2001年10月3日―――――――
開発計画区画・地上総合格納庫―――
「やはり、パーツの相性が浮き出てくるな…」
「そうっすね、パーツの精度じゃ負けてませんが、一つ一つのレベルが外国は高いから」
開発計画に宛がわれた区画にある総合格納庫で、唯依とシゲさんが設計図を眺めながら頭を悩ませていた。
現在総合格納庫にはアフリカ連合軍から参加した部隊の戦術機、ミラージュ2000が並んでいる。
現在、技術提供の要請があった為に総合格納庫へ運び込まれて機体を解体しているのだ。
アフリカ連合軍からの提供依頼は、高速砲撃戦強化試験型ミラージュ2000を横浜基地のスレッジハンマーのように、強力な火力を持たせられないかという依頼。
アラスカで参加した部隊が色々と散々な結果を残したらしく、真っ先に泣きついてきたのだ。
首席開発衛士を始め、ほぼ全員が実戦を経験した事がないという温室育ちの衛士。
その為か不明だが、BETAなんて砲撃で押せば勝てると考えている節がある。
それで勝てるなら今頃アメリカ万歳三唱よ…と、夕呼先生の言葉。
確かに、今の横浜基地の実力ならば、機動力・砲撃力・近接能力、どれも上げる事は可能だ。
だが、ミラージュ2000が求められているのは機動砲撃戦能力、つまりスレッジハンマーのように腰を据えての砲撃戦ではなく、高速機動を行いながらの砲撃能力。
しかも、アフリカの注文は「スレッジハンマーレベルで」だ。
陸の戦艦の異名を持つスレッジハンマーと同レベルの砲撃力、それなんて無敵ロボ?
やろうと思えば可能だ、雪風もある意味、高速砲撃戦型だし。
だが、アフリカはもう一つ注文がある。
安価で。
安値でスレッジハンマーレベルの砲撃力、そして機動性は高い機体。
「舐めとんのかゴルァッ!?」とは大和の台詞、卓袱台が無かったから代わりに『げきしんさん』をひっくり返した。その後クリスカが胸キャッチした。
如何にチート技術と未来の設計図を持つ大和であっても、安価という言葉を付けられると途端に弱い。
未来の技術だの設計図だの、言葉は魅力的だが、それを形にするには当然お金が掛かる。
しかも現在形になっていない技術、作るだけでお金が掛かる。
今まではオルタネイティヴ4の後押しや夕呼経由で売り捌いた設計図や技術の資金、ライセンス契約での儲け。
依頼料なんかも含めて、潤沢な資金プールが在ったからこそ雪風やX01が造れたのだ。
アフリカの依頼は、安値で雪風レベルの作ってと言っているのと同じ。
造ってもお前らには使えねーよとは雪風に乗せてもらったタリサの言葉。
そもそもミラージュはF-5系列の機体、横浜が得意とするのはF-4系列やF-15系列、それに日本製戦術機。
故に、F-5や系統が異なる機体には開発や改修に時間が掛かる。
ノウハウが少ない事や、技術者・開発関係者・整備班が慣れていないのもある。
なのに、大和曰く箸で茶碗チンチン鳴らして催促されている気分だと言わせるアフリカ連合。
そんな彼らの様子に、大和が「いっそデッドボール搭載してやろうか!?」と叫んだのは唯依姫の記憶に新しい。
因みにデッドボールは、ファイアーボールやキャノンボールと同時期に開発されたスラスターパックの名前である。
高出力だがその出力制御に難があり、機体操縦が難しくなり、最悪暴走して爆発する可能性がある。
当然危険なので改良が見込めなければ破棄される装備だ、名前もデッドボールなんて名付けられるし。
そんな欠陥品を搭載してやるなんて言い出すのだから、大和の疲れが垣間見える。
なので唯依が副官としてアフリカ連合と交渉し、先ずは機体の問題点の改良から始める事になった。
小さな問題を後に残すと、改造してから大変な事になると説明して。
現在の試験機に小さな問題から大きな問題まで在るアフリカ連合は(どこの機体もそれは同じだが)、それもそうかと納得してくれた。
これの裏では、特に開発活動もせずに横浜に頼った事でアフリカ連合をバカにするような視線が増えた事もある。
