2001年10月23日――――
開発区画演習場・15:04――
『しゃぁんなろーーーっ!!』
意味不明な雄叫びを上げて長刀を振り下ろすのは崔中尉が駆る殲撃10型、その売りである小型で身軽な機体性能を活かしての不意打ち。
『んだらぁぁぁぁっ!!』
その一撃を、これまた意味不明な雄叫びを上げて左手に持ったマチェット型の大型近接短刀で受け止めるのはタリサのF-22A's。
押し切ろうとする崔と、受け流そうとするタリサ。
『むぎぃぃぃぃぃっ!!』
『ぬがぁぁぁぁぁっ!!』
『野生に戻らないの』
そこへ容赦なく撃ち込まれる狙撃砲からの150mmペイント弾。
廃墟の影から影へ移動しながら狙撃していたステラが、二人の状態に呆れて横槍を入れたのだ。
『あっぶねぇ!? 今掠ったぞステラ!』
『タリサ、お願いだから退化しないで』
意思疎通が大変だからと呟きつつ、先程の狙撃で居場所が知られたので機体を移動させる。
案の定、別の殲撃10型が接近中だ。
『ふふん、どうしたのよ、ご自慢の改造機は? 米軍のF-22Aの方が手強かったわよ』
『ボロ負けでしたものね』
『へんっ、機体の慣らしだよ慣らし、まだ新品なんでな!』
『昨日もそんな事言っていたわね、そして負けたのよね』
『『~~~~っ、うるちゃいっ!!』』
『あら失礼』
通信で言い争いながらも戦う崔とタリサだが、ステラのツッコミに同時に叫んで噛んだ。
微妙に涙目なのは図星を突かれたからだろうか。
「む……」
「どした、釘原?」
「なんでかしら…今あたしが言うべき台詞を取られたような…」
「……頭、大丈夫か?」
「ーーーーっ、死ね駄犬!」
「はぎゅんっ!?」
どこかの格納庫で斉藤の悲鳴が響いたが、いつもの事と誰も気にしなかった。
『02、まだ捕まらないの!?』
『申し訳ありませんっ、迂闊に追撃も出来ない状態で…!』
崔が部下へ通信を入れるが、彼はステラの甚振るような攻撃に満足に攻める事が出来ずにいた。
迂闊に攻めれば、150mmの餌食になる。
廃墟を楯にして追い詰める前に、また別の場所へ逃げられてしまう。
しかもその状態でタリサのフォローまでこなすのだから恐ろしい。
『なんとしても近接に持ち込みなさい、あの長物なら近距離じゃ撃てないわ』
『了解!』
崔が部下へ指示を出した瞬間、右手に突撃砲、左手に大型近接短刀を構えて突撃してくるF-22A's。
キャノンボールの出力で強化された速度で瞬く間に間合いを詰めてくる。
突撃砲が咆哮し、砲弾をばら撒いて崔の動きを制限。
そして間合いを詰めて大型近接短刀で沈める心算なのだろう。
『こなくそっ!!』
多少の被弾を覚悟で廃墟のビルを蹴り、回避する崔。
『逃がすかぁ!!』
だがそこへ、F-22A'sのウェポンコンテナから放たれたグレネードが殺到してくる。
『く…っ!』
回避が間に合わないと瞬間的に判断した崔は、右手に持っていた長刀を投げつけた。
先頭のグレネードが衝突した衝撃で爆発、その爆発に後続が誘爆して直撃を防ぐ。
『相変わらず、火力が異常なのよ少佐の機体は…!』
愚痴りながらも体勢を整える為に距離を取る崔。
そうはさせまいと追撃するタリサ。
一方、廃墟の影に潜んでいたステラだったが、終にその姿を捕捉されてしまった。
『ステルス性能は、F-22A程じゃない!』
男性衛士は前回戦ったF-22Aの高いステルス性能を嫌と言うほど味わっていたので、それに比べればF-22A'sのステルス性能は格段に低い。
『その長物、この距離では使えまい!』
左手の突撃砲で牽制しながら、右手に長刀を持って踏み込む殲撃10型。
『―――!』
だがステラは冷静に狙撃砲を“捨てる”と、それを殲撃10型へと放り投げた。
アームから切り離された狙撃砲は殲撃10型の視界を邪魔するがそれだけだ、彼は冷静に長刀で切り払う事を選択した。
そして次の瞬間、彼は驚きで思考が一瞬停止した。
回避行動に入ったと思ったステラの機体が、自ら間合いへと入ってきたのだ。
そして、その両手には、突撃砲を小さくしたような、拳銃を巨大化させたような武器を持っているではないか。
『なに―――っ!?』
『狙撃ばかりが―――』
