横浜基地が解放される少し前の横浜港――――
『うらぁぁぁぁぁっ!!』
外部スピーカーで叫び声を響かせながら右手を振り被るタリサの舞風。
その右手に装備されたスタンマグナムが、ラプターの胸部を捉えた。
ガスンッという衝撃と共に撃ち込まれた高圧電流が、機体の制御ユニットから何からをショートさせて破壊。
衛士は電撃の余波に気絶し、ラプターが崩れ落ちる。
『よしっ、二機目…って、危なっ!?』
敵を倒して安心した瞬間を狙われ、36mmが舞風を襲う。
咄嗟に右手を翳した為、胸部は無事だが右手のスタンマグナムが破壊された。
『この…っ!』
両肩のガトリングユニットが咆哮するが、相手は倉庫を楯にして隠れる。
『ワルキューレ02、無事か!?』
『こちら02、右手が喰われただけだ、まだ行ける!』
唯依からの通信に、気丈に答えて左手に突撃砲を持つタリサ。
現在、米軍の空母は瞬間凝固液の砲弾で沈黙し、相手のラプターは10機から5機へと数を減らしていた。
ステラが仕留めた一機に、大和が2機、先ほど唯依が一機胴体と下半身を真っ二つに分断、タリサが一機。
残り5機中、2機がこちら、3機が大和側だ。
その二機は、現在クリスカ達が乗る雪風が相手をしている。
『捉えたぞ!』
たった今、クリスカが操縦する雪風が、倉庫の影に隠れていたラプターを捉えた。
相手の背後から噴射跳躍ユニットとスラスターで一気に間合いを詰め、両手に持った近接戦短刀を突撃砲に突き刺して使えなくする。
そして相手が離れようとした瞬間、残った左の短刀を相手の肩部に突き刺して、動きを阻害する。
『ヤマトのおねがいだから、ころさないよ』
そう冷たく呟いて、頭部バルカン砲をラプターの頭部へと向けるイーニァ。
元は大和の雪風だったこの機体は、頭部形状がA-01の雪風と異なり、四本のアンテナが頭部モジュールの左右に装備されている。
実はこれ、アンテナ風の、バルカンの砲身なのだ。
4本のアンテナから放たれた弾丸が、ラプターの頭部を蜂の巣にする。
至近距離からの弾丸に、対小型BETA用の武装であってもセンサー類が沈黙するラプター。
それでも相手は補助センサーで抵抗を試みるが、相手が悪すぎた。
『少佐や大尉に比べるのも失礼だな…』
淡々と呟きながら、ラプターを倉庫の壁へと押し付け、右手に持った長刀を左の肩部装甲へと突き刺して壁に縫い付ける。
そして、両足と跳躍ユニットを両肩のガトリングで破壊して終了。
『クリスカ、もう1体くるよ』
イーニァの声に答える前に機体を動かして相手の照準を外すクリスカ。
残ったラプターは、仲間を助けようとしているのか、スレッジハンマーの援護砲撃から逃げながらクリスカ達に向ってくる。
『あれ、だれかイクよ…?』
ふと、イーニァが大型倉庫の中を爆走する存在とその機体に気付いた。
その能力で、近い距離なら相手がそこに居るかどうか分かるクリスカとイーニァ。
大和が乗っていると見せ掛けていた機体が撃破された時、二人が取り乱さなかったのはこの能力で居ない事を知っていたから。
大和の思考は読めないが、彼はその反動で妙な違和感を放っている。
まるで、白い世界にドンッと置かれた黒い物体のような、そんな違和感。
イーニァの大和発見率が高いのは、これを利用しているからと思われる。
相手もセンサーの反応で気付いたのか、倉庫の中へと突撃砲を放っている。
『バカな奴だっ、蜂の巣にしてやるぜ!』
そう叫んで放つ36mmが、倉庫の壁や扉を穴だらけにする。
だが、倉庫内を進んでくる機体は、前進を止めない。
否、止まらない。
『うおぉぉぉぉぉぉっ、男斉藤っ、行きまーーーーーすっ!!!』
謎の雄叫びを外部スピーカーで響かせながら、大型倉庫の壁を粉砕して現れるのはスレッジハンマー。
しかも、両手に多目的格闘装甲を装備した、バリバリの前衛仕様だ。
『な、なんだこいつっ!?』
驚きながらも放つ36mmは、全て両手の格闘装甲と頑丈な正面装甲に弾かれる。
『どっせいっ!!!』
その重量と頑丈さを生かした突撃に、弾き飛ばされるラプター。
狭い上に背後には別の大型倉庫、右手には雪風、左手側には追ってきた唯依の武御雷。
上空に逃げようにも、先程のタックルで壁に激突した際にユニットが損傷してる。
『一撃入魂っ、ハンマーフィストぉぉぉぉっ!!!』
妙な必殺技を叫んで、多目的格闘装甲の爪状の先端をラプターへと突き刺すスレッジハンマー。
頭部と共に胸部上面を削り取られたラプターは沈黙、咄嗟に頭を抱えた衛士は無事だった。
『隊長、やりました!』
『やりました! じゃないわよバカっ、付き合わされる私の身にも成りなさいよねバカっ、本当にバカっ!』
『ば、バカって言うなぁっ!?』
『じゃぁチェリー。チェリー斉藤』
『止めてっ、もう僕の精神力はゼロだよ!?』
突然外部スピーカーで内部の喧嘩を撒き散らすスレッジハンマー。
どうやら操縦者の斉藤君が、火器管制の女の子に怒られているらしい。
『お前達、喧嘩なら後にしろ…』
『すっ、すみません中尉!』
呆れ顔の唯依が、ラプターの衛士へと突撃砲を向けながら注意すると、女の子の方が慌てて謝った。
『しっかし、スレッジハンマーでF-22A撃破とか、やるじゃねぇかチェリー斉藤』
