横浜港――――17:45―――――
「了解しました、こちらは負傷者の救護は完了し、現在大破した機体の回収作業に入っています…はい、はい、了解しました!」
ヘッドセットの通信で横浜基地と連絡を取りながら事後処理作業を進める唯依。
夕暮れ近くなった横浜港では、破壊された倉庫の瓦礫撤去作業と並行して、大破した機体の回収作業が進められていた。
と言っても、大破したのは殆どが米軍のラプターで、横浜基地の被害は、タリサの舞風が中破、唯依の機体が小破に雪風も小破、スレッジハンマーの前衛機体に小破と中破が出たが、死者は出なかったのが幸いだ。
「この大バカチェリー斉藤っ、アンタの無茶のせいでアタシ達まで瓦礫の撤去作業しなくちゃじゃないっ!」
「あぁ、いや、止めてっ、そこは、そこはダメっ、開いちゃいけない扉が、扉がぁぁぁっ!!?」
スレッジハンマーの開いた操縦席ハッチから、斉藤君が仰向けに顔を出して悶えている。
唯依は中でどんな状況になっているのか少し気になったがスルーしておく。
因みにスレッジハンマー部隊で一番怪我していたのは、相棒や仲間から手厚い祝福を受けた斉藤君だったりする。
全身打撲と陰嚢の腫れ、それに精神的ダメージが大きくて三日間ベッドの上とか。
斉藤君の乗る機体の砲手の女の子と、彼の機体と小隊を組んだ二機の操縦者と砲手それぞれ5人からの祝福が、一番酷かったらしい。
彼女達は愛のムチと言っているが、まぁ本編に関係ないので割愛。
スレッジハンマーや待機していた重機タイプ、整備ガントリー装備型が忙しく動き回る中、唯依は大和の姿を探していた。
ラプターの胴体がガントリータイプに固定されて空母まで運ばれる中、先ほどから大和の姿が見えないのだ。
「………あんな大和を見るのは、初めてだ…」
脳裏を過ぎるのは、あの時、相手の中将に本気で怒った大和の表情と瞳、そして言葉。
2年近い付き合いのある唯依ですら、あれほど怒り狂った大和の姿は初めて見た。
そもそも大和が怒りを露にすること事態が珍しい、普段は馬鹿にされても嫌味を言われても、のらりくらりとスルーするか、嫌味三倍返しで相手を凹ませるような男だ。
これまで、設計が上手く行かずにイライラしていても、例の演説やねこイーニァを愛でたり、武ちゃんを弄り倒してストレス発散。
開発局時代に仲間と口論になった時ですら、口調が固くなる程度であんな姿を晒した事は無い。
確かに相手の中将の言葉や態度には唯依も怒り心頭だったが、あぁいった手合は横浜基地にも居た。
居た、だ。過去形、もう居ない。
今頃横浜基地内部でも、首切りと左遷命令、それに拘束者多数で大変だろう。
先ほど指示を寄越した夕呼が、物凄く楽しそうかつ嬉しそうだったので、大和の言う能天気連中を排除出来たのだろう。
詳しくは聞かされていないが、横浜基地の極秘情報を帝国軍の不穏分子や米軍に流した連中を捕まえたとか。
その情報や資料、普通に私知ってるな…と呟いた唯依姫。
流されても問題ないけど、情報漏洩は情報漏洩よね~と楽しそうに笑う夕呼先生は、正に極東の魔女に相応しい笑顔だった。
この人だけは敵に回してはいけないと、大和が常々言っている意味を理解した唯依姫。
それは兎も角。
「……思えば私は、大和の昔を知らない…アイツが抱えている闇を、私は知らない…」
呟きながら、段々気持ちが落ち込んでいく唯依。
副官だ、パートナーだ、長い付き合いだと豪語してきた唯依だったが、その実彼女も大和の事を良く知らない。
きっと、知っているのは武と、夕呼のみ。
その事が、とても悲しく思える唯依。
今まで抱えていた重みに潰されそうになった時、助けてくれた相手。
なのに自分は、その相手が抱えている闇を知らない、助けられない。
それが、悲しかった。
自分に何が出来るのか、自分は彼に何をしてあげたいのか、分からなかった。
「大和…」
呟いた瞬間、目の前をスレッジハンマーが通り過ぎる。
その機体が巻き起こした風に一瞬髪を押さえて目を閉じる。
そして開いた瞬間、埠頭に立つ一人の衛士が視界に入る。
「あ……大和…」
そこに立っていたのは、探していた大和だった。
彼は、夕日が映り始めた海を遠く眺めていた。
だが唯依には直感で理解した、大和が見ているのは海ではなく、その先だと。
感情を表していない彼の表情からは、彼の考えを読み取れない。
だが、その視線が、どこかあの時の、怒り狂った時の視線に似ていて、唯依は途端に怖くなった。
彼の視線や怒りがではない、彼がこのまま、何処かへ行ってしまう、そんな感覚を覚えたから。
「やま…っ、く、黒金少佐っ!!」
「………………あぁ、中尉、どうかしたのか?」
思わず大和と叫びそうになったが、まだ仕事中なので慌てて言い直す。
少し間が開いてから、大和が視線だけ唯依の方を向いた。
その表情は能面のようで、彼の感情が感じられない。
