばエリスとそのキットのサンプルと情報との交換と決まった。
エリスを送り出した基地司令はギリギリと歯軋りを隠さず、通信越しに大和と夕呼を睨んでいたが、彼も軍人、決定には従うと承諾した。
「セ〇ール顔に睨まれると心臓に悪い…」
「は?」
大和がポツリと呟いた言葉に、首を傾げるタリサ。
どうやらエリスを送り出した司令はセガー〇フェイスのようだ。
「少佐、試験機体、二機共に配置に付きました」
「了解した、ではこれより実機テストを開始する。最初は規定のテスト、その後に二機による模擬戦闘を行い、性能を評価する。質問はあるか?」
『はい、少佐』
大和の言葉に口を開いたのは唯依だ。
『今回のテスト、この一回が評価されると考えて良いのですね?』
「………そうだ」
唯依はエリスと睨み合いつつも気付いていた、今回のテストが非公式な取引の材料であると。
たった一度の実機テストにさほどの意味は無いし、大和の様子からも何か裏事情が在る事は把握済み。
エリスは自分の事なので当然知っている。
「他に質問は」
『『ありません』』
その言葉に大和が頷き、テスト開始の準備が始められる。
唯依は唯依で、今自分が求められた事を果すまでと、横に並ぶエリスの機体を見る。
自らの愛機、それを大和が主導になって改造してくれた事は知っている。
その事に、意味も無く嬉しさを覚える唯依。
だが浮かれては居られない、相手はあのエリス。
今度こそ、彼女に無意味と断じられた自分の決意を、見せ付ける時。
『ではこれより、特別実機テストを開始します。両機はまず―――』
管制を担当するCP将校からの説明を聞きながら、送られてきたデータを見る二人。
最初に、前に大和と武がやったような機動テスト、射撃テストなどを行い、最後に二機での模擬戦闘。
しかしながら今回のテストは、米軍の評価を得る為に難しくしてある。
両者への説明が終わり、カウントダウンに入る。
『5…4…3…2…1…状況開始!』
『『っ!!』』
CP将校の言葉と同時に噴射跳躍で飛び出す二機。
流石に直線での機動力はF-22Axに軍配が上がるが、唯依はアップグレードキットによって更にじゃじゃ馬になった筈の機体を見事に制御していた。
「くっ、馬力が高すぎる…!」
強化されたスラスターとワイルドラプターにも搭載された脚部脹脛のスラスターによって引き起こされる機体のブレに、エリスが顔を顰める。
「この程度…!」
一方で唯依は、機体の異なってしまったバランスを、自分の感覚を合わせる事で制御している。
だが、その表情は硬い。
両者の機体はA-01に配備されたワイルドラプターや武御雷・羽張と基本は同じだが、その上位という扱いの為、性能にも差が生まれている。
規定コースを噴射跳躍とスラスター制御で移動し、次の試験場所へと移る二機。
先に到着したのは流石、機動力で勝るF-22Axだったが、その差1秒と空けずに唯依も到着した。
白いラインで指示された場所へ立つ二機、その正面に次々とターゲットが現れて消える。
それを、両機共に手腕に持った突撃砲で打ち抜いていく。
ここは流石にエリスに完璧に軍配が上がった、命中率90%以上、それもターゲットのど真ん中を次々に打ち抜いていく。
対して唯依の命中率は85%程度。
だが機体に近い位置に現れる的に確実に当てている。
もしこれがBETAなら、唯依の方が評価されるだろう。
『両中尉、次のテストへ進んで下さい』
射撃テストを終え、次は機体制御テスト。
整備兵が頑張って作ってくれた、廃墟を利用した限定空間。
上空は光線級の領域で跳躍禁止とされば場所で、壁などに置かれた的、これは小型種を想定した物で、それを突撃砲以外を使って攻略する。
つまりは、狭い場所で、短刀などを使って小型種を駆除しろというテスト。
これが以外に難敵で、高い機動力を誇る筈のF-22Axが遅れ始めた。
「く…機体が揺さ振られる…!」
元々の機体の設計思想が、地上に置けるBETA制圧を“最優先の任務”となっているF-22A、限定空間での機体制御、特に地面に足を付いた状態での乱戦を苦手としていた。
対して唯依の武御雷は、近接能力を最大限に考慮された上に、その機体制御能力、特に足を付いての動きは芸術とすら評価された機体。
故に、狭い空間であってもまるで人間のようにすり抜け、手腕の収納式ブレードで的を叩いていく。
だがエリスも然る者、負けてなるものかと装備を短刀からタリサが愛用しているマチェットタイプの大型短刀に持ち替えると、なんと機体の動きを邪魔する為に作られた障害物、突き出した建材や邪魔な紐を全て破壊して進み始めた。
「少佐、アレ良いのか!?」
「別に障害物は壊しちゃ駄目なんて言って無いぞ? 要は機体に余計なダメージを与えなければ評価は落ちない」
タリサの指摘にしれっと答える大和、流石少佐汚い、少佐汚い流石と思う面々。
テストゾーンを抜けた二機は、またもほぼ同時に次のテストへ。
