2001年10月9日――――
開発区画・演習場管制タワー
「これが……F-22Aの本当の力か…」
管制室で行われた模擬戦闘の結果に、知らず喉を鳴らしてしまうのは唯依。
彼女の視線の先、模擬戦闘の結果を表示しているモニターには、信じられない結果が映っていた。
「そんなに予想外でした、これ?」
「……正直に言えば、そうですね」
その場に居る職員達もどこか呆然としているのに、一人だけ平然としているのは、武だ。
彼も開発計画に所属している事になっている人間なので、居てもおかしくない。
彼らが見ているのは、本日行われたエントリー試合の方の戦闘の結果。
「しかし、あの東欧州社会主義同盟の部隊を、たった4分で…」
「その前のアフリカ連合も5分。戦域支配戦術機の名前は伊達じゃなかったって事ですね」
昨日、そして今日と連続で行われたエントリー試合、どちらも勝者はつい数日前に到着したばかりの米軍部隊。
昨日のアフリカ連合相手なら、ワルキューレ隊やA-01、それにソ連辺りも同じ事が出来る実力を持っている。
だが本日対戦した東欧州は、MiG-29OVT、通称ラーストチカと呼ばれる完成度の高い機体を有している。
その実力も、ソ連・統一中華に続いて高く、恐らく3・4番手に居るのは間違いなくこの部隊だ。
それが僅か4分で撃破されたという事実が、唯依には衝撃だった。
「昨日のアフリカ連合の方が時間掛かってたのは、たぶんXM3にまだ慣れてなかったからでしょうね。昨日と比べるとさらに動きが良くなってるし…」
CP将校の横からにゅっと手を伸ばして昨日の模擬戦闘のデータを画面の一部に映す武。
言われて見れば、挙動のタイムラグや機体移動の反応速度が確かに変っている。
「大和が言ってたけど、F-22Aは単体でも十分脅威的な性能を持ってる機体なんですよ。それに柔軟な操作性を持つXM3が搭載された結果が…」
「この成績、ですか…」
アメリカが胸を張って最強やら戦域支配と言い張るのも納得の性能を持つのが、F-22Aという機体。
ではクーデター時の海外派遣部隊はなんだったのかという疑問。
それは、機体配備から実戦までの間の慣熟訓練の短さ、衛士の実力、それに士気が原因だろう。
あの海外派遣部隊の機体は、連中が作戦を考えた時にゴリ押しでF-22Aを回してもらい、配備した物。
故に機体性能に慣熟する暇もなく日本へ送られ、しかも開戦前に大和がオープンチャンネルで米軍介入の不当性やその罪をつらつらと告げている。
これによって海外派遣部隊はモチベーションを一気に下げ、ウォーケン少佐ですらその実力を発揮出来ずに終わった。
心理戦で既に負けていたと言っていい海外派遣部隊では、F-22Aの実力を満足に引き出す事が出来ずに敗北したのだ。
「F-22Aの性能をフルに発揮できる衛士、そしてXM3。これが揃ったら、高速砲撃戦じゃ負けなしでしょうね」
くぅ~、俺も戦いたいなぁ~と楽しそうな武ちゃんだが、唯依はそこまでお気楽には居られない。
何せ場合によってはこの連中を相手にしなければならないのだ。
機体性能なら雪風、そして武御雷でなら負けてはいない。
特に近接でなら武御雷の方が上だとされている。
何より、大和指揮下の部隊としては、負ける訳にはいかないのだ。
「それじゃ、俺はこれで」
「あ、はい、お疲れ様です」
見るもの見た武は、軽い足取りで管制室を後にした。
この後はA-01での訓練が待っているのだろう。
「………最強の戦域支配戦術機…か」
ポツリと、画面に映る機体を見て呟く唯依。
その視線は、MiG-29OVTをたった一機で三機連続撃破した、一機のF-22Aに向けられていた。
『お見事です隊長、流石ですね!』
『いやはや全くだ、俺たち出番ねーしなぁ…』
『彼我撃墜比4対0、昨日に続いて完璧な結果ですね』
F-22Aの中、網膜投影で映る隊員達の顔に、微笑を浮かべるのはエリス。
