2001年10月23日――――
「――――うおぁッ!?!?」
ガバッと布団を跳ね除けてベッドの上で上半身を上げる大和。
全身冷や汗を流し、顔面は引き攣っている。
「はぁ、はぁ…あぁ、夢か…全く、なんて夢だ…」
現状を素早く理解し、頭を抱える。
「唯依姫が、メイド服着て「萌え萌え~きゅんっ!」をやる夢なんて…俺、疲れてるのか…」
もしくは憑かれてるのか、萌えの亡霊とかその辺に。
「その内イーニァがうんたんする夢とか、見るんじゃないだろうな俺…」
自分の未来を憂いて、朝からテンションが下がる大和。
萌えは好きだが、そういう夢を見ると凄く虚しく感じる人間なのだ、大和は。
「唯依姫は何だかテンションが変だし、エリスはエリスで怖いし…何が何やら…」
大和に変と言われたら色々とお終いな気もするが、それは兎も角。
自分が行動を起こす前に何やら復活したらしき唯依と、そんな彼女と真っ向から対立(?)するエリスに、胃が痛い大和。
あの二人の間に何が在ったのか未だ定かではないが、少なくとも自分が原因である事は理解している。
だが、だからと言って対応策が浮ぶほど大和は女慣れしていない。
「どうしたものか……」
悩みながらも、色々な意味で衝撃だった夢のダメージを消すべく取り合えずシャワーを浴びる事にする大和だった。
07:15――――
「………………………(ホケ~」
「み、御剣…?」
「どうしちゃったの御剣は…?」
「さぁ…朝部屋から出てきた時からあの調子なんだよね…」
朝食の為に賑わう食堂の一角、A-01新任で構成されたグループは、朝から違和感と言うか異変に戸惑っていた。
それは、いつもキリッとした態度と言動をしている冥夜が、ホケ~と惚けた顔で、虚空を見ているのだ。
朝食は全く減っていないし、そもそも手に持った箸も茶碗も動いていない。
委員長が目の前で手を振っても反応が無い。
その光景に、茜が困惑気味に理由を知っている人が居ないか問い掛けるが、誰もが首を振り、美琴が部屋から出てきた時点であぁだったと証言。
一体何が…と戸惑うしかない面々。
どうやら冥夜、一度着替えに自室へ戻ったようだ。
「…………………ふふ…」
「っ!?(ビクッ」×9人
突然冥夜が思い出したかのように笑い、その光景にビクリと反応する9人。
正直、普段が普段の冥夜がこの状態だと、不気味としか言い様が無い。
「み、御剣さ~ん、ご飯食べないと遅れるよ~…?」
タマがおずおずと声を掛けると、ゆっくりと視線をタマへ、そして自分の食事へ。
「……あぁ、そうだな…」
と言って食べ始めた。
その様子に少し安心する面々だったが。
「………ふふふ…」
「っ!!(ビクビクっ」×9
食事をしながら笑うという普段の冥夜なら在り得ない姿に、必要以上にビクビクする面々。
タマは髪が逆立ち、彩峰は謎の構え。
麻倉は撮影しているが、冷や汗がタラリ。
そんな仲間達を他所に、冥夜は黙々と食事を続け、時々思い出し笑いをして朝食を終えた。
そして立ち上がって食器を片付ける際に、麻倉と彩峰が気付いた、気付いてしまった。
「御剣…ついに…」
「ヤっちゃったね…」
何やら感慨深い面持ちの麻倉と、無表情に悔しさが滲む彩峰。
タマや築地、美琴が何の事? と首を傾げる中、委員長や茜、晴子も気付いた。
何やら歩き難そうな冥夜の姿に、気付いてしまった。
「あ、もしかして大尉と結ばれちゃった?」
ちょっとKYな高原の言葉に、ピシリと空間に皹が。
まさか、そんなと考えていた乙女達は、冥夜に先を越された事に落胆。
麻倉は取り合えず、高原の胸を握っておいた。
「痛だだだだだだっ!?」
「はふぅ……昨夜は夢の様であった…」
少し歩き難そうに歩く冥夜は、昨夜を思い出してそっと吐息を漏らす。
昨日の夜、突然拉致されて武の部屋に放り込まれ、そこで待っていた姉共々想い人である武のモノになった。
