最初に目覚めたのは、遠くから鳴り響く強烈な爆音の音が原因だった―――
突然の耳を突き抜けるような爆音と、連続する振動。
一体何が起きたんだと混乱しながらベッドから起き上がれば、見覚えのある部屋。
自分の、まだ越してきたばかりの部屋だった。
ダンボールに包まれた荷物が衝撃でガタガタと震え、窓がビリビリと振動している。
一体何が、そう思って窓の外を見れば、真夜中なのに爆発で輝く空と、幾重にも重なって空へ伸びる光の奔流。
そして、降り注ぐ砲弾の雨が作り出す爆発。
戦争映画のようなワンシーンが窓の外に広がっていた。
なんだよこれ、なんの悪夢だよと頬を抓ろうが叩こうが、襲ってくるのは鈍い痛み。
夢なら痛くない筈だろうと思いながら、きっと痛みがある夢なんだと思い込もうとする俺。
言い知れぬ恐怖から俺は適当に服を取り出して着替え、外に飛び出した。
悪い夢なら覚めてくれと願いながら、瓦礫だらけの街を走った。
見覚えのない街並み、コンクリートの壁が壊れ、家が倒壊し、街が燃えている。
地獄という物がこの世に現れたなら、きっとこんな景色を言うのだろう。
そんなどこか場違いな事を考えながら、誰か居ませんかと叫ぶ。
兎に角誰かに逢いたかった、こんな訳の分からない夢、早く覚めて欲しかった。
すると、狭い道路の交差点の辺りで、何かが動いた。
人が居たと思って声を掛けながら走った俺の頭上で、明るい花火のような物が輝いて辺りを照らした。
呆然と閃光弾かと思いながら前を見れば、かつて画面の中で見た事がある、醜悪な白い異形がそこに居た。
茸のような頭、並んだ凶悪な歯、成人男性を大きく越える両手と胴体、そして醜悪な下半身。
その白い異形の姿を見て、俺は頭が真っ白になった。
なんでこいつがここに? 着ぐるみか、もしかして映画の撮影とか?
そんな馬鹿なことを考えながら夢なら覚めてくれと願った瞬間―――頭から齧られた。
「――――あぁぁぁああぁぁぁっ!?!?」
咀嚼される痛みと感覚、吐気を覚える臭い。
そんな感覚と感触が残る体を抱き締めながら俺はまた覚醒した。
ガチガチと煩いくらい震えて鳴っている歯の音が嫌に大きく聞こえる中、自分の両手や頭を何度も何度も確かめる。
それ位リアルな感覚―――いや、本当に体験した感覚だった。
間違いなく俺は死んだ、あの白い異形に頭から喰われて。
人間は例え頭を切り落とされても十秒以上意識があると言われている。
それを嫌と言うほど味わった。
「うっ、うぇっ、おげぇぇぇ………っ!!」
込み上げてくる不快感と恐怖、そして自分が死んだという漠然とした認識から俺は吐いた。
胃液に焼かれる喉の痛みが、自分が今生きているという実感を与えてくれる事に、意味も無く安堵しながら。
布団が嘔吐物で汚れるのすら気にならない程に俺は混乱していた。
最初目覚めた時と同じように、外からは爆音と振動が続いている。
つまり、今この状態はあの時と同じなのだと理解させられた。
「なんだよこれ…なんの冗談だよ…まるで性質の悪い小説じゃねぇかよっ!?」
混乱しながら枕を投げ、壁を叩く。
暫く駄々っ子のように暴れた後、白い異形が何であるか正確に思い出した。
あれは兵士級、俺が何度もプレイしたゲームに登場する醜悪な敵。
それが居る世界、つまりこの世界はあのゲームの世界。
「冗談じゃねぇ…冗談じゃねぇぞバカヤロウっ!!」
ありえない、冗談じゃない、意味不明だ、そんな言葉を何度も繰り返しながら布団の中に丸くなった。
これは夢だこれは夢だ、覚めろ覚めろ覚めろ、そんな呪詛染みた言葉を何度も呟いて夢から覚めようとする俺。
今見れば滑稽で哀れな姿だろう、だが平凡な学生をしてきた俺には当然の行動だった。
