2001年10月3日―――――
21:45――大和執務室―――
「……大和が…居なくなる…」
夜から深夜へと移り変わる時間、唯依は執務室のデスクで情報の整理をしながら一人呟いていた。
先程までクリスカやステラが仕事を手伝ってくれていたが、一段落ついたので先に上がらせた。
イーニァは霞の所、タリサは自室で新型兵器の自主勉強だ。
主が居ない執務室は何となく静かで、唯依の表情は浮かない。
その理由には、当然昼間のラトロワとの一件がある。
ラトロワ少佐が感じた大和の不審な部分。
その結果を考えて一人震える唯依。
そんな事は無い、そんな筈ないと自分に言い聞かせても考えてしまう、浮んでしまう不安。
思えば、最初逢ったときから大和は不思議で不可思議な男だった。
七瀬家の推薦とその実力から斯衛軍、正確にはその予備軍に配属された大和と武。
予備軍は帝国軍からの推薦者や、訓練兵上がりの武家の人間が所属する短期間の訓練部隊だ。
そこで斯衛軍としての心構えや在り方を学んで部隊へ配属される。
その際に二人は紅蓮大将の肝いりであの月詠大尉率いる部隊へ配属された。
この時、殿下の後押しが在った事は紅蓮や月詠大尉しか知らない事だ。
そして部隊配属と並行して、大和は帝国陸軍の技術廠へと出向となり、唯依と出逢ったのだ。
その時から、大和は異質な雰囲気を醸し出す男だった。
唯依より年下で、本来ならまだ訓練兵である年齢(武家ではないので。武家の男児は幼い頃から訓練している)だし、独特の態度。
義や礼節を軽くみている訳ではないが、堅苦しくない。
唯依にも馴れ馴れしくないがフランクな、そんな態度で接してきた。
最初はなんだこの男は…と警戒していたが、その警戒は別のベクトルへと変化していった。
突拍子も無くとんでもないアイデアや提案で開発局の人間を驚かせ、実践して実証して実戦で通用させる。
開発者としての有能さを示したかと思えば、武と組んでの圧倒的な戦闘力。
斯衛軍の月詠大尉や中尉と互角以上の戦いを見せ、あの紅蓮大将からも勝ちを奪う二人。
いつしか大和を見る唯依の視線が変化した事は、巌谷中佐でも分かる事だった。
その際、巌谷中佐が一人酒飲みながら唯依の父親に何か報告していたらしいが、置いておく。
「………嫌だ、アイツが…大和が居なくなるなんて…っ」
昔を思い出すと共に浮んできた恐怖に、頭を抱える唯依。
いつから自分はこんなに弱くなったと嘆く自分と、こうなって何が悪いと憤る自分が居る。
自覚し、伝えた想いは、未だ明確な答えを返して貰っていない。
唯依が聞かないでいる事もあるが、大和がその話題を避けているのもある。
大和が何かしらの理由で人を愛せない事は当の昔に知っている事だ。
唯依の家以上の名家から縁談の話が来ても、唯依から見ても美人の衛士にお誘いを受けても、全てやんわりと、しかし絶対の拒絶で対応してきた大和。
その決意が、並大抵でない事は唯依は1番良く知っている。
大和は例え一夜限りの関係ですら絶対に拒む、それ位徹底している。
唯依は最初は衛士として真っ直ぐに進む日本男児だと関心していたが、今はそうは思えない。
怯えているのだ、大和は。
愛に、想いに。それに関係するモノに。
それを理解していながら、その決意の壁に楔を打ち込み、イーニァやクリスカでもって皹を広げている自分。
そんな自分を破廉恥と罵る自分と、それでも抑えられないと想いを膨らませながら泣く自分。
モヤモヤとした感情が膨らみ、小さな不安を大きくしていく。
「私は…どうしたら…」
大和が居れば、直ぐに聞けるのに、居なくならないよなと、消えたりしないよなと…。
BETAとの絶望的な戦いを続けている極東国連軍に所属し、一級の衛士である以上出撃は免れない。
そして大和本人もBETAとの戦いから逃げる気はない。
故に死の危険性はある、だがそれ以上に不安に思うのは、大和が消えてしまうという結末。
どこか、自分の手が届かない場所へ行ってしまう、そんな不安が過ぎる。
