2001年8月5日――――――
「いよいよだな……」
地下千メートルに存在する第70番格納庫。
その中で、一機の戦術機がその出番を待っていた。
そのコックピットで小さく呟きながら拳を握り、気持ちを落ち着かせているのは強化装備に身を包んだ武だ。
「………武さん…」
「心配するなよ霞、俺は必ず帰ってくるし、この作戦も無事に終わらせてみせるさ」
同じコックピットの中、システムチェックの手伝いをしていた霞が、不安げに武を見上げていた。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら、武はいつもの笑顔を見せてあげる。
何時もならそれだけで頬を赤く染めて安心する霞だが、今日ばかりは不安の色が消えない。
「………殿下からの手紙、何て書いてあったんですか…?」
「ん? あぁ、アレか…いや、なんつーか手紙って言うのかなアレ…」
問い掛けてくる霞に対して、苦笑するしかない武。
この格納庫へとやって来る前に、月詠中尉から渡された手紙。
それには、悠陽の名前と、ただ一言。
――――『夜明けを』――――
そう、書かれていた。
普通なら首を傾げるであろう言葉。
当然武も首を傾げたが、月詠中尉の言葉で意味を悟った。
『殿下が昇られる。本来在るべき場所へと…』
それは、政威大将軍である煌武院 悠陽が、必ず復権してみせるという意思表示だった。
夜明け、つまり陽が昇る。
それを理解して苦笑すると共に、その一言に想いを込めた悠陽を想い、強く決意する。
必ず、彼女の願いを守ってみせると。
「色々書きたい事もあったと思うけど、今はこれだけに専念するって意味だと思うんだ…」
「………はい…」
その手紙を見せてもらった霞も、同意して頷く。
普段から武殿~武殿~とはっちゃけている殿下が、その気持ちを抑え、政威大将軍として舞台へと立ち、バラバラに為り掛けていた日本を纏める。
正に、日本の夜明け。
その為には、殿下の敵を何としても排除し、そして同じように殿下の復権を願いつつも強硬手段を取るしかない者達を救う。
それが、今の武が為すべき事。
「……武さん、ロック解除とシステムチェック終了しました…」
「おう、サンキュー霞。これで全力で戦えるぜ」
やる事を終えた霞、そんな彼女をまた撫でながら、新しい機体の具合を確かめる。
「武さん、あのシステムは……」
「分かってる、なるべく使うなって話だろ? 大和から散々言われたしな…」
笑いながらも、武はシステム起動の為のスイッチの位置を確認している。
霞が以前言ったように、咄嗟の時には迷わず使うためだろう。
「…武さん、オーバーシステムは機体と、特に衛士に酷いダメージが出ます…」
「あぁ、分かってる」
「……嘘です」
武が笑いながら言った言葉を、キッパリと霞は否定した。
「武さんは、誰かの危機なら…大切な人の為なら、迷わず自分を犠牲にします…」
能力を使わなくても分かる、彼は、そういう存在だと。
「霞……」
「武さんが、“前の時”に皆を犠牲にしたのは知っています…でも、私は武さんが犠牲になるのがイヤです…っ」
人と違う生まれ。
人と違う力。
そんな自分を知っていても、平然と、他の人と同じように…否、もっと優しく接してくれた武。
そこに損得や裏などなく、ただ自分が“社 霞”だからそう接してくれた。
そんな彼に自分は惹かれ、そして成長した。
夕呼が最近良く呟く、『アンタも成長したわね』と…。
彼女を、社 霞を導いたのは紛れも無く白銀 武という唯一無二の存在。
そんな武が、彼女は大好きだ。
そして、好きだからこそ、彼を止められないと理解してしまう。
彼はきっと止まらない、最後のBETAを駆逐するまで、きっと。
彼が止まる時は来ない、例え死んだとしても、彼はまた繰り返すのだ。
全てのBETAを滅ぼす、その時まで……。
「大丈夫だよ…」
「あ…っ」
不安で、悲しさで、そして進み続ける武に何も出来ないと思って潰れそうな霞を、武は優しく抱き締めた。
「俺は必ず帰ってくる…負けない、俺は絶対に…人にも、BETAにも…負けないから…」
「………はい……約束…です…」
「あぁ、約束だ…」
霞も抱き返し、彼の言葉を確りと心に刻み付ける。
先ほどまで、不安で押し潰されそうだった心は、今はとても幸せだった。
「……………あのぉ、そろそろ時間なんですけど……」
二人のイチャイチャラブラブ空間に、外で最終チェックをしていた整備兵が、居心地悪く呟いた。
AM10:15――――
横浜基地司令室――――
「ようこそ、横浜基地へ。煌武院 悠陽殿下」
横浜基地の心臓部である司令室で夕呼が出迎えたのは、御忍びで基地へとやって来た殿下。
護衛には、赤い斯衛軍制服を着た偉丈夫、紅蓮大将と、月詠 真耶大尉。
「本日は御招き頂き、感謝します香月副司令」
今回の訪問は御忍びであり、挨拶も略式や簡単な物で済ませている二人。
「新型OSのトライアルは10:45分から開始されますわ。その能力、是非殿下の眼で見定めて下さい」
「えぇ、日本の、そして世界中で戦う衛士の方々の力になる物…この眼でしかと見届けさせて貰います」
和やかなムードで会話する二人だが、その視線は常に何かを伝えていた。
そして夕呼がピアティフ中尉へ命じて、殿下達をトライアル会場となる演習場へと案内させる。
「………流石は、政威大将軍殿下。まだお若いのに良い目をしている」
「ふふふ、司令。覚悟を決めた女は、どんな人間より強いのですよ?」
会話を見守っていた基地司令は、夕呼のその言葉に楽しげに笑う。
「さて、そろそろ珠瀬事務次官がいらっしゃる時間ですわね…」