そのままどれ位時間が経っただろうか、兵士級が居るならこの部屋も探り当てられるのでは、そんな恐怖から俺は買ったばかりの包丁を持ってきて、布団に包まりながらそれをお守りのように持って震えていた。
その時だった、遠くで何か重低音の音が響き、窓の外に暗い闇が生まれた。
カーテンの隙間から見えるそれが何なのか、理解する前に襲ってきたのは強烈な衝撃。
俺の部屋があるアパートを簡単に吹き飛ばすようなその衝撃が、爆発で発生した衝撃波だと理解したのは次の目覚めだった。
「なんでだよ…時間制限があるのかよっ!?」
目覚め、見た時計のデジタル表示は最初と次に目覚めた時と同じ時間。
そこで自分が繰り返している事を漠然と理解しつつ、このまま部屋に篭っていても死が待っている事を理解させられた。
瓦礫と共に吹き飛ばされ、露出した木材に腹を貫かれて貼り付けにされた痛みを身体が思い出して、また嘔吐しながら必死に頭を働かせた。
目覚めない夢はもう夢ではなく現実、なら今どうするべきか。
混乱しながらも衣服を着替え、一度ペットボトルの水を頭から被る。
「畜生、畜生っ、なんでマブラヴの世界なんだよ、しかもBETAの居る!」
空になったペットボトルを投げつけ、兎に角逃げないとと思って部屋を見渡す。
引っ越したばかりで荷物はダンボールの中、開けて探している暇はない。
だから必要最低限、リュックに冷蔵庫のゼリー飲料や水、後は包丁片手に部屋を出る。
兎に角、BETAに出会わずに人の所へ、戦闘が起きているのだからどこかに人が居る筈だと自分を落ちつかせて、最初の時とは別方向に走る。
少し走ると、遠くに巨大な建造物がある事に気付いた。
それが、横浜ハイヴのモニュメントであると理解したのは、後々の事だった。
今は兎に角逃げないと、生き延びないと。
でないと冷静に考えることすら出来ない。
腕に巻いた腕時計を見ながら、道路を走っていると、車を見つけた。
古い車だったが、もしかしたら動くかも。
そう思ってドアを開けようとするが鍵が掛かっていた。
焦れて、落ちていた石で窓ガラスを割ってロックを外してみたが、肝心の鍵が無い。
映画や漫画の世界のように、配線弄ってエンジンを掛けるなんて当時の俺には無理な話だった。
諦めて、せめて自転車でもないのかと倒壊した家を探してみるが何もない。
諦めて通りへと出た時、バキッと板か何かの折れる音がした。
ガチガチと鳴り始める歯の音を耳にしながら振り返った先には、大きくその口を広げる兵士級が居た―――――。
「―――――……ああああああぁぁぁぁあぁぁあぁっ!!!?!」
再び目覚めた時、俺は意味もなく泣いた。
悔しさや怒り、恐怖、痛み、そんな感情が混ざった涙。
込み上げてくる吐気を抑え、震える身体に鞭打って着替える。
今度こそ、今度こそと思いながら外へ出て、また別の道を走る。
あのモニュメントの方へ行くとダメだとおぼろげに理解して、その反対側を目指した。
走り続けてクタクタになり、汗だくになりながら兎に角人が居る場所を探して進んだ。
兵士に、誰か人に見つけて貰えば助かると思って。
その時だった、頭上で光が流れ、空から何かが降ってきた。
それが人型の機械であると理解した時、戦術機だと思い出した。
助かるかもしれない、これで死ななくて済むかもしれない。
そう思って両手を広げて声を上げようとした時、その戦術機の胴体と片手がゴッソリなくなっている事に気付いた。
僅かに光るそれは、融解した金属の放つ熱明かりだと理解した瞬間、俺は“真上から堕ちてきた”残骸の下敷きになって死んだ――――。
「…………………………」
五回、六回とその後も死んで目覚めた七回目。
俺はもう叫ばなくなっていた。
慣れた訳じゃない、単純に疲れたのだ。
それと同時に何かが切れた。