たった今、東欧州との模擬戦闘を終えた彼女達トマホーク試験小隊は、悠々と整備の為の野外ハンガーへと移動していた。
「あまり煽てないで少尉。貴方達の援護が在ったからの結果よ」
驕りも何もなく、平然と告げるエリスに、アネットは益々憧れの視線を強める。
『しっかし、このXM3ってのは恐ろしい代物だぜ』
『柔軟な入力の受け入れに、コンボやキャンセルという新しい概念…面白いですね』
楽しそうなレノックと、眼鏡をキラリと光らせてブツブツと呟く少尉。
「そうね、F-22Aが自分の手足みたいに感じるわ…」
自分が思い描いた動きを忠実に再現してくれるXM3の能力に大満足な様子のエリス。
「でも、折角持って来たアレを使う相手じゃなかったわね…」
他のメンバーに聞こえないように小さく呟いた言葉には、少しの落胆が混ざっていた。
同時刻・開発区画総合格納庫――――
「隊長っ、やっぱり米軍部隊の完勝だそうです!」
「アレ見れば誰だって分かるわよ」
開発区画で1番大きな格納庫である総合格納庫、その屋上というか屋根の上に陣取っていたのは崔中尉。
ヨジヨジと昇ってきた部下に、双眼鏡を下ろしながら答える。
彼女が先程まで見ていた先には、演習場からこちらへ戻ってくるF-22Aの姿。
その機体には、殆どペイント液の付着が無い。
機体の末端などに、跳ねた飛沫が付いている程度だ。
対する東欧州の機体は、昨日のアフリカ連合と同じで綺麗に染められている。
「開戦から4分だそうですよ、今日は」
「ふぅん…やってくれるじゃないの、アメリカさん。相手にとって不足無しね…っ」
唇を釣り上げて楽しそうに笑う崔中尉の姿に、部下の少尉はまた始まったよと肩を落とす。
「何気落ちしてんのよ、相手が高速砲撃で攻めてくるならこっちは高速近接で勝負よ勝負! 懐にさえ入れば短刀しか装備してない相手なんて―――」
「―――果たしてそうかな」
「にゃっ!?」
突然真後ろから聞こえた声に、ツインテールをビクリと跳ね上げて驚く崔中尉。
彼女の背後には、いつ現れたのか、肩に軍服を掛けた姿のラトロワ少佐。
「い、いつの間に…!?」
「確かにF-22Aは貴国の機体や日本の機体などと違って近接装備に乏しい。だがそれイコール近接に弱い訳ではないぞ?」
従来機を上回る性能を目指して開発された以上、当然近接能力だって高い。
とは言え、それはF-15などより上と言う意味でだが。
「わ、分かってますよその位。それで、少佐はそれを言いに態々ですか?」
「何、数日後に対戦する貴官らの様子が気になってな。いずれ、私の部隊も戦うのだ、対策は練って当然だろう」
ニヒルな笑みを浮かべるラトロワに、彼女が何を言いたいのか理解した崔中尉は不敵に笑って見せる。
「なるほど…なら、精々連中の実力を曝け出してみせましょうか」
「ふん、期待して置こう」
踵を返してその場を去るラトロワ。
「た、隊長?」
「簡単な話よ、米国部隊の射撃、近接、それらの実力を知る為にアタシ達を使うってこと。それと同時に期待してるって事でしょう」
「我々が勝つ事にですか?」
「どっちもよ。アタシ達が勝とうが、相手が勝とうがどちらでも良いの。要は相手の実力、そして障害としての高さを知れればね」
ラトロワが求めているのは、自分達を満足させ、そして糧になる相手との戦い。
その相手が崔達になっても、エリス達になってもどちらでも良いのだ。
次に自分達が戦う相手が、強敵であるのなら。
「やってやろうじゃないの、こっちだって目標は別なんだからね!」
右手の拳を左手の掌に打ちつけて気合を入れる崔。
彼女の目標、それはタリサや唯依が時々口にする自分達以上の衛士を、表舞台へと引き摺り出す事だ。
その衛士が武や大和である事は言うまでも無い。
「あっ! しまった!?」
「ど、どうしたんですか!?」
気合を入れた崔が突然叫ぶので、何が起きたんだとうろたえる少尉。