かなり流れに流されまくった展開だったが、元々武ちゃん相手にはバッチコーイだった冥夜だ、姉と一緒なのは物凄く恥ずかしかったが、それも武ちゃんのキスと口説き文句(殿下に言わされた)でメロメロのトロトロだ。
姉妹共々美味しく頂かれ、冥夜は朝目覚めてからずっと夢心地。
途中から記憶が無いだけに、それだけ激しかったのだろうと考えながら目的地へ歩く。
本日は朝からシミュレーション訓練なので、強化装備に着替えるまでに気持ちを切り替えなければいけないのだが…。
「ふぅ……タケル…」
正直、無理そうな気がする冥夜の状態だった。
昨日出逢った純夏の事とか、殿下と結ばれた武の今後とか色々考える事が在るのだが、今は気持ちを支配する幸福感に漂いっ放しだ。
こんな状態をまりもに見られたら、狂犬発動間違いなしだろう。
「冥夜様…なんと幸せそうな…」
歩き難そうなのにそれが幸せそうな冥夜を柱の影から見守る月詠中尉。
ハンカチ片手に何か感動しているっぽい。
大切な主が想いを遂げられた事が、彼女にとっても喜ばしい事なのだろう。
「あの、真那様? まさか殿下の提案を呑む御積りですか…?」
「ば、馬鹿を申すな神代っ! 冥夜様共々白銀になど、そんな、恐れ多い…!」
真那さんの背後に居た神代からの引き攣った表情での言葉に、真っ赤になって否定する真那さん。
武ちゃんが居たら、一体真那さんに何を言ったんだと殿下を問い詰めただろう。
「と言うか、冥夜様の許可が出れば混ざるのかな…」
「かもしれませんね~」
真那に聞こえない位置で会話する巴と戎。
冥夜と真那が幸せなら文句は無い三人だが、愛とはこうも人を変えるのかと三人揃って冷や汗タラリだ。
「うぅぅ…お兄様のバカぁぁぁ…っ(ギリギリギリ…」
そんな面子を他所に、ハンカチを噛み締めて悔しがるのは凛。
お兄様ゲッチュ大作戦(命名:大和)がこれで潰えた凛、残された道は、殿下の提案する道しか残されていない。
それはそれで良いかなぁと考えている辺り、彼女は強かだ。
08:10――――
「あ~、全員その、揃っている…な…?」
物凄く言い難そうな伊隅大尉の言葉に、同じく引き攣った顔のA-01全員が敬礼して答え。
「揃っております」
最後尾に立つ、紫の強化装備姿の殿下が、笑顔で答えた。
A-01の心は一つ、なんでまだ居るの、殿下。
「本日から数日間、白銀大尉によるXM3慣熟訓練を受ける事になった。よろしく頼む」
で、その殿下の背後で控えていた真耶さんの言葉に、あぁ、なるほどね…と納得する面々。
殿下は将軍だが、斯衛軍には「将軍家の人間は、自ら第一戦に立って臣民の模範となるべし」という思想が存在する。
故に、殿下もまた戦場へ出て味方を鼓舞しつつ戦う事になる可能性が在るのだ。
その為、殿下もType-00Rという高性能機を扱う為に、厳しい訓練を受けている。
今回の横浜基地逗留は、XM3開発元での高度な教導を受ける為となっている。
無論、それは教導を兼ねた建前なのは言うまでも無い。
この数日の為に、必死で政務を終わらせてきたと張り切る殿下に、冷や汗流すしかないA-01の面子。
「で、では殿下、白銀大尉が来るまで、私の方で殿下の操縦を確認と操縦ログの記録をさせて頂きますので、筐体へ」
「はい。しかし伊隅大尉、今のわたくしは皆と同じ衛士であり、教えを受ける側。遠慮は無用です」
暗に殿下だからと手加減・贔屓・社交辞令は要らないと告げる殿下に、伊隅は一瞬真耶を見る。
すると、真耶も小さく頷いて答えたので、了解しましたと答える伊隅。
そして筐体へ向い歩く殿下なのだが、どっかの誰かさんと同じで歩き難そうにしている。
下半身が辛いのだろうが、しかしどこか嬉しげ。
その姿に、全員、特に同じ相手に想いを寄せる乙女達が、横目で冥夜を見る。
「…………………」
他人の振り見て我が振り直せとは言うが、姉の姿を見て、自分も似たような姿だった事を悟り、視線を逸らす冥夜。
「ふむ、二人同時か…白銀大尉、流石と言うべきか…」
「まぁ、美冴さんたら…」
新任達の様子から、悟った宗像が感心したように頷いて。