別に「やだー、いきなり技術提供? キモーイ!」「技術提供が許されるのは、開発に行き詰ってからだよね~!」とか言われた訳では無い、似たような事は囁かれていたが。
因みに同時期に相談した豪州は、F-18の問題点の改良の為の意見と、複座型故の機体開発のアドバイスを貰って実践し始めている。
アフリカ連合と違って聞いたら早速やってみようと、自分達で始めた辺り、心構えが違う。
F-18、ホーネットに関しては大和が個人的に開発元のノースロックと親しい為、改良は割りと簡単に行えるのだが、豪州は先ずは自分達で挑戦だと考えているようだ。
この辺り、もう少しアフリカ連合や、技術提供を受けるかどうするかウジウジ悩んだりしている国に見習って欲しいと唯依談。
それは兎も角、現在アフリカ連合の機体の問題点を虱潰しにして直し、開発衛士達に操縦させて違いを実感させ、今後の開発の指針を考えさせようと唯依は大和に提案した。
ちょうど十日ほど大和が出張なのもあり、唯依が指揮を執っている。
現在シゲさん達と話し合っているのは、機体の問題点解決の為の方法なのだが、横浜基地が使っているパーツは基本日本でライセンス生産された部品や、輸入した物だ。
それ故、国によってはパーツのマッチングや相性的な物でバランスが悪くなる。
出来れば専用に作るかそれ相応の場所に依頼するのだが、部品は消耗品。
唯依達がその部品で改良しても、アフリカ連合がその部品を自分たちで調達出来なければ意味が無い。
色々と難しい問題である。
「一度、搭載する機器でどれ位差が出るか調べてみるのも良いかもしれないな…」
「そうっすね、とりあえず一番相性が良いの搭載しておきます」
何でも試すのが開発だとは、果たして誰の言葉だったか。
大和に感化された開発者や技術者が多いので、誰かしら名言(迷言?)を言っていて困る。
「浪漫は体現するものじゃない、成した事が後の浪漫に成るんだ!」
「仕事しろっ!」
なんかスレッジハンマーの上で演説している斉藤君、釘原が殴って連れて行った。
現在並行してスレッジハンマーの武装継続開発計画が行われており、斉藤達はそれで招集されたメンバーだ。
これは、開発参加国にスレッジハンマーの性能を知ってもらい、導入に前向きに成ってもらう狙いがある。
スレッジハンマーの輸出やライセンス契約で割りと儲かっているらしい、夕呼先生がバンバン開発しなさいと笑顔で命令してたし。
「大変そうだな、タカムラ中尉」
「あ…ラトロワ少佐」
シゲさん達が出て行った部屋、そこへ現れたのは、コーヒーもどきが入ったカップを手にしたラトロワ少佐だった。
彼女は唯依へ片方に持っていたカップを手渡して総合格納庫を眺める。
今唯依達が居るのは、総合格納庫内、中三階と言える位置にある部屋。
主に改良や改造の話し合いや設計見直しなどに使われる部屋で、窓の外にはガントリーに固定された戦術機の頭部が見える。
「クロガネ少佐が居なくても動けるのだな」
「……どういう意味でしょうか」
カップを受け取り、労いの差し入れかなと内心首を傾げていた唯依は、ラトロワのその言葉に表情を硬くする。
「何、あの少佐が居なくなったらどうなるのかと思っていたのでな。全て少佐の指示で動いているだけかと思っていた」
つまりは、横浜基地の連中は大和におんぶに抱っこ状態だと思っていたと皮肉気に言うラトロワ。
そんな彼女に唯依は視線を鋭くする唯依。
その視線を受けても、ラトロワはその微笑を消さない。
「確かに、外からはそう見えるかもしれません。ですが、少佐は常に我々を導いています」
確かに、大和の技術や発想に、開発者や技術者は呆然とする。
だが、大和はその技術を彼らに叩き込み、彼らが同じ事を出来るようになったら後は任せてしまう。
また、彼らが独自の発想を出したら、否定せずにじっくり考えるのだ。
それも大和と出した人間だけでなく、他の開発者や技術者、さらに整備班まで呼んで皆で考え、意見を出して話し合う。