「あの少佐が降りる所、見逃したっ!」
ちぃっと悔しげな崔、この場所は屋根の上なので出入りするには最上階のキャットウォークから外へ出る扉を通り、そこから壁をよじ登ってここへ辿り着くのだ。
本来なら取り外し式の梯子で登るのだが、無断侵入なので使えない。
別に登っちゃダメと言われた訳では無い為、時々こうして誰かが侵入していたりする。
管制塔以外で高い建物がここな上に、演習場に1番近いのがここなので。
「あの堅物的な少佐が壁をよじ降りる姿よ、見たくないの!?」
「あ、そ、そうですね…」
見逃したーと悔しそうな崔中尉と、なんと言えば良いのやらの少尉だった。
同日・帝都城――――
「良くぞ参りました、黒金少佐」
「殿下、この度は急な謁見を賜り、ありがたく存じます」
帝都城にある、武達が国連軍へ降る話をしていた部屋に通された大和は、そこで待っていた悠陽に正座して頭を下げていた。
「大和殿、堅苦しい挨拶は良いのですよ」
「いえ、一応形式という事で」
が、クスクスと笑う悠陽の言葉にあっさりと頭を上げた。
もしもこの場に真耶が居たら後でお仕置きだっただろう。
「しかし本当に、急な謁見の願いで申し訳ない」
「良いのですよ、大和殿の送ってくださったテスタメントのお陰で、仕事もはかどっています」
そう言って、隣で鎮座している紫のテスタメントを撫でる悠陽。
その本体の上には、紫のたけみかづちくん。
「気に入って頂けたようで」
「えぇ、とても♪」
そう言ってたけみかづちくんを膝の上へと抱き上げ、大和の方を向く悠陽。
「報告は聞いています、お二人の機体はそのまま残してあるそうなので、大和殿の視察が終わる日までに輸送車両を準備して置きましょう」
「ありがとうございます殿下。そろそろ必要になるかと思いまして」
「構いません、大和殿達の努力が実れば、それ即ちこの国の平和に繋がるでしょう」
膝の上のたけみかづちくんを撫でながら微笑む悠陽に、感謝の為に頭を下げる大和。
如何に横浜基地との交友があっても、悠陽には色々と無理をして貰っている。
故に、大和や武は彼女には感謝してもしきれない恩が在るのだ。
それを大和は開発やら技術協力やらで返している。
武ちゃんは、その内たっぷりの愛で返せば良いと大和は思って居る。
「月詠大尉に聞きましたが、何やら縁談の話で困っているとか…」
「お恥ずかしながら、少々苦労しております」
頬に手を当てて問い掛けてくる悠陽に、苦笑するしかない大和。
「早く大和殿も伴侶を決めれば良いではないですか。聞くところによると、銀髪の少女に非常に好かれているとか…」
「ど、どこからそれを…!?」
恐らく悠陽が言っているのはイーニァの事だろう、しかしその情報の出所が不明で驚く大和。
唯依はそう言った事は人に言わないし、武ちゃんはそこまで意識が向かない。
かと言って、武ちゃんや冥夜の日常の護衛に忙しい月詠中尉ではないだろう。
一体誰が殿下に告げ口を…? と考えていると、悠陽が口元を押さえて楽しげに笑う。
「香月副司令から少し」
――――あの人かーーーーーーッッ!!――――
脳裏にオーッホッホッホッと何故か高笑いの夕呼先生が浮ぶ大和。
「それに、鎧衣課長からも」
――――あの人もかーーーーーーッッ!?――――
またも脳裏にコート姿で怪しい笑いの課長の姿が浮んだ。
「あ、そう言えば…」
「今度は何ですか…」
ある種のマイペースな殿下には、大和フィールドが通用しないのでどうしても受けに回ってしまう大和。
今度はどんな爆弾発言だと身構えるが、悠陽は真面目な顔で口を開いた。
「あの夢の最後を見ました…」
「――――ッ!!」
悠陽の言葉に、表情を強張らせて姿勢を正す大和。
「明星作戦以降、毎日のように夢に見ていた、かの世界での私。武殿や大和殿と出会ってからは感覚が長くなっていましたが、先日、最後の夢を見ました…」