馬鹿な話だと思おうとする自分と、起きてしまうかもしれないと考えてしまう自分。
他国へ行くのか、誰も知らない場所へ隠居するのか、それとも…。
そんな考えがグルグルと頭の中を渦巻く唯依だったが、来客を告げるチャイムにはっと顔を上げる。
「だ、誰か?」
『ピアティフです。副司令からの書類を持ってきました』
デスクの脇に置いてあるモニター付き受話器には、ピアティフ中尉の姿。
扉のロックを解除してどうぞと告げると、書類を片手に入室してくる。
「まだお仕事ですか中尉」
「それはお互い様ですよ」
ピアティフの言葉に苦笑で返してお互いに苦笑する二人。
二人とも夕呼と大和という癖の強い人間の部下というか、秘書的な立場なので色々と共感する部分が多いようだ。
「こちら、開発計画関連の書類です」
「ありがとう。これは……」
「アメリカが正式に開発計画に参加、5日13:00頃に参加部隊と人員が到着するそうです」
既に関係各所には連絡が行っていますと付け加えつつ書類を唯依へ手渡す。
その書類には、確かにアメリカ陸軍から開発計画に参加するという表明と、詳細な資料が付属されていた。
「米国が重い腰を上げたか…主目的は?」
「提出された書類では、最新鋭機の長期実戦テスト及び問題点解決とあります」
「では、F-22Aか…なるほど、疑問視された対BETA戦闘や上げられた問題をこの際に潰す気なのか」
「そのようですね」
資料を捲ると、搬入予定の機種がF-22Aとなっている。
態々最新鋭機を4機も搬入して、開発計画に参加する。
それだけ米国内でF-22Aへの疑問や不信が上がっていると言うことかと納得する唯依。
米国は次世代機開発より現行の最新鋭機の信用と実績アップを狙ったようだ。
ハイヴに接し、常にBETAとの戦いを強いられている横浜基地なら対BETA戦闘も可能だ。
他国からこれ以上F-22Aをバカにされない為にも、参加各国部隊との模擬戦闘がある開発計画は魅力的だろう。
そしてあわよくば、横浜基地の技術の恩恵に与ろうと…。
「不利益にならないなら何も言わないが、少佐なら何と言うか…」
「むしろ楽しみそうな気がしますね…」
揃って苦笑する二人、米国の態度になのか、大和の行動に苦笑なのかは不明だが。
「主席開発衛士は…女性か、エリス・クロフォード中尉…私と同い年か…」
「変った衛士らしいですね、経歴も輝かしい勲章もあれば、昇進を取り消されたりしています」
参加者には詳細な経歴の提示が求められており、軍に入ってからの情報は明確に記載されている。
その中で、エリスは数度の勲章を受けるものの、二度ほど昇進を取り消されている。
その理由は、命令違反とある。
西部地区におけるトップガンらしいが、妙な話だ。
「何をしたのか分からないが、何か在りそうな衛士だな…」
「同感です」
写真に写るのは、キリっとした美貌と伸び始めた感じのセミロングの金髪の女性。
その青い瞳が、真っ直ぐに射抜くようにこちらを見ているのが、唯依には妙な感覚を抱かせる。
「了解しました、当日は私が対応します」
「お願いします、では」
軽い敬礼をお互いにして、部屋を出て行くピアティフ中尉と見送る唯依。
「………他に、特筆する人物や情報は無いか…」
暫く書類を眺め、大和に連絡する情報で大事な物が無いか調べるが、特に無かったようだ。
他三名の衛士もそこそこのトップガンらしいが、唯依は聞いた事がない。
そもそもアメリカは、欧州や日本、ソ連や中東などのように世界に名前が響くような衛士が少ないのだ。
むしろ、空母の艦長や指揮官の方が多い。
国の状況がそうさせているのだろう、もしアメリカにハイヴが在れば、エリス達がそうなっていても可笑しくない。
「とりあえず、アメリカが参加表明した事だけ伝えて置こう」
確認の意味も含めて呟き、パソコンで大和へとメールを打つ。
このメールは大和専用テスタメントにテスタメント通信を経由して直接届けられる為、軍内部での検閲が無い。
