A-01との模擬戦闘から数時間後…。
大和は自分の執務室で開発部から上がってきた報告書に目を通していた。
「両肩のハードポイントの開発は終了…後は専用武装の開発か…」
パソコンを操作し、いくつかの設計図を開く。
そこには、戦術機用と思われる複数の武装の絵が書かれていた。
『失礼します、黒金少佐。ビャーチェノワ少尉、及びシェスチナ少尉をお連れしました』
「ありがとう、今開ける」
インターホンからの連絡に、手元の機械を操作して扉のロックを解除する。
二人を連れてきたピアティフ中尉は、敬礼するとその場を後にし、残されたのは警戒している表情のクリスカと何やら嬉しそうなイーニァ。
「どうした、入らないと扉が閉まるぞ?」
「…………失礼する」
大和の言葉に、イーニァは慌てて室内へ入り、クリスカもそれに続く。
「まぁ、とりあえず座ってくれ。コーヒーもどきで構わないか?」
「…………えぇ」
「ヤマト、わたしのはミルクたくさんいれて」
上官、しかも佐官に飲み物を用意され、内心戸惑いつつもソファに座るクリスカと、ミルクだくだくを希望するイーニァ。
ミルクも当然もどきだが、好きな人は好きらしい。
「さて、何から話そうか」
二人の前にカップを置きつつ、対面に座る大和。
その言葉に、クリスカが顔を顰める。
「話があるから私たちを呼んだのでは?」
「そうなんだが、何やら言いたい事がありそうな顔だったのでね。答えられる質問なら答えるが?」
“読めない”相手に警戒していたクリスカは、己の顔を少し障りながら内心警戒心を強めた。
対してイーニァは、ミルクだくだくのもうコーヒーと言えないレベルのそれを嬉しそうに呑んでいる。
実に対照的な二人だ。
「………では、何故先程のような模擬戦闘を? あれはあまりにも強引だ」
「だがその分効果は高かっただろう?」
そう返され、言いよどむクリスカ。
あの後、ハンガーに戻ったA-01の面子は、全員悔しさを見せながらも、新型OSへの期待に胸を躍らせていた。
水月に至っては、待ち遠しさに地団駄を踏む位だ。
確かに、強烈なインパクトと事実を見せ付けられた結果にはなる。
「だが、予備知識も何も無い状態での模擬戦闘では……」
「不公平だと? 相手が人間、戦術機なら通る話だが、BETA共には通じないぞ」
これにもクリスカは顔を顰める。
確かに、実戦で知らない、思わない、分からない、そんな言い訳は通じない。
口にした所で、待っているのは死だけだから。
「まぁ、半分以上が俺の趣味…もとい、香月博士の趣味で、面白い戦闘が見たいと言っていたのでな」
「今確実に自分の趣味と言ったな?」
「新型OSを搭載するに当たり、試験データも多く必要なのでね」
「無視するなっ!?」
ガーッと吼えるクリスカを、のらりくらりと避ける大和。
そんな様子を見ていたイーニァは、ぽつりと呟いた。
「クリスカ、たのしそう……」
「い、イーニァっ!?」
最愛の相手からの言葉に、思わず真っ赤になるクリスカ。
「まぁ、その辺りは博士の趣味と思って納得してくれ」
「全部の責任を副司令に擦り付ける気か……」
「で、だ。二人を呼んだ理由だが…」
「サラッと流すなっ!」
クリスカ、すっかりツッコミキャラに。
ツッコミ属性を持つ人(例:武・まりも・唯依など)が居ない現在、潜在的にツッコミ属性を持つ彼女がその役目を担ってしまった。
彼女の苦労人人生は、まさにこの瞬間スタートしたのだった。
「率直に聞こう。二人は…複座なら戦えるのか?」
「「っ!?」」
大和の、先ほどまでと違う鋭い視線に、背筋が伸びる二人。
見た目にそぐわない、その瞳。
まるで、数々の地獄を生き延びた修羅の如く鋭く、冷たい。
「二人のデータを見るに、ビャーチェノワ少尉はイーニァ少尉の存在が気に掛かり、どうしても行動が彼女優先になり、結果部隊の連携を崩している。大きな失敗が無いのは、単純に少尉の実力故だろうが、何れ死ぬ目に遭うだろう。逆にイーニァ少尉は、独特の感覚で動いている、それを仲間に伝え、連携すれば限り無くプラスに働くのは彼女の技量を見ればわかる。が、それを彼女が伝えられない故に部隊が崩壊している。どちらにせよ、部隊を指揮する人間にしてみれば、頭の痛い存在だ、今現在の二人はな」
実力は高い、でも扱い難い。
二人を外せば部隊は綺麗に纏まる、だが戦力という点ではマイナスへ。
指揮者である伊隅は、頭の血管が切れるかと思うほどに頭を悩ませているのが現状だった。