『すごいね、チェリーさいとう』
『うむ、無茶は後で叱るが、見事だチェリー斉藤一等兵!』
『広まったぁぁぁぁぁっっ!!?』
駆けつけたタリサ、イーニァ、通信のスレッジハンマー部隊隊長からの言葉に、ガッデムとばかりに叫ぶ斉藤。
器用にも、スレッジハンマーで頭を抱えるという動きをさせている。
制御ユニットにXM3と同じ技術を使用しているとは言え、器用な男である。
『よし、これでこちら側のF-22Aは排除した、急いで少佐達の援護と空母の制圧を―――』
唯依がワルキューレ隊とスレッジハンマー隊へ指示を出し始めた時に、空母の方から爆発音が響いた。
スレッジハンマーの遠距離砲撃部隊には、瞬間凝固液と催涙弾の攻撃以外は禁止しているので、こちらの砲撃ではない。
大和達は空母から離れた位置で戦闘中だし、ステラは大和の援護中だ。
ラプターに押し込まれて倉庫区画の中程まで来てしまったので、空母を望遠で見えれば、横っ腹に穴が空いている。
『あの位置は、戦術機搬出用のゲート…中から破壊して出てきたのか!?』
瞬間凝固液は、外気に触れてから数十秒以内にコンクリート並の堅さに固まる、新開発の液体だ。
元々は防衛戦用の砦や戦艦、空母の外壁補強や機体の穴を応急処置で埋める為に、南アフリカで約6年後に“運が良ければ”開発される液体。
開発者が、偶然転んで薬品をぶちまけた結果生まれた薬品なので、必ず開発されるかどうかは大和でも分からない。
堅さはコンクリート並だが、何度も掛ければ分厚くなっていく。
その証拠に、空母は戦術機搬出用ゲートが使用不能にされて、今の今まで増援が出てきていない。
それを、内側から破壊して穴を空けたのだ。
『中尉、内部からF-22Aが3機、恐らくまだ出てくるぞ』
クリスカの報告に、歯を噛み締める唯依。
ラプター4機でも、押し込まれたのだ。
このまま増援が続けば、突破される可能性がある。
『くっ、支援砲撃隊は引き続き凝固液弾で砲撃を、あの穴を埋めろ! 我々は出てきた奴を撃破し、空母を制圧するぞ!』
唯依の指示に、全員が答えようとした瞬間、通信が割り込んできた。
『おぉっとぉ、その役目、俺達が引き受けよう!』
『な、だ、誰だ!?』
突然割り込んできた通信、その声に唯依は聞き覚えがあったが聞き返してしまう。
微妙にオッサン臭いその声は、まぁお任せあれと答えて通信を切った。
その頃、空母の艦橋ではあの中将が鼻息荒くして状況を嘆いていた。
「おのれぇぇぇ、我が国が誇るF-22Aを9機も…許さんぞ横浜基地め!」
「中将、ゲートを塞いでいた物体の一部除去が出来ましたが…」
「全機出撃だ、奴等を撃破して横浜基地を開放するのだ!」
「中将閣下、横浜基地が独自で解放されたと今情報が…!」
「馬鹿者っ、そんなものクーデター軍が流した嘘に決まっている、一刻も早く基地を奪還するのだ!」
艦長の言葉に息巻き、通信兵の言葉に唾を飛ばす。
艦橋に居る人間ほぼ全てが、この中将へ白い視線を向けている事に、興奮している中将は気付いていない。
「護衛駆逐艦は何をしているっ、艦砲射撃で奴等を吹飛ばせ!」
「そ、それが、通信を試みているのですが、連絡が…」
「なにぃぃぃぃっ!?」
驚く中将を尻目に、艦長が護衛駆逐艦が配置された場所を双眼鏡で覗き見る。
「なんだアレは…青い…戦術機か…?」
艦長の視界には、護衛駆逐艦の艦橋の前にへばり付いている、青い戦術機のような何かが居た。
―――――数分前、空母が固められた際に、護衛駆逐艦は事前に通達された配置場所へ移動していた。
「艦長、空母エイブから艦砲射撃の命令が下りました!」
「そうか…気の進まん事だ」
通信兵の言葉に、艦長は被っていた帽子を目深に被り直す。
気の進まない仕事であり、これが重大な違反である事は理解している。
だが一部の軍上層部の強引な押しに、軍隊である彼らは従うしかない。
艦長達の願いは、一刻も早く横浜基地が諦めるか、本国から撤退命令が出る事。
米軍上層部内でも最近噂になっている、国連横浜基地。
そこには極東の魔女が存在し、魔窟と呼ばれる場所だと、軍上層部は一部は恐れ、一部は笑い、一部は嫌悪した。
そこの喧嘩を売ることになった、自分達の不運を嘆きたい艦長だったが、船を預かる自分がそんな事でどうすると内心奮い立たせる。
「目標、国連軍横浜基地部隊、主砲照準――「ソナーに感っ、何か居ます!」――なんだと!?」
艦長が指示を出そうとした瞬間、ソナーで監視していた兵士が叫んだ。
慌てて副長と共に駆け寄り、ソナーの画面を見る。
横浜湾内に入ってから乱れていたソナーだが、ここに来て動く何かを感知したのだ。
「どこだ?」
「水深90メートル付近で、ソナーに反応が……何かが上昇してきています!」
「大きさはっ?、もしや日本帝国軍のA-6か!? 位置はどこだ!」
「いえ、A-6より大きいです…位置は……真下ですっ!!」
副長の言葉に答えた通信士が叫んだ瞬間、護衛駆逐艦に振動が走り、船が揺れた。
「なんだっ、衝突したのか!?」
「わかりませんっ、ですがこれはただの衝突の揺れではありませんっ」
艦長の言葉に、船での衝突の経験を持つ副長が答える。