故に、数分後には大和に届くだろう。
文章を確認し、送信しようとしてエリス達の名前を書こうか一瞬考え、必要ないなと思い送信するのだった……。
2001年10月3日――――日本時間10月4日―――
米軍基地滑走路――――
「では、諸君らの健闘に期待する」
「敬礼!」
基地滑走路の脇で、軍高官からの訓辞(?)に、佐官が叫び、並んだ衛士四名と整備兵や技術者が敬礼する。
今集まっているのは、横浜での開発計画に参加する人員達であり、アメリカ各基地から招集された面子だ。
その部隊の指揮官として任命されたのは、金髪のストレートヘアを風に靡かせる美女、エリス。
諸々の伝達事項が終わり、横浜行きの輸送機へと乗り込む為に移動を始める面子。
その中で、同じく開発衛士に選ばれたらしき女性がエリスに近寄ってくる。
「あの、クロフォード隊長、自分はアネット・ノイフマン少尉と言います、宜しくお願いします!」
「えぇ、よろしく少尉。一緒に頑張りましょう」
緊張した面持ちの女性衛士だが、これでもエリスと大差無い年齢だ。
なのに上下関係が構築されているのは、階級が理由ではない。
「光栄ですっ、西部最強の衛士であるクロフォード隊長の部隊に選ばれるなんて!」
どこかミーハーな雰囲気の女性だが、その気持ちは理解できるのは女性整備兵達。
現在、BETAとの戦いで男女比が狂い、軍隊にも女性は数多くいるし、場所によってば女性だらけの基地すら在る。
しかし、やはりどの国でも男尊女卑の風習が根強いのか、中々女性は上に行けないし実力を知らしめる事が出来ない。
だが、アネットの前にいる女性は違う。
卓越したセンスと脅威的な技能で戦術機を操り、瞬く間にトップガンへと上り詰めた女性の出世頭。
数度の命令違反、これは基地転属や部隊転属を拒んだ事での昇進取り消しとなったが、そんな事気にせずに悠々と存在するエリス。
そんな彼女の姿に憧れる同性は多く、この基地ではまだ若いのにお姉様扱いだ。
当然、美人なので男性のファンも多い、だが彼女に言い寄る男性は多くない。
「確かになぁ、あの『ブラック・ウィドウ(黒の未亡人)』と同じ部隊に配属されるなんて、妹に羨ましいって言われたぜ、サイン良いかい隊長」
フランクに話しかけてきたのは、不精ヒゲ面の男性衛士。
アメリカ人らしい体格と顔つきの、イケメンだが不精ヒゲで台無しだ。
「私はアイドルじゃないわ、勘弁して」
「そうよ、それにその渾名は失礼よ!」
微笑を浮かべて男性の軽い冗談交じりの言葉を流すエリスと、何故か憤慨するアネット。
黒の未亡人というのは、エリスに名付けられた渾名の一つだ。
彼女がどんな男に言い寄られても靡かず、それ所か「私はある男性に身も心も捧げたの」と、微笑で答える。
しかしエリスの傍にそんな男性は居ないし、プライベートでも男っ気が無い。
でも本人はこう言い張って、誰からのプロポーズにも答えない。
その為、誰かが皮肉で言った『未亡人』という名前が、いつしか彼女の渾名と成っていた。
結婚もしていないのに失礼だと、エリスのファンは憤慨するが、当の本人は気に入っていた。
むしろ、「良いわね、ついでにその前に『黒』を入れてくれると嬉しいわ」と笑顔で言い放つ始末。
故に、『黒の未亡人』という名前が広がる事となったのだ。
因みに、エリスのファンが名付けた他の渾名もある。
海外派遣部隊と違い、中々BETAとの戦闘の機会がない陸軍等は、中々名前を挙げる機会がない為、少しの出世や目立ちだけでこの有様だ。
本人より周りが騒いでいるのは、彼女の人徳故か。
「さぁ、行きましょう。地獄の最前線へ」
「はい!」
「おうよ!」
私物を纏めたバッグやリュックを持ち、輸送機へと乗り込む面々。
目指すは、極東の最終防衛線、横浜基地――――。
10月4日――――
PX食堂―――――
「え、大和お兄様のお考え…ですか?」
目の前の座る唯依からの唐突な問い掛けに、合成玉露を手に首を傾げる凛。
