2001年10月15日――――
横浜基地正門前――――
「フフフフ…横浜よ、私は帰ってきたーーーッ!!………あれ?」
昼前の横浜基地、その正門前にVIP車両から降り立つ大和。
意気揚々と宣言したが、心待ちにしていた唯依のツッコミも、武の呆れもない。
と言うか、誰も居なかった。
「………あれ、俺要らない子?」
帰る連絡入れてあるのに、誰も出迎えてくれなくて寂しい大和。
「あ、少佐、お疲れ様です!」
「うん、ただいま…」
ゲートを通る時に出迎えてくれた伍長達に、少し喜びつつテスタメントと一緒に基地の中へ。
何か在ったのかな、仕事中でも誰かしら手が空いてるだろう、折角の御土産が…と、ブツブツと呟きながら通路を歩いていると、前から誰かが歩いてくる。
「少佐、戻ったのですね!」
「おぉ、クリスカ、今帰ったぞ」
やって来たのはクリスカ、彼女の姿に大和が御土産もあるぞーと持って来た袋を掲げる。
「中尉達は仕事か?」
「えぇ、今開発区画で模擬戦闘が行われていまして、その監督官として同席しています」
同じ部隊同士の模擬戦闘なら必要ないが、流石に他国同士の模擬戦闘だと中立の監督官が必要になる。
他国同士の衝突などを防ぐ意味もあるので、現在唯依がその役目を持っている。
「そうか、何処と何処かな?」
「統一中華の暴風試験小隊と、米国のトマホーク試験小隊です」
着ていたコートをクリスカに手渡しつつ聞けば、あの暴風試験小隊と最近参加した米国の試験小隊が戦っていると言うではないか。
「ほう、米国か。確かF-22Aだったな、どれほどの練度か気になるな、これ執務室に頼む!」
米国の試験小隊が気になった大和、クリスカに荷物を預けるとさっさと走り出してしまう。
「あっ、少佐!?」
「御土産イーニァと先に食べて良いぞー」
HAHAHAと笑いながら開発区画へ走る大和、とっても楽しそうだ。
出張と厄介な仕事(懇親会とか)を終えて、開放感から弾けているらしい。
『高級・合成最中デス』
「………そうか」
テスタメントが背負った荷物を掲げながら伝える言葉に、合成で高級も何も無いだろうと思いつつ、そもそもモナカって何だろうと思うクリスカ。
とりあえず、大和のコートの温もりにドキドキしながら執務室へと移動するのだった。
「おっ、少佐やっとお帰りですかい」
「ただいまシゲさん、留守中変りは?」
「特には。アフリカが相変わらず勘違い中って位ですかねぇ」
模擬戦闘中の演習場管理タワーへの道中、シゲさんに出会って軽く報告を聞く大和。
アフリカ連合の主席開発衛士なのだが、どうもこの開発計画に参加すれば、横浜基地が全部やってくれると勘違いしている。
確り事前情報で、技術提供・協力の規定やら決まりやら伝えたのに、どうも情報が上手く伝わっていなかったらしい。
参加部隊は、自国で考えたプランを元に開発計画を行い、その際の問題点や解決できない部分を横浜基地の協力で解決し、その代価として技術や資金、人員を差し出す事になっているのだ。
その辺りを分かって居ないようで、シゲさん達も困り顔。
しかも、対BETA戦闘が在る事を確り理解していない。
この辺り、もしかしたらアフリカ連合首脳部自体が勘違いしている可能性も否定できない。
温室育ちの衛士を参加させているのがその証拠だ。
まぁ、嫌でもBETAとの戦闘になるので、その時に嫌でも理解するだろうとシゲさん達は思っているが。
「そうそう、この前来たアメリカの部隊、中々やりますぜ」
「みたいですね、報告だとアフリカと東欧州の部隊を5分以内で撃破とか…」
アフリカは兎も角、あの東欧州の部隊を5分以内に撃破。
これは驚くべき戦果だ。
しかも、まだXM3を搭載してから10日と経っていない。
「今暴風試験小隊とやり合ってますよ」
