2001年8月6日―――――
副司令執務室――――
「随分眠そうねぇ、アンタ…」
「それはそうですよ、ほぼ徹夜で事後処理してたんですから…」
昼過ぎの執務室、出頭した大和の表情を見て夕呼は苦笑を浮かべていた。
大和の目の下には隈が確りと刻まれているのだ。
「なんでよ、交替で事後処理進めればいいじゃないの」
「いえ、現場指揮を出来る人間が居なかったので…篁中尉は先に戻しましたし」
少し視線を逸らす大和。
それを見て夕呼が瞳をキュピーンと光らせるが、大和は無視する。
あの瞳は武の弱点を見つけた時の目だと感じながら。
「アンタも色々遭ったみたいねぇ…白銀の事言えないわね」
「その様です…」
珍しく素直と言うか、謙虚な態度に首を傾げながら夕呼は現在纏まっている情報を大和に手渡した。
「空母エイブを含めた米国艦3隻は少しの間横浜港に係留、当然乗組員は国連軍の監視下に置かれる事になったわ」
「そうだと思って、既に人員を配備して昨日から交替で任務に当たらせています。念の為にスレッジハンマーを6機、砲撃可能位置に配置してあります」
大和の判断に妥当ね…と頷いて話を進める夕呼。
現在戦闘後の処理を終えた横浜港では、横浜基地所属のスレッジハンマーと歩兵が米国軍を監視しているものの、米軍も今回の非がどちらにあるか理解しているので大人しいし協力的だ。
何しろ、一方的に攻めてきた自分達を、一人の死者も出さずに手当てや救護施設の開放までしてくれたのだ。
現在横浜港の倉庫地区は瓦礫や戦術機の撤去作業と並行して仮設住宅の建設がされている。
流石に空母では怪我人、特に米軍衛士の治療も満足に出来ないだろうと大和が手配したのだ。
先の戦闘で、数名重傷に近い怪我をした者も居る為、米軍は喜んで受け入れた。
催涙弾のダメージも、中々抜けないのだ。
拘留期間は短いだろうが、その間ずっと海の上では流石に辛いだろうと、横浜港内の敷地ならば上陸も許された。
現在艦長達責任者は横浜基地へ出頭し、事情聴取や本国との話し合いを進めている。
そちらは基地司令が見ているので問題ないだろう。
「それで、中将を含めて何名居ましたか?」
「米国諜報機関の工作員が4名、過激派の犬が3名って所ね。駆逐艦の方にも乗ってたのよ」
今回の騒ぎの原因となった中将を含めたオルタネイティヴ5過激派。
その一員と諜報機関の工作員は、全て捕らえて現在拘束されている。
鎧衣課長が集めてくれた情報に、工作員の情報も含まれていた為、御用となった。
「流石と言うか、何と言うか…」
「あんまりお礼言いたくないけど、今回ばかりは言っておいたわ」
苦笑する大和と、面白くなさそうな夕呼。
現在その鎧衣課長は米国で暗躍しているらしい。
「オルタネイティヴ4推進派からは賞賛の声が届いてるわよ、邪魔な連中を一掃出来たってね」
「少々情報を見ましたが、随分資産家で逮捕者が出たようで」
米国などの資産家、オルタネイティヴ計画に活動資金を提供している者達にも、今回の計画に関与したとして捜査のメスが入った。
資金提供の見返りに地球脱出の権利やその他諸々を手に入れようと考えていた連中が、今回の件にも関与して捕まったのだ。
中にはライバルのオルタネイティヴ4推進派の資産家に家を潰された者も居たとか。
「ラングレーを始めとした米軍基地では高官の首切りの嵐。あの国の諜報機関もかなり活動自粛を迫られたみたいよ?」
「それはお気の毒に」
と言うものの、内心ざまぁwwと笑っているのは大和も夕呼も同じ事だ。
「国連議会は紛議、珠瀬事務次官もかなりお疲れだったわね」
「あぁ、それで今日はアレだったのですか…」
アレと言うのは、昨日の作戦に参加した207訓練部隊は本日休息として自由時間を与えられたのだが、たまパパが襲来したのだ。
珠瀬事務次官ではなく、たまパパ、つまり親バカモード。
突然の襲来にタマは混乱、周囲は警戒、前の事があるので。
作戦の事を聞いていたたまパパはそれはもう娘をベタ褒めしまくっていた。
恐らく、この後にある国連緊急議会に備えて娘を愛でているのだろう。