「あぁ、七瀬少尉は私や白銀大尉を除けば一番親しいだろう、何か分からないか?」
「はぁ……確かに私は大和お兄様の妹を自負していますが…」
話の趣旨がいまいち理解できないのか、言い難そうな凛。
唯依はその表情から自分が勇み足だった事に気付いて、咳払い一つ。
そして、ラトロワ少佐の名前を伏せて、大和の行動を話した。
「………確かに、そういう風にも見えますね、お兄様の行動は…」
短い間だが妹として大和を見てきた凛でもそう感じる事が出来る大和の行動。
武のように人類一丸となってBETAとの戦いに挑むという想いがあるなら、技術や情報を広く広めようという考えと思える。
そうすれば、対BETAに高い技術や武装で対抗できるから。
しかし、ラトロワの考える理由にも思えるのは、大和の行動故か。
「大和お兄様は、武お兄様と違って本心を中々明かさないお人です。いつも飄々として掴み所がなく、ふざけた態度や道化な言動すら本心を隠す為の仮面に思える事があります」
「そうだな…それは私も常々感じていた事だ」
大和、そして武。
二人は何かを隠している、それも二人共通する事柄を。
それが何なのか、唯依も凛も予想すらつかない。
それが二人の不可解さをさらに高めているのだが。
「殿下は二人が何かを隠しているのを理解していながら、二人を召抱えたのだろうか…」
「恐らく…。むしろ、お二人の態度や会話から察するに、殿下もまた…」
「何かを知り、何かを隠しているか…」
唯依の呟きにコクリと頷く凛。
殿下が何かと二人の世話を焼くのは、恐らくそれが理由。
もし武に惚れているだけなら、大和にまで便宜を図る必要が無い。
殿下を含め、三人は何かを知っている、その何かが武を強くさせ、殿下を奮い立たせ、そして大和を突き動かしている。
唯依は、その何かが知りたかった。
それを知る事が出来れば、大和が目指す先が見える。
ラトロワの言うように消える事を考えているのか、それとも…。
小さな疑念が渦巻く唯依の様子を察して、凛は何か切っ掛けになりそうな事は無かったか記憶の中を探してみる。
「そう言えば……」
「なんだ、何か思い当たる事があるのか?」
「いえ、関係あるかは分かりませんが…以前、大和お兄様がとても悔やんでいる姿を見たことが…」
「悔やんでいる…?」
「はい。……暗い部屋の中、壁の鏡を殴りつけて……泣いているように見えました」
七瀬家の大和の部屋、その室内から聞こえたガラスが割れる音に、凛が恐る恐る中を覗くと、鏡を殴り壊して佇む大和の姿が在った。
その時の大和の表情は歯を食い縛り、何かに耐えているように見えた。
涙は流していなかった、だが凛にはどこか泣いているように見えた姿。
初めて逢った時から飄々として弱さを見せない大和の、初めて見た姿だったので凛の記憶に良く残っている。
「……それは、何時の出来事なんだ?」
「去年の…丁度今頃…佐渡島ハイヴからBETAの侵攻が在った後です」
記憶を掘り返さなくても思い出せるその出来事、佐渡島ハイヴから新潟に向けて、約3000体ほどのBETAが進撃してきた。
当初はその数から短時間で殲滅できると帝国軍は踏んでいたが、予想に反してBETAは一点突破の如く集団で進軍し、一部部隊が壊滅。
その穴埋めに唯依の白い牙部隊と大和が所属していた中隊が出撃したのだ。
規模が小さく、無事殲滅する事が出来た侵攻だったが、それでも犠牲者は多く出てしまった。
「その時の全滅した部隊の名前を聞いた後に、急に部屋に閉じ篭ってしまったのです」
「全滅した部隊…名前は?」
「確か……“ジャックハンマー中隊”だったかと…」
帝国陸軍の湾岸防衛隊に所属していた古参の中隊。
唯依も少し話に聞いた事のある部隊で、BETAの侵攻を止めようと最後まで止まり、穴埋めの部隊が到着するまでの時間を稼いだ部隊だ。
彼らの決死の抵抗が無ければ、防衛線を抜かれた可能性すらあった。
甲20号こと鉄源(チョルウォン)ハイヴからの侵攻で九州戦線が苦しめられていた時期であり、部隊の数や不知火などの機体の配備が満足に行えていなかった時の運の悪い侵攻事件だった。