急げば間に合うでしょうと笑うシゲさんに、なら急がないとと笑って返しながら管制塔へと駆け足で急ぐ大和。
途中、顔見知りの整備班などに軽く挨拶しながら管制塔へ入る大和。
その姿をラトロワが見ていたが、大和が急いでいる様子から声を掛けるのを止めた様子だった。
「っ、少佐!? お、お帰りなさいませ」
「今戻った。で、状況は?」
管制塔内のメイン管制室へ入ると、唯依が少し驚いた顔で出迎えた。
そろそろ帰ってくる時間なのでソワソワしていたのだが、遅かったようだ。
「あ、はい。現在統一中華の暴風試験小隊と、米国のトマホーク試験小隊が模擬戦闘中です、状況は…」
と、言葉を濁す唯依。
その様子を横目に、状況が数字で表示されているモニターを見れば、驚くべき結果がそこに在った。
「開始から9分で2機撃墜だと…あの暴風試験小隊がか…」
模擬戦闘中の部隊の機体状況を表示しているモニターには、撃破判定された機体が2機。
どちらも、暴風試験小隊の殲撃10型だ。
対して、トマホーク試験小隊の被害は無し。
「現在、暴風01と03がトマホーク試験小隊から逃げ回っている状況です…」
暴風試験小隊の強さを知っているだけに、彼女達が防戦一方の現状に少し呆然としている唯依。
確かにF-22Aという最高スペック機に、XM3というハイパフォーマンスOSが組み合わさった、それは脅威だ。
だがそれは暴風試験小隊だって同じであり、近接戦強化試験型として高機動と格闘能力を特化させた殲撃10型。
それにXM3を搭載し、その練度だって非常に高いレベル。
だが、現実として暴風試験小隊は獲物に、トマホーク試験小隊は狩人と化していた。
「これはまた…予想外に一方的だな…」
演習場の映像を映すモニターには、廃墟を壁にしつつ息を潜める殲撃10型。
彼女達は、高いステルス性能を有するF-22Aを捉えられず、苦戦を強いられていた。
「全く、冗談じゃないわね、この状況…!」
『隊長、このままじゃ一方的にやられます!』
残った部下に分かってるわよと返し、思考をフル回転させる崔。
しかし、今の崔と部下に、あのF-22A部隊を撃破する方法は無い。
「こうなったら、一矢報いてやるわよ!」
『…そうですね、お供します!』
このままボロ負けする位なら、相手の喉下喰い千切ってやると気合を入れる崔に、部下も同意して行動を開始する。
「狙うは隊長機、あのマークの奴よ!」
『了解っ!』
物陰から飛び出し、追撃してくるF-22Aを持ち前の機体の軽さと強化されたロケットモーターの出力で引き剥がしにかかる。
そして狙うのは、未だ後方に控えている指揮官機のF-22A。
その肩には、他の機体には無いマーキングが在った。
それは、両手に斧を持ち、それを胸の前で交差させている女性の姿を象ったマーク。
「吶喊っ!!」
噴射跳躍全開で突撃をかける2機に、相手は距離を取りながら突撃砲で迎撃に入る。
その攻撃を肉を削って骨を断つ気合で突き進む2機。
『ぐっ、隊長行って下さい!』
「任されたっ!」
後方から追撃してきたF-22Aに追いつかれて撃破される部下の機体、だが機体が撃破判定で停止する前にその手に持っていた77式近接戦用長刀を投擲する事で、指揮官機を守るように居た機体を強引に退かせた。
「貰ったぁぁぁぁっ!!」
残弾の尽きた突撃砲を投げ捨て、77式近接戦用長刀をその手に持って肉薄する崔の殲撃10型。
「懐に入れば…!」
如何に砲撃能力が高いとはいえ、肉薄すればこちらの物。
そう思って挑んだ崔の目の前で、相手のF-22Aは予想外の行動に出た。
長刀を振り抜こうとする殲撃10型に対して、その手に持っていた突撃砲を投げつけてきたのだ。
「そんな小手先の術で!」
投げつけられた突撃砲を斬り飛ばして、返す刃で胴体を狙う崔。