「……どう、なさったのですか…」
震える手足を必死に隠しながら、唯依は大和に近づく。
今の彼は、いつもの彼とは異なると、本能が理解していた。
「………いや、海の向こうの愚者の事を考えていた」
「……愚者…?」
「そう、愚者だ。大局を見据えたつもりになって、馬鹿な妄想を膨らませている愚か者達。その中でも、特に愚かな連中の事をね…」
そう言って、大和は笑った。
いつもの不敵な笑みでも、ニヤリという怪しい笑みでも、嘲笑でも嘲りでもない……暗い暗い、笑みだった。
「――――っ!」
「今頃、尻尾切りと首の挿げ替えの真っ最中かな。明日辺り、米国の一部大手企業の重役の解任や辞任があるだろうな。政治家も何人見捨てられるやら…」
楽しそうに、本当に楽しそうに暗く笑う大和。
彼の言う通り、現在ラングレーを始めとした各米軍基地で上層部の逮捕や首切りが巻き起こり、米国大企業の社長が解任されたり資産家が失踪したりと騒ぎになっている。
これは、今回の件の責任と共に、オルタネイティヴ5の穏健派、中立派が過激派の一掃を始めたのだ。
穏健派は次善策として5を考え、中立派は4の失敗を気長に待つ連中、もし成功すればそれでOKな者達だ。
そんな彼らにとって、何かと騒動を起こす過激派、主に現場を知らない軍上層部将校と企業の幹部やトップの出資者達。
とっとと逃げたいからと人類を守る為の計画を、自分達の延命手段と勘違いして第4計画を邪魔してくる。
今までは大目に見てきた穏健派だが、流石に今回の騒動はやり過ぎた。
無茶な行動に阿呆な命令、国連議会でも今回の騒動は目に余り、米国は今や世界から爪弾き。
それをチャンスとばかりにオルタネイティヴ4推進派が一斉に掃除を始め、穏健派が尻拭いとばかりにお手伝い。
助けを求めた過激派に、中立派は知らんとばかりに無視、結果過激派は殆どが一掃され、残ったのは力のない連中のみ。
とある大手企業は、会長が5過激派で、社長が4推進派だったのだが、今回の騒動で会長は首切り。
結果社長派が会社を乗っ取り、長い事続いた社内抗争は終止符を打たれた。
その企業が、横浜に感謝して色々便宜してくれるのは、嬉しい誤算だろう。
そんな米国やその他の国での騒動の結末を、楽しそうに待つ大和。
その姿に、唯依は恐怖した。
これが、大和が抱えている闇の一部なのかと。
「―――――――っ!!」
「お……っ?」
唯依は、彼に恐怖した自分自身に叱咤して彼の背中に抱きついた。
タックルとも思えるその抱きつきに、多少身じろいだが耐えた大和は、不思議そうに後ろを見る。
「中尉、どうかしたのか?」
「………大和、私は、私はお前の事を何も知らない…っ!」
背中に顔を埋めて搾り出すように言葉を紡ぐ唯依。
胸の中に渦巻く感情に、涙が零れる。
「それでも、それでも私はお前の傍に、隣に居たい…っ!」
「………………唯依姫…?」
彼女の言葉に、暗い笑みを消して、驚きの表情を浮かべる大和。
「頑張るから…もっともっと、お前の隣に立つに相応しい女になるから…だから、いつか、いつか教えてくれ…お前の全てを……お前が抱えているモノ全てをっ!」
一度背中から離れ、涙を振り撒きながら大和の胸元へと抱きつく唯依。
彼女のそんな姿に、何も言えず、ただ口をパクパクさせるだけの大和。
彼女の気持ちには、薄々気付いていた。
何度も自惚れだ、立場を弁えろと自分を誤魔化してきた。
だが、何が在ったのか、彼女はその想いを爆発させてしまった。
恐れていた事態が、起きてしまった。
「好きだ……好きなんだ、大和…。お前が、お前が愛しくて堪らない、お前が居ない世界なんて、もう考えらないんだ…っ!」
「――――――ッ!!」
胸元から、涙を流しながら見上げてくる唯依。
その言葉に、その視線に、そしてその想いに、大和の心臓が鷲掴みされたかのように痛む。
受けてしまえ、答えてしまえ、そう囁く想いを、理性と言う名の刃で何度も何度も切り殺す。
馬鹿を言うな、俺は異邦人、愛せない、愛してはいけない、待っているのは耐えられない絶望だけだ。
「……あ…ありが――むぐッ!?」
「ん……っ!」
もう何度か経験した事だ、いつも通りにすればいい。
そう思って開いた口を、唯依の唇が塞いだ。
一秒か、それとも一分か、二人にとって数秒とも数時間とも思える時間が過ぎて、唯依は唇を離した。
「……大和、お前がそうやって、感謝の言葉を口にする理由を知っているぞ…」
「………唯依……姫…」
「お前は、そうやってありがとう、光栄だ、感謝する、そんなお礼の言葉で拒絶するんだ。想いを伝えてきた相手に、ありがとう…その気持ちだけで嬉しいと、笑顔で拒絶するんだ!」
大和は絶句した。
看破されていた、自分のやり方を。
今まで、長いループの中で、気持ちを伝えられた事が多々在った。
だがその全てを、大和は感謝の言葉と共に拒絶した。