一進一退を繰り返す二人、互いに譲れないモノがあるが故に。
最終テストも近づき、次のテスト場所へ到達した二人。
そこに待っていたのは、4機の響。
さらにその奥には、鈍い銀色のスレッジハンマー。
「あれは…」
「まさか…」
二人同時に嫌な予感を感じる。
『次のテストは、4機の響が守るスレッジハンマーの撃破です。カウントスタート…』
淡々と告げながらカウントを開始するCP将校の言葉に、タイムを言いたい気分の二人。
エリスは知らないが、あの銀色のスレッジハンマーの部隊を現すマークは、金槌を持つ巨人を画いたエンプレム。
それは、アイアンハイド隊の紋章。
そして02と書かれた認識番号。
唯依が見間違える筈も無く、普段良く目にする部隊の機体。
『燃える男の~錬鉄将軍~♪』
おまけに外部スピーカーで放送される操縦者の歌声。
『真面目にやらんかいっ!』
『ほげぇっ!?』
それに続く火器管制官のツッコミと、悲鳴。
間違いない、斉藤・釘原コンビが操る最新型スレッジハンマー・フェイズ3…頭部モジュールが鉄仮面のような意匠故に、ついた通称は『メタルフェイス』。
因みに、響の乗るのは横浜基地の陽炎を運用する部隊の隊長陣だったりする。
A-01が乗り換えたので、響を練習機として陽炎部隊の人間に使わせ、CWSに慣れさせているのだ。
『3…2…1…状況開始!』
『オープンコンバットッ!!』
CP将校の言葉に続いて、斉藤の叫びと共に動き出す響4機。
そして、キャタピラを響かせて進み始めるスレッジハンマー。
「く…っ」
「ちぃ…っ」
エリスは後方に下がりつつ応戦、唯依は近くの廃墟に隠れながら反撃。
「(斉藤上等兵達の機体は近接防衛型、長距離砲撃能力は無い…が…)」
スレッジハンマーの売りである200mm支援砲を搭載していない斉藤機。
本末転倒な感じだが、それ以上に厄介な装備がつい最近導入されてしまった。
『ターンタタターンタタターンタタターン♪』
謎の音楽、なんだか帝国とか暗黒の卿とかが攻めて来そうな音楽を口ずさむ斉藤の声を、外部スピーカーで放送しながら進んでくるスレッジハンマー、その両肩に装備されたCWSが火器管制を担当する釘原の操作でその顎を開いていく。
片側4つのアームと、それに搭載された突撃砲。
エリス以外は皆覚えがある、以前のソ連との模擬戦闘の際にクリスカ・イーニァが使用したテンタクルアームユニット。
重量問題から戦術機では運用出来ないと分かり、何時の間にか消えていたそれが、そこに在った。
「さ、最悪だ…」
『タカムラ中尉、聞きたくないのだけれど、アレの性能は…?』
「繰り返えします、最悪だと…」
その瞬間、片側4門、両側合わせて8門の突撃砲の咆哮、さらに肩部装甲の真上に設置されたグレネードランチャーからの爆撃攻撃、その上4機の響からの攻撃。
あっと言う間に二機が隠れる廃墟がペイント弾で染め上げられていく。
これが実弾なら、廃墟は蜂の巣、戦術機なんて一瞬でスクラップ。
反撃で放つ36mmは、スレッジハンマーの重装甲の前には無意味。
ペイントで染まっても、データ上では弾かれているのだ。
『なんてデタラメ…!』
「だから言いました、最悪だと…!」
スレッジハンマーの攻撃から逃げながら、追撃してくる響を相手にする二機。
「この程度なら…!」
まだCWSに慣れていないのか、両肩の武装を有効活用出来ていない響をMVBで一刀両断する唯依。
模擬戦用なので斬れないが、撃破判定された響が沈む。
一方で、エリスの機体に撃ちぬかれた響もまた、その動きを停止。
同じように残りの二機も唯依が切り裂き、エリスが撃ち抜く。
「問題はスレッジハンマーか…」
『少佐は別に、共闘してはいけないなんて…』
「ふ…言っていませんね…」
流石は大和の副官と元副官、大和の性格を知っているが故の、笑みと言葉。
『援護するわ!』
「了解したっ!」
エリスの言葉と共に唯依は廃墟から顔を出し、エリスは突撃砲を両手に、さらに担架の突撃砲も前面展開し、スレッジハンマーへ浴びせる。
頭部モジュールを狙うが、斉藤のそのキャラに似合わない精密操作で、両手で頭部をガード。
反撃に向けられるのは、片側4門の突撃砲。
反対側は廃墟の影を移動する唯依へ絶えず咆哮している。
「流石釘原一等兵、揺さ振りは効かないか…!」
相手の技量を良く知る唯依は、言葉で賞賛しつつ歯を食い縛る。
両肩に追加されたスラスターを噴かして急制動と共に方向転換、上空に身を晒す。
「これでっ!」
と同時に、スラスターの先端に装備されたマイクロミサイルポットのハッチを展開、全弾発射のよって白い帯を残しながら殺到するミサイル。
『こんのぉぉぉぉっ!!!』
釘原の叫び声と共に、8個の突撃砲が咆哮して迎撃。
衝撃で爆発してペイント液を撒き散らすマイクロミサイル、その雨を受けながら、斉藤はエリスの機体の姿を探す。
『チェックメイトよ…!』
『なんとぉーーっ!!』
距離を詰めたエリスの機体から放たれる120mmの4門同時射撃。