背後の他のF-22Aが自分を狙うのを肌で感じながらも、目の前の相手を撃墜する事だけを考えて神経を集中させる。
追い詰めた、そう思った瞬間、相手のF-22Aの担架が跳ね上がった。
そして、他のF-22Aは持っていない、見た事がない武器をその手に取った。
「―――っ、嘘でしょっ!?」
「―――ッ、馬鹿なッ!?」
演習場と管制塔、その二つで同時に声が上がった。
片方は、F-22Aが近接武装を装備していた事に対して。
もう一つは、そのF-22Aが持つ近接武装の形に。
「近接武装が無いと思うことが間違いよ…!」
F-22Aのコックピットの中、相手の驚く顔を思いながら薄く微笑むのはエリス。
彼女の乗る機体が持つのは、長刀の半分以下ながら分厚い刃を持つ、無骨な斧。
それが、F-22Aの担架に装備されていたのだ。
それを手にして、長刀の一撃を防ぎ、そしてもう片方の手にも同じ斧を持つ。
「こいつっ!?」
予想外の事態に驚きつつも、瞬時に次の攻撃に入る崔。
大振りの一撃を、両手に持つ斧二本で見事に防ぎ、反撃の一撃が殲撃10型の肩部装甲を抉る。
「くっ、こんのぉっ!!」
振る一撃が防がれるならばと、斧では出来ない突きを放つ崔。
だがその一撃を、F-22Aは左手の斧で逸らし、懐へと深く入り込む。
「これで終わりですね…」
微笑を浮かべたまま、機体を滑らせ、殲撃10型の胸部へと右手の斧を叩き付ける。
この瞬間、崔の機体は衝撃判定で胸部大破となった。
『暴風01、胸部大破により戦闘不能。状況終了、繰り返します、状況終了』
情報官からの通信を、呆然と聞くのは崔。
相手のF-22Aが近接武装を持っていた事もそうだが、それ以上に自信があった近接戦闘で負けた。
その事実に、崔は暫く呆然と報告される情報を聞いていた。
それに対して、エリスのF-22Aは両手にそれぞれ斧を持って、悠々と野外ガントリーまで凱旋していた。
見守っていた関係者達は、彼女の機体がギリギリまでシートに隠されていた理由を察していた。
「良いお披露目になりました、感謝しますよ崔中尉」
そう呟いて機体をガントリーに固定させる。
すると自国の整備兵がやってきて、エリスにある情報を伝えてきた。
「そうですか、開発責任者のクロガネ少佐が…」
伝えられた情報に、彼女は柔らかな微笑を浮かべて大和が居る管制塔を見上げる。
その視線に含まれる感情は、彼女の微笑みに見惚れる整備兵には分からない。
その頃、大和は管制塔のメイン管制室でその身体を震わせていた。
「馬鹿な…あれはエリミネーター…!」
「しょ、少佐? ご存知なのですか…?」
大和の徒ならぬ様子に、恐る恐る声を掛ける唯依。
「あ…いや、その…何でもない」
「そうは思えませんが…」
大和の珍し過ぎる、焦ったような予想外の事態に驚いているような、そんな姿に心配顔の唯依。
「それより、トマホーク試験小隊の詳細な情報を! 整備兵から全てだ!」
「は、はい!」
大和の焦ったような声と姿に、情報官が慌てて指示された情報を提示する。
すると、モニターに映る一人の衛士を見て大和の表情に驚愕が浮かび上がる。
そこに表示されていたのは、トマホーク試験小隊指揮官、エリス・クロフォードの顔写真。
「(馬鹿な…何故、何故エリスが此処に…!? 彼女は米国版唯依姫と言っていい程の自国愛に溢れた性格だった…その彼女が何故日本に居る…ッ!!)」
かつての世界で出会ったエリスは、初対面の時は頭が固い愛国バカで、軍の命令は絶対というガチガチ軍人だった。
その為に、上官の無茶な命令で部隊を失い、彼女自身も捨駒同然で見捨てられた事がある。
その時大和達が助けたのだが、大和が怒声を浴びせて強引に撤退させるまで、意味の無くなった任務を続行しようとする程の頑固者でもあった。
そんな彼女が、母国を離れて極東まで来るなんて、昔の彼女を知る人間なら在りえない。