「甲板の兵士から入電っ、何かが船の真横に!」
「なんだとっ!」
別の通信兵の言葉に、艦長達が慌てて窓へと近づく。
艦橋の下、甲板上では乗組員達が武器を手に走り回っている。
そして、船の横、手摺の所で下を指差して叫んでいる兵士が居た。
その兵士が、慌ててその場を離れて船の中へと入る。
艦長たちが何を見たんだと疑問に思っていると、海から現れた巨大な、手のような物が縁に手を掛けるように出現した。
その大きさ、通常の戦術機の3倍以上は在ろうかと言う大きさ。
指のようなそれは、鋭いカーボンブレード製の鉤爪で、船の縁をズタズタにしながら食い込ませてくる。
さらにもう1本、同じ手のような物が離れた位置に出現し、同じように掴む。
「な、なんだアレは…まさか、アレも戦術機と言うのかっ!?」
驚く艦長達の視線の先、両手で駆逐艦の縁に捉まった機体が、スクリューとブースターを併用して海から飛び出した。
器用に両手で位置を調節し、甲板の主砲を踏みつける様に上がってきたのは、異様な姿の機械。
その巨体に、船が大きく揺らぐ。
長い両手、丸みのある胴体、太い蟹股の両足、そして胴体の頭頂部からA-6の頭部のように変形しながら飛び出す、金槌のような頭部。
その全てが、A-6より、いや、現在の戦術機よりも大きい。
現在存在する戦術機は、最大サイズで30m超だが、今目の前の機体は飛び出した頭部を含めれば30mを軽く超えている。
その両手は、蛇腹のような二の腕が長く、そして前腕に当たる部分が太く大きく、そして指は鋭く巨大な鉤爪。
首回りには円状に、魚雷か何かの発射口らしき穴が10個。
前面の胸部には、頭部のように変形して機銃やミサイルの発射口らしき物が次々現れている。
甲板上の兵士が、ライフルで応戦するが、その装甲は人間が使用する武器など簡単に弾いている。
艦長は36mmでも貫通しないだろうと頭の片隅で考えたが、正解だ。
その機体は、金槌のような頭部を、正確にはその突き出た金槌状のパーツの下にある、単眼を赤く光らせて応戦する兵士を見る。
そして胸部の機銃やミサイルを向け、兵士達は慌てて退避するが遅い。
そこから放たれたのは、白い煙を噴出す砲弾。
「催涙弾だと…?」
艦長が首を傾げる中、その頭部を艦橋へと突き出して覗き込んでくる機体に、恐怖を覚える乗組員達。
頭部の、人間で言うおでこから突き出した金槌を横にしたようなパーツが微妙に艦橋の上にぶつかっているのも理由の一つ。
『こちらは横浜基地所属・試験海戦部隊メガロドン隊。護衛駆逐艦へ告げる、直ちに武装解除してこちらの指示へ従いなさい』
機体の外部スピーカーから、女性の声が響いた。
国連軍は特定の海戦部隊を持たないのだが、海に面した基地の場合、米国のA-6を配備することがある。
しかし、国連横浜基地に配備された情報がない為、油断していた。
横浜は、独自の強襲歩行攻撃機を開発していたのだ。
『従わない場合、物理的に制圧させて頂きますが?』
そう言って、機体のその長い腕を持ち上げ、指先に該当する巨大な鉤爪を根元からワキワキと動かす。
何となく、痛いよ? と言われた気がする艦長達。
おまけに機体の胸部には、36mmクラスのバルカンの銃口が左右にそれぞれ3箇所。
他にも、耐水機能として閉じてあるハッチや小窓が全身に存在している巨大戦術機。
「………乗組員の安全を保障して頂きたい!」
「艦長…!」
マイクを手に取り、返答する艦長に、副長が止めようとするが逆に止められてしまう。
「見たまえ…」
そう言って指差す先は、並行していた同型艦が、目の前の機体と同じ機体に同じように襲われ、揺さ振られている姿。
全長30m以上、横幅も似たような大きさの機体に、艦橋を掴んで左右に揺すられるのは堪ったものではない。
下手したら沈没する。
『英断に敬意を表しますわ、艦長。ついでに、空母への連絡を一切禁止しますので』
「ひぃっ!?」
空母へと連絡を取ろうとしていた通信兵へ、銃口を向ける衛士。
通信兵は、思わず座席から落ちた。
これが、数分前に起こった出来事だ。
「護衛駆逐艦が二隻、制圧されましたな」
「な、なんだと…!」
艦長のどこか他人事な言葉に、大口開けて驚く中将。
横浜には海戦部隊が無いと思い込んで、警戒しなかったのが運の尽きだ。
だがそれでも負けを認めず、搭載機を出せと叫ぶ中将。
この戦いの後、勝っても負けても自分達に降りかかる処罰を、ほぼ全員が覚悟している。
理解していないし覚悟なんてしていないのはこの中将位だろう。
何故こんな男が中将なんだと、艦長は今の米軍の一部の腐敗に、頭を痛めた。
『命令が出た、他の機体が発進するのを援護しろ!』
120mmでゲートを塞いでいた壁を破壊して出てきたF-22Aの衛士は気乗りしない命令に内心ゲンナリしつつも行動に入った。
先発部隊を撃破した連中が、倉庫の中ほどで陣取って攻めて来ないのを内心警戒していた衛士は、ふとレーダーに時々反応がある事に気付いた。
だがそれは在り得ない場所での反応、場所は自分の真後ろ、だが後ろには空母、上には機影はない。
だが、ふと自分が何かを忘れていた事に気付いた。
上は空、後ろは空母、ならば自分の機体が立つ場所、その背後の“下”は?