「ま、米国がいくら文句言っても完全に自業自得だし、気にする事ないのよね」
「米国も、流石に欧州や南アフリカを敵に回すほど愚かではないでしょう」
今回の一件で帝国、そして国連横浜基地の対応に関して弁護と言うか庇護してくれたのが欧州連合と南アフリカだ。
他の国、特にスレッジハンマーの輸出が予定されている国の援護もあったが、この二国が特に凄かった。
南アフリカは近々大々的にスレッジハンマーを購入して防衛線に配備する予定であり、その際に特注装備の開発を横浜基地、つまり大和に依頼している。
欧州はBETA侵攻で自走砲を始めとした支援装備がボロボロな為、単体で防衛・支援・その他をこなすスレッジハンマーの導入に意欲的だ。
現在、欧州連合の主力機である機体で運用されている57mm中隊支援砲が装備・運用可能なスレッジハンマーを注文しており、欧州には両手がガトリングタイプと手腕タイプの二種類を輸出予定だ。
注文は横浜基地を通してライセンス契約をした日本の企業に渡り、現在生産の真っ最中。
特に、南アフリカのアフリカ連合からは大破・中破したF-4が送られ、スレッジハンマーの値段を下げて貰っている。
もしも米国の要求が通されたら注文したスレッジハンマーやCWS規格武装が届かないし、配備が遅れるのは困るのだ。
これから導入を検討する国々も同じであり、近々横浜基地で発表されると噂される技術が米国に独占されるのは断固阻止の構えだ。
米国は一部軍高官の暴走と言い訳(ある意味本当だが)しつつも、国連軍としての対応やらクーデター軍襲撃の様子云々で、逆に被害を被った海外派遣部隊の慰謝料代わりに横浜基地の引渡しを要求するつもりだったようだが、各国に睨まれて言い出すことすら出来なかった。
もし議会でそんな事を要求すれば非難轟々で米国の権威は失落、最強の戦域支配戦術機であるF-22Aが撃破されたのもあって、米国軍の威勢は弱くなっていた。
尤も、F-22A自体に問題はないのだ、この機体は十分に強いし、唯依達も苦戦を強いられた。
もし相手が4機でなければ、支援部隊が何機か撃破されたかもしれないと、クリスカも語っている。
問題は、海外派遣部隊の錬度と圧倒的な性能を衛士が扱いきれていなかった事が上げられる。
F-22AにXM3を搭載すれば、それだけで恐ろしい機体になるのだから。
どうでも良い話だが、近々米国の国連議会代表は辞任を表明するらしい。
「この後も暫く話し合いが続くでしょうけど、帝国が手出し無用って言ったのに介入しようとして逆に制圧されちゃったんだから何も言えないでしょけどね~」
カラカラと楽しそうに笑う夕呼先生は絶対にドSだと、武ちゃんは常々語っている。
「その辺りは珠瀬事務次官に任せるとしましょう。過激派の方も推進派の方々にお任せして、俺は自分の研究に入りますよ」
「そうしなさい、やっと煩い雑事が終わったからアタシも最後の仕上げに入るわ」
「おや、仕上がりましたか?」
大和のその問い掛けに、夕呼は自信たっぷりに微笑んで「完璧…♪」と言い切った。
「にしてもアンタ、あのオーバーシステムのロックちゃんとかけたの?」
「えぇ、社嬢にお願いしてありますが?」
唐突に話を変えた夕呼に、何かと思いながら言葉を返すと、何やら戦術機のデータ表を渡された。
「これは陽燕の……なッ、2回もシステム起動!?」
「不穏分子倒すのに一回、沙霧大尉との決闘で一回使ったのよ。お陰で社が泣いて不機嫌で大変だったのよ昨日…」
「あぁ……それで午前中武の姿が無かったのか…」
納得顔の大和、武ちゃんは昨日執務室を訪れてオーバーシステムを使った事を霞に攻められ泣かれ拗ねられた。
そして、土下座する勢いで謝り倒して、添い寝と膝枕とあーんと一日一緒で許される事になったそうな。
現在添い寝、あーんを消化して膝枕でマッタリ中。
武ちゃんが泣いて頼むので、食事はお部屋で取りました。
もしも食堂であーんされたら、昨日の悪夢の再来、たまパパ襲来もあったので修羅場地獄の幕開けだっただろう。
因みに昨日は何とか収拾をつけて、殿下は紅蓮大将に連れられてお帰りに。
