2001年9月10日―――
AM9:50―――――――
日本の本土を右手に眺め、太平洋を南下する輸送機の群。
その先頭を飛ぶのは、『Il-76TF』と呼ばれる大型輸送機だ。
「中佐、間も無く国連軍第11軍横浜基地へ到着するそうです」
「そう、ありがとうターシャ。だが今の私はもう少佐だ」
「も、申し訳ありませんっ」
操縦室のパイロットから予定航路の状況を聞いてきた少女が、座席に座る女性に告げると、女性はサングラスを外しながら苦笑した。
彼女の名前はフィカーツィア・ラトロワ、ソビエト連邦陸軍“元”中佐である。
彼女は元々ソビエト陸軍第18師団第221戦術機甲大隊、通称ジャール大隊を指揮していたのだが、先のBETAカムチャッカ侵攻に際して、部隊の半数を失う事になった。
これは彼女の指揮の問題ではなく、アラスカから遠征してきた部隊の不手際と、上からの指示の問題だった。
だが彼女は部隊を半壊させたとして降格処分となり、その上で国連軍所属基地での開発計画へ行けという理不尽な命令。
「(そんなに私が邪魔か、軍上層部め…)」
内心で怒りに拳を握りながら、残してきた部隊の隊員達を思うラトロワ。
彼女はロシア人だが、部隊の殆どがロシア人以外の人種で固められている。
だがそんな彼らに、彼女は母親のように慕われていた。
一緒に横浜へと行く事になったのは、副官であった先程の少女、ナスターシャ・イヴァノワと二人の衛士。
それに、軍内部で厳選された整備兵達が25名。
それに開発計画のソ連側代表技術者一人だ。
横浜基地からの通達には、参加国の試験部隊は、総勢30名以下とあった。
これは、大勢を招き入れて不穏分子まで混ざる事を懸念した横浜基地が指定した事だ。
その代り、人員交替は許されており、整備兵は会得した技術を持ち帰る事が許されている。
勿論、衛士も交代が可能であり、負傷やその他の理由で戻される事もあるだろう。
因みに、整備兵と括られているがその中には開発者や技術者も混ざっている。
もし人手が足りない場合は、指導という名目で横浜基地の整備兵が貸し出される事になっている、当然見返りは貰う約束で。
「大尉、今回の辞令どう思う?」
「…分かりません、ですが、何か嫌な感じがします。まるで、中佐…いえ、少佐や私達を売った…そんな気持ちです」
横浜基地到着まで時間がある為、隣に座るナスターシャ、愛称はターシャに話しかけると、彼女は不安そうな表情を浮かべて答えた。
彼女は大尉という階級と精強で有能な衛士だが、まだ十代の若い少女だ。
その彼女が、今回の辞令を“売られた”と感じるの事に、ラトロワも同意だった。
確かにBETAとの戦いにおいて、戦術機の強化は急務だ。
とはいえそうポンポン新型機が出来るわけもなく、各国のメーカーや軍が日夜改良や改造に勤しんでいる。
彼女達がこうなった切っ掛けの一つであるアラスカからの遠征軍も、その戦術機開発計画の連中だ。
余計なお荷物が来た事で大勢の仲間を失った彼女達が、今度は別の場所で行われる戦術機開発計画に参加する。
「皮肉だな、笑うしかない」
「はい…」
ラトロワの言葉に、堅い表情で同意するターシャ。
売られたと感じる理由は幾つか在るが、なかでも一つ、部隊の衛士のメンバーだ。
ラトロワを始め、ソ連陸軍から選抜された衛士は、全員が女性衛士、しかも美人や色っぽいと言葉のつくようなメンバーだ。
開発計画に従事させるなら、他にもメンバーは居たし、当然男性だって多く存在する。
その中で、如何にも男性受けが良さそうなメンバー。
どう考えても、“そういう理由”を考慮しての編成だった。
「女としての面など、とっくの昔に捨てたと言うのに。選考した奴の顔が見たいものだ」
「きっと、どうしようもない男だと思います」
ターシャの不機嫌そうな顔に、そうだなと笑うラトロワ。
向こうの、特に計画の責任者がそういう目で見てくるなら好きにすればいいと思うラトロワだが、もしターシャ達に手を出すならその時は自分が…と覚悟を決める。
内心で、こんなオバサンを相手にするか分からないがなと苦笑しつつ。
「あちらに逃げた連中の部隊がアラスカなら、自分達は日本とはね…噂に聞く横浜基地について、聞いているか?」
「軍内部の噂程度ですが…なんでも、衛士でなくても操縦できる戦車の発展型の機体を開発したり、信じられない性能のOSを開発したとか…」
「そうだ、そして非公開の噂だが、日本帝国軍のクーデター部隊があの基地を襲撃した噂を聞いたな? その際に、クーデター部隊のTSF-TYPE94や、事態に強制介入しようとした米軍のF-22Aを、瞬く間に撃破した機体が確認されたそうだ」
「あのF-22Aをですか…?」
ターシャとて大隊の大尉として、戦術機関連の情報に目を通している。
その中で、最強の戦域支配戦術機と呼ばれる機体が、米国次期主力戦術機のラプター。
そのラプターや、屈強な日本帝国軍の不知火を撃破した機体。
「詳しい情報は私にも伝えられなかったが、上はそれが横浜基地が独自に開発した『第四世代戦術機』ではないかと睨んでいるそうだ」
出発する前日に、担当上官から横浜基地に第四世代が存在する事や、何とかその技術の詳細か技術の提供か会得を念押ししてきた。
その為に、メンバーを女性で構成したりしたのだろう。
必死な事だと内心嘆息するが、流石にラトロワも第四世代と聞いては無視できない。
YF-23を改良したX01は、表向きはまだ秘密で、見た目がYF-23のままなのはカモフラージュの意味もあるらしい。