風間が少し頬を染めつつも苦笑し。
「? どうかしたの?」
「あ、あははは、水月は気にしなくても良いんだよ…」
気付いていなかった水月だけ首を傾げ、遙はそのまま(初心なまま)の水月で居てと願いつつ管制室へと移動する。
「御剣、幸せなのは結構だが、部隊の輪や操縦に支障を出すようなら容赦はせんぞ?」
「こ、心得ております!」
暗に説教だと告げる伊隅に、敬礼して答える冥夜。
「全く、私だってまだなのに…」
「は?」
「な、なんでもないぞ! 他の者は殿下の操縦を見学しながら己の操縦を見直せ。今日は白銀大尉に一度動きと操作を確認して貰うからな!」
ブツブツと呟いた言葉は聞かれなかったようだが、頬が赤くなるのは仕方の無い事。
指示を出して全員を移動させると、上沼がぬろりと近づいてきた。
「むふん、大尉? 夜が寂しいならお相手しますよ~?」
「要らん」
蛇のように纏わり付いてくる上沼を肘打ちで沈めて歩き出す伊隅大尉。
「何してるのよアンタは…」
「ふぇ~ん、泉美ちゃぁん、大尉ってば酷いの、女の子の大切なお腹を殴ったの~」
「強化装備着てるんだからダメージ無いでしょ、行くわよ」
子宮が大ピンチ~なんて言ってる上沼の首根っこを掴んで連れて行く東堂。
やっぱり上沼の辞書に自重の文字は無く、エロい単語が蛍光ペンで塗られているのだろう。
同時刻・地下電算室――――
副司令である夕呼の執務室の隣、つまり以前までの純夏の脳髄INシリンダーのお部屋だった場所は、一部が改装されて純夏と霞専用の電算室となっていた。
ここでは各種プラグラムの構築から演算、その他諸々の業務を請け負っている。
以前純夏達が90番格納庫で行っていた作業の前段階を行う場所でもある。
「……………………」
そして今その部屋の冷たい床の上では、それはそれは見事な土下座をしている武の姿があった。
正に、The・土下座! とタイトルを付けたくなるような姿だ。
「タケルちゃ~ん、別にそこまで反省しなくてもいいよ」
「いや、でも俺、お前や霞とも関係を持ってるのに、その上その…」
冥夜と殿下の姉妹丼を美味しく頂きました。
と言う訳で、恋人である二人へ土下座しに朝からやって来たのだ。
何で土下座かと言うと、他に謝罪の仕方が浮ばなかったから。
下手に言い訳すればどりるみるきぃ、ぱんちならマシだ、ふぁんとむの場合…大気圏離脱すら覚悟せねばならない。
しかし、今から切腹に望む武士のような面持ちで入室した武に対して、純夏は特に何も言わなかった。
霞はカタカタとパソコンに向っているが、怒っているのか拗ねているのか不明。
「そりゃ、怒ってないと言えば嘘になるけど、みんなの気持ちも分かるし…。今のタケルちゃんが、わたしだけで満足出来ないのも知ってるし…」
前半は少し寂しげに、後半は頬を染めてモジモジと。
この場に大和が居たらな、お盛んですなぁとイイ笑顔だっただろう。
「だから、割り切る事にしたの。だからそんなに落ち込んだり悲しんだりしちゃダメだよタケルちゃん。そんなの、殿下にも冥夜さんにも失礼だもん」
めっと人差し指を立てながら注意する純夏に、何も言えなくなる武。
「あ、でも、だからって誰彼構わずなんてダメだよー、男の子同士もダメだからね!」
「俺にそんな趣味はねぇよ!?」
「あ、あと、その、わたしと霞ちゃんも、あの…構ってね…?」
アホ毛をハートマークの形にしながら、人差し指をツンツンさせてモジモジと武を上目使いでチラチラ見てくる純夏。
頬はほんのり赤く染まり、瞳は何かを期待している。
ふと見れば、霞までチラチラと上目使いで、ウサミミぴこぴこだ。
「あ、あぁ、それは勿論…!」
「わーい、タケルちゃん大好きーーーっ!………で も ね ?」
断言した武に抱きつく純夏、だが武の胸板の感触を味わいつつ、ゆっくりと顔を上げる。
その瞬間、武は研ぎ澄まされた衛士としての直感から警告される危機に気付いたが、万力のように抱き締めてくる純夏からは逃げられない!
