2001年10月16日――――
80番格納庫――――
「――と、おい―――いて――――おい、大和ってばっ!」
「――ッ!、あ、あぁ、なんだ武?」
機密だらけの地下格納庫のキャットウォークの上で、ぼんやりと眼下を眺めていた大和。
そんな彼に歩いてきた武が何度も声を掛けて来たのだが気付かず、結局肩を叩かれてから意識を武に向けてきた。
「なんだじゃないっての、どうしたんだよボケーっとして?」
いつも隙の無いお前らしくもないと呆れる武。
普段なら飄々としながらも他人の動向に敏感で、武ちゃんが企む悪戯や仕返しも「読んでいたのさ!」「すり替えておいたのさ!」と防ぐ大和。
それが、大声で呼んでも気付かないのだから、何か在ったのかと思うのは当然だろう。
「いや、別に。出張の時に半ば無理矢理飲まされた酒が残っていたのかもな…」
「あぁ、お前酒弱いもんな…」
飲んだら即酒が回り、ジョッキ一杯も飲めばもう悪酔いで倒れそうになる大和。
それを良く知る武は納得はするが、そうは見えないぜと真面目な視線を向けてくる。
「何、少し予想外の事が在ってな…自分の中で整理していただけだ」
記憶を継承したエリス、追憶のような夢の最後を見た殿下、そして朝から様子のおかしい唯依の事。
「なんだよ予想外の事って。何かこれからの事に関わる事か?」
心配になったのか、キャットウォークの手摺に寄り掛かりつつ顔を向けてくる。
既に、『甲21号作戦』は二ヵ月後に迫っている。
そしてその成功を持って、一部情報を国連に提示しオリジナルハイヴの早急な破壊を提案。
甲20号を飛ばして、早急にあ号目標を消滅させる。
その為に準備を進め、現在武達が居る80番格納庫では近々お披露目される機体が組み上げられていた。
因みに以前武に見せた『眠り姫の楯』は隣の格納庫だ。
そんな状態の今、進行に影響が出るような出来事なら見過ごせないと詰め寄る武。
「そうだな…大きくは関わらないだろう。だが、間違いなく波紋は…広がるだろうな」
エリスの存在、彼女が持って来たエリミネーター。
この二つの存在が、自分達に何を齎すのか。
エリスの所属も目的も前の世界とは全く異なる、故に彼女が何を考え、何をしようとしているのか大和にも読めない。
彼女の性格からして、大和や横浜基地の害になるような事はしないだろうが、それでも不安は消えない。
昨日の再会の後、大和は色々と混乱する思考を落ち着かせるのに時間がかかり、結局空が完全に暗くなるまで屋上に居た。
執務室へ戻れば、いじけたイーニァとそんな彼女から残りの最中を死守するクリスカが出迎えた。
だが唯依の姿は無かった。
結局イーニァを嗜めるので時間を費やし、その後関係各所の状況を確認して昨日は終わってしまい、唯依とは逢えなかった。
朝になったら、泣き腫らした顔の唯依と出会い、何か在ったのかと問い掛けるが何でもありませんと堅く拒絶されてしまった。
そして会話も無く仕事に行ってしまい、大和は困惑するばかりだ。
「大和、本当に大丈夫なのか…?」
「そこまで大事ではないさ。それよりもお前は殿下への対応を考えた方が良いと思うが?」
心配で顔を歪める武に、苦笑して切返す大和。
「う~~あ~~、それを言わないでくれよーー……」
手摺に捉まって蹲る武ちゃん、殿下の横浜基地の視察と慰問が正式に決定してしまい、今からどうしようと震える日々だ。
その日に何とか出張とか出来ないかなと考える武ちゃん、名目はどこかの基地のXM3教導とか。
でも大和と夕呼先生に却下されるので考えるだけ無駄なのだが。
「まぁ、いざとなったら力を借りるさ」
「応よ、どんどん頼れよ。お前ってさ、自分の事は自分だけで解決しようとするからさ。偶には誰かを頼れよ、親友とかさ」
