2001年7月22日―――――
207訓練部隊の乙女達は、緊張した面持ちで強化装備を纏い、格納庫へ集合していた。
彼女達の表情が硬いのは、本日行われる模擬戦闘が理由だ。
「しかし、我々訓練兵まで評価試験に参加させられるとは…」
「びっくりだね…」
格納庫で出番を待つ自分達の愛機を見つめながら会話をする冥夜と彩峰。
昨日の訓練の終了後、武から本日の予定を聞かされた207は、かなり困惑していた。
「スレッジハンマーだっけ? あの戦術機モドキ」
「うん、黒金少佐が設計したって聞いたよ?」
たった今、晴子が指差す先を通過していく巨大な戦車。
本日彼女達が模擬戦闘を行う、支援戦術車両『スレッジハンマー』だ。
巨大なキャタピラの搭載された両足を伸ばした体勢の機体であり、見るからに頑丈そうな機体。
両肩には響と同じくCWSも搭載されている。
答えた築地は流石少佐だよね~と笑顔だが、委員長達は少々懐疑的だ。
「いくら少佐の作品でも、対戦術機戦なんて出来るのかしら?」
「見るからに機動性低そうだもんね~、走破性は高いみたいだけど」
委員長の疑問に苦笑しつつ同意する美琴。
本日の予定では、午前中に横浜基地所属の撃震の中隊と陽炎の中隊との評価試験戦闘、午後は彼女達207がその相手をするのだ。
大和の実力や知識は評価している彼女達だが、あの鈍重な機体が戦術機、特に陽炎の部隊に勝てるとは思えないようだ。
「お前ら、見た目に騙されんなよ?」
「その気持ちは分からないでもないけどね」
「あっ、マナンダル少尉にブレーメル少尉…け、敬礼っ!」
突然声をかけられて振り向けば、そこには強化装備姿のタリサとステラが。
茜が驚きつつも全員に敬礼をさせると、二人も答礼して返す。
「お二人も評価試験に参加するのですか?」
「そうなんだよ、昨日少佐に言われてさ。って言うか、聞いてないのか?」
冥夜に問い掛けに答えつつ首を傾げるタリサに、同じく首を傾げる207の面々。
「今日の午後の貴女達の部隊指揮を、私たちがする事になっているの」
「え…えぇっ!?」×10
ステラの苦笑混じりの言葉に驚く彼女達。
「ほら、相手は中隊規模、つまり12体だろ? 人数合わせだよ人数合わせ」
ケラケラと笑いながら説明するタリサに、あぁなるほどと納得しつつも、普通そこはまりもや武が入る物ではと考える面々。
本来ならまりもが入る予定だったのだが、彼女の実力を考慮してタリサとステラが入れられた。
まりもの実力が低いのではなく、高くなり過ぎてA-01レベルでなければついて行けないらしい。
その事を喜べばいいのか残念に思えばいいのか微妙なまりもちゃんだったり。
「詳しい事は午後のブリーフィングで説明されると思うけど、よろしくね」
「勝負はお預けだけど、これはこれで楽しめそうだしな!」
大人な笑顔のステラと、ガキ大将のようなタリサに、面食らいつつも嬉しく思う207の乙女達。
この前の模擬戦闘でかなり仲良くなれたので、また逢いたいと思っていた位だ。
「ところで、先程の言葉ですが、お二人はあの支援戦術車両と戦った事があるのですか?」
冥夜のその質問に、そうじゃないけどと前置きして手すりに背中を預けるタリサ。
「この前の、甲21からのBETAの侵攻があっただろ? あの時アタシとステラはグンマって所で防衛任務についていたんだよ」
「偶々近隣の駐屯地で部隊編成をしていてね、防衛線が抜かれたから慌てて出撃したの」
思い出して呆れているタリサと、頬に手を当てて苦笑するステラ。
流石にあの規模のBETAをたった2小隊で止めろという命令は無茶だった。