だが、斉藤は雄叫びを上げながら機体を動かして、主要部位への直撃を避けた、避けやがった。
『フヒヒっ、この男斉藤のタマを取りたければ拳で挑んでこいやぁーーっ!!』
『ウゼェ…』
ハイテンションで自重しない斉藤、うんざり声ながらマイクロミサイルを捌いた釘原が瞬時にアームを操作してF-22Axへ向ける。
数発撃ち漏らしたが、まだ機体は動く、頑丈さに定評のあるスレッジハンマーならではの芸当。
突撃砲とアームも数機破壊判定されたが、まだ5門も残っている。
『言ったでしょう…?』
『なぬんっ!?』
『え…っ』
「王手(チェックメイト)だとなっ!」
エリスのF-22Axに気が取られ、背後に迫っていた唯依の機体への反応が遅れた。
そして、機体が持つMVBで切りつけられるスレッジハンマー。
如何に重装甲とは言え、流石にMVB相手には豆腐装甲でしかない。
もし実戦なら真っ二つだっただろう。
『ぎにゃーーっ!?』
『嘘でしょ、あの距離を…?』
負けた事で叫ぶ斉藤と、まだ距離が在った筈なのに、その予想を越える速度で接近してきた唯依に驚く釘原。
『実は火羽張の速度は未改造機より10%近く上がっている』
その代り機体制御が難しくなっているのだが。
唐突に通信画面に現れた大和の言葉に、泣きが入る斉藤。
『うわーん、少佐聞いてないっすよぉっ!?』
『言って無いからな、フハハハハハッ!』
『汚い、流石少佐汚い!』
『汚いは、褒め言葉だ…!』
斉藤と大和の会話を聞いていた全員が思った、ダメだこいつら、早くなんとかしないと…。
『まぁ、少佐ったら子供みたいにはしゃいで…』
「いや、待て中尉、そこで頬を染めるのかっ!?」
自分の知らない大和の一面を見て頬を染めるエリスと、その顔を通信で見てツッコム唯依。
なんだかグダグダになってきた実機テストだが、次でテストは終了となる。
一度弾丸と燃料の補充の為に戻る二機、響四機は撤収、スレッジハンマーはペイント弾のお掃除をする為に格納庫へ。
この後、斉藤は自重しなかった事へのお説教とお仕置きが待っているそうな。
「悔しいっ、でも感じちゃう…っ」
「死ね、つか殺す」
その前に釘原の攻撃から生き延びればだが…。
テスト同時刻・横浜基地正面ゲート――――
「見送りご苦労です、白銀大尉。大変有意義な日々を過ごさせて頂きました」
「いえ、殿下のお力になったなら光栄です」
凛とした表情で礼を述べる殿下に、敬礼と共に返答する武。
本日は、殿下が帝都城に帰る日。
その為、武ちゃんが見送りに立っている。
その後ろには今後も継続して冥夜の護衛を任された月詠中尉達と、特別に見送りを許可された冥夜。
「冥夜、身体に気をつけて、任務に励むのですよ」
「はい、姉上。そちらも御身体にお気をつけ下さい」
人前と言う事もあり、礼儀正しい姉に内心安堵する冥夜。
昨夜は夜這いの如く彼女の部屋に侵入してきた上に、「帰りたくないですわ~、冥夜や武様と一緒に居たいですわ~」と泣き付いてきた。
とても人様には見せられない殿下の醜態だった。
言い換えれば、あれが素の殿下なのかもしれない。
ダメ姉の典型だが。
「では参りましょう、真耶さん」
「は!」
お迎えに来た月詠大尉を伴って、用意されたVIP車に乗り込む殿下と、殿下専用テスタメント。
今まで出番が無かったのは、点検とシステムのアップデートをしていたかららしい。
「………なんか、予想外に大人しく帰ったな…」
「…うむ、もう少しごねるかと思ったのだが…」
二人並んで敬礼しながら、苦笑する武と冥夜。
昨晩、散々冥夜を困らせたあの姉が、こうも大人しく帰る理由はなんなのだろうか。
「さぁ真耶さん、早く帰ってお医者様を呼ぶのです!」
「殿下、お願いです、御自重下さい、本当に」
お腹を撫でながら笑顔でGOサインの殿下、本当に自重をしない人。
結果は残念無念…であったらしい。
武ちゃんにとっては安心だろう、人生の墓場的な意味で。
場面は戻り、外縁部演習場。
「少佐、両機体の補給および簡易点検完了しました」
「よし、ではこれより最終テストを開始する」
情報官からの報告に頷いて、宣言する大和。
補給と簡単な整備を終えた二機は、離れた位置でお互いを睨み合うように対峙している。
『最終テストは改造機二機による模擬戦闘となります。規定のフィールド場から出た場合も大破と判定されますので、注意して下さい』
淡々と告げられる説明に、両者無言で聞き入る。
その脳内では、相手の動きや機体の癖などを綿密にシュミレートしているのだろう。
両者、一歩も譲れない想いが故に。
『最終テストスタートまで、カウント、10…9…』
情報官が告げるカウントと比例するように、意識が狭まり、鼓動が嫌に大きく聞こえる2人。
この一戦が、今後の何かに、大和の行動に影響すると考え、操縦桿を握り締める唯依。
対して、この一戦で機体の実力を示せば、悲願への第一歩が踏み出せるエリス。
互いに譲れないが故の対決。