武と大和が今の立場を得る切っ掛けとなった悠陽の夢。
それは、武が経験し、開放された世界での悠陽の記憶。
何故彼女の記憶がこの世界へと流入しているのか、何故彼女だけなのか。
その疑問の鍵は、彼女の夢の中の行動に在ると大和は睨んでいた。
彼女の夢は、あの世界での彼女の行動を幼少の頃から…つまりあの世界の悠陽の人生を夢として、毎日続きの映像のように見ていたのだ。
最初は昔の思い出かと思っていた彼女だったが、夢は気付けば今よりも先の日々を映し出していた。
その中で、クーデターや武の存在、そして桜花作戦などを知った。
時を同じくして武達が衛士として登録され、彼女は武と出逢った。
その後、夢を見る事が少なくなり、間隔が空いていったと言う。
そして悠陽が語った最後の夢、それを聞いた大和は、難しい顔をして殿下との謁見を終えるのだった――――。
同日・横浜基地地下シミュレーターデッキ――――
『20703っ、だから庇いに行くなっ!』
『ふぇぇっ、しゅみましぇんっ!!』
時刻は既に夜へと移行した時間帯。
本日最後のシミュレーション訓練中のA-01部隊。
現在仮想空間で戦闘を繰り広げて居るのは、新任の中からランダムで選ばれたメンバーと、それを指揮する先任。
先任は水月、新任は今怒られている築地に高原、彩峰に美琴だ。
現在、訓練部隊での暫定コールサインで指揮を行っている。
これは、部隊編成がまだ途中の為にコールサインが決定していないから。
別にそのまま続ける形で決めても良いのだが、現在出向中の人間も居るので、現在は仮のコールサインで訓練中。
『珠瀬少尉、落ち着いて。前は守ってあげるから安心して狙いなさい』
『は、はいっ』
一方こちらは指揮官は風間少尉で、タマ、冥夜、千鶴、晴子の部隊。
風間少尉がタマを落ち着かせながら前を守り、優位に立って戦っている。
『ちょっと風間っ、その子反則じゃないのっ!?』
『うふふ』
『うふふじゃないわよっ、何なのよそっちの射程距離はっ!?』
通信で叫びながら何とか進もうとする水月の雪風だが、飛来する弾丸がそれを許してくれない。
部隊編成から戦場までランダムで選ばれるという新しいシミュレーションデータ、今回は水月の運が無かった。
何せ、水月が指揮する部隊は、風間少尉が指揮する部隊が陣取る補給基地に侵攻するというミッション。
水月側は補給基地を制圧するか、風間の部隊を殲滅すれば勝利。
逆に、風間の部隊は水月達を撃退するか、基地を守りきれば勝ち。
で、補給基地の特典として防御壁やら補給機能やらが働いている。
なので。
『速瀬中尉っ、敵の弾幕が切れませんっ!』
『応戦するとドンドン残弾が無くなっちゃいますよー』
『隊長、突破してみます…』
『危ないっぺよ彩峰さんっ!!』
『行くなっ、そして庇うなっ!?』
高原が千鶴と晴子が展開する弾幕に悲鳴を上げ、美琴が切羽詰っている筈なのにどこか暢気な声色で報告。
彩峰が突撃しようとしてまた築地が庇い、水月が叫ぶ。
そんな水月部隊に対して風間部隊は、指揮官の風間が全員に冷静な対応をさせ、一定距離から攻め込ませない。
補給機能というある種のチートが働いているので、弾は撃ち放題。
一応補給中は攻撃が出来ないものの、交替で補給している。
さらに、奥の障害物の影からタマが狙撃してくる。
その為、水月達は補給基地前の障害物の影から前に進めずに居た。
「じ、神宮司大尉、少しやり過ぎでは…?」
「人間、窮地に追い込まれればそれだけ地が出てくるものよ」
管制をしている遙が引き攣った顔で進言するが、まりもは遠い目でどこかを見ているだけ。
「確かに、窮地においての冷静さや困難を打破する方法は大事ですが、これは…」
隣でシミュレーターの様子を見ていた伊隅大尉も苦笑するしかない。
水月の部隊は補給無しで過酷なミッションを。
逆に風間の部隊は補給と防御を保障された状態でのミッション。