驚愕する衛士を他所に、ステラは微笑を浮かべたまま両手にそれぞれ構えた近接射撃武装、36mmアサルトカノン・ショーティーのトリガーを引いた。
取り回しと速射性能を追求したAC・Sは、36mmを近距離から殲撃10型へと浴びせ、装甲を食い尽くす。
小型・軽量という改造が施された殲撃10型では、近距離の36mmを耐える事は出来ず。
殲撃10型は頭部や胸部、腹部をペイント弾で染め上げられて撃破判定をされてしまった。
『――――芸じゃないのよ?』
機体に拳銃でバンと撃つような動きをさせて微笑するステラ。
撃破を確認し、直ぐにタリサの援護へと向う。
『02!? 隠し玉には注意しなさいってあれほど…!』
隠しギミックから隠し武装まで、幅広く対応する黒金作品。
その効果は今までワルキューレ隊と戦って嫌と言うほど経験している。
それがF-22Aの改造機に無いなんて在り得ない。
『近接仕様の突撃砲? 多芸なことね!』
『羨ましいだ…ろっ!』
舌打ちしながら姿を現したステラ機の武装を見て愚痴る崔中尉。
そんな彼女に、タリサは左手の大型近接短刀を投げつけた。
それを叩き落す事を嫌った崔は、長刀で切り上げる事を選び、さらに機体を前に進めた。
今までのタリサとの対戦から、彼女が間合いを詰めて来る事は分かっている。
ならば投げられた武器を叩き落すより、切り上げてそのまま長刀を振り下ろすモーションへ移れる動きを選んだのだ。
『近接なら―――』
長刀の峰で大型近接短刀を叩き上げ、全力で踏み込むと共に噴射跳躍。
読み通りに間合いを詰めに来たタリサのF-22A'sへと迫る。
『負けないっての!』
そして大振りに振り上げた長刀を前進する勢いもプラスして振り下ろす。
トップヘビー型である殲撃10型の長刀は、振り下ろす距離が長いほど威力を増す。
最大位置からの振り下ろし、並みの武装では砕かれ、弾かれ、食い破られる。
『へっ、それは―――』
だが、殲撃10型の長刀が振り下ろされる前に、キャノンボールの出力でさらに加速したタリサ機。
その左手が突き出され、次の瞬間には三本のストライククローが飛び出す。
鈍い衝突音を響かせて、三本の爪が、長刀の根元、柄と刃の境目にくい込んだ。
『こっちの台詞だぜっ!!』
長刀がスピードに乗る前に止められ、三本のカーボンブレードに喰い付かれた為に攻撃に移れない崔。
だが彼女も然る者、瞬時に長刀を離して対応するが、勢いを殺さないF-22A'sは右腕を振り被りながらさらに接近。
『アサルトの名前は、伊達じゃねぇぇぇ!!』
タリサの咆哮と機体の上げる駆動音が重なり、崔の殲撃10型に強烈な衝撃が走る。
そして網膜投影に、胸部破損により衛士死亡と表示され、機体が停止する。
模擬戦闘故に刺さらないが、もし実戦装備なら今頃彼女はスーパーカーボン製の爪に貫かれて死亡していただろう。
『うっしゃぁぁ! 勝ったぜっ!』
雪辱果したと喜ぶタリサ、彼女のF-22A'sは押し倒した殲撃10型の上で馬乗りになっている。
『それは良いけれど、また整備班に怒られるわよ』
『あ………』
少し呆れ気味のステラの言葉に、硬直するタリサ。
無茶な近接で、タリサの機体は折角ピカピカに塗られたUNブルーが彼方此方削げ落ちていた。
大和は別に怒らないのだが、毎回塗り直す整備班の身にもなれと、唯依からお説教が待っている。
『あ、あの、中尉…?』
恐る恐る通信を繋ぐと、そこには笑顔の唯依。
――――良かった、勝ったから怒ってない?――――
『マナンダル少尉…本当に見事な“衝突”だったな…』
――――……そう思っていた時が、アタシにも在ったんだぜ…――――
笑顔なのに怖いという表情の唯依姫、その言葉にるーるるーと涙するタリサ。
でも崔中尉に勝ったから今日は少し楽しくお説教が受けられそう、それだけがタリサの支えだった。
18:35―――開発区画PX内食堂――――
夕闇が包む横浜基地内。
働く多くに人間の憩いの場であり、空腹を満たす食堂で、タリサが垂れていた。
たれタリサだった。
「うが~~~、最近中尉厳し過ぎじゃねぇかぁ?」
こってりとお説教されたタリサ、面白くないのか頬を膨らませて不満そう。
その反対側で優雅にお茶を飲むステラも、それには同意なのか苦笑する。