本来なら出会う筈の無い二人が出会ったのは、何の因果なのか。
『2…1…状況開始!』
大和がギリ…と奥歯を噛み締めると同時に、模擬戦闘が開始された。
F-22Axの噴射跳躍装置を吹かし、廃墟を楯にするように右に移動するエリス。
それを真っ向から追うために、噴射跳躍で滑るように地面スレスレを飛ぶ唯依の機体。
「残念ですが、そちらの間合いでは戦いませんよ…!」
突撃砲を両手に、36mmを散発に放ちながら間合いを開こうとするエリス。
「つれないな、ならば強引に誘わせて頂く!」
その銃弾を巧みに避け、時に廃墟を楯にしながら、確実に距離を詰める唯依。
だが、突然エリスのF-22Axの脇の辺りで何かが炸裂し、周囲に真っ白な煙が広がった。
「くっ、煙幕だと!?」
機体のレーダーはまだ相手の機影を捉えているが、一瞬にして機体を覆う煙に動揺は隠せない。
さらに、攻撃と共に白い尾を引いて放たれてきたのは、地面を跳ね転がりながら白い煙を噴出する筒。
「煙幕弾まで…っ、こちらに不利な状況を強いる心算か…」
煙幕とその中から放たれる36mmに、唯依の追撃が止まった瞬間、エリスの機体は唯依の機体のセンサーの範囲から離脱してしまった。
「タカムラ中尉、今回ばかりは、私流の戦法で戦わせていただきます…」
以前のシミュレーターでの時は、あえて唯依を煽る為に大和の戦い方を模倣したエリス。
だがそんな彼女の、本来最も得意とするのは、むしろ唯依と対極。
それ故に、エリス本人が苦笑してしまう渾名まで存在する。
「Owl Ladyの本領発揮か…」
「は? フクロウ女?」
模擬戦闘を見守る大和の言葉に、意味が分からず首を傾げるタリサ。
「クロフォード中尉の、訓練校時代からの渾名だそうだ。本人は誰が言ったのかと苦笑していたが、その本質を捉えた渾名だよ」
「へぇ…」
肩を竦める大和に、生返事のタリサ。
フクロウ女なんて渾名から、どう本質と絡むのかパッと思いつかないのだろう。
「フクロウという例えから連想するに、夜間戦闘が得意…と言う事ですか?」
「それもある、だが最も近い理由はな…」
ステラの言葉に、ただ画面を見る大和。
釣られてタリサとステラが画面を見ると、そこでは、絶えず煙幕で視界を遮られ、さらにその煙幕に紛れて撃ち込まれる弾丸に翻弄される唯依の姿。
煙幕の中に居る唯依は元より、あれだけ煙幕の濃度が濃いとエリスからも機体が見えない筈。
レーダーの範囲も両機体同じ設定だ。
とは言えF-22Axは元がF-22Aなので唯依はもっと捉え難くなっているが。
「直撃は受けてないけど…なんであんな状態で撃てるんだよ?」
疑問に思いつつステラを見るタリサ、その視線の意味を正確に読み取ったステラは首を振った。
「私でも、センサーやマーカーが無ければ無理よ…」
唯依が動いていないなら最初の位置へ撃ち込めば良い。
だが唯依は絶えず煙幕の外に出ようと動いているし、煙幕も風で流れていく。
「影と煙の動き、そして微かな振動から場所を特定しているんだ」
「えぇ、嘘だろ少佐、そんな事…」
大和の言葉に、顔を歪ませて画面を見る。
中継されている映像は、廃墟の定点カメラの映像と、望遠映像。
その中に、廃墟の影を移動しながら、煙幕に包まれた唯依の機体を狙うエリス。
移動し、突撃砲を構えても直ぐには撃たず、数秒の間が空く。
そして、断続的に36mmを放つ。
だが着弾も確認せずに、次の場所へ。
「チマチマと、甚振ってるみたいだなぁ…」
「と言うより、追い立ててるのかしら…」
うへぇ…と嫌そうな顔をするタリサに対して、流石狙撃を得意とするだけあって、エリスの意図に気付いたステラ。
エリスは、ある一定の方向を残して、包囲するように周囲から攻撃している。
その攻撃を嫌い、意図的に攻撃していない方向へ逃げれば…。
「周囲に何もない廃墟の中の広場へ…そうなれば、砲撃力に秀でたF-22A相手では…」
高い機動力と砲撃能力を武器に、唯依に近づかせる間も無く撃破出来る。
狭い廃墟群では、それが活かせない故に、唯依を敢てその場所へ追い立てているのだろう。
尤も、今の戦法で撃破できればそれが最良。
エリスは、そういった相手を己のフィールドに誘いこむ事や、互いに位置情報や状態を確認出来ない戦況での戦いを得意としていた。
並外れた測量眼と、客観的かつ三次元的に場所を把握できる能力。
そして、僅かな振動音や駆動音を聞き逃さない聴力とそれらの情報から相手の位置を正確に把握する判断力。
夜戦や障害物だらけの戦場で無敗を誇ったが故に、畏怖と尊敬二つの意味で呼ばれた名前が、オウルレディ。
当時はガールだったとか後々はウーマンだとか、本人は実はナイトホークとかの方が良かったとか在るが、それはかつての世界での話だ。
広い荒野でもこの長所でもってF-22Aを見事に操り、両者の長所が合さったが故に、虎の子部隊の隊長にまで登りつめたエリス。
だが、流石の彼女も得意なフィールドだのなんだのを一切合切無視して物量で突っ込んで来るBETAには敵わず、結果大和と出会う事になったのだが。
