2001年9月11日―――――――――
「武、今時間空いているか?」
武が帝国軍へのXM3教導を行っていると、大和が現れた。
「大和か、大丈夫だぞ。中尉、少しの間お願いします」
「はい」
教導を手伝ってくれているピアティフ中尉にその場を任せ、大和について行く武。
「どうだ、帝国軍の教導は?」
「まずまずかなぁ、やっぱり207みたいにサクッと覚える訳には行かないみたいだし」
苦笑して教導を受けている衛士達の成長具合を思い出す武。
既に一度、旧OSで慣れてしまっている衛士は、やはり少しXM3を覚えるのに時間がかかる。
こればかりは、身体が覚えてしまっている事なので、慣れさせるにはやはり何度も乗って覚えるしかない。
「でもやっぱり帝国の精鋭だよ、もう三次元機動を多用するようになったぜ」
各基地や部隊から選ばれただけあって、覚えも熱意があるのか早かった。
特に、教導隊から派遣された衛士は跳び抜けて成長が早い。
聞けば、まりもの後輩だと言うではないか。
「そっちはどうなんだ? 確か今は参加国の試験部隊へのXM3の説明の筈じゃ…?」
「うむ、唯依姫に投げっ放しジャーマンした」
胸を張った意味不明な言葉に、丸投げしたのね…と苦笑して唯依に内心でご苦労様ですと頭を下げる。
現在、唯依は試験部隊の衛士を集めてXM3の説明に入っている。
その後は、武ちゃんに協力させて造った教導用映像資料や操作ログを元に、各部隊でシミュレーターや実機での訓練が待っている。
「まさか、あのしらぬいくんVerで説明してないだろうな…?」
「バカを言うな、俺とてTPOは偶には弁える可能性も高い事が立証されれば嬉しいな」
「どっちだよっ!?」
大和の意味不明な回答に、不安を募らせる武ちゃん。
まぁ、唯依姫が説明している以上、あのXM3教導資料は使わないだろうけど。
「そう言えば、鑑嬢の訓練は順調なのか?」
「あぁ、そっちはまりもちゃんに協力してもらって、霞とテスタメントが見てるぜ」
現在純夏は、そうそう表を出歩けない為、急遽準備したトレーニングルームで霞と霞専用テスタメントに協力してもらって身体を鍛えつつ勉強している。
「俺が霞を背中に乗っけて腕立て伏せしてたら、なんか対抗心持って背中に霞を乗せて潰れてた」
「まだ筋力は女性の平均だろうからな、焦らずじっくりやらせると良いさ」
大和のアドバイスにそうだなと答えて、ふと気付いた顔をする武ちゃん。
「なぁ、ところで何処行くんだ?」
「80番格納庫だ、やっと機体が形になったんでな」
80番? と首を傾げる武ちゃんを連れて、エレベーターを降りる大和。
やがてパスが無ければ使用できないエレベーターに乗り換えて、80番格納庫を目指す。
「見ろ武、あれが“眠り姫の楯”だ」
そう言って、大和が指差した先に鎮座するのは、この世界では見る事が無かった姿。
「こ、これって…っ!?」
「楯であり剣たる僕(しもべ)、言うなれば、戦乙女の駆る翼…だな」
驚きで固まる武に説明しながら、想定されているスペックと運用方法が書かれた紙を見せる。
それを読みながら、また無茶な物を造るなぁと呆れ顔の武ちゃん。
「奴等相手に、小出しは無用だ。対応される前に、佐渡島、そしてオリジナルを叩く」
「そうだな…これが通用すれば心強いぜ」
並ぶ機体を見上げて、ニヤリと並んで笑う二人。
その二人の視線を受けて、色の塗られていない装甲が鈍く輝いた。
18:30――――――
新設PX―――――――
新しく建造されたPX内にある食堂には、本日の予定を消化した試験部隊の衛士が集まっていた。
国連軍という場所柄か、特に国でテーブルを隔てたりせず、好きな席で食事が出来るようになっている。
とは言えまだ初日であり、殆どが国同士で固まって食事をしている。
「少佐、XM3、予想以上の代物でしたね…」
どこか興奮した面持ちで、注文した食事を取りながら話しかけてくるターシャに、そうだなと深く頷くラトロワ。
彼女達は、午前中のXM3の説明の後、早速実機訓練に入った。
これは、彼ら試験部隊用のシミューレーターデッキの数が少ない為、どうしても何個かの部隊があぶれてしまう。
殆どの国が先ずはシミュレーターで腕試しや性能を確かめるのを尻目に、ジャール試験部隊と暴風試験小隊は早々に実機訓練に移った。
