2001年10月22日――――
「よ、ようこそ、御出で下さりました……殿下」
「はい、本日はよろしくお願い致します、武殿」
22日早朝、引き攣った顔で横浜基地正門にて殿下を出迎えるのは武ちゃん。
本日は前々からフラグが立ちまくっていた殿下の横浜基地訪問日。
斯衛軍の厳重な警備の中、VIP車から降りた殿下と殿下専用テスタメント。
御付の月詠大尉を連れて意気揚々とやってきました。
「それにしても、武殿が案内役とは…香月副司令に感謝しなければなりませんね」
自然な動作で武の腕を取り、恋人気分で腕を組む殿下に、武ちゃん引き攣った笑顔がさらに酷い事に。
背後から向けられる、殿下に失礼な態度を取ったら切るとばかりの月詠大尉の視線が恐い。
「畜生、大和の野朗…!」
「何か申しましたか、武殿?」
「いえ、なんでもありません…」
右手の拳を握って怒りに震えるが、命令なのでどうにもならない武ちゃん。
実は大和が、昨日殴った罰として俺良い事考えたとばかりに急遽、本日一日、殿下の案内を命じたのだ。
非情に効果的な罰だぜと、基地内を案内しながら、殿下を敬礼して出迎える国連軍の面子の唖然とした顔と視線に凄く居心地が悪い武ちゃん。
流石に司令や副司令との挨拶の際は離れてくれたが、それ以外では腕組んでくっ付きっぱなしだ。
食堂に案内された時など、おばちゃんが母親気分で武をお願いし、殿下も殿下でおばちゃんを武の母親に見立てて挨拶するなど、恥ずかしさと居た堪れなさで泣きそうになる武ちゃん。
どうでも良いが、おばちゃんの肝っ玉母さんは殿下を前にしても健在だった、言葉と態度は畏まっていたが、行動はいつも通りな辺り恐ろしい。
「で、では殿下、これより横浜基地主導の国連戦術機先進技術開発計画、通称「エミネント」計画の区画へ御案内します」
横浜基地中枢部の案内と慰問を終えた後、精神力を半分費やした武に案内されて開発区画へと足を向ける殿下御一行。
当初、様々な軍から参加した人間が多数居る開発区画へ殿下を案内するのは危険という声が在ったが、人類の未来を賭けて任務に勤しむ方々への暴言は許しませんと殿下が一喝、案内コースへ組み込まれる事になった。
「こちらが、えっと、総合整備格納庫です」
地下通路を抜け、様々な人種が日本の将軍を一目見ようと集まる中、優雅に歩みを進める殿下。
若いのに、流石は日本帝国の姫将軍と、関心する人間が多い。
因みに姫将軍は、どこぞの国が付けた殿下の渾名だ。
「まぁ、なんと素晴らしい光景でしょう。多くの国の戦術機が、国という枠を超えて集い、切磋琢磨する場所…至上の光景とわたくしは感じます」
総合整備格納庫に並べられた、複数の国の機体に感激を覚える殿下。
護衛として同行している月詠大尉も、警護しつつ他国の機体をチェックしては感心している様子。
「武殿、これらの機体の詳細な説明をお願いできますか?」
他国の機体を知る事は、己の国の機体を考える際の重要な情報になると思い、武に説明を求める。
が、武ちゃんは基本的に日本の戦術機、特に不知火や自分の愛機である陽燕などしか詳しく説明できない。
機体概要なんて基本的な物なら殿下だって知っている。
殿下が知りたいのは、今この場に在る、参加国がそれぞれ掲げる改修案の元開発された機体の説明だ。
因みに、これらの情報は確り提示され、開発計画関係者なら大体知っている情報だったり。
「え、え~っと、自分はちょっと……あ! シゲさん良い所に!」
説明を求められても自分は詳しく知らないと、如何したものかと周囲を見渡せば、丁度そこにシゲさんが通り掛かった。
なんだなんだ、俺を殿下の前に出して如何する気だと文句を言うシゲさんに、殿下にここの機体の詳しい説明お願いと拝み倒す。
「大尉も仕方ないっすねぇ。それでは殿下、僭越ながら私が説明させて頂きますです、先ずは―――」
と、殿下へ頭を下げつつ説明を始めるシゲさん。
ペラペーラペラペラと、機体説明を行うシゲさんの背後で、武ちゃんほっと一息。
「餅は餅屋だな、マジで…」
苦笑いの武ちゃん、でもちょっと悔しいので後で勉強しておこうと思うのだった。
同時刻・開発区画連絡通路――――
「斉藤上等兵、すまないが資料を運ぶのを手伝ってくれ」