突付くような攻撃に唯依が焦れ、攻撃がこない方向へ逃げるのを待つエリス。
シミュレーションの時は果敢に近接戦で攻めたが、今の万全の状態の唯依に挑むのは無謀。
唯依の機体が持つMVBの存在も在って、あの時の戦法は使えない。
肉を切らせて骨を絶ったあの時と違い、下手に肉を切らせれば骨まで切られてしまうからだ。
だが、エリスは唯依を侮っていない。
唯依が自分が望む場所へ行ってくれるのを願いつつ、半ば別の方法を選ぶだろうと、数通り行動を予想する。
そしてそれは、悲しい事に当たってしまう。
「この程度の小細工…!」
焦れた唯依が動いた、だが機体をその場から動かさない。
両肩のスラスターを、斜めに。
噴射跳躍システムも方向を弄り、機体を、その場で“回転”させる。
噴射跳躍で浮き、スラスターの噴射でもってその場でグルグルと回転する唯依の武御雷。
コマとまでは行かないが、回転するその速度に比例するスラスターと噴射跳躍の気流に、煙幕がぶわっと吹き飛ばされる。
機体がその場から移動しないように巧みに操作しながら、回転に耐え、そして周囲の煙幕が消えたと同時に着地。
ズシンと大地を響かせて、頭部モジュールのセンサーを煌かせる。
「そこに居たか、クロフォード中尉」
目敏く、最初からある程度位置を予想していたのか、エリスのF-22Axを肉眼で確認する唯依。
範囲が狭い上にステルス性能で半減なセンサーよりも、己の目の方が確り確認できた。
こうなってはエリスも苦笑を浮かべるしかない。
以前の、ある世界でエリスの戦法を破った相手と、全く同じ事をした唯依に。
「悪いが、一気に決めさせて貰う!」
担架からMVBを両手に持ち、滑るように廃墟を縫って迫ってくる唯依。
それに対して、エリスは歯を食い縛りながら、唯依の方を向いたまま噴射跳躍で下がる。
不安定な態勢で突撃砲を放つF-22Ax、その弾丸は唯依の巧みな回避行動で廃墟を染めるが、逆に言えば廃墟が無ければ唯依は防ぐ術が無いと言う事。
その砲撃能力、F-22Axが凄いのか、操るエリスが凄いのか。
そしてそれを避けきる唯依と武御雷・火羽張も似たようなモノだ。
「捉えた!」
「く…っ」
廃墟を縫うように進む二機だが、後ろ向きで逃げるエリスの方が速度は遅い。
それ故に唯依に追いつかれた。
タリサにしてみれば、なんで狭い廃墟の中で、そんな無茶な姿勢で逃げられるんだと呆れ顔だが。
実はこの後ろが見えているような動きも、例のフクロウ女の由来だったりする。
ほら、フクロウって首が180度位回るから、とはかつての世界でのエリスの昔を知る部下の説明だった。
苦し紛れに、再び機体の脇の辺りで爆発。
対戦術機戦闘を考慮している米軍への、半ば皮肉なのかスモークチャージャーやら何やらを搭載しているF-22Ax。
無論、装備を交換すればここにグレネード弾を装備する事も出来る。
再び視界が白く染まり、レーダーにも関渉が発生。
最初は機体のステルス性能かと思われたが、実は煙幕にレーダーを阻害する微粒子が含まれているらしい。
米軍ってこういうの大好きだろう? と個別の機体説明で鼻で笑ったのは大和。
否定できないエリスは、とりあえず笑っておいた。
「この程度でっ!」
だが、唯依は怯まなかった。
視界が白に染まっても気にせずに、さらにペダルを踏み込み突き進む。
次の瞬間、エリスの眼前、正確には機体の眼前に、唯依の武御雷のドアップが映る。
そして次の瞬間、機体が大きく傾き、その頭部がF-22Axへと襲い掛かる。
ガゴンッという鈍い衝突音と、ガクガクと揺れる機体。
衝撃とダメージ判定の警告音に顔を顰めながら、破損個所を横目に機体を操り、廃墟に激突しつつ転倒を免れる。
「頭突き!? なんて無茶を…くっ!!」
予想外の攻撃に悪態を付く暇も無く、機体の上半身があった場所を刃が通り抜けた。
機体を伏せる事でMVBの斬撃を避け、すぐさま左に避けるエリス。
その機体が一瞬前まであった場所に、逆の手のMVBが振り下ろされる。
「あれに当たれば終わり…!」
情報でだが、MVBについて知っているエリスは、兎角これに注意している。
並みの武器では打ち合えず、機体も一太刀で真っ二つな武器。
噴射後退で距離を取ろうとするが、反す刃で手にした突撃砲がそれぞれ弾かれた。
「ぐ…っ」
追い詰められる形になったエリスは、咄嗟に機体の両手に、脚部側面から近接武器を引き抜いた。
それは、彼女が愛用している手斧、エリミネーター。
補給と点検時に、大和にお願いして装備させて貰ったのだ。
脚部側面に、固定用のポイントを持つF-22Ax、本来ならアサルトラプターのようにウェポンバインダーが搭載される予定だったが、重量問題によりオミット。
だが、一応外部兵装用のポイントは存在しており、大型近接短刀や突撃砲もマウントできる。
そこから取り出したエリミネーターを両手にそれぞれもって、挑む形のF-22Ax。