だが現実に彼女は今ここに居る、エリミネーターという、今はまだ考案すらされていない武器を持って。
あの、YF-23との出会いがあった世界において、アラスカまで攻め込まれた在米国連軍が急遽、長刀での戦闘に不慣れな元米軍衛士達の為に用意したのがエリミネーターと呼ばれる手斧。
長さは長刀の半分程度、分厚い刃と太く丈夫な柄を持ち、先端には打突用の刃も付いている。
長刀などのように癖が無く、少しの訓練で扱える上に乱戦でも有効な武装として、在米国連軍を中心に広く配備された武器。
リーチこそ短いが、一点の破壊力は長刀よりも上である。
バリエーションも豊富であり、大和自身も、長さを変更したエリミネーターを使用していた。
その現物が既に存在している事に、驚きを隠せない大和。
当然だろう、エリミネーターは、大和が在米国連軍技術部に掛け合って製作された武器なのだから。
「少佐…? どうしたのです少佐!?」
「……ッ、い、いや何でもない…」
肩を揺らされ、思考の海から戻される大和。
目の前には、不安と心配で表情を曇らせる唯依。
周りの職員達も何事かと様子を窺っている。
「本当にどうされたのです少佐、先程からおかしいですよ…?」
「いや、なんだ、少し疲れているらしい…済まないが一度執務室に戻る…」
「あ、少佐!?」
唯依の問い掛けに満足に答える事も出来ずに、その場を後にする大和。
後を追いたい唯依だったが、この場を任されている以上追いかける事が出来ない。
「少佐…何が…」
唯依はただ、大和が出て行った扉を見送るしな出来なかった。
不安げな唯依に見送られて、足早に管制塔を後にする彼に、擦れ違う整備兵や職員が面食らう。
「(何故だ…何故エリスとエリミネーターが……まさか、彼女も殿下と同じように…? いや、しかしそんな事が…だが、無いと言えないのがこの世界だ…くそッ、厄介な仕事から帰ったらこれか…!)」
頭の中で先程の事を思いながら、足早に開発区画から出て行く大和。
「あ、少佐! ……って、あれ、聞こえなかったのかな…?」
「なんだか、考え事していたみたいね…」
偶々通り掛かったタリサが声を掛けるが、大和は気付かずに行ってしまう。
その姿に、ステラは首を傾げながら、表情を曇らせる。
嫌な予感を感じ、何事も無ければと思うステラだった。
16:35――――大和執務室――――
「ただいま戻りました…っと、少佐は居ないのか?」
模擬戦闘後の仕事を終えて執務室へと戻った唯依。
管制塔での様子が気になって急いで戻ってきたのだが、執務室にはイーニァとクリスカしか居なかった。
あと充電中のテスタメント。
「ヤマト? もどってないよ」
「副司令か白銀大尉の所ではないか?」
唯依の疑問に、最中をはむはむしながら答えるイーニァと、その反対で書類整理を進めるクリスカ。
「そうか…って、シェスチナ少尉! 食べ過ぎだろうそれは!」
ギョっとして見た先には、イーニァが食べた最中の包み、パッと見ただけで10個は食べている。
「と言うかこれ、私の好物の最中ではないか!」
慌てて箱を奪うと、もう3個しか残っていない。
一箱15個入りだとしたら、イーニァとクリスカで12個は食べた計算になる。
「だってヤマト、もどってこないんだもの」
と言って、また一個ぱくり。
イーニァ、どうやらやっと大和が帰って来たのに逢いに来てくれなくて拗ねているらしい。
「だからと言ってなぁ…あぁ、マナンダル少尉達の分も考えたら一個しか…うぅ、一個しか…」
ず~んと落ち込む唯依に、そんなに好きだったのかと4個喰ったクリスカ、かなり罪悪感。
「はぁ…まぁいい。二人とも、少佐が戻ったら少し注意して様子を見て貰えないか?」
「……? 少佐のか?」
「?」
気を取り直した唯依の言葉に、首を傾げる二人。