『うおぉぉぉぉっ!?』
衛士が下、海の存在に至った時、海面から巨大な手のような物が伸びて、ラプターの脚を握り潰しながら引っ張った。
その勢いに、抗うことすら出来ずに海に引きずり込まれるラプター。
『リチャードっ!?』
仲間が突撃砲を構えながら海面を覗き込む。
機体が引きずり込まれ、泡立ち波打つ海面。
『なんだっ、なんなんだお前はっ、やめろ、よせ、止めてくれぇぇぇっ!?』
通信から聞こえ続けるのは、仲間の悲痛な叫び声。
錯乱した仲間は、自分の声も届かない。
『エイブCPっ、海中に何か居るぞっ、戦術機のレーダーじゃ反応が弱いっ、そっちじゃ分からないのかっ!?』
『こちらCP、空母のソナーに反応あり、大型戦術機と思われる機影が2、注意して下さい』
『注意しろじゃねぇよっ、ファックっ、A-6じゃねぇのかよ!』
空母に設置されたCPからの通信に、悪態を付きながら36mmを海面へと放つラプター。
だがその弾丸も相手には効果がなく、120mmを放とうとした瞬間、レーダーに反応が出て海面からあの手が飛び出した。
『は、離せっ、離しやがれクソッタレ!!』
頭部を捉まれ、さら右足も捉まれて海面へと引きずり込まれるラプター。
横浜港の海は透明度が低く、さらに空母の影でそこだけ暗い。
海中へ引き込まれたラプター、一応戦術機のコックピットは防水だが、A-6などと違って耐圧性能は低い。
その中で衛士は、暗い海の中で光る、赤い点を見た。
そしてそれが持つ鋭い鉤爪がラプターの両手両足を引き千切っていく。
『チクショウっ、ふざけんじゃねぇ化物っ! 止めろ、止めてくれっ!?』
両足を千切られ、噴射跳躍ユニットも破壊された戦術機に、海中で動く術などない。
機体の重みで、後は海底へと沈むだけ。
その事実を目の前にして、その衛士は恐怖に震えた。
だが次の瞬間、機体は海面へと上昇し、次の瞬間には空中へとその身を投げ出された。
埠頭のコンクリートに落下する衝撃で舌を噛んだが、地上だと理解して痛みを忘れる。
『リチャードっ、ワットっ、無事だったか!』
残ったラプターが突撃砲を向けていたのを下げて喜んだ。
突然海面から仲間の、両手両足をもがれた機体が飛び出して、思わず突撃砲を向けてしまったらしい。
海中から投げ出されたのは、リチャード達だけでなく、最初に大和に蹴り落とされたハンター3の機体もあった。
『ひくひょう、しははんられ…!(畜生、舌噛んだぜ』
『げほげほっ、死ぬかと思った…ママ、俺生きてるよ…!』
舌の痛みで喋れないワット、海水が侵入していて溺れかけたリチャード。
助かった、いや、助けられたと理解した時、生きているレーダーが再び反応を捉えた。
海中の相手に通常の戦術機のレーダーは精度が低いので、接近に気付けなかった。
再び現れた反応、その反応の場所から、海水と共に飛び出したのは、巨大な影。
薄い日の光を遮るのは、ラプターの倍はあろうかと言う巨大な機体。
元々ラプターは大型の機体なのだが、比較にならないほど大きい。
ラプターの頭部が、相手の人間で言う胸元だ。
その機体は、コンクリートを軋ませながら着地し、金槌のような突き出した頭部と、突き出した部分と顔の間にある赤い単眼を左右に揺らしていた。
『な、なんだこいつっ!』
残っていたラプターの突撃砲が36mmを吐き出すが、相手の機体はその長く大きな手で頭部を守るだけで避けようとしない。
丸みを帯びた機体の装甲は、36mmを通すどころか逸らして弾いている。
『ならこれで!』
120mmを装填して放つと、流石に直撃は嫌なのか避けた。
太く、前後左右の足先にヒレのようなパーツが出た足の外装と足裏から噴射跳躍し、横っ飛び。
目標を見失った120mmが、空母のどてっ腹に穴を空けてしまう。
『こいつっ、速い!?』
だがラプターの衛士は気にする事が出来ない。
見上げるような巨体のくせに、両足の噴射と、長い腕を器用に使って動物のように避ける相手。
腕の先に装備された大きく鋭い鉤爪で地面を握り、強引な方向転換。
巨体を浮かせる程の出力で、一気に距離を詰められる。
『避け―――!?』
ラプターの機動力を活かして逃げようとしたが、その長い腕を横薙ぎに振るわれ、鉤爪で左手腕ごと胸部を抉られる。
衝撃と自分で跳んだ際の推進力で近くの倉庫へと衝突するラプター。
その眼前へと近づいた相手の鉤爪が、残った突撃砲を腕ごと叩き切り、戦闘継続不能にされる。
『ば、化物…!』
爪に切り裂かれたコックピットの隙間から目視で見た相手に、ラプターの衛士はそう呟いた。
『海中からだと!? 横浜は水中戦力も備えていたのか!』
「日本では、備えあれば憂いなし…と昔から言いますのでね!」