「うむ…此度の件、既に国連本部にも何が在っても手出し無用と伝える準備はしてある…」
「国連本部でも揉めるでしょうけど、正式な要請も命令も無くここへ進入した場合は、例え国連軍でも米軍でも…」
関係なく迎撃する。
そう、二人の瞳は言っていた。
今頃基地のサブ司令室で米軍空母と連絡を取っている連中も、今回の騒ぎに乗じて首を飛ばす。
その為に、態々漏れても(夕呼達にとっては)大丈夫なデータを放置して上げたのだから。
「精々勝手に踊りなさい、こっちは忙しいんだからあんた等のダンスの相手なんてしてられないのよ」
その為に、鎧衣課長にも動いてもらい、下準備は済ませたのだ。
「白銀、黒金…責任はアタシが取るわ。好きにやりなさい…」
そう呟いて、夕呼は微笑んだ。
AM10:35――――
トライアル会場――――
新型OSの先行トライアルが行われる事に“なっている”演習場。
そこには、現在207訓練部隊の響が、主機を落とした状態で潜んでいた。
そう、潜んでいるのだ。
元々住宅地だったのかこの演習場にはビルやマンションなどの廃墟が多い。
元々あった廃墟や、演習の為に設置された建物などが点在している。
重機タイプのスレッジハンマーが導入されてから倍以上のスピードで整備が進み、当初の倍の広さを誇る演習場だ。
『……教官、本当に我々が…っ』
「しつこいぞ御剣。今回の作戦は、模擬戦でも演習でもない、本当の作戦だ」
もう何度目になるのか数えるのも忘れた、訓練兵からの問い掛け。
中でも一番多いのは、冥夜だ。
早朝から呼び出された207訓練部隊の面々は、まりもと夕呼から突然作戦を伝えられ、こうして強化装備を身につけ、響に乗り込んでいる。
訓練兵が作戦に参加するなど、災害救助活動や、それこそBETAに眼前まで攻め込まれでもしなければ在り得ない。
それは、まりもが一番理解している。
本音を言えば、まりもは今回の作戦には反対だった。
「……訓練兵を、殿下の護衛とクーデター軍との戦いに参加させるなんて…っ」
通信を切断しながら、苦々しく呟くまりも。
207訓練部隊の実力は、確かに一般的な衛士の上を行く。
総合能力で一番下と言われている築地や高原でさえ、正規兵と遜色ない…むしろ圧倒している面もある。
築地の三次元機動は武も絶賛しているし、高原の渋いアシスト能力は敵からしてみれば脅威だ。
それに、今回の件が無事に終われば、彼女達はいよいよ任官となる。
「死の8分よりマシ…なんて言えるわけないじゃないの、夕呼…」
今回の作戦に彼女達を参加させた親友を、つい恨んでしまうまりも。
軍隊であり、部下である自分も、そして207の少女達も、命令には逆らえない。
確かに、圧倒的な物量と容赦の無いBETAより、同じ人間であるクーデター軍の方がマシかもしれない。
だが、当の本人達は、人間同士で殺しあうのだ。
「……こんな事、経験させてしまうなんて…っ」
己の無力を嘆きながら、せめて教え子達だけは守ろうと決意するまりも。
そんな彼女が乗るのは、今ここに居ない武が、是非使ってくれと譲ってくれた、雪風二号機。
偽装ビルの中に隠れながら、まりもは愛機となった機体を信じて、静かに気持ちを切り替えた。
しかし、切り替えられないのは207の乙女達だ。
彼女達は今朝突然本日の先行トライアルと、そこに殿下が来る事、そしてその殿下を目当てにクーデター軍と米軍が来る事を聞かされた。
極秘任務であり、しかもまだ任官していない自分達に与えられた重要過ぎる作戦。
殿下を守りながら、クーデター軍…その中に混じる国家転覆を企む連中を捕らえろという命令。
戸惑い、震え、混乱する乙女達だったが、夕呼は命令を撤回しなかった。
ただ一言、『あんた達は白銀の教え子であり、黒金の作った機体に乗ってる…その意味、よく考えなさい』と、伝えて退室した。
「我々が…タケルの教え子であり、少佐の機体に乗っている…意味…」
『………期待されてるって、事かしらね…』
呟いた冥夜の言葉に、委員長が返した。
まりもが少しでも緊張を紛れさせる為に、部隊内でのみ、通信を許したのだ。
『それだけじゃないと思うよ?』
『うん……きっと、私たちなら大丈夫って…意味もある』
こんな時でもマイペースに見えた美琴と麻倉だったが、美琴はいつもの笑顔がなく、麻倉は言葉が震えている。
皆怖いのだ、人と本気で戦い、殺しあうかもしれない事が。
BETAと戦い、人々を守る為に衛士になろうと決意したのに、人と戦い、殺しあう。
しかも相手は、クーデター軍。
正確にはクーデターを、殿下の復権と現政権打倒を目指す将校達の、反逆。
それを聞かされた時の、冥夜と委員長、そして彩峰のショックは他の面々よりはるかに大きかった。
特に冥夜は、そんな危険な場所に殿下が出てくると聞いて、思わず月詠さん達を探してしまった。
だが、彼女達もまた今回の騒動に関わっており、現在基地に居ないと言う。
訓練兵という立場を忘れ、夕呼へ即刻止めさせるように進言した冥夜だったが、まりもの一喝と夕呼の言葉に唇を噛んだ。
『殿下は覚悟を決めたのよ。その覚悟、例えアンタであっても口出し出来るものじゃないのよ。アンタと同じでね』
こう言われては、冥夜も黙るしかない。
斯衛軍もそれを容認している以上、国連軍の訓練兵である冥夜には、もう何も出来ないのだ。
『……大丈夫よ御剣。私たちが命懸けで守れば良いのよ』
「しかしっ、殿下の御身にもしもの事があれば…っ!?」
『だから守るのよっ!!、何が何でも…例え、響が破壊されてでも…っ』
冥夜の叫びは、委員長の、千鶴の叫びにかき消された。
冥夜だけでなく、彼女もまた、他人事ではないのだ、今回の一件は。