ありがとう、嬉しい、そんな言葉と共に笑顔を浮べ、拒絶する。
相手を傷つけないように、自分が悪い事にして。
時に病気を偽り、時に他に好きな人が居ると嘘をついて。
酷い時は、架空の死んだ女性に操を立てていると周囲に言触らして。
思い出の彼女…エリスの想いすら、大和は拒絶し続けていたのだ。
「お前はそうやって、気持ちを伝えてきた相手を拒絶する。開発局や、斯衛軍でもそうだった…数度その光景を見れば、嫌でも理解できる…!」
「あ……お、俺は……」
「馬鹿にするなっ、感謝の言葉で拒絶するなんて、最低の事だぞっ、分かっているのか!?」
抱き締めていた腕を解き、大和の腕を掴む。
そしてガクガクと揺さ振りながら、真っ直ぐに唯依は大和を見つめた。
「私は、恋だ恋愛だのには疎い女だ…だが、この気持ちは、お前への想いは、そんな最低な拒絶に負けるほど弱くない!」
強く、強く掴んだ大和の腕。
大和は、彼女の気迫と言葉、そして思いに動かない、否、動けない。
「お前に、その言葉は言わせない。絶対に、何が在ろうとお前の口から受け入れる言葉を言わせてみせるっ!」
「ゆ、唯依……むッ!?」
「ん…んん…っ、ぷぁ………これは、その決意の証だ…」
再び口を塞がれ、唇を離した唯依は、真っ赤な顔で大和の胸元へと顔を埋めた。
大和は、もう何も言えなかった。
拒絶しなければ、拒否しなければ待っているのは絶望だ。
それに耐える自信は、今の大和には無い。
何故なら、今彼女を受け入れて愛してしまえば、それはきっと、最大なモノになる。
それだけでは無い、彼女を受け入れれば、他の女性の想いまで受け入れてしまう。
イーニァやクリスカ、麻倉達の想いまで受け入れてしまう。
今まで、長いループの中拒絶し続けた愛を、貪欲に、そして強欲に求めてしまう。
そうなったら、絶望は倍では済まない、乗ですらヌルイ。
壊れてしまう、心が、想いが、自分が、全てが。
だから大和は恐怖した、篁 唯依という存在に。
拒絶を恐れず、その拒絶を破壊して見せると宣言した彼女が。
そして同時に、愛しかった。
こんな自分を、そこまで愛してくれる彼女が。
もしここでさらに一押しがあったら、自分は彼女を抱き締めてしまう。
場所が場所なら、そのまま押し倒してしまうだろう。
強固なダムは、小さな小さな皹から呆気なく決壊してしまう。
唯依は、大和の決意に、皹を入れたのだ。
「ひゃーー、ヤマトナデシコってスゲぇなぁ……」
「熱烈アタックだなんて…中尉も女なのね…」
「あ…あぁ…あうぅ…っ(///」
「むぐーーーーーーっ!?」
「「ッ!?」」
大和が迷い、唯依が次の行動に移ろうとした時、突然声が聞こえた。
そこには、顔を赤くしながらこちらを見ているタリサ、何やら嬉しそうなステラ、真っ赤になってあうあう言っているクリスカ、そしてステラとタリサに二人掛りで抑えられているイーニァの姿。
「あ…あぁっ、いや、これは…っ!?」
慌てて大和から離れる唯依。
つい爆発した想いで突っ走ってしまい、今になって冷静に自分がした事や言った事を思い出してリンゴのように赤くなる唯依。
対して大和は固まったままだ。
こういった場面を弄り倒すのは大好きな大和だが、自分が弄られる側に回ると弱い。
「ひゅーひゅーっ、中尉もやるねー!」
「同じ女として感動するわ」
「しょ、少佐…少佐と…そんな……(///」
「むーーっ!? ぷはっ、タカムラずるいっ、わたしだってキスしたことないよっ、ズルイ!」
顔を赤くしながらも煽るタリサ、大人な態度で感心するステラ、何を想像したのか赤くなって悶えるクリスカ。
口を塞いでいたタリサの手を除けて、ズルイズルイと騒ぐイーニァ。
「あ……あぁぁぁぁ……っ、み、見るなぁぁぁぁぁっ!!!」
唯依は恥ずかしさから限界突破して、どこかへと突っ走って行ってしまう。
「速っ!?」
「あ、誰か撥ねたわ」
驚くタリサと、唯依が逃げた方を見て呟くステラ。
爆走する唯依に撥ね飛ばされたのは、仲間からの祝福という名の愛のムチでボロボロだった斉藤君。
これで上半身の打撲が増えた。
「ヤマトっ、わたしも、わたしもぉっ!」
「あ…いや、その…」
縋りついてキスを強請るイーニァに、いつもの態度が出せずにいる大和。
そんな大和の態度に胸キュンな女性が一人居るが、誰も気付いていない。
「だ、ダメよイーニァ、少佐にそんな事を…!」
「むぅっ、クリスカだってかんがえてたでしょ!」
「うぐっ!?」
慌ててイーニァを止めようとするが、逆に指摘されて真っ赤になるクリスカ。
タリサとステラが、ほほぉう…とニヤリと笑う。
「ち、違うっ、私はそんなのでは…イーニァっ、兎に角落ち着いて…!」
タリサ達に言い訳しながらイーニァを宥めるクリスカ、忙しい子である。
「むぅぅ………ん!」
「イーニァ!? 何を――――はひっ!!?」
「く、クリスカ……?」