目的の違いはあれど、どちらの部隊も実機でのXM3による動きを生で感じたかったのだ。
暴風試験小隊の指揮官は、実機で動かしたいからという理由が強そうだが。
その感想は、ターシャの態度や、ラトロワの表情を見れば理解できる。
「遊びの少なさには戸惑いましたが、OSの即応性には驚きました」
「そうだな…動作が終わるのを待つ必要が無く、ほぼ思った通りに機体が動くのはこの歳になっても心が躍ったものだ」
苦笑を浮かべるラトロワに、少佐楽しそうでしたねと笑顔を見せるリディアナ少尉。
もう一人は、食堂のメニューで初めて食べるという日本の定食に夢中だ。
彼女達はソ連陸軍の軍人なので、今まで所属した基地はお国柄が濃い食事なので、珍しいらしい。
「少佐、我々の今後の予定は?」
「明日のブリーフィングでも話すが、数日はXM3を搭載したSu-37M2に慣れる事に専念する。その後は本国から送られた予定通りに開発計画に従事する」
ラトロワ達ジャール試験部隊に命じられたのは、Su-37M2の性能アップを図ると共に、ソ連の実力を他国に知らしめる事。
そして、これはラトロワしか知らないが、横浜基地の技術、特に大和の技術を可能なら取り込む事。
その為には、大和に開発計画へと噛んで貰うしかない。
大和は開発の責任者だが、それは依頼という形になる。
そして依頼である以上、当然報酬が支払われる。
それは資金であったり技術であったり、最悪の場合、人員の可能性がある。
参加国に送られた資料にもそれが明記してあり、提供して貰った技術に見合うそれらのモノを国連横浜基地に支払う事になっている。
ソ連陸軍が危惧しているのは、選抜した人員、特に整備兵を引き抜かれる事だ。
高い技術を提供して貰っても、それを振るう技術者が持って行かれたら本末転倒になる。
その為、ラトロワには技術提供や取引が行われた際に、交渉の役目も担っている。
実戦経験が豊富な上に、中佐という階級まで成り上がったラトロワなら大丈夫だろうと信頼してか、それとも年齢を感じさせない美貌を保つ彼女に、そういう役目を期待してか。
どちらにせよ、ラトロワはこの事を部下に言うつもりは無い。
自分だけが知っていれば、自分だけが犠牲になれば良いと思って。
「そう言えば、整備班が話していたのですが、豪州試験部隊が早々にクロガネ少佐に技術提供を打診したと…」
「そうか…XM3に釣られたか、それともあのデモンストレーションが効いたかな」
ターシャの情報を鼻で笑うラトロワ。
まだ初日だと言うのに、気の早い話であると、話を聞いた全員が思った事だ。
確かにXM3やデモンストレーションの機体は素晴らしかったが、だからと言ってまだ予定していた計画を始める前からはどうなんだと、開発衛士経験が無いラトロワでも思う事だ。
「欧州連合も、開発計画に関してクロガネ少佐の意見を求める予定らしい。人気者は辛いだろうな」
「そうなんですよ」
「「「「っ!?」」」」
自分が聞いた情報を語りながら、皮肉半分の冗談をラトロワが口にし、全員が笑った瞬間、ラトロワの背後から肯定の言葉が返って来た。
驚いて全員がそちらを見れば、腕を組んで頷いている大和の姿が在るではないか。
「く、クロガネ少佐…」
「元々この計画の開発責任者にされた時から「あ、俺過労死確定?」とか思ったが、こんな初っ端から頼りにされると悲しさ突き抜けていっそ清々しい気分になりますな、ハハハハハハ」
戸惑うラトロワ達を他所に、どっか遠くを見て笑う大和。
微妙に近寄り難い雰囲気である。
「んんっ、我々に何か用か少佐」
「おぉ、そうだった。ラトロワ少佐、これを整備班の責任者に渡して置いてください」
そう言って大和が差し出したのは、分厚い書類の束と、データディスク。
「なんだこれは?」
「Su-37でXM3を搭載し、全力機動を行った際に発生するであろう諸問題を網羅した資料と解決法、それに同機体における現状の小さな問題点を解決する為のアドバイス一覧です」
懐疑的な表情で資料を受け取り、パラパラと眺めると、そこには大和が言う通りの内容が網羅されていた。
「こんなに詳細に…っ、貴官、いつの間にこんな…?」