「二人を活かす方法は何か、そう考えたら自然と出るのは複座型だ。イーニァ少尉もビャーチェノワ少尉へなら明確に意思を伝えられ、ビャーチェノワ少尉は傍らに居る事でイーニァ少尉を心配せずに戦える。そうだろう?」
大和の言葉に、クリスカは頷くしかなかった。
かつて、祖国で衛士をしていた時、大和が言うとおりの理由と方法で戦っていたのだから。
しかし、日本の、この横浜基地へ配属…悪く言えば“売られた”際に、個人の技量と、複座型が無かった事から別々の機体に乗る事になった。
操縦や単独戦闘は問題なかった。
だが、部隊規模の戦いになると、途端に崩れ始めた。
本当ならもっと戦える、もっと強くなれる。
“紅の姉妹”とまで呼ばれた自分達は、一緒に居なければ意味がないのだと、クリスカは感じていた。
「そうか、なら早急に複座型のユニットを1機手配する、シミュレーターの方は既に手配済みだから、今後はそちらを使用してくれ」
「え………?」
クリスカは、大和の言葉が一瞬理解出来なかった。
今まで、複座型を希望しても、現物が無い、たった二人の衛士の為に手配するのは無駄、そんな理由から却下されていた。
なのに、目の前の少佐は、あっさりと許可し、しかもシミュレーターに関しては既に手配済みと言うではないか。
混乱するクリスカを他所に、イーニァは大和の言葉を素直に受け取り、笑顔を浮かべている。
「ありがとう、ヤマト。わたし、がんばるからっ」
「その意気込みだ。しかし、そんなに意外かな、ビャーチェノワ少尉?」
「え…あ、いや…その……」
言葉と視線を向けられ、戸惑うクリスカ。
今まで出会ったことに無い、感じた事のない相手の言葉と態度、そして感覚に、彼女は軽く混乱していた。
読めない、そして見えない相手。
「今まで散々希望して却下されたから驚いたのかな? これでも佐官で香月博士の直属だ、それだけの立場にはあるさ」
そう言って悪戯小僧のように笑う大和に、ますます困惑するクリスカ。
読めないだけに、彼が全く分からない。
自分でも敵わないと理解できる実力、確かな先見、確固たる立場、先程の鋭い修羅の目、そして今の表情と言葉。
日本人が童顔の傾向が強いとは言え、どう考えても自分より年下な少佐。
どれが本当の彼であり、どれが彼の仮面なのか、クリスカには分からない。
だが、少しだけ、彼の色が見えたのをクリスカは感じだ。
笑った時、彼の気が緩んだのか、それとも別の理由か。
クリスカが感じたのは、金色。
「(まるで、優しく包み込むような…そんな、淡い金色の……)」
「つき…」
隣のイーニァの言葉に、ハッとなるクリスカ。
イーニァはクリスカを嬉しそうに見上げながら、呟いていた。
「やさしい、つき…こどくな、つき…きんいろの、つき……ね、クリスカ…?」
「……………そうね、イーニァ…」
彼女の言葉で、クリスカは納得した。
あぁ、彼は月だ。
夜空を微かに照らし、優しく包み込む金色の月。
様々な姿を見せる、彼の本質。
彼は、孤独で優しい月なのだと、クリスカは理解した。
「………………?」
当の本人は、内緒話をする二人に、首を傾げていたが。
数日後………
「BETAが新潟に上陸か……連中、やはりここを狙っているな…」
横浜基地司令部にて、報告に目を通しながら呟く大和。
以前から夕呼経由で佐渡島ハイヴの動きに注意しろという命令を出していたのだが、その結果早期にBETAの動きをキャッチ。
現在、帝国軍と国連軍が防衛線を布いて対応している。
連隊規模だが、対応が早かった為、新潟沿岸で撃退に成功。
しかし、艦隊一つと、確認できただけで3中隊が全滅した。
現在は警戒態勢のまま、事後処理に追われている。
「これは、中佐辺りからせっつかれるかな……」
元々、大和が国連軍へ降ることを許可する代わりに、国連の技術を帝国が受けるのが条件に入っている。
それは夕呼も承知しており、問題ないレベルなら教えてやれと言われている。
「しかし、不知火の改良機はまだ未完成…武装も実証テストが終わらんし、儘ならないものだな、人生は」
苦笑しつつも司令部を後にする大和。
今更やって来た他の佐官達を、呆れた目で見ながら。
司令であるラダビノッド准将は大和よりも先に着ていたが、他の連中は緊張感も無くのんびりとした対応だった。
「これで防衛線が抜かれたらどうしたのやら……」
極東の最後尾とは言え、ここは間違いなく最前線なのだ。
下手をすれば、前の世界のトライアルのようにBETAを放つなどしないと、もしもまた横浜基地襲撃が起こったら全滅も在り得る。
「そうならない様にするのが理想だが、どうしたものか……」