「中尉はどうも、例の米軍指揮官を意識しているみたいね…」
「あのクロフォードって中尉か…。確か米軍のトップガンの一人なんだろ?」
「えぇ、その上BETAに対して有効な武装を提案した秀才らしいわ」
「あの斧か…ありゃぁ“効く”ぜ、近接の取り回しと威力に関しちゃトップクラスだ」
垂れた状態から起き上がり、今度は椅子に凭れて腕を組むタリサ。
「一撃の威力なら欧州軍の斧槍とか、統一中華のトップヘビーなんかが上だけど、あの斧はそれ以上に取り回しが楽だし、衛士も扱い易いからなぁ」
「極東の機体は74式近接戦闘長刀で固定だものね…」
私は苦手だわ…と苦笑するステラ。
極東軍、主に日本帝国が使用している74式近接戦闘長刀は“刀”というイメージに1番近い武装だ。
重さで斬る以上に、切り裂く事を重視したその形状は、訓練をしていない衛士や、馴染みがない人間にとって扱い難い代物と言われている。
実際は機体のモーションの問題なので衛士の技量は大きく問われないが、感覚の問題が残ってしまう。
各国が昔から持つ武器へのイメージが、時には足枷になったり。
近接武装に縁の無い国や、刀や剣へのノウハウを持たない国は特にそれが大きい。
その点、エリスが開発した(実際はイメージを開発部に伝えただけ)手斧、エリミネーターは間合いこそ短いが取り回しや威力、そしてイメージがし易い。
刀の速さで切り裂くだの、剣の重さで叩き切るだの面倒な事は無い、ただ刃を振り下ろせばいい。
それだけで自重と刃の厚みと形、そして振り下ろされた際の力で相手を砕く。
その威力はあの大きさの武装の中ではトップクラス。
同じ分類にされている大型近接短刀(YF-23の大型ナイフや、タリサの機体が装備しているマチェット)に比べて、頭一個以上の威力を誇り、耐久性も高い。
「対BETAへの有効性はまだ実証されていないけれど…」
「連中、それが欲しくて持って来たんだろうなぁ」
ステラの言葉を繋いで天井を仰ぐタリサ。
ここ横浜基地は、極東の最終防衛線で1番後方ながら、時にはBETAとの戦闘も発生する。
何しろ近くには佐渡島ハイヴが存在しているのだから。
これまで半年に数度の割合で佐渡島から侵攻があり、対BETA戦闘も期待できる土地でもある。
常にハイヴに隣接しているカムチャッカなどに比べれば頻度は低いが、逆を言えば比較的安全に対BETA戦闘のデータを集められる場所だ。
「ま、他所は他所、ウチはウチだな」
と言って、飲み干したドリンクのお代わりを取りに行くタリサ。
良くも悪くも割り切りが出来て引き摺らないのがタリサの美点だ。
逆に引き摺ってしまうのが、彼女達の上官であり、目下ステラの悩みの種。
「何が在ったのか知らないけれど、あれは少し異常よね…」
唯依が感情面で不器用で堅物なのは知っているが、エリスに対しての彼女は少し異常だと感じているステラ。
エリスもエリスで、唯依を試すような、そんな視線や態度を見せているのが気に掛かった。
「この大事な時期に、問題が起きなければ良いのだけれど…」
大和からそれと無く聞いた、佐渡島ハイヴ攻略作戦。
それが控えている今、部隊の和を乱すような出来事は勘弁願いたいステラ。
「なんだとコラぁ!?」
「なによ!?」
と、カウンターの方から響く、聞き覚えの在り過ぎる二つの怒声。
その声に、ガクリと頭を下げるステラ。
チラリと見れば、カウンターの前でタリサと崔が顔面を衝突させながら怒鳴りあっているではないか。
「本当にもう、タリサも崔中尉も…」
大和曰く、犬猿の仲の二人に頭が痛いステラ。
口論を続ける二人は、お互いの顔面に唾を飛ばしながら、ガップリと組み合っている。
止めようとする崔の部下や、煽る他国部隊の衛士。
二人の喧嘩は今では日常茶飯事、一種のイベントと化していた。
これを止めるのは唯依やステラの仕事なのは周知の事実。
その為、やれやれと立ち上がったステラに、苦笑を向ける者も多い。
と、ステラが歩き出そうとした時、彼女の背筋が凍った。
視界に、普段ならこの場に居ない筈のとある人物が映ったからだ。
その人を認識して直ぐにタリサを止めたいステラだったが、距離が在り過ぎた。
周囲の野次馬もその人に気付いて、野次馬の大部分が顔を青褪めさせる。
