2001年――2月20日―――
武と大和が横浜基地へ着任してから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。
夕呼の研究は順調で、早ければ3月には形になると言っていた。
武の方は、大尉という階級でありながら、それを感じさせないフランクさと、熱心な指導で207訓練小隊の心を掴んでいた。
特に207Bの面子の成長が格段に早くなったらしく、これも武の恋愛原子核の力か…と大和を苦笑させた。
207Aは、そんな207Bに触発されたのか、こちらもまりもが目を見張る成長を遂げている。
「この分だと、総戦技評価演習を早めるのも可能かもしれませんね…」
と、まりもが苦笑を隠さす報告してくれたほどだ。
大和は武ほど彼女達に接触を持っていない。
間違っても、彼女達が自分に意識を持ってこさせない為だ。
全ては、白銀ハーレム計画のために。
その為に、わざわざまりもとの時間も多くさせている。
その成果は、プライベートな時間にまりもが「白銀」と呼ぶようになった事だろう。
「ククク…順調だ、実に順調だよ武…」
毎夜、執務室で怪しい笑いをする大和。
PXで食事の時、さり気無く行った意識調査では、やはり207Bの面々の好感度が高かった。
順位にするなら、冥夜、タマ、美琴、晴子、慧、千鶴、以下同列と言った具合。
唯一、多恵だけは武に好意を示さなかった。
これは、上官、衛士としては尊敬し好意を持っているが、男性として見てないと思われる。
やはり百合か…と誤解的に確信したのは大和だけの秘密だ。
実際の所、晴子から言わせれば、多恵はチラチラととある人物を見ていたのだが、それは当の本人すら気づかない行為だったり。
話を戻し、冥夜の好感度が高いのは、やはり深夜の特訓が原因だろう。
冥夜は武の実力を瞬時に見抜き、武に越権ながら特訓を申し出た。
武としては何の問題もないので引き受け、夜に体力作りと平行して訓練をしている。
これを後に他の面子に知られ、武が悲鳴を上げることになるのだが、それはまた別のお話。
白銀ハーレム計画の要でもある霞は、既に陥落しており、今朝一緒に部屋から出てくるのを目撃した。
別に男女のニャンニャンではなく、原作にもあった添い寝イベントだろう。
その辺りを心得ている大和は、朝食を食べている武に、「昨日はお楽しみだったかな?」と言うのを忘れない。
食べていた物を噴出し、狼狽する武の様子から何かを感じ取った好感度上位者は、揃って疑惑の視線を向けるのだった。
本人の知らない白銀ハーレム計画、そしてこっちの方が肝心の戦術機開発も順調だった大和。
だが、彼にとっての脅威は、意外な所からやってきていた。
「……………………………(じ~~~~」
「……………………………(絶句」
通路の影からこちらを見る小柄な影。
壁からひょこりと顔を出すのは、銀髪で無表情な少女。
その少女の視線よりも、その存在に、大和は絶句していた。
「(な、何故、何故ここに彼女が……ッ!?)」
付き合いの長い武ですら見たことがないであろう、大和の驚愕。
柱の影から恋する乙女と書いてストーカーと読むような行動を取っているのは、本来ならここに居る筈のない少女。
名前を、イーニァ・シェスチナといった。
大和は当然、彼女の事も知っている。
とは言え、その全てを知る訳では無い。
彼女が登場する物語は、大和がこの世界へと飛ばされた時点でまだ続いている物語。
彼女の正体も結末も、知らないのだ。
知っているは、ネットで流れた憶測的な設定だけ。
そんな彼女が、横浜基地に居る。
これだけで、大和を動揺させるには十分だった。
さらに追い討ちの如く、彼女は大和を見ている。
それはもう、無垢な瞳で穴が空くほどに。
彼女の視線からは、その心情が窺えない。
敵意は感じないので大丈夫とは思うが、流石に流せる問題ではなかった。
「(香月博士は何も言っていなかったが、もしや社と一緒に連れてきたのか…?)」
ネットで知った情報だが、イーニァと、彼女の保護者的な立場のクリスカは、霞と同じ存在だという説が流れていた。
確かに、ソ連だの容姿だの雰囲気だので、似ていると言える彼女達。
もし、“計画の3”関連なら、夕呼が彼女達の存在を知り、引っ張ってきても可笑しくない。
が、問題はそうなるとアラスカはどうなるのか、彼女達が関わっていた計画はどうなったのかが気に掛かる点だ。