そんな二人に、管制室での出来事を話し、大和の様子が少しおかしかった事を説明した。
「今回の出張で何か在ったのかもしれない、そんな訳で二人も少し注意して欲しい」
「わかった」
「そう言う事なら協力しよう」
唯依の頼みに、素直に頷くイーニァと快く受け入れるクリスカ。
「では、私は少佐を探してくる。どうも胸騒ぎがするんだ…」
モヤモヤとした、BETAとの戦いや戦術機での戦いでも感じた事の無い不安。
それが、唯依の胸の中生まれ始めていた。
二人に見送られて執務室を後にする唯依。
70番格納庫などに連絡を取ってみたが、大和は現れていない。
夕呼の所には帰還の挨拶と報告を済ませて既に居ないとの事。
「大和のあの様子…酷く驚いて、そして悩んでいたな…悩んで…」
呟いてから気付いた、大和の癖を。
長い付き合いの人間しか知らない、大和の悩んだ時の癖。
開発やら何やらで、深く考え事をしたい時、大和は人気の無い、そして風通しの良い場所で一人思考の海で泳ぐのだ。
「屋上か…!」
横浜基地で人気が無くて風通しが良い場所なんて限られている。
そしてあの大和が居そうな場所は、屋上しか思い浮かばなかった。
エレベーターで地上へと移動し、その足で屋上へと向う。
斯衛軍時代の時も、開発で一人悩んでいた時、開発局の建物の屋上で一人考え事をしていた大和を思い出しながら、屋上への出入り口へと手を掛けた。
その時、屋上に複数の人の気配を感じ、同時に嫌な予感を強く感じる唯依。
その不安から左手で胸を押さえながら扉を静かに開く。
「――――っ!?」
微かに空いた隙間から差し込んでくる夕日と、その中で抱き合う二人の人影。
片方は唯依が想いを寄せる相手、大和。
そしてもう一人は――――金色の髪を風に靡かせる、エリスだった……。
時刻は少し遡り、横浜基地屋上。
巨大なパラボラアンテナがある建物の屋上にて、夕暮れに染まり始めた空を眺める大和。
傍から見れば夕日を眺めているだけに思えるが、彼の瞳は何も見ていない。
今彼が見ているのは、記憶の中の景色だ。
「エリスが試験部隊に…それは在り得ない話ではない。元々彼女はエリート部隊の一員だったのだし…」
過去のループでの記憶。
YF-23のエピソードがあったあの世界で、エリスは元々は米軍部隊の中隊長だった。
士官学校をトップの成績で卒業し、優秀な成績を残したトップガン。
その実力と軍人としての模範的行動などから、F-22Aを与えられ、とある米軍基地での虎の子部隊の中隊長。
将来を約束された、エリート街道まっしぐらの女性衛士だったのがエリスだ。
その当時、大和は極東防衛線から撤退してきた敗残兵として、カムチャッカ戦線、アラスカ戦線などの同じく敗退した国連軍衛士を寄せ集めた部隊に居た。
初めてエリスと出会ったのは、アラスカ最終防衛線を突破しようとするBETAを迎え撃つ為に、その手前に設置された合同キャンプだ。
米国陸軍の威信を背負って堂々と部隊を率いるエリスと、そんな彼らから負け犬とバカにされる撤退国連軍部隊を率いる大和。
出会いが最悪であった事は言うまでもない。
その後、侵攻してきたBETA相手に出撃するも、作戦主導の米軍の読みの甘さから戦線が崩壊。
エリスの部隊はBETAの群の中に取り残され、脱出も出来ない。
救援を請うエリスの耳に届いたのは、その場に止まりBETAの足止めをしろという無慈悲な命令。
既に部隊は半壊し、役に立たないと判断されたエリスの部隊は囮にされてしまったのだ。
そんな彼女達を救い出したのが、孤軍奮闘していた撤退国連軍部隊、大和の部隊であった。
恐怖と絶望で満足に動けない上に、既に意味の無い任務に固執するエリスに対して、通信で怒声を浴びせて強引に脱出させる大和。
そのお陰でエリスと部下3名は生き残り、無事に基地に辿り着いた。