「その時にな、少佐が応援にきてくれて、そこであのスレッジハンマーを見たんだよ」
「正直言って、我が目を疑ったわ。戦術機の上半身がついた巨大な戦車なんだもの」
ステラの言葉に、確かにと頷く面々。
パッと見では、両足伸ばして座る戦術機だ。
その両足が巨大なキャタピラであり、機体は重装甲。
「でもね、あのスレッジハンマーのお陰で私たちは無事に生還できたと言ってもいいわ。勿論、少佐達の機体と腕前が大きな要因だけど、あの圧倒的な火力とパワーは見ていて身体が震えたわ」
小型種を機銃とキャタピラで屠り、その火力でもって大型種を駆逐する姿は圧巻の一言。
その光景を思い出してか、ステラが楽しそうに笑う。
「さっき、更衣室で着替えてた他の部隊の衛士が、あんなドン亀秒殺してあげるわ…なんて言ってたのよ」
「どっちがそうなるか見物だよな~」
クスクス笑うステラと、ケラケラと大笑いのタリサに、戸惑いつつもスレッジハンマーへの認識を改めた方が良いと感じる207。
「まぁ、午前中の様子を見てれば、あれがどれだけ怖いか分かるだろうさ」
そう言って、ほれ行くぞーと207を先導するタリサ。
彼女達はそれぞれ戸惑いつつも、待機スペースへと足を運ぶのだった。
「これは…なんという…」
「予想外…だね」
「洒落にならないわね…」
あんぐりと口を開けて呆然としている衛士達の中、モニターを見つめながら呆然と会話するのは冥夜に彩峰、委員長。
彼女達の視線の先では、最初の評価試験の仮想敵部隊である撃震の中隊が、スレッジハンマーに押されている状況。
12対12の、中隊規模の模擬戦闘なのだが、始まって両部隊が遭遇してからたったの5分で、撃震の中隊は半数に減っていた。
「バカだねぇ、正面から撃ち合ったら勝てるわけないじゃん」
「スレッジハンマーの正面装甲に、36mmは貫通しない…恐ろしいわね」
結果が見えていたのか、平然と仮想敵部隊の評価…と言うか笑っているタリサと、溜息混じりのステラ。
模擬戦闘開始前に、スレッジハンマーの簡単な機体スペックの説明があったのに、仮想敵部隊は有効に活かせていない。
スレッジハンマーの、特に正面や両足の装甲は、戦車級などに群られる事を想定して、分厚い装甲になっている。
装甲には多目的追加装甲などの材料が使用されると共に、従来の戦術機の倍以上の強度を誇っている。
元々機動性をさして考慮していない機体だけに、重くたってキャタピラで動ければ問題ないのだ。
勿論、肉抜きしてある場所もあるが、真正面から36mmを撃ち込んでも、スレッジハンマーの装甲は貫通しない。
避弾径始を狙い、正面装甲のあちこちが傾斜装甲になっているのも効いている。
タマレベルの腕前なら、弾丸をほぼ同じ箇所に命中させ続ければ貫通するが。
そして突撃砲で攻撃、例え強襲掃討仕様で4砲門での一斉攻撃をしても、相手が大破する前にその倍近い砲門から砲撃が来るのだ。
「あ~あ、まっ黄色だ」
「火力でゴリ押しの相手に、火力で対抗するのは危険よ…」
タリサが指差す機体は、果敢にも両手の突撃砲で相手を蜂の巣にしようとしたが、逆に全身がペイント弾の色で染められてしまった。
「実弾だったら粉々ねこれ…」
ステラの淡々とした言葉に、背筋が凍るのは207の乙女達。
自分達が軽く見ていた相手が、恐ろしい怪物だと理解したのだ。
それと同時に、あの機体を考えた大和に畏怖と尊敬を覚える。
「お、やっと近接戦闘に切り替えたぞ」
タリサが言う通り、砲撃戦では勝てないと理解した仮想敵部隊が、長刀に持ち替えて接近戦を挑み始めた。
だが、近づいてくるのを分かっていて何もしないほどスレッジハンマーの操縦士はバカではない。