『………信じよう』
ポツリと、彩峰が呟いた。
その言葉に、不安で震えていた築地やタマも、自分を奮い立たせていた茜や高原も顔を上げる。
『……私達は、白銀の自慢の教え子…、そして、機体は少佐自慢の改造機……信じよう、皆…』
彩峰は、呟くように、まるで自分に言い聞かせるように、小さく、しかしハッキリと言葉を口にした。
その言葉に、皆ゆっくりと頷いていく。
『そうよね…私たち、あの白銀大尉に育てられたんだからっ』
茜が。
『神宮寺軍曹の厳しい地獄の訓練と、タケルの変態機動の教導を嫌ってほど受けたしね…』
晴子が。
『マナンダル少尉に、お前達筋が良いって何度も褒められたもんね!』
高原が。
『ステラさんに、個々の技量なら負けるわって、言ってもらえました…っ』
タマが。
『タケルに怒鳴られたり、怒られたりしたけど、ボク達が一番自慢の教え子だって、言ってたよね…!』
美琴が。
『わ、わたし、自信も勇気もないけど…、でもっ、ずっと一緒に頑張ってきた皆が居れば、怖くなかよっ!』
築地が。
『……相手は戦術機、なら、戦闘不能にすれば、大丈夫』
麻倉が。
『そうよ…見せ付けてやるのよ、少佐と教官、そして大尉の教え子である私たちの強さを…!』
千鶴が。
皆が、想いを言葉にして、仲間に伝える。
「……そうだな、我々はタケルの教え子であり、次の世代を導く御旗になる存在…こんな所で、躓いていられんな!」
そして冥夜が、覚悟を決めた。
彼女達の迷いは消えた。
いや、迷いはある、だが前に進む。
常に前に進み続ける、二人の先人のように。
「……ふふ、心配し過ぎだったわね…」
その会話を、コッソリと受信していたまりもは、教え子達の成長に、そっと涙した。
間も無く、先行トライアルに隠された、作戦が始まる―――。
AM10:55――――
横浜基地より北に数十キロ、基地のレーダーに探知されないギリギリの距離で、戦術機が多数待機していた。
その色はどれも帝国軍カラーであり、機体には烈士の文字が刻まれている。
その全てが不知火だった。
「時間だ……各々方、覚悟は良いかっ!?」
沙霧大尉の言葉に、不知火で待機する全ての衛士が呼応する。
「作戦通り、我々は新設された演習場を突っ切り、二手に分かれる。トライアル中の機体は捨て置け、邪魔するようなら排除しろ。A部隊は殿下の確保に、B部隊は格納庫と武器庫の確保、C部隊はその他要所を押さえろ。邪魔するなら容赦はするな、だが無駄な犠牲は控えるのだ」
全員の返答に、沙霧は一度大きく深呼吸する。
ついにここまで来た、もう後戻りは出来ない。
「いや…元より戻る気などない。総員、出撃っ!!」
『応っ!!』
号令と共にコックピットへと入り、機動する烈士の不知火。
次々にその場を噴射跳躍で飛び出すと、最大戦速で横浜基地へと向っていく。
『大尉、富士教導隊はどうなりました…?』
「残念だが、一個中隊しか参加してもらえなかった。説得する時間が短すぎたな…」
仲間からの通信に、苦笑しつつ答える沙霧。
帝国軍において最強部隊と名高い、富士教導隊。
本来なら大隊規模の彼らの協力を得たかったのだが、説得の時間が少なく、沙霧と旧知である者達…12名だけが参加を約束してくれた。
「彼らは別ルートから侵入する予定だ、ちょうど近隣の部隊への教導で着ている」
『そうですか、彼らが居れば百人力ですな!』
「そうだな」
仲間の言葉に小さく頷きながら、沙霧はひたすら前を目指した。
全ては日本の、民の為に。
その為なら、彼は己の手を真っ赤に染めようとも構わない。
「国連軍…邪魔をするなら容赦はせんぞ…!」
今、帝国の烈士がその牙を向いた――――。
同時刻、横浜港――――
かつては国際貿易の要所の一つとして数えられたこの場所は、BETAの侵攻で壊滅し、現在は国連横浜基地の軍港として整地されている。
日本への物資輸送だけでなく、国連軍の物資輸送も当然行われており、YF-23が来たのもこの港だ。
横浜基地から程近い位置にある為、現在の港の管理は横浜基地が行っている。
壊滅後に整地や整備をした際に、大型船舶や空母も入航可能になったこの港の埠頭に、一機の戦術機が仁王立ちしていた。
長刀を地面に付きたて、その柄に両手を置いて立つのは、撃震の改造機らしき戦術機。
その機体の後ろには倉庫が並び、その影には数台の戦術機が待機している。
「………始まったか…」
機体の中で、ポツリと呟くのは大和だ。
早朝から機体や機材を準備し、この横浜港へとやって来た大和は、静かに待っていた。
海から来る、招かれざる客人を。
『CPよりシグルド01およびワルキューレ隊へ。現在横浜基地演習場へ日本帝国軍所属機が多数侵入しました』
指揮車両から聞こえるCP将校からの言葉に、静かに瞳を開く大和。
『少佐っ、帝国軍が…!』
「落ち着け中尉、そちらは香月博士が上手くやる」
網膜投影に映る唯依は、明らかに焦っていた。
今朝になって自分の機体を持ち出すように言われ、混乱しつつもついて来れば、なんと横浜基地に殿下が訪れた上に、クーデターが起きると言うではないか。
この前の言葉は、これを言っていたのかと、慌てて巌谷中佐や斯衛軍に連絡を取ろうとするが、それを大和に止められる。
今のお前の所属と仕事はなんだ?――――
そう言われて、自分が巌谷中佐の命令で出向し、彼から命令や連絡がない限りは国連軍の…夕呼、そして大和の命令に従わなければならない。
心配するな、上手く行けば直に終わる…。
そう言って窘める大和の言葉を信じて待機していた唯依だが、流石に事が始まれば焦る。
『少佐、殿下は本当に大丈夫なのですか…っ!?』