「初めての女の子二人に、あんな無茶をするのは減点だよー……だ・か・ら♪」
なんで知ってるという言葉は武の喉の辺りで止まってしまった。
だって、下から見上げてくる純夏の瞳が、怖い。
そして握り込まれる純夏の拳。
右手なのは、せめてもの情けか。
「どりるみるきぃぱんちっ!!」
「フタコーーーイっ!!」
伝説のあの技が放たれてしまった。
大空高く舞い上がった(地下です)武は、ドシャァっと落下。
純夏は実は嫉妬混じりのその一撃でスッキリしたのか、晴れ晴れとした笑顔で仕事に戻った。
「………………お仕置きです」
ピコッと誰が作ったのか、たぶん大和製作かと思われるピコピコハンマーで霞に叩かれる武。
それで許してくれたのか、霞も仕事に戻っていった。
「う、うぅ、もしかして、誰かと結ばれる度にこれなのか…?」
久々のぱんちに、回復が遅れている武ちゃん。
最低でもこの後4回は覚悟しないといけない彼に、合掌。
同日・14:35――――
開発区画演習場―――――
「ほう、今度はF-22Aの改造機か…引き出しの多い事だな」
「……はい」
開発区画、A演習場で現在模擬戦闘の開始準備中の、ワルキューレ隊。
相手はワルキューレ隊にライバル心向き出しの暴風試験小隊だ。
まぁ、ライバル心向き出しなのは崔中尉だけなのだが。
本日の模擬戦闘は、2対2。
現在演習場前の野外ガントリーに並ぶF-22A's、アサルトラプター2機に、各国の視線は釘付けだ。
特に、同じ機体を持ち込んだ米軍試験部隊は食い入る様に見学している。
その様子を離れた場所から眺めていたラトロワとターシャだったが、ターシャはどこか表情が優れない。
「どうした、気分でも悪いのか。体調管理が出来ないとは、大尉失格だぞ」
「申し訳ありません…少し睡眠不足のようです」
上官として注意しつつも、視線だけは母親のようにターシャを見るラトロワだが、ターシャは視線を逸らしてしまった。
「……そうか」
拒絶するようなターシャの態度に、それ以上踏み込めないラトロワはそこで話を切り上げてしまう。
長年の経験から、今突っ込んでも逆効果だと思ったのだろう。
そしてそれは正解であり、ターシャは内心安堵していた。
敬愛する上官であり、母親として慕っているラトロワにこんな態度を取るのは心苦しかったが、気持ちが言う事を聞いてくれない。
ぶっちゃけた話、ターシャは拗ねているのだ。
長年部下として、そして子供として面倒を見てくれてきたラトロワが、遠い異国の地へと送られ、不安と悲しみで落ち込む自分達を叱咤しながらも慰めてくれた母が、最近はとある人物にばかり意識を向けている。
それが面白くなくて、ターシャは拗ねているのだ。
だが彼女として大尉まで登りつめた兵士だ、そんな子供のような感情を大っぴらに表す事はできない。
だが、出来ないからこそ、彼女は今のような態度になってしまう。
人格や性格は歴戦の衛士で、有能な副官であっても、その精神はまだ成熟し切っていない未熟な部分が存在する。
特にターシャは、ラトロワを本当の母のように慕っていた為、影響が大きかった。
「(私は、何をしているのだろう…)」
不安定な気持ちを抱えているターシャは、母親代わりだったラトロワに心配をかけている事に悲しくなりながらも、抑えのきかない気持ちを抱えて視線を落とすのだった。
「ふ、ふ~ん、な、なかなか良い機体なんじゃないの…?」
「へっへ~ん、良いだろう~」
野外ガントリーの前、居並ぶ機体の足元で表情をヒクつかせているのは崔中尉。