少し照れ臭そうに告げる武に、一瞬ポカンとする大和だが、直ぐに笑顔を浮かべる。
「そうだな、では厄介な修羅場が発生した時の生贄役に…」
「そう言うのは自分で解決してくれる? と言うか俺お前が暗躍したお陰で割りと大変なんだよ?」
その辺分かってる? と詰め寄る武ちゃんに、落ち着け親友と嗜める大和。
「ったく。それで、この機体はいつ頃完成するんだ?」
肩を竦めてから、視線の先で整備兵や開発者達に弄られている6機を指差す。
ガントリーに固定されている機体は、内部があちこち丸見えの素体の状態に見える。
「完成も何も、アレはあの状態が完成なんだぞ?」
「はぁ!?」
大和の返答に、あの骨組み状態がか!? と驚きを浮かべる武ちゃん。
それはそうだろう、6機は全て、通常の戦術機の装甲などを取り外したような状態なのだ。
普通に考えれば、この後装甲や武装を取り付けて完成となる筈。
「いや、アレはアレで良いんだ。後は装甲が完成すればお披露目出来る」
そう言って、重要書類であるファイルを武に渡す。
それをパラパラと眺めて、関連する項目を見つけて黙って読み進める武。
「……なるほどね。だからアレで完成なのか」
「そう言う事だ。陽燕や月衡のデータも随時フィードバックしてある」
お前にも文句を言わせない性能を叩き出してやるとニヤリと笑う大和に、そいつは楽しみだと笑う武。
「んで、あっちの機体はどうなんだ?」
次に武が指差したのは、6機とは別の場所で組み上げられている2機の戦術機。
こちらは先程の6機と違い、既に装甲が取り付けられ、各部の可動チェックや状態確認が行われている。
「そうだな、むしろあの2機の方が少し遅れている。一部システムの見直しが必要だな…」
「へぇ…あれって純夏が協力してるんだろ?」
大丈夫なのかよと暗に聞いてくる武に、苦笑する大和。
「お前の嫁さんは演算能力なら世界一だよ」
性格については触れない、それが大和流スルー術。
「なら良いけどさ…。そうだ、忘れる所だった」
話の区切りがついた所で、唐突に思い出す武、その内容は凛経由で聞いた唯依の不安。
その事をそれと無くでさり気無く、武ちゃんはその心算で聞いたのだが大和には丸分かり。
しかし、その内容で今朝の唯依の態度に合点が行く大和。
「ふむ、少し不安にさせていたのか…」
唯依は勘が鋭いし頭も良い、しかしその反面ネガティブになり易い面もある。
自分が出張中に妙な事になった物だと、武に礼を言いつつ対応を考える大和。
とりあえずは話をしようと考え、仕事に戻るのだった。
「……そう言えば、エリスはどうやってこちらの建物に?」
武ちゃんと別れてこの後の用事の為に歩く大和が、ふとした疑問に立ち止まる。
昨日、エリスは普通に大和の元へ現れたが、基本的に開発区画と横浜基地中枢の出入りは、許可が無いと出来ない。
エリスは試験部隊指揮官なので出入りは可能だが、一応の許可が必要になる。
その事を疑問に思ったのだが、実はエリスが斉藤を捕まえて「少佐に着任のご挨拶をしたいの」とお願いされたのだ。
そして斉藤はホイホイ案内してしまい、エリスはあの世界の大和の行動から彼の居場所を推測し、屋上へ辿り着いた。
人気の無い風通しの良い場所で思い悩むのは、かなり昔からの癖だったりする。
因みに大和が居なかった場合は、素直に大和の執務室へ出向いて挨拶をするつもりだったエリス。
流石は大和の元副官(の記憶)とでも言うべきか。
「………ま、良いか」
そんな事よりお仕事と、疑問を頭のゴミ箱に捨てて歩き出す大和。
本当にどうでも良い疑問だったようだ。
「全く、世の開発者、技術者からしてみれば馬鹿みたいな話よね」
「同感です」
同時刻の80番格納庫、大和達が居るキャットウォークの下に位置する入り口で、夕呼が呆れたような顔をしていた。
