2001年――4月3日―――
この日、A-01の隊員達は、座学用の教室へと集められていた。
その理由は、本日より試験導入される新型OSの教導の為である。
「皆揃ってるわね~」
そこへ、何時も通りの態度の夕呼が現れ、実に楽しそうに集まったメンバーを見渡す。
普通ならここで伊隅が敬礼させるのだが、相手は夕呼なので無し。
「それじゃ、XM3に関しての座学を始める前に、あんた達に新メンバーを紹介するわね」
『新メンバー…?』
夕呼の突然の発表に驚き、首を傾げる面々。
「そうよ~、今までアタシの直属ってだけで、色々と仕事しててくれた奴。この際だからA-01へ入れる事にしたの」
と言うが、実際は最初から入れる予定だったりする。
「黒金~、入ってきなさい」
夕呼に言われ、室内へ入室する大和は、何となく転校生の気分だった。
『あぁ~~~~っ!?』
途端、水月・遙・東堂・上沼が大和を指差して叫ぶ。
他の面子は唖然としており、唯一イーニャとクリスカだけが平然としていた。
「覚えている方も多いようですが、一応自己紹介をしましょう。黒金 大和、階級は少佐。香月博士の下で直属の衛士と兼任で戦術機開発から今回のXM3調整まで手掛けてきました。どうぞよろしく」
そう言って敬礼する大和に、反射的に答礼する面々。
「今本人が言ったとおり、こいつは戦術機開発なんかも手掛けてるから正式にA-01へ配属って訳じゃないわ。指揮権は存在するけど、通常時は今までどおり伊隅が指揮をしなさい」
「え…あ、はい、了解しました」
普通、部隊に上の階級の人間が配属されたら、自動的にその人間が隊長や指揮官を受け持つのだが、大和はその立場故に常に部隊に居るわけでは無い。
その為、A-01、通称伊隅ヴァルキリーズは今まで通り伊隅ヴァルキリーズのままとなった。
これには伊隅も戸惑うが、夕呼が言うのだから従うまで。
「それじゃ、後は黒金に任せるから。よろしく~」
何とも投げっぱなしに退室する夕呼。
現在彼女は、00ユニットを更に強化する為の研究の真っ最中らしい。
「それでは、一先ずA-01のメンバーの紹介をお願いしてもよろしいですかね、大尉?」
「はっ、では私から。A-01の部隊長を務めております、伊隅 みちる、階級は大尉です。部隊内でのポジションは迎撃後衛です」
敬礼しつつ答え、次に水月に視線を送る。
「あ、B小隊小隊長の速瀬 水月、階級は中尉です。ポジションは突撃前衛長です」
「同じく中尉の涼宮 遙です、ポジションはCP将校です」
水月の隣に座っていた遙、次に宗像・風間・東堂・上沼…と続いていく。
因みに東堂・上沼はそれぞれ突撃前衛・砲撃支援だそうだ。
イーニャ・クリスカは複座になった際に強襲掃討にポジションが移っている。
全員の自己紹介が終了し、さっそく教導の為の座学へと入る。
最初に大和が教材として用意したファイルを配り、次にプロジェクターで教材用映像を流す準備をする。
「概容や特徴に関してはこの映像を見れば理解できると思う。細かい部分は配った資料を見ながら説明するので、最初にこの映像を見て欲しい」
そう言って映像をスタートさせる大和。
次の瞬間、A-01の大部分が机に『ゴンっ』と頭を打ち付けた。
「? どうかしたか?」
「い、いえ、その、映像資料のタイトルが……」
伊隅にそう言われ視線を向ける。
―――『今日から始めるXM3~これさえあれば粉砕☆玉砕☆大喝采☆~』―――
「…………………何か問題が?」
「「「本気で不思議そうな顔!?」」」
水月・東堂・クリスカの声が綺麗にハモった。
他の面子は大和の感性を疑ったり、同じように何が問題なのかと首を傾げていたり。
当然、傾げているのは紅の姉妹の妹である。
「最初はXM3の特徴を紹介していく」
A-01の視線を一切合切スルーして映像を進める大和。
タイトルが消え、真面目な文章による説明が続き、安堵する面子。
しかし、次の3Dで立体化された機動映像で噴き出す。
「? どうかしたか?」
「ど、どうかしたかって少佐、なんですかあの可愛い戦術機は!?」
ズビシッと水月が指差す先には、映像の中でXM3に可能な動きをしている、3D表示された2頭身の戦術機。