そんな彼女に対して、タリサがそれはもうイイ笑顔で胸を張っていた。
タリサの後ろには、本日初めてお披露目となるF-22A's。
米軍が慰謝料として譲ってくれた12機の内、2機を改造した物だ。
残りの10機の内、1機は現在大和主導で改造を受け、残りの五機は既に別の改造を受けている。
そして残った4機は、優秀な成績を残した横浜基地部隊へ配備される事になっている。
「で、でも、機体が良くたって操縦する衛士がねぇ…」
「……あんだと?」
「日本風で言うと、宝の持ち腐れ? 猫に小判? あ、豚に真珠かな?」
「んだとコラァっ!?」
悔しいのか皮肉る崔中尉の言葉に、一瞬で怒りが沸騰するタリサ。
どうでも良いが、二人とも言葉の意味をよくご存知で。
「このアマぁ、模擬戦闘で吠え面かかせてやる……っ!」
「やって見なさいよ、逆にキャンキャン鳴かせてあげるから…っ!」
顔の側面をグリグリとぶつけ合いながら睨み合う二人。
本当に相性が悪い様子で。
副官の衛士がステラにすみませんすみませんとペコペコ謝り、ステラもステラでこちらこそご迷惑を…と既に保護者の態度。
「マナンダル少尉、いつまで遊んでいるつもりだ!」
「っ、す、すみません!」
その時、突然鋭い声が飛んできた。
そこに居たのは厳しい表情を浮かべた唯依。
彼女は片手にファイルを持って仁王立ちしている。
「本日の模擬戦闘は、新概念の噴射跳躍装置であるキャノンボールの機体実装後の戦闘耐久試験を兼ねている。お遊び感覚で居てもらっては困るのだぞ」
「も、申し訳在りません!」
いつになく厳しい言葉を向けてくる唯依に、慌てて敬礼して答えるタリサ。
崔やステラは、そんな唯依の態度に違和感を抱きつつ背筋を伸ばす。
崔中尉は同じ階級な上に別部隊なので関係ないのだが、場の雰囲気でつい。
「何より、F-22Aを改造した機体で不甲斐ない結果を残してみろ、我々横浜基地戦術機開発部隊のみならず、開発班や少佐の顔に泥を塗る事になるのだ。分かったら気を引き締めてかかれ!」
「了解です!」
唯依の叱咤の言葉に、そう言う事かと納得するステラ。
珍しく唯依が厳しい上官をやっているのは、F-22Aを持って来た米軍試験部隊を意識しての事。
もしもF-22Aを改造したF-22A'sで無残な結果を残せば、米軍に嘗められるだけでなく、横浜基地の技術力を当てにして参加した各国からも突付かれる可能性がある。
故に、唯依は少し神経質になっていた。
米軍試験部隊の指揮官であるエリスが、楽しそうにこちらを眺めているのも燃焼剤となって。
「でも、その気持ちには賛成ね」
「うぅ、何がだよ…」
苦笑しつつも呟くステラの言葉に、崔中尉の前で注意されて少し凹んだタリサが問い掛ける。
「私たちや少佐の事を嘗められるのが…よ」
「はぁ?」
言葉の意味が分からずに首を傾げるタリサを他所に、ステラは妖艶な笑みを浮かべて搭乗機へと足を進めるのだった。
そんな彼女達の様子を楽しげに眺めているのは、エリス率いるトマホーク試験小隊。
「連中、終にF-22Aまで出してきましたね…」
「だなぁ。しかも見た感じ、バリバリ近接戦闘意識してるしよぉ」
眼鏡の少尉の言葉に、呆れたように肩を竦めるレノック少尉。
「全くですね、あれではF-22Aの長所を殺してしまってます」
アネットがどこかバカにしたような口調でレノックに同意する。