「は、了解であります!」
国連保有の資料室、中には国連軍に提示されている各国の技術やメーカーから提供された機体・兵器スペック表など、開発計画に必要な資料が一通り揃っている。
そこへ開発部隊で暇そうに腕立て伏せしていた斉藤を連れて、資料を取りに来る唯依。
情報官に資料の貸し出しを依頼し、受け取った資料を斉藤と分けて運ぶ。
因みに何故斉藤が暇そうにしているかと言うと、スレッジハンマーの操縦はぴか一なのだが、如何せんお頭が弱かった。
別に馬鹿という訳では無い、バカではあるが。
斉藤が開発計画、これはスレッジハンマーの武装継続開発と機体改良が目的なのだが、これに関わると話が進まなくなるのだ。
ドリルやらハンマーやら浪漫を声高らかに主張し、その浪漫を広め、賛同者を得て造ろうとするのだ。
一度、自重を止めた少佐の賛同を得てしまって、実際に造る手前まで至ってしまった事が在った。
以後、斉藤はテスト専門となり、口出しした瞬間釘原を始めとした仲間に黙らされる、無論物理的に。
因みに階級が上がったのは彼らスレッジハンマー選抜部隊が、上々の成果を上げているから。
でも階級が上がっても扱いが同じなのは斉藤だから。
「所で、中尉殿は殿下を見なくていいのですか?」
「仕事が在るからな。少佐にこちらは任せて欲しいと見栄を張ったのだ、そんな時間は無い」
斉藤の何気ない問い掛けに、苦笑して答える唯依。
彼女とて斯衛軍であり武家の生まれ。
殿下のお姿を拝見したいが、大和にこちらは任せて欲しいと宣言した手前、仕事を疎かには出来ない。
とは言え、こちらの仕事に専念する理由の中に、大和と少し距離を置きたいという理由も含まれている。
これは単純に、頭を冷やしたいという理由と、今大和の傍にいると、自分でも何を仕出かすか分からない不安からだった。
「む……」
「あら…」
と、曲がり角でバッタリと出会うのは、唯依の悩みの一因、エリス。
お互い似たような体型なので、視線は真正面からぶつかり合う。
「アチッ、アチっ、なんで火花がっ!?」
バチバチと衝突する視線の火花に、斉藤が資料が入った箱を抱えて悶える。
「お仕事大変そうですね、タカムラ中尉。流石は開発計画の補佐官ですね」
「そちらこそ、連戦連勝で見事なものです、クロフォード中尉。米国西部のトップガンは伊達ではなかったようですね」
お互い、笑顔、笑顔なのに何故か空気が重い。
唯依の後ろで、斉藤が圧し掛かるプレッシャーに顔色が青い。
「まだソ連や横浜基地教導部隊、それに…ワルキューレ隊が残っていますから」
「そうですね。特にソ連は手強いですよ」
にこやかな言葉なのに、何故か威圧感が。
斉藤の身体に、物理的な重みがかかり始める。
「それは楽しみです。勿論、中尉の部隊との対戦もですが…」
「それは私もです。その時は全力で、良い勝負をしましょう」
お互いニッコリ笑顔、なのに体感気温がシベリアもビックリなマイナス気温。
斉藤が寒気と恐怖でガタガタ震えている。
「「……………………」」
唯依もエリスも無言になり、真っ直ぐに睨み合うかのように視線を合わせ続ける。
そんな光景に、斉藤は野生の獣(熊とか)とは目線を逸らしたら襲われるとか、猫は目を逸らした方が負けとか、意味も無く考えていた。
恐らく現実逃避。
「………次は負けん、勝負でも、心構えでも、そして想いでもな」
「………面白いですね、ならば私も覚悟を決めましょう」
互いに一歩前に出て、小声だが確りとした声で相手に伝える。
その瞬間、二人の背景で雷が鳴り響き、視線が激しくぶつかり合う。
数秒間睨みあっていた二人だが、どちらとも無く、と言うより同時に視線を外して擦れ違って歩き出した。
どちらも背後は振り返らず、真っ直ぐに突き進む。
それは、覚悟を決めた女の姿だった。
「ちょ、斉藤、アンタなんで焦げてるのよ!?」
「いやぁ、俺にもさっぱり…。俺が言えるのはそう、美人の睨み合いは恐い…」
唯依に遅れて戻ってきた斉藤は、雷にでも打たれたかのようにアチコチ焦げていた。
その姿に釘原がビックリして詰め寄るが、斉藤はガクガクと震えるばかり。
「斉藤上等兵、持って来た資料を並べてくれ」
「イエス・マムっ!!」
ビシィッ!! と唯依に敬礼してキビキビ動く斉藤。