その際に「武様ーーっ、冥夜ーーっ、アイルビーバックですわーーっ!」と叫んでいたとか。
なんで英語やねんと疲れた声でツッコム武ちゃんが居た。
婚姻届は何とか防いだようだ。
「妙ですね、武命の社嬢がロックを掛け忘れるなんて事は……解除台詞は言っていないし………まさか、武が直接解除を頼んだのか…?」
「そのまさかかもね~、整備班の一人が、陽燕のコックピットで何かしてる社と白銀を見てるから」
武め…と額を押さえる大和。
まだ完璧にテストを終えていないオーバーシステムは、本当に危ない時にだけ使えと言ったのに、武ちゃんはノリノリで使ったのだ。
まぁ、大和もブチ切れ状態で機動させてしまったので、その事に文句は言えないのだが。
「戦闘中に『霞愛している、お前が欲しいーー!』と叫ぶのは嫌か……」
「当たり前でしょうが」
夕呼先生にツッコまれた。
戦闘中、例え外部スピーカーをオフにしていても恥ずかしくて叫べるものじゃない。
その為、武ちゃんは霞に頼み込んでロックを解除してもらったのだ。
その際に、頭ナデナデと膝枕(武ちゃんの)を約束して。
「機体の方は問題なかったみたいだけど、アンタはどうなの?」
「たった数十秒の機動で酔いと痛みが走りましたよ。何も知らない衛士に使わせたら「衛士を殺す気か」と言うでしょうね…」
己の頭を軽く叩きながら苦笑する大和、オーバーシステムによってリミッターが解除された機体はその間だけ通常スペックを上回る事が出来る。
通常状態でも第四世代戦術機の想定スペックを満たしているX01で使用すれば、並みの衛士には拷問に等しい。
因みにX01がYF-23を改良した二機の開発ネームであり、それぞれ違うコンセプトの噴射ユニットや調整がされている為に通称が異なる。
武の陽燕がバーション1、月衡がバーション2だ。
「このシステムはまだまだ改良が必要なα版です、不測の事態を備えて今回搭載しましたが対BETAの戦いではまだ使えません」
「そうねぇ…いくら性能が上がっても衛士が扱えなきゃ意味が無いし、主機暴走で爆発なんてなったら欠陥品扱いよ」
X01の口元から排熱しているのは、オーバーシステムで主機や管制ユニットが放つ熱を強制的に排気する為だ。
ステルス性能が高いYF-23は排熱ブロックを抑えた造りになっているので、大和が改造したのだ。
因みにF-22Aも同じように、ステルス性能の為に排熱が抑えられている。
「その辺りは慎重に実験を重ねながら、社嬢と進めていきます」
「そうしなさい、せめて一般衛士が使えるレベルじゃないと強化型XM3に組み込めないじゃないの」
夕呼の言う強化型XM3は、第四世代機に標準搭載される予定の管制ユニットだ。
XM3でのノウハウを活かして、さらに反応速度や操作性を高めたユニットと最適化されたOSからなる作品。
因みにX01に搭載されているのがその試作モデルだ。
「ま、“楯”の方ならそんなの気にしないで良いんでしょうけどね」
「機体の開発は60%まで完了しています。後は中身が完成すれば一気に進むでしょう」
「そっちは少し待ちなさい、先に鑑を仕上げるから」
「了解です」
夕呼の言葉に軽い敬礼を残して立ち上がる大和、まだやる事が多いのだ。
「基地から叩き出す事になる連中の代わりが一週間以内に配属されるから、それまで頑張って頂戴。その後、少しならお休み上げるから誰かとデートでもしたら?」
「一週間は仕事がある辺り鬼ですね博士…あと、博士も武を誘って行ったらどうですかね?」
夕呼のからかいの言葉に、ニヤリと笑って答える大和。
一瞬狼狽した夕呼を横目に、さっさと退室するのだった。
「あ………!」
「む………!」
大和の執務室へと続く道で、書類を持った唯依と鉢合わせた。
昨日のあの出来事の後、音声通信で基地に戻らせたので顔を合わせて居なかった為、会話が出ない。
唯依は昨日の暴走告白を思い出して狼狽しているし、大和はどう接したモノやらと戸惑い中。
「………軍の方はどうだった?」
「え……あ、はい、巌谷中佐に連絡した所、若干の混乱があったそうですが、五摂家や斯衛軍の指示で無事収まったそうです」