「(とは言え、それは俺がどうこうする問題ではないか…)」
彼女の所属が何処で何をしているのか、それによっては例え少佐の身分であっても越権行為に成りかねない。
まぁ、夕呼の直属の時点で、越権も何もあった物では無いのだが…。
何かするにも情報が足りないので、この場はスルーする事にした大和。
今だこちらを見つめる視線に気付かぬフリをし、と言うか彼女は隠れて見ているつもりなのかと突っ込みたいが我慢して執務室へ足を向ける。
この後、夕呼から借りた作業班と共に、不知火の改造が待っているのだ。
「…………………(カツカツカツカツ…」
「…………………(トテトテトテトテ…」
―――つ、着いて来ている…ッ!!―――
内心驚愕する大和。
なんとイーニァは、大和の後を尾行し始めたのだ。
本人はばれていないと思ってるらしく、物影を移動しながら。
とは言え、あまりにもバレバレな追跡に、擦れ違う人達が何事だとばかりに立ち止まる。
エリート部隊の斯衛軍をわざわざ辞めて配属された若い少佐、その少佐の後をつけているっぽい、少女。
軍属であっても、興味を惹くには十分な状況だった。
やがて大和の執務室へと辿り着く。
このフロアは、少尉から上なら誰でも入れる区画なので、恐らくイーニァは少尉かそれ以上の扱いなのだろう。
「(何がしたいのだろうか…)」
そう思いつつ執務室へと入る大和。
「……あっ」
扉が閉まる時に、少女の焦ったような声が聞こえたが、自動ドアは既に閉まっていた。
扉の前の気配から、イーニァも入ろうとしているらしく、自動ドアが開くのを待っているらしい。
が、ここは佐官の執務室、許可が無い人間は入出出来ないし、イーニァにはパスも無い。
部屋の持ち主、この場合は大和が、イーニァのパスを許可にすれば、扉横の端末で開けることが出来る。
この辺りのフロアでは普通にあるセキュリティだ。
後は、インターホンで室内の人間に言えば、開けて貰える。
「う~~~~………」
一向に開かない自動ドアの前で唸るイーニァ。
暫くうろうろしていたが、やがて諦めたのかトボトボとその場を後にした。
室内にあるモニターで、執務室前の監視カメラの映像を見ていた大和は、安堵すると共に罪悪感に溜息をついた。
「全く、何がどうなっている……」
早急に、博士に事情を聞かねば…そう考えながらも、この後の予定をこなす大和だった。
22:30――――
不知火改造計画の一部を終えた大和は、先の一件の事を聞く為に夕呼の執務室を訪れていた。
「あら、黒金じゃない。ちょうど良かったわ、あんた達の不知火にXM3積んどいたから、適当に弄りなさい」
「それはありがたい。しかしその前に、少々お聞きしたいことが…」
「?…なによ」
真面目な顔で問い掛けてくる大和に、顔を向ける夕呼。
大和は先の一件のことを話し、彼女がどういった位置に居るのかを聞いてみた。
「なるほどねぇ…あの子、いえこの場合はあの子達か…本来ならここに居ない筈だったのね…」
大和の説明を聞いて早まったかしら…と呟く夕呼。
聞けば、彼女達は大和が予想した通り、“計画の3”を接収した際に引き取ったと言う。
霞ほどの力は無いものの、衛士としては抜きん出た能力を持つ彼女達を遊ばせるのもどこぞの馬鹿に見す見す渡すのも惜しかった夕呼は、多少無理をして彼女達を自分の下へ招き入れたそうだ。
「つまり、彼女達もA-01に…?」
「そうよ。どっちも少尉で、確かに戦力にはなるんだけど…どうもスタンドプレーが目立つのよねぇ……」
そう言って彼女がファイル棚から取り出したのは、A-01の活動記録だった。
受け取り、中身を読み進めていくと、確かにイーニァ・クリスカ両名のスタンドプレーが目立つ。
どちらも命令違反…戦闘中の勝手な行動などがあり、その理由も指摘されている。
「軽度の対人恐怖症…?」
「と言うより、人間不信ね。能力の事もあるけど、お国で色々在ったみたいよ?」
夕呼の言葉に想像を巡らす大和。
考えられるのは、“計画の3”での扱いや、その後の処遇。
場合によっては、TEであった、ソ連軍衛士による暴行未遂か。
「社の話だと、仲間と思っていた存在と色々あったみたい」
「(当たりか…)…これは厄介そうですね…」
暴行未遂…もしくは、仲間と思っていたソ連軍衛士から浴びせられた言葉。