その表情は、大型肉食獣に怯える小動物の様であったと、後に釘原は語った。
同日10:45・横浜基地地下シミュレーターデッキ――――
「今、上に日本の将軍が来てるんだってよ。お前ら興味ねぇのか?」
「無い、少佐からは特に指示は無いからな」
「わたしはすこし。ミツルギのふたごっていってた」
地下シミュレーターデッキ、そこには強化装備姿のタリサ、クリスカ、イーニァの姿。
多くの人間が着飾り、殿下の訪問を歓迎している中、日本人じゃない上に、そういった権力者に興味のきの字も無い彼女達は、普通に訓練していた。
イーニァは少し興味がある様子だが、恐らくその興味は冥夜の双子の姉だからという理由だろう。
もっと言えば、あのボインの冥夜の姉の母性を見たいという、アレな理由の可能性が高い。
結局イーニァは、A-01の新任の上位母性保持者を餌食にした。
とは言え、麻倉が犠牲になってくれたので、築地は粗相をする前に開放されたが。
因みに麻倉は暫く惚けていたらしい。
「ミツルギ…あぁ、メイヤな。それ言われると少し興味出っけど、野次馬しに行くのは気が引けるしなぁ」
これが戦術機や、紅蓮大将のような衛士なら一目散に野次馬に行くのだが。
それは兎も角、三人はドリンクとタオル片手に休憩中。
現在、タリサは二人に付き合って貰って、新しい愛機であるF-22A's、アサルトラプターのシミュレーション訓練を行っていた。
既に基本動作確認を終え、次に各種武装装備での戦闘が待っている。
因みに基本動作確認の方法は、鬼ごっこ。
逃げる雪風壱号機を、タリサが追いかけるという物。
これが中々ハードで、全力で逃げる雪風壱号機は、舞風なら追いつけない所だ。
「くぅ~、さっすが少佐と開発部、いい仕事してるぜー」
追いかけっこで、雪風壱号機を追い詰め、終には捕まえる事が出来たタリサは上機嫌だ。
「しかし動きに無駄が多いな、直線でなら雪風より速度が上だと言うのに…」
冷笑して皮肉るクリスカに、ムッとするタリサ。
だが事実なので反論はしない、自分でも分かっている事だ。
F-15J、陽炎を改造した舞風と、F-22Aを改造したF-22A's、アサルトラプターでは機体に差が在り過ぎる。
その差を埋める為に四苦八苦したのは操縦したタリサだ。
最後は何とか慣れたのと、機体のスペックで捕まえたに過ぎない。
「フェイントにかかりすぎ」
「うっせぇな、わかってるっての」
クスクス笑うイーニァに、膨れっ面で言い返して端末を手に取るタリサ。
情報端末、画面と操作用のタッチペンが付いた手帳サイズのそれは、コードで上位テスタメントと接続されていた。
この上位テスタメントは、大和専用機で、現在三人の補佐をしている。
イーニァとクリスカも同じように端末を手に取り、内容を確認。
因みに端末の画面は、基本白黒の情報が表示されるだけの物だ。
網膜投影などが発達した為に、こういった技術はまだまだの様子。
「ん~、最高巡航速度は舞風より圧倒的に上だけど…なんか回避機動が硬いんだよなぁ…」
「関節剛性の違いだろう、元の機体が別世代の上に、あの装備だ。慣れと今後の改良と言う事だな」
「がんばれチョビ」
「だからチョビ言うなっ」
以前と違い、仲違いする事無く意見を交し合う三人、これだけで隊の結束が高まっている事が窺える。
それでも喧嘩をするのは、一種のコミュニケーションだからか。
「じゃぁチワワ」
「チワワとか言うなっ、つーかチワワってなんだ!?」
「ちいさいイヌ、プルプルしててカワイイ」
「どの道チビって意味かコラぁっ!?」
きゃいきゃい煩い二人に溜息をつきながら、端末を片付けるクリスカ。
「次の武装確認は良いのか」
「って、そうだった、メイン忘れちゃダメだよな」
「ダメチョビ」
「泣かすぞコンチクショウ!?」
最近責めに目覚めたらしいイーニァさん、主な被害者はタリサ(口撃的意味で)と唯依(肉体的な意味で)。
その内ステラやクリスカ、それに大和も被害に遭いそうだ。
イーニァを嗜め、筐体へ入る三人。
テスタメントが管制室から引っ張ってきたケーブルで遠隔操作してくれるので、管制室まで行く必要も無い。
大和はその内、テスタメントによって無線でも接続して操作出来る様にしたいと言っていたとか。