大和の方から無難な話題を振り、会話を始める二人。
唯依は基地に戻された後、何とか落ち着きを取り戻して巌谷中佐へ連絡したのだ。
今回の騒動で帝国軍でも混乱が起きたが、前もって殿下の指示を受けていた五摂家とその指示を受けた斯衛軍や、帝国軍上層部が混乱を収拾した。
早期に混乱が収まったのは、素早い対応もあったが、クーデター軍の主要人物が全員拘束された事も理由だった。
沙霧大尉の考えに少なからず同意していた将兵も多いので、もし沙霧大尉達が処刑されたりしたらもっと酷い混乱だっただろうと唯依は言う。
だが沙霧達は殿下の説得で投降し、その罪も最前線で戦い続ける事を罰とすると帝国軍上層部も公言した。
軍隊として考えると甘い処罰と思われるが、相手はBETAであり常に最前線で戦うのだ。
投獄や銃殺されるのと、酷い結果、つまり戦死なら大差ない。
生き残り続け、日本をBETAから奪還して初めて罪が許されるのだ。
異例の処罰だったが、殿下の寛大な処置であり、当人達が感謝している事もあり、文句も少なかった。
クーデター軍の不穏分子、本当の意味での売国奴は全員帝国軍に引き渡され、厳しい尋問と処罰が待っている。
とは言え、中には周りに流されたり川本の甘い言葉に乗せられただけの者も居るので、処罰は様々だ。
実行犯の川本は、恐らく二度と外に出る事は叶わないだろう。
また、帝国政府の膿は、榊首相が信頼している大臣達と共に姿を眩ませたのを、クーデター軍に粛清されたと勘違いして臨時政府を開こうとして、売国の証拠を持った警察組織に一斉逮捕された。
そして直に隠れていた榊派の主要大臣達が米軍や米国へ手出し無用、帰れと再三通告し続けたのだ。
その政府の膿と通じていた横浜基地の馬鹿連中も一斉にMPに拘束された。
サブ司令室に集まっていた所を、基地司令自らMPを率いて逮捕、横浜基地の能天気を一掃したのだ。
その際に逆上した大佐が基地司令に殴りかかったのだが
≪米軍なんて使ってんじゃねぇぇぇぇッッ!!!≫
と叫んだ基地司令に逆に殴り飛ばされた。
一緒に居たMPは語る、基地司令の背後に、青いロンゲの厳つい男が≪ぶるあぁぁぁぁぁぁぁっ!!≫と叫んでいる影が見えたと。
それは兎も角。
逮捕された連中の罪状は色々だが、大和のワザと保管を甘くしたデータの漏洩や内通などだ。
その連中を退かした後釜には、基地司令や夕呼の信用できる叩き上げの軍人や将校が召集される事になっている。
「それと、先ほどシミュレーターデッキ前を通ったのですが、大勢の基地衛士が訓練に励んでいました」
「ほう、昨日の事件が早速起爆剤になったか…」
何とかいつもの調子を取り戻した唯依と大和は、会話しながら執務室へと歩く。
唯依が先ほど横浜基地内に複数あるシミュレーターデッキの一つを覗いたのだが、中には強化装備姿の衛士が大勢居た。
シミュレーターは完全に埋っており、出来ない者は同じく出来ない者同士で作戦を考えたりお互いの長所短所を教えあったり。
今操作しているシミュレーターの映像や動きを見て話し合ったりと、皆真面目に訓練をしていた。
複数あるデッキの一つがその状態なのだから、他のデッキも同じなのだろう。
現在演習場は昨日の騒動の後片付けで使用が制限されており、実機訓練が出来ないので皆シミュレーターに集まったのだ。
また、シミュレーターの使用が出来ない連中も、PXや教室を借りて反省会や話し合いを行っている。
「色々とやって来た事が、ここで花開いたか……」
「やはり、あの模擬戦闘などは仕込みだったのですね…?」
唯依の指摘に、不敵に笑う大和。
そう、あのワザとらしい模擬戦闘や演習は、仕込みだったのだ。
防衛戦の最後尾だからと油断して慢心している衛士や基地の非戦闘員達。
それに喝を入れる為に、今まで色々なアピールをしてきた。
甘い事ばかり言っている衛士を公開処刑で負かし、スレッジハンマーと対戦させる事で衛士としての立場に危機感を持たせる。
そして昨日の襲撃で、何も出来ずに制圧されてしまい、ただ歯痒い思いをするしかなかった経験。