どちらも、自意識や感情の発達が遅い、もしくはワザと遅らせられている二人の心を傷つけるには十分な出来事だ。
もしも暴行未遂なら多少なりとも情報が入るだろうから、恐らく何か言われたのだろう。
言われた程度で…とも思うかもしれないが、信じて命がけで戦ってきた人間の根底を崩す言葉なら、十分に人を狂わせる。
言葉とは時に、武器よりも残酷な攻撃となる。
「それにしてもあのシェスチナがあんたをねぇ…。白銀なら在りえそうな話だけど」
「自分もそう思います。こういったイベントは武向けだと思うんですがねぇ…」
二人して何気に酷い事をサラリと言う。
この場に本人が居れば怒るだろう。そしてさらに弄られて泣く。
「可能性としては、あんたの思考ね。社に聞いたけど……読めないんですって?」
「らしいですね。彼女が言うには、意識の層が分厚くて読むことが出来ないとか…」
以前、霞に言われた事。
彼女の能力を持ってしても、大和の意識は読めないのだという。
ブロックされているのではなく、大和の意識の周りに何十もの意識の壁があり、それが厚すぎて意識を読めないのだと言う。
まるで樹木の年輪のように分厚いそれが、なんであるかは大和は何となく予想が出来ていた。
「積み重ねた年月は伊達ではない…という事らしいですね」
「40回を越えるループ…蓄積年月は既に30年越え…ってことはあんたもしかして…」
「もう50代ですねぇ…見た目は青年、中身は中年……おぉう…」
「自分で言ってダメージ食らってんじゃないわよ、全く」
自分で言った事に予想外の精神的ダメージが在ったのか額を押さえる大和。
その際に、夕呼が「50代か…微妙に外れたわね…ちっ」と、呟いていたとか。
「武の中身の年齢なら丁度良いのでは?」
「地獄耳ね…まぁ良いわ、シェスチナに関してはあんたに任せるから。00ユニットの方は社が居るし、どうせもうすぐA-01に配属だしね」
「そうですね、XM3の実機稼働データ収集と、改造用パーツの製作が終われば直にでも」
今後の予定にもある、A-01へのXM3導入、それと平行しての、不知火改造計画。
大和の考案する武装と装備、システムによる次の戦術機の為のテストヘッドとして、武と大和の不知火を現在改造する為に動いている。
先ほどまで、改造の為の部品製作を行っていた所なのだ。
この後、XM3搭載の不知火でデータ収集を行い、その後改造を施し、データを集める。
その集めたデータを比較し、上(この場合は夕呼)の許可を得て次の段階へ。
大和が目指す戦術機を作り出すには、足場がまだ無い状態。
その為、実証を出しながら足場を作って行かなければならないのだ。
「あんたが欲しがってた鉄屑…207が任官した後位に搬入できそうよ?」
「それはありがたい。プレゼントは喜ばれましたか?」
「喜ぶもなにも、半狂乱だったわよ、向こうの技術者連中。使い道の無い鉄屑と交換なら安いもんだって鼻息が荒いったらないわ」
先日の通信を思い出してか、ケラケラと笑う夕呼。
「鉄屑側に、反オルタ5の人間が多かったのも幸いしたわ。G弾運用の危険性…理解してる人間も居るのねぇ…」
しみじみと呟く夕呼。
今回取引をした人々…正確には会社は、どちらかと言えばオルタ4派…と言うより、単純にG弾運用を危険視、疑問視する人間が多かったようだ。
G弾運用は米国の総意のように思われがちだが、実際には反対派の人間も数多く存在する。
一つのモノに対する賛否両論があるのは、当たり前のこと。
それを数の暴力や権力、言葉の力で一方を潰すのが大国のやり方だ。
「一応、ライセンスだの技術提携だの打診してきたけど、どうするの?“本命”の方も嗅ぎつけてくるでしょうし…」
「問題ないレベルで提供しましょう。本命のXG-70の方もごねられても困りますから博士の判断に任せます。ま、あちらが持っていても宝の持ち腐れ…意味が無いですけどね」
かつて、ループした世界で、米国は所持していたXG-70を強引に運用しようとして、ML機関暴走により基地ごと消滅させるという馬鹿を犯した。
それだけでなく、G弾が効果を挙げなくなり、結果戦線は大きく後退。
米国本土も蹂躙され、瞬く間に新しいハイヴが出来ていった。
BETA戦後を考えていた連中は、BETAに食い破られつつあるシェルターの中で、こんな筈では、何故だと繰り返して泣き叫んでいたらしい。