連携を取り、その高い砲撃性能で大和の月衡を近付けさせないウォーケン少佐達。
恐ろしい精度の狙撃も、方向を特定し、注意しながら機動性を活かして動き回っている。
『少佐っ、空母の腹にもう一機が!』
『なんだとっ!?』
ハンター2からの通信に、そちらを見れば、空母の腹をその鉤爪と両足の噴射で器用によじ登る機体の姿。
流石に空母の高さまで海面から飛び出すのは無理だったようだ。
そうはさせないと援護に向おうとしたウォーケンのラプターを、大和の月衡が遮る。
「少佐、馬鹿らしく思いませんか? 一部の腐った官僚による思惑に乗せられて」
『……確かにな、だが我々は軍人であり、祖国を守る義務があるのだ』
応戦するラプター、その弾丸を舞う様に飛びながら倉庫の影から影へと避ける月衡。
ウォーケンとて、もう今回の作戦の意図は気付いている。
だが、正式な命令である以上、従わなければならない。
「貴官の忠義、真に感服します。……だからこそ、俺は奴等が許せないッ!」
一瞬ウォーケンへと言葉を向け、そして倉庫の影から狙っていたラプターへと襲い掛かる。
その速度に反応出来なかった相手は、両手を切り落とされ、さらに頭部を踏み潰される。
『俺を踏み台にしたっ!?』
『ハンター2っ、回避しろ!』
ウォーケンが大和の狙いを察して声を上げるが、大和の方が速かった。
ラプターを踏み台にして空中へとその身を晒した月衡、その両肩に装備された可動兵装担架が、肩の接続軸で回転しながら突撃砲を肩上から前に向ける。
そして放たれた弾丸が、倉庫の影でマガジン交換を行っていたハンター2へと降り注ぐ。
『ぐっ、突撃砲が…!』
『ハンター2、下がれ!』
ウォーケンが大和を追撃し、これ以上の攻撃を防ぐ。
追い遣られる形となった大和は、応戦しつつあっさり退いて行く。
その事に一瞬不思議に思った次の瞬間、ハンター2の右足と右跳躍ユニットが貫かれて爆発した。
『しまった、狙撃か!』
少しの間狙撃が止んだので弾切れかマガジン交換かと思っていたが違った。
狙撃された方を見れば、遠くの大型倉庫の上に、支援狙撃砲を構える舞風の姿が。
今まで狙撃していた場所を捨てて、狙撃できる場所まで出てきたのだ。
『国連横浜基地、まさかこれ程とは…!』
噂以上の相手に、戦慄するウォーケン。
もはやハンター隊でまともに動けるのは己のみ。
他の部隊は、支援砲撃の特殊弾頭と、先ほど空いた穴の真下で待ち受ける例の機体で塞がれている。
時折、穴の中に催涙弾と思われる弾を撃ち込んでいるので、整備兵達はまともに動けないだろう。
そして、たった今空母の艦橋にもう一機が取り付いた。
「ウォーケン少佐、もう無駄な抵抗は止めて下さい」
大和は真剣な表情で通信を繋いだウォーケンを見た。
ウォーケンもまた、もはやこれまでと感じていた。
『何をしている少佐っ、はやくこのデカブツを排除して戦え!』
『中将閣下、我々の負けです。これ以上抵抗すればさらに被害が…』
通信を繋いできた中将に、進言するウォーケン。
だが中将は耳を貸さずに罵り、蔑み、戦えと言う。
『(これが、私の守りたい物なのか…!)』
喚き散らす中将に、歯を食い縛るウォーケン。
中将は、眼前に取り付いた機体の銃口があるのにまだ勝てる気でいる。
いや、認めたくないのだろう、最強を自負し、そして最高の機体を戦力として揃えた自分達が、たった数台の戦術機に負けるという事実を。
「――――――――ッ、黙れ…!」
『な、なにぃ…?』
『クロガネ少佐…っ』
その時、何かを押し殺した大和の声が通信に割り込んだ。
ウォーケンは、通信の映像に映った大和を見て驚いた。
先ほどまで悠然とした態度で、自分達に渡り合った男が、肩を震わせている。
そしてその表情に見えるのは、純然たる怒り。
「己の手も汚さずに…ただ命令するだけの分際で……必死に戦う者を侮辱するなッ!!!」
『う…っ!』
『少佐、何を…!』
咆哮した大和に、中将は気圧され、ウォーケンは目を見開いた。
「メガロドン02、退けッ!!」
艦橋に取り付いている機体へと命令し、ウォーケンを無視して空母へと向う大和。
『まさかっ、クロガネ少佐!』
大和の目的を予想して、慌てて追撃するウォーケン。
その追撃を避けながら、まだ口汚く声を上げている中将に、明確な殺意を向けた。
「貴様のような連中が居るからッ、世界は、人々は、惑い、憎しみ、そして争うんだッ!!」
『う、ウォーケン少佐っ、はやくそいつを始末しろ!!』
「黙れッ、己の私利私欲の為に人々を操り、甘い汁を啜ろうとする貴様達が居るからッ!」
叫び、スラスターを噴かしながら突撃する月衡を、ウォーケンのラプターが邪魔しようとする。
「武が、博士が、皆が要らぬ悲しみを背負っていくんだぁぁぁぁぁぁッッ!!」