イーニァが膨れっ面をしたかと思いきや、何やら身体に力を入れた。
その瞬間、彼女が何をしたのか理解したクリスカが止めようとするが、遅かった。
クリスカの白い肌が一瞬で真っ赤に染まり、停止する。
良く見ると頭から湯気が出ているような気すらする。
大和が不安に思って声を掛けながら肩を叩いたら、ビクッと大袈裟に反応するクリスカ。
「ち、ちがっ、違うんだ少佐っ、わた、わたしは、私は……違うんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ちょ、速っ!?」
「あ、また誰か轢かれたわ…」
真っ赤に湯だったクリスカが、涙目で大和に言い訳しながら、イーニァの腕を掴んで爆走。
タリサが驚く中、ステラがまた誰かが轢かれたのを確認。
先ほど唯依に撥ねられてヨロヨロだった斉藤君、トドメ入りました。
「な、なんなんだ……?」
「さぁ?」
「彼女も女だって事ですね」
唯依の告白から連続するイベントに、素で首を傾げる大和。
タリサも同じく首を傾げるが、ステラだけが微笑ましく笑っている。
実はイーニァが以前から上沼に教えられると同時に読み取っていたイメージを、大和とクリスカに置き換えて投影したのだ。
その過激さは、あのクリスカも初心な乙女になってしまうほど。
逆に言うと、それだけ過激な事を考えている上沼が恐ろしい。
「あ、少佐、すみませんっ、F-15BEかなり壊しちゃいました!」
自分が大和を探していた理由を思い出して、頭を下げるタリサ。
「あ…あぁ、気にするな、少尉が無事ならそれで良い」
タリサの謝罪に、苦笑して頭を撫でてやる大和。
その自然な動作にタリサは顔を赤くして受け入れるしかない訳で。
ステラがあらあら…と楽しそうに笑うのに気付いて、慌てて離れるタリサ。
「あのっ、少佐!」
「え…?」
「今日の少佐っ、すっげぇワイルドでカッコよかったです! それじゃっ!」
言いたい事を言って、赤い顔で走り出すタリサに、ポカーンと見送るしかない大和。
どうやら唯依の告白攻撃がかなり尾を引いているらしく、まだいつもの大和に戻れていないらしい。
「ふふ…タリサも女に目覚めたかしら?」
「…あ~、どういうことだ少尉…?」
今まで微笑ましく自分達を見守っていたステラに、頭を掻きながら訪ねる大和。
まだ頭の中が滅茶苦茶で、冷静な判断が出来ないのだ。
「皆、少佐に夢中って事ですね。勿論、私も含めてですが…」
「え……」
「少佐、今度部屋で一杯いかがですか? 勿論、二人っきりで…ね」
色っぽい大人の笑みで大和の唇を人差し指でちょんと撫でて歩き去るステラ。
残された大和は、唇に残る唯依の唇の感触を思い出して、思わず座り込んでしまう。
「……………俺のキャラじゃないだろうが……」
軽く落ち込む大和、自分はギャルゲーで言う主人公の親友か悪友ポジションを望んでいたのに。
気がつけば武を自動ハーレム構築マシーンや天然美少女ホイホイと馬鹿に出来なくなっている。
「………すまん唯依…俺は……怖いんだ……ッ」
震えそうになる身体を抱き締めて、血を吐くように言葉を吐き出す。
失う恐怖が、忘れられる絶望が、大和にとって一番の恐怖。
その恐怖に打ち克つ力は、今の大和には無かった………。
「ふ~む、少佐も年頃の男って事かねぇ……」
米軍を一応警戒して機体の中から見張っていた、芹沢中尉は何やら楽しそうに呟いていた。
彼の網膜投影には、埠頭で蹲っている大和の姿。
傍からは、女性関係に悩む青年に見える事だろう。
『黒金少佐……可愛い…(///』
「おぉうっ、ここにも居たかっ!」
通信を繋いでいた部下が、大和の姿に頬を染めていた。
彼らが乗る機体、01式強襲歩行攻撃機『ハンマーヘッド』、和名は『大海神(おおわだつみ)』
これは形式からA-6の帝国軍仕様である海神の発展型か後継機と思われる機体だが、実際は全くの別物だ。
一応、大和は海神から開発していってこうなりましたーと言い張るつもりだが、どう考えても海神とは別物の機体。
機体全体の姿もそうだが、能力が後継機という位置付けに見合わないのだ。
海神の2機から3機分に相当する火力を備え、要撃級や突撃級との格闘戦まで想定された強襲歩行重攻撃機。
単体で海神を越える航行能力と活動時間を備え、現行の戦術機に負けない機動力を持つ怪物。
撃震相手なら負けは無いと芹沢中尉達が豪語できる機体が、この『ハンマーヘッド』なのだ。
航続距離を増やす為の外装や、アタッチメントでソードフィッシュ級中型潜水艦に接続も可能。
水中航行形態に変形可能で、その場合は長い腕が縮んで肩部アーマーが二の腕部分を完全に覆い、頭部は収納され、人で言う気を付けの体勢で進む形になる。
この時に、背中や足先などに外装を取り付けることで、長距離航行も単独で可能だ。