その言葉に同意するのは夕呼子飼の技術者の女性。
今後XG-70の担当になる予定の人間だ。
「今どこの国も企業も達していない第四世代…その水準機を造ったと思ったら同時に正式世代機を建造…笑い話にしかならないわね」
「全くです」
夕呼の言葉に深く深く同意する女性。
世に名高い米国のMITを卒業した才女である彼女から見ても異常とすら言える横浜基地の裏。
第四世代水準機である陽燕と月衡、この2機の存在だけでも業界ではとんでもない話なのだ。
それなのに、今彼女達の目の前には、その2機を参考に造られた、正式な第四世代戦術機が居並んでいる。
試作機と限定とは言え量産機が同時に存在するこの矛盾。
しかし大きな問題も欠点も無いという夢のような話。
それに関わる事になってから、彼女の感覚は一部変化していた。
夕呼に言わせれば、感染したと称するだろう。
「90番格納庫の準備は?」
「予定通りに。搬入と同時に機体の総点検と改良を開始します」
「よろしくね。細かい事はまた後で煮詰めましょう」
夕呼の言葉に了解ですと答え、仕事に戻る女性。
その姿を横目に見送ってから、夕呼は居並ぶ装甲の無い戦術機を見上げる。
「これが世に出れば、戦術機業界は大革命でしょうね…」
現行の機体を上回る機体性能と特殊兵装、これらが齎すのは大規模な技術革新。
「戦争は科学を進化させる。それはBETAとの戦いも同じ。10年…短いようで長い進化の時間ね」
横浜基地を支え、夕呼の足場を固めるのに一役買った未来の技術や設計図。
最大の物で今から約10年後の技術。
数字で考えれば大して先の技術ではないと思うかもしれない。
だが、日々BETAの脅威に晒され、必死に生きてきた人間の底力は馬鹿に出来ない。
夕呼から見ても驚くような技術や発想のオンパレード。
それを利用して完成したのが、今存在する機体達。
「日進月歩とはよく言ったものね」
呆れと苦笑を織り交ぜて笑い、白衣を翻して格納庫を後にする夕呼。
進化する技術を支えるのは、自分達科学者・開発者。
夕呼は明日が見え始めた道を、一歩一歩踏み締めて歩き出した。
同日・70番格納庫――――
「なぁ、ステラ。やっぱ何かおかしいよな?」
「タリサがそう感じるなら、明確な異変ね…」
どう言う意味だよっ!? と怒鳴るタリサを飄々と嗜めて、眼下の人物を見るステラ。
その視線の先では、唯依が整備兵に指示を出しながら仕事をしていた。
その様子は一見いつも通りに見えるが、ステラからして見れば、硬いのだ。
堅いと言っても良いかもしれない。
唯依は確かにお堅いイメージだが、大和との絡みで弄られ、その様子から人間らしさを垣間見た整備兵達にも親しまれている。
しかし、今の唯依はステラから見ると、ガチガチに固まった状態に見えた。
感情を理性で固めて平静を装っていると、ステラは見ていた。
「何が在ったのかしらね…」
「ここ最近、中尉なんか悩んでたみたいだけどさ…」
タリサもタリサで勘が良いので、唯依が何か思い悩んでいた事は察している。
しかし、一部例外を除いて人間関係で公私の区分けを確りしている…と言うより私まで公に塗り潰されている唯依は中々そういった事を他人に相談しない。
凛は別だ、彼女は関係者なので。
因みに一部例外と言うのが誰を指しているのかは、誰もが思い浮かべる自重しない少佐である事は言うまでも無い。
どうしたものかと悩む二人、そんな彼女達の背後で扉が開いた。
「あぁ、ここに居たのか」
「あ、少佐!」
「お帰りなさいませ」
入ってきたのは、80番格納庫から上がってきた大和だった。
二人は大和に帰還の挨拶をしていない事を思い出して、敬礼しつつ言葉を伝える。
それにただいまと答えつつ、イーニァとクリスカ、それに唯依は何処かと訪ねる。