その人を知らない連中は誰だと首を傾げる中、その人はズシンズシンと重い足音の幻聴を携えながら終には乱闘に発展した二人へ近づいていく。
「タリサ…無力な私を許してね…」
この後の同僚の未来を憂いて、ステラはそっと涙を拭った。
別名、見捨てた。
――――グワシッ、グワシッ!!――――
「うきょっ!?」
「ふみょっ!?」
ほぼ同時に頭蓋を鷲掴みにされて妙な声を上げるタリサと崔。
そしてミシミシと嫌な音を立てる自分の頭の痛みと、真横から感じる巨大なオーラに冷や汗ダラダラな二人。
ギギギギ…と錆びたブリキのようにそちらに顔を向ければ、そこにはゴゴゴゴ…と恐ろしい威圧感を放つ割烹着姿の偉丈婦(誤字にあらず)。
食堂の支配者、横浜のお袋、割烹着の魔人、最強ガバイかあちゃん等の異名を持つ、横浜基地で逆らえる人が居ないとすら噂される人、京塚 志津江が其処に居た。
「あんた達…食堂は喧嘩する場所じゃぁないだろう…?」
「お、おおおおオバちゃちゃちゃちゃ…!」
「ち、ちちちちちが、ちがく、ちがくってですね…!?」
ニッコリとオバちゃんスマイルを向けてくる京塚臨時曹長。
だが彼女には階級が意味を成さない。
故にタリサは冷や汗ダラダラで呂律が狂い、崔はツインテールをシオシオと萎縮させて言い訳を試みるが言葉が出て来ない。
ギリギリと自分達の頭蓋を握り潰さんばかりのオバちゃんのゴッドハンド、その手に掴まれたが最後、どんな歴戦の戦士も終わりを覚悟するとかしないとか。
オバちゃんの存在を知る者は二人の未来に冥福を祈り、知らない者は知る者からオバちゃん伝説を聞いて震え上がる。
「食堂は何をする所だい?」
「「お食事する場所です、マム!!」
オバちゃんの問い掛けに、頭を掴まれたまま敬礼する二人。
何故二人がこんなにもオバちゃんを恐れるのか。
それは、以前とある国の衛士が、オバちゃんに…と言うか、食堂に喧嘩を売ったのだ。
その衛士は食料自給率の高い某連合から来たのだが、食堂の飯が不味いと言って不満を垂れ流しにした。
そりゃ確かに自然食が食べられる国からすれば、合成食オンリーの日本の食事は不味いだろう。
だが、それをオバちゃんの前で言ったのが不味かった、不味いだけに。
以後、その衛士はさらに不味い食事、実は他の基地の合成食と同じ味の食事になるわ、注文を聞いて貰えないわ、盛りが明らかに少ないわ、さらに所属部隊の衛士や整備兵にまで及んだ。
食堂のオバちゃん達に逆らう事は、食を捨てると同じ。
自分たちにまで被害が及んだ事で、仲間の衛士や整備兵達にボコられた上に強制的に土下座で謝罪をさせられた衛士は、今も時々警告として不味い合成食を喰わされているらしい。
そして何より、あの大胆不敵で唯我独尊(?)な大和が、常に低姿勢でヘコヘコし、絶対に逆らうなと必死の形相で念押しする相手。
それが京塚臨時曹長を始めとした、食堂のオバちゃん達である。
かの有名な極東の雌狐、横浜の魔女と謳われ恐れられる副司令すら、彼女の言葉には逆らわないとすら言われている。
そんな相手に逆らえる訳も無い二人は、ガクガクと震えながらオバちゃんの判決を待つ哀れな子羊。
二人とも例の喧嘩を売った衛士が、不味い合成食(二度目だが他の基地の平均的な味)を食べながら、これに比べれば横浜の飯は美味いと嘆いているのを見ている。
確かに合成食なので不味いが、それでも衛士や整備兵達の為に頑張って美味しくしようとしているオバちゃん達。
その真心親心をバカにする奴は死ねば良いのにとは、大和の談。
「二人とも…ちょっと裏までおいで」
と言って、親指で裏…即ち厨房を指差すオバちゃん。
二人は同時に「終わった…」と自分の未来を幻視して項垂れた。
厨房、そこはオバちゃんが支配する絶対の場所。
ズルズルと襟首掴まれて連行される二人を見送った野次馬達は、自主的に二人の喧嘩で散らかった食器や椅子を片付けてお掃除する。
そして片づけが終わると、何事も無かったかのように喧騒が戻ってきた。
食堂のオバちゃんには逆らうな、それが横浜基地における唯一絶対である暗黙の了解だった。
一時間後――――
そこには元気(と言うかヤケクソ気味)に食堂の仕事を手伝う二人の姿が!