現在横浜基地で実用化されている技術で、大部分は大和発案だが、残りは全て開発者達が出したアイデアだ。
大和は積極的に彼らのアイデアを採用したり、話し合って修正しながら取り入れたりしている。
それが技術者・開発者達のレベルアップや発想の転換に繋がり、現在の横浜基地技術部を造り上げた。
自分一人でするのではなく、下が育ったら後は任せて次のレベルへと進んでいく。
それを、唯依は導いていると見ている。
日本のメーカーや帝国軍に技術を流すのも、総合的なレベルアップを狙って。
今の横浜なら、5年先の技術なら設計図やアイデアを出せば造ってしまう、もうそこまで来ているのだ。
だが、大和という人物の印象が強い為、ラトロワのように思う人間は多い。
実際、アフリカ連合も唯依やシゲさんでは話にならないと最初話し合いに応じなかった。
だが大和の指示で実際に実力を示したので、今は大人しく従っている。
どうもアフリカ連合の主席開発衛士は今回の開発計画を勘違いしている節が見受けられたが、どうでも良いので置いておく。
「そうだな…今はそう見える」
窓の外、整備ガントリーで機体に集まって、参加国の整備兵に技術を叩き込んでいる横浜の整備兵。
その表情からはやる気と熱意が見て取れる。
ラトロワが素直に認めたので少し拍子抜けする唯依は、彼女が持って来たコーヒーもどきに口をつける。
「まるで、自分が“居なくなる”事を考えているような方法だな…」
「っ!?」
ポツリと呟いたラトロワの言葉に、コーヒーもどきを噴出しそうになる唯依。
「な、何を突然…っ」
「そう思わないのかタカムラ中尉? 技術や考えを叩き込み、限度はあれどそれを惜しげもなく広めていく。軍としても企業としても外れた行為だ」
軍で在れば自国・自軍の技術を他国へ広めるという危険性。
企業であれば折角の技術を他の会社へほぼタダ状態で渡して広めるという経営性の無さ。
唯依や武側から見れば、それだけBETA戦に危機感を覚えて対策をしていると取れる。
だが、それを知らない人間から見れば、“そんな事はどうでもいい”という風にも見える。
まるで、後の事は知った事でないとばかりに。
「―――っ、ラトロワ少佐、貴女は何を…!」
「考えてみろ中尉、技術者・開発者のレベルを上げ、戦術機のレベルも上げる。もしこのまま行けば、横浜基地やそれに関わる場所の技術レベルは格段に上がるだろう。そしてその関わりには実質制限が“無い”」
参加国は、決まりさえ守ればどの国でも参加できるし、技術提供も代価さえ払えば誰でも受けられる。
当然その技術には制限が付くが、その制限が相手のレベルに合った技術レベルと考えれば、無いに等しい。
いきなり自分たちが作れない武器の設計図渡されても困るし。
「数年後には、今は難しく、横浜でしか出来ないような技術や開発も、多くの国で実用化されるだろう…そうなれば、もうクロガネ少佐が存在する意味は無い」
「っ、如何に佐官と言えどそれはっ!」
「聞けッ!!」
「――――っ」
唯依の公としても私としても許せないラトロワの言葉に抗議しようとした彼女だが、ラトロワの一喝で言葉が止まる。
流石は大隊指揮官まで上り詰めた女傑、気迫と貫禄は月詠大尉以上だ。
「貴様が気付いていないのか、それとも無意識に“そう”しているのかは知らん。だがそう考えても可笑しくないのだ、奴の行動は」
「そ、それは……」
唯依とて思い当たる節が在る。
彼女や開発者達が目が眩むような技術や設計図を、惜しげもなく披露し、教えるその姿勢。
まるで、自分が居なくなっても開発者・技術者達が進めるように、道を、レールを敷いているような大和の姿。
確かに彼は開発者であると同時に衛士だ、BETAとの戦闘で死ぬ事もあろうだろう。
だが、それにしては緩やかなのだ、彼の教え方は。
BETAとの戦闘での死を恐れるならもっと必死に教えるだろうし、何か情報として残すだろう。
だがそれが無い、大和は技術者達が育つのを根気良く待ち、そして次へ進んでいる。