管制ユニットにXM3を搭載し、飛行は出来ないが短時間のホバー移動は可能。
本来なら背中に大型兵装モジュールを搭載しているのだが、今回は装備していない。
護衛駆逐艦の制圧を命じられていた彼ら『ハンマーヘッド』部隊、通称メガロドン隊は、海底に潜んでチャンスを窺っていたのだ。
つまり、それだけ長い間の海中活動が可能な機体でもある。
元海神乗りが集められ、ここ横浜港で密かに訓練を行っていた彼ら。
『ハンマーヘッド』の能力が認められれば、ゆくゆくは帝国等にライセンスなどで提供されると聞いて、気合十分である。
だが現在の彼らは、完全に出歯亀部隊だった。
「…………悩むのは、後にしよう…仕事をせねば…」
唯依や、イーニァ達の事で悩むのを一度止めて、仕事に戻る事にする大和。
と、そこへ通信が繋がれ、空母の艦長から話があると言う。
『忙しい中で申し訳ないクロガネ少佐、あの固まった壁の除去もお願いしたいのだが…』
「あぁ、あれでしたら、熱湯を掛ければ融けますので」
『熱湯とな!?』
大和の言葉に素で驚く艦長。
今回使われた瞬間凝固液は、外気に触れると固まり、80度以上の熱湯で融ける。
そして融けた液体はお湯と混ざる事で性質を変えられ、固まる事がない。
因みに環境にはあまり優しくないので、融けた液体を掃除機などで吸い込みながらやる様にと指示もされた艦長。
現在、除去装備を装着したスレッジハンマーが二機、こちらに向っていると伝え安心させる。
『いやはや、横浜は正に魔女の住む場所ですな…』
「ならば私は、その魔女の使い魔ですかね…」
苦笑する艦長に、含みのある笑みを見せる大和。
やっと何時もの自分に戻れたと、内心安堵していたりした。
だが、その決意に撃ち込まれた楔は、着実に皹を広げて行くのだった………。
18:12――――横浜基地通路――――
「おぉ、白銀よ、此度の戦い見事であったぞ!!」
「ぐ、紅蓮大将、あの、痛いですってば!?」
強化装備から着替えた武やまりも達207を出迎えたのは、同じく着替えて制服姿になった紅蓮大将達だった。
豪快に笑いながら武の肩をバンバンと叩く紅蓮大将に武は文句を言い、まりも達は生きた伝説を目の前にして固まっている。
「白銀、見事な戦いであったぞ」
「月詠大尉、お久しぶりです!」
敬礼しながら声をかけてきた月詠 真耶大尉に、敬礼しながら笑顔を見せる武。
その様子に、本当に斯衛軍と親しいのだと感心するまりも達。
そんな中、一人だけ浮かない顔をしているのは、冥夜だった。
「武殿…」
「あ…これは殿下っ、お見苦しい所を…!」
紅蓮達の後ろから聞こえた声に気付いて、人目の多い事から畏まる武。
そんな彼の珍しい姿に、まりも達はちょっとビックリだ。
「良いのですよ、いつも通りの武殿で…」
現れた殿下に、まりも達は背筋を正し、紅蓮達は道を空ける。
殿下の後ろからは、月詠中尉に神代達三人娘、それに凛の姿がある。
「えぇっと、それは…」
「もう貴官に礼節を説くのは諦めた。それに殿下のお許しである、そのように致せ」
チラリと月詠大尉の方を見れば、彼女は苦笑を浮かべて許した。
この中で一番礼節に煩いのは彼女であり、真那さんの三倍だと武ちゃんは語る。
「武殿、此度の件、よくぞ皆を守って下さいました。残念ながら犠牲となった方も居りますが、それでも多くの将兵を救えました…」
「いや、殿下の頑張りがあったからこその結果ですよ。俺は俺に出来ることをしただけです」
憂いの表情を浮かべる殿下を元気付けようと、務めて明るく話す武。
殿下になんて恐れ多いと内心ヒヤヒヤしているまりも達だったが、紅蓮大将達は咎めないし、殿下本人は嬉しそうだ。
「でも、殿下が自ら囮になるなんて聞いた時は、口から心臓が飛び出すかと思いましたよ」
「まぁ…武殿ったら…。確かに皆に猛反対されました、ですがこれは、わたくしが遣らねばならぬ仕事だと思い、押し通してみせました」
その言葉に、紅蓮が「殿下は言い出したら聞かぬ所がありますからなぁ!」と豪快に笑う。
武も斯衛軍時代を思い出して、あぁ確かに…と納得、超納得。
「しかし、わたくしもまだまだ覚悟が足りなかったようです…今になって身体が震えております…」
右手を上げて掌を見せる殿下、その腕は小さく震えていた。
当たり前だろう、大和の仕掛けや紅蓮大将が居るとは言え、不穏分子を含んだ者達の前の姿を晒すのだから。
しかも突撃砲で狙われ、撃たれたのだから、その恐怖は余りある。
「武殿、少しの間抱き締めて下さい。一時で良いのです…」
「え…えぇっ!?」
殿下の突然の申し出に、自分を指差しながら驚く武ちゃん。
慌てて周囲を見回すと、楽しそうに笑う紅蓮大将、断ったらどうなるか分かっているなという素敵な笑顔の真耶さん。
少し不機嫌な真那さんに、興味津々な三人娘。
凛は露骨に膨れっ面。