「生きた心地がしなかったわよ、もう絶対に食堂じゃ喧嘩しないわ!」
「今思うと馬鹿な事をしたぜ、もう二度と食堂じゃ喧嘩しないよ!」
とは、仕事を終えた二人の言葉だった。
「ふむ…ニホンの母とはあぁも恐れられつつも慕われる者なのか…」
そんな様子を見ていたラトロワさんが、オバちゃんをどこか尊敬するような目で見ていたそうな。
因みにオバちゃんが開発区画の食堂に居たのは、こちらの食堂のヘルプだったそうな。
結論、オバちゃん最強。
10月24日――――
70番格納庫――――
「くくくくくッ、そうかそうか、オバちゃんに説教されたか」
「笑い事じゃねぇぜ少佐ぁ…本気で怖かったんだぜ…?」
肩を震わせて笑う大和に、膨れっ面のタリサ。
昨日の事の顛末を聞いて、大和も笑いを堪えられなかった様子。
「オバちゃんは横浜の母とすら言われる程の人物だからな。俺でも逆らおうとは思わんよ」
「ちぇ~…」
苦笑しつつタリサの頭を軽く叩いてやる大和に、不貞腐れつつも少し嬉しげなタリサ。
整備兵の女性は、タリサのお尻にぶんぶか振られる尻尾を幻視して悶えていた。
感染は順調に侵攻している様子。
「んで少佐、この二機はもう完成なのか?」
「必要な装備とパーツの取り付けはな。これから細かい調整やシステム整理、それにデータ収集に耐久テスト、その他諸々…忙しいったらないな」
指折り数える大和に、うげぇ…と嫌そうな顔のタリサ。
「だが言ってしまえばこの二機はアップグレードキットによる改造だ。比較的とは言え簡単に済む」
そう言って大和とタリサが見上げる機体は、唯依の武御雷と、それと並ぶF-22A。
「ふ~ん…でもなんでF-22Aまで? アタシのアサルトや例の部隊用の機体とは違うのか?」
疑問を浮かべるタリサに、大和は少し視線を細めた。
唯依の機体と並んで改造を受けているF-22A。
これは、言わば米軍向けのF-22A用アップグレードキットのモデル機だ。
米軍から依頼された訳でもないのに何故そんな物を造っているのか。
それは、エリスのお願いが関係していた。
「世界が違っても芯は同じか…真っ直ぐな奴だ」
「? 少佐…?」
「いや、なんでもない。こいつはちょっとしたアピール用だ。副司令の買い物に使う予定なんでな」
タリサの言葉に苦笑しつつ答え、機体を見上げる。
この前、大事な話が在ると言われて時間を作って話してみれば、驚くような発言をされた。
その関係で、近々副司令であり計画の責任者である夕呼にも面会が予定されている。
エリスはエリスなりの考えで行動している為、大和は苦笑するしかない。
「あれだけ拘っていた母国をなぁ…人は変わると言うが、何が切っ掛けになるか分からんなぁ、少尉」
「は、はぁ…?」
一人完結した言葉を向けられ、困惑するしかないタリサ。
「分からんで良いさ。さて、そろそろ時間か」
時計を確認してテスタメントを連れて歩き出す大和。
それを見送るタリサは、軽く首を傾げていたが、自分の仕事に戻る為に歩き出した。
「……アピール…ねぇ…」
チラリと、居並ぶ二体を見て言葉を噛み締めながら呟くタリサ。
相変わらず大和の考えは読めないし分からないが、それでも必死で頑張っていることだけはタリサでも分かる。
「うし、今日も一日頑張りますか!」
だから、拳を叩いて気合を入れて走り出す。
自分はテストパイロットで戦う者だから。
その結果、彼が満足してくれるなら本望だと思いながら。
「少尉、走らないで下さいよ!」
「わりぃわりぃ!」
注意してくる整備兵に軽く詫びつつ、タリサは駆け出した。
数十分後、地上ブリーフィングルーム――――
「なんだか物凄く久しぶりな気がするが、全員揃っているな?」
「は! 任務中の白銀大尉以外、揃っております!」
妙な事を口走りながら部屋に入ってきた大和に、まりもが答える。