「ソ連陸軍が参加すると聞いて、事前の報告にあった試験機は全て網羅してあるので。部下にも手伝って貰って、衛士側からのコメントや解決法も入ってますよ?」
無駄に多国籍なワルキューレ隊、隊長の唯依は日本、02のタリサはネパール陸軍、03のステラはスウェーデン王国軍陸軍、04となったクリスカ達はソビエト連邦陸軍、そして大和は国連軍だが米国や豪州、アフリカに着任した経験がある。
しかも全員が一流パイロットの集まりだ、その経験は得難い情報になる。
「この後暴風小隊とアフリカの部隊にも渡して、今日の開発責任者としてのお仕事が終了なのです」
「……なるほど、噂通り優秀な人間なようだな」
「人間、必死で生きれば皆優秀に成れますよ」
自分は元凡人ですので、そう言って道化のように笑う大和に戸惑いを浮かべるターシャ達だったが、ラトロワだけが見抜いていた。
歳若い道化のような少佐の、その瞳が歴戦の戦士、地獄を潜り抜けてきた修羅の目をしている事を。
「ふん、狐の部下は狸か。日本では、狐や狸に騙されるそうだな?」
「おや、良くご存知で。騙されない為には、眉を唾で濡らすと良いそうですよ、ラトロワ少佐」
挑戦的なラトロワに対して、道化を続ける大和。
そんな彼に対して、ラトロワは喰えん男め…と呟いて資料をターシャに渡す。
「貴重な資料、ありがたく頂こう。しかし、こうまでするメリットが貴官に存在するのか?」
参加国へ配布された資料では、基本的な指導を除いて、開発責任者の大和は受身、つまり依頼されてから動く形だ。
なのに、ここまで詳細な資料を作って渡してくる、これは指導の範疇を超えている。
長く戦線に居たラトロワは、自分でもある程度機体を弄る事が出来る。
なので理解してしまった、この資料にある情報を全て機体へと活用すれば、それだけで今より性能が上がるだろうと。
とは言え、劇的な変化は起こらないが。
「どうでしょうねぇ、何しろこの仕事は逆らえない上司からの命令ですから。俺本来の仕事はこの後からですし。在るとすれば、何かの緊急時や面倒事の際にお願いし易くなる…と言った所では?」
「ふん、ますます喰えん男だな貴官は。……貴様、本当に見た目通りの年齢か…?」
声を潜め、そして威圧感を伴った言葉と共に顔を近づけるラトロワに、一瞬表情が能面のような顔になる大和。
しかし直にニヤリという笑みを浮かべると、ラトロワの耳元に口を近づけた。
「ご想像にお任せしますよ、見た目20代で通用する美人指揮官殿」
「な…っ」
軽いリップサービスを含めた言葉に、ラトロワが顔を離すと、大和は「では失礼」と言って別のテーブルへ向ってしまう。
「少佐…?」
「どうしました?」
「いや……あの年齢で少佐、そして開発責任者に選ばれるだけの下地はあるようだな。全く…喰えん男だ…」
ターシャ達の言葉に大丈夫だと答えながら、次に資料を渡す暴風小隊の場所へと歩く大和の背中を眺めるラトロワ。
その背中は、見た目の年齢に合わない程大きく、しかし悲しく見えた。
2001年9月20日―――――
開発計画専用演習場――――――
「XM3搭載から10日足らずでこの動きか…見事なものだな中尉」
「そうですね、特に機体とのマッチングが良いのか、ジャール試験部隊と暴風小隊の動きが一際良いですね」
演習場を監視する管制タワーで、実機演習を行っている部隊を眺める大和と唯依。
現在演習場を使って2対2の模擬戦闘を行っているのは、ソ連のジャール試験部隊だ。
「近接武装こそ固定だが、乱戦を意識した機体設計は下手をすると不知火より上だな…」
「悔しいですが、私も同意見です。密集戦闘と超近接戦仕様ながら、砲撃能力も高い機体…負ける、とは言いませんが、衛士の腕によっては零式やF-22Aでも撃破できるかと…」
「例えば、ラトロワ少佐のような…な」
大和が覗いている双眼鏡の先で、同型機でありながら圧倒的な戦闘能力で相手を撃破するSu-37M2。
「あれは、下手をすると月詠大尉レベルか…指揮能力も考えれば、上回るかもしれんな…」
大和が知る限りの、カッコイイ女性衛士(年上のお姉様)では、月詠大尉と互角と目されるラトロワ。
大隊指揮官だった事を考えると、総合的に真耶さんよりも衛士として上だろうと考えた。
それに関しては、唯依も同意見だ。