後ろは見れない、自分の声と同時に上がった複数の驚きの言葉と、背中や頭に突き刺さる色々な感情の視線が怖いから。
「お、俺で良ければ…」
「はい♪」
半ば押される形で(主に真耶さんの笑顔の圧力で)承諾して両手を広げると、待ってましたとばかりに飛び込む殿下。
アンタ恐怖で震えてたんじゃねぇのかよとツッコミ入れようとしたが、抱きついた身体が震えているのが伝わり、周囲の目を気にしつつ頭を優しく撫でる。
その瞬間、突き刺さる視線が強くなった。
あと彼方此方から「羨ましい」とか「あれは効くよ…」とか「年上って不利だわ…」なんて声が聞こえるが、武ちゃんは必死に聞こえな~い聞こえな~いと殿下の頭を撫でる。
どれ位時間が経過したか、殿下の身体の震えも治まったのでそろそろ良いかな~と思って胸元を覗き見ると、武ちゃんの表情がピシッと固まった。
「すーーーーっ、はーーーっ、すぅーーーーーーーーーっ、はぁぁぁ……武様の匂い…堪りませんわ……」
恍惚とした顔で深呼吸している殿下が居た。
武ちゃん成分を存分に補充しているようだ。
妙に胸元が熱かったりスースーすると思ったらこれかと内心驚愕する武ちゃん。
しかも殿下の呼び方が様付けになっている、はっちゃけ殿下モードだ。
助けを求めて周囲を見渡すが、紅蓮大将はニヤニヤと楽しそうに笑っているので役に立たない、真耶さんは何故か刀片手に凛に大和の居場所聞いているし、真那さんはめっちゃ武ちゃんの胸元を凝視中。
三人娘は速攻で目を逸らし、背後は怖くて見れません。
「で、ででDE殿下っ、もし宜しければ今回の件で活躍した訓練兵達に一言お言葉を頂けませんかっ!?」
「はぁ~、武様ぁ……はい?」
「ですからお言葉をっ、殿下の為に、そして日本の為に命懸けで頑張った訓練兵達に是非一言っ!!」
俺良い事考えた! とばかりに思いついた事を伝えながら殿下を引き剥がす。
引き剥がされた殿下は名残惜しそうに武ちゃんの胸元を見ているが、彼の言葉にそうれもそうですねと承諾。
まりも達は突然の事態に硬直するしかない。
あの殿下から直接お言葉を頂けるなんて、夢にも思わないような名誉である。
「皆さん、此度の件での活躍、この煌武院 悠陽、嬉しく思うと共に感謝で溢れております」
流石は殿下と言うべきか、スラスラとお礼の言葉を口にしながら、まりもから順に一人一人言葉を伝えていく。
タマや委員長、彩峰の時は、父親の話題も出して笑顔を見せている。
鎧衣課長に関しては仕事柄の事もあり触れなかったが、美琴は言葉を貰えただけで感激している。
そして、最後の一人、冥夜の番になった。
冥夜は失礼にならない度合いで視線を下げている。
そんな彼女に、殿下は…悠陽は将軍としてではない笑顔を浮かべて、その頬に手を当てた。
「面を上げなさい、冥夜。わたくしの大切な妹…」
「――――っ、で、殿下っ!?」
悠陽の言葉と行動に、思わず視線を上げてしまう冥夜。
冥夜の瞳に、笑顔を浮かべながら涙を流す悠陽が映った。
「もう良いのですよ、煌武院家の仕来りはわたくし達の代で終わりにするのです…」
「そんな…為りません殿下っ、そのような事を…!」
「大丈夫です、既に五摂家、そして有力武家の承諾も得ています」
その言葉に真那さんへと視線を向ける冥夜、そんな彼女に真那さんは笑みを見せながら、深く、そして確りと頷いた。
信じられない事だ、だが当人である悠陽、そして有力武家代表各の真那が頷いている。
紅蓮大将も、真面目な顔で確りと頷いた。
「もう誰も、貴女の事を追い遣ったりはしません…わたくしが、させません…冥夜、わたくしを…姉と呼んで下さいますか…?」
「あ……あぁ……あね…あねう……あねうえ…姉上ぇぇぇぇぇ……っ!!」
「あぁ、冥夜、冥夜っ……もう離れません、何時何処であろうと、わたくし達は姉妹なのです…っ」
涙を流し、悠陽へと抱きつく冥夜。
そんな彼女を、優しく、しかし力強く抱き締める悠陽。
古き仕来りにより引き離された姉妹が、今やっと、元に戻れた瞬間だった。
207は、薄々感づいていた事だけに、何も言わずただ拍手して冥夜を祝福した。
まりもはそっと涙を拭い、教え子の心が救われた事に感謝した。
長年冥夜を守り続けた真那さんや三人娘は、溢れる涙を拭うのに精一杯。
紅蓮大将と真耶は、これで良かった、自分達の選択は間違いなどでは無いと頷いた。
そして、この切欠となった武は、そんな事も知らずにただ、姉妹の再会に涙を拭った。
冥夜の存在を認める事には、当然反対意見が多く、険しい道のりだった。
そんな連中を黙らせる方法は、大和が示した。
今回の一件で、米軍またはクーデター軍の不穏分子、つまり某国の諜報員に冥夜の存在がばれた…と言う事にしたのだ。
これで冥夜の存在が隠された意味…影武者、殿下に何か在った時の代用という役目は無理となり、自由の身となった。
任官を邪魔される事は無く、また殿下の妹として存在を公には出来ないが、逢う事は許される。