そんな彼女達を待っていたのは、命令違反による処罰。
未だに現場を理解していない司令や高官の考えや行動に絶望したエリス。
そんな彼女達が部隊再編を呆然と待っていると、帰還したばかりの大和達が出撃準備を整えていた。
拠点の一つであるこの米軍基地には、米軍だけでなく国連軍も集結している。
その中から部隊が半壊したり、機能しなくなった部隊から志願した衛士を掻き集めた大和が、出撃しようとしていた。
この基地へと向っているBETAに対して、迎撃に出るという大和達。
ほんの数十時間前まで地獄のような戦場に居たと言うのに、戦意の消えない彼らが、エリスには眩しかった。
そして気付けば立ち上がり、応急処置を終えた機体へと向う大和達を追いかけていた。
自分も一緒に連れて行って欲しいと、願うエリス。
普通なら無理な話だ、所属も違うし国連軍の大和にそこまでの権限はない、当時中尉だった大和には。
だが、大和はその口元を釣り上げると背中を向け、ただ一言「戻れないぞ」と告げた。
その返事として、エリスは任官してから伸ばしていた長い金髪を、強化装備に付属するナイフで断髪して示した。
他国の敗残国連軍衛士達が口笛や拍手で賞賛する中、エリスは切り落とした髪を投げ捨てた。
それは、今までの自分、エリートの道を投げ捨てるという意味だった。
何故彼女がそこまでしたのか大和には分からない、きっと誰にも分からないだろう。
彼女が大和達の生き様に何を感じ、何を思ったのかは、彼女だけのモノだ。
そんな彼女の姿に、生き残った部下達も続き、機体が動く者はそれに、無い者は別の機体を駆って出撃した。
当然無断行動であり、重大な違反だ。
それを大和もエリス達も承知で、出撃する混成部隊。
機体もF-15EからF-22A、F-16にF-4やF-5とバラバラ。
衛士達も、日本人から中国、インド、ロシア、エジプトまでと多国籍。
彼らが無断で出撃してから数時間後、侵攻してくるBETAの一団と戦闘になるが撃破。
しかし、彼らが出撃した基地と連絡が途絶えてしまう。
その理由は、アラスカに新しく建造されてしまったハイヴから侵攻してきた母艦級。
オルタネイティヴ5発動後、横浜基地を襲撃してから以降、母艦級はハイヴから程近い基地などに襲撃を仕掛けるようになった。
上位存在が母艦級を動かすのと人類を排除するのをどう計算したのか不明だが、積極的に動かしている事からその方が効率が良いと判断したのだろう。
事実、横浜基地以後、日本・カムチャッカ半島・エジプト・アイスランドなどに母艦級が出現し、重要拠点や主要基地を瞬く間に壊滅させている。
エネルギーの関係でハイヴから遠くには行けないと思われる母艦級、それ故にハイヴ周辺の基地は常に襲撃の危険性に晒されていた。
それが出現し、基地は壊滅。
帰還する場所を失った大和達は、脱出した部隊や人員を守りながら別の基地へと移動する事になった。
その後、エリス達は在米国連軍に降り、一応無断出撃やらの処罰として降格。
基地が壊滅してしまった為に、それ以上のお咎めも無かった。
在るとすれば、今後ずっと大和の部隊で、常に激戦区に投入される事か。
大和達の部隊は上層部から疎まれているので、当然出世も諦めるしかない。
しかしエリスは、大和について行って良かったと笑顔を見せていた。
吹っ切れた彼女はその後、大きく実力を伸ばして大和の副官として常に連れ添った。
部隊損耗率が尋常ではない大和の部隊であっても、最後の最後まで残った事からその実力の高さが窺える。
「そんな彼女と、エリミネーター……くそッ、どうなってるんだ…」
フェンスを殴りつつも悩む大和、エリスがここに来る事、それ事態は在り得ないとは言い切れない。
元々エリートだし、実力だって高い。