両腕のガトリングと両肩のCWS、胸、肩、脇腹、両足(キャタピラ上部と左右外側)、爪先などに搭載された機銃や砲座で弾幕を張って近付けさせない。
そして相手の足が止まった瞬間、200mmが炸裂して撃震がまた一体、撃破判定された。
「200mmは追加装甲じゃ防げないぞ、覚えとけよ~」
207に注意を飛ばすタリサ、彼女はあの200mmが要塞級を吹飛ばすのを見ているので、絶対に防ごうとは思わない。
200mmは強力だが弾数と発射速度に難があるので、連射は出来ない。
だが、1機もしくは2機が相手を弾幕で足止めし、残る1機が200mmで撃破する。
スレッジハンマーの部隊は、三機連携で4部隊に分かれて敵を迎撃している。
これは、二機連携より火力が上がるし、3機ならまだ小回りが効かせられると判断しての組み分けだ。
とは言え、相手も仮想敵に選ばれるだけあって、既に4機のスレッジハンマーが撃破されている。
前にも言ったが、スレッジハンマーの装甲は36mmなら耐えられる。
なら、120mmで攻撃すれば良い。
当たり所がよければ、一撃で沈められるのは戦術機も戦術車両も同じだ。
とは言え、その120mmを当然スレッジハンマー側も警戒しており、容易に撃たせてはくれない。
「瓦礫に隠れられたら、中々撃破できないわね…」
ステラの言うとおり、重装甲の上に高さが戦術機の半分から上程度しかないスレッジハンマー。
ビルや建物の影に隠れやすく、誘導弾などを装備した機体は先ほどから物陰を移動しつつ弾をばら撒いている。
「っ、後ろを取った!」
興奮した面持ちの冥夜、1機の撃震が長刀を手にしてスレッジハンマーの後方から迫る。
キャタピラの旋廻能力では間に合わないスピードだが、なんと狙われたスレッジハンマーはCWSのガトリングユニットを後方に向けて弾幕にしながら、腰の部分を基点に回転して上半身が後ろを向いたのだ。
そして両手のガトリングと上半身の機銃、両肩のガトリングユニットの一斉射に、逃げ切れず餌食になった。
「キャタピラと上半身が前後逆で運用するタイプもあるみたいだから、あんな状態だって当然なるらしいぞ」
唖然としている冥夜達の肩を叩きつつ笑うタリサ。
スレッジハンマーの上半身は、簡単に言えば戦車の砲座である。
当然360度回転するし、逆向きで動くのだって平気である。
補給コンテナを運ぶ機体は、この状態で背中側にコンテナを搭載して運ぶのだ。
移動救護設備を搭載した、被災地や戦場へ直接乗り込む機体も、この形である。
因みに救護設備は当然治療なども行うので、振動を最小限に和らげる装置を搭載しており、この機体だけはこの姿がデフォルトだ。
普通の車両が入っていけない荒地や、BETAの死骸が転がる戦場を走破する為に、ドーザーブレードが標準搭載されている。
補給コンテナ輸送型は、コンテナをパージして向きを換えれば普通のスレッジハンマーになる、当然武装は少ないが。
「お、弱点に気付いた奴が居るぞ! そこだ行け!」
タリサの声に促されて彼女が見ているモニターを見れば、高い建物を足場に、弾幕を避けながら移動する撃震。
そしてスレッジハンマーの上空へとくると、短刀を手にほぼ真上から強襲したのだ。
頭部とコックピットに真上から短刀を突き刺された(実際は刺さらないが)機体は大破判定され、その場で動かなくなる。
「なるほど、あの機体真上からの強襲に弱いんですね?」
「そうね、武装の殆どが正面と斜め前方を想定している感じだから、真上に向けられる武器が少ないみたい」
晴子の言葉に、ステラが映像を指差しながら答える。