『苛めかこん畜生っ!?』
水月が思わず叫んだ。
その内容に、見ていた人全員が思わず頷いた。
「大丈夫よ、この位なら頬を撫でた程度だから」
「これでですかっ!?」
思わず遙が振り返ると、煤けた表情のまりもちゃん。
「少佐の造ったデータにはな…この倍の倍の、さらに倍なミッションも在るんだぞ…?」
どこか暗い瞳のまりもちゃんの言葉に、思わず喉を鳴らしてしまう面々。
あの少佐のデータ、それだけで鬼畜度が分かるというモノ。
先任も何度かそういった経験があるだけに、笑えなかった。
「心配するな、この後風間達も同じような目に遭う。そういう風に設定されているそうだ」
それってランダムって言いませんよね…とは言えない遙だった。
『だから庇うなーーーっ!?』
『ごめんなさーーいっ!?』
また味方を庇った築地、ダメージ蓄積で中破になりました。
「私たちのミッション、どんなのになるのかな…」
「どれになっても地獄、これ確定」
シミュレーションのデータを見て勉強中の茜と麻倉。
二人はこの後自分達も巻き込まれるであろう鬼畜なミッションを前に、武者震いとは別の震えを感じていた。
そしてシミュレーションが終了。
「あ~~~っ、あんな状況で冷静な指揮とか、造った奴絶対に外道よ…」
「それ、少佐に言ったら喜ぶと思いますよ…」
外道は褒め言葉だ! と笑う大和の姿が、鮮明に想像できて凹む水月と高原。
シミュレーションは、結局水月部隊の全滅で終わった。
築地と美琴が撃破され、一か八かで補給基地制圧(基地司令部を破壊して陣取るとクリアになる)を目指したが、待ち構えていた冥夜と風間に撃退されてしまった。
「速瀬中尉の性格なら、任務の遂行を優先すると思いましたから」
「だからってトラップまで仕掛けて待つかしら、普通…」
うふふふと笑う風間に対して、こいつもしかして腹黒い…? と内心汗を流す水月。
「うぅぅぅ、速瀬中尉ぃ、すみばぜ~ん…!」
「あ~もうっ、泣くな泣くな、むしろ仲間庇いながら良くやったわよ」
責任感じて涙目というか泣いている築地を、乱暴に慰める水月。
あたしの指揮も悪かったしねと自分の非も認めつつ、次こそ勝つぞと気合を入れ直す。
伊隅としては、あの圧倒的不利な状況で良く持った方だと評価していたが。
勘が鋭い水月でなければ、相手の射程距離に入った瞬間、最低でも二機は喰われていただろう。
だが、結果は高原を庇った築地機が小破しただけで全機初撃を避けていた。
咄嗟に水月が出した回避命令と、それに瞬時に対応した新任達の技量がそれを成していた。
「さて、次のミッションだが……」
「…………遅れました」
まりもが次の選択を始めようとした時、専用テスタメントを連れて霞が入ってきた。
そしてテスタメントがコードを機械に勝手に繋ぎ、その横で霞がカタカタと操作を始める。
「……武さん、準備できました…」
『お、サンキューな霞。それじゃ神宮司大尉、俺も参加しますよ』
今の今まで、一人別のシミュレーションをやっていた武が通信を繋いできた。
その言葉に、先任達はやっと白銀大尉も参加かとワクワクしているが、逆に新任達は顔色が青い。
彼女達は既に身を持って知っている、武ちゃんの訓練がどれだけ常軌を逸しているかを。
そもそも、A-01の彼女達ですら休憩を挟んで訓練しているのに、武はずっと、一度も筐体から出ないで訓練していたのだ。
それだけで武ちゃんの化物度が窺える。
因みに今まで参加しなかったのは、陽燕のデータが保存されているテスタメントと霞が純夏の方に行っていたので、来るまで雪風のデータでCWSの練習をしていたのだ。
「ルーレットスタート……ぽち」
「あぁっ、社っ!?」
まりもちゃんが何か言う前に、霞がランダム選択のボタンをぽちっとスタート。
画面に表示されているミッション名やら部隊編成やらの名前部分がドラムロール。