「何って、SD戦術機、『しらぬいくん』だが?」
「「「「しらぬいくんっ!?」」」」
「よく出来てるだろう、三日徹夜して作った」
「「「「わざわざ徹夜で!?」」」」
思わずハモる水月・東堂・宗像・クリスカ。
確かに、デフォルメされたそれは、不知火そのもの。
目があったり動作の度に可愛い声で「とうっ」とか「うりゃっ」とか言ってるけど不知火。
やがて登場する仮想敵である戦術機も、やっぱりデフォルメ2頭身。
「比較対照の『かげろうくん』の動きから分かる通り、XM3は最大の特徴として操作の―――」
大和が真面目な顔で説明をするものの、伊隅や宗像は引き攣った顔。
水月や東堂はツッコみたいのをひたすらガマンし、遙や風間、イーニャは飛び跳ねるSD戦術機を可愛い…とキラキラした目で見ている。
その後、座学は多少の混乱を残しつつ終わるものの、全員の頭にSD戦術機のファンシーな姿が焼き付いてしまうのだった。
「あ、黒金少佐っ」
「け、敬礼っ」
A-01への座学を終え、PXへ顔を出す大和。
本日は一日XM3の座学と質疑応答をこなし、明日からシュミレーションと実機による訓練に入る予定。
質疑応答で、SD戦術機に関する質問があったのは言うまでもない事。
遙やイーニャが、映像を欲しがったのは座学終了後の話だ。
「食事中くらいは簡単なモノで良いぞ」
多恵が大和を見つけた事で、茜が慌てて全員に敬礼をさせる。
当然全員が椅子から立ち上がる事になるので、その様子に答礼しつつ苦笑する大和。
「少佐、これからお食事ですかっ?」
何やら興奮した面持ちで声をかけてくる多恵に、頷いて答えると、慌てて自分の隣の席を引く。
「も、もし宜しかったらここへどうぞっ!」
「あ、多恵ズルイっ!」
「少佐、持ってきますので何にしますか?」
「って一美までっ!?」
多恵の行動に高原が頬を膨らませるが、いつの間にやら立ち上がった麻倉がさり気無くメニューを聞いて取りに行ってしまう。
抜け駆けされる形で取り残された高原は、るーるるーと涙し、晴子に慰められている。
「なんだなんだ、今日は嫌に接待をしてくれるじゃないか」
「えへへー、そんな事なかとですよ~」
大和の苦笑に、多恵が照れ照れしつつ妙な方言で首を振る。
「ふむ、まぁ俺も男だ、美少女に囲まれるのは嫌では無いからな」
そう言ってニヤリと笑う大和に、数名が赤くなり、数名が苦笑。
「少佐、アンタも好きねぇ……」
「彩峰、しーっ! あ、あはは、何でもありません少佐」
余計な事を口走る彩峰の口を、千鶴が慌てて押さえて愛想笑い。
随分と仲が良い様である、これも武の恋愛原子核効果か…と内心関心していると、麻倉が大和が伝えたメニューを持って戻ってきた。
「少佐、どうぞ」
「すまないな麻倉訓練兵、ありがたく頂戴しよう」
麻倉が置いてくれた合成唐揚げ定食に手をつけつつ、こちらを窺う面子を見る。
どうやら、大和に聞きたい事がありそうなのは、主に207Bの面子のようだ。
「それで、俺に何が聞きたいのかな? 御剣訓練兵?」
「――うっ、……流石です少佐、お見通しでしたか……」
名指しされ、言葉に詰まりつつも感服したとばかりに頭を下げる冥夜。
視線を他の娘に向ければ、数名が顔を赤くし、数名が苦笑い。
唯一、彩峰だけが何時のも顔だ。
「その、黒金少佐は白銀大尉と長い付き合いだと聞いたのですが…?」
「あぁ、かれこれ2年になるのかな…なんだ、武について聞きたいのか?」
そう言って、質問してきた茜にニヤリとした顔を向けると、赤くなって慌てる。
「いや~、大尉って気さくな人なんですけど、あんまり昔の事とか、斯衛軍の時の事とか話してくれなくて」
「なるほど……それで俺か」
晴子のあっけらかんとした言葉に、数名が焦るものの、大和は特に気にするでもなく納得。
そしてどうした物かと考える。
武が昔を教えたがらないのは、そもそも教えられない事が多いし、斯衛軍の時の事はいくつか恥ずかしい事件があるからだろう。
因果導体の事は当然話せない。
が、斯衛軍の時に関しては、いくつか彼女達の興味を惹きそうな話題がある。