「んじゃ、最初は手持武装の確認やっから」
『了解した、見学させて貰おう』
ヘッドセットの通信と映像で会話し、テスタメントに事前に入力した予定を実行して貰う。
するとシミュレーション映像内に空港の滑走路のような舗装された場所が出現し、そこに雪風壱号機と、タリサのF-22A's、アサルトラプターが出現する。
「それじゃ、最初は突撃砲だな」
と言って、機体を操作して背中の担架から突撃砲を装備するタリサ。
その突撃砲は、AMWS-21戦闘システムと呼ばれるラプターの突撃砲でも、87式突撃砲でも無かった。
形はラプターの突撃砲に近いが、縦に並んだ36mmと120mmの銃口の間にあるフレームから、バヨネットが左右から飛び出している。
上から見ると、クワガタの角のように設置されている。
それに、グリップガードにはスパイクが設置されている。
そして全体的に曲面が多く、丸っこい。
「形は違うけど、まぁ似たようなもんだな」
仮想空間に表示された的に向けて36mm、120mmを放って調子を確かめるタリサ。
実はこの武装、F-22A's用に用意した訳ではなく、YF-23の武装をモデルに以前作られた突撃砲だったりする。
それがこの機体へ装備された理由は、マッチング云々ではなく、単純に無かったから。
F-22Aが納品された際に、機体だけで武装の類は一切付いてこなかった。
嫌がらせか、それとも余裕が無かったのか、大和は微妙に後者な気がしているが、兎に角突撃砲が無かったのだ。
そこで、形が1番近くてかつ近接にも対応できるこれが選ばれた。
「お、このバヨネットも取り外し可能なのか」
筐体内に持ち込んだ説明書を確認しながら楽しげに呟くタリサ。
そんな彼女を尻目に、クリスカはシミュレーション映像のF-22A'sを観察していた。
鬼ごっこの最中は逃げるのに集中していて確認出来なかったが、異様な機体だと思うクリスカ。
大まかな見た目はF-22Aだが、細部が尽く異なっている。
先ず頭部、独特の頭部をしているF-22Aだが、その頭部の左右のフィンが大型化、そして頭頂部から後ろへと、角のようなパーツが追加されている。
両肩は同じに見えるが、中身が違うらしい、実際肩横のスラスターノズルが大型化している。
前腕の側面には、長方形の装甲のような、箱のような物体が装着されているし、現在のアメリカ製の機体の特長にもなっている膝部のウェポンコンテナの形も異なっている。
だが一番の違いは、背面だった。
背中の担架は、背部CWSの基本規格である担架ユニット。
これは元々の担架を少し強化した物で、基本兵装として登録されている。
そしてその下、腰の噴射跳躍システムの位置が少し左右に広がり、その中心には長方形と立方体(見た感じ正十二面体)を足したような形のスラスターが。
これが以前大和が言っていた、横浜の開発者渾身の作品、キャノンボールだったりする。
下に2ヶ所、上に1ヵ所、左右1ヵ所にスラスターノズルを配置。
そして大型のノズルを斜め後ろへと配置した、機体の姿勢制御用ではなく、跳躍推進兼用スラスター、それがキャノンボール。
これ一つで、軽い機体なら跳躍させる事が可能という高出力スラスターのお陰で、アサルトラプターはその名に恥じない直線速度を実現。
追加のテールスラスター、二本の尻尾のようにキャノンボールの左右に取り付けるパーツを装着すれば、稼働時間と速度は、月衡にも匹敵すると言われている。
このキャノンボール、腰の接続部で上下に可動し、背部CWSや噴射跳躍システムの動きを阻害しないように出来ているので、大胆な動きも可能。
これら目に付く装備以外にも、細かい装備が装着されたのがF-22A's、アサルトラプターと呼ばれる機体。
足の甲に小型種用機銃が装備されたり、踵にカーボンブレードが装備されたり。
脚の側面にはウェポンバインダーと呼ばれる兵装が取り付けられ、グレネードランチャーとマイクロミサイル、そしてマチェット型の大型近接短刀が装備されている。
このマチェット型の短刀、形がククリナイフをモデルにしている為、タリサが物凄く気に入っていたりする。