「しかし、何故彼女ほどの衛士を今回の開発計画に抜擢したのでしょうか? 彼女は開発衛士には、あまり向かないタイプの人間だと思いますが…」
「さてなぁ、俺にも分からんよ。一つ言えるのは、アラスカの連中の子守で、多大な被害を被った隊の指揮官としか情報がない」
そしてその際の責任問題で降格処分となり、この計画に抜擢されてしまった。
「送り込んできたのは、カムチャッカ側だしな…他所が何を考えてるか知らないが、害が無いなら気にする事じゃないだろう」
「それは、そうですが…」
丁度ジャール試験部隊の模擬戦闘が終了したので、管制室を後にする大和と、付いて行く唯依。
外に出ると、幾分涼しくなった風が頬を撫でる。
「99型の完成版の量産はどうなってる?」
「現在、巌谷中佐主導の元、各メーカーのラインで製造中です。不知火・嵐型の配備された部隊へ順次装備される予定だと」
唯依の返答に、順調な様子で良い事だと笑う大和。
横浜基地で細々と改良が続けられた99型電磁投射砲の完成版が、各メーカーで製造されて装備が始まった。
この完成版は、不知火・嵐型の肩のCWSを利用して接続され、スナイプカノンユニットのように運用される事になる。
その為、不知火・嵐型が配備された部隊から優先的に装備が始まり、テスト運用が開始されている。
「後日、約束通りに横浜基地へ予備を含めて予定数が搬入されます」
「そうか…ならクリスカ達の雪風か舞風で運用試験を行うか。高周波ブレードのブレードの量産は?」
「ライセンス契約を取り付けたメーカーから、明日には初期品が納入されます」
ならそれもテストだと告げながら、演習場から戻ってきたSuー37M2を眺める大和。
「少佐…………魔改造したいとか思ってないですよね…?」
「そ、そんな訳無いと言い切れない己の業と戦っているんだよ?」
つまり、思っちゃったんだ☆
「はぁ……少佐、趣味は程々にして下さい。性能が上がるのは認めますが、やり過ぎると大変な事になるんですから…」
頭が痛いとばかりに額を抑える唯依姫、でも自重を止めると宣言した大和は右から左にランランスルー☆
「モーターブレードは残したいなぁ、あれ整備が激☆面倒臭いけど浪漫だし…あ、全身のカーボンブレードを全部モーターブレードに…うん、整備兵がマジ泣きするな…ならターミネーターらしく、ショットガン的な武器が欲しいな、あ、リボルバー型グレネードランチャーの試作品装備させたら似合いそうだ…」
ブツブツとSu-37M2を見つめながら呟く大和の姿は、正しく不審者だった。
そのねっとりと嘗め回すような熱い視線、もし女性が向けられたら悲鳴を上げるか感じちゃうかの二択。
「(ゾクッ)―――っ、な、なんだ今の感覚は…?」
見られていたSu-37M2の衛士のラトロワさん、謎の感覚に思わずコックピット内でキョロキョロしてしまう。
「少佐、もう行きますよっ、仕事はまだ残ってるんです!」
「あ、ちょッ、もう少し、もう少しだけ妄想魔改造させてくれ唯依姫ッ!」
喚く大和の腕をガッチリと掴んで連行する唯依姫、態度はプンプンとお怒りのように見えるが、大和と触れ合えて少し嬉しそう。
「あだだだだだだだッ、唯依姫ッ、腕が、俺の手首がッ!?」
その嬉しさからか、握力が凄い事になって大和が苦しんでいるが。
恋する乙女は無敵という言葉があるが、彼女達は恋が絡むと握力が増すらしい。
イーニァも時々信じられない怪力発揮するしね。
12:40―――PX食堂――――
「あが~…教導も楽じゃないなぁ霞~」
食堂のテーブルにたれているのは、午前の教導を終えた武ちゃん。
そんな彼を、霞が隣に座って頭を撫でている。
軍隊という場所を考えれば在り得ない光景だが、誰も気にしない。
何故なら皆慣れてしまったから。
大和曰く「人は、慣れる生物である」との事。
「武さん、純夏さんが構って欲しいそうです…」
「構ってって、夜はずっと一緒じゃないか…」
霞から伝えられた伝言に、何を言ってるんだアイツは…と呆れ顔の武ちゃん。
その意味深な言葉を理解している霞ちゃん、頬を赤くしてコクンと頷く。
例の純夏&霞の擬似姉妹丼事件からずっと、夜は3人で過ごしているらしい。
時々早朝にツヤツヤテカテカの純夏ちゃんと霞ちゃんが大和に目撃されている。