「(ここは一つ、彼女達の関心を惹く為に暴露してしまうか……)」
内心で邪悪な笑みを浮かべつつ、表面上はクールに振舞う外道。
「そうだな…武も俺も、あまり大っぴらに話せない事情が多くてな」
「事情……ですか?」
大和の言葉に視線を鋭くさせるのは冥夜。
武が彼女達の事情を知りながらも親身に接し、部隊の仲を強くしてきたのはまりもからも聞いている。
そんな男の事情とやらに、強い興味を抱いたらしい。
見渡せば、大多数の娘が似たような視線を向けてきている。
「武はこの土地の生れでな…生まれた家も、この基地の前に広がる廃墟にあるそうだ」
『っ!?』
大和の言葉に、ほぼ全員が目を見開く。
「BETA侵攻の際に、武は全てを失った。俺にはこれだけしか言えんよ」
「……そう、ですか……」
「大尉に、そんな辛い過去があったとは……っ」
大和の言葉に、興味本位で聞いた事を後悔する千鶴と、そんな過去を背負いながらも戦う武に、何かを思う冥夜。
他の面子も、やはり心痛な面持ちをしている。
「俺と武が斯衛軍に入隊したのは、偶々斯衛の白の家系に拾われたからだ。その後、武は天賦の才を発揮し、それを紅蓮大将に認められた」
「あの紅蓮大将に!? やっぱりタケルって凄いんだ~」
世界的に有名である衛士の一人に認められた存在と知り、感動したように呟く美琴。
「暗い話ばかりでは飯が不味くなるから、ここは一つ、武の斯衛軍時代のエピソードを語ろう」
大和のその言葉に、目の色を変える面々が多数。
多恵はやはり反応が薄く、百合なのか…と確信する大和。
彼女が誰を見ているかは、207全員が知っている事。
「あれはそう、武が中尉となった時の事だ。その天賦の才と独自の機動概念から頭角を現していた武は、当然他の武家の注目を浴びた。武家というのは家柄を尊重する故に、平民などを軽視する傾向がある」
大和の言葉にうんうんと頷くのは冥夜。
彼女は、武や207の仲間を知り、武家とか家柄とかに拘らなくなっているらしい。
「しかし、その一方で歴史や力のある武家は、新しい血、強い血を家に入れたがる面も持っている。たとえ相手が一般兵であっても、優れた素質や力があれば家に入れる…ぶっちゃければ婿入りや嫁入りさせるのだ」
「「「「「「へ~…」」」」」」
「な、何故私を見るのだ!?」
207B+茜と晴子に意味深な目で見られてたじろぐ冥夜。
「御剣も……白銀を婿入りさせるの?」
「あ、彩峰っ!? それは私を侮辱しているのかっ?」
「はわわ、御剣さん落ち着いて~っ!」
彩峰の言葉に、真っ赤になって立ち上がる冥夜。
そんな彼女を、タマが必死になって止める。
彩峰が冥夜本人ではなく、御剣家はどうなのかと聞いたと分かると怒りを治める。
「話を続けるが、紅蓮大将に認められる程の才覚を持つ武は、嫉妬や僻み以上に、そういった話が多くてな……」
そういった話とは、所謂婿入りの話だ。
「武が中尉となった際に、とある部隊の先任中尉が自分の家でその事を祝うと言い出してな。仲間内で祝っていた所、少しして武はその中尉に連れて行かれ……」
「「「「「「つ、連れて行かれ…?」」」」」」
「酒の勢いで、相手の月よ「何を話してるかーーーーーーーーーーーっ!!!?」――がはッ!?」
突然、どこからともなく武が現れて大和を強襲。
椅子やテーブルを巻き込まないように蹴り飛ばす。
全員がそのスピードと巧みな技に目を奪われる中、冥夜だけが「つくよ…? まさか、いやしかし中尉…そんな…っ」とブツブツ呟いている。
「ぬぅぅぅ、痛いではないか武」
「痛いじゃねぇよっ、何を人の教え子に暴露してやがんだお前は!?」
「何って、『白銀☆武ヒストリー~あの日俺は若かった~』から、お前と彼女との秘密の1ページをだな…」
「人の人生に妙なタイトルつけるんじゃねぇよっ、って言うか何で知ってるんだよ!?」
「ふ、愚問だな…盗み聞きしてた!」
「胸を張って言うなーーーーっ!!」
殴りかかる武、ひらりひらりと避ける大和。
唖然とする訓練兵達を他所に、この騒ぎは京塚のおばちゃんの雷が落ちるまで続けられたのであった。
「ちなみに従姉妹の大尉殿も一緒に聞いてたぜッ!」
「NOーーーーーーっ!?」