直ぐではない、しかしいつか彼が消える日が来るのだとすれば…ラトロワ少佐の言葉に納得してしまう。
前に唯依は大和に尋ねた、「そんな貴重な技術や情報を、どうして安易に広めるのか」と。
それに彼は笑って答えた、「いずれ誰かが考えるし実用化される、なら早い方が良い」と。
彼がその技術や情報を広めようとするのが、人類一丸となっての対BETA反攻ではなく、自分が消える事を予測しての行動だとしたら。
「――――――――っ!?」
それを考えて、唯依は背筋が凍った。
あの大和が消える、病気か、事故か、それとも戦闘でか。
いずれにしろ、唯依は時折大和が浮かべる笑みを思い出した。
あの、どこか儚く、何かを諦めたような、笑みを…。
「…………とはいえ、私がそう感じただけだ。貴様が考えた不安が本当かどうかは知らん」
唯依の怯えたような表情に、瞳を細くして溜息をつくラトロワ。
その内心で、余計な事を言ったなと嘆息する。
本題はこれからなのだ。
「私はクロガネ少佐を、ヤマト・クロガネという男を知らん。だからそう思わせるのかもしれん。タカムラ中尉、貴様は彼と親しいのか?」
「…………一年ほど、上官を。その後同僚と部下をして来ました、今この基地に居る人間の中では、2番目に親しいと自負しています」
ラトロワが本題を話し始めた事に気付いて、考えてしまった未来を軽く頭を振って消す。
そんな未来、来るわけが無いと自分に言い聞かせて。
「2番目か、貴官が2番となると1番は余程親しいのだろうな」
苦笑するラトロワ、何度か唯依が大和と夫婦漫才的な行動をしているのを目撃しての言葉だ。
それに赤くなりつつ、言っても大丈夫かと思い口を開く唯依。
「1番は、少佐の親友でもある男性衛士です。お互いを親友と認め、二人が組めばどんな敵も塵芥と化すとすら言われました」
「ほう、それはそれは。もしや、例のXM3開発衛士か?」
鋭いラトロワの言葉に、口を噤む唯依。
「それは秘密か。世界に普及し始めたXM3の開発者としての名を隠すとなると、それだけ重要な位置に居るのか、それとも特殊な部隊に配属されているのか…」
「(鋭い…っ)」
唯依の表情と僅かな情報から的確に推測するラトロワに、内心冷や汗を流す唯依。
これだけの鋭さを持つなら、先程のような事を感じるのも頷けると思いながら。
「まぁそれはいい。衛士として気にはなるが、それよりも私が知りたいのは彼の出生だ」
そう言ってラトロワは唯依の対面にある椅子に座り、鋭い視線を向ける。
「国連軍のデータベースでも機密とされ、詳細な情報は誰も知らない。貴官は知っているのかな…? 副官である貴様は」
その挑発混じりの言葉に、心を落ち着かせようとする唯依。
ラトロワの真意は不明だが、間違いなく彼女は大和の事を勘繰り、調べようとしている。
それが彼女の意思なのか、国からの命令なのか謎だが。
「生憎ですが、少佐のプロフィールは国連軍でも機密とされています。お答え出来ません」
ラトロワの視線に真っ向から向き合い、キッパリと口にする唯依。
伊達に彼女とて白い牙を率いてきた訳では無い、年季こそ差が在れど、度胸と意思は負けていない。
「日本帝国軍でもか?」
「そうです」
「そうか、貴様も知らないのか」
「―――っ」
サラリとラトロワの口にした言葉に、唯依の表情が一瞬反応し、その後しまったと沈痛に歪む。
「図星か。貴様はもう少し腹芸と話術を学んだ方が良いな」
やはり年季か、年の功か、ラトロワの方が一枚上だった。
そう、唯依も大和の出生を知らない。
武はBETAの侵攻の際に死亡と思われたが、逃げ延びて保護されるまで山の中へ篭っていた……という事になっており、城内省のデータも正式に書き換えられている。
大和とはその時出遭った事になっている。
大和の戸籍は無く、大陸から逃げてきた日本人、両親は大陸で死亡、自分は輸送船で密入国して日本に来た事になっている。
この事は殿下の計らいで武共々機密として隠され、知る者は限定されている。