「無論だ。本当なら俺とてもっと安全な位置に居て説得して欲しいが、殿下が希望したのだ。俺では枉げられんよ…」
覚悟を決めた女は怖い…そう苦笑する大和。
『でもよ少佐、本当に良いのか? アタシ達の相手ってさ…』
「あぁ……米軍の海外派遣部隊…しかも機体はほぼ確実にF-22Aだ」
通信を繋いできたタリサが、大和の返答にうわぁ…と呆れ半分、楽しみ半分の顔をする。
『F-15BEの初実戦の相手がF-22Aかよ…』
『こわいの?』
『ふん、自信が無いのなら下がれ、少佐の足手纏いだ』
横槍の如く言葉を入れてきたのは、急遽A-01から引き抜かれたイーニァとクリスカのペアだ。
A-01の事は秘密なので、唯依達には教導部隊からの出向になっている。
『んなわけねぇだろっ、初実戦で相手が豪華だって呆れてんだよっ!?』
事実、タリサに恐怖はなく、どちらかと言うと上等ぉっ!という気合に溢れている。
タリサ達の舞風、唯依の武御雷(XM3搭載型)、そして元大和の愛機であった雪風壱号機(複座型)。
さらに後方には、スレッジハンマーの中隊が控えている。
対するのは、F-22Aの大隊有する空母エイブラハム・リンカーンだ。
海外派遣部隊の為に、態々艦載機を変更しての御登場である。
「連中め、豪勢な空母をぶつけて来る…」
エイブラハム・リンカーンはミニッツ級航空母艦の5番艦であり、現在多くの国への海外派遣軍の母艦として機能している。
搭載機の数は2大隊を有する72機、恐らく予備を合わせれば80機は戦術機を搭載している。
大和のループの記憶にも度々名前が残っており、一番多かったのはBETA侵攻から避難民を救助する作戦に参加した時だ。
艦長の的確な判断で、何度も救出活動を成功させており、米国が落ちた後も、豪州の最後の守りの一つとして存在していた事もある。
「その船を攻撃せねばならないとは、切ない物だな…」
港のレーダーに、空母の接近が明確に感知される。
現在横浜港の湾内は、大和が設置したソナー撹乱装置で乱されている。
その影響で、湾内に入った相手の航行スピードは遅くなる筈だ。
が、それも嫌がらせにしかならないだろう。
『少佐、空母を捉えました。先頭に空母、その後方に護衛駆逐艦らしき姿が見えます』
ステラからの通信と映像に、太平洋を突き進み横浜港を目指す空母の姿が映る。
現在ステラの舞風は高台の物陰に潜み、スナイプカノンユニットを展開して待機している。
その望遠映像には、空母、そしてその後方に小さく護衛駆逐艦が写っている。
『?…少佐、なんで護衛駆逐艦があんな後方に居るんだ?』
映った映像に首を傾げるタリサ、確かに、護衛駆逐艦が空母の後ろ、しかも遥か後方に居るのはおかしい。
護衛の意味がない。
と言うか、護衛駆逐艦の癖に大砲を多数搭載しているではないか。
「……恐らく、海上からの艦砲射撃で横浜基地を攻撃する為だろうな」
『っ!? そんな、国連軍の基地だぜっ!?』
「連中にとって、横浜基地はクーデター軍に占拠されたら破壊してしまえ…という場所なんだろうさ。……誰か乗ってやがるな…」
舌打ちして、空母を睨む大和。
恐らく空母には、オルタネイティヴ5の過激派、その一人か信奉者が乗り込んでいる。
しかも、空母や護衛駆逐艦に直接指示出切る階級…中将か大将レベルが。
それが提督として乗り込み、指示しているのだろう。
『少佐、甲板に戦術機が多数…確認願います』
ステラからの通信で、先ほどより大きくなった空母の映像に目を凝らす。
空母のカタパルト上に鎮座しているのは、深緑色の機体…
「間違いない、F-22Aだ。連中め、介入する気満々だな」
『ハヤセよりずうずうしい…』
『呆れて物が言えんな…』
何気に酷いことを言っているイーニァと、ヤレヤレと首を振るクリスカ。
自国がBETAの脅威に晒されていないからと、好き勝手やっている米国はお嫌いなようだ。
「さて、ここからが正念場だ…全員、覚悟は良いか?」
『はい!』×5
大和の言葉に、気合を入れて答える乙女達。
大和は後方で控えていたスレッジハンマー部隊にも、行動開始を伝える。
『所で少佐、何故撃震の改造機を…? と言うか、その機体は初めて見たのですが…』
YF-23の改良が終了した事を知っている唯依は、何故それに乗っていないのかと問い掛ける。
「何、ちょっとしたサプライズだ」
それに対して、大和はただニヤリと笑うだけ。
こうなっては何も言えない唯依は、嘆息すると機体を機動させるのだった。
「さて、今頃武は無双中かな…?」
AM11:10――――
横浜基地より北西の山間部にて――――
「ぐ…うぅ…つ、強い…っ」
機体が地面に激突した衝撃で呻く衛士、彼の乗る不知火は、手足が切り飛ばされて達磨状態。
そのカラーリングは、露軍迷彩…そう、沙霧大尉達が心強い味方として待っている富士教導隊、その一中隊の機体だ。
彼の機体の周囲には、同じように手足を破壊されて転がる機体が9…つまり、十機がこの状態で転がされているのだ。
「富士教導隊の我々が、こうも容易く…っ!」
悔しさに視線を上げれば、そこには自分をこの状態へと追い込んだ相手…赤い武御雷が威風堂々と立っている。
それに乗るのは帝国斯衛軍・第19独立警護小隊の月詠 真那中尉。
斯衛軍の多数存在する赤の中で、紅蓮大将、そして月詠 真耶と並んで、日本の5本指に入る実力者。
彼女なら、富士教導隊相手に圧倒する事も可能だろう。
だが、彼らを壊滅させたのは、彼女ではない。
「くっ、なんなのだ貴様はぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