「あぁ良いさ…何度だってコンテニューしてやろうじゃねぇか…こん畜生が!!」
窓ガラスを投げた目覚ましで破壊しながら、俺は自分の中の何かが壊れた事を他人事のように感じていた。
そして自分が死んだ場所を思い出しながら辿り着いた先は、その後何度もお世話になる全滅した機械化歩兵部隊の移動車両と武器だった。
銃の扱いの経験なんて当然無かった、だから武器を手にしていい気になって死んだ。
だからもう倒そうなんて思わずに車両で逃げる事だけを優先した八回目。
でも逃げる方向を間違えて吐きそうな異臭を放つ戦車級に車両ごと噛砕かれたり、闘士級に両手を引き千切られて死んだりした。
そうやって何度も死んで、やっとBETAの居る場所から逃げて、そして爆風に吹き飛ばされつつも生き残った時、14回目にしてやっと俺はこの日を生き延びた。
塵屑かと思えるような姿になって、泣いて、漏らして、嘔吐して、這いずって、彷徨って、撤退する帝国陸軍の歩兵部隊に拾われた。
何があった、どうしてこんな場所に居る、そんな問い掛けを子守唄に死んだように眠った。
ただ、生き延びた事が嬉しくて――――。
それが、さらなる地獄の始まりとも知らず、俺はただ生き延びた事を喜んだ――――。
2001年10月5日―――――
10:45――――――
「黒金少佐…っ? 如何致した?」
「―――っ、…………いえ、少し、夢を見ていました…」
その整った顔立ちを少し歪めて軽く肩を揺すりながら問い掛けてくるのは、月詠大尉だった。
移動中の車両の中、少し仮眠を取っていた大和が静かに瞼を開けて苦笑を浮かべる。
「………悪夢か?」
「…………えぇ、この上ない程の…馬鹿げた悪夢です…」
苦笑を消してぼんやりと虚空を見上げる大和。
馬鹿げた悪夢、突然で意味不明で、そして今も続く悪夢。
その始まりを思い出すように夢に見たからか、大和の表情は硬い。
「疲れが溜まっているのではないか? 護衛の部下に聞いたが随分大変そうだったと…」
月詠大尉はその立場故にずっと大和の傍に居ることが出来ず、今朝再び合流したばかりだ。
初日に送ってから今日までの間は信頼できる部下に任せており、一応先程までその報告書を読んでいた。
読み終わる事に、大和が小さく呻き声を上げた為、心配になって起こしたようだ。
「視察自体は楽しいものですよ、俺は元々現場畑の人間ですから。しかし、あの懇親会が…」
憂鬱だと言いたげな大和の表情に苦笑するしかない大尉。
ここ最近一部で名前が売れ始めた大和と、是非お近づきにと思った企業上役や社長などに囲まれて酒を注がれる。
そして二言目には若いのにだの何だとの話が続き、そして最終的には軍退役後の話やら縁談の話やらに入るのだ。
縁談関係ないだろうと思いながら得意のポーカーフェイスで乗り切るのだが、酒臭いオッサンに囲まれるのが精神的苦痛でならないとは大和談。
そんな話をする位なら、現場で責任者や担当者と話を煮詰めた方がマシだと愚痴る程だ。
で、この後視察する企業や工場でも簡単な催しがあると聞いているので軽く鬱な大和。
酒は合成だろうがなんだろうが苦手だし(一応、カクテルなら一杯程度飲めるが)、縁談なんかの話は当然断固拒否だ。
荷物に増えた会社社長等の娘や孫のお見合い写真を、どう返すべきか今から頭の痛い事である。
と言うか、懇親会とかが無ければ一日で二社や複数の工場が視察出来るのだが。
かと言って協力会社なので無碍に扱えない。
なので視察出張の日数が悪戯に増える。
でも丁寧に対応しないと話が拗れる可能性がある。
難しい話である。
「ふふ、そう心配するな。今日明日は私が目を光らせておいてやる」
斯衛軍大尉であり、将軍家に近しい月詠家の人間。
そんな真耶さんが居る場所で大和に縁談持ち掛けたり出来る人間は少ないだろう。