室内にはA-01の面子が揃っており、揃った敬礼を向けてくる。
それに対して答礼し、休めと伝える。
因みに武は現在、殿下とのマンツーマン訓練中。
羨ましいと思う面子は主に新任。
「さて、諸君らA-01も人数が増えて部隊連携も上がって来ている。個人の腕前の上昇も著しいのは競い合う好敵手や目指す目標が居るからと思うが」
そう言ってチラリと新任や先任を見る大和。
新任達は同じポジションを狙う者同士切磋琢磨し、更に目指すべき目標である先任の存在から自己を高め。
先任は新任達に負けてなるものかと努力し、己を鍛えている。
「正直、そろそろ新任の響では役者不足になり始めている」
主機の出力向上と改造で不知火クラスの戦闘力を持つとは言え、響は練習機なのだ。
今の今まで、新任の機体を準備するのに手間取り響で代用していたが、正式な任官と配属後も練習機では格好が付かない。
「そこで、追加の機体を用意し、先日配備の目処が立った」
そう言って、テスタメントの背部が可動して露出した小型キーボードをタイピングする大和。
既にテスタメントからはケーブルが延びて、モニターに接続されている。
画面に表示されたのは、二体の戦術機。
「これは…」
「F-22Aと…武御雷っ!?」
伊隅の戸惑いの言葉に続いて、美琴の声が響いた。
彼女の言葉通り、画面にはF-22Aラプターと、零式こと武御雷の一般機、通称“黒武御雷”が映し出されていた。
「先のクーデターで米軍から慰謝料として副司令がぶん取ったF-22Aと、取引で特別に運用を許可された武御雷だ。どちらも機体としては申し分ない」
「ぶ、ぶん取った…」
「取引ってどんなですか…」
大和の言葉に全員が苦笑を浮かべる。
遙の引き攣った言葉や、委員長の慄く言葉はスルー。
「そのまま配備しても十分なのだか、それじゃぁ面白くないだろう?」
大和の言葉に、一人を除いて全員の心が一つになった。
――――面白くないと言われても…――――
「仰る通りです」
「麻倉!?」
全面的に同意する麻倉に、委員長がツッコむ。
だが親指立てて頷かれた、意味不明だった。
「そこで、こんな改造を施してみた」
カタカタとキーボードをタイプして、次の画面を表示させる大和。
F-22Aが拡大表示され、各部に装備が装着され、さらに一部の形状が変化していく。
どうでも良いが、この資料も造ったのだろうか。
「先ずはF-22A。突出した機動性と砲撃力が魅力の機体なので、敢て近接戦闘への改造は対応レベルだけに止めて、長所を活かす改造を施して見た」
カーソルを移動させ、目立つ改造場所を示す大和。
先ずは大きく変更された背中、そこにはF-22A'sにも搭載されている背部CWSが搭載されている。
「この背部CWSは、機体形状を大きく変えずに搭載できるというメリットの元開発された場所だ。F-22AやF-14など、肩部にスラスターやフェニックスなどの主要装備が存在する場合があるのでな」
その為に、担架が在るだけの背部にCWSを搭載する事になった。
結局武装の数が増えないように思えるが、種類が豊富(になる予定)なので、場面場面での対応が安易になる。
最悪、突撃砲は両手で持っていれば良いのだし。
「そして、脚部機動制御スラスター。これは機体の機動性と速度を更に高める為に搭載した」
続いて表示されたのは、脚の脹脛に当たる部分に搭載されたスラスターとノズル。
板状のパーツが三枚重なり、それが上下に可動する事で姿勢制御から機動補助まで対応する事が可能に。
さらによく見れば、爪先や踵にカーボンブレードが装備されている。
「手腕には前後可動式のストライクブレードを。近接に対応させつつ、長所の機動性と砲撃性能を活かした改造と考えて貰えば良い」
説明しながらA-01の様子を見れば、多くが感心したような、楽しそうな視線を向けている。