中隊を指揮し、沙霧の級友でもある大尉は、目の前の戦術機に叫びながら長刀を振るう。
それを紙一重というレベルで避け、さらには反撃の刃が不知火の右前腕を切り飛ばす。
「ぬぅっ!?」
『隊長っ!』
腕を寸断され、体勢を崩した隊長機をフォローしようと残ったもう一機が突撃砲を向けるが、自動照準が相手をロックする前に、相手が逃げる。
『そんな、嘘だろ…っ、自動照準が追いつかないっ!?』
戦術機のシステムの上を行く機動に、驚愕しつつも咄嗟に自動照準に頼らずに発砲する少尉。
伊達に教導隊に配属された訳では無い、直撃は無理でも足止めを狙い36mmをばら撒くが、相手の回避機動に追いつかない。
『おのれっ、おのれぇぇぇぇっ!?』
両手の突撃砲を放ち続けるが、空中を自在に動く機動に追い込まれる。
そして、相手の持つブレードが擦れ違い様に右肩から先と左手腕を切り裂いた。
『まだだっ!」
だが相手も然る者、強襲掃討装備の不知火は、担架に残った突撃砲を背後に向けて咄嗟に放つ。
『――――っ、そ、そんな…っ!?』
だが、相手の機体はその突撃砲すら、切り裂いた。
そして両足が切り落とされ、ついに隊長機のみが残った。
『………もう良いだろう、近江大尉。勝負は付いた』
「く…っ、無念……!」
月詠中尉の、静かな一言に、中隊長である近江大尉は左手の長刀を地面に落とすと、コックピットから出てきた。
彼ら富士教導隊のクーデター参加者達は、近隣の教導地から無断で出撃し、横浜基地を目指していた。
そしてあと少しで横浜が見える、その場所で、彼女らの待ち伏せを受けた。
いや、待ち伏せとすら言えない、彼女達は堂々とこの場所に立っていたのだ。
そして月詠中尉が近江大尉達を説得しようとしたが、沙霧同様に堅い志を持つ近江達は耳を貸さない。
邪魔するならば押し通る、そう言って彼らと月詠中尉達は戦闘となった。
最初は良かった、相手は赤い武御雷を含むとは言え、5機。
こちらは12機だ、機体スペックが劣っても数と錬度、そして戦術で打ち破ればいい。
そう思っていたのは、一体の戦術機が突然強襲を掛けるまで。
直前まで、どの機体のレーダーにも発見されずに現れたその機体は、瞬く間に3機を沈めた。
「月詠中尉っ、斯衛軍は米国と手を結ぶのかっ!?」
コックピットハッチの先から、自分達を全滅へと追い込んだ機体を指差す。
見た事が無い機体だが、その頭部モジュールの特徴は、F-15に似ている。
だから近江大尉は、その機体が米軍からの援軍だと思い、悔しさと共に叫んだ。
「おいおい、誰が米軍だよ」
「―――っ、こ、子供…っ!?」
聞こえた声に視線を向ければ、指差した機体のコックピットから姿を現した衛士。
その見た目は、歳若く、どう見ても任官したばかりの少年兵だ。
少なくとも、近江大尉にはそう見えた。
「誰が子供だよっ、国連軍横浜基地所属、白銀大尉だ!」
「なっ、国連軍なのか…っ」
近江大尉も富士教導隊の人間、教導隊にも軍事メーカーや開発局からの試作品や先行量産品が届く。
その中で最近多いのが、国連軍横浜基地謹製の品物。
特に彼らの機体にも搭載され、現在帝国軍で換装が進められている不知火の新型噴射跳躍ユニットが上げられる。
見た目は殆ど一緒にも関わらず、その推進力は従来品より10~20%アップしているのだ。
おまけに燃費も考慮されており、長持ち。
米軍・国連軍嫌いが多い帝国でも、中々やるじゃないかと感心している場所、それが横浜基地。
同時に謎多き魔窟としても有名だが。
「あんた達の気持ちはよく分かる、殿下や民の為を思って立ち上がる、その気持ちはな…。でもな、だからって武器を人に向けるなよっ、人を救う想いで人を殺すなよっ、それじゃ殿下も民も、誰も喜ばないだろっ!?」
叫ぶ武、その言葉に口を紡ぐしかない近江大尉。
彼らだって理解しているのだ、血を流す革新は、悲しみを連鎖させる。
だがそれでも、彼らは立たねばならなかった、自分達が衛士であり、戦士であるが故に。
「それでも我々は…戦わなければならないのだ、今この瞬間も日本を狙う奴等の手から、民を、そして国を守る為に…!」
「分かってるさ…だから俺も戦ってる。今も、俺の仲間が戦ってるんだ…」
武の言葉に、顔を上げる近江大尉。
武はもう何も言わず、コックピットのハッチを閉めていた。
そして、彼の機体はスラスターを噴かせて横浜基地へと飛び立っていった。
「近江大尉、直に帝国軍の輸送隊が来る。それまで大人しくしていてくれ」
「……………すまん」
月詠中尉の言葉に、一言礼を延べて、ハッチに胡坐をかいて座り込む近江大尉。
他の無事だった衛士…否、全員無事であり、それぞれハッチを開けたりベイルアウトしたりして出てくる。
「月詠中尉、あの大尉…白銀だったか、彼は…彼らは何と戦っていると言うのだ? 我々か? それとも米国か?」
「…………全てです」
月詠中尉の言葉に、何…っ? と顔を向ける近江。
「彼は、BETAを滅ぼす、その道を邪魔する全てのモノと戦っているのです。彼の夢、彼の想い、彼の目指すモノ…それを邪魔し、汚し、消そうとする者に、彼は牙を向く。しかし彼は、そんな相手すら救おうとしてしまう…彼が本当に戦いたい相手は、BETAのみなのです…」
月詠中尉の、淡々とした、しかしどこか悲しそうな言葉に、近江は周囲を見渡す。
彼の部隊の人間は、誰一人死んでいない。
この作戦に参加すると決め、仲間を募った時、誰もが日本の為、民の為、散る覚悟だった。
だが、結果はこれだ。
怪我人こそ出たが、死者は出ず、しかも皆まだ戦える。
「…………我々は、生かされたのか…」
「今回の件、重い罰が与えられるでしょう…。しかし、日本を護り、民を護る戦士としての想いがあるのなら……安易な死は選びなさるな」