単純に、大和がYF-23が好きだからという意見もあるが。
流石に戦闘した米軍と日本帝国軍は存在は知っているが、中身が第四世代と睨んでいる国はまだ少ない。
「事実なら、私たちの任務は…」
「その技術を、どうにかして我々の機体へ入れるか、可能ならその機体の情報を…といった所か」
横浜の開発計画は、参加した国同士が技術を持ち合い、各々の問題点の解決や参加した国全ての技術力のアップが目的だ。
その中で、参加試験部隊は全てに新型OSを提供するとある。
これだけでも技術の低い国は大喜びだが、その上開発責任者からの技術支援もあると言う。
「開発責任者、ヤマト・クロガネ少佐…か」
「詳しいプロフィールが書かれていませんね」
参加国へ配られた資料を眺めるラトロワ達だが、その資料には大和の名前しか書かれていない。
経歴も各国が調べたが隠されているのか詳細が掴めなかった、分かった事は国連横浜基地所属の少佐で男性。
技術者、開発者として一線を超え、衛士としての腕前も高い。
米軍のF-22Aを撃退したのは、彼と直属部隊だという情報も出回っている。
横浜基地副司令、香月 夕呼こと“極東の魔女”直属の部下。
謎が多い人間だが、その実績は高く、支援戦術車両『スレッジハンマー』の開発から、撃震のパワーアップ装備である轟装備の開発。
さらに、日本帝国軍が現在急ピッチで配備と改造を行っている不知火・嵐型の開発者でもある。
資料には、空欄にソ連陸軍が調べた情報が書き入れられていた。
「全く想像が出来ません、どんな人物なのでしょう…」
「どんな人物だろうと、私たちの仕事は決まっている、そうだろう大尉」
「はい、少佐!」
不安を覚えるターシャを元気付ける意味も込めて、凛々しい態度で言い放つラトロワ。
そんな彼女の頼もしさに、ターシャは力強く敬礼する。
『横浜基地へ到着した、これより着陸準備に入る』
機長の放送に、着陸に備えながら窓の外を見るラトロワ。
BETAに蹂躙された廃墟と、その中に立つ横浜基地の姿に、その瞳を鋭くさせるのだった。
横浜基地滑走路―――――
「極東の最終防衛線と謳われるにしては、少し小さいな…」
飛行機のタラップから基地を眺めるラトロワ。
サングラスの薄暗い視界に広がるのは、広大な滑走路と遠くに見える廃墟を利用した演習場。
それに、丘の上に立つ横浜基地の姿。
「少佐、あちらに受付のような場所が」
先に降りたターシャが指差す先には、滑走路と基地とを繋ぐ道の入り口に設置されたテントと数名の国連軍兵士。
9月とはいえ、日本の9月は残暑が厳しい。
その暑さに汗ばむターシャ達を連れて、そちらへと向うラトロワ。
見渡せば、他の輸送機、別の国の機体からも人員が降りて同じ場所を目指している。
その間に、輸送機から持ち込んだ戦術機を降ろす準備に入ると、飛行機格納庫の方から妙な機体が走ってきた。
「少佐、あれはなんでしょう…?」
「どうやら、アレが横浜基地の誇る支援戦術車両らしいな…」
残暑の日差しに手で影を作りながら見つめるのは、輸送ガントリーを装備したスレッジハンマーだ。
輸送機へ近づいたその機体は、後部ハッチから下ろされた機体をアームとクレーンで器用にキャタピラの上に持ち上げると、頭部だけ背後を向いて走り出す。
同じような機体が数台並び、次々に輸送機から荷物を運んでしまう。
ガントリーフレームに設置された足場では、整備兵が大声であれこれ指示している。
「なるほど、運搬業務では優秀だな」
ラトロワのその言葉に、クスクスと笑う衛士達。
確かに運搬能力は高いが、あれでBETAの侵攻を防げるのかと懐疑的だ。
まだ世界でも導入している国は日本と、第一陣が到着したアフリカ連合だけ。
各国首脳部や担当軍人はその能力を知っているが、多くの衛士や兵士はまだ知らないのだ。
ラトロワ達と感想が同じなのか、隣の滑走路から来た数名が、スレッジハンマーを指差して笑っていた。
『参加国試験部隊の衛士は、Aゲートと書かれた場所へ進んで下さい。整備兵の方は荷物の積み下ろしを終え次第、Bゲートでの受付をお願いします』
だが、そんな彼女達の前を、フル装備のスレッジハンマーがキャタピラ音を響かせて通過する。
機体の首横に設置された足場の上で、国連軍の制服を着た女性がマイク片手に、スレッジハンマーの頭に設置されたスピーカーを通して誘導をしている。
が、それよりも全身重火器のスレッジハンマーの方が注目の的だった。
背中には200mm支援砲、両肩にはガトリングユニット、両手は作業用アームだが両側に多目的格闘装甲。
本体やキャタピラの上にも、機銃やグレネードの発射口が見えている。
さらに、荷物の積み降ろしを終えた輸送機を、整備と補給の為に誘導する機体は、巨大な誘導トーチを左右にそれぞれ掴んで振っている、しかも立って。
「しょ、少佐…」
「確かに、技術レベルは高いようだな…」
引き攣った頬のターシャと、少々圧倒されたラトロワ。
他の衛士達も、唖然とした顔で居る。
先ほど笑っていた面々は、ポカーンと口を開けていたり。
「上層部が魔窟と言っていたが、納得出来るな…」
苦笑してAゲートへと進む面々。
そこではテントが複数並び、テーブルとパソコン、その他必要な物が並べられ、テーブルで女性士官が数名、受付を行っていた。
「ようこそ横浜基地へ。国名と所属部隊、代表者のお名前をお願いします」
「ソ連陸軍から派遣された、ジャール試験部隊、フィカーツィア・ラトロワ少佐だ」