それを真っ向から受ける武御雷・火羽張。
「タカムラ中尉、何が何でも近接で勝負するつもりなのね…」
「サムライの矜持って奴かねぇ、流石」
見守るステラとタリサは、唯依が武御雷の最も秀でた部分で勝負をしていると思っているが、実際は違う。
唯依は、ただ、自分の覚悟を見せる為。
その為に、己が一番と思うモノで勝負している。
追い詰められているように見えるエリスだが、実は唯依も方もいっぱいいっぱいだった。
最初の煙幕での攻防時に、機体に彼方此方被弾している。
その際に、運悪く突撃砲に被弾していた。
更に、背部CWSの基部にも被弾しており、武装の変更が不可能。
現在エリスのF-22Axもそうだが、唯依の機体が背部CWSに装備しているのは四連可動担架システム。
本来の担架を四つにし、搭載する武装に応じてアームで位置を変更する事で搭載数を増やした装備。
突撃砲なら横四列、突撃砲と長刀なら外側に長刀、内側に突撃砲。
この内側の担架は、アームで可動して脇の下へ担架を移動させる事が出来る、つまり前方展開も可能。
外側の奴は肩の上を通る形で展開される為関渉せず、両手に突撃砲を持てば6砲門の前面展開が可能になる装備。
そのアーム部分に直撃したのか、もう一つの突撃砲を手に出来ない。
強制排除すれば手に出来るが、今それをするには隙が無いし意味が無い。
己の最も得意なモノで倒してみせると誓ったが故に。
睨み合う二機、最初に動いたのはエリス。
「間合いを突き詰めれば…!」
「させない!」
MVBにも言える、長刀の弱点は間合いに入られ過ぎると攻撃が難しいという点。
刃を反して刺すにも長くて時間が掛かる。
だがエリミネーターは刃の大きさこそ大型サイズだが、全体的なサイズは大型短刀に分類される武装。
それを狙うのは唯依にも分かっており、素早く迎撃の刃を煌かせる。
突撃してくるF-22Axに対して、片方の刃を牽制に、もう一刀を必殺に。
「ぐぅ…!」
「なに…っ?」
だがエリスは途中で機体を止め、敢て受けられないMVBの斬撃を、エリミネーターで受けた。
模擬戦使用なので斬れないが、それでも高度なシミュレーションデータが正確に斬撃をトレースし、防いでも刃の動きからその部位を破損と認識する。
だがエリスの機体に破損警告は出ない、エリスは巧みにエリミネーターでもってMVBの刃の動きを逸らした。
その動きに唯依が一瞬怪訝な顔をするが、まだ必殺を狙う一刀は残っている。
それを振り被ろうとした瞬間、唯依はゾクリと背中を撫でる寒気に、最早無意識の境地で必殺の一刀をキャンセルし、その刃を胸部の前に。
次の瞬間、バシュンと何かが発射される音と共に、機体に衝撃が走り、左手手腕及び右MVB破損という警告が出る。
視線を下に向ければ、そこには左の手腕に突き刺さるスーパーカーボン特有の濃い灰色の刃。
右手に持ったMVB、その基部である振動発生装置を内包する柄部分にもそれが刺さっている。
その短刀サイズの刃は、硬質なワイヤーで繋がり、その先はエリスのF-22Ax、その膝。
「ワイヤーハーケン…っ!」
以前、大和が開発していた、ワイヤーに繋がれた刃を、火薬かガスの爆発で飛ばして攻撃する武器。
中位テスタメントに内蔵されたワイヤーシステムや、スレッジハンマーの補助装置として実用化されたそれの原型が、そこに在った。
「くっ、これも読むの…!」
不自然な防御は膝という対人戦闘で死角に位置する場所からの攻撃への布石。
その事に冷や汗を流す唯依だが、エリスはそれを防がれて焦る。
これが本当のタカムラ中尉の実力かと内心慄きつつも、一歩も退く事を考えないエリス。
かつての世界のエリスが、散々大和に言われてきた事を思い出す。
思考を止めるな、考える事を諦めるな、常に予想外を想定し、ありえないこそありえないと思え。
それが、彼の部隊の人間が出撃前に復唱する言葉。
「そうよエリス、思考を止めるな、考える事を諦めるな!」
自分を叱咤し、必死に相手の攻略法を探す。
相手の一番の武器は奪った、だが相手の機体にはまだマイクロミサイルや内蔵式の短刀がある。
対してこちらはエリミネーターを失い、突撃砲は担架の一丁だけ。
4丁あった内の一つは、先ほどの廃墟に激突した際に脱落してしまった。
突撃砲一丁で、近接での体裁きに定評のある武御雷に勝てるか? と聞かれれば、今の間合いでは無理だと答えるしかない。
負けたくない、だが勝つのは難しい。
ワイヤーハーケンは奇襲でこそ価値があり、一度見られてしまえば対人では効果が薄い。
ワイヤーの長さが制限される上に、射角も制限される。
一瞬の思考、その最中にレーダーマップを見て在る事に気づいたエリスは、ニヤリと笑みを浮かべる。
それは、見る人が見れば、ある人物にソックリな笑みだった。
「まだだっ!」
破壊されたMVBを捨て、手腕を振ってワイヤーハーケンを払う唯依。
左手のMVBが地面に落ちる、左手が破損した為に機能停止し、落としたのだ。