と言うか、逢わせないと殿下が自ら逢いに行く勢いだし。
因みに、某国には情報なんて漏れちゃいない、でっち上げの理由だ。
それでも、これから冥夜は悠陽の妹として生きる事も許される。
まだ柵は多いだろうが、それも悠陽達が少しづつ変えていく。
その未来を守る為、武はBETAとの戦いに気合を入れた。
「さて冥夜、晴れて姉妹へと戻れた記念に、これに名前を書いて拇印を押すのです」
「え…姉上、あの、これは……って、これは婚姻届ではないですか!?」
「えぇっ!?」×多数
殿下が懐から取り出した紙を見て、戸惑う冥夜だったが、内容を見て驚きの声を上げる。
その内容に、感動していた面々はその余韻を吹っ飛ばして叫ぶ。
「し、しかも夫の欄に、タケル…白銀大尉の名前がっ!?」
「なにぃっ!?」
今度は武ちゃんが叫び、多数の視線が突き刺さる。
チガウヨ、オレカイテナイヨ? と首を振りつつその紙を奪い取ると、確かに白銀 武と書かれ、後は拇印を押すだけだ。
他は全部書いてある。妻の冥夜の欄だけ書いてないが。
「あ、武様、こちらにも拇印を頂けますか?」
そう言ってまたも懐から取り出した紙はやっぱり婚姻届。
こちらは妻の欄に悠陽の名前があり、拇印も確り綺麗に押されている。
良く見ると、証人の欄には紅蓮大将と崇宰のご老体の名前が書かれている。
視線を向ければ暑苦しい笑顔と大和が教えた親指立てた右手が。
「悠陽っ、お前何を考えてるんだっ!?」
「お前…お前…お前…お前…」
ギャーーースッと吼える武ちゃんだったが、お前と言われた悠陽殿下は聞いちゃいねぇ。
冥夜は武ちゃんとの婚姻を想像して真っ赤になって陶酔中。
「あのなっ、日本は重婚は出来ないのっ、二人同時とか無理なの、分かるか!?」
「あら、武様なら二人や三人ドンと来いな夜の帝王と黒金殿が申しておりましたのに…」
「た、タケルっ、わ、私はタケルが望むなら、その…っ!」
吼える武ちゃんだが、はっちゃけ殿下は何故か残念そうに武ちゃんの下半身を見るし、冥夜は顔を赤く染めながら何やら覚悟完了。
大和ぉぉぉぉぉぉぉっ!?!? と絶叫する武ちゃん、ここにきて大和の計画が急進行中。
「お兄様落ち着いて下さいっ、はいこの紙に名前と拇印を押して落ち着くんです!」
「おぉっ、そうだな、クールだ、クールになるんだ白銀 武! …まずは苗字と名前を書いて生年月日ってこれも婚姻届じゃねーーーかぁぁぁ!?」
そぉいっ!! とオーバーアクションで凛が差し出した婚姻届を地面に叩きつける。
「ち…っ」
「黒いよっ、この義妹黒いよっ!?」
在らぬ方向を向いて舌打ちする凛に、恐怖する武ちゃん。
凛ちゃんはいつから腹黒義妹キャラにクラスチェンジしたのだろうか。
「御剣、ズルイ…」
「はわはわっ、わ、わたしだってタケルさんと…っ!」
「ちょ、ちょっと皆っ、殿下の前よっ!?」
殿下や冥夜、凛に触発されたのか彩峰やタマが動き出そうとするのを必死で止める委員長。
美琴は僕もタケルとなら~なんてのほほんとしているし、茜や晴子はどうすれば婚姻届を…とブツブツ言っていて怖い。
築地達三人は我関さずで一歩所か五歩以上引いている。
麻倉はやっぱり撮影中、殿下がちゃっかりピースサイン。誰だ教えたの。きっと大和だ。
まりもちゃんと真那さんは、婚約届を見てゴクリと喉を鳴らす。
その視線は、肉食獣での様だったと後に巴は語る。狂犬と忠犬的な意味で。
「千鶴っ!」
「っ、お父さんっ!?」
と、騒がしいそこへ榊首相まで現れた。
委員長は武へとまるで原子に吸い寄せられる電子のような二人をパッと放した為、二人は折り重なって倒れる。
「久しぶりだな、千鶴…」
「お父さん…」
感動かどうかは分からないが、家族の再会をする二人、周囲のカオスな光景に気付いていないのか気付いていて関わりたくなくて再会を喜んでいるのか。
「今まですまなかった…お前の決意と力は見せてもらった、後はお前が進みたい道を進みなさい…」
「お父さん…ご、ごめんなさい、私、私…っ」
「千鶴…!」
娘の思いに理解を示した父、久しく言葉を交わしていなかった父親の胸に飛び込み、涙する千鶴。
そんな彼女を抱き締めながら、首相は起き上がってこちらを見る彩峰に気付いた。
「君が、彩峰君だね…」
「………はい…」
千鶴をそっと放して、彩峰に向き合う首相。
今や仲間の背景を殆ど知る事になった千鶴は、不安そうに父と仲間を見る。
その後ろで、殿下が次々取り出す婚姻届を武ちゃんが破り捨てまくり、いつの間にか現れた霞が紙屑となったそれをお掃除している。
その光景はなるべく視界に入れないように、千鶴は二人に集中した。
「……君のお父上は、真に勇気ある男だった。君は……私を恨んでいるだろう…」
「…………いいえ」
首相の言葉を、彩峰は少しの間を空けたが否定した。