笑顔の女性士官に少々戸惑いつつも、尋ねられた項目を答えるラトロワ。
彼女達の部隊名が、ジャール大隊と同じなのは、上の気遣いなのか皮肉なのか謎だが、ターシャは少し嬉しそうだった。
「確認しました、お手数ですがこの機械の前で赤い点を真っ直ぐに見てください」
「これで良いのか?」
女性士官に言われるまま、彼女の横に置かれた機械の、何やら透明な画面がこちらに向けられた機械。
その画面の中に赤い点が光っている。
それをジッと見た瞬間、一瞬だけ赤い光がラトロワの顔全体を走り、機械がピピッと電子音を立てる。
「はい、次の方も同じようにお願いします」
そのままターシャに同じ事をさせ、残りの二名も続く。
その間も女性は何かテーブルの影で作業しており、全員が指示された作業を終えると少しして女性士官が顔写真が付属されたIDカードを取り出した。
「こちらがこの基地内で必要になるIDカードです。テスタメントの身元証明に必要になりますので、常に持ち歩いて下さい。基本的にポケットに入れていて問題ありませんので」
と説明しながら全員分のIDカードを差し出して、名前と写真に間違いが無いか確認してきた。
「凄いね、あんな短時間で出来るんだ…」
「そうね、写真もハッキリしてるし」
別部隊から選ばれた少尉とターシャが感心しながらIDカードを眺める。
あの機械で写真を取ると共に、データベースに情報を記録したらしい。
彼女達は知らないが、機械は写真を撮るだけではなく、事前に提出された人員と来た人員が同じかどうか確認もしていたのだ。
顔を走った赤い光が、瞬時にデータベースに記録された顔写真と比較する。
もしも事前に提出された写真や名前と違い、さらに抵抗した場合に備えてMPが立っている。
開発者曰く「ルパ〇3世やそっくり双子でなければ違いを察知できる」と豪語する機械だ。
「この後の予定はこちらの資料に書かれています。先ずは宛がわれた宿舎へ荷物を持って移動して下さい、案内はテスタメントが行います」
「テスタメントとは何だ?」
ラトロワは女性士官から資料を受け取ると、先ほどから聞く『テスタメント』について質問する。
すると女性士官はラトロワ達の後ろを手で示した。
釣られて全員が後ろを見ると、そこにちょこんと4本足が生えた円盤のような青い機械が。
「あちらが、横浜基地のセキュリティシステムとリンクした警備・防衛用端末無人機、テスタメントです」
「御案内・シマス」
女性士官の言葉に続いて、ローラーで近づいたテスタメントが電子合成音で話しかけてきた。
「凄い技術だな…これもクロガネ少佐の作品か?」
「はい、彼らテスタメントや、滑走路で仕事をしているスレッジハンマー、それにこの冷房設備も少佐の作品です」
そう言って彼女が指差す先は、テントの内側、天井部分。
なにやら骨組みの下に別のパイプが通され、そこから霧が出ている。
「水を霧状で噴出して気温を下げる、環境と人体に優しい冷房設備です」
「そ、そうか…」
嬉しそうに言う女性士官、確かにテントの中はヒンヤリして涼しい。
ラトロワは前半は兎も角、後半を作った大和に対して少々印象を修正した。
「御案内・シマス」
「お、お願いします…」
告げたテスタメントに、思わずお願いしてしまうターシャ。
周りが相手は機械だと苦笑するが、テスタメントは「了解・シマシタ」と答えて頷くような動作をするではないか。
「テスタメントは簡単な受け答えが可能です。それとこれをテスタメントに刺して下さい」
そう言って女性士官が差し出したプラスチック棒に布が巻かれた物体。
受け取ったターシャが広げると、そこには「ソ連陸軍御一行様」と書かれていた。
「ココニ・刺シテ下サイ」
テスタメントの天辺の一部が開いて、棒が差し込める穴が開いた。
そこに棒を差し込むと、テスタメントのセンサー横の視認ランプがチカチカ点滅し、動き出す。
「ソ連陸軍御一行様・御案内・シマス」
単語が増えた。
どうやら棒の先が情報端子か何かで、位置情報などが登録されていたらしい。
「少佐、なんなのでしょうかこれ…」
「正直、技術の無駄遣いと言いたい気分だ…」
困惑したターシャと、こめかみの辺りを押さえるラトロワ。
とりあえず、先導するテスタメントについて行く。
少し歩くと、移動用の車両が置いてある場所に出る。
「ココカラ・車両・デ・移動・シマス」
「我々が運転するのか?」
運転手が居ないので思わずターシャが問い掛けると「経費削減・デス」と答えられてしまった。
「リディアナ少尉、運転しろ」
「了解です」
ラトロワの指示され、運転席に座るリディアナ少尉、ラトロワが助手席に座り、残り二人は後部座席に。
「コチラ・デス」
そう言って、テスタメントが走り出したので慌てて車を発進させるリディアナ。
車は時速50キロを出しているが、テスタメントはその前を悠々と走っている。
さらにカーブ前では曲がる方向を合成電子音で言いながら曲がる方向の前足を立てたりしている。
「無人機なのに、凄い性能ですね…」
「そうだな…」
後ろからするターシャの声に相槌を打ちながら、周囲を見渡すラトロワ。
擦れ違う車両には整備兵だけでなく、テスタメントが乗っていたり、そのテスタメントが台車を引っ張りながら、上に整備兵を乗せていたりする光景が。
「魔窟…か。どうやら我々の常識は通じないかもしれんな」
そう苦笑する彼女の言葉を、否定できる者は居なかった。
やがて宿舎が建ち並ぶ一角へと辿り着き、車両を同じように並ぶ車両の隣に止める。