邪魔しようとするラプターを視界に入れた瞬間、大和はあのシステムのスイッチを押した。
「リミッター解除ッ、オーバーシステムッ!!」
瞬間、機体の各部が可動して武の陽燕と同じ姿になる。
そして口元の牙のような排熱フィンから白煙を吐き出しながら、今まで以上の機動で空中を舞う月衡。
『なにっ、急にスピードがっ!? うぉ……っ!!』
空中で右手と右足を切り飛ばされたウォーケンのラプター。
機体が落下するのを見る事無く、驚異的な直進で空母へと突き進む月衡。
「我あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
全身を襲うGに耐えながら、空母へと飛び込み、カタパルト上を両足で火花を上げながら滑る。
そして、腰部左右に装備されていたジャマダハルのような中型ブレードを右手に持ち、殴るモーションで艦橋を狙う。
『ひ、ひぃっ!?』
狙うのは、中将ただ一人!
ウォーケンや、メガロドン隊の静止の声も届かない。
――――――――――――――――大和っ!!―――――――――――――――――
「――――ッ!?」
そんな中、一人の声が怒りに染まった大和の脳裏に響いた。
「ひ、ひぃ…!」
そして、刃は艦橋に突き刺さり、中将の手前で止まっていた。
「……………俺は……」
目の前の光景に、一気に頭が冷える大和。
危うく、夕呼に頼まれた事を、潰す所だった。
「………らしくないな、俺もまだまだ未熟だ…ッ」
右手を額に当てて、気持ちを落ち着かせながらオーバーシステムを解除する。
あれだけ武に無闇に使うなと言っていた、その自分が怒りに任せて使っているのだから情けない。
『クロガネ少佐…』
「ご無事ですか、ウォーケン少佐」
通信を繋いできたウォーケン、彼の機体は半壊だが何とか空母の甲板まで辿り着いた。
メガロドン隊の機体が警戒するが、ウォーケンのラプターには短刀しか武器が無いし、動く事も儘為らない。
「しょ、少佐っ、何をしている、敵を目の前して!」
まだ口汚く叫ぶ中将、ある意味凄い。
だが、中将を見るウォーケンの視線は冷たい。
『中将、先ほど本国からの命令が通信兵を通して私に伝えられました』
「な、何…っ!?」
『その内容は、米軍の海外派遣部隊を私的に動かし、日本と極東国連軍への攻撃をしている部隊の指揮官を捕らえよとの事です」
「な――――――――!!?」
ウォーケンの告げる言葉に、絶句する中将。
そう、その捕らえる指揮官とは……
「貴様の事だ、ゲーリー・リーマーンっ!!」
「げふぅっ!?」
横合いから艦長に殴り飛ばされて宙を舞う中将。
叩き上げの軍人であり、若い頃は兵士としてバリバリ戦った艦長は、殴った際にずれた帽子を直しながら、全軍へ戦闘停止命令を出した。
殴られて床に伸びている中将は、やってきたMPによって拘束され、引き摺られて連行された。
『クロガネ少佐、お手数をお掛けした。現時刻を持って、我々海外派遣部隊は降伏し、そちらの指示に全面的に従おう』
「感謝します艦長。作戦行動中の全部隊へ告げる、直ちに戦闘行動を停止し、負傷者の救護と支援に入れ!」
大和の命令に、それまで沈黙を守っていたスレッジハンマー部隊が動き出し、同時に最後尾から医療ユニット搭載の機体が瓦礫を物ともせずにやってくる。
拘束されていた衛士も拘束を解かれ、怪我人は治療を受け始める。
『感謝する、クロガネ少佐。一方的に侵攻した我々に、ここまでの支援を…』
「少佐達は連中に踊らされただけですからね、言ってみれば我々と同じ被害者です。それと、一応お仲間の確認をお願いしますよ」
そう言って、大和は艦橋から刃を抜いて港へと降り立っていく。
大和の言葉に改めて仲間の確認をすると、それを見たウォーケンの瞳が大きく見開かれる。
『感謝する、日本の侍よ…!』
ウォーケンの瞳には、部隊衛士の生存を示すマークが、全て点いているのが写っていた。
「く……ッ、たった数十秒でこれか…これに耐えるのは、本当に恐竜レベルでなければ無理だな…」
全身、特に感覚神経を襲うダメージに頭を抱える大和。
武に次ぐであろう適正能力であったとしても、オーバーシステムによる全開機動は身体を蝕む。
今以上の耐G機能や神経補強薬でも開発されない限り、オーバーシステムは広まらないだろう。
「まぁ、元々こういう目的のシステムじゃないしな…」
苦笑する大和、オーバーシステムは元々、緊急時の自動回避システムの一例として考えられた物だ。
例えばレーザー照射や突撃級の突撃など、衛士の判断や腕前では回避が出来ないそれを、システムが蓄積されたデータや機体能力から自動で必要箇所のリミッターを解除し、回避の瞬間だけオーバーシステムと同じ動きをする。