しかも噂で、訓練兵がクーデター軍を撃退したという話まで流れたのだ。
これは夕呼が故意に流した噂だが効果はあった、訓練兵が必死に頑張ってるのに正規兵である自分達は何をしているんだと。
防衛戦の最後尾だからと安心してたからこんな事になった、BETAが相手だったら俺達は死んでいた。
一人の衛士の言葉は、やがて他の衛士へと伝播し、次の日から早速自主訓練や部隊訓練に入ったのだ。
襲撃で怪我人も多数出ている為、下手をすれば死んでいたかもしれないという強迫観念。
そして、訓練兵に負けられないという意地が、彼らを突き動かし始めた。
「基地の空気が変ってきたと、京塚曹長も仰っていました」
嬉しそうな唯依姫、彼女は横浜基地へ着任してからずっと、だらけた横浜基地の態度と空気に不満を感じていたのだ。
だが徐々に、極東の最終防衛戦を守る場所としての空気になり始めている。
「ふふふ、まだまださ中尉。起爆剤の後は、長く燃えるように延焼剤を投入しないとな。XM3と言う延焼剤をな」
「――――っ、ではついに!?」
「あぁ、近々XM3トライアルを正式に行い、国連軍を通じて世界へと発表される。当然、一番に配備されるのは帝国だ」
大和のその言葉に、唯依の表情が和らぐ。
待ちに待った、XM3の正式公開と配備開始。
体験し、機体に乗せて貰ってからずっと望んでいた配備がついに始まるのだ。
「それに合わせて不知火・嵐型の改造配備と撃震・轟への改造が開始される予定だ」
先日巌谷中佐から先行量産型の不知火・嵐型と撃震・轟のテストが終了し、正式採用される事になった。
既に改造用のパーツは生産されており、後は各基地とメーカーで改造を施すだけだ。
どちらもXM3の配備と並行して行われる予定になっており、その性能を十分に発揮できる。
「そうですか…少佐の努力が世に広まるのですね…!」
我が事のように喜ぶ唯依、そんな彼女の笑顔を見て暖かい気持ちになる大和。
「――――ッ」
その事に気付いて、身体を強張らせる。
今の気持ちは、間違いなく……愛しい…だ。
「あ、あの…少佐……」
執務室があるフロアの入り口で、唯依が立ち止まった。
モジモジと顔を赤くしているその姿に、ドキリと鼓動が跳ねる。
「その、昨日の事……なのですが…」
周囲に人が居ないからか、妙に彼女の声が大きく聞こえる大和。
「すみませんでしたっ、事後処理とは言え仕事中に、あのような破廉恥な事をしてしまい、しかもあんな言葉を……っ」
顔を真っ赤にして頭を下げる唯依に、なんと声をかければ良いのか迷う。
いつもなら、不敵な態度で弄ったり、妙なネタを言って彼女を慰めるのだが、今は何も浮んでこない。
「(クソッ、どうしたんだ俺は…ッ)…いや、その、なんだ……俺は全然気にしてないから…」
「―――っ、気にしていない…だと…っ?」
「(あ……あるぇーーーッ!? 地雷踏んだか俺!?)」
とりあえず謝られた際の常套句的な台詞を言った大和に対して、キッと表情を険しくして顔を上げる唯依姫。
もしここにステラが居ればこう言っただろう、『少佐、それ今は禁句です』と…。
揺れる微妙な乙女心を、気持ちを拒絶し続けた大和に察するなんて無理な話であり。
唯依としては、「いや、嬉しかったからな…」とか「良いんだ、俺も目が覚めたよ…」とか「謝るのは俺だ、昨日一晩考えた言葉を聞いてくれるか…?」という、実に乙女チックな返答を期待していたのだ。
なのに「気にしていない」、つまり唯依姫の暴走していたが一世一代の告白を「気にしていない」だ。
「そうか……アレでは足りないと、届かないという事か…っ」
「あ、あの、唯依姫っ? なんだか髪の毛が広がって怖いですよ? 黒いオーラが漏れてますよ~?」
ゴゴゴゴゴ…という謎の効果音と、滲み出る黒いオーラ。
風も無いのに揺れて広がる髪の毛がとってもホラー。
「ふふふふふ……良いだろう、よぉく分かったぞ大和……お前を手に入れるには、もはや恥も外聞も捨てなければならないのだな…!」
「何を言ってるのでしょうか姫ぇッ!?」