その情報が嘘であると知っているのは、殿下と夕呼、それに霞だけだ。
穴がある設定だけに、殿下も夕呼も機密として扱った。
それ故、唯依や巌谷であっても大和の出生や生い立ちを知らない。
突然斯衛軍に配属された武家ではない二人、その異例な事態は、二人の異常なまでの技量で上書きされた。
その後、00式戦術歩行戦闘機、武御雷の配備が開始されて、二人は黒としてType-00Cを与えられた。
異例の配備の若過ぎる衛士に、最新鋭機を与えた事で斯衛軍でも紛糾したが、紅蓮大将の一喝でその場は収まった。
そしてその後のBETA侵攻に二人は月詠大尉率いる斯衛軍中隊として戦線へ。
そこで打ち立てた功績から、黒の双璧の名が広まる事となった。
唯依が知っているのは、異例の配属からの事だけ。
あの月詠大尉ですら、知らないのだ。
「益々謎になったな、ヤマト・クロガネという人間が。あの若さであの技術、まるで未来を視ているかのような発想、そして今の先を行く技術の設計図…私からしてみれば、異質でしかない」
「………………」
唯依は言い返せなかった。
今まで気付かなかった、否、気付かないフリをしていた事。
黒金 大和という人間、その底の見えない謎と生い立ち。
彼と言う人間を隠している、謎。
それは、長い付き合いの唯依でも知らない、深い深い沼のようなモノ。
「正直、彼があぁで良かったと思っている。アレが敵になったらなど…考えたくもない。そう思わないか、中尉」
「……………そう、ですね…」
「………邪魔をした。クロガネ少佐は数日出張だったか?」
「……数日間は日本のメーカーの視察、その後帝国陸軍での話し合い、帝都での会議。後は造船関係の工場を周る予定です。あと10日は戻りません…」
立ち上がるラトロワの問い掛けに、淡々と答える唯依、その視線は手元のカップに注がれている。
「そうか、ならばその時彼に直接聞いてみよう」
「……少佐は答えませんよ」
「それでもだ。頭の隅をちらつく不安など、不快でしかない」
そう言って部屋の出口へと歩くラトロワ。
唯依は何も言えず、その背中を見送るしかない。
「失礼しま~っとと、あらお邪魔でした?」
ラトロワが扉を開けて出ようとした瞬間、扉が開いてツインテールが今日も元気な崔中尉が顔を出した。
彼女は室内の雰囲気にタイミング悪かったかと内心汗を垂らす。
「いや、今終わった所だ」
「そうですか、あ、タカムラ中尉、少佐の宿題なんだけどー」
手にしたファイルを軽く掲げながら室内の唯依へ声を掛ける崔中尉。
唯依は少し慌てて立ち上がると、崔中尉を中へ通す。
「どうかしたのか?」
「殲撃の脚部のショックアブソーバで、制御機構の改良の所で少し躓いて…」
室内からの会話を聞きながら、静かに扉を閉めるラトロワ。
「少し急ぎ過ぎたか…私もまだまだだな…」
自戒するように苦笑し、その場を後にするラトロワ少佐。
彼女は、大和という存在に疑問を覚え、情報を集めようとした。
それは、彼の存在に惹かれたのではなく、恐怖を覚えたと言っても良い。
「宿題か…他の国にも何か出しているようだな…」
胸のポケットから取り出したのは、あの時大和から受け取ったデータチップ。
その中には、開発計画に有益な情報と共に、一つの設計図が入っていた。
そのタイトルは、“宿題”。
中身は穴あきの設計図、しかもSu-37に使える装備の。
「私の読みが間違いでなければ、“これ”を完成させてみろという事か…」
与えられた技術と、手に入れた情報。
それらを駆使して、完成させる機体。
それがどんな物に仕上がるかは、造る自分達次第。
「奴が何を考えているのか…私はそれが知りたい…」
チップを握り、総合格納庫を後にするラトロワ少佐。
彼女の言葉には、得体の知れないモノに対する恐怖が混じっていた……。
15:37―――――――――――
地下シミュレーションデッキ―――
『タケルちゃーん、これ以上は無茶だよ…!』