彼女達は本格的な対BETA戦闘経験が無いだけに、F-22Aの長所であるステルス性能や砲撃性能を下げるような横浜基地の改造に呆れているのだ。
「あら、実に理に適った改造だと思うけれど」
だが肯定する意見が、彼女達の指揮官から出た。
「そうですね、対BETA相手にステルス性能なんて必要無いですし、近接に対応出来るならその方が良いでしょう」
さらに、眼鏡少尉の同意も出てくる。
彼は若いものの、物事を複数の視線から見て考えるのを自分に科しているので、米軍で多く広がっている射撃一辺倒な考えが危険だと自分で認識した様子。
横浜基地へ来てから、他の部隊の衛士などに積極的に意見を聞いて情報を仕入れているだけに、近接戦闘の重要性を理解していた。
射撃・砲撃で終わるならそれが1番だが、それが叶わないのが対BETA戦闘。
ただ向ってくる相手なら銃弾をばら蒔けば終わると思っている米軍などの後方の連中だが、BETAの圧倒的な物量はそんな考えを文字通り粉砕してくるのだ。
こちらが10匹殺す間に、連中は100匹以上が進んでくるだろう。
こちらが100匹殺す頃には、周りは500匹を超えるBETAに埋まっているだろう。
そして500匹を殺そうとする前に、視界を360度BETAの群に囲まれてしまう。
上空に逃げる事は光線級が許さず、蹴散らし進む事を要撃級や要塞級が阻む。
突撃級が殺到し、運良く捌いても何時の間にか群がってきた戦車級に纏わりつかれて食い破られる。
それが、BETAとの戦いだ。
砲撃戦闘でBETAを止められるのは、自走砲などが生きている国や、支援を満足に得られる国だけ、つまりアフリカ連合や直接戦火に曝されていない豪州などだ。
EU諸国やソ連、統一中華などのBETAに侵攻された国で近接戦闘や武装が必ず存在するのは、射撃だけで押し止められないから。
「だから、隊長はエリミネーターを考案した。そうですよね?」
「正解よ少尉。射撃だけで終わらせる、それは脆い理想だわ。BETAに囲まれ、撤退も支援も絶望的。そんな状態で弾切れ…そんな状態が当たり前なのがBETAとの戦いなのよ」
まるで実際に体験したかのような実感の篭ったエリスの言葉に、アネットもレノックも口を噤む。
ここ最近、模擬戦闘で各国の部隊に勝利していた為に、少し天狗になっていたのだろう。
それが近接なんて要らないだろうという考えに至り、二人に近接改造軽視の言葉を言わせた。
「さて、横浜基地が改造したF-22Aの実力、たっぷり見学させて貰いましょう」
そう言って、整備班に情報収集の指示を出して動き出したF-22A'sを眺めるエリス。
その表情には、どこか挑戦的な色が現れていた。
開発区画A演習場へ移動を開始した二機のF-22A's。
既に移動して待機している暴風試験小隊は今か今かと模擬戦闘の開始を待っている。
無論、心待ちにしているのは崔中尉だ。
「ステラ、援護頼むぜ」
『はいはい、分かってるわよ』
突撃砲を両手に持ち、背部CWSにはウェポンコンテナ。
このウェポンコンテナは、背部CWSにアームで接続された多角形の筒状のコンテナで形成されている。
このコンテナは中身が異なる三種類の武装が存在し、現在完成しているのはコンテナ内部に多目的誘導弾を搭載したミサイルコンテナと、現在タリサ機が装備しているマルチランチャーコンテナ。
コンテナ型になっている理由は、近接戦闘での破損防止など。
コンテナをそのまま交換すれば、背部CWSに接続したアームと基部は交換せずに済むなどの利点もある。