ギンッと赤く光る修羅姫な唯依姫さまの眼。
羅刹女モードな真耶さんに勝るとも劣らない迫力に、大和完全に逃げ腰。
「良いだろう、もう拘りも常識も知らないっ、お前が振り向くなら…お前が受け入れてくれるなら、もう何人増えようと私は一向に構わんッッ!」
「唯依姫ッ、ちょ、帰ってきてッ!?」
「その中で私が一番になればいい、そうだ、簡単な話じゃないか…くふ…くふふふ…」
「いつもの唯依姫じゃないぃぃぃ……ッ!?」
どうも昨日の暴走→告白→キスで、唯依姫のスイッチが入り易くなったらしい。
クスクスと笑う唯依姫、これで「あははははっ」とか笑い出したら軽くオヤシロ様。
「少佐…? この後、お時間宜しいですか…?」
「宜しくありませんですッ!?」
暗く、しかし艶かしい笑みの唯依姫に、思わず敬礼して答える大和くん。
もう武ちゃんを『歩く女性吸引機』とか『自動美少女蒐集機』とか『良いのかい、俺はどんなタイプの女だって喰っちまう恋愛原子核なんだぜ』とか言えません。
つい最近誰かが言いました、覚悟を決めた女は怖いと。
「何故宜しくないのですか…」
「いや、あの…そうッ、これから横浜基地の今後の予定を決める大事な会議があるんだ、二日位続くような会議が!」
微妙に在り得そうだけど嘘臭い言い訳。
会議はあるけど大和は呼ばれてないし、報告なら既に夕呼にした。
仕事はある、報告書製作とX01二機の整備と調査、それにデータ収集に調節等など。
「嘘だっ!!」
「中の人的に断言されたッ!?」
だがスッパリバッサリぶった切りで否定されちゃった。
このままでは「ねぇ大和ぉ…空けてよ…予定空けてよぉ…」と暗い笑みと声で言われてしまう。
中の人的な意味ならそれは武ちゃん相手にやって欲しい大和くん。
「お…おぉっとぉッ、いかんッ、執務室に忘れ物したぁぁぁぁぁッ!!!」
キュッと方向転換してBダッシュもとい急ダッシュ。
後ろを見ずに走り出す、唯依姫が、怖いから。
「何故だ、何故こんな展開にッ!? 俺はどこで選択肢を間違えたッ、どこでイベントスイッチを押したんだッ!?」
謎の台詞を叫びながら走る大和、そのスピードはイーニァとクリスカの紅の姉妹サンドを見た時と同じだった(外伝参照)
ダダダダダダ…と走り抜ける大和、後少しで執務室、そう思った時に執務室前に立つ赤い人影を視認する。
月詠中尉か? と思いながら近づいていくと、その顔に中尉なら存在しない物が見えた。
それは、蛍光灯の光を反射する、眼鏡。
「月詠大尉ぃぃぃぃッ!?」
「あぁ、やっと見つけたぞ……黒金…」
光が反射して目が見えない眼鏡、そして三日月型につり上がった口元。
そして、彼女の左手に握られた、一振りの刀。
「あッ、いっけねぇ、博士の所に忘れ物しちゃったッ!!?」
靴底でブレーキをかけて急停止して踵を返す。
焼けた靴底が香ばしいゴムの香りをさせているが気にする余裕がない。
だって大尉が、羅刹女モード。
「待たんか黒金ぇぇぇぇっ!!」
「待てませんッ、勝つまではッ!!」
走り出した黒金を追って走り出す大尉、流石帝国指折りの衛士、速い速い。
と、進行方向先のT字路の先から、黒いオーラを感じる大和。
「ぬぅッ、俺の前髪がビンビンにッ!?」
「ふふふ、少佐、どこへ行くのですか…?」
ゾクリとする声、前から来るのは唯依姫だ。
「ぬおぉぉぉぉぉぉッ!?」
全身の筋肉をフルで使ってT字路を曲がり切る大和。
前門の阿修羅姫、後門の羅刹女には為らなかったが、心臓に悪い。
「死亡フラグかッ、これが俺の終点だと言うのかぁぁぁッ!?」
自棄になって叫ぶ大和、これは俺のキャラじゃない、これは武の方が似合うキャラだと失礼な事を叫びながら。
そして気付いた、武に匿って貰おうと。
執務室は唯依姫が入れるし、夕呼に助けを求めたら最後、楽しそうなドS笑顔で二人に差し出される。
イーニァは駄目だ、昨日の事を考えると余計に事態が大きくなる。
クリスカは助けてくれそうだがイーニァに弱い。
タリサは駄目だ、この手の問題に弱そうだし。
ステラ、そうだ彼女なら、お気遣いの淑女ステラなら!