両手のガトリングと、CWSに搭載した一部の武装なら真上に向けられるが、その前に強襲されたら終わりだ。
確かにスレッジハンマーは重装甲だが、頭部接続部などは整備や可動の問題で脆い。
さらに、別の機体へと上空から強襲した撃震が、突撃砲を零距離で放って撃破している。
流石の装甲も、至近距離で撃たれ続ければ貫通する。
この辺りは何度も装甲防弾実験をしたので、確りとデータ化され、機体が貫通したと認識して撃破判定がされたのだ。
全てにおいて万能の機体は存在しない。
故に、陸上戦艦なんて渾名がつき始めているスレッジハンマーであっても、接近されれば弱いのだ。
機体各部に設置された機銃なども、小型種を想定しているので戦術機を撃破する事は難しい。
だが、近接なら絶対に勝てる訳ではなかった。
廃墟を楯に牽制してくる撃震相手に、立ち上がり二足歩行形態となった1機のスレッジハンマーが、右肩に装備されたシールドランチャーを楯に突っ込んでくる。
その重量で足場のアスファルトやコンクリートを砕きながら、突撃砲を向けてくる撃震にショルダータックルを慣行するスレッジハンマー。
比較的重い撃震より、更に重い機体の突撃に、回避出来なかった撃震はそのまま背後のビルまで押されて突っ込む。
この時点で既に機体は中破しており、まともに動けないのだが、そこに零距離からの機銃や胸部バルカンによる攻撃。
相手の撃震は、ビルに埋もれたまま撃破された。
「あれは直に逃げなかったのが敗因だな、スレッジハンマーの足は正直遅いから、逃げればよかったんだ」
と冷静に評価するタリサだが、あの重装甲、重火器満載の機体がドシンドシンと走って向ってきたらそれだけで怖い。
あのタックルも、下手をすればコックピットごと潰されかねない。
その辺りが丈夫な撃震で、助かった所だろう。
「にしてもあの操縦者無茶するなぁ、CWS壊れるぞ?」
「それにシールド内部のランチャーやミサイルが暴発したらどうするのかしら…」
と、スレッジハンマーの操縦者にもダメ出し。
確かにシールドランチャーは防御機能を想定した装備だが、残念ながらショルダータックルが出来るほど強度はない。
しかもやったのが重量級のスレッジハンマーだ。
あの操縦士は、恐らく戦車長にこっ酷く叱られるだろう。
更に相手の機体、一部完全に破損しているし。
誰も知らない事だが、あの操縦士の名前は斉藤と言ったそうな。
「どうだ、あの機体を見ての感想は?」
最初の模擬戦闘がスレッジハンマー部隊の勝利で終了し、タリサは207の面々へと顔を向ける。
全員が予想外という表情を浮かべており、中には午後の模擬戦闘を考えて緊張と不安を浮かべている者まで居る。
「正直、見縊っておりました。確かに機動性は無いですし、近接戦闘も低いですが…あの火力だけで十分脅威です」
「それにあの重装甲、完全に仕留めるには120mmか至近距離からの一点集中、または隙間への斬撃しか有効手段がありません…」
冥夜と茜の言葉にまぁそうだなと頷くが、タリサは徐にタマの隣に立つ。
「でもお前ら忘れてないか? こっちにはあの重装甲だって撃ち抜ける武装と、狙撃手が居るんだぜ?」
「にゃっ!?」
ポンポンとタマの頭を叩いて笑うタリサ。
確かにスレッジハンマーの重装甲は脅威だが、150mmや多連装ミサイルなら撃破できる。
それにあの武装群だって、壊してしまえば怖くない。
「まだ次の模擬戦闘もある、十分に対策と対処法を考えればアタシ等の敵じゃねぇって!」
「そうね、ミツルギ訓練兵やアヤミネ訓練兵なら、あの弾幕を掻い潜って強襲も出来るでしょうし」
豪快に笑うタリサと、期待しているわよと笑いかけるステラ。