機体重量は当然増加したが、それを補うだけのパワーのあるキャノンボール、そして元々高かった機体性能がそれをカバー。
ステルス性能は極端に低くなったが、対BETA用なので無問題。
かなりのじゃじゃ馬な性能になったが、タリサとステラなら十分に使いこなせると大和は確信して二人にこの機体を与えたのだ。
「よっしゃぁっ、射撃確認は後回しだ! 近接格闘試すぞ!」
『やれやれ、元気な事だな…』
『やっぱりチワワ…』
本来ならCWS武装、これは肩部CWS武装の一部を背部用へ改造したモデルが存在し、主にスナイプカノンユニットとアサルトライフルユニット、それに背部ウェポンコンテナユニット、中距離支援用のロケットランチャーユニットなど、多数存在するのだが、タリサは後回しにした。
理由は一つ、向上したと大和に説明された、近接性能を試したいから。
そんなタリサに呆れつつ、機体を動かして装備の展開準備をするクリスカ。
『先ずは何だ?』
「へへ、最初はこれだ!」
クリスカの問いに、楽しそうに笑って展開させたのは、例の前腕に装備された箱のような装甲。
その装備の手首側から、三本のカーボンブレードが飛び出して、構えるアサルトラプター。
近接格闘爪、通称ストライククロー。
前腕とほぼ同じ長さで、高い殺傷力を持つ巨大な爪だ。
『面白い、勝負してやろう』
『ブレードユニットにカンソウ…いいよクリスカ』
同じ土俵で相手する事にした二人も、雪風壱号機の手腕CWSを、ブレードユニットに交換する。
シミュレーターの映像が一瞬ブレた次の瞬間には、雪風の腕には高周波カッターではなく、半回転によって展開されるブレードユニットが装備されていた。
機械音を響かせて、ブレードが展開され、グリップを握る雪風。
トンファーの長い方を前にして持ったような状態でブレードを構えて身構えるクリスカとイーニァ。
それに対して、タリサは獰猛な笑みを浮かべる。
「良いのかよ、高周波カッターじゃなくて」
『武装の性能差で勝負が付いたらテストにならないだろう』
タリサの軽口に、微笑を浮かべて答えるクリスカ。
お互いに機体を構えさせ、ジリジリと間合いを計る。
『……へぷちっ』
そして、何故かイーニァが愛らしいくしゃみをした瞬間、2機が同時に動いた。
抉りこむように爪を向けてくるタリサ機に、ブレードで防ぎつつ反撃を放つクリスカ。
だがその一撃を、反対の爪でブロックして回避する。
タリサもクリスカも口元に笑みを浮かべたまま、次の攻撃へと移って行くのだった。
14:20・70番格納庫――――
「あの、ブレーメル少尉…?」
「はい、なんですか少佐」
「いや、そうピッタリ張り付かれると仕事が…」
「気にしないで下さい、少佐が無理を始めたと判断したら物理的に止めるだけですから」
気にするわッ!? と内心でツッコミながら、引き攣った顔で仕事をする大和。
そんな彼の背後、半径1mの範囲には、朝から常にステラの姿。
「昨日の一件で、少佐の拘束の仕方を学びましたから」
そう言って、微笑を浮かべて腿と胸を軽く叩くステラ。
昨日、イーニァに弄られて悶えるステラの動きで目覚めた大和は、気恥ずかしさから直ぐに離れようとした。
だが、まだ4時間しか寝ていないとステラに羽交い絞めにされてしまう。
その際に、膝枕ならぬ胸枕をされて、ビキリと固まる大和。
この動きに、ステラはチャシュ猫の笑み、非常に楽しそうな笑みを浮かべて、大和は冷や汗を流した。
暗に彼女は、また無茶するなら膝と胸で落とすと言っているのだ。
締め落とすのか、堕とすなのか不明だが。
因みに、足が限界になったステラが、イーニァにバトンタッチしたのは言うまでも無い。
イーニァの膝枕に、大和の羞恥心は限界だったのか意識はアッサリと落ちた。
ステラは朝から「次は、ビャーチェノワ少尉やタリサ、それに中尉も呼びましょうか」と楽しそうに脅してくる。
武に諭された(?)ので徹夜無茶はしない心算だが、熱中するとついつい集中してしまう癖が在るだけに、絶対にしないとは言い切れない。
故に、大和はステラの笑顔の脅迫に、ビクビクしながら仕事をしていた。
「しょ、少尉は殿下の訪問は――「興味ありませんから」……そ、そうか…」
バッサリだった。