「純夏さんは、武さんに訓練して欲しいみたいです…」
「何を甘えた事を…俺は訓練には手抜きしないぞ?」
どうやら武ちゃんは純夏ちゃんが武ちゃんが教官なら楽できると思って自分を希望していると勘違い。
実際は、乙女心的な意味で、訓練でも一緒に居て欲しいという想いを分かっていない武ちゃん。
鈍感と言うより、変にストイックなだけなのだが、ここまで来ると呆れるしかない。
因みに現在の純夏、テスタメントとまりもに教官をして貰って体力づくりとお勉強中。
まりもには、特殊なスキルを持つ人材として紹介してある。
計画の重要な人材とも教えられているので、まりもちゃんも熱心に指導している。
その間、207は武ちゃんか自主訓練だが。
「ま、帝国軍への教導も今日で終わりだし、先生と大和に予定を聞いてからだな」
でもそこは武ちゃん、上げる好感度は確り上げる、霞ちゃんの頭を撫でながら伝えといてくれと笑う。
そんな武ちゃんに、霞ちゃん嬉しそうに小さく微笑むと伝えてきますと頷く。
「いいなぁ……」
「どわぁっ!?」
と、突然二人の背後に羨ましそうな表情を浮かべたイーニァが現れた。
「な、なんだイーニァか…何がいいんだ?」
突然の登場に驚いた武ちゃんだが、気を取り直してイーニァに問い掛けると、イーニァは霞を後ろから抱き締めた。
「カスミがうらやましい…わたしもヤマトと同じことしたい…」
「……………………(///」
「あ~…なんだ、その…大和はしてくれないのか?」
イーニァの発言に、赤くなる霞ちゃんと、照れながら問い返す武ちゃん。
武ちゃんもイーニァとクリスカが霞と同じ姉妹であると知っているので、当然能力についても知っている。
読まれちゃったかと赤くなりつつイーニァを見ると、悲しさと不機嫌を混ぜたような感情の視線を向けてきた。
「ぜんぜん。キスしてくれないよ」
「ん~、アイツその辺やたらと堅いからなぁ…夕呼先生のキスも全力でガードしていたし…」
そして武ちゃんが餌食になった。
最初に連絡を取った際に、大和が00ユニットの理論やその他の情報を渡すと、夕呼先生が狂喜乱舞してキス攻撃。
それを大和が全力でブロックして、矛先を在ろう事か武ちゃんに逸らしやがった。
その為、武ちゃんはタップリ10分間、夕呼先生のキスの嵐を受け続ける事になった。
「思えば、この世界でのファーストキスってアレだったなぁ…」
「………………」
「?」
煤けた表情で呟く武ちゃんを、よしよしと眺める霞と、意味が分からず首を傾げるイーニァ。
因みにイーニァとクリスカには、まだ武ちゃん達の事情は説明していない。
二人の頭に付けられた装置で、能力を抑制しているのでその辺りの事情は読まれない。
「イーニァ、カスミ…あ、シロガネ大尉」
そこへ、長女のクリスカも登場した。
武ちゃんに一応敬礼し、近づいてくる。
「よぉクリスカ、食事か?」
「いや、少佐を探しているのだが、見当たらなくてな」
武の問い掛けに、少し困った表情で答えるクリスカ。
「ショットランサーの攻撃モーションパターンを纏めたから、提出しようと思ったが執務室にも格納庫にも顔を出していないんだ」
「あぁ、あれか。ん~、急ぎならテスタメント通信で呼び出せば早いけど今居ないし、急ぎじゃないなら開発計画の区画に居ると思うぞ?」
確か午後は少し豪州の機体の面倒を見ると言っていた大和の言葉を思い出しながら教えると、感謝すると言って開発区画へと足を向けるクリスカ。
イーニァは霞と何やら相談しているので、行ってらっしゃいと二人で手を振っている。
その相談が、どうすれば大和が自分を可愛がってくれるかというアレな相談なのだが、武ちゃんは俺の気持ちを思い知れと止めない。
因みにテスタメント通信とは、テスタメントの常時データリンクシステムを利用しての、通信方法だ。
上位テスタメントのみが現在使用可能な機能で、伝言と相手を入力するとそれがデータリンクを経由して目的の人物が居る場所のテスタメントに伝えられる。
この前、唯依に大和が呼んでいるという伝言を伝えたテスタメントも、この機能を使用したのだ。
上位同士なら普通に通信も可能。
しかし現在霞専用テスタメントは純夏と一緒に居るので、使えなかった。
「開発区画か…」