「頼りにしています、本当に」
大和の本音混じりの言葉にあぁ、任せておけとニヒルに笑う真耶さん。
男前な女性である。
「黒金少佐、何故ここに…?」
「いえ、少し…縁が在りまして」
車両が停止したのは、次の目的地の工場がある道中の墓地だった。
そこにはBETA侵攻で荒らされた各地から、せめて名前だけでもと慰霊碑などが複数立てられている場所。
その入り口に車を止めて貰い、テスタメントと共に車を降りる大和。
因みにテスタメントが乗っているので、後部座席は大和と月詠大尉しか乗れなかったりする。
座席を態々取り外して載せているのだ。
「少佐、一応お供えの花は手に入りましたが…」
助手席から降りてきた白を着る斯衛軍衛士がトランクから小さな花束を取り出す。
「いや、急な願いだったからな、十分だ」
小さな花束を受け取り、礼を言いながら墓地へと入っていく。
護衛の人間が数名付いていこうとするが、月詠大尉が静かに手で制した。
「良い、私が行く」
墓地に関係ない人間が大勢で入るのは良くないと、月詠大尉だけが大和とテスタメントの後に続いた。
玉砂利の道を一歩一歩踏み締めながら歩く大和と、少し先行するテスタメント。
四本足を器用に動かしながらの歩行、場所が場所なのでローラー移動が出来ないのだろう。
テスタメントに記録させた情報を元にナビをさせる大和の後を歩きながら、墓地の高台に佇む慰霊碑を見つめる月詠大尉。
無縁仏やBETAとの戦いで死んだ者達がそこに眠って居る。
月詠大尉はそこに用があるのかと思っていたが、テスタメントが途中で十字路を曲がった事で慰霊碑とは反対に進む事になった。
そして小さいながら墓が並んだそこでテスタメントが止まった。
それに合わせて大和も立ち止まり、花束を片手にその墓を見る。
『 堀沢家ノ墓 』
そう彫られた黒い墓石。
ここは、堀沢家所有の墓なのだろう。
「ここは……」
「少し、待っていて下さい、大尉」
言葉少なに、墓を見て呟いた月詠大尉を待たせて墓へと近づく大和。
掃除をされているのか、墓の周りには少しの落ち葉しかなかった。
大和は無言で花束から花を二つに分けると、既に花が添えられていたそこに丁寧に差し入れる。
そして制服のポケットから花と共に買ってきて貰った線香を取り出し、火を点ける。
線香を供え、静かに手を合わせて瞳を閉じる大和。
そこに、普段の彼の姿は無かった。
在るのは、静かに涙するように手を合わせる、一人の少年。
普段は頼もしい背中が、この時ばかりは小さく見えた月詠大尉。
どれ位そうしていたか、テスタメントが接近する熱源に気付いて方向を変えた。
その動きに気付いて月詠大尉が視線を向けると、そこには着物の喪服を着た女性と、10歳に満たない男の子がやって来ていた。
喪服姿の女性の手には桶と柄杓、子供の手には花束が。
「あ……これは斯衛軍の衛士様っ」
月詠大尉の姿に畏まり、子供に頭を下げさせようとする女性に、気にしなくていいと微笑を浮かべる月詠大尉。
その声に気付いたのか、大和が手を合わせるのを止めて振り向いた。
そして表情に驚きを浮かべてから、視線を伏せた。
静かに短い階段を下りると、テスタメントを不思議そうに見ていた少年が大和を見上げて口を開いた。
「お兄ちゃん、お父さんの部下の人?」
「こ、こら、ダメよ、それにこのお方は国連軍の兵士さんよ?」
慌てて済みませんと謝りながら少年を嗜める女性。
「あの、失礼ですが夫とはどんなご関係で…?」
大和の着る国連軍高官のコートや帽子、階級章から畏まる女性の控えめな問い掛けに、一度墓地を見る大和。
そして微笑を浮かべて軽く頭を下げた。
「以前、帝国軍に居た頃に少し」
「そうでしたか…それは態々。夫も喜びますわ」