5発動後の世界は、早ければ2年…長くても、10年が限界だった。
10年を見届けた大和も、地球最後の人類達と運命を共にした。
その時、最後まで戦っていたのが、武だった。
「手札は多ければ多い方が良い。特にエースとジョーカーはあれば有難いものです」
武という人類のエース、大和という反則のジョーカー。
どちらも手にしているのは、極東の魔女と恐れられる天才。
「A-01へのXM3教導は任せるから、遠慮しないでやりなさい」
「了解しました、博士が楽しめる映像をお届けしましょう」
フフフフフ…と怪しく笑う二人。
この場に武が居れば、二人の放つオーラに全身を震わせていただろう。
それだけ恐ろしい光景だった。
翌日、大和は強化装備に着替え、格納庫へ顔を出していた。
整備兵達が熱気を纏って作業しているが、いつもとそのテンションが異なっているように感じられた。
「班長、調子はどうか?」
「こりゃぁ少佐、ちょうど今終わりましたよ。連中、戦車級みたいに不知火に群がってましたからね」
班長の言葉に、確かに…と苦笑する大和。
視線の先には、XM3をたった今搭載し、各稼動部の調整と改良を施している整備兵達が、班長が言うように、戦車級の如く群がっていた。
皆、新しく開発されたOSと、ユニットに夢中になっているらしい。
「技術者ってのは、新しい物好きが多いですからね。説明書なんて、もうこの有様ですよ」
そう言って班長がテーブルの上から手に取ったのは、見事にボロボロになったXM3ユニットの換装説明書。
廻し読みしたのだろう、破れたり油で汚れたりで新品にはとても見えない。
「完了次第、実働テストとデータ収集を行うから、模擬戦用の武装も用意して貰えるか?」
「そう言うと思って、一通り揃えてありますぜ」
「見事な仕事だ、流石一流ですね、班長」
大和の言葉に照れながらも声を張り上げて整備兵達のやる気をさらに上げさせる班長。
「さて、この時間なら彼女達が実機演習を行っている……少々荒っぽいが、お付き合い願うとするか」
格納庫内の端末から夕呼に連絡を入れ、予定を伝えると二つ返事で了承された。
その際に、映像を撮ってこいと言われたので、整備班から数名借り出す事に。
「え~、新型OS搭載の不知火の動きを生で見たい人!」
「「「「「「「「「「はいはいはいはいはいはいっ!!!」」」」」」」」」」
自分達が整備した機体で、しかも一線を駕すと噂されるOS搭載の不知火の動き。
大和の言葉に、整備兵達が血眼で手を上げてきた。
通常の演習場なら、望遠カメラや定点カメラで映像を記録できるが、大和が今から行く演習場は、横浜基地内でも内部に位置し、秘密保持レベルの高い場所だ。
しかも、現在秘密部隊扱いの面子が使用中で、映像を持ち出すのが面倒。
故に、夕呼に完全ノーカット版で届ける為に、整備班から人員を借り出し、情報収集車両を設置する事になった。
演習場を囲む形で合計4台が借り出され、望遠カメラをセット。
さらに、現在管制を行っている指揮車両から内緒で配線を引いて演習場内の映像を拝借。
普通に機密保持に抵触するが、まぁ一応少佐権限でやった事だし、夕呼の許可もあるので問題ない…ハズ。
問題があるとすれば、この後の映像を見られて極東の魔女に苛められる運命にある人々だろう。
仕事が順調だからか、最近夕呼が自重しないと武に愚痴るまりもちゃんが居たとか居ないとか…。
「いやはや、皆ノリノリだな…」
演習場内部に居る面子に気付かれないように素早く、しかし正確に仕事をこなす整備班を見て、苦笑するしかない大和。
自分達が手掛けた不知火と、非公式だが噂に知られている特殊任務部隊との戦いを見られると、彼等はもうノリノリだった。
「少佐、各班配置完了しました!」
「ご苦労。さぁ、この不知火の力、お披露目と往こうか」
報告してきた整備兵に、答礼して不知火に乗り込む大和。
装備は強襲前衛、突撃前衛の武に合わせた為、今ではこの装備が大和の得意ポジションだ。
とは言え、武も大和も、どのポジションでも人並み以上に動けるのだが。
「黒金、不知火出るぞ」
外部スピーカーで足元の整備兵達に注意を促し、誘導員のトーチに従って格納庫から出る。
そして、データリンクで演習場の様子を窺いつつ、噴射跳躍で飛び立つのだった。
その日、特殊任部部隊、A-01、通称ヴァルキリーズは、何時も通りの実機演習を行っていた。