今だと恐らくBETAとの戦闘経験こそ無いだろうが、それでもF-22Aを与えられる程度の実力は持っている筈だ。
そんな彼女を米軍上層部が送り込んだとしたなら、命令に忠実なエリスの事を考えると可能性はある。
だが問題なのは、彼女が使った戦術機用の手斧、エリミネーターだ。
「あれは俺が設計して技術部に依頼した武器だぞ…!」
極東国連軍での経験や、集め始めた設計データなど。
それらを元に図面を引いて、具体的な例と共に技術部に無理を言って少数生産して貰ったのだ。
そして部隊の、元米軍衛士達と一緒に実戦で使い、実証データと実績を持って少数量産に漕ぎ着けた。
米軍や在米国連軍の衛士の多くは、近年まで砲撃主体の訓練や教育の影響で近接戦闘の技術も知識も無かった。
訓練校でも部隊でも、短刀で群がった小型種の排除程度しか学んでいない。
それ故、アメリカ本土まで攻め込まれた際に、砲撃だけでは対応出来なくなり、嫌でも近接戦闘を強いられる事になった。
だが、長刀やそれを扱う為の機体(F-15Jなどの手腕などに破損防止装置を組み込んだ機体)が在っても、扱う衛士が武器の間隔が分からずにいたのだ。
ある程度は機体のシステムが補佐してくれるが、だからと言ってそれで扱える物でもなく。
碌な訓練もせずに長刀を装備して出撃した部隊が、自滅した事も在った。
その事を危惧した大和が、多少無理してでも造って貰い、自ら使用して見せた近接武装。
トマホークをモデルに、柄の先端に打突用のナイフ、耐久性と破壊力を優先した分厚く幅広い刃。
刃は下のほうが長めになっていて、柄の持つ部分をガード出来るように造られている。
長さは長刀などの半分程度で、基本片手持ちだが両手持ちも可能。
リーチこそ短いが破壊力と取り回しに関しては長刀よりも上で、扱いも長刀やナイフより簡単だ。
今の時代より破損防止装置も進化しており、この大きさの近接武装の中では破壊力はトップクラスを誇っていた。
元米軍衛士達の受けも良く、またコストも長刀1本分で、約2本は造れる事から上からも許可が出た。
その後、配備した大和の部隊が好成績を残した為に、在米国連軍で少数配備が開始され、広がり続けた。
大々的な試験も評価もされずに前線で採用・配備された武器として、豪州などでも話題となったのがエリミネーターという渾名が付けられた武装。
当時大和は、柄の長さと刃の大きさを変更したタイプ:バルディッシュを愛用していた事から記憶に残っている。
「何故エリミネーターが…やはり、エリスも殿下と同じなのか…?」
考えれば考えるほど分からなくなる、思考の渦。
その中に嵌り、頭を抱える大和。
長いループの記憶の中、堀沢隊長や“あの子”と共に色褪せない存在、エリス。
その彼女と邂逅があるだけでも大和の精神的ダメージは計り知れない。
それなのに、生まれる筈の無いエリミネーター、似たような武器は造られるだろうが、あの世界の記憶の形そのままなのは在り得ない。
何より、彼女のF-22Aに画かれた斧を持つ戦乙女のマーク、あれは自分が洒落でデザインして彼女に勧めたマークだった物。
「兎に角、一度頭を冷やそう…でなければ彼女と対面できない…」
一度思考を止めて、気分を落ち着かせようとする大和。
知らず知らず掌には汗が浮び、頭痛にも似た鈍痛が頭を襲っている。
「悩み事ですか?」
「――――ッ!!」
その時、突然背後から声を掛けられて硬直する大和。
気配に気付かなかった? 違う。
悩んでいる事を覚られた? 違う。
では何が大和を硬直させ、その手を小さく震わせているのか。
「夕日が綺麗ですね、クロガネ少佐」
「……君…は…」
それは、その声が、色褪せぬ記憶にある声と同じであり。
ゆっくりと振り向いた先には、秋風に靡く髪を右手で押さえながら微笑む、エリスの姿が在ったから。