そんな二人の先輩に励まされて、一度萎えかけた心が、活力を取り戻すのだった。
そんな彼女達の姿を、遠くから眺めている視線があった。
「どうやら、二人が上手い事彼女達を引っ張ってくれているようだ」
「そっか、あの結果を見て緊張してなければと思ってたけど…大丈夫そうだな」
双眼鏡で彼女達の様子を見つめる大和と武。
特に武は、スレッジハンマーの脅威に、彼女達が緊張して失敗しないか心配だったようだ。
だがそれも、姐御肌なタリサと、気配りの淑女ステラによって解されたようだ。
「あの、少佐、それに大尉? 何故我々はその……ダンボールに隠れているのでしょうか?」
恥ずかしいのかモジモジしながら問い掛けてくるまりも。
そう、彼女達は現在、人がすっぽり三人入れるダンボールに入って、そこに空けた穴から彼女達の様子を見ていたのだ。
「ご存知、無いのですか神宮寺軍曹!?」
「ダンボールは、とある凄腕の兵士、通称“蛇”が愛用する万能スニーキングツールなんだぜ!?」
「え?、え?、え?」
クワッと目を見開く大和と、熱く語る武ちゃん。
まりもはそんな二人の勢いに押されて混乱するだけ。
「いや~、俺も最初はダンボールなんてってバカにしてたけど、これが中々便利でさぁ。前も殿下とか月詠さんに追いかけられた時も見事にやり過せたぜ」
「うむ、俺も月詠大尉に追われた時に活用しているが、これがまた便利でな」
二人のしみじみという雰囲気の会話に、そんなバカなと思うまりも。
しかし実際、殿下に婚姻届け片手に追われた時も、月詠さんにお仕置きされそうになって逃げた時も、武ちゃんはこれで逃げ切った。
大和はよく対月詠大尉に対して使うのだが、まだ一度も見つかった事が無いと言う。
ここ最近は、ダンボールに隠れる事を知っている唯依に見つかっているが。
会話の中に聞き捨てならない事(殿下とか)も含まれていたが、混乱するまりもちゃんは気付く事がなかった。
そしてまりもちゃんの、何故ダンボールに隠れる必要があるのかという質問も流されて終わるのだった。
PM14:17―――
支援戦術車両『スレッジハンマー』の評価試験は、午前中に撃震・陽炎両中隊を降し、その性能に懐疑的であった上層部や衛士達の度肝を抜いた。
圧倒的な火力と戦術機の武装を物ともしない重装甲、そして武装や装備の豊富さ。
これらを見せ付けられる形となった横浜基地内の親米国派は、大和の才覚に悔しがると共に恐怖した。
スレッジハンマーや、それに続く機体が量産されれば、米国は兎も角、BETA侵攻に悩まされている諸国は間違いなく飛びつくだろう。
如何に性能の高い戦術機を開発、配備したとしても、それを扱える衛士の数が今は圧倒的に少ない。
しかし、スレッジハンマーは最低でも戦車を操縦できれば動かせる上に、操縦を最低一人、通常は二人、役割に応じては三人でも運用する。
操縦者の体力や精神力なども通常の衛士より長持ちする上に、機体コストも通常の戦術機の半分程度。
豊富な武装はその殆どが規格化された量産品であり、流通が始まればトータルコストも抑えられる。
主戦場が防衛戦とはいえ、使い方次第では十分に戦線を任せられる機体だし、その活躍の場は広い。
現に今も、新しい演習場や格納庫などを増設する為に、重機タイプのスレッジハンマーが動いている。
撃震戦では最終的に7機が生き残り、相手は全滅。
陽炎戦であっても、4機が生き残った。
結果だけ聞けば、それほど大した機体に聞こえないかもしれない、陽炎を相手に中破と小破が4機なのだし。
しかし、本来なら戦う土俵が異なる機体だ、簡単に言えば、戦闘機対戦車の勝負である。