これなら機体ダメージも抑えられるし、衛士の生存率が上がる。
無論、緊急回避の後は衛士が状況判断出来ないだろうから、そこは訓練してもらうしか無いのだが。
この緊急回避システムを構築するに当たって、データ収集とテストの為に組まれたのがオーバーシステムだ。
近い将来、衛士の適応能力が上がれば、任意で緊急回避を行えるようになるだろう。
「道のりは遠そうだがな…」
軽く酔った頭を覚ます為、大和は機体を埠頭へと降着させ、コックピットを開く。
「CP、横浜基地に繋いでくれ。司令部、そちらの状況を教えてくれ」
『こちら横浜基地CP、ピアティフです。ご無事で何よりです少佐』
通信を開くと、司令部のピアティフ中尉が応対した。
「そちらも無事なようだが、状況は?」
『現在、横浜基地内での被害確認と、拘束した不穏分子の引渡しが行われています。ただ、クーデター軍の沙霧大尉がこの場での処罰を申し出て、現在揉めている所です…』
なんと言えば良いのやら…と言った表情のピアティフに、大和も苦笑するしかない。
あぁ言った人物は、何かと自分の命で償おうとするから困るのだ。
「死にたがりじゃあるまいし…説得は?」
『現在、白銀大尉が一騎討ちを申し出て、紅蓮大将の立会いの元、これから始まるようです。映像をご覧になりますか?』
「いや…後は白銀大尉に任せるさ。あぁ、一応映像は記録しておいてくれ、こちらは事後処理を終えたら帰還する」
『了解しました』
通信を終了し、コックピットのハッチ先から空を見上げる大和。
「全く……儘ならない世界だな…いや、世界とはそういう物だったか……」
苦笑して呟いた言葉に、答える者は居なかった。
仮設謁見会場前―――――――
殿下や月詠大尉、榊首相にまりも達207部隊、合流した第19独立警護小隊、降伏したクーデター軍が周囲で見守り、大角武御雷(おおづのたけみかづち)に乗る紅蓮大将が立会人となり、見守る先には、お互いが背中合わせに長刀を振り切った体勢で停止している二機。
両手で持ったソリッドブレードを横一文字に振り抜いた体勢の陽燕。
対して、長刀を両手で真っ向から唐竹割りで振り抜いた体勢の烈士不知火。
見守っていた全員が目を見開いた瞬間、二機の間に一本の長刀が落ちて突き刺さった。
その長刀の持ち手には、不知火の両手前腕が握ったままになっていた。
『………見事だ、白銀大尉…』
『…いえ、沙霧大尉も、お見事です…』
どこか、清々しさすら感じさせる沙霧の賞賛の言葉に、武は苦笑する。
見れば、武の陽燕の胸部装甲に切られた痕が残っていた。
『この勝負、白銀大尉の勝ちとする!!!』
立会人であり、同時に審判も兼ねた紅蓮大将の言葉に、殿下や207の面々は喜び、クーデター軍はあの沙霧大尉が負けたと愕然としていた。
『沙霧大尉、約束通り、勝った俺の言う事を聞いて貰いますよ?』
『あぁ、武士に二言は無い、この命、貴君の好きにすると良い…』
陽燕のオーバーシステムを解除しながら機体を振り向かせる武。
それに答えながら、両手が切り飛ばされた不知火を振り向かせ、首を差し出すように膝を付かせる沙霧。
一騎討ちの前に、武が沙霧に約束させたのだ、自分が負ければ好きな相手に介錯を、自分に負けたらその時は自分の命令に従って貰うと。
何を馬鹿なと口々に言うクーデター軍だったが、当の沙霧大尉がそれを承諾した。
もし武が負けたら、その時は月詠中尉か大尉、でなければ紅蓮大将に介錯を頼む心算だった沙霧。
だが結果は見事に負けた。
一撃与えたとは言え、沙霧にとって完敗だった。
己の死でもって、クーデター軍の同士達の罰を軽くして欲しいと願い出た沙霧大尉。
普通ならむしが良すぎると思われる申し出だが、土下座して願う彼にそんな事を言える者はいなかった。
しかし殿下も、そして榊首相もそれを許さなかった。
殿下は、貴官にはまだ仕事があると諭し。
榊首相は、これからの対話はどうするのだと叱った。
しかし沙霧は、それらを信じる仲間へと託し、介錯を願った。
下手をすればこのまま切腹しかねない沙霧の頑固っぷりに困る面々だったが、そこへ武が現れて先の勝負を提案した。
そして負けた。
さぁ、自分にどんな無様な死に方を望むのだと覚悟を決めて待つ沙霧。
だが、彼の目の前、正確には機体の目の前に差し出されたのは、陽燕の右手。
その手は、まるで沙霧へ手を差し伸べているかのように、周囲の者には見えた。
いや、実際、武は手を差し伸べているのだ。
『沙霧大尉、日本は、そして世界は、まだ纏まっていない。そんな俺達がBETAに対抗するのは難しい…、だからこそ、俺は貴方のような人に居て欲しい。貴方達のような、本物の戦士と共に戦えるなら、俺達は、日本は、世界は…いや、人類は負けない、俺はそう思ってる』