現在の人員は、隊長である伊隅 みちる大尉、速瀬 水月中尉、宗像 美冴少尉、風間 祷子少尉、東堂 泉美少尉、上沼 怜子少尉。
イーニァ・シェスチナ少尉に、クリスカ・ビャーチェノワ少尉、そしてCP将校の涼宮 遙中尉だ。
衛士8名なのは、明星作戦とその後の作戦で、実に13名の衛士が死亡、または病院送りとなったからだ。
この後、207訓練小隊が全員無事に任官しても18名の衛士。
武、大和を含めても20名、まりもを加えても21で合計22名……やはり、専任即応部隊としても、少ない。
A-01には、衛士として以外に、もう一つの意味があるとしても、やはり不安は残る。
人数が期待できないのなら、今居る人員の底上げを図る他ない。
それは隊長であるみちるも理解しており、演習にも熱が入る。
だが、ここ最近演習もシュミレーターも芳しくないのだ。
「シェスチナ少尉、前に出すぎだ! ビャーチェノワ少尉も不用意にエレメントを崩すなっ!」
みちるの指示が飛ぶも、言われた二人は素直に従おうとしない。
どちらも一般衛士を上回る腕前だが、性格に難があった。
イーニァは何を考えているのか判らず、演習でもシュミレーターでもあっちに行ったり、こっちに行ったりふらふらしながら戦っている。
クリスカは、そんなイーニァのフォローに回り、他の面子は御構い無しなので結果部隊がバラバラになってしまう。
それでもイーニァもクリスカもシュミレーターや模擬戦闘とは言え生き残るのだから、仲間にしてみればやってられないのだ。
その事をいくら注意しても、イーニァは相変わらず無口で無表情、分かっているのか居ないのか、返事はするが改善があまり見られない。
クリスカは逆に、作戦自体は成功していると言い張ってしまっている。
それでも、一応命令には従うしカバーにも入ってくれるが、やはりイーニァ第一主義で他はお座成り。
どうも、彼女は他人との間に必要以上に分厚い壁を作っているらしく、しょっちゅう喧嘩っ早い水月と揉めている。
その為、A-01の中でも二人は浮いており、彼女達と親しいと言えば、遙と祷子くらいな者だ。それでも平和的にお話可能レベル。
現在行われている4対4の模擬戦闘も、やはりイーニァが勝手な行動を取ってしまい、作戦の為にクリスカが引き戻そうとしたけど何時の間にか彼女のフォローに回っていて、結果みちると祷子の援護は放り出してしまう。
そこをつけ込まれ、みちるの小隊は全滅。
これで、イーニァとクリスカを含めた編成部隊の負け越しだ。
さぁまた大尉のお説教大会だと勝った水月がニヤニヤしていると、機体のレーダーが接近する機影を感知した。
『ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズへ、現在演習場に不知火が1機侵入。大尉に通信を求めています』
「なんだ、この忙しい時に……。こちら、A-01の伊隅大尉、何の用だ、ここは現在我々が使用している」
この後のお説教を考えて少々言葉が荒っぽくなってしまうみちる。
そんな彼女が開いた通信には、歳若い衛士が映った。
見た目の年齢を考えれば、任官したばかりの少尉にも思えるが、相手は不知火に乗っている。
この横浜基地で不知火を支給されているのは、彼女達A-01だけだ。
その事をいぶかしんでいると、通信は他の面子にも開かれていたのか、イーニァが「あっ!」と声を上げた。
彼女の珍しい声にウィンドウを開いて見れば、見たことのない笑顔のイーニァ。
表現するなら、ぱあぁぁぁ…って感じだ。
『イ、イーニァ…?』
相棒と言うか、保護者と言うか、まぁ姉が妥当な立場のクリスカも激しく動揺する笑顔。
それらを完全にスルーして、通信に映った若い衛士は口を開いた。
『こちらは、戦術機開発部門の黒金 大和少佐だ。訓練中失礼する』
大和の口から発せられた言葉に、一瞬呆けるA-01。
しかしそこは激戦を生き抜いた面々、直に正気に戻る。
「失礼しました少佐。それで、我々に何か御用でしょうか?」
言葉を正し、突然現れた理由を問い掛けるみちる。
ウィンドウの端で、水月が遙と小声で「あの歳で少佐!?」「技術士官さんじゃないかな…」と会話しているがスルーで。
『香月博士の許可を得て、貴方達との模擬戦闘を行う事になった。詳細は問い合わせて貰えば分かる』