本来なら圧倒的優位にある筈の、実際機体スペックなら勝る陽炎が、戦車の延長上に当たるスレッジハンマーに負ける。
この事実に、スレッジハンマーの能力を見誤っていた連中は、唖然とするしか無かった。
しかし、設計者であり製作者である大和は満足していなかった。
確かに陽炎の中隊に勝ったが圧勝ではなかったし、何より相手が横浜基地の陽炎なのだ。
これが帝国軍の陽炎や撃震なら、恐らく負けていただろう。
特に相手が不知火なら、スレッジハンマーの勝ち目は少な過ぎる。
それは技量や錬度ではなく、心構えの問題だ。
防衛線の最後尾だと安心し、腑抜けている横浜基地の多くの衛士は、危機感や想定外の事態への感覚が弱い。
だからこそ、予想外の装甲強度を誇るスレッジハンマー相手に戸惑い、有効な作戦を立てられずに終わったのだ。
これが帝国軍なら直に考えを切り替えて対応するだろうし、斯衛軍なら各々が秀でた部分で勝ちを狙うだろう。
実際、月詠中尉にスレッジハンマーとどう戦うかと問えば、脅威である武装群を黙らせるか、弱点である上を取るか、またはもっと安全かつ確実な作戦を立案し、遂行する。
唯依にも、性能表を見せた段階で、「上から攻めるか、武装を黙らせます」と答えられている。
「この辺りが、中身の違いか……」
「? 何か言ったかね少佐」
「いえ、訓練兵ながら良く動くと思いまして」
ふと呟いた言葉を耳にしたのか、隣でモニターを見ていたラダビノッド司令が声をかけてきた。
それに対して平然と答えながらモニターを見る。
司令も思っていたのか、そうだなと頷きながら目線を戻す。
現在、評価試験は最終段階、つまり207訓練部隊+ワルキューレ部隊の混成中隊VSスレッジハンマー中隊の模擬戦闘の真っ最中なのだ。
それを、指揮車両内で見つめるのは大和と基地司令、司令の側近の将兵と親日本派の幹部。
開始から既に17分が経過しているが、戦闘は続行中。
被害は、混成中隊が大破なし、中破1、小破が3、対してスレッジハンマー中隊は大破が2、中破1、小破が6だ。
「訓練兵ながら、目を見張る機動操縦だ。流石は副司令の選んだ人選と言った所か…」
「白銀大尉が直接教導していますので、出来なければ問題ですよ」
感心する司令に、まだまだ甘いと暗にダメ出しする大和、これには周囲の将兵も唖然とする。
モニターで動き回る響と舞風は、明らかに午前中の撃震や陽炎を越える動きを見せている。
その動きだけでも驚愕なのに、各機体が装備するCWSの兵器。
これらが、その頑丈さと装甲で相手を苦しめたスレッジハンマーを瞬く間に撃破した。
大破した2機のスレッジハンマーは、どちらも150mm支援狙撃砲でコックピットを撃ち抜けれている。
ペイント弾なので黄色く染まっただけだが、実際に命中すればポッカリと穴が空いていただろう。
他に、小破、これは武装群を破壊判定されても小破と見なされるのだが、厄介な200mmやガトリングユニットを次々に潰したのだ。
お陰で、現在両手のガトリングや機体に内臓された機銃で戦うしかない機体が4機、残りの2機は機銃しか残っていない。
機体本体にダメージは無いものの、実際は中破と言っても良い。
「最初は訓練兵の部隊をぶつけると聞いて耳を疑ったが、まさかこれほどとは…。正規兵の少尉二人の指示も的確だ」
「私のプロジェクトのテストパイロットを務めております故、吟味した衛士です」
大和の言葉になるほどと頷きながら、模擬戦闘を見守る司令。
開始早々に、強襲作戦を決行した混成中隊。
タリサの舞風を先頭に、突撃前衛と機動力に自信のある者(自薦他薦併せて)6名で、まだ散開していないスレッジハンマー中隊へ強襲をかけた。