「オ部屋・ニ・御案内・シマス」
と言ってまた先導し始めたテスタメントについて行くと、真新しい寄宿舎へと入っていく。
中から、同じように案内をしたのか、別のテスタメントが出て行った。
「……テスタメントは、全て同じ造りなのか?」
「イイエ・我々・下位機種・ノ・他ニ・二種類・存在・シマス」
ふと女性士官が言っていた事を思い出して試し半分で質問してみたラトロワだが、答えは明確に帰って来た。
「我々・テスタメント・ハ・本体・ト・データリンク・デ・常時接続・サレテイマス」
「本体と…?」
「本体・ハ・横浜基地・中枢・ニ・存在・シマス・我々・テスタメント・ハ・データリンク・デ・情報交換・ヲ・スル事デ・高イ・性能・ヲ・実現・シマシタ」
テスタメントの説明に、どういう仕組みなのかおぼろげに理解するラトロワ。
彼らのシステムは常にデータリンクで接続されており、情報のやり取りが常に行われている。
その為、発生した事態に対して迅速に対応できると共に、必要な情報もデータリンクで読み込める。
今の会話も、データリンクで類似する質問からの答えを引っ張ってきて答えたのだ。
このシステムなら、一台一台に高性能なAIやOSを搭載しなくても良い。
受付の女性士官が言っていたように、彼らテスタメントは端末なのだ。
「コチラガ・オ部屋・デス」
「そうか、ご苦労だった」
宛がわれた部屋に到着し、つい答えてしまうラトロワ。
「デハ・失礼・シマス」
それに対して、頭を下げるような動作をして去っていくテスタメント。
「凄い技術ですね…」
「大尉、それしか言ってない気がしますよ…」
先ほどから驚いてばかりのターシャの言葉に、ついツッコんでしまう少尉。
だがそんな少尉も、テスタメントが階段を上る際に、壁を垂直に登ったのを見て唖然としていたが。
「全員部屋で荷物を整理しろ、14:00から計画開始式とやらが在るそうだ」
「「「了解!」」」
ラトロワの指示に、キビキビと部屋に入って持って来た荷物の整理に入る彼女達。
大きな荷物は貨物コンテナに詰まれ、後で運ばれてくる事になっている。
ラトロワに宛がわれた部屋は、佐官用の上等な部屋だった。
ベッドやシャワー・トイレの他に、仕事用の机や、冷蔵庫に簡易キッチンまで備えられている。
「豪勢な事だ…」
先ほど経費削減なんてテスタメントが言っていたが、あれは冗談の一種だったのかもしれないと考え、何を馬鹿なと自分で苦笑する。
「さて、横浜基地は何を見せてくれるのかな…」
ブラインドを開いて、まだ強い日差しの照付ける外を眺める彼女は、ポツリと呟いた。
その表情は、少し楽しそうに見えた。
12:50―――総合格納庫内―――
「ほぅ、これだけ様々な国の戦術機が並ぶと、なんとも壮観なものだな」
「はい、少佐」
午後になり、新設された食堂で軽い昼食を取ったラトロワは、ターシャを連れて格納庫へと顔を出していた。
残りの二人は、整備兵達との連絡や彼らの宿舎の場所を確認に行っている。
今二人が足を踏み入れたのは、地上の新しく建設された格納庫でも一際大きい総合整備格納庫。
参加国用に、複数の格納庫が建設されたが、ここはその中央に位置し、現在輸送されてきた戦術機を並べて整備兵達が何やら弄っている。
ラトロワ達、ジャール試験部隊のSu-37も並んでガントリーに固定されている。
「ん……おい、アレは何をしているんだ?」
「え…あぁ、各機体にXM3の搭載をしてるんですよ。その為に、管制ユニットの中身を交換中です」
自分達の機体が、何やら横浜基地の整備兵と自国の整備兵が一緒になって弄っているので、近くで作業していた若い整備兵に問い質すと、アッサリと答えた。
「XM3…横浜基地が開発した新型OSと言う奴か…参加国の試験部隊全てに配備されると聞いたが、随分早いな」
「こっちとしては、早いとこ世界中に広げたいOSですからね。今各国の整備兵に交換の仕方や注意点を教えながら換装作業をしてます」
整備兵の言葉に、なるほどなと頷くラトロワだが、ターシャが気になった事があるのか口を開いた。
「新型OSを搭載するのに、何故管制ユニットを弄る必要があるの? OSを書き換えれば済む話でしょう」
ターシャのその言葉に、苦笑する整備兵。
何やら先ほどから帽子で視線を隠したりして怪しいが、彼は作業を中断して立ち上がった。
「誤解されがちですが、新型OSであるXM3は、横浜基地で開発された新型の高性能CPUを含めた管制ユニットと、それを使って動作する高性能OSとがセットになった物です。つまり、XM3はOSとユニットがセットになって初めてXM3と呼べるんですよ」
「そうなの…では、今までの管制ユニットで動かすとどうなる?」
「満足に動きませんね、下手をするとシステム障害で壊れます」
その言葉に、顔を顰めるターシャ。
そんなOSが本当に使えるのかと懐疑的な様子に、整備兵は苦笑するしかない。
「ですが、交換するだけの性能は持っていますよ。即応性と柔軟な操作制御に、ウチの基地の衛士は全員感激の声を上げてますからね」
同時に、遊びの少なさなどで悲鳴も上げているが…とは言わない整備兵。
「XM3搭載後、割り当てられた格納庫に移動しますから少しお待ち下さい」
「そうか、仕事中邪魔したな」
ラトロワの言葉に、いえいえ…と答えながら仕事に戻る整備兵。
自分とターシャを見たとき、一瞬驚いたように見えたが、気のせいだったか…と視線を機体へと戻す。