攻撃時は、アームで持ち上がり、頭部の左右で前方に展開される。
現在、三種類目である36mmチェーンガン、57mm狙撃砲、120mm滑空砲を全て搭載した複合射撃兵装、『ケルベロス』が開発中だ。
36mmで掃討、57mmで狙撃、120mmで対大型とバランスの良い武装。
背中に背負う形のコンテナなので、弾数も豊富に搭載出来る。
タリサ好みの武装なのだが、まだ完成していないので今回はマルチランチャーコンテナを。
ステラの機体には、舞風でも愛用していたスナイプカノンユニット。
こちらはCWS接続部を背部用に交換し、狙撃砲の形状を変更。
右側の脇を通して抱える様に展開する際に邪魔にならない形にし、右手でトリガーを、左手はグリップで保持。
脇に抱える形になるので、以前より保持力が上昇。
噴射跳躍ユニットの邪魔にならない様に、普段は長刀のように背中に背負い、展開時は右手を横に上げて、その脇に狙撃砲を通す形に。
狙撃砲と接続された多関節アームの隣には、形状変更した複合センサーユニットが装備されている。
展開すると、頭部横にアームで光学ズームセンサーが可動し、狙撃能力を強化。
同時に背部のセンサーが展開されて、各種情報を収集。
全体的に小型化したものの、その性能に差はない。
唯一、形状変更で狙撃砲が短くなり、射程距離が短くなるものの、それでも支援突撃砲でも届かない距離を狙い打つ為、十分と考えられて開発された。
そんな武装を纏った二機は、初の実機模擬戦闘へ挑む事になる。
その様子を、管制塔へ移動して見守る唯依。
大和はタリサ達を信頼しているのか、結果だけ知らせてくれと言って70番格納庫に篭ってしまっている。
朝一番に執務室で逢ったら、突然吹き出すのを全力で堪えた顔で視線を合わせてくれなかったのが非常に気になったが、今は任された監督に専念するべきと考える唯依。
どうやら萌え萌えきゅんのダメージは想像以上に大きかったようだ。
大和が70番格納庫へ篭ったのも、唯依を見ると思い出して吹き出してしまうから…ではないと思いたい。
「ワルキューレ隊および暴風試験小隊、待機位置へ移動完了しました」
「では、これより実機模擬戦闘を開始する」
「了解、カウントスタート、10秒前…9…8…」
情報官の報告に唯依が戦闘開始を指示し、カウントが始まる。
その様子を真剣な表情で見守る唯依や関係者達。
そして、戦闘の結果を楽しげに待つエリス達であった…。
☆今日のイーニァ☆
「あの、少佐? 何故シェスチナ少尉はカスタネット持って踊ってるのでしょうか…?」
「……………命令だったんだ…」
「は?」
「誰かが俺に命じたんだ、イーニァでうんたん…と…」
70番格納庫。
そこでは、大和専用テスタメントと一緒にカスタネット叩いてうんたん♪うんたん♪しているイーニァの姿。
周りの関係者を癒しで骨抜きにしている。
引き攣った顔のピアティフの質問に、大和は敗北感たっぷりの表情で答えたが、意味不明だった。
「うんたん、うんたん♪」
『ウンタン・ウンタン』
「「「「うんたん、うんたん!!」」」」←オーディエンス(整備兵や開発者などの男女多数)
ノリノリ状態だった、一言で表すなら『なぁに☆これぇ』だろうか。
「う、うん…うんた…うん………私にはできない…っ!」
そして隅っこで蹲ってカスタネット片手に何かと戦うクリスカが居たが、誰もが見ないフリをしてあげていた。
70番格納庫の結束は固いのだ。
とりあえず、イーニァは元気です。