「そんな……涼宮っ?」
『待ってください……ありました、新型OS実機テストの為、A-01部隊に仮想敵を命じる…』
『ちょ、聞いてないわよっ!?』
水月が遙に問い詰めるが、遙も私だって今知ったと言い返す。
他の面子も困惑しているが、遙の元に届いた指令書は正式な物で、ちゃんと夕呼の許可もある。
『記録、収集はこちらで行う。どうだろう、お相手願えるかな、大尉』
「…………っ、了解しました。では、補給がありますので少々お待ちください」
大和の言葉に、舐められていると感じたみちるは、内心を抑えつつ全員に燃料と弾薬の補充を命じる。
指揮車両の傍に設置されたコンテナから順番に補給を行う様子を眺めながら、大和は借り出した整備班にデータ収集と、もしもの際の退避を告げ、彼女達を待った。
みちる達は、突然の対戦だがそこは専任即応部隊らしく、気持ちを切り替えて模擬戦にあたるようだ。
大和との通信を一度遮断し、簡単なブリーフィングを行う。
「いいか、相手は新型OSを搭載しているらしいが、それ以外は普通の不知火だ、機体スペックの差は無いだろう」
『要は、腕前でその新型OSに対処しろって事ですよね大尉』
大和のワザとの挑発に彼女も乗ったらしく、ヤル気が漲っている。
相手の情報はあまりに少なく、新型OSも気になる点だが、それでも彼女達はA-01。
激戦を生き抜いてきた衛士としてのプライドが、良い方向で彼女達を後押ししていた。
「お待たせしました、少佐。模擬戦はどういった形式でしょうか、やはり1対1で?」
『市街地戦、装備は自由…1対2でも3でも構わない、そちらがやり易い形で挑んで貰いたい』
大和のこの発言に、水月はキレそうになった。
完全にこちらを舐めた発言であり、しかも挑むと言った。
つまり、彼女達が、自分に挑むという形だと明言したのだ。
しかも、彼女達が有利になる条件で良いよという傲慢さもプラスして。
これには流石のみちるも顔を顰める。
「少佐、お言葉ですが、それではあまりにも少佐に厳しいのでは…?」
みちるの言葉は、大和を思い遣ったのではなく、技術畑上がりであろう戦場を知らない新米君への憐れみと少量の御情けだ。
大和の年齢で少佐、佐官となると、よほどの戦果を挙げたか、技術畑出の臨時系佐官、でなければコネ上がりのボンボンだろう。
そう予想しての大人なみちるの態度だったが、そこまで大人になれない女性が一人。
『良いじゃないですか、少佐さんは新型OSと腕前に自信があるみたいですし、お相手してあげましょうよ大尉』
嫌味と怒気を織り交ぜた言葉を口にするのは、衛士としての腕前も高いが、同時にプライドも高いのに沸点が低い女性、水月だ。
通信に映る遙が、あちゃー…と額を抑えている。
こうなると彼女は引っ込みがつかないし、みちるも内心同意見。
「分かった…ではお前が行け速瀬中尉、それと東堂少尉、二機連携で参加しろ」
『了解です大尉!』
『うわ、私とばっちり……了解です』
突撃前衛である水月と組む事の多い、泉美が巻き込まれた。
ショートポニーの髪が、売られていく子馬の尻尾に見えたのは大和だけだろうか。
『ではこれより、黒金少佐対A-01の模擬戦闘を開始します』
他の機体が指揮車両の近くへ下がったのを確認し、距離を空けて対峙する大和と水月・泉美。
水月は秒殺で叩きのめすと意気込み、泉美は大和に安らかに眠ってねと手を合わせる。
美冴と怜子が何秒持つか、夕食のオカズの賭けをしている中、クリスカは困惑していた。
イーニァが、まるで眩しい宝物を見るかのような目で、大和の不知火を見つめているのだ。
『それでは………状況、開始!』
遙の声に、瞬時に動き出す水月と泉美。
実戦を知らないお馬鹿さんに、隠れる必要は無いとばかりに楯を構えつつ前進した二人を、驚愕が襲った。
「速っ、しかも低っ!?」
大和の不知火はスタートと同時に地面スレスレを噴射飛行し、水月達に迫る。
その異様な動きに、二人が突撃砲を構えた瞬間、不知火が地面を蹴って高く飛び上がった。
「馬鹿ね、空中じゃ狙い撃ち――――――!?」
飛び上がった不知火を追って視線と突撃砲を上げた二人は、ありえない物を見た。
なんと、相手の不知火が空中で姿勢を変えつつ、突撃砲を向けてきたのだ。
放たれるペイント弾が、正確に二機を狙い打つ。
『東堂機、右腕大破、右噴射跳躍システム破損』