それも、噴射跳躍システムとスラスターを併用しての上空からの降下強襲。
午前中の両中隊が、廃墟を楯に進撃してきた事から上空への警戒を怠っていた前衛9機が襲われ、武装を第一目標に狙われた。
そして相手の反撃が始まると同時に、ミサイルなどを置き土産に撤退。
この時に茜の楯になった高原の機体が中破、冥夜と彩峰も小破した。
だが全機が無事にスレッジハンマーの砲撃距離から離れ、ハンマー中隊の方も弾幕を止めた次の瞬間、先頭二機の胸部、それもコックピットに150mmのペイント弾が命中。
回避どころか移動すら許されずに、2機が大破判定された。
タマと麻倉の超精密狙撃により、開始位置から仕留めたのだ。
最初の強襲の時に、築地が混じっていたのだが、彼女が強襲する相手部隊の位置情報を掻き集めていたのだ。
207内で、最も三次元機動を身体で理解している築地と、スナイプカノンユニットの活躍で、先制攻撃が成功。
相手部隊の火力も削ぎ落とし、最初こそ優位な状況で模擬戦闘は進んだ。
「ですが、最後尾の機体2機を撃ち漏らしたのが痛いですね」
「うむ、あれは出来れば一番に破壊したい武装だな」
モニターを眺める大和と司令の言葉には、周りの情報官や将兵も同意だ。
『チクショウっ、少佐のバカヤローーっ!!?』
情報官の耳に届くタリサの絶叫。
彼女の舞風の至近距離で、飛来した弾丸を模したペイント弾が、盛大に破裂して液を撒き散らす。
もしも実弾なら周囲の瓦礫ごと爆砕しただろうそれの正体は、300mmというふざけたサイズの砲弾。
それが、狙い撃ちの如く飛来して混成中隊を襲っている。
「最後尾のスレッジハンマーに搭載した、300mmを発射する砲身と本体、そして弾薬コンテナがセットになった現在運用されている支援砲の中で間違いなく最大サイズのセミオートカノン。局所防衛用長々距離砲撃戦装備、通称『ハルコンネンⅡ』」
「午後の模擬戦闘の開始時間が遅れたのは、あれを装備させたからかね」
司令の疑問にその通りですと答えながら、逃げ惑う響や舞風を見つめる。
300mmという大型砲弾を、セミオートで放つこの装備は、つい最近完成し、試射を終えたばかりの装備だ。
まだ正式量産はされていないものの、その威力と飛距離、弾数は現在混成部隊の乙女達が嫌と言うほど味わっている。
最初は押せ押せだったのだが、このハルコンネンⅡを搭載したスレッジハンマー、最後尾に居た機体が攻撃を開始した途端、逆に押されている。
このハルコンネンⅡは、200mm砲のように背中のジョイントに接続しつつ、弾薬コンテナを支えるサブアームを肩部CWSに接続。
さらにアンカーや機体を固定する為のスパイクなどで地面に完全に固定する為、機動力が完全に0になる。
が、その能力は恐ろしく、スナイプカノンユニットにも搭載されている間接照準システムが同じように搭載されているのだ。
その為、前衛が囮になって見つけた相手の位置に、狙いもせずに300mmをぶっ放す。
一機につき2門、二機合わせて4門の300mmを吐き出す大筒。
これだけで、相手の戦術機は逃げ惑うしかない。
大艦巨砲主義という言葉がお好きな方にはお勧めな武装だが、CWSを潰す上に機動力がさらに低下。
おまけに発射中は完全に動けないので、正に『局所防衛用』の武装である。
ついでに言うと、補給コンテナ搭載型と同じ形態で運用するので、前後が逆、そして立てない。
が、最後尾に配置すれば、戦艦からの支援砲撃と同じ効果を発揮できる武装でもある。
「こんな化物装備を訓練兵と自分の部下に向けるとは、君も人が悪いな」