朝からステラの引き剥がしを試みる大和だったが、流石は年上のお姉さん、この辺りに関しては一枚上手だった。
唯依をオタオタさせる方法も、ステラには通じない。
築地にも匹敵する母性も危険だ、あれは自分を容赦なく責めてくる。
そんな意味不明な危機感を擁きながら仕事をする大和と、楽しそうに仕事をするステラ。
周囲の関係者達は、生暖かい笑顔と視線で遠巻きに眺めるのだった。
「F-22A'sの訓練は良いのか?」
「今タリサが集中訓練をしていますから。明日は私の番です」
暗に、明日はタリサが監視に付くと言われて凹む大和。
だが相手がタリサなら、幾らでも撒く方法は思い浮かぶので、明日は自由だと邪悪に笑う大和。
ステラもそれは承知だが、まぁ無理はしないだろうと分かっているのでちょっと酷いがタリサには期待していない。
今こうして居るのは、ちょっとしたお仕置きだ。
自分達に散々心配を掛けて、唯依を悩ませている罪作りな想い人への。
今日だけは役得と、ステラは端末で情報を整理するのだった。
16:45――――B7シミュレーターデッキ――――
殿下の横浜基地訪問が無事終了したという話を人伝に聞いたA-01部隊は、目の前の現状に困惑していた。
「皆様、手解きの程、よろしくお願い致します」
それは、招集されて強化装備に身を包んで待機していた彼女達の前に現れた、紫の零式衛士強化装備を身に纏った殿下。
さらに、その後ろに居並ぶ、月詠大尉と、月詠中尉、そして凛達警護部隊の面々。
彼女達が武に続いて現れたのだから、驚くのも当然の事。
冥夜なんかは、楽しそうに笑顔で手を振る姉の姿に、頭が痛そう。
「って訳で~、殿下が率いる斯衛軍対あんた達のシミュレーション勝負よ」
これまた楽しそうな夕呼先生が、ニヤニヤしながら宣言した。
彼女の言葉に、どういう事かは理解したA-01だったが、何で殿下と…と言う疑問は消えない。
「ご心配なく、若輩の身ですが、XM3での教導も受けております」
本気でお相手願いますと、確りとした視線で告げてくる殿下に、冥夜は姉の本気を感じ取った。
「了解致しました、副司令直属部隊として、全力でお相手致します」
まりもが代表として敬礼しつつ答え、A-01全員が敬礼する。
それに深く頷く殿下と、答礼を返す月詠大尉達。
夕呼の指示でそれぞれが筐体へと入り、遙がA-01を、ピアティフが殿下達の部隊の管制を、夕呼専用テスタメントと受け持つ。
見学を言い渡された武ちゃんは、ピアティフの補佐にテスタメントを付けた事から、また夕呼が何か企んでいると感じ取っていた。
現在のA-01は小隊分けを、A・B・C・Dとし、各小隊長を選抜。
まりもはコールサインをヴァルキリー00として、部隊全体の指揮を執る。
コールサインは新任が続きで番号を拝して続く事になり、イーニァ・クリスカは省く事になった。
これは、二人がワルキューレ隊としてA-01へ参加する可能性が高くなったからという理由。
普通は12名を超えたら別部隊を編成するのだが、A-01にはこれ以上追加の衛士候補が居ないので特別に16人編成で組まれている。
ただ、ワルキューレ隊の今後によっては、もう一つ中隊が増える可能性もあるが。
コールサインは以下の通り続く形になり、
ヴァルキリー01:伊隅 みちる大尉 右翼迎撃後衛
ヴァルキリー02:速瀬 水月中尉 突撃前衛長
ヴァルキリー03:宗像 美冴中尉 左翼迎撃後衛
ヴァルキリー04:東堂 泉美中尉 遊撃強襲前衛
ヴァルキリー05:風間 祷子少尉 砲撃支援
ヴァルキリー06:上沼 怜子少尉 制圧支援
そして新任がA分隊から続き、
ヴァルキリー07:涼宮 茜少尉 強襲掃討
ヴァルキリー08:柏木 晴子少尉 制圧支援
ヴァルキリー09:築地 多恵少尉 強襲掃討
ヴァルキリー10:高原 由香里少尉 突撃前衛
ヴァルキリー11:麻倉 一美少尉 砲撃支援
ヴァルキリー12:榊 千鶴少尉 強襲掃討
ヴァルキリー13:鎧衣 美琴少尉 打撃支援
ヴァルキリー14:珠瀬 壬姫少尉 砲撃支援
ヴァルキリー15:御剣 冥夜少尉 突撃前衛
ヴァルキリー16:彩峰 慧少尉 突撃前衛
となり、涼宮 遙中尉が継続してCP将校のヴァルキリーマムとなる。
小隊編成は以下の通りで、
・A小隊(右翼担当)