それを咄嗟に拾おうとしたが、巻き戻されたワイヤーが再び発射され、地面に落ちたMVBを更に弾き飛ばした。
その上、もう一つが頭部を狙って飛来した為、唯依も下がるしかない。
『これで、条件は同じですね…!』
外部スピーカーでのエリスの言葉、確かにMVBという圧倒的な武器は無くなり、お互い突撃砲は一丁。
とは言え唯依の突撃砲は使えない為、もしエリスの機体に発砲を許せば負ける。
その為、唯依は特に担架の動きに注視した。
それと同時に機体をジリジリと動かし、瞬時に対応できるように。
『――――っ』
『させんっ!』
エリスが担架を動かし、内側の担架に残った突撃砲を前面展開させようとする。
その事前動作を見て、唯依は機体の右手を向けた。
武御雷の両腕前腕部には収納式ブレードが存在する。
だが唯依の武御雷・火羽張や冥夜達の羽張はこれを改良した武装が装備された。
突撃砲がその口を前面に晒した瞬間、鈍い音を立てて突き刺さるのはスーパーカーボン製のブレード。
F-22Axのワイヤーハーケンとは形が異なるが、同じものが機体の前腕に装備されていた。
『やはりっ!』
だがそれはエリスも予想していたらしい。
自分の機体に装備された武器が、唯依の機体に無いとは限らないと、特に大和の性格を考えて予想していた。
突撃砲を犠牲にするのは痛かったが、隠し玉で相手の虚を突くのは大和の得意とする手法。
飛来したワイヤーハーケンのワイヤーを掴み、グイと引っ張るエリス。
それに拮抗する為に、右手を回してワイヤーを掴む唯依。
距離にして30メートル強、戦術機一機分程度の間合いで睨み合いながら綱引き状態の二機。
するとF-22Axの膝部が可動し、ワイヤーハーケンが上を向く。
放ってくるかと身構え、場合によっては基部の強制排除でワイヤーを離そうと考える。
だがエリスはそのワイヤーハーケンのブレードを手にし、ワイヤーから外した。
実は取り外し式になっており、状況に応じて短刀としても機能するように設計されている。
その短刀状態になったブレードを逆手に、グイッとさらにワイヤーを引っ張るエリスのF-22Ax。
『納得させてあげましょう、この機体の近接戦闘能力が、半端ではない事を…!』
『ぐっ!』
まるでチェーンデスマッチのような状態になりながら、間合いを計り合う二機。
何かと近接軽視と比喩され馬鹿にされるF-22Aだが、それは近接重視の機体とその近接戦闘能力が比較された場合の話だ。
後は衛士とのマッチングの問題だが、実際の所、F-22Aの近接能力は高い。
特に、同じ米国製戦術機の中では最高クラスの近接能力を持っている。
しかしながら、戦術ではなく戦略の部分で既に砲撃重視になっている為、どうしても近接能力を低く見られ、さらに他国の第3世代と比べられる際には、何かと引き合いに出されるのが日本の武御雷やら欧州のタイフーンやら。
配備時期の近い第3世代機故に比較されるのだろうが、そうなるとどうしても近接能力が劣るとして見られる。
だが実際の所、短刀でF-15Eを二個小隊降した程の性能だ。
米軍の誇張だと噂されるF-15と100回戦って負けなしやら、F-18と200回戦って1回も負けなかったなどのとんでも話も、実の所、機体がF-22Aではなく先行量産型だったり乗っていたのが選りすぐりかつ熟練した衛士だったのもあるが、事実でもある。
エリスはYF-23を「夢に見た機体」と賞した事があり、彼女はF-22Aを「理想の機体」とも賞している。
これは、自分の能力的にF-22Aは最高の物であり、そのF-22Aの試作機とは言え、YF-22を総合的にも負かしていたYF-23は夢の機体となった訳だ。
その機体でもって、日本の武御雷を破る。
これ程に宣伝になる事があろうか。
例え改造機とはいえ、アップグレードキットによる“おめかし”なら評価もされる。
『沈みなさい…!』
『断る…っ!』
ワイヤーを引っ張ると同時に機体を前に出して短刀を振り下ろすF-22Ax。
だがそれを前腕が中破した左手を楯にして防ぐと、瞬時に反撃として右膝をF-22Axへと向ける唯依。
膝蹴りの要領で、相手の左膝…正確に残りのワイヤーハーケンの装置がある場所へ膝の装甲を叩き込む。
ウェポンラックとしての役割を持つ為に肥大化し、かつ安全性の為に装甲が厚めのF-22Aの膝だが、ピンポイントで純粋な装甲の突起である武御雷の膝部装甲には勝てなかったのか、ベゴリと鈍い音と共に歪み、発射装置がエラーを発する。
その間に弛んだワイヤーをモーターの高速回転で引き戻しながら組み合う唯依と、右腕の短刀で何とかダメージを与えようと試みるエリス。
刃が潰してあるとは言え、突起である以上、短刀は刺さる。
武御雷・火羽張の左前腕装甲がひしゃげ、塗装が剥げるのも気にせずに腕で防御を続ける唯依。
エリスの一瞬の隙をついて、F-22Axの左手を払い、握られていたワイヤーを開放して完全に収納。