「あ、おいそこッ、殲撃10型は機体が軽いから足首の改良は動作テストの後だ! データ取らないと後で面倒だぞ」
「す、すみませんっ!」
と、先ほどの整備兵が、反対側のガントリーに固定された機体の足元で作業する整備兵に怒鳴る。
その指示に言われた整備兵が慌てて作業を中断して元に戻す。
よく見渡すと、管制ユニットの交換だけでなく、機体によっては関節部を弄っている整備兵が居る。
その傍にはやり方を教わっているらしき各国の整備兵の姿が見えるので、横浜基地の独断ではないらしい。
「あれは何をしているんだ?」
「あぁ、XM3を搭載すると機体の各部に稼働での負荷がかかるんですよ。今まで出来なかった動きまで出来るから、特に関節に負荷が掛かります」
それを抑えたり、軽減する方法はある程度不知火や撃震、陽炎で情報が揃ってますからと説明しながら、またも指示を飛ばす整備兵。
基本機体が同じタイプはXM3搭載と同時に改良を、そうでない機体は最初に負荷データ収集の為に改良は抑えている。
「チーフ、Su-37のモーターブレードなんですけど、もっと効率の良い整備方法教えます?」
「そうだな、向こうの担当者と一緒にやって叩き込め、今後嫌でも整備するんだから速い方が良いだろう」
先ほどまでSu-37の足元で、ソ連の整備兵と話し合っていた一人がやってきて、彼に指示を請う。
すると彼は、嘆息しつつ頷いて許可した。
「もしかして、ここの責任者か?」
「いいえ、臨時のチーフですよ俺は」
的確な指示や、指示を請われることからこの格納庫の責任者かと思ったラトロワだったが、違ったようだ。
何故チーフ? というターシャの疑問は、「その方がカッコイイでしょう」という真顔の返答で返された。
当然、ターシャは何も言えない。
「ちょっと、わたし達の殲撃に何してるのよっ!?」
そこへ突然怒鳴り込んできたのは、勝気そうな顔をしたツインテールの女性。
後ろからは、彼女を抑えようとしているのか、同じ制服を着た面子が続く。
「何って、新型OSのXM3搭載と、搭載時に必要な箇所の補強指示ですが?」
しれっと答える若い整備兵に、胡散臭げな視線を向ける女性。
「誰の指示よそれ、わたしは聞いてないわよ?」
「中尉っ、整備班に渡された資料にありますってば。ほら、横浜基地の黒金少佐の指示で全ての機体へ搭載されるって」
後から来た衛士が、慌てて整備班に配られた資料を見せると、あ、本当だと呟く女性。
「ご理解頂けましたか? 一応受付で配った資料にも記載してありますが」
「う…わ、悪かったわよ。でも、そのXM3なんて積んで大丈夫なの? 全部の機体に対応出来るんでしょうね?」
謝罪しつつも若い整備兵の胸の辺りを人差し指で突付きながら顔を近づけて問い詰める女性に、仰け反りそうになる整備兵。
「それを調べるのも、今回の計画の一つですので。こちらはXM3を試験機に無料で提供、そちらは稼働データと負荷データや摩耗情報を提出って事で」
「ふ~ん…ちゃっかりしてるわね」
彼女の言葉に、無料奉仕じゃ仕事になりませんからと肩を竦める。
「発表された資料は見たけど、アレ本当なんでしょうね? 誇張されてたりしたら使うわたし達が堪らないんだけど」
「それは同意です、どうなんです?」
彼女の言葉に、ターシャまで同意して聞いてくる。
一瞬、ラトロワ側と後から来た側とで、整備兵を挟んで目が合ったが、今は真相が先だと整備兵に詰め寄る。
「誇張は在りませんよ、資料に書かれた内容は、全て本物ですし」
「でもねぇ、訓練兵がトライアルで正規兵を降すとか、信じられないんだけど」
資料の中に、成績として207の勝敗が記載されていたらしい。
負けも在ったが、旧OS部隊に対しては全勝している。
「そうだな、この基地の衛士のレベルが低かった…という意見も出ているからな」
何故かラトロワまで参加してきた。
気がつけば囲まれていた若い整備兵を、周囲の横浜の整備兵達は、ニヤニヤしていたり両手を合わせたりと助けようとしない。
「まぁまぁ、XM3については明日から嫌でも体験するんですから…」
「そりゃそうだけど…どうも胡散臭いのよね、開発責任者のクロガネ少佐って奴、情報が全く無いし。大丈夫なんでしょうね?」
「テスタメントや支援戦術車両は見事でしたが、それと戦術機開発能力は=ではないですし」
女性の懐疑的な言葉と、ターシャの懸念に、苦笑するしかない整備兵。
「まだ姿見てないけど、きっとクロガネ少佐ってガリガリの病人みたいな科学者よ、毎日部屋に篭ってパソコンに向き合ってるような」
「いや、少佐は衛士としても一流と聞いたけれど…」
ツインテールの女性の言葉に、ターシャが自分が聞いた情報を口にするが、女性はチッチッチッと指を振った。
「甘いわねソ連の衛士さん。きっとあのテスタなんとかと同じで、実際には動かしてないのよ。それかその情報こそ誇張で、実際は大した事ないとか。ま、どちらにせよわたしの敵じゃないね!」
自信満々に胸を張る女性だが、仲間の衛士達は呆れ顔か困り顔。
ラトロワは威勢が良い事だと嘆息、ターシャも少し呆れ気味。
「はははは、他国でのイメージが酷く気になるなぁ…」
「イメージも何も、何の情報も無いんだから想像するしかないじゃない。とりあえず、ガリガリか太った眼鏡科学者で、ハゲね、きっと」
調子に乗って言いたい放題の女性に、周囲の横浜基地整備兵が頬を引き攣らせている。
ただ、中には大爆笑している者も居るが。
「あぁ、こちらに居りましたか」