本当に嬉しそうな微笑みで頭を下げる女性に、大した花も用意できずと軽く頭を下げる大和。
「早いものです、主人が戦いで死んでからもう一年だなんて…」
そう言って悲しそうに瞳を伏せる女性に、月詠大尉は事情を少しだけ理解した。
今から一年前と言えば、佐渡島ハイヴから侵攻してきた一団に幾つかの中隊が全滅した時だ。
彼女の夫もその時に戦死したのだろうと予想して、彼女も静かに黙祷する。
「息子も私も、やっと前を向いて進めそうです」
いつまでも泣いていたら、主人に怒られてしまいます。
そう言って悲しげに微笑む女性に、大和はポツリと「隊長らしいです…」と呟いた。
その言葉に月詠大尉は内心で隊長…? と首を傾げたが、口を挟むべきでは無いと思い黙っている。
「あのね、僕ね、大きくなったらお父さんみたいな衛士になるんだ!」
テスタメントをペチペチ叩いていた少年が、父親の話題が出た事で笑顔で大和に宣言した。
その言葉に、目尻を和らげる大和。
少年と目線を合わせる為にしゃがみ、静かにその頭に手を乗せる。
「そうか…きっと君なら、お父さんのような衛士になれる。君のお父さんは凄い人だったよ…」
「うんっ!」
大和の言葉に元気良く頷く少年の姿に、微笑を、傍から見ると悲しそうな微笑を浮かべて、頭を数度撫でる。
そして立ち上がると帽子のつばを持って外し、少年の頭に被せた。
「国連軍ので悪いが、君に上げよう。衛士を目指すのも良いが、お母さんを大切にな」
母親を守れない奴に、人類は守れないぞ? と笑う大和に、大きな帽子を頭の上で抱えながら嬉しそうにうんと頷く少年。
「そんな、悪いです…!」
「良いんです、寧ろ、この程度しか出来ない自分を許して下さい」
恐縮する母親を止め、むしろ頭を下げる大和に母親は困惑し、月詠大尉は少し唖然として見守るしかなかった。
「では、これで」
「は、はい、ありがとうございます…っ」
軽く手を上げて歩き出す大和と、それに続くテスタメントと月詠大尉。
その後ろ姿に何度も頭を下げる母親と、ありがと~と両手を振りながら見送る少年。
「……あの子が戦わなくても済む事を願うのはエゴでしょうかね」
「………いや、当然の願いだ。それに、貴様ならそれが出来ると私は思っているぞ?」
並んだ月詠大尉は、唇を噛み締めて呟く大和の言葉に、彼女は綺麗な微笑を浮かべて頷いた。
「―――……行きましょうか」
「あぁ、行こう」
月詠大尉の横顔に少し見惚れた意識を軽く蹴飛ばし、真っ直ぐに歩き出す大和。
その言葉に同意して、月詠大尉もまた歩き出した。
『マスター・ソチラデハアリマセン』
「「っ!?」」
つい道を間違えてテスタメントに止められるまでだったが。
同日・14:50―――――
横浜基地滑走路――――――
「嫌に物々しい警備ですね…」
「仕方があるまい、アメリカは以前壮大な馬鹿をやったのだからな」
滑走路に隣接する高台から、スレッジハンマーと警備隊の戦術機が警備する場所を眺めているのは、双眼鏡片手に警備状況を見ているターシャ。
それに、ソ連の軍服のコートを肩に掛けたラトロワ。
「一部軍部高官と政府関係者の暴走と発表されましたが…」
「そう言う事にしたのさ。アメリカはあれで一枚岩ではないからな、色々と邪魔な連中に罪を全て押し付けて終わらせたのだろう」
最も、一枚岩ではないのは何処も同じだが…と苦笑して肩を竦めるラトロワ。
現在横浜基地、特に滑走路を中心とした開発区画関係は緊張感に包まれていた。
理由は簡単だ、クーデター事件に強制介入して横浜基地制圧を目論んでいたアメリカ軍。
一部の暴走として謝罪と賠償が行われたが、それで不信感を全て払拭など出来るわけも無い。