小隊長:伊隅 みちる大尉 右翼迎撃後衛
A小隊:上沼 怜子少尉 制圧支援
A小隊:榊 千鶴少尉 強襲掃討
A小隊:珠瀬 壬姫少尉 砲撃支援
・B小隊(前衛担当)
小隊長:速瀬 水月中尉 突撃前衛長
B小隊:高原 由香里少尉 突撃前衛
B小隊:御剣 冥夜少尉 突撃前衛
B小隊:彩峰 慧少尉 突撃前衛
・C小隊(左翼担当)
小隊長:宗像 美冴中尉 左翼迎撃後衛
C小隊:風間 祷子少尉 砲撃支援
C小隊:涼宮 茜少尉 強襲掃討
C小隊:柏木 晴子少尉 制圧支援
・D小隊(遊撃・中堅担当)
小隊長:東堂 泉美中尉 遊撃強襲前衛or中堅迎撃後衛
D小隊:築地 多恵少尉 強襲掃討
D小隊:麻倉 一美少尉 砲撃支援
D小隊:鎧衣 美琴少尉 打撃支援
…という形に割り振られた。
まりもは部隊総指揮官として特定の部隊を持たず、武と二機連携を組んで各部隊の穴埋めやフォロー、もしもの時の臨時部隊編成を担当する。
また、独立遊撃部隊であるシグルド隊に臨時編入される事もある為、特定の小隊を率いないのだ。
D小隊が二つの役割を持つのは、戦況に応じてポジションを変更する事がある為であり、部隊の真ん中で各部隊のフォローや、遊撃に走る事になる。
その為、機動力に定評のある築地、目敏い麻倉、勘が鋭い美琴というメンバー構成。
割と癖のある面々を纏めるのは、東堂と決まったが、決して消去法では無い、無いったら無い。
『では、これよりヴァルキリーズ対斯衛軍特別選抜部隊との模擬戦闘を開始します』
遙の管制の声に、気を引き締める面々。
特に新任達は、正式ポジションを頂いてから最初の他部隊との戦闘だ、緊張と不安から表情が硬い。
中でも冥夜は、姉との戦闘とあって、緊張が人一倍だ。
姉に無様な姿は見せられないと、喉を鳴らして操縦桿を握る冥夜。
そんな彼女に、小隊長である水月が通信を繋いできた。
『そんなに緊張してると、いざって時に動けないわよ御剣』
「は、申し訳ありませぬ…」
『そう言うな速瀬、実の姉、それも殿下との直接試合、緊張するなと言う方が無理な話だ』
申し訳無さそうに答える冥夜に、今度は伊隅が声を掛けてきた。
その言葉に同意なのか、網膜投影に映る仲間達は皆苦笑を浮かべている。
『まぁ、速瀬中尉は緊張のきの字も抱いていないみたいですが…』
『あったり前よ、相手が殿下でも大統領でも、やる事は決まってるんだから』
宗像の言葉に、胸を張って答える水月。
そんな水月の姿に、茜やタマは尊敬の視線を向ける。
『なるほど、中尉は相手が誰であってもヤッてしまうと…』
『宗像ぁっ!?』
『と、築地が申してました』
『言ってねぇっぺよ!?』
『築地、背中に気をつけなさい…』
『ひぎぃっ!?』
いつも通りな先任達のやり取りに、緊張していた新任達は肩の力が抜けたのか、先程までの硬い表情は見られなかった。
築地だけは別の緊張でガタガタだが。
『お前達、お喋りはそこまでだ』
苦笑を浮かべたまりもからの言葉に、全員が気を引き締める。
今回まりもは、遊撃として部隊に入る事になる。
普通は二機連携が最低の編成なのだが、相手が居ないので仕方が無い。
『相手の準備が整いました、カウントダウンを開始します』
遙の声が再び告げられ、カウントダウンが開始される。
嫌に相手の準備に時間が掛かったが、機体データのロードか何かで手間取ったのだろうと考える伊隅達。
シミュレーションの映像が切り替わり、日本の合戦場のような場所が再現される。
『なんか…』
『いつもと違うような…?』
彩峰と美琴の呟き。
各員が周囲を見渡すと、いつもの荒野や廃墟ではない、妙なステージが広がっている。
荒れ果てた荒野なのは同じだが、アチコチに草木が残っているし、旗とか昔の槍とか鎧とか、そんなのがゴロゴロ転がっているのだ。
『まるで、歴史の本で見た合戦場だな…』
まりもがそう呟くと同時に、カウントダウンが終わり、遙の状況開始の声が響いた。
それぞれ小隊長の指示で手早く陣形を組むA-01。
隊列を組んだまま、合戦場を再現した場所を進み始める。
『殿下や月詠中尉達が相手って事は、機体は武御雷なんでしょうか…』
『だと思うよ、殿下も色付きの強化装備着てたし』