PXを後にして、開発区画へと向うクリスカ。
開発区画は、開発計画の主要設備や格納庫、宿舎などが建築された新造の地上区画だ。
今まで在った地上建造物とは幾つかの通路や道路で結ばれているが、基本的に交流はない。
この区画の変っている部分は、地下通路が張り巡らされ、宿舎や格納庫などと地下通路や地下空間でも繋がっている部分。
歓楽街などが横浜基地周辺に存在しない為、地下空間に多数のお店が入っている。
元ハイヴの横浜基地だけあって、地下構造物の深度は深い。
開発計画の区画も、地下200mまで色々な施設が入った地下フロアが存在する。
開発参加国のブリーフィングルームや責任者の執務室なども、地下にある。
これは“もしも”を想定した造りであり、それを理解した指揮官や技術者は感心していた。
その地下フロアへ続く通路を進み、やがて中央フロアに辿り着く。
ここから宿舎や格納庫、ブリーフィングルームなどに移動できる。
中央と言う事もあり、広いスペースと自販機や休憩設備、モニターなどが置いてある。
多数の国がこの区画で生活しているのもあり、別の国の整備兵達が楽しそうの談笑していたり、別の国の衛士達がそれぞれ自国が運用している機体について討論していたりと、交流が生まれていた。
「居ないか…」
時々ここで大和が衛士や開発者に捕まって話し込んでいる事があると唯依に聞いていたので探したが、今日は捕まっていなかった。
「(総合格納庫だろうか)」
基本的に大和が開発計画で仕事をする際は、総合格納庫で仕事をする事になっている。
時々は各国に割り当てられた格納庫に行ったりもするが、基本は其処だ。
足を格納庫区画へと繋がる通路に向けて進んでいると、途中で地上PXへ繋がる通路と格納庫へ向う二股へ突き当たる。
最初に総合格納庫を探そうと思って格納庫へ繋がる通路を進むと、前から強化装備姿の衛士が4人歩いてくる。
その強化装備の色を見て、クリスカの瞳が見開き、鼓動が強く跳ねた。
「――――っ、あれ…は…!」
震える手と唇、込み上げてくる不快感と不安、そして“恐怖”
「む……貴様は…」
こちらに向ってきた衛士達の先頭を歩いていた衛士が、クリスカの姿を捉えて立ち止まった。
「見覚えがあると思ったら、あの時の開発衛士か」
「ジャール大隊の……何故ここに居るっ!?」
立ち止まった衛士達は、ジャール試験部隊のラトロワ達だった。
ラトロワは見覚えのあった女性が、因縁のあるクリスカだと分かり意外という表情を見せる。
それに対して、憎しみすら感じさせる表情で吼えるクリスカ。
「っ、貴様少佐に向って!」
「構わんぞ大尉」
ラトロワに対しての言葉遣いと態度に、ターシャが前に出ようとするがラトロワに止められる。
「少佐……分かりました」
「ん……それはこちらの台詞だ少尉、アチラの開発衛士だった貴様が何故此処に居る?」
「……ッ、私はもうあの国の衛士ではない、横浜基地所属の国連軍衛士だ!」
ラトロワの逆の問い掛けに、言い放つクリスカ。
その言葉に、失笑を浮かべるラトロワ。
「我々に情けなく負けて逃げ帰ったかと思えば国連軍に居るとは……貴様も捨てられたか?」
「―――――ッ、貴様…っ!!」
ラトロワの言葉にギリギリと拳を握り締めるクリスカ。
彼女の言葉が事実だっただけに、クリスカの怒りと悔しさは膨れ上がる。
だから気付かなかった、ラトロワが貴様“も”と言っていた事に。
「前日の騒動は私の部下に非があるが、それであのような醜態を晒すお嬢様に国連軍の衛士が務まるのか?」
「黙れっ、今の私はあの時の私ではない、あの子も同じだ、もう貴様達になど負けはしないっ!」
ラトロワの挑発の言葉に、食って掛かるクリスカ。
その態度と言葉に、ターシャ達がクリスカを睨むが、クリスカも睨み返す。
「何の騒ぎかな?」
「「「「「っ!?」」」」」
そこへ、場違いなほど白々しい言葉が投げかけられた。
ラトロワ達が振り返ると、そこには大和と黒いテスタメントの姿。
「少佐…っ」
「クロガネ少佐か…いや、知り合いが居たのでな、少し会話を楽しんでいただけだ」
クリスカが大和の姿に安堵と同時に不安を覚え、ラトロワが神出鬼没な大和に苦笑すると共に答える。
「なるほど、ソ連で面識がありましたか。ですが…あまり俺の部下を虐めないで欲しいですね、ラトロワ少佐?」