近江達にそう言い残すと、月詠中尉もまた、機体に乗り込んで横浜基地を目指す。
彼女達の戦いは、まだ終わっていないから――――。
富士教導隊が全滅したのと同時刻――――
クーデター軍は、演習場を突破しながら作戦通りに展開していた。
A部隊は殿下を探し、B部隊は手早く演習場前格納庫入り口と弾薬貯蔵庫の前に着地すると、突撃砲で威嚇する。
C部隊は、基地正面ゲートや滑走路などを制圧し、横浜基地部隊の出撃を押さえ込んだ。
レーダーによる発見から警告・報告、防衛部隊出撃までの時間が長く、出撃前に出口を抑えられた。
司令部は突然の事態に右往左往し、冷静なのは司令官ただ一人。
副司令の夕呼はクーデター軍の見事な手並みに感心し、殿下は用意された舞台で覚悟を決めた。
『大尉、演習場前の戦術機格納庫を占拠したそうです。その際、出撃準備をしていた撃震を数台破壊したと…』
「無用な死者は出すなと伝えろ、整備兵達に危害は加えるなよ」
連絡を入れてきた仲間に指示を出しながら、演習場を進む沙霧達。
決起に参加した機体は、不知火が38機。
富士教導隊の12機が無事に合流すれば50機、例え米軍が介入してきても、暫くは持ち堪えられる。
その間に殿下へ自分達の言葉を届け、そして復権と現政権打倒を。
そうすれば、まだ渋っていた仲間達も参加してくれる。
そうすれば、米軍も追い出して上手く行く。
「我が手で国賊榊達を討てなかったのが心残りだが、仕方あるまい…」
本当なら米国に尻尾を振る榊首相達を殺し、声明を発表すると共に殿下のお言葉を頂戴する予定だったが、今回の先行トライアルで狂った。
榊首相や重要な位置にいる大臣達は現在行方が分からず、仲間を向わせる事が出来ない。
ならば、何としても殿下を保護し、脱出せねばならない。
『大尉っ、前方にトライアル機と思われる機体が!』
「抵抗するなら破壊しろ、行くぞっ!」
広い演習場の中、数台の機体が戸惑ったような動きで移動していた。
「あれはあの時の改造機…いや、頭部の形が違う、量産型か…?」
映像に映るのは、皆同じ頭部モジュールの改造機。
その機体が発砲してくるが、当たった多目的追加装甲には黄色い色。
「模擬弾か…それで抵抗のつもりかっ!」
突撃砲を向け、最後尾の機体に狙いをつける。
威嚇射撃だが足を狙った弾丸は、廃墟の壁を貫いた。
「くっ、噂通りの機動性か!」
威嚇射撃とは言え、当てるつもりだった弾丸が避けられて舌打ちする沙霧大尉。
逃げる機体は、全部で4機。
それらが、廃墟の影から影へと飛び回りながらペイント弾で応戦してくる。
「足止めにしてはぬるい…誘っているのか?」
相手の不審な動きに、警戒して進軍スピードを緩める沙霧達。
すると、レーダーに戦術機の反応が出る。
指揮車両や索敵機が居らず、廃墟などでレーダー範囲が狭い為、今まで気付かなかった場所に二機、戦術機が居た。
動かない二機の反応に警戒しつつそちらへと移動すると、開けた広場のような場所に出た。
「あれは、斯衛軍の武御雷っ!」
沙霧達の目に映ったのは、長刀を地面に突き刺して武人の如く立つ二機の赤い武御雷。
しかも片方の機体は、頭部モジュールの角とアンテナがやたらとデカイ。
まるでコーカサスオオカブトムシのような角は、沙霧も覚えがある。
「あの機体、紅蓮大将の機体ではないかっ!」
帝国斯衛軍の大将、紅蓮 醍三郎。
根っからの武人で古強者、強者と戦いが大好物と豪語する武士であり、過去のBETA戦で幾多の功績を挙げる生きた伝説の一人。
彼の機体は、一年ほど前に今目の前にある巨大な三本角となり、以後彼の機体は色と相まって戦場では常に注目されている。
因みにあの角をつけたのは、何を隠そう斯衛軍時代の大和である。
角に意味は無いらしいが、一応スーパーカーボン製らしく、突き刺すのは可能だとか。
首の関節が折れるのでやらないらしいが。
大和曰く、雷を発生させるのは難しかった…との事。
「紅蓮大将は搭乗しておられないのか…?」
機体から生体反応が無い為、周囲を見渡す沙霧。
「えぇいっ、静まれ、静まれぃっ!!!!!」
その瞬間、大音響の声が響いた。
戸惑う沙霧達の視線の先、二機の武御雷の先に、清水寺の舞台のような場所が造られていた。
戦術機の胴体下程度の高さの舞台は、白い板の真ん中に赤い布が敷かれ、その先端に強化装備を着た紅蓮大将の姿が。
「えぇい、この紋所が目に入らぬか! 恐れ多くも政威大将軍、煌武院 悠陽殿下なるぞ、頭が高いっっ!!!!」
その手に印籠っぽいモノを持って叫ぶ紅蓮大将、その大音声は、拡声器使わなくても全員の耳に届いた。
沙霧達には小さくて見えないが、紅蓮大将の持つ印籠っぽいのには、ちゃんと煌武院家の家紋が。
「は、ははぁっ」
思わず戦術機で片膝つけて頭を下げてしまう面々。
紅蓮大将の勢いもそうだが、紅蓮大将の後ろから儀礼服を着た殿下が、ゆっくりと現れたからだ。
その傍には、強化装備姿の月詠大尉の姿。
「皆、わたくしの声が届いておりますか?」
舞台の隅に置かれたスピーカーから聞こえる殿下のその言葉に、慌ててハッチを開いて先端部分で畏まる沙霧大尉達。
開けた場所で片膝ついて居並ぶ不知火、全部で28機。
だが、5機ほどハッチも開かずにいる。
それに気付いた仲間が失礼だろうと通信で伝えるが、恐れ多くて出れないと情けない声で返されてしまう。
まぁ、仕方が無いかとその衛士は殿下の方へと頭を向ける。
その様子を、息を潜めて見守るのは、周囲に潜む207とまりも。
『教官、言われた通り、ハッチを開かずに居る機体をマーキングしました! データリンクで転送します!』