その後、本来の収納式ブレードと同じように展開状態にして、F-22Axの短刀と斬り合い、火花を散らす。
逆手に持った短刀を振り下ろし、時に首狙いで薙いでくるエリスと、それをいなしながら反撃を試みる唯依。
「まるで歩兵の格闘訓練だな…」
大和の苦笑するような呟き。
歩兵の戦闘訓練には、ナイフを使った格闘訓練が存在する。
それを戦術機で再現している2人、注目すべきは片手でありながらF-22Axの攻撃をいなし、逸らし、反撃する武御雷か。
それとも、相手の身軽かつ流動的な動きに喰らい付いて装甲を削り、反撃の刃を紙一重で避けるF-22Axか。
縺れ合いながら廃墟を移動する二機、一端距離を置いたかと思えば空中で交差しながら火花を散らし、また縺れ合う。
泥仕合と変わり始めた模擬戦闘、勝負が決まらないのは両者の腕か、機体の性能か。
「どちらも決定打を与えさせないわね…」
「ヒュー、やっぱF-22Aは最強って言われるだけの機体なんだな~」
観戦モードのステラとタリサだが、内心では自分ならどう対処するか、どう反撃するかシュミレートをしていたり。
『少佐の改造機とはいえ、F-22Aの実力、身に染みて教えて貰った…だが、まだ甘いっ!』
勝負を決める心算か、唯依が叫びながら突撃。
エリスが咄嗟に胴体を狙って短刀を振り下ろすが、その腕の肘の辺りに、武御雷・火羽張の肩に追加された可動式スラスターが当たり、それ以上腕を振り下ろせない。
それに対して、唯依の機体は腕を真っ直ぐに振り抜く事が可能。
突撃の衝撃で脆い廃墟の建物を破壊しながら、地面に倒されるF-22Axと、その上に圧し掛かりながら右腕を振り上げる武御雷・火羽張。
『終わりだ!』
その叫びと共に振り下ろされた拳と刃。
鈍い衝突音と共に、F-22Axの胸部装甲の塗装が削られる。
『私の……勝ちだ!』
『………えぇ、そして私の勝ちです』
『え―――?』
F-22Axのマーカーが消えたことで、撃破を確認した唯依の言葉。
しかし返されたエリスの言葉に、思わず声が漏れる。
『F-22Axおよび武御雷・火羽張、両機共に戦闘フィールド外へ。大破と判定し、この模擬戦闘はドローとします』
情報官からの淡々とした…いや、少し気まずそうな言葉に、ふと自分の機体が規定のエリアから出ている事に気付いた。
そして、チカチカと点滅する『大破』の表示。
「な…こ、これは…!?」
『とある中尉がよく口にしていた言葉ですが、“絶対にタダでは死んでやらん”……私の好きな言葉でもあります』
通信が開いて、その映像でクスクスと笑うエリスに、顔が赤く染まる唯依。
それは怒りか、それとも恥か、パクパクと口を開閉させる姿は、見ていて妙に和んだ。
この状態を表すならそう。
「試合に勝って勝負に負けたと、試合に負けて勝負に勝った…か」
「ですね」
「だな」
大和の、微妙に笑いを堪えた言葉と、うんうんと頷くステラとタリサの言葉。
夢中になっていたとは言え、“場外”に気付かなかった自分を内心叱咤する唯依だが、仕方が無いだろう。
エリスが巧妙に、この場所へ唯依を誘導し、最後の瞬間噴射跳躍で機体をコントロールし、場外へ出るように仕掛けたのだから。
もしこの戦闘を武ちゃんが見ていたらこう評しただろう。
「どっかの誰かがやりそうなやり方だ…」と…。
「これで本日のテストは終了とする。両者は機体をガントリーに固定後、通達する時間に出頭するように」
大和が告げると共に、ガントリーフレーム搭載のスレッジハンマーが動き出し、整備兵達が慌しくなる。
「でもさ少佐、こんなデータでアピールになるのか?」
尤もなタリサの疑問に、肩を竦めるしかない大和。
「元々向うはアップグレードキットの試作品とデータだけでも十分に喰い付いたさ。ただ、箔が欲しかったんだろう、近接重視の機体にも勝てるもしくは拮抗できる総合最強の戦術機…ってな」
元々技術アピールならアサルトラプターで十分だし…と苦笑する大和に、それもそうかと納得のタリサ。
米軍も技術だけでなく、そういった箔や話が欲しかったのだろう。
渋っている面子は兎も角、主だった連中は既にアップグレードキットの話の時点で乗り気だった。
有能で活躍する衛士より、この先に繋がる技術。
エリスは確かに強力な衛士だが、特殊部隊への誘いを断るやら基地移動を蹴るやら割と問題児として見られていた。
その為、彼女と技術との交換は、既に話を持ちかけた時点で8割は決定事項。
残り2割の、一部の反対派の文句を黙らせるお題目として、今回のテストが行われた。
結果がよっぽど酷い物でなければ、勝とうが負けようがどちらにせよエリスとの交換は決定する。
だから大和は言ったのだ、人を買うような気分だと。
「だがまぁ、雑事も片付いたし、そろそろメインを踏まえないとな…」
「…メイン…ですか?」
大和の呟きに、ステラが反応する。
「そうだな……5日後はピクニックだ」
そう言ってニヤリと笑う大和は、なんだかいつもと違う笑みだとステラは感じていた…。