そう言ってラトロワ達の間をすり抜けてクリスカを守るように立つ大和。
「部下…?」
「えぇ、彼女は俺の開発部隊で開発衛士として参加している優秀な衛士です。こと高速近接戦闘では、横浜基地で五指に入る実力ですからね」
ラトロワの探るような視線と言葉に、平然と答える大和。
その褒め言葉に、嬉しさを覚えると共に申し訳ないという感情が浮ぶクリスカ。
「まぁ、お国の確執や感情は理解出来ますがね。不安定な相手を追い込むのは少々度が過ぎるかと…」
大和とて、国や人種の確執は嫌と言うほど経験している。
かつての世界で、日本人だからと無理難題を吹っ掛けられたり、バカにされたり、時には囮や捨駒にまでされた経験もある。
「ふん…部下に甘いのだな」
「えぇ、その分扱いてますのでね。まぁ、少佐には敵いませんが」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味です」
ラトロワの鋭い視線を受けても、平然と言い返す大和。
その姿に、ジャール試験部隊の衛士は少し感心すら覚えた。
「……行くぞ」
「あ、少佐っ!?」
数秒間睨み合い…大和は普通に見つめていただけだが、その結果ラトロワが微笑とも嘲笑とも取れる笑みを浮かべて歩き出した。
それを慌てて追いかけるターシャ達。
彼女達の姿が通路を曲がって見えなくなると、大和はクリスカに向き合った。
「大丈夫か、少尉?」
「…………少佐……す、すみません…」
情けない姿を見られた上に助けられたクリスカは、悔しそうに顔を歪めて俯いてしまった。
「ソ連で色々在ったと聞いたが、彼女達が原因か?」
強くもなく弱くも無い、普通に聞いてくる大和の言葉に、頷くしか出来ないクリスカ。
「無理に事情を聞こうとは思わない。だが、それが衛士としての行動の妨げになるなら、流石に俺も口出しをせざるを得ないのだが?」
「………………大丈夫、です…」
大和の言葉に、唇を震わせながら搾り出すように答えるクリスカ。
そんな彼女の肩を優しく叩いて、戻ろうと諭す。
それに小さく頷いて来た道を戻るクリスカ。
「…少佐、少しお時間を頂けますか…?」
「あぁ、15:00まで空いている。執務室…は中尉が居るしな…俺の部屋で構わないか?」
大和の答えに頷いて答え、彼の部屋のあるフロアへと向う二人。
エレベーターで部屋のあるフロアへと降りて、大和の部屋に入る。
そして、ベッドに座ったクリスカが、ポツリポツリと事情を説明してくれた。
元々、クリスカとイーニァは、その高い能力に目を付けたソ連のとある開発部、そこが指揮する試験部隊に在籍していた。
イーニァと乗る複座型の機体は脅威の戦闘能力を誇り、紅の姉妹という名前は瞬く間に広がって行った。
やがて、二人は開発計画の一環でカムチャッカ半島にある基地へと遠征し、そこでBETA相手に脅威的な戦闘能力を見せつけ、1000体以上を駆逐する戦果を上げる。
しかしその後、忌まわしい事件が起きた。
ソ連陸軍の少年兵達に絡まれた二人は、祖国を守るという愛国心を否定されたばかりか、敵として扱われ、挙句暴行されそうになった。
泣きじゃくるイーニァがクリスカから引き剥がされそうになった時、あのラトロワが現れて少年兵達を一喝し、その場を収めた。
だがクリスカとイーニァの心には酷い傷痕が残った。
ただでさえ仲間と信じ、国を守るという想いをその仲間に否定されたら普通の人間でも傷つく。
だが二人はその生まれ故の能力があった。
それが少年兵達の生の感情を読み取らせてしまい、イーニァは対人恐怖症と戦闘恐怖症に。
クリスカも対人恐怖症から来る嫌悪感を常に抱くようになり、対人不信に。
そして、その事件の次の日、試験部隊の指揮官が組んだラトロワの指揮する部隊との模擬戦闘で、クリスカ達は普段の戦闘力も、BETA相手に猛威を振るった操縦技術も発揮出来ずに、ただ逃げ回るしかなかった。
コックピットでイーニァの戦闘恐怖症が出てしまい、泣きながら出してと叫び暴れた。
クリスカはそんなイーニァを宥めるのに必死で、満足な戦闘など出来るわけもなく、紅の姉妹は敗北した。
その後、精神鑑定やカウンセリングを二人で受けたがその症状はなかなか完治に至らなかった。