どうでもいいが、妙に凝った作りだ。
やがてチンチンチンという軽い音と共にドラムロールが止まり、ミッションや部隊編成などが決定する。
「決まりました…武さんと神宮司大尉率いる“スレッジハンマー大隊”対、A-01部隊です…」
「…………………………」×17
「………よしっ(ボソっ」
淡々と述べる霞、ミッション内容は侵攻してくる武・まりも指揮下のスレッジハンマー大隊を迎撃せよという内容。
これにはA-01全員が絶句。
まりもちゃんだけが小声で小さくガッツポーズ。
大隊、つまり36機のスレッジハンマーを、陽燕を駆る武ちゃんと雪風弐号機を自在に操るまりもちゃんが指揮して侵攻してくるのだ。
「…………………苛め…?」
水月の呟いた言葉が、これから地獄に放り込まれる全員の頭にストンと入った。
そして早々にミッション終了。
結果は言わずもがなだが、それでも一定時間耐えた上にスレッジハンマーをほぼ壊滅させただけでも上出来だと言えた。
「ハルコンネンⅡは卑怯よっ、そうでしょう遙!?」
「そ、そうだね…」
「暫く、あの支援戦術車両を見たくないな…」
「美冴さんたら…でも私もそう思うわ…」
「ミサイルの雨は嫌、雨は嫌、雨は嫌よぉぉぉ……」
「あらあらぁ、泉美ちゃんがまたトラウマを…よしよし、私の胸で泣いて良いわよ…」
「上沼、ドサクサ紛れに東堂の尻を揉むな。全員、着替えて食事だ、その後反省会だから忘れるなよ…」
先任達は疲れたように更衣室へと移動。
新任達は総じて動けない状態なので、暫く休憩してから移動しろと伊隅大尉に命じられた。
「容赦無かったね、白銀…」
「彩峰、大尉にそれを期待する方が馬鹿よ…」
「タケルはこと戦闘関連には一切手抜きや手加減をせぬからな…」
「はにゃ~~……」
「壬姫さ~ん、生きてる~?」
「鎧衣、そっとしておいてあげよう。多恵も同じか…」
「うにゃ~~……」
「あははは、アレに少佐も加わったらどうなるかなぁ」
「やめてよハルー、死んじゃうから、シミュレーションだけど死んじゃうから」
「らめぇーー、だね…」
ぐったりとしてシミュレーターデッキのベンチや床に座り込む新任達。
同じ状況に放り込まれたのに動ける先任は、それだけ鍛えていると言う事か。
彼女達は思った、良かった、素敵に外道な少佐が出張中で…と。
しかし彼女達はその安堵が、問題の先送りだと気付いているだろうか。
大和が帰ってきたら、高確率で、下手するともっと鬼畜外道なシミュレーションが待っているという事実を。
因みに武ちゃんとまりもちゃんは、元気ハツラツという状態で霞と一緒に先にPXへ移動中。
思わず麻倉が呟いた「国連の白銀は化物か…」という言葉に同意しちゃう面々だった。
「なんだぁ? どうしたんだお前ら?」
「あ、マナンダル少尉!」
「それにブレーメル少尉も…」
軽く黄昏ていると、そこに強化装備姿のタリサとステラがやってきた。
二人は新任達のグッタリとした姿に目を丸くしている。
「随分ハードな訓練しているみたいね。そう言えば部隊配属されたそうね、おめでとう」
苦笑しつつ耳にした情報から配属を祝ってくれるステラに、お礼の言葉と敬礼を返すものの、気持ちとは裏腹に体がへろへろだった。
「だらしねぇなぁ、一体何処の部隊に配属されたんだよ?」
先任の姿が見えない事から何処の部隊だと首を傾げるタリサ。
答えたい新任達だが、A-01はその特殊性故に機密扱い。
同じ国連軍衛士であっても答えられない。
「その様子だと、例の特殊部隊ね? 少佐から少しだけ聞いてるから答えなくて良いわよ」
冥夜達の様子から瞬時に事情を察したステラさん、流石はお気遣いのお人。
タリサもA-01に関しては少しは耳にしているし、何より出向してきたイーニァとクリスカが居るので追及はしない。
「マナンダル少尉達はこれから訓練ですか?」