と、そこへ現れたのは国連の制服姿の唯依だ。
彼女の登場で視線が集まると、唯依は少し思案して敬礼した。
「横浜基地所属、国連戦術機先進技術開発計画の補佐官をしています、篁 唯依中尉です。何か在りましたか?」
別の二つの国の衛士が横浜基地の整備兵を囲っている状況から、何かの騒ぎかと思った唯依の問い掛けに、ラトロワが少し質問していただけだと答えた。
「そうですか。試験部隊の衛士の方は、そろそろ会場の方に移動をお願いします」
「了解した。タカムラ…中尉だったな、貴官がクロガネ少佐の副官と考えて良いのか? 私はジャール試験部隊指揮官、フィカーツィア・ラトロワ少佐だ」
「はい、開発責任者である少佐の副官は自分です」
ラトロワの問い掛けに確りと答えると、ツインテールの女性が手を上げた。
「はい中尉、質問。そのクロガネ少佐って何処に居てどんな人なの? まだ逢ってないんだけど。あ、わたしは暴風(バオフェン)試験小隊の崔 亦菲中尉よ」
崔中尉の質問に、少し彼女達を見渡して、事情を理解したのか軽く肩を落とす唯依。
「少佐、戯れが過ぎます…」
「別に戯れた心算は無いんだがな」
唯依が額を軽く押さえながら言うと、返事は崔とラトロワの間、斜め後ろから帰って来た。
その事に全員が視線を向けると、若い整備兵がその帽子を取って微笑を浮かべていた。
「名前を問われなかったのでね。改めて自己紹介しようか、国連軍第11軍横浜基地所属、黒金 大和少佐だ。あと今回の計画の開発責任者でもあるな」
そう言ってニヤリと、いつもの笑みを浮かべるのは大和だった。
「う、嘘ぉぉぉぉっ!?」
「なんだと…」
思わず叫ぶ崔と、困惑するラトロワ。
先ほどまでそこそこ上の役職の整備兵と思っていた相手が、今回の計画の開発責任者である少佐だったのだ。
散々言いたい事言った崔は、内心ヤバイと汗を流している。
仲間の衛士も、気まずそうな顔だ。
「少佐、そろそろ儀礼服に着替えて下さい。副司令から開始式での挨拶を言い渡されているのですから」
「やれやれ、博士は俺を何だと思っているのか。大人数の前で挨拶なんて柄じゃないのだがな」
「開発室で散々演説しているじゃないですか、文句言わないで下さい」
帽子を軽く叩きながらぼやく大和に、唯依が肩を竦めて急げと諭す。
「では皆様方、また後で。それと崔中尉?」
「――は、はいっ!?」
「俺ってそんなにガリガリかな?」
「いいえ、素晴らしい肉体です!」
話を振られた崔が慌てて返事すると、大和は作業着の上着を脱いで見せた。
タンクトップを着込んだ身体は、細いが確りと引き締まっている。
それを見ながら何故か敬礼して答えると、大和は「それは嬉しいな」と笑って上着を背負い、その場を後にした。
「変った男だな…」
「よく言われてます…」
ラトロワの呆れ混じりの言葉に、恥ずかしさで頬を赤くさせる唯依。
崔中尉は、部隊の仲間にどうしよう、色々言っちゃったよと泣き付いて、仲間が宥めている。
「では、会場にお願いします」
「あぁ、了解した」
気を取り直してラトロワ達を連れて行く唯依。
崔中尉は、この後どうしようと不安になって青い顔をしていたが、唯依はスルーした。
どうせ大和は怒りはしないし、もっと酷い事も言われたから堪えていないだろうと。
14:00―――――――
会場となる場所に集合し、各国で固まって集まる面々。
計画開始式と言っても、基地指令や計画責任者からの挨拶と、軽いデモンストレーションが行われる程度だ。
一応、飲み物が配られている。
手作り感溢れる壇上には、現在基地指令が立って挨拶をしている。
やたら威圧感というか、威厳のあるボイスに圧倒されている人間も多い。
次に壇上に上がったのは、計画の責任者にして副司令、極東の魔女と呼ばれる女性だった。
彼女は余裕ある笑みを浮かべたまま、各国の開発に期待すると共に、XM3をそれぞれの母国に広げる為に協力して欲しいと伝えた。
そして最後に壇上に上がったのは、儀礼服に着替えた大和だ。
先ほどのやり取りを見ていない大部分の衛士や整備兵代表は、どう見ても十代後半の歳若い少佐の姿に戸惑う。
そして、司会役の女性士官の紹介に、彼が謎多き人物、黒金 大和だと知ってどよめく。
そんなどよめきや驚き、色々な感情の混ざった視線を平然と受け止めて挨拶を始める大和に、ラトロワは見た目に騙されてはいけないなと内心思う。
「各国の開発に、私も少なからず協力出来れば良いと思っている。しかし私の能力や横浜基地の技術力に疑問を抱いている人間も多いことでしょう。そこで、軽いデモンストレーションを行おうと思います」
大和がそう言い切ると、会場から少し離れた場所の地面が開いて、地下格納庫から戦術機がリフトアップされて登場する。
それは、響だった。
響に続いて、隣に舞風が、その隣に撃震・轟型、そして最後に雪風が登場する。
雪風の頭部には4本のアンテナ型バルカン砲、つまりクリスカとイーニァの機体だ。
「これらの機体には、全てにXM3が搭載されています。その実力の一端を、お見せしましょう」
マイクでそう宣言すると、雪風がその場を飛び上がってそのまま演習場へと入る。
壇上の後ろに設置されたモニターに、演習場内での映像が映る。
雪風に続いて、響達三機も演習場へと飛び立っていく。
その間に、大和は各機体の特徴や特性、性能を簡単に説明していく。
そして全ての機体が演習場へ入り、配置につくと、大型モニターに複数の別カメラの映像が映る。
「では、2対2の簡易模擬戦を開始します」