「二人は現在、出向元の部隊に招集されています。顔合わせと言っていました」
「中尉だったら今そこに……って居ねぇ!?」
イーニァとクリスカは現在A-01に呼び出されて顔見せをしているらしい。
元々彼女達はA-01所属であり、ワルキューレ隊には出向という形で出向いているのだ。
その内、忙しくなったら彼女達もA-01へ戻されるので、今の内に新任と顔見せをして置こうと伊隅が考え、まりもと一緒に夕呼へ進言。
許可が出たので二人はA-01の所へ。
そして唯依だが、タリサが中二階のこの場所から下を指差すが、そこには既に唯依の姿は無かった。
さっきまで居たのに!? と、身を乗り出して格納庫内を見渡すが何処にも唯依の姿が無い。
整備兵の一人にタリサが問い掛けると、今さっき開発区画に行くと言って出て行ったそうな。
「入れ違いか…まぁいい、三人には後で説明しよう。二人とも、付いて来てくれ」
仕事で居ないものは仕方が無いと、とりあえず二人を伴って歩き出す大和。
目的地は同じ70番格納庫だが、奥の区画だった。
タリサもステラも自機が置かれている場所以外は出入りしないので、奥で何をやっているのか良く知らない。
大和が二人を連れて行った先では、ニヤニヤと何かを待ち望んでいる顔の開発者や整備兵達。
何なのだろうと二人が思っていると、シートを被せられた機体の前で大和が立ち止まった。
「マナンダル少尉、ブレーメル少尉。二人とも今まで我が開発部隊で優秀な成績を残してくれた」
振り返ったかと思えば、突然姿勢を正して語り出す大和に、反射的に気をつけの体勢になる二人。
「二人のお陰で舞風のデータも、CWSも多くの結果を残し、広まっている。それも二人の実力在っての事だ」
「いや、そんな…えへへ…」
「ありがとうございます」
大和の言葉に、照れ照れと照れまくるタリサと、確りと答礼するステラ。
それを見てタリサもステラに倣って慌てて答礼する。
「しかしながら、二人の実力に既に機体が付いて来ていない。そして肩部を始めとしたCWS規格の開発も一段落した」
そこで、と一度言葉を区切り、チラリと様子を見守っていた整備兵の一人に合図を送る。
するとガントリーから垂れていた紐を思いっきり引っ張る整備兵。
それに連動して、ガントリーに固定された機体から、シートが同時に外されて落ちる。
「こ、これって…!」
「F-22A…?」
整備兵達がライトを点灯させて態々ライトアップして照らされるUNブルーに塗られたその機体は、米軍が誇る戦術機、F-22A。
しかし良く見れば、彼方此方がF-22Aとは異なるではないか。
「二人には今後、この機体で開発計画に携わって貰う事になった。紹介しよう、F-22Aを彼ら横浜基地開発班が改造した二人の新しい愛機」
―――― 名を、F-22A's、アサルトラプター ――――
その名前を聞いて、背筋に電撃が走る二人。
自分達の新しい機体に、F-22Aを。
しかも改造が施された実質新型を。
それだけで感動で身体が勝手に震える二人。
「この2機には新しく設計された、背部CWSが搭載されている。今後はそちらの開発と並行してデータ収集に入ってもらうが…不服は?」
「「ありませんっ!!」」
大和の問い掛けに、答礼と共に答える二人、その表情は満面の笑顔。
その様子を見て大満足なのは大和以上に開発者達。
「実はな、この機体は俺が指示しただけで、実質彼らだけで組み上げ改造した機体なんだ」
と大和に紹介されて、照れ臭そうだったり誇らしげだったりとする開発班と整備班。
このアサルトラプターは、大和が大まかなイメージを伝えただけで、後は開発班と整備兵が持てる技術を総動員して改造し組み上げた機体。
大和が関わった所なんて、全体のイメージと新しく構築した背部CWSだけだ。