『白銀…大尉…』
『死ぬ覚悟があるのなら、死んだつもりで戦ってくれませんか? 俺達と、日本を取り戻す為に』
機体の首を上げて見上げれば、陽燕のコックピットを開けてこちらへ手を差し出している武の姿。
『……私に、生き恥を晒せと言うのか…!』
『だって、勝ったら俺の言う事聞く約束ですよね? なら、俺に命令されたから生きて戦う、そういう事にして下さい』
そう言って、笑う武に、沙霧は久しく感じていなかった感情を思い出した。
『ふ…ふははははっ、変った男だな貴官は。君のような男は始めて見たぞ…っ』
『あ~、ひっでぇの、大尉まで俺を珍獣扱いかよっ!』
笑い出した沙霧に、むくれる武ちゃん。
「珍獣だな」
「珍獣ですな」
「珍獣な武殿も愛しいですわ」
『三連続で酷ぇっ!?』
通信越しに月詠大尉、中尉、殿下の順で言われて泣きが入る武ちゃん。
思わず呟いたへにゅぅ…という声が更に珍獣度を上昇させる。
『貴官の申し出、ありがたく思う。だが帝国軍はそう簡単に我々を許しはしないだろう…』
コックピットを開けて顔を出した沙霧だが、その言葉に表情を曇らせる武。
彼らのした事は、結果はどうあれクーデターであり、しかも殿下の身を危険に晒してしまった。
殿下自身がそれを覚悟し、むしろ自分から囮となって不穏分子を一掃する為に考えた作戦。
殿下に咎める気持ちは無いが、帝国軍と政府がそれを許さないだろう。
「それならば心配ありませんよ、沙霧大尉」
『で、殿下っ』
声を掛けられ、慌てて跪く沙霧大尉。
「白銀大尉が申された通り、我々は未だ纏まらず、BETAに対抗する力も儘なりません。故に、貴官達を処罰する余裕は軍には無いのです…」
少し悲しげな殿下の言葉。
彼女が言うとおり、常にBETAの脅威に晒されている日本帝国軍は、彼ら一騎当千の兵である沙霧達を処刑したり投獄したりする余裕がない。
しかし罰せねば示しがつかない、ならどうするのか?
「正式な処罰は追って下りましょう。ですが、貴官達はその多くがBETAとの戦いに望む事になります」
『殿下…それはまさか…!』
思わず顔を上げる沙霧、彼に頷いて殿下は続きを口にした。
「来る甲21号…佐渡島奪還作戦では、貴官達がその先鋒を務め、戦う事になるでしょう…。ですがそこで終わりではありません、貴方達の罪は、全てのBETAをこの日本から駆逐した時、許されるのです」
『―――――っ、あ、ありがたき、お言葉…っ!』
殿下のその言葉に、唇を噛み締めて頭を下げる沙霧大尉。
そして、クーデター軍の衛士達。
殿下のその言葉は、普通に聞けば酷な命令だろう。
ハイヴ攻略戦の先鋒と言えば、死の最前線であり、彼らであっても生き残れる者は少ない。
そして、例え生き残ったとしても、彼らは全てのBETAが駆逐されるまで戦わなければならない。
少なくとも、日本近辺から完全にBETAと駆逐するまで、戦いから逃げることすら許されない。
だがそれは、彼らにとって望むべき事。
殿下は内心で酷な罰を与える事に悲しんでいるが、彼らは感謝している。
最後の最後、死の瞬間まで、戦士として在る事を許されたのだから。
その気持ちに共感できる者達は彼らを見守り、また殿下のお心を察する事が出来る者達は、そっと彼女の決意に涙する。
「白銀大尉、いつか貴官と共に戦える日が来る事を心待ちにしている…」
「俺もです、沙霧大尉」
帝国軍と斯衛軍に連行される沙霧大尉と、握手を交わす武。
その時、まりもが一人の訓練兵を連れてやってきた。
「…っ、沙霧さん…!」
連れられて来た彩峰は、沙霧に駆け寄ると、何やら手紙を渡しているようだった。
「ありがとう軍曹、彩峰を連れて来てくれて」
「いえ…彼女が少しでも救われるなら…」
色々話したい事があるだろう二人だが、もう時間が無かった。
沙霧は受け取った手紙を大事に持つと、彩峰の頭を一撫でして敬礼しながら連行されて行った。
続くクーデター軍の衛士の中には彼女に手紙を届けた者も居て、彩峰に敬礼しながら笑って連れられて行く。
「彩峰、少しは気持ち晴れたか…?」
「………白銀大尉、少し……少しだけ…胸を貸して…下さい…っ」
「おう、ドンと来い!」
俯いた彼女に、武は胸を叩きながら両手を開いた。
「う…うぅっ、うあぁぁぁ……っ」
その胸に飛び込んで、彩峰は小さく嗚咽を漏らした。
彼女の中でどんな葛藤があったのか、それは武にも分からない。
ただ、泣き止んだ彼女はきっと、今までの彩峰でありながら、一皮向けた彩峰になるだろうと苦笑して思いながら、武は彼女の頭を優しく撫でる。
「…………………(じ~」
まりもちゃんの羨ましそうな視線に耐えながら!