因みにストライクブレードは、欧州のタイフーンやラファールの手腕のカーボンブレードを参考に開発された、近接武装。
形状はラファールのに近いが、肘の方が鎌のようになっており、ハーケンブレードとも呼ばれている。
「機体の特性と性能を活かす為に、この機体は主に後衛や中堅の人間に配備する予定だ。因みに名前はF-22Aw、通称ワイルドラプターに決まった」
「ワイルドラプター…ですか」
「面白そうな機体ですね」
名前を噛み締める風間と、微笑を浮かべて楽しげな宗像。
「はい少佐! その機体は誰が乗る事になるんですか!」
待ちきれないとばかりに挙手した水月に遙が嗜めるが止まらない。
伊隅は全くと苦笑し、まりももやれやれと笑っている。
普通なら許されないが、大和はその辺夕呼と同じで気にしない。
無論、水月も相手を見ているのでこんな風に質問しているのだ。
「都合により4機配備、搭乗者は…言っても構わんか。築地少尉!」
「は、ひゃいっ!?」
少し悩んだがまぁいいかと一人納得して築地の名前を呼ぶ大和に対して、突然名前を呼ばれた築地は噛みつつ返事をして一歩前に出た。
「麻倉少尉!」
「はい」
「鎧衣少尉!」
「あ、はい!」
「珠瀬少尉!」
「は、はいぃ!」
次々名前を呼ばれる新任達。
その人選を見て、伊隅や水月は何となく理由を理解した。
まりもは既に機体変更者を伝えられている。
「以上四名、機体配備後からF-22Awへの搭乗を命ずる」
「「「「了解!」」」」
内心驚きつつも、敬礼する四名。
他の新任達は少し羨ましげだが、適材適所だと考えて祝福する。
「4名には後で機体スペックを纏めた資料を渡す。現在開発部が急ピッチで最終作業を行っているので、11月の頭には配備出来るぞ」
大和の追加の説明に嬉しげに返事するのを見て、次の説明に移る。
「次は、武御雷の改造機だ。F-22Awにも言える事だが、どちらも改造と言うよりアップグレードキットによる改良に近い。雪風や舞風のように大規模な改造をしなくても十分な性能を持っているからな」
説明しながら武御雷の画像を表示させる大和。
画面には、頭部センサーマスト等が簡略化された機体、つまりType-00Cが表示されている。
こちらもF-22Aw同様に、機体の各部が一部変更させている。
「改造のコンセプトは同じだ、機体の特色や特性を活かしつつ弱点をカバーする。背部CWSに加え、武御雷には肩部後ろに機動制御用スラスターユニットを装備させてある」
画像の武御雷、その肩部の斜め後ろには、武御雷の装甲を再現した独立したスラスターユニットがアームで接続されている。
雪風の物よりも大型で、続く画像にはそのスラスターユニットの先端カバーがパカッと開いて内部に搭載されたマイクロミサイルが露出している。
「スラスターユニットはミサイルコンテナも兼ねている。制圧力に劣る武御雷の能力をカバーする意味でな。それと、高周波近接戦闘長刀が標準装備となっている」
その他大きな変更点は無いが、マイクロミサイルが搭載されただけでも十分に効果的だ。
元々の機体性能が高いだけに、背部CWSとマイクロミサイルだけでも十分に効果が期待できる。
そこに高周波、つまりMVBが標準装備。
水月の目がかなり輝いている。
「因みにこの二機は俺と武が斯衛軍時代に乗っていた機体だ。少々ピーキーな機体だが、使いこなせると期待している」
「少佐、それって誰が乗るんですか!?」
先程のF-22Awよりも前のめりな水月に、苦笑が漏れる。
砲撃主体なF-22Aよりも、近接最強なんて噂の、限られた人間しか乗れない武御雷の方が彼女の趣向に合った様子。
「期待を裏切って申し訳ないが…彩峰少尉!」
「…はい」
「そして…御剣少尉!」
「…は!」
大和の言葉に静かに、しかし確りと返事をする彩峰と、一度深呼吸してから胸を張って返事をする冥夜。