通信の純夏の声に、深呼吸をしていた武はニカッと笑みを浮かべる。
「まだ大丈夫だ、それより次は対戦術機データを頼む、レベルはSSだ」
『だ、ダブルえすって、無茶だよタケルちゃんっ、霞ちゃんも何とか言ってよ!』
『武さん…』
純夏の怒ったような言葉と共に、悲しそうな瞳の霞が通信画面に映る。
「大丈夫だって、一人でオリジナルハイヴ攻略するよりマシだからさ」
『レベルの差が分からないよー、SSなんて変態さんだよタケルちゃん…』
心配と呆れで表情を歪ませる純夏、現在彼女は霞と共に武の訓練のサポートをしている。
本日はまりもが元207の訓練に付っきりなので、こうして管制のサポートをしている。
彼女の性格を考えると管制? と首を傾げてしまうが、彼女のハッキング能力と演算能力を使えば、シミュレーターデッキの能力を一時的に上げる事も可能なのだ。
しかも霞と霞専用テスタメントの補佐付き。
故に、現在武が挑戦しているシミュレーターの内容は常軌を逸している。
紅蓮大将を始めとする、データの存在するエースや伝説級を相手に勝ち進むモノや、純夏が覚えていて夕呼に教えたハイヴのデータから作られた各ハイヴ攻略。
A-01やハンマーヘッド部隊、スレッジハンマー部隊との戦闘等など、バリエーション豊富、バラエティに富んだ内容。
当然、一般衛士や一部以外に見せてはならない情報だらけなので、終わったらテスタメントに戻してログ類は全部消去だ。
「変態言うなよ! ったく、大和が仕事で色々頑張ってるんだ、俺は俺の仕事を精一杯やるんだよ」
横浜基地へ配属となる時、大和は言った。
「お前は衛士として真っ直ぐに戦え、雑事は全部俺が引き受けてやる…ってさ。だから俺は精一杯戦う、アイツが敷いてくれた道を真っ直ぐにな」
そう言って笑う武に、見惚れる二人。
今の武は、本当に見惚れる位に輝いていた。
思えば初めて出来た親友の、その思いに報いる為に。
その為に、武は強くなる、どこまでも、どこまでも。
友が敷いたレールを、真っ直ぐに、どこまでも。
「さぁ、次を頼むぜ、純夏、霞」
『もぉ…そんな事言われたら止められないよ…』
『武さん……無理だけは、しないで下さい…』
恋人の言葉より親友の言葉かよーと内心いじけつつ、準備する純夏と、無茶は兎も角、無理していたら止めろと大和に言われている霞。
二人の言葉に苦笑してから、シミュレーション内の陽燕を動かす。
先程までのデータでの損傷や残弾が回復し、映像が乱れ、やがて白い世界になる。
『場所は?』
「そうだな……荒野で」
純夏が聞いてきたオーダーに答えると、直ぐに白い世界が荒野に変わる。
BETAに蹂躙された、草一つ生えていない悲しい世界。
そして、少し先の、崖の上に黒い影が次々に現れる。
それぞれ、強襲前衛・強襲掃討・砲撃支援装備の、月衡。
それが3体、こちらを見下ろして立っている。
その映像に、仮想と知りつつ喉を鳴らす武。
「大和の月衡が3体か…本当に、変態仕様だな…!」
グリップを握り、陽燕を身構えさせる武。
純夏の秒読みと、状況開始という言葉と同時に動く双方。
連携して襲ってくる3体の月衡、それら全て、大和の操縦ログやデータから生み出された、データの上での“本物”。
故に、その動きも戦法も、本人を相手にしているのと変わりない。
在るとすれば、窮地での意外性や発展性が無い事か。
一対一なら勝ちを狙える、だが相手は3体、しかも大和お得意の戦法をそれぞれ展開する厄介な相手。
一撃離脱、強襲連撃、そして隙を逃さない連携。
組めば心強い相手、それが同じ相手と連携を組んで襲ってくる悪夢。
「くっ!」
連携攻撃を回避しつつ反撃の糸口を探す武。
機体コンセプトの関係で、回避や機動力なら陽燕が上だが、直線での加速や戦闘継続時間は月衡の方が上だ。
本体はほぼ同じなので、突き詰めた場合の話だが、今それが起きている。
全力での機動と戦闘で、このまま戦えば先にガス欠になるのは陽燕。