後は全て、横浜基地の開発班の作品。
言わばこの機体は、横浜基地の技術力を知らしめる為の機体でもあるのだ。
「責任重大ね…」
「面白れぇ…バシっと結果を残してやるぜ!」
機体に乗る意味を理解して笑みを深くするステラと、バシっと拳を叩いて気合を入れるタリサ。
「早速、機体変更作業と着座調整に入ってくれ。実機の模擬戦闘は数週間以内を予定しているから、シミュレーションを念入りにな」
大和の言葉に答えて、早速仕事に入る二人。
「っとと、そう言えば少佐、アタシ達の元の機体はどうするんです?」
「あぁ、一応テスト機として残すぞ。予備機としての役割も在るからな」
もしかしたら、横浜基地の陽炎を舞風に改造する事が決定したりした時に使わせるかもしれないが…と話す大和に安心するタリサ。
長い事付き合ってきた愛機が、そのまま処分されてしまうのは悲しいのだろう。
安心して仕事に入るタリサを見送り、自分が居ない間に見事に完成させた開発班を労う。
それと同時に、Type-00C持って来たからお仕事よろしくと笑顔で肩を叩く大和。
笑顔の大和の背後には、先程エレベーターで搬入された、黒い武御雷が2機と、唯依の武御雷。
大和の言葉に責任者が「本当ですか!?」と嬉しそうな顔で問い掛けると、大和は笑顔でサムズアップ。
それに対して開発者達はキャッホーウ、今度は芸術品のType-00CとFだぜぇと大盛り上がり。
すっかり大和に毒されたのか、タリサ達の機体を担当する面子以外は早速場所の準備を始める。
「命令されて動くのは2流の整備兵、自分から動くのが一流の整備兵だぜ!」
「フゥーハハハ、俺のトルクレンチが唸りを上げるぜぇ!!」
「私の配線捌き、特とご覧あれ!」
「おらぁっ、さっさとガントリー空けて機体、機体持ってこーいっ!!」
「ちょっと、誰よ私の道具持って行ったの!? 仕事出来ないじゃないの!」
「技術者っ、早く来てくれ技術者ーー! 改造させてくれーー!」
「我々の業界ではご褒美です」
徹夜明けのようなテンションの高さの面々に、うわぁとドン引きなタリサとステラ。
逆に満足そうに腕組んで頷く大和。
70番格納庫、そこは黒金菌の汚染率が最悪の、バイオハザードフロア。
さながら戦場のように慌しくなったその場所を、ランランルーと後にする大和。
無論、収拾するつもりなんて微塵も無かった。
因みに武御雷は芸術品、ラプターは高級品というのが彼らの認識だったりする。
横浜基地地上部・ブリーフィングルーム――――
伊隅とまりも、そして武を除いたA-01の面子が談笑しながら待つブリーフィングルーム。
集められた理由は、出向中の残りの二人を、新任に紹介するというもの。
新任達は一体どんな人達なのかと期待をし、先任達はあれから逢う事が少なくなった二人がどうなったかと少しワクワクしている。
「全員揃っているな」
そこへ、伊隅が扉を開けて入ってきた。
その後に続くのは、美しい銀糸の妖精が二人。
キリッとした美貌とスタイルを持つ女性と、無表情ながら儚い印象を受ける愛らしい少女。
どっちも外人さんだー、霞に似てるーなどと思いつつ、速瀬中尉の号令で敬礼する新任と、笑みを浮かべている先任。
「楽にしろ。今日は事前に連絡した通り、現在出向中の残りの隊員を紹介する。先ずはビャーチェノワ少尉」
伊隅の言葉に姿勢を楽にしてから、向き合う面々。
彼女に諭されて、先ずはクリスカが一歩前に出る。
「クリスカ・ビャーチェノワ少尉だ。現在は横浜基地戦術機開発部隊に出向している」
淡々と、しかり確りと言葉を紡ぎ、最後に敬礼すると、新任が揃って答礼し、よろしくお願いしますと言葉を揃える。
「次に、シェスチナ少尉。……少尉?」
伊隅が紹介するが、返事所か動きが無い。