「ジャックハンマー中隊か…誰か、近親者か友人でも居たのか?」
「それが…大和お兄様は何も話してくれませんでした。武お兄様は知っているような素振りでしたが、謝るだけで教えてくれませんでしたし…」
兄達に秘密にされて少し落ち込む凛を、苦笑して宥める唯依。
過去が不明で、その考えを中々教えない大和。
その大和が強烈に悔やむ存在が居たと思われる中隊。
謎は深まるばかりだった。
「所で、篁中尉」
「? なんだ少尉」
「大和お兄様とは一体何処まで進んだのですか?」
「えっ!?」
無垢な瞳でワクワクしながら問い掛けてくる凛に、途端に年頃の乙女の顔になってしまう唯依。
「大和お兄様の考えが知りたいと思うなんて、もう契りは交わしたのですか、肉体的な」
「な、ななななななにを言って!?」
「私、前々から篁中尉に憧れていました、そんな中尉が私の義姉になるのなら大歓迎です、そろそろお姉様と呼んでもOKですか?」
ニコニコ笑顔で唯依を追い詰める凛、黒金菌と白銀菌のハイブリットだけあって、悪意無く相手を追い詰めていく。
「わ、わた、私はその、なんだ、まだ…」
「まだ? まだなんですか中尉!?」
「いや、その、す、少しはその…」
「少し! 少し進んだのですか!」
「こ、この話はもう止めにしよう少尉っ、そろそろ交替の時間だろうっ」
話の雲行きが怪しくなってきたので、興奮気味な凛をドウドウと嗜めながら時間を示す。
「あ、そうですね…残念ですが、このお話はまた後日と言う事で」
では失礼しますと敬礼して去っていく凛、毎度の事ながら切り替えの早さが大和そっくりだ。
「はぁ……結局、本人に聞くしかないのだろうか…」
大和の行動と考え、その真意を知るにはもう本人に問い掛けるしかないだろうと考える唯依。
武はきっと笑って誤魔化すだろうし、殿下には恐れ多くて聞けない。
夕呼も知っていそうだが、彼女の場合逆に根掘り葉掘り聞かれそうなので却下だ。
「大和……お前は何を目指しているんだ…」
手元の温くなった合成玉露を眺め、気落ちしたように呟く唯依。
その姿を遠くから見ていたおばちゃんは、武も大和も罪作りな男だと肩を竦めるのだった。
14:34――――
開発区画・ジャール試験部隊用格納庫―――
「少佐っ、こちらに居られましたか!」
「騒がしいぞターシャ。一体どうした?」
ソ連陸軍の参加部隊、ジャール試験部隊用に貸し与えられた格納庫。
戦術機が予備含めて6機格納できるスペースと、機体を解体する事ができる作業スペースが確保された格納庫だ。
片側に四機、反対側に2機と作業用スペースという間取り。
話し合いの為に部屋や休憩部屋も簡単ながら完備され、格納庫の外には野外用のガントリーが在り、実機訓練や試験の時はそちらを使う。
そんな格納庫の中を見渡せる天井に1番近いキャットウォークの上に、制服の上からソ連陸軍のコートを羽織ったラトロワが居た。
葉巻片手に作業する整備兵や開発者を見つめていた彼女の元へ、息を切らせながらターシャがファイル片手に駆け寄ってくる。
「こちら、横浜基地から提供された資料です、見てください!」
何やら慌てた様子のターシャに、何が書かれているのやらと思いながら受け取る。
火の付いていない葉巻を咥えながらファイルを開けば、横浜基地への定期申請書と、組まれた定期試験部隊対抗模擬戦闘の予定、そして新しく開発計画に参加する予定の部隊の名前等が記載されていた。
「見てください、ここを」
「………ほう、終に我慢出来なくなったか」
ターシャが指差す先は、新たに参加する試験部隊の名前。
そこには、アメリカ陸軍所属と書かれている。
「しかも、もう対抗模擬戦闘にエントリーしています」
「確かにな。最初は豪州、次は東欧州社会主義同盟…節操が無いな、手当たり次第に対戦して結果を残す心算か…」
くっくっくっ…と肩を震わせるラトロワ。