大和のその宣言と共に、雪風と撃震・轟チームVS舞風・響チームの対戦がスタートした。
どちらも元の機体よりも高い機動性で演習場を進み、直に接敵。
撃震・轟の支援を受ける雪風が、舞風と廃墟を足場にドッグファイトを展開、響はその間に狙撃ポイントに入ってスナイプカノンで雪風を狙うが、ガトリングシールドを装備した撃震・轟の攻撃に阻まれる。
「因みに、響の衛士はXM3トライアルで連勝した訓練部隊の衛士です」
大和のその言葉に、響に視線が集中した。
廃墟を楯に、ガトリングの砲撃を避けながら展開したスナイプカノンユニットで、瞬時に狙撃。
だが撃震・轟の衛士も然る者で、ガトリングシールドのシールド部分を斜めに構えて弾を逸らすように防御する。
ペイント弾なので汚れるが、ダメージ判定は楯の半壊に止まっている。
その反撃は、両肩に装備された轟装備の目玉、大型スラスター先端の120mm滑空砲だ。
飛来するペイント弾に対して機体を廃墟の影に隠した瞬間、撃震・轟が肩と両足のスラスターを展開して突撃をかける。
左手に装備された多目的格闘装甲で廃墟を破壊すると、響は噴射跳躍で上空へ退避。
さらに、スラスターで姿勢を半回転させて、空中で支援狙撃砲を構える。
放たれた砲弾は、防御に移った撃震・轟のガトリングシールド、その砲身に命中する。
これで相手の一番の武装を破壊したと見ていた誰もが思ったが、撃震・轟はガトリングの砲身とドラムマガジンをパージすると、シールド内部に装備された3連突撃砲が顔を出した。
それを響へと向けて、36mmをばら撒くと、響は慌てて降下して廃墟を楯に距離を取る。
今の反撃で、スナイプカノンが被弾したのか、瞬時に右肩のCWSからパージすると、両手に突撃砲を構える。
と、そこへ両肩のガトリングユニットを咆哮させて舞風が後退してくる。
後を追う雪風の両足に装備されたスラスターと一体化したコンテナから、追尾式ミサイルが2発放たれる。
それを舞風と響が協力して空中で撃墜した瞬間、撃震・轟が廃墟を格闘装甲で粉砕しながら背後に出てくる。
響が反転して突撃砲を向けるが、撃震・轟は両手の楯を構えて突撃。
咄嗟に響と舞風が飛び上がって回避した先には、動きを読んでいたかの如く飛び上がった雪風。
背後を捕られた舞風が空中機動で引き剥がそうとするが、雪風は難なくそれに喰らいついてくる。
そして、両手手腕のCWSに装備されたSu-37を連想させる形のそれから飛び出した近接短刀で切り付けられて墜落する舞風。
目が良い物は、雪風が短刀を突き刺す動作をしただけと分かったが、それで何故舞風が撃破判定されたか首を傾げている。
その間にも、響が撃震・轟相手に善戦するが、雪風に合流されて撃破されてしまう。
「因みに先ほど、短刀で少し切られただけで大破判定された理由をお見せしましょう」
大和が疑問を質問される前に、マイクを通して宣言すると、別の映像が映り、同じ装備を装着した雪風が、鉄骨やスーパーカーボンブレードを切断する映像が流れる。
その切れ味は、スーパーカーボンブレードの比ではない。
前もって撮影した映像のようだが、切断面は綺麗だ。
「あれは高周波ソードを小型化した物で、スーパーカーボンブレードでも防げませんので」
大和のその説明に、見ていた衛士や整備兵代表がざわめく。
「簡単なデモンストレーションでしたが、XM3は先ほどの機動が、いえ衛士の練度によってはそれ以上の動きが可能でしょう」
そう宣言する大和の言葉に、ある者は嬉しそうに、ある者は驚愕の表情で大和を見上げる。
「質問があります!」
「どうぞ」
勢い良く手を上げて規律した男性衛士に、質問を許す大和。
「この素晴らしいOS、XM3はやはり黒金少佐の考案した物なのでしょうか?」
「いいえ、自分は調整と付属するシステム関連の構築を行ったに過ぎません。考案者であり、私が知る限りで世界最高と言える衛士が、ただ一人で考案したのがXM3です」
整備兵の代表者の言葉に答えた大和の、その言葉に集まった面々は動揺した。
多数の画期的な発明をしている大和や、天才科学者香月 夕呼が考案したなら納得できるが、ただ一人の衛士が考えたと言われたのが意外だったのだ。
しかも、大和が世界最高と呼ぶほどの人物。
何人かがそれは誰なのかと質問するが、一応機密ですので…とスルーされてしまう。
「では、私からの話とデモンストレーションを終わりにします。XM3については、明日に概要と操作説明がありますので、その時にお願いします」
そう言って壇上から降りると、司会役の女性が今後の簡単な説明を始めた。
基本的に開発計画は国毎に行うが、定期的に横浜基地が予定する模擬戦闘や演習に参加する事が義務付けられている。
明日のXM3説明の後は、国の予定に則って活動する事になる。
「なかなか、面白そうじゃないか」
「はい、少佐」
説明が続く中、ふと呟いたラトロワの言葉に、ターシャが確りと頷いた。
B1格納庫―――――
「ご苦労様でした、神宮寺大尉」
「ありがとうございます少佐。しかし、同じ撃震とは思えない性能ですね、轟装備は」
会場から退席した大和は、その足で格納庫へとやってきていた。
そこで、先ほどの模擬戦闘を終えた操縦者達に労いの声を掛けていく。
撃震・轟に乗っていたのは、原隊復帰で大尉になったまりも。
今回無理を言って、彼女に操縦者を務めて貰ったのだ。
撃震の操縦経験が長く、かつXM3に慣れている衛士となると、彼女位しか居なかったので。