何故だいと訪ねる首相に、彩峰は千鶴の隣に移動し、彼女の肩に手を置いた。
「………友達の父親を…恨みたくないから…」
「あ…彩峰…っ!」
「………そうか……ありがとう…っ」
彩峰のその言葉に、思わず涙を浮かべて口元を押さえる千鶴。
そんな千鶴に、いつもの笑顔とは違う、本当に優しい小さな笑みを浮かべて頷く彩峰。
榊首相は、そんな彼女にただ深く頭を下げるのだった。
「所で千鶴、紅蓮大将と力比べをしている青年が白銀大尉かい?」
首相としてではなく、父親の顔で問い掛けてきた言葉に、思わず頷く千鶴。
現在武ちゃんは、悠陽の命令で実力行使に出た紅蓮大将とガッツリ掴み合って力比べ中だ。
負けていない辺り、武ちゃんの鍛えっぷりが窺える。
「すまんな白銀、殿下の命令には逆らえないのだ!」
「嘘付けオッサン、滅茶苦茶楽しそうじゃねぇかぁぁっ!!」
両手で組み合ったまま睨みあう二人。
紅蓮の背後では殿下達が応援中、武ちゃんの背後ではまりもが応援している。
「あ~、白銀大尉、少し良いかね?」
「後にして…って、榊首相っ!?」
「ぬぉっ!?」
話しかけてきた人物が政府代表と理解した瞬間、謎の力が働いて紅蓮大将をポイッと投げて姿勢を正す武ちゃん。
「君の話は副司令や殿下から聞き及んでいる、此度の件、見事だった」
「いえ、全ては殿下達の決意と行動の賜物です、自分は自分に出来ることをしたまでですから」
月詠さん達に叩き込まれた礼儀がここで発揮され、敬礼しながら答える武ちゃん。
彼は気付いていない。
榊首相は、今は一人の父親として武ちゃんと相対している事を。
そして、彼がたまパパに負けず劣らずの隠れ親バカであることを!
「うむ、殿下が言う通りの立派な男だ。君なら娘を幸せにしてくれると私も確信したよ!」
「へっ!?」
「お父さんっ!?」
ガシッと肩を捕まれて唖然とする武ちゃんと、父親の発言に絶叫する娘。
「法律の方は任せておきなさい、殿下と黒金少佐の案を取り入れて、早速帝国議会に提出しよう」
「ちょっ、首相っ!?」
「お父さん何を言ってるのよっ!!」
何か凄い事口走り始めた榊パパを止めようとするが、武ちゃんも千鶴でも止められない。
「畜生、なんで親バカってこういう時は握力強いんだよ!?」
「時に白銀大尉、いや武、苗字はどれにするのかね? 義父さんとしては出来れば榊の名前は残して欲しいのだが…」
「もう黙ってお父さんっ!!」
榊パパの腕から逃れようとするが、信じられない握力で固定された腕から逃れられない武ちゃん。
千鶴が主に恥ずかしさから涙目で父親を止めようとするが、パパはどうにも止まらない。
「………やるね、眼鏡パパ」
「うぅ、こうなったら私もパパにお願いして…手紙、うぅん、電話で…」
「う~ん、ボクのお父さんじゃ無理だよね…どうしよう…」
榊パパの暴走に親指立ててGJしている彩峰、対抗心か、たまパパ召喚を考えるタマ。
自分の父親の素性を知らないだけに、どうした物かと考える美琴、鎧衣課長が参戦したらカオスから不思議電波空間に変貌するだろう。
「こうなったら部屋に……」
「一人じゃ追い返されるから、ここは一つ二人で…」
何やら隅で暗い会話を交わすのは茜と晴子、どうやら共同戦線を張るようだ。
「はわわわわわっ、茜ちゃん達が黒いっぺさ~~!」
「う~ん、見事に混沌としてるね、収拾つかないよこれ?」
「凄く、素敵空間…」
はわはわして震える築地、もう慣れたのか諦めたのか達観した表情で見ている高原、若干目が遠い目だ。
麻倉は、どこか大和に似た笑みを浮かべて撮影中。
「榊首相のアレ、やっぱり少佐の影響?」
「たぶん違う。少佐より暴走の度合いが酷いから…たぶん別の人」
暴走と言うか、はっちゃけ始めた首相を指差しながら問い掛ける高原に、麻倉が答えながらビデオカメラを回す。
大和がこの場に居ない以上、この光景を記録するのが彼女の使命だ。
因みに、榊パパが感染しているのは黒金菌でも白銀菌でも香月菌でもない。
殿下のはっちゃけ菌だ。
しかも隠れ親バカが露出して相乗効果で大暴走中。
殿下も一緒になって「一夫多妻」だの「特別条例」だの「功績」だの「偉人に」だの話している。
「誰かっ、本当に誰か助けてっ、この際もう大和でも―――ダメ、来ないで、お願いだから来るなよ親友っ!?」
あまりのカオスっぷりに思わず親友に助けを求めそうになる武ちゃんだったが、その親友があれこれ暗躍したからこうなった訳で。
そして他人の修羅場大好きキャホーイ男がこの場面を見たら、絶対に弄り倒してくる。
その未来を幻視して、本気で来るなと念じる武ちゃんだったとさ。
「『キュピーン!』――はッ、今呼ばれた気がしたッ!?」
「少佐、仕事して下さい」
その大和は、まだ港で事後処理に追われている。
突然妙な事を口走り始めた大和に、整備班の代表が慣れた態度で仕事しろと苦言するのだった。