「ちぇ~、あたしじゃないのか…」
「まぁまぁ水月…」
口を尖らせる水月を、やはり遙が嗜める。
「両名、選ばれた意味を理解しているか?」
「は…家柄…でしょうか…」
大和の言葉に、少し不安げに答える冥夜。
冥夜は元より、彩峰も一部の斯衛軍には父親が高い評価を受けている。
「違うな。両者がこの武御雷…暫定名称『武御雷・羽張』を扱うに値する技量を持っていると俺や白銀が判断したからだ」
その言葉に安堵の表情を浮かべる二人だが、大和の言葉は嘘半分の真実半分。
冥夜に関しては、後々に殿下から与えられた紫の機体を駆る可能性がある。
その為、近い性能である(とは言えかなり差があるが)黒へ乗せて慣れさせると言うのが大和の考えだ。
武は単純に技量と性格から冥夜と彩峰の二人を押したに過ぎない。
「さて、残る4名だが…実は機体が無い」
「「「「えっ!?」」」」
自分達はどうなるのかと不安と期待で待っていた委員長達は、大和の言葉に絶句した。
もしかして自分達は機体を与えるに値しないのだろうかと不安が込み上げてくる。
「誤解してくれるな、別に腕前云々じゃない。単純に…機体が間に合わない」
「「「「はぁ…」」」」
間に合わないって何の事だろう…と生返事の4名に苦笑する大和。
「実はな、先任の中から4名、新型機に乗せる事になったのだが…まだ完成していない」
帝国技術廠から中々装備が届かなくてなぁ…と困り顔の大和。
先任が乗る事になるのは、現在70番格納庫で装備待ちの4機の第四世代概念実証機だ。
だがその装備を帝国技術廠と共同開発しており、その装備がまだ届いていない。
故に本体の機動試験しか終えておらず、まだまだ完成とは言えないのだ。
既存の機体を改造した先の6機と違い、こちらは完全な新作。
故に色々とテストなどが必要になってくる。
元々時間をかけて行う開発を短時間で、しかも即実戦使用という在り得ない事をやっているとは言え、後々の信用問題に発展する為、テストは必要不可欠。
「最悪、実戦配備は12月になる。本来なら先任4名が乗っていた雪風をそのまま新任4名に与える予定だったのだが…暫くは帝国から提供された不知火・嵐型で代用する事になった」
現在A-01が開発計画に参加する際に使用していた不知火・嵐型が余っていたのでそのまま使う事にしたらしい。
「因みに、これまでの搭乗決定は、各自の能力や性格、機体相性を加味しての選考の元決定した物だ。各々が1番能力を発揮できると考えての振り分けだが、疑問や不満は?」
「ありません!」×全員
大和の言葉にまりもを除いた全員が敬礼しつつ答えた。
先任達は完全な新型を与えられると期待と不安に浮かれているし、新任達はそれぞれの能力を見ての振り分けに納得している。
簡単に言えば、機動力・砲撃力のF-22aw、火力・機動力強化の雪風、近接戦闘を維持しつつ面制圧を高めた武御雷・羽張。
機動力・砲撃力:F-22Aw←――雪風(不知火・嵐型)――→武御雷・羽張:近接戦闘
という形だろうか。
火力では雪風が群を抜いて高いが、機動性はF-22Awや武御雷・羽張が上だ。
そして近接ではダントツなのが武御雷・羽張。
適材適所、ポジションなどを考えると理想的な振り分けか…と考えるまりも。
そんな彼女の機体は元の不知火が霞むようなフルカスタム・ハイスペックの雪風弐号機。
掛かっている金額ならダントツだ。
「今後は配備される機体能力も加味しての訓練に入っていく。白銀にも伝えてあるので今後も精進するように」
「敬礼!」
話を終わらせ退出する大和にまりもが号令して全員が敬礼をする。
それに答礼して退出すると、室内からは嬉しそうな新任の声が微かに聞こえてくる。
「…………これで、少しでも生存率が上がれば良いのだが…」
室内からの声に少しだけ瞳を閉じて、静かに呟く大和。
その表情には、少しの楽観も存在しなかった。