その為、二人の能力はガタガタになり、かつての紅の姉妹の姿は見る影も無くなった。
その時、二人の存在を知った夕呼が二人をオルタネイティヴ4権限で接収し、二人を自分の元へ招いた。
最初は渋ったソ連側だが、現状の紅の姉妹でば自分達の目的を果せないと考えたのか、最後はアッサリと送られてしまった。
二人はそれを“売られた”と思い、特にクリスカは売った国と買い取った夕呼へ強い憎しみを抱く様になった。
特に、A-01へ配属されてからイーニァと引き剥がされたので、夕呼へはもう不信感しか抱いていない状態だった。
一方のイーニァは、霞という自分より幼い妹の存在に、もう一度戦う決意を決めたらしく、戦術機に乗れるようになった。
だが、その実力は昔の8割にも満たない技量だった。
そしてクリスカは、対人不信と、今まで以上にイーニァを想い心配するようになり、大和が来た頃の状態になっていた。
クリスカが語った昔の事を、大和は黙って聞いていた。
大まかな事は夕呼経由で聞いていたが、まさかイーニァが戦闘恐怖症だった事や、ソ連側がえらくアッサリと二人を渡した事を怪しく思ったりして表情を厳しくする大和。
「少佐、私はどうすれば良いんだろうか…?」
縋るように、不安に潰されそうな瞳で大和を見るクリスカ。
「……クリスカ、君は今何の為に、何を信じて戦っている?」
以前のクリスカは、祖国の為、そしてイーニァの為に戦っていた。
だがクリスカ達はその祖国に裏切られた状態だ。
だからあえて、大和はそう問い掛けた。
「私は……わたし…は…」
普段なら、イーニァとカスミの為、そう答えられる。
だが、先ほどの一件、そして過去を語った事で答えられなかった。
その理由の大部分は、本当にそれだけなのかと自分自身が問い掛けてきたから。
自分が自分で分からない、そんな感情に支配され戸惑い、震えるクリスカ。
「無理に答えなくて良い。人の戦う理由は人それぞれだ、国、使命、復讐、信念、仲間の為、家族の為、世界の為…。
武は愛する人達を守り、そして人類を救いたいという理由、唯依姫は日本を救う為、タリサやステラもそれぞれ異なる理由で戦っている。
戦う理由に上も下もない、その人が持つ、根から繋がる大切な感情だ。
少なくとも俺はそう思って戦っている。
その理由、想いがあれば人は強くなれる、それは武を見れば分かると思う」
大和の諭すような、囁くような言葉に、小さく頷くクリスカ。
武は、自分より年下、イーニァと同程度の年齢なのに、自分とイーニァであっても敵わないレベルの衛士だ。
いつもは軍人らくしくない、甘くてだらしない面を持つ少年なのに、戦いになると一匹の修羅と化す。
間違いなく世界でも上位に喰い込むレベルであり、今尚進化の如く強くなっている。
その想いは、頭の装置で抑制されていても伝わるほど強い。
大切な人を亡くし続けた、永遠の慟哭が戦っている武から伝わってくる。
それと同時に、大切な人を守るという、眩しい、太陽のような強く暖かい決意も伝わってくる。
霞が心底懐く訳だと、納得もしてしまう。
「だがな、戦う理由は、誰かに与えられたモノでは強くなれない。自分自身で信じる理由、想いでなければ、逆に弱く、そして脆くなる。
国を守る為、それは良い、だが何故国を守りたいのか。
使命の為、その使命を抱く理由はなにか。
人は理由が無ければ道に迷い、彷徨う動物だ。自分が信じる道があるから、人は真っ直ぐ強くなれる。
だからクリスカ、君は君が信じる理由を見つけるんだ。
人が与えた理由じゃない、植付けられた理由でもない、自分がこうと信じて、貫こうと思える理由を、想いを、見つけると良い。
そうすれば、今の迷いは断ち切れると俺は思うぞ」
そう言って優しく笑い、クリスカの頭を軽く撫でる。
「少し、偉そうだったな。説教やら説得は苦手なんだ」
そう言って苦笑する大和に、そんな事は無いと首を振って否定するクリスカ。
何故だか、大和のその笑顔が、泣いているように見えたから。
自分で深く考えてみると言って、クリスカは礼を言いながら退室した。
「……………自分の為だけに戦っている奴が、何を偉そうに…ッ!」
部屋の鏡に映る自分に吐き捨て、壁を殴る大和。
その表情は、泣いているように見えた。