「んー、訓練って言うか、確認だな。試作武装のシミュレーションデータが出来たから、それが機能するか試すんだよ」
冥夜の問いに、データが入っているのだろう、データディスクを片手に楽しそうに笑うタリサ。
「また新しい武装ですか?」
「そうなんだよ、しかも今回のは近接武装が豊富! 少佐の部隊に居ると新しいのとか変わったの真っ先に試せるから楽しくってさぁ!」
茜の興味ありげな言葉に、くしししと笑いながら答える。
美琴や彩峰が良いなぁと羨ましそうに見てくるので、逆に良いだろう~と自慢げだ。
「正式に量産されたり、試験量産されたら他の部隊にもシミュレーションとかで使ってもらうから、その前に確りバグ取りと修正をしないとなの」
結構地味に大変なのよ? と苦笑するステラに、やっぱり開発部隊となると仕事が多いんだなぁと尊敬の目を向ける面々。
「なんなら少し見学してくか?」
お前たちなら少佐も怒らないだろうしと嬉しい提案をしてくれるタリサだったが、夕食の時間とその後の反省会が待っている新任達は残念そうに辞退した。
「それでは失礼します」
委員長の言葉と共に敬礼してシミュレーターデッキから出て行く面々。
タマと築地は結局まだ目を回していたので、彩峰と高原が背負っていった。
「あいつらも大変そうだなぁ…」
「そうねぇ。さ、私たちも地味に大変なお仕事よ」
大和が居ない事もあって、今の内に細かい仕事や雑務を消化してしまおうと奮闘する開発部隊。
どうせ大和が帰ってきたら仕事が増えるだろうという、唯依の嫌に現実味のある言葉に、タリサもステラも笑うしかない。
「最初は?」
「タリサの好きなショットランサーよ」
お仕事分担と言うことで、タリサがシミュレーターで試し、ステラがチェックと修正。
ステラの返答によっしゃぁ!と気合を入れて筐体へ入っていくタリサを見送って、ステラも管制室へ入る。
慣れた手つきでそれぞれ準備を終えて、タリサの舞風が仮想空間に出現する。
選択された場所はコンクリートで舗装された平野だ。
「準備は良い?」
『いつでも良いぜ!』
ヘッドセットを通しての通信にタリサが答え、ステラが操作をすると舞風の手に巨大な突撃槍が握られる。
「試作近接武装、01式突撃槍。テスト開始」
ステラの言葉と共に舞風の前に仮想ターゲットが出現。
『よっし、行くぜ!』
タリサの操縦に応じて舞風が入力されたモーションパターン通りに突撃槍を構え、ターゲットに向う。
01式突撃槍、通称ショットランサー。
西洋の騎馬兵が使う、突撃槍(馬上槍)に突撃砲の機構を埋め込んだ近接武装。
先端から突撃砲の銃口がある場所までスーパーカーボン製の槍を三段構造で構成し、外殻・中殻・基部に分けられ、それぞれ任意に射出も可能。
外殻(表面槍部)は突撃槍の形で、中殻は螺旋が彫られている。
基部はその構造の問題から細長い槍状だが、強度は十分に確保されている。
内蔵の突撃砲の弾は現在36mm、マガジンは突撃砲と共通。
槍先端部を射出しても射撃機構は残るので、槍部を全て射出や破損をしても近接射撃武装として使用可能。
銃口は円状の等間隔に4箇所あるが、同時発射ではなく順次発射される機構だ。
槍を持つ柄の部分は長めに作られており、トリガーとグリップも併設されている。
柄の反対側にはスーパーカーボン製の短刀サイズの刃が付いている。
両手で持って突くのも可能だが、基本はグリップを掴んでの構え。
攻撃は突く、撥ね退ける、撃つとなる。
因みに両手で構える為の可動式フォアグリップも装備されている。
『散れぇぇぇっ!!』
足元に出現した小型ターゲットに槍先を向けながら発砲。
ターゲットを銃弾で破壊しながら、槍先でも薙ぎ払っている。
「タリサ、少し修正するから一度止まって」
『りょーかいっと』
ステラの通信に返事をしながら、空になったマガジンを交換させるタリサ。
こうして地味だが大事な仕事をこなす二人は、やはり楽しそうに見えた。