『ちょ、あんな体勢から射撃って有りぃぃぃっ!?』
右腕を破壊認識された泉美の不知火が回避行動をとるが、噴射跳躍システムも機能が止まった為、満足に動けない。
水月はそんな泉美のフォローをしつつ、ペイント弾で染まった楯を横目に見た。
一般的な衛士なら、先ほどの攻撃で頭と胴体を打ち抜かれている。
水月は楯で防御し、泉美は咄嗟に機体を射線からずらしたが被弾した。
「あんな体勢から正確に頭と胴体に当てに来た…なんなのよあんたはぁぁぁぁっ!?」
叫びながらも、突撃砲で不知火を狙う。
が、大和の不知火は従来の戦術機では考えられない軌道でもってペイント弾を避けていく。
「この、変態野朗ぉぉぉっ!!」
その動きから思わず変態と叫ぶ水月。
以後、部隊内で大和や武の動きがこう呼ばれる事に、今決定した瞬間だった。
『東堂機、胸部に致命的損傷、大破…』
楯を捨て、長刀に持ち替えた泉美が接近戦を仕掛けてくるが、それをバックステップで避けてがら空きの胴体をペイント弾の色で染め上げる。
「てぇぇぇぇいっ!!」
そこへ、同じように長刀に持ち替えた水月が切りかかる。
彼女も突撃前衛長を任される衛士、近接戦闘に関しては部隊で1・2を争うエースだ。
が、その斬撃すらスルリと避けられ、さらに足をかけられて転倒してしまう。
起き上がろうとした機体が踏みつけられ、背中に浴びせられるペイント弾。
突撃前衛長が、足払いで倒されて、しかも背中に銃弾を浴びる。
これは、日本帝国軍、特に斯衛軍においては、上位の屈辱的な負け方だ。
『速瀬機、背部に致命的損傷、大破……状況、終了です…』
遙の声も重い。
みちるも、数秒間何が起きたのか理解出来なかった。
そして、理解した瞬間、自分の認識の甘さを呪った。
『さて、次はどなたですか大尉』
追い討ちでもかけるかのように繋がれる通信。
瞳に映る大和は、先ほどまでの相手を舐めた態度の若造ではなく、威圧感すら感じさせる戦士。
「………宗像、風間、上沼、4機で行くぞ」
『大尉っ?』
『それは……』
「今のを見ただろう、舐めてかかれば秒殺される。行くぞっ!」
『『『了解っ』』』
今度はみちるを含めた4機連携。
だが、相手をする大和は、視界に彼女達を入れつつも、機体のバランスを確認していた。
「やはり実機だと多少のブレがあるか…この辺りは修正が必要だな」
そして、遙からの言葉を受け、再び動き出す。
今度は障害物を立てにしつつ、確実にし止める動きの4機。
「本気のA-01、手強い……だが、武の相手の方がまだ難しいぞッ!!」
跳躍、射撃、回避、着地、牽制、一撃離脱…目にも止まらないという言葉を体言するかのように動き回る不知火に、みちる達は完全に翻弄されていた。
「これが、これが新型OSの力だと言うのか……いや、違うっ」
瞬く間に祷子と怜子が撃破され、追いつくのが精一杯のみちると美冴。
何とか数発命中させたものの、小破にすら至っていない相手。
「新型OS以上に、相手の腕かっ!?」
現在の戦術思想からは考えられない、空中を飛び回る軌道と、自在な攻撃。
そして、こちらの機体の硬直を狙ってくる技量。
どれも、新型OSだからで済まされるレベルではない。
「っ、しま―――っ!?」
美冴機が撃破された次の瞬間、相手の不知火はみちる機の懐に侵入し、突撃砲を眼前に突きつけた。
そして、視界がペイント弾の色に染まり、遙の状況終了の声が遠く聞こえた。
「………なんだ、あの軌道は……」
連携の問題から残されたクリスカは、客観的に戦闘を見ていた。
そして驚愕した。
高速近接戦闘に自信を持つ自分でも、あれにはついて行けない。
追いつくのが精一杯で、とても攻撃に移れない。
そも、あの変則的な軌道に、今自分が乗る不知火では追いつけない。
かつてイーニァと共に乗っていた、複座型の戦術機なら、あるいは…そう考えるが、勝つビジョンがイメージ出来なかった。
なにより、クリスカが驚愕している理由。
「色が見えない……いや、なんだこの色は…?」
大和の不知火から感じる、透明だが、どこか眩しい色。
時折、見える色は輝く色…似ているのは太陽、だがアレほど眩しくない。
考えれば考えるほど判らないクリスカの機体の前を、1機の不知火が動いた。
「………イーニァ?」
『……クリスカ、みえる…?わたしにはみえるよ……きれいで、こどくで、でもすごくやさしいつきのいろ……』