「ご苦労、珠瀬。全機、特にこの機体に注意しろ。副司令の話では、今回のクーデターの黒幕の配下の可能性が高い」
『了解!』×9
まりもの言葉に返事を返すが、一人返答が無い。
「御剣、返事はどうしたっ?」
『――はっ、申し訳ありませぬ!』
「全く…。殿下を拝見できて感激なのは分かるが、気を抜くな!」
『はい!』
まりもは、武や夕呼からそれとなく冥夜と殿下の関係を聞いている。
なので、ようやく映像とはいえ逢えた殿下に感動しているのだろうとまりもは思ったが、かなり違った。
「(紅蓮大将…その口上、どこで覚えたのですか…)」
自分の師でもあり、何かと良くしてくれた人の豪快なネタに頭痛を感じていた。
「あれでは、タケルの言っていた世直し副将軍ではないか…」
『御剣、何か言った?』
「いや、何でもないぞ榊」
思わず呟いてしまい、それを委員長に聞かれたらしい。
誤魔化す冥夜だが、微妙に頬が引き攣っていた。
以前、武と夜のランニング中に、彼が話してくれた物語り。
副将軍という地位から隠居した老人が、お供の二人や愉快な仲間と共に世直しの旅に出るという非常に冥夜の興味を惹くお話。
武は「この世界、ご老公の物語り無いんだな…」と寂しげに呟いていたが、冥夜はその話に夢中で気にしなかった。
紅蓮大将の口上は、そのお供の人の言葉そのままだったので、犯人は武か…と考える冥夜。
実はこれもハズレで、紅蓮大将に教えたのは大和である。
まぁ、そんな事は兎も角、横浜基地整備班が一晩で造ってくれた簡易謁見場で殿下と言葉を交わす沙霧。
予定は狂ったが、こうして無事殿下と出会え、自分達の言葉を聞いて頂けるのだ。
後は、殿下の許しさえ頂ければ、そう考えて必死で殿下へと言葉を伝える沙霧大尉。
殿下は、その言葉を心に刻み付けるように、真っ直ぐに沙霧を見つめながら聞いていた。
沙霧達と殿下までの距離は凡そ150m前後。
途中に二機の武御雷があるが、殿下の居る舞台の少し前辺りで左右に立つ形なので、殿下の正面には何もない。
その事を確認して、一人機体の中で口元を釣り上げる衛士が居た――――。
AM11:24――――
横浜港――――
殿下と沙霧大尉との謁見が開始された時、こちらでも一つの話し合いが始まっていた。
『こちらは対日派遣軍司令、ゲーリー・リーマーン中将である。貴官らの対応は米軍、ひいては国連軍への反逆行為であると理解しておるかね?』
空母エイブラハム・リンカーンからの通信に、空母の眼前に立つ機体で通信を繋いだ大和は、肥え太った中年オヤジの言葉に失笑を浮かべた。
「閣下、お言葉ですが現在帝国政府、そして横浜基地司令部共に米軍への派遣要請も救助要請も出しておりませんが? この状況下でこのまま横浜基地および日本へ入れば、問題になるのはそちらですが…?」
至極真っ当な上に、当たり前な大和の言葉だが、相手の中将は豪快に見下した視線で見てきた。
その視線に、あぁ、唯依姫とかクリスカ達を対応させなくて本当に良かったと思う大和。
ぶっちゃけ汚い豚の目だ、あれは。
あと、もっさりとした天然パーマの金髪が酷く滑稽な髪型に見える。
『ふん、貴様等が不甲斐なくたった数十機の戦術機に基地を制圧されたから、我々が態々助けてやろうと言うのだ、貴様のような小僧では話にならん、代表者をさっさと出さんか!』
「私がこの場の代表です、階級は少佐、名は黒金です」
出来れば名前は覚えないで下さい、精神的に迷惑です…と、言外に付け加える大和。
何度か過去のループで、この手人間に酷い目に遭わされて、つい殺っちゃった事もあるので、内心気分が悪いようだ。
『貴様がだと? はははははっ、これはお笑いだ、極東の最終防衛戦はこんな若造を少佐に据えねばダメなほど貧弱らしい。これは益々我々が助けてやらねばならんな、あぁん?』
「どう思うかは中将の勝手ですが、介入に関しては正式に国連本部と帝国政府からの要請があってから行って下さい。それならば我々も止めません。ですが…その指示も命令もなく強制介入すると言うなら、基地防衛と帝国政府からの要請に則り、迎撃および拘束させて頂きます、よろしいですね?」
中将の嘲りの言葉もスルーして、淡々と告げる大和に、笑みを消して睨みつけてくる中将。
その後ろ、恐らくこの空母の艦長であろう叩き上げの軍人といった風貌の男性が、中将に見えない場所で首を振っている。
あれはモロに呆れて物が言えないと言った感じだ。
どうもあの中将が無理言いまくって、艦長達を困らせているらしい。
前の世界での介入でも、珠瀬事務次官や帝国の臨時政府などからの要請で入ってきた米軍だ。
しかし今回は珠瀬事務次官は逆に米軍なんて要らないから帰らせろ!と横浜基地から国連本部へと訴えているし、侵略を受けた横浜基地を救う! という名目も、その横浜基地自体が要らんよ~、と断っている。
当然、帝国政府からは帰れ!の一点張りだ。
本来なら米軍を快く受け入れるはずだった横浜基地および帝国政府の連中は、現在身動きできない状態。
つまり、もしこのまま機体を上陸させたら、内政干渉とかなんだで逆に米国がピンチになる。
現在、横浜基地での出来事は国連本部などを通じて、国連加盟国などに流されている。
殆どの国が「ま~た米国がしゃしゃり出てるよ…」と呆れ顔。
更に、横浜基地へスレッジハンマーの注文をしている国は、揃って米国批判。
横浜基地が手出し無用って言ってんだから余計な事してんなと、国連本部でも声高々。
もしも米国が横浜基地を侵略(彼らにはこう見えている)して、スレッジハンマーの配備が遅れたら堪った物では無い。