タマの不安げな声に、美琴が答え、各自が武御雷かぁと少し萎縮する。
何せ彼女達の母国が世界に誇る、最新鋭にしてタイマン近接最強なんて話のある機体だ。
『大丈夫だって、スレッジハンマー大隊相手にするより楽よ。数だって7機なんだし』
『そうそう、それに機体だって雪風は負けてないからね!』
元気付ける為に、あえて明るくタマ達に告げる水月と、同意する東堂。
そんな彼女達のレーダーに、反応が映る。
『前方、距離1200……え、嘘、そんな…!』
レーダー精度が最も優れているスナイプカノンユニットで機影を確認した風間が、途中から唖然とした顔になる。
どうしたのかと問い掛けるよりも早く、彼女の機体から転送されたデータには、機影数36と出る。
なんで36!? と全員が驚く中、麻倉がセンサーの最大望遠で敵の姿を確認。
そこには、居並ぶ武御雷の群、群、群。
先頭には殿下の機体である紫、その左右には赤が二機。
その背後には白が4機。
そこまでは良い、そこまでなら相手の数だ。
だが、その後ろ、殿下の機体の背後に広がる崖の上に、黒の武御雷がズラリズラリ。
そして殿下の真後ろの崖の上には、見覚えのある赤い機体が。
『機影確認…紅蓮大将の大角です!』
麻倉の告げた言葉に、『げっ』とか『えっ』とか言葉を漏らすA-01の面子。
彼女達も何度かシミュレーションで戦った事のある、強敵。
紅蓮大将の戦闘データを入力された、特徴ある頭部の武御雷、通称『大角(おおずの)』が、槍のような武器を片手にそこに居た。
『あ、言い忘れたけど殿下側には斯衛軍を模したNP機が混ざるから』
と、そこへ通信を繋いできたのは楽しそうな笑顔の夕呼先生。
ワザと言わなかったなとまりもが睨むが、夕呼は涼しい顔だ。
因みにNPはノン・パイロットの略らしい。
要は本物が乗っていない、蓄積された機動データから再現された人形だ。
通常訓練の仮想敵と違うのは、固有の衛士のデータが使われている点。
前者は平均的な機体の動きをし、後者は癖のある動きをする。
とは言え、あれだけ数が居ると厄介極まりない。
特に紅蓮大将の大角は、武ちゃんでも負けることが多い一騎当千の機体だ。
大和がお願いして特別にデータを貰ってきたので、再現度も高い。
A-01の乙女達が、また鬼畜ミッションだ(泣) まただよ(涙)と内心涙する中、まりもは冷静に迎撃準備を整えるように命ずる。
それに呼応する様に、殿下の機体が一歩踏み出し、そして背後の大角が手にした槍を振り回した。
――――♪~~~♪~~――――
『な、なんだ!?』
『これは…笛の音?』
突然シミュレーションの世界で鳴り響き始めた笛の音や、続く太鼓の音に、身構える伊隅と、首を傾げる風間。
そして、やたら男らしい声でそーれそれそれとか、そーれそとか繰り返す歌が聞こえ始める。
そして何度か繰り返したと思えば、おりゃおりゃと叫ぶように歌が続き。
――――よっ○ゃあーーーーーっ!――――
『っ!?』×A-01全員
凄く気合の入った叫びが轟いた。
そしてやたら熱い音楽が流れ始める。
男、いや、漢漢と連呼し、戦国時代の合戦を謳ったような歌詞が男らしく、否、漢らしく歌われている。
『なんなのよこの歌は!?』
『なんと熱い…魂を揺さ振るような歌だ…』
『ちょ、御剣…?』
慌てる水月、なんか感動している冥夜と、その姿に引き攣る委員長。
『神宮司大尉、何か大角が歌っているような動きをしてます…』
『……本当だな…』
『周りの黒い武御雷なんて踊ってるわ…』
望遠映像で確認した麻倉が、データをまりもに見せると、確かに槍を振り回しながら、歌っているような動きをしている。
風間が言うように、周りの黒い武御雷が6機ほど、その周りで踊っているし。
『気をつけなさいよ~、あの歌が流れている間、相手の黒い武御雷は性能UPするから』
『なんですかその反則っ!?』
通信を繋いできた夕呼に、水月思わずツッコム。
『先頭の部隊、進撃を開始しました!』
『っ、総員迎撃開始っ!!』
タマの報告に、まりもが夕呼へ言いたい事を一度飲み込んで、迎撃態勢を取る。
熱い漢の唄と共に進撃してくる殿下達と、黒い武御雷部隊。
なんだか一気に暑苦しくなったシミュレーション内で、A-01と殿下の部隊が激突する―――。