軽く頭を抱えつつ、武が待つ部屋へと歩みを進める。
夕呼は戦闘が掃討戦へ推移したら早々に研究に戻っていった。
今回の上陸には、A-01は向っていないので特に興味ないのだろう。
「待たせたな」
そう言って入室した部屋には、武とまりも、そして207訓練部隊の面子が揃っていた。
「敬礼っ」
「楽にしてくれ。状況だが、BETAは新潟上陸を断念し、大部分は佐渡島へ撤退、残りは現在帝国軍が掃討戦を展開、間も無く駆逐するだろう。現状での被害は艦隊の一つが壊滅、3中隊が全滅、2中隊がほぼ壊滅…と言った所だ」
大和の報告に、武は元より、訓練兵達も拳を握ったりしながらも安堵していた。
もしも防衛線が突破された時、武は当然だが彼女達すら動員される可能性もあった。
それ故、数名はBETAが撃退された事で安堵していた。
悔しさを滲ませたのは、冥夜や茜といった、確固たる意思を持って衛士の道を望んだ面子だ。
「連中の動きが読めない以上、今後も緊急招集が発せられるだろう。その時、こうしてただ待つか、それとも戦術機で戦いに望むかは、諸君次第だ」
「敬礼っ」
まりもの言葉と共に全員が敬礼する中、大和は答礼しつつ武を連れ出した。
「なぁ大和、今回の出動に斯衛は参加したのか?」
「情報によると、防衛線突破に備えて帝都および城の守備の為に3部隊が展開、群馬県北部に2部隊が展開したそうだが、戦闘はしなかったらしい」
大和のその言葉に、安堵する武。
斯衛に所属していた時に出来た友人や仲間達が心配だったらしい。
「別にお前の殿下は出撃していないし、月詠中尉は今ここに居るだろう?」
「いや、そうじゃなくて…って、俺の殿下とか言うなよ、月詠さんに殺されるだろうがっ!?」
焦る武だが、大和はHAHAHAと妙な笑いで取り合わない。
「ったく……で、今回の上陸は何が目的だと思う?」
「十中八九、ここだろうな。もしかしたら、次の為の下見かもしれんが」
11月の新潟上陸では、BETAの規模は旅団規模、今回の約倍になる。
「今回が連隊規模で追い返されたから、次は旅団規模でか?」
「もしくは、こちらの動きを観察しているのかもな」
大和の言葉に、BETAがどんな存在で、何を思って己の大切な人をあんな姿にしたのかを思い出す武。
「胸糞悪いぜ……」
「全くだな」
武の呟きに同意しつつ、二人が目指す先はシミュレーターデッキ。
行うのは勿論、XM3のデータ収集という名の八つ当たりのストレス発散である。
この日、横浜基地におけるヴォールクデータの反応炉到達記録が塗り替えられる事になるが、そのデータは機密扱いなので極一部しか知らないことだった。
2001年――――3月25日――――
大和の開発・研究、武とまりもの207部隊の指導、夕呼の研究。
全てが順調に推移していた折に、大和にとある情報が届いた。
「ほう、F-22Aが配備開始か……」
F-22A、通称ラプター。
最強の第三世代戦術機と宣伝され、遜色無い性能を誇るアメリカ合衆国の戦術機。
大和や武からは、明らかにこれ対戦術機想定してるだろうと呆れさせる機体。
現在戦術・戦略的に最も優れたと言える機体。
「まぁ、正直お国柄出すぎな機体だがなぁ…」
基本的に、アメリカの戦術機は近接戦闘を軽視していると大和は思っている。
砲撃特性による射撃戦闘で片がつくならそれでいいが、BETAの物量の前では、とてもじゃないが射撃だけでは対応できない。
前の世界でも、そのラプターが不知火に負けているのは、近接戦闘能力と衛士の差だろう。
射撃戦闘を主軸にした米軍では、BETAと長刀で渡り合う帝国軍相手に、間合いが詰められたら終わりなのだ。
長刀装備していないし。
武も、ラプターは憧れるけど、武御雷に乗った後だとなぁ…と呟くほど。
元々設計段階で射撃に主眼が置かれている為、どうしても長刀等を使用する際にムラや無理が起きる。
帝国や極東の衛士とは相性がよろしくないのがラプターという機体だったりする。
「スペックだけなら文句無いんだがなぁ……」
報告書を机に置くと、パソコンのモニターに目を向ける。
そこに映し出されているのは、不知火の改造機。
算出された予定スペックだけでも、現行機に勝り、武御雷にも迫る機体。
「本体の改造は8割完了…あとはシステム調整とフル装備での機体データか……」
こうしている間も、夕呼子飼の整備班達が組んでくれている不知火改造機。
だが、これすらも大和にとっては過程だった。
「目指すは、第五世代戦術機……」
かつての世界で目にした、最強の機体を、大和は作り出そうとしていた。