その事に気がついて横を見れば、とある人物をガン見しているイーニァの姿。
「ふ、ふぇ!?」
見られているのは、たわわに実ったけしからん母性の持ち主、つまり築地。
「しまった、またアレか!?」
「イーニァっ、ダメよまだ自己紹介していないでしょう!?」
伊隅が頭を抱え、クリスカが咄嗟にイーニァを抱き止める。
クリスカが止めなければ、イーニァは一直線に築地の母性へダイブしていただろう。
「あ、あの、なんなんですかぁ~!?」
無表情でガン見され、全力で背後から抱き止めるクリスカの焦り様と、それでも徐々に進んでいるイーニァに、身の危険を感じる築地。
新任達は揃って同い年程度のイーニァの行動に困惑し、先任達は呆れやら苦笑やら。
「イーニァちゃん、ほらほら、貴女の好きなおっぱいよ~」
「……あきた」
「ガーーンッ!?!?」
築地を守る為…ではなく、自分の欲求を満たす為に築地と同レベルの母性を持ち上げてたゆんたゆんさせる上沼。
だが、イーニァはチラリと見ただけで一言でバッサリ。
上沼は胸を抱えて蹲った。
因みに上沼と築地の母性の違いは形と弾力らしい。
「ほらほらシェスチナ! こっちの母性も大きいぞ~!」
「なっ、東堂中尉!?」
「…何事…?」
敗れ去った上沼に代わり、今度は東堂が冥夜と彩峰の背中を押して仰け反らせる。
その反動でバインと自己主張する二人の母性に、イーニァの眼光が光りロックオン。
「トウドウっ、貴様余計な事を!?」
「仕方ないでしょ、築地少尉は気が弱い上に敏感みたいだから、今のその子のもふもふ受けたら失禁すら在り得るのよ!?」
クリスカがターゲットが増えた事で更に力を増すイーニァに驚きつつ東堂に文句を言うが、彼女の言葉にそれもそうかと納得してしまう。
「何っ、なんなんですかぁ!? もふもふってなんだがや~!?」
涙目で混乱しつつ胸を抱き締めて後退する築地だが、腕の間から零れた母性にイーニァさらにパワーアップ。
「水月先輩っ、一体あの子なんなんですか!?」
「覚悟して置きなさい茜、シェスチナはそこの色ボケのせいで女の胸が大好きなのよ…」
「そして、その胸に顔を埋めて弾力と温もりを堪能するのが、もふもふ…。弱い女性なら通常のもふもふでも腰にクるぞ」
何故か汗を拭って戦慄する水月と、神妙な顔で頷く宗像の言葉に、思わず胸を押さえてしまう茜。
「因みにEやFで味を占めた少尉は、B以下に反応すらしないから心配するな」
「にゃっ!?」
「はうっ!?」
宗像がニヤリと笑いつつ他の新任と同じに胸をガードしていたタマと美琴の肩を優しく叩いた。
それはそれでショックなのかダメージを受ける二人。
「もう、美冴さんたら…。心配しないで、悲しい顔でもふもふできないよって言われた人も居るから…」
「聞こえてるわよ風間!?」
風間がタマと美琴を慰めるが、その言葉で古傷を抉られた東堂に泣きが入る。
「あはは、面白い人だねぇ」
「面白いじゃ済まないわよ…」
まぁ同じ女性だし少し位なら良いかなぁと軽く考えている晴子と、同性でも流石にそれはと身構えている委員長。
すると、一人の少女がイーニァに立ち向かった。
「ん、どんと来い」
それは、訓練着の上着を脱いでアンダーウェアになった麻倉の姿。
「おい、麻倉!?」
「ダメよ、今のシェスチナ少尉は手加減出来ないわ!」
麻倉の姿に伊隅と遙が慌てるが、麻倉は仁王立ちの状態で胸を張った。
彩峰や冥夜に劣るとは言え、それでも晴子・委員長と同じく服の上から自己主張可能に分類される麻倉。
因みに彼女の後ろは茜>高原>美琴>タマとなっている。
「ふもっ」
終にクリスカの腕からイーニァが離れ、麻倉の母性に顔をもふっと埋めるイーニァ。
そしてガシッとベアバックの如く麻倉の胴体を抱き締め、もふもふスタート。
もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふ………
もふもふもふもふもふもふふもっふもふもふ………
もふもふもふもふもふもふもふもふふもっふ………
全員が固唾を呑んで見守る中、ピタリとイーニァの動きが止まる。
歯を食い縛り、無表情に、しかし頬を赤らめながら耐えた麻倉。
そんな彼女の母性から顔を上げたイーニァ、麻倉を見上げて一言「うん、A+」。
何の事かと思う面子だが、まさかイーニァ主観のもふもふ満足度とは思うまい。
因みに現在トップはS-ランクの唯依とAAAのクリスカだ。
ステラがAA-。
何故唯依がS-かと言うと、微妙に抵抗されるのが刺激になって良いとか何とか。
これを聞いたクリスカは、本気で上沼の存在を抹消したくなった、無論出会う前の上沼を。
因みに大きさだけならワルキューレ隊トップのステラがAA-なのは、最初はあらあらと困った微笑でもふらせてくれるのだが、調子に乗るとあの母性で「調子に乗らない♪」と締め落としてくるから。
既に三度、母性締めで落とされているので、それを加味してのランク。
「イーニァ・シェスチナしょうい、ヤマトのワルキューレたいしょぞく」
麻倉から離れて最初の場所に戻り、平然と自己紹介を始めるイーニァに、あぁ、こういう子なんだと理解する新任達。
出向中ではなく、所属と言い切っている辺り、自己主張が激しい。
「あ、麻倉、アンタ大丈夫なの…?」
直立不動の麻倉に、水月が恐る恐る声を掛ける。
すると、プルプルと痙攣を始めたかと思えば崩れ落ちた。
「あ、麻倉っ!?」
「……………(ぱくぱく」
「なに、何が言いたいのっ!?」
咄嗟に水月が抱き止め、遙が駆け寄ると何か小声で言っている。
遙が耳を近づけてその言葉を聞くと、きょとんとした顔で顔を上げる。
「マーベラス…だそうです」
「なによそれ…」
水月の呟き通り、意味不明だった。
「しかしシェスチナ少尉のもふもふに耐えるとは、呆れた根性だな…」
「美冴さん、美冴さん、あれ…」
何やら感心している宗像だが、苦笑した風間がちょいちょいと突付いてある部分を指差す。
その先は、麻倉の足。
ピクンピクンと断続的に痙攣している。
しかも内股でモジモジと足を摺り寄せて。
「………祷子、椅子を用意して上げようか…」
「そうですね…」
二人は敢闘した麻倉を称えて、特別に椅子に座らせて話を進ませる事にした。
無論、伊隅も異論は無かった。
何がどうなったのかと混乱する新任達に、東堂は一言「健闘虚しく敗北よ…」と涙を拭った。
つまり麻倉は負けたらしい。
「待たせたな、顔見せが終わっているなら早速訓練……何事だ?」
そこへ現れたまりもちゃん、既に顔見せが終わっていると思ってファイル片手に入ってきたが、室内のカオスっぷりに呆れ顔。
その後、新任達の自己紹介を、麻倉の回復を待ってからシミュレーターデッキへと向う面々だった。
「所で、何故高原少尉は黒いオーラを纏っているんだ?」
「それが、台詞が無いとか何とか、意味不明な事を…」
シミュレーターデッキにて、まりもと遙。
二人の視線の先には、鬼気迫る表情でフォースの暗黒面に落ちたかの如く猛威を振るう高原の姿が。
「まぁ、結果が出るなら良いけれど…」
「ちょっと怖いですねぇ…」
苦笑する二人。
高原は今日も影が薄かった。
『はわーーっ、なんかシェスチナ少尉の機体、私ばっか狙ってねぇべか!?』
『多恵逃げてーーっ!!』
『もふもふにがさない』
その一方で、イーニァの雪風壱号機に追い回される築地が居た。
彼女を守ろうとする新任を蹴散らして必要に追跡するイーニァ。
恐らく、捕まって撃破されたらもふもふを要求される事だろう。
高原と築地に合掌。