その後数分間は月衡がほぼ全力で動ける。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
咆哮し、ソリッドブレードを右手に、左手に突撃砲を持ちながら襲い来る月衡の連続攻撃を往なし、避け、弾く。
だが段々と追い込まれ、傷が増えていく。
「くそ…っ、オーバーシステム…!!」
陽燕に搭載された、機体各部のリミッターを解除するシステムを解放する武。
このシステムの為に、現在武が使用している筐体は特別に強化されている。
加速度の負荷だけは再現し切れないものの、容赦無いその動きに筐体がガクンガクンと激しく動く。
一時的に性能が大幅に上がった陽燕、普通なら勝ちが見える状態だ。
だが、難易度SSは伊達ではない。
陽燕の装甲が変形したように、ほぼ同時に月衡三機がオーバーシステムを起動した状態になって襲ってくる。
「ぐぅぅぅぅぅ……っ、ま、負けるかよぉぉぉっ!!」
何時しか空中での高速機動戦闘に移行し、データの空で激しく戦闘を繰り広げる武。
その気迫は、見るものを圧倒させる程だった。
「だーーーーっ、畜生、負けたーーーー!」
『お疲れタケルちゃーん。いい所まで行ったのにね~』
筐体の中で脱力する武、顔面汗びっしょりでぐでーっとなっている。
そんな彼に、内心安堵しつつニヤニヤ笑っている純夏。
因みに現在霞が、ドリンクとタオルを準備して筐体へ向っている。
純夏と交替でお世話しているようだ。
「畜生、大和の性格ならあぁするって分かってたのになぁ…」
『一機撃破して油断したね、一機が動き止めて最後の一機がブスリだもん』
武と会話しながらログを見直す純夏。
結局武は一機根性で落としたが、攻撃手段が短刀だけになった機体が被弾覚悟で突貫。
陽燕の動きを止めた瞬間、残った機体がソリッドブレードで陽燕を仲間ごと串刺しにしたのだ。
大和は時々「ここは俺に任せろ!」とか「今だ、俺ごと奴を撃て!」をやるのだ。
とは言え、ハイヴ攻略やBETA相手では先ずやらないが、対戦術機戦闘のシミュレーターだと高確率でやる。
特に相手が紅蓮大将や月詠大尉達の場合、必ずと言って良いほど。
本気なのかお茶目なのか不明だが、それをやった時はシミュレーション開始前に「俺、このシミュレーションが終わったら告白するんだ…」とか言っていた。
で、その告白の内容が「すまん、唯依姫の分の最中をつい食ってしまった」とかだったりと、武ちゃんには意味不明だった。
巌谷中佐が送ってくれた最中、一部合成だが高級品を、ついで食べられてしまった唯依姫。
珍しく涙目だったのは、甘いものに餓えていたのか、それともそれだけ大好物だったのか。
どちらにせよ、大和はしばき倒されたが。
「はぁ~、SSはまだ無理か~」
『そうだね、しかもこれ、その上が在るんだよね…』
引き攣った顔の純夏、何を隠そう、そのデータを大和に依頼されて構築したのは純夏。
純夏の演算能力をフルに使い、さらに霞協力、夕呼監修の末に完成した対戦術機戦闘シミュレーションパターン、難易度SSS。
その内容は、オーバーシステム開放有りの陽燕が5機。
しかも、各機体武ちゃんの機動データと戦闘データを元に、207Bの長所のデータを組み込んだ特別製。
つまり、武ちゃんの動きをする207Bの面子が襲ってくるのだ。
SSをクリアしないと開放されない為、武ちゃんは知らないが、知ったら絶対に悪夢だ…と呟くだろう。
因みに難易度Sは陽燕一機で、武ちゃんのデータそのままが相手だ。
『(今、私の機体とか直援機とかも含めた難易度“スペシャルナイトメア”を構築してるって言ったら、タケルちゃんどんな顔するかな…)』
筐体に入った霞からタオルとドリンクを受け取って礼を言っている武を画面越しに眺めながら、少し苦笑する純夏。
完成度は70%、まだ純夏の機体や付属するデータの設定が終わっていない、と言うか実物が動いていないので完成してない。
完成したらさぞかし武ちゃんが吼えてくれるだろう、気合の雄叫びか悲鳴かは不明だが。