いち早く導入、配備した日本帝国の評価に期待した国、特にアフリカ連合と欧州は猛反発だ。
米国代表はクーデター軍にラインや工場が破壊されたらどうするんだ?と反論するが、連中の狙いは殿下だけで、別に基地に用は無いから余計な事しなければ大丈夫だろうが!と返される。
事実、クーデター軍が横浜基地に要求しているのは、殿下の御身ただ一つ。
決起の原因となった米軍との会談も、殿下を保護すれば嘘だろうが本当だろうがご破算だ。
なので、クーデター軍は横浜基地司令部に、抵抗しなければ危害は加えないと沙霧大尉が公言している。
事実、格納庫も発進準備していた撃震が4機破壊されただけで済んでいるし、その時の破片などの怪我人だけで済んでいる。
「と言うことなので、武装解除して機体を戻して頂けますか、ウォーケン少佐?」
『ぬ…それは…』
怒りとか悔しさとかで震えている中将をサラリと無視して、甲板で出撃を待っているF-22Aへと通信を繋ぐ大和。
急に話を振られたウォーケン少佐は、困るしかない。
「少佐、貴官も理解している筈です。このまま介入しても内政干渉…下手をすれば領海侵犯なんかもつきます。中将は元より、貴官も、そして母国であるアメリカも立場が危うくなるのですよ?」
『…だが、我々は軍人だ。命令には逆らえん…』
祖国を守る、ある意味沙霧大尉と同じ忠義の人物である彼は、例え命令が間違っていたとしても、逆らう事が出来ない。
甲板で出撃を待つのは、F-22Aが12機。
ハンター隊に加え、さらに空母内部にはF-22Aの部隊、F-15Eの部隊が居る。
彼らと戦う事になれば、戦術機5機に支援戦術車両12では分が悪い。
横浜基地は現在メインの格納庫出口を抑えられているので、増援は当然無しだ。
大和としては、これで帰って欲しいのだが、そうも行かないらしい。
先ほどから意図的に無視していた中将は、通信機で本国と連絡を取っていた。
恐らく、介入許可はまだかという催促だろう。
本来なら国連でも幅が利く米国の発言力で介入を認めさせる予定だったが、予想外に反発する国が多かった。
横浜基地へ色々と期待している国もそうだが、そんな国に触発され、自国がBETAに悩まされていないからと彼方此方でやりたい放題やってきた米国への不満が、誘発されて爆発したらしい。
さらに、この強引な介入に米国政府や軍部内部からも反発の声が出ている。
特に、米国の一部では横浜の技術(大和の設計図)の恩恵を受けているので、極東での復権を望む連中が押され始めているのだ。
「中将殿、我々も忙しい故、そろそろ決断を頂けませんか?」
駄目押しで大和が急かすと、中将は苦々しい顔で大和を睨み…しかし途端に卑しい笑みを浮かべると通信機を手にした。
『ウォーケン少佐、直ちにそこの“クーデター軍”を撃破し、横浜基地を開放するのだ!』
『―――っ、中将、何を…っ!?』
「―――ッ、貴様…ッ!!」
驚き、戸惑うウォーケンと、ギリ…と歯を軋ませて睨む大和。
『本国から連絡があった…横浜基地に、クーデター軍に賛同する者がいるとな。そこの若造も日本人だ、クーデター軍の人間だ!』
『中将っ、何を仰っているのです! 何の証拠も無しに…!』
『日本人で我々の邪魔をする、ならば敵、クーデター軍だろうが!さっさと攻撃せんかっ!?』
ウォーケン少佐の至極真っ当な言葉は、頭の痛い子供理論で返された。
なんでこんな奴が中将なんて階級に居るんだ、あれか、コネか、家系か、それとも成り上がりか?
そう考えながら内心舌打ちする大和。
通信を聞いて、唯依達は呆れや怒りを抱きつつも戦闘準備に入っている。
「(捨駒にされたのに気付いていないのかこの馬鹿は…ッ!)」
恐らく、先程の通信で、適当な理由をでっち上げてしまえと指示されたのだろう。
後から大和達がクーデター軍であった…という理由を作り、自分達の介入の正当性を主張する…とでも言って。
確かにそれなら介入出来るかもしれないが、失敗したり証拠がでっち上げられなかったら、首が飛ぶのは先ずこの中将だ。
その事に気付いていない辺り、この中将、オルタネイティヴ5過激派の傀儡なのだろう。
オルタネイティヴ4や5の支持者は、軍関係者だけではない。
軍事企業やその他企業、昔から続く富豪などの支持者も多い。
計画の資金は、そういったシンパからの資金提供で動いているのだ。
この後先考えなさから考えて、この中将の後ろにいるのは、軍関係者ではない支持者。
所謂、汚い金持ちだ。
「ウォーケン少佐ッ、そんな命令を聞けばどうなるか、貴方なら分かる筈だ!」
『く……っ』
冷静沈着で物事を客観的に見る事ができる彼なら、この命令のおかしさは当然理解しているし、この後発生する問題も見えている。
だからこそ、大和は彼に呼び掛けた。
――――ドドドドドドドッ!!――――
「な―――ッ!?」
だが次の瞬間、放たれた36mmが埠頭に立つ撃震の胸部を蜂の巣にし、大和が声を上げる間もなく爆発した。
「……え…? 嘘…嘘でしょう…少佐、少佐っ…やまと…大和…っ、いやぁぁぁぁぁっ!!?」
唯依が呆然と、しかし目の前で爆発炎上する撃震の姿に涙を流して叫ぶ。
「あ、あいつ等っ、やりやがったぁっ!!」
激怒し、機体を前に出すタリサ。
「正面から見て左の機体よ、撃ったのは。それと、右端の機体も突撃砲を構えてるわ!」
望遠映像で状況を確認しながら、素早く撃った機体へと照準を合わせるステラ。
「ひどいね…」
「あぁ、酷い連中だ…」
そんな中、イーニァとクリスカだけが平然と相手の動きを見ていた。
「嘘だ…こんなの、こんなの嘘だぁぁぁぁぁぁっ!!!」
唯依の、悲痛な叫びだけが、コックピットの中で木霊した………。