「あ~~っ、また負けちまったぁ~っ!」
舞風の前で悔しがっているのは、タリサ。
響からは、207の中で一番癖の無い後衛タイプの麻倉が選ばれて乗っていた。
何故彼女かと言うと、207の面子はその多くが癖の強い一芸タイプ。
他のポジションが出来ない訳では無いが、それでも得意なポジションと苦手なポジションとの差が大き過ぎる。
その代表はタマや冥夜だ。
その為、今回タリサと組ませるに当たって、癖の無い後衛と言う事で麻倉が選ばれた。
因みに癖の無い前衛が高原、癖の無い、と言うかどこでもOKなのが茜だ。
「ご苦労だったな麻倉少尉。神宮寺大尉と共に訓練に戻ってくれ」
「はい、少佐」
「では、失礼します」
大和に敬礼して戻っていくまりもと麻倉。
麻倉はこの後、207の仲間にどうだったか根掘り葉掘り聞かれる事だろう。
「マナンダル少尉も、篁中尉に報告してから戻ってくれ」
「了解です。…あの、少佐ぁ、アタシ弱くないよな…?」
この所、模擬戦闘でクリスカ達に負けっ放しのタリサ、かなり自信が崩れているらしい。
「当然だ、むしろ元俺の雪風相手に、善戦できる時点で凄腕だ」
その上操縦者はクリスカとイーニァ。
陽炎の改造機である舞風であっても、そうそう勝てる相手ではない。
「そ、そうですよねっ、それじゃぁ失礼しますっ!」
大和にそう言って貰って自信を取り戻したのか、それとも単純に構って欲しかったのか、笑顔を浮かべたタリサは元気良く走っていく。
その様子に首を傾げつつ、元気な事は良い事だと納得して雪風の前へ。
「あ、ヤマトっ」
「お疲れ様だ二人共。どうだった、腕の装備は」
「はい、Su-37と似た形なので、操作に戸惑いは在りませんでした。ただ、実際に切る際の感覚は異なりますね」
笑顔で抱きついてくるイーニァを抱き止めながら、不具合は無かったか問い掛けると、クリスカがチェックボード片手に答える。
現在二人には、開発衛士としての勉強もさせているので、模擬戦や演習後のチェックも覚えさせている。
元々ソ連でも開発衛士をしていたので、基本は出来ているので覚えは早い。
「やはり、モーターブレードより切れるか?」
「そうですね、モーターブレードは一度切れ始めれば早いですが、こちらはス…と入る感じで切れます」
A-01からワルキューレ隊へ出向した二人は、現在は高周波振動発生装置を使った武装の開発に従事する事になった。
特に、CWS搭載の小型高周波ソードを主に扱っている。
既に先行量産に入っているが、ソード部分の摩耗や装置の耐久性を調べる為に、連日この装備を使っての訓練が行われている。
基本モーションはSu-37を操作していたクリスカの操作を参考にしている。
午前中もこの装備の耐久テストを行っており、大和はその感想を聞いていたのだ。
「分かった、報告はいつも通りに。今日は二人とも上がって良いぞ」
「はい」
ヤマトの指示に、素直に返事するクリスカだが、イーニァからの返答が無い。
その事に不思議に思って揃ってイーニァを見ると、何故か不機嫌そうな顔をしている。
「イーニァ、そんな膨れてどうしたんだ?」
プニプニとほっぺを突付いてみると、少し嬉しそうな顔をしたが直にまた不機嫌顔になる。
「ヤマト、ゴホウビは?」
「は?」
「イーニァ…?」
彼女の言葉に、首を傾げる大和とクリスカ。
「カスミがいってた、いいシゴトしたらゴホウビもらえるって」
「社嬢の情報か…」
最近黒いと噂の霞ちゃん、彼女は現在夕呼の手伝いだけでなく、武ちゃんの手伝いや純夏ちゃんの手伝い…と言うか特訓に付き合っている。
その中で、確りとお仕事をすると、武ちゃんからご褒美が貰えますとイーニァに教えたそうな。
「それでか…ふむ、イーニァは何が欲しいのかな? ヌイグルミならまだ在るが」
「少佐、待ってください。イーニァ、少佐にそんな事を強請ってはダメよ…」
なんだかんだでイーニァに甘い大和は、また増殖したらしいSD戦術機ヌイグルミをプレゼントしようと考えるが、クリスカが待ったをかけてイーニァを嗜める。
「キス」
「「え゛?」」
「キスがイイ!」
だがイーニァはクリスカの言葉も何のその、笑顔でとんでもないおねだりを口にした。
これには大和もクリスカも目が点になる。
「カスミはね、タケルにまいにち、おはようとおやすみのキスしてもらってるって」
だからキス寄越せと笑顔で強請るイーニァに、在らぬ方向を見て苦笑する大和。
ストイックな癖に、霞と純夏のおねだりには弱い武ちゃんを褒めつつ、どうして自分に流れ弾が被弾するのかと少し嘆く。
「だ、だだだだダメよイーニァっ、少佐にききききき…口付けを強請るなんてっ」
キスと言うのが恥ずかしかったのか、顔を赤くしてイーニァを引き剥がしにかかるクリスカ。
だがイーニァは怯まない!
「クリスカも、ゴホウビにキスしてもらえばいいんだよっ」
と言ってクリスカを巻き込むイーニァ、言われたクリスカは、以前イーニァに投影されてしまった過激映像を思い出して真っ赤に。
「ねぇヤマトっ ………あれ?」
イーニァが大和に話を振るが、気がつけば大和は居なくなっていた。
クリスカが何て素早い…と感心しているが、イーニァは不機嫌に。
「タカムラとはキスしたのに、どうして…?」
「しょ、少佐にも色々あるのよ、ね?」
不満そうなイーニァを宥めつつ、少佐のキスがご褒美…と想像してまた赤くなるクリスカ。
自分が大和に対して感じている感情が何なのか理解していないのに、ムッツリな娘さんであった。