アメリカから参加する部隊は、なんと到着してから三日で他国試験部隊との模擬戦闘が組まれている。
普通、到着して直ぐにXM3に換装するので、数日は慣れる時間が欲しいものだ。
にも関わらず、彼らは到着前から模擬戦闘のエントリーをして手当たり次第に試合を組んでいる。
XM3や参加部隊を甘くみているのか、それともそれだけの自信があるのか。
「後者だとすれば…中々厄介な連中だな」
「少佐…?」
「そうだな、暫くは様子を見ましょう。アメリカご自慢のF-22Aが、どれだけの物か…たっぷり見学させて貰おう」
そう言って眼下の格納庫を眺めるラトロワ。
作業用スペースでは、何やら砲身のような物体が組み上げられていた。
「他の試験部隊はどう動くと思いますか?」
「そうだな…模擬戦闘を組まれた部隊は兎も角、統一中華戦線軍辺りは嬉々として勝負を挑みそうだな」
そのラトロワの苦笑と共に出た言葉に、ターシャは納得だとばかりに頷いた。
同時刻・統一中華戦線軍用格納庫―――
「へぷちっ!……誰か噂してるのかしら…」
突然のくしゃみに、鼻をかみながら呟くのは崔中尉。
彼女は現在、ラトロワ達と同じように提供された資料を見て作戦会議中。
「隊長、ついに米国が参加してきましたね」
「そうね、そもそもこの横浜基地の技術力なら、参加しない方が馬鹿なのよ」
まるで我が事のように胸を張る崔中尉。
来る前までは馬鹿にしてた癖に…と心の中で呟いたのは同部隊の男性少尉。
「何か言った?」
「いえ、何も」
やたら勘の良い彼女の前では心の中で呟くのすら一苦労のご様子。
「それで、次の模擬戦闘へのエントリーはどうします?」
高確率で米国と当たりますよと話しながら申請書を手にする少尉に、むふんと腕を組む崔。
「当然、米軍対戦希望で出すのよ。ウチの殲撃10型の性能を試すチャンスでもあるわ」
F-22A相手なら不足なんて無いと息巻く崔中尉に、やっぱりねと諦め顔の部隊衛士達。
横浜基地の試験部隊対抗模擬戦闘は、基本横浜基地が模擬戦闘を組むが、それとは別にエントリーという方法が存在する。
これは、横浜基地が定期的に組む定期模擬戦闘とは別に、同じくエントリーした部隊とで模擬戦闘が行われるという物。
改良や改造が出来たので是非他の部隊との戦闘で試したい、でも予定で組まれた戦闘はまだ先だなーという場合などに活用される物で、アメリカが豪州や東欧州に挑戦したのもこれだ。
区別としては予定試合とエントリー試合という風になっている。
因みに、相手が居ない場合は、横浜基地試験部隊やA-01が駆る不知火・嵐型が出てくる。
また、エントリーの場合は対戦希望国があれば記載すると、その国がエントリーしていた場合優先的に試合が組まれる。
そしてアメリカは到着して三日後からのエントリー試合に申し込みをしている。
既に予定が組まれた豪州・東欧州の他にエントリーが居なければ、その次は間違いなく彼女達、暴風試験小隊となるだろう。
豪州や東欧州は横浜基地試験部隊か不知火・嵐型部隊を狙ってエントリーしたのに、運が無いのか有るのか、アメリカとの試合となった。
「脚部の改良で近接戦闘でのムラが少なくなった今の殲撃ならF-22Aと言えど、懐に入ればこっちのモノよ!」
XM3、そして脚部などの改良で動きが格段に良くなった殲撃10型に自信を持つ崔中尉はそう言って拳を握った。
部隊の衛士達はそんな崔に苦笑しつつも、頼もしい指揮官殿だと笑顔を見せる。
「でも中尉、その前の横浜基地との予定試合が在りますよ」
「あ………」
アメリカ参加、F-22Aとの戦闘ですっかり忘れていたらしい。
明後日、横浜基地の部隊との定期試合を控えているのだ。
「無茶して壊さないで下さいよ、中尉」
「あんまり熱くって機体ボロボロにしないで下さいね、隊長」
「一か八かの賭けも程ほどにして下さいね」
「う、うるさいわねっ、分かってるわよ!」
ツインテールを跳ね上げながら、仲間からの言葉に顔を赤くさせる崔中尉。
途端に笑い声に包まれる格納庫内だった。