「戦場では何が起きるか分からない、特にBETAが相手なら尚更です。私は、彼女達の思考を停止させたくないのですよ」
常に予想外、想定外が在ることを念頭に、考えさせ続ける。
思考の停止は行動の停止、それ以上先への道を閉ざす事となる。
有り得ない、在る訳がない、そんな言葉は、戦いの場では意味が無いのだ。
それを、大和は長いループの中嫌と言うほど経験してきた。
長いBETAとの戦いで、固まった固定観念が思考を止め、身体を鈍らせる。
予想外の出来事に咄嗟に動けずに喰われ、死んでいく者達。
その中には、当然自分も含まれていた。
まだ20回とループをしていない頃、固定観念に縛られて思考が止まり、結果仲間を何人も犠牲にした。
それは、大和が初めて中隊長という立場になった時の、忘れられない記憶。
自分を含めた誰もが予想外のBETAの出現と行動に驚き、固まり、そして死んでいった。
だからこそ、大和は常に彼女達に「予想外」や「想定外」と言った事態を見せ、体験させ、そして思考させる。
もしもの時に、咄嗟に動き、考え、生き残れるように。
「お、一度に3機巻き込まれましたね」
「日本ではアレを袋のネズミと言うのだろう?」
司令の言葉に良くご存知でと笑い、モニターを眺める。
モニター内では、スレッジハンマーに追い詰められた3機の響が、黄色く染められていた。
「さて、これで勝敗が分からなくなりましたね、司令」
「うむ、君としては、どちらが勝っても嬉しいのだろう?」
司令が言うとおり、現在戦っているのは大和が設計・開発した機体と武装同士の戦いだ。
例えどちらが勝っても負けても、その性能と評価は、そのまま大和へ繋がる。
とは言え、対外的には、スレッジハンマーに勝って欲しいのだろう。
既に撃震・陽炎の中隊に勝利しているので評価は問題ないが、ここで最後に訓練兵が主力の部隊に負けたとなると、要らんツッコミを入れてくる奴がいる。
主に親米国派の基地上層部数人とか。
どうも大和はその連中から嫌われているらしく、よく嫌味を言われる。
まぁ、下手なことをすれば司令・副司令から首切りよろしく飛ばされる可能性があるので、精々大和に嫌味を言う程度だが、これがまたウザイ。
ねちっこく嫌味を言うし、一応相手の方が上なので大和も聞くしかない。
とはいえ大和も言われっ放しではなく、切り返して言い負かす事が殆どだが。
それが余計に嫌われる原因だったりするが、大和は気にしない。
どうせその内消える人間の戯言だからだ。
「少佐、あのハルコンネンⅡとやらは、どれだけ配備するつもりなのだ?」
「既に副司令からの許可も下りていますので、基地内のラインで必要数の製造を開始しました。もしこの基地以外でも配備するのなら、日本のメーカーにライセンス生産を持ち掛ける予定です」
大和の答えに司令は満足そうに頷いて、モニターを眺める。
そのモニター内では訓練兵が駆る響が必死にスレッジハンマーを撃破している。
「彼女達の努力が、無駄にならない事を祈るよ…」
「同感です」
彼女達の、特に207Bの2名の背後の圧力を受けている司令は、懸命に戦う彼女達の意思を考え、そう呟く。
その思いに、大和もまた深く頷くのだった。
「ところでハルコンネンとはどういう意味なのだね?」
「『砂の男爵』という意味です閣下」
言葉の意味を知らない為、どこか別の国の言葉と思い意味を尋ねる司令。
その司令にサラリと嘘の意味を教える大和。
その名前の本来の由来を考えるとあながち間違いではない訳だが、何から引用されたのか知る人が居ないこの世界で、知っているのは大和だけであったとさ。