その為、滑走路には完全武装のスレッジハンマーと、先行量産されたショットカノンを持つ陽炎が警備の為に待機している。
「少佐、F-15Jの武器を見てください」
「…………ほう、既に改良型が出回っているのか…」
ターシャから手渡された双眼鏡で陽炎を見れば、その手にあるのはショットカノン。
ただし、ラトロワ達が譲り受けたタイプとは異なる形。
ポンプアクションの為のフォアエンドに、なんとマガジンが装填されている。
そしてそこをグリップのように左手で握り持つ形。
「ポンプアクションをそのままに、グリップとする事で保持性能と装填動作の確実性を高めたか…あれなら装弾も楽そうだな」
道理であっさりと武器のデータを渡した筈だと苦笑するラトロワ。
しかし彼女は大和におんぶに抱っこしてもらう心算は無いので、怒りはしない。
むしろ、初期型とは言え新しい武装の雛形を譲ってくれたのだから感謝するべきだ。
「とは言え、正直微妙な武装を押し付けられた感も否めんな…」
「そうですね…」
シミュレーション戦闘で、頑張ってチェーンマインを使いこなそうとしているジャール4を思い出して揃って苦笑する二人。
そんな事覚える前にシュツルムファウストの運用勉強しろと言いたいターシャ。
「さて、やってくる連中は何を思うかな」
厳重な警備体制を横目に、空を見上げるラトロワ。
その遠くから、人員と機体を載せた輸送機がゆっくりと姿を現していた。
滑走路脇、仮設受付――――
「篁中尉、何も貴女が出迎えなくても…」
「いや、一応開発責任者代行だからな。それに今回は少し事情が異なる…」
時計を見ながら、問い掛けてくる女性士官の言葉に答える唯依。
今日やってくるのはアメリカだけだが、あの件で基地全体がピリピリしているのだ。
流石にそれは無いと分かっていても、どうしても緊迫感が生まれてしまう。
基地上層部も念の為と、スレッジハンマー一個中隊、それに警備隊まで配備しての歓迎だ。
普通なら失礼な対応だろうが、そこは我慢して貰わなければならない。
それだけの事に命令とはいえ加担したのが米軍なのだ。
『篁中尉、米軍の輸送機が射程圏内に入りました』
「了解だ、そのまま監視を続けてくれ。妙な動きをしたら威嚇射撃の後、撃ち落とせと命令されている」
スレッジハンマー中隊の、大和指揮下の部隊隊長となったハンナ・ヒリングスからの通信に、ヘッドセットを通して答える唯依。
既に米軍にもおかしな真似をしたら事前通告無しで撃墜すると通達している。
それでも威嚇射撃を事前に命令するのは唯依の判断だ。
『そうならない事を祈ります』
「私もだ」
母親がアメリカ人…正確には祖父がアメリカ人であるハンナの苦笑に、唯依も同意する。
スレッジハンマーの長距離支援砲が輸送船の群を狙う光景は、心苦しい物があるものだ。
それを当然と取るか、遣り過ぎと取るかは人によるが、それは今兵士が考えることでは無い。
管制塔からの通信も唯依に届き、先頭を飛ぶ輸送機が着陸態勢に入った。
それに合わせて警備隊の陽炎が刺激しない程度に隊列を形成。
銃口は向けていないが、何かあった場合は即座に輸送機を破壊できるようになっている。
緊張感が漂う滑走路、特に緊張しているのは武器を向けている衛士や操縦者達、そして輸送機の人間だろう。
やがて一機目の輸送機が着陸し、タイヤの音を響かせながら滑走路を減速しながら進んでいく。
管制塔からの通信と途中に立つスレッジハンマーの持つトーチの誘導で、所定の位置へと収まるように曲がる輸送機。
二機目、三機目と続き、最後の輸送機が着陸する頃には一機目の機体が誘導用の車両に接続されて移動を開始していた。
輸送機はこのまま補給を終えた後に本国へ戻る為、このまま補給と整備に入る。
輸送機のタラップが降りると、そこから一人の女性が姿を現した。