そう考えた大和だが、同時に気付く。
あれ、女性に助け求めたら「死んじゃえ♪」か「中に誰もいませんよ?」エンドが確定するんじゃね?
だから残るのは武ちゃんなのだ。
修羅場慣れしていると大和が勝手に思っている武ちゃんなら、きっとどうにかしてくれると!
そしてエレベーターの飛び乗り、武ちゃんの部屋があるフロアへ。
「武ッ、匿ってく―――――れよん王国?」
謎の台詞を言いながら、目を丸くする大和。
勢い良く開いた武ちゃんの部屋の扉、中では武ちゃんが、膝に霞、右手に冥夜、左手に彩峰、背中に晴子で固まっていた。
「や、大和…っ?、た、頼む、助けてくれっ!?」
「え…あ、いや…ごゆっくりしていってね?」
「大和ーーーーーーっ!?」
突然の光景に思わず妙なキャラになって扉を閉めようとする。
そんな大和に助けを求めて伸ばす手を、彩峰が掴んで挟む、どこに挟んだかは想像にお任せで。
「た、タケル、その様な事を言うな…」
「そうだよタケル、嬉しくないの~、ウリウリ♪」
「白銀確保、もう放さない……」
「武さん、まだ私怒ってます…」
「NO-----っ!!?」
恥ずかしさと照れで赤くなりながら右手に縋り付く冥夜、どうやら恋する気持ちが暴走モード。
首の後ろから腕を回して、当ててんのよ状態でうりうりと攻める晴子、通称ちゃっかりの晴子。
彩峰はどこかで聞いた台詞を、頬を染めて呟いて左手をガッチリホールド、どこでホールドかは想像に(ry
そして武ちゃんの膝の上に座って温もりを堪能している霞嬢、まだ許していないらしい。
でもよく考えたらシステムのロックを解除したのは霞ちゃんな訳で、そんな事をしたら武ちゃんが使うのは簡単に予想ができる。
もしや、その為にロックを解除したのだろうか。
―――――霞っ、恐ろしい子……っ!!――――
「…………ぶい…」
大和が内心で戦慄していると、何故かピースサインを見せる霞ちゃん。
順調に香月菌で黒くなっているようです。
「いや、しかし何故そんなイベントの一枚絵状態に…?」
「言ってる意味は分からないが、俺が霞と遊んでたら冥夜が相談が在るって訪ねてきて、そしたら彩峰も話が在るって来て、気付いたら晴子が居て、俺もよく分からない内にこんな状態に……!」
「そうか……うん、なんだ、その…他の面子も呼んでこよう…!」
「ぎゃぼーーーーーーっ!?」
俺良い事考えた! とばかりにポンと手を叩いて他の面子を呼ぼうとする大和。
親友ならそうするだろうと分かっていたのに助け求めちゃった武ちゃんは、絶望の叫びを上げるしかない。
だが、今回はイベントの神様は武ちゃんに味方した。
「少佐、他人の修羅場を弄っている場合ですか…?」
「斯衛軍でも国連軍でもそこだけは変らんのだな、貴様は…」
「ゲッ!?」
自分が追われている事を忘れて武ちゃん弄りを始めようとした大和は、扉を出た瞬間、左右からする声に戦慄した。
眼球だけで右を見れば唯依姫、左を見れば真耶さん。
「「少佐、少し時間を頂きましょうか…♪」」
「あ………アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!?」
横浜基地に、大和の悲鳴が木霊した………。