どこか、夢遊病患者のように呟くイーニァ。
その視線は、演習場に立つ不知火に向けられている。
正確には、その中に居る人物に。
『クロガネ、ヤマト…ヤマト……ヤマト………ヤマトぉぉぉっ!』
突然、イーニァ機が噴射跳躍で大和機へと襲い掛かった。
大和の名前を確かめるように叫びつつ。
『シェスチナ少尉、何を勝手にっ!?』
「イーニァっ!?」
突然のイーニァの行動に、焦るみちるとクリスカ。
『構わんッ!』
だが止めようとした彼女達は、大和の一喝に動きを止める。
『強襲とは、味な真似をしてくれるな少尉!』
『イーニァだよ、イーニァっ、ヤマト、ヤマトでいいんだよねっ?』
長刀を振り回して襲い掛かってくるイーニァ機の攻撃を紙一重で避けつつも言葉を発する大和。
それに大して、イーニァは瞳をキラキラさせて楽しそうに大和に話しかけてきた。
『ヤマト、どうしてわたしからにげるのっ? わたし、ずっとヤマトみてたんだよっ?』
『ずっとだとッ?』
噴射跳躍で地面スレスレを飛びながら距離を空けようとする大和に、追いすがるイーニァ。
周囲は突然のドッグファイトに唖然としていたが、大和はイーニァの言葉に驚いていた。
『さいしょはとおくから、でもガマンできなくてちかづいたの…でも、きのうヤマトにげちゃった…っ』
昨日の執務室へ入ったのを逃げたと思ったらしいイーニァ。
実はその通りなので内心苦笑するしかない大和。
『(俺が昨日気付く前から見ていたのか……) 何か、俺に用かな、シェスチナ少尉ッ?』
ビルを蹴り、突然の方向転換。
それに、マネをしながらついてくるイーニァ機。
だが、大和に比べると荒っぽい動きに、ビルが崩れる。
『イーニァ、イーニァっ』
大和に追い付くのに必死なのか、片言になっているイーニァ。
どうやら、名前で呼んで欲しいらしい。
『俺に勝てたら、そうしよう。ついでに、用件も聞こう』
『――――ッ!!』
大和のその言葉にスイッチが入ったのか、さらに猛追を始めるイーニァの不知火。
既存のOSでは難しい動きも再現しているのは、彼女の技量の高さか。
『ちぃッ!!』
長刀の攻撃に、突撃砲が弾かれる。
射撃では対処しきれないと感じた大和は、瞬時に長刀を右手に持った。
『俺に長刀を抜かせるか…予定が狂ったな…』
大和は今日、長刀を使う気は無かった。
XM3の有効性を教えるためという理由もあったが、夕呼に射撃だけで勝って見せてと言われたからだ。
要望には応えるのが主義の大和は、射撃だけで勝ってきた。
が、ここに来てイーニァに長刀を抜かされた。
『見事だシェスチナ少尉、敬意を表して――――』
数度の鍔迫り合いの後、距離を取った大和の不知火が、残った突撃砲を捨てた。
そして、左手にも長刀を持ち、二刀流になる。
『この一撃で決めよう―――――ッ!!』
『うぁっ!?』
フルブーストで突っ込んできた不知火に、長刀を振り下ろすイーニァ。
だがその攻撃を左の長刀で往なされ、懐に入った瞬間に右で切り抜かれる。
咄嗟の防御として左腕で防いだものの、機体は大きく揺らぐ。
それでも超人的な反射神経で回避を続けようとしたイーニァの視界に、大和の不知火が大きく映る。
『――――沈めッ!!』
×字に振り下ろされる二本の長刀。
その斬撃の衝撃に、激しい衝撃と共に倒れる不知火。
刃を潰してあるので切れはしないが、イーニァの機体には斬撃の痕が確り残っていた。
「イーニァぁっ!?」
『……………クリスカ……』
イーニァが倒された事に焦ったクリスカが通信を繋ぐと、落ち込んだ彼女の姿が映る。
「イーニァ、大丈夫、怪我はっ!?」
『……………まけちゃった…』
「え…?」
ポツリと呟いた彼女の言葉に、硬直するクリスカ。
『ヤマトにまけちゃった……なまえでよんでもらえない………』
ショボーンと落ち込むイーニァに、何と声をかければいいのか戸惑うクリスカ。
みちる達も、あまりの出来事にどうしようかと戸惑い気味。
『良いデータが集まった、感謝するよ伊隅大尉』
『少佐…いえ、こちらも良い経験になりました。新型OSもそうですが、少佐の腕前もお見事です』
周りの空気を全てスルーして通信を繋いできた大和に、みちるも気持ちを切り変える。
『いやいや、今のOSであれだけ動ける大尉達も見事なモノだ。焦らずとも、このOSはA-01へ試験導入が決定しているから、それまで