「ここが横浜基地…盛大な歓迎ね」
吹き付ける秋風に靡く金髪を手で押さえて苦笑するのは、参加試験部隊の指揮官、エリス。
手荷物を肩に、タラップを悠々と降りていく姿には、少しの緊張も無い。
その後に続くアネットや男性髭衛士、眼鏡の男性衛士は自分達を取り囲むような姿のスレッジハンマーや陽炎に、ウンザリとしたような表情だ。
「随分と、私達が嫌いみたいですね…」
「しょうがねーさ、やった事がやった事だ」
「でもっ、私達が直接やったわけじゃないのよ!?」
不機嫌そうなアネットは、軽口で笑う髭…レノック少尉に食って掛かる。
それをドウドウと嗜めるが逆効果な様子。
「気にする事は無いわ、私たちはなんのやましい事は無いのだから」
「あ…そ、そうですよね、流石隊長です!」
エリスの言葉にコロっと態度を変えるアネットに、苦笑いのレノックともう一人。
現金な事である。
後続の輸送機から機体が降ろされる光景を横目に、人が集まっている場所へ進むエリス達。
レノックは若い眼鏡の少尉を捕まえてスレッジハンマーを興奮気味に指差していた。
「なんだよ、チャンバラ大好き日本かと思えば、あんなそそる機体造ってんじゃねぇか!」
「いた、いたたたたっ、先輩痛いですよ!」
どうやらレノックはスレッジハンマーが気に入ったらしい。
確かに砲撃戦主体機だけに、射撃武器大好き人には堪らない機体だろう。
「貴方達、そろそろ真面目にね」
「そうよ、連中に舐められるでしょう」
女性陣からのお言葉に、はいすみませんと大人しくなるレノック。
僕は別に騒いでないのに…と眼鏡少尉が落ち込んでいるがスルー。
歩いてくるエリス達、それを出迎えるのは国連軍の制服に身を包む唯依。
「ようこそ横浜基地へ。アチラで受付をお願いします」
「お世話になるわ。でも、随分豪華なお出迎えね、なんなら手錠も付ける?」
階級章から唯依が同階級と理解してフランクに話しかけるエリス。
その冗談に少し顔を顰めるが、いえ、念の為ですので…と丁寧に答える唯依。
他の国がやったような受付を済ませ、IDカードを受け取るエリス達。
「所で、開発責任者のクロガネ少佐はお出迎えしてくれないのかしら?」
「…少佐は、現在出張中です。その間の事は私が承っています」
今回、到着する国はアメリカだけなので受付を一つだけにした為、整備班の受付もあって少し時間が掛かっている。
その為、エリスは隣に立つ唯依に軽い調子で問い掛け始めた。
「そう、残念ね。噂の少佐に一目逢いたかったのだけれど」
「焦らずとも、10日後過ぎには戻ります」
何かを探る目を隠しながら問い掛けるエリスと、淡々と答える唯依。
「そうね…所で、貴女がクロガネ少佐の副官…と考えて良いのかしら?」
「えぇ。篁 唯依中尉です。主に少佐の副官、そして少佐指揮下の開発部隊の隊長を任されています」
「そう…。エリス・クロフォード、同じ中尉よ。貴女とは一度、戦ってみたいわね」
「模擬戦闘で運が良ければ戦う事になるでしょう」
エリスが差し出した手を握り返して、お互いに微笑を浮かべる二人。
唯依も武人の家系、戦う事、強くなる事に異論はない。
そしてエリスの雰囲気は、月詠大尉や自分が纏うソレに似ていると感じていた。
「それは楽しみだわ」
そう言って手を離すと、丁度整備班の受付も終了し、案内が開始される。
今回は部隊は一つだけなので女性士官が案内をし、一応の警備の為にMPとテスタメントが数台影から付いて行く。
悠々と歩き去るエリスを見送り、握手した手を見つめる唯依。
握手した瞬間、唯依は何かエリスから妙な感覚を感じた。
それは、嫉妬にも怒りにも似た、鋭いモノだったが、まさかな…と思う唯依。
掌に滲んだ汗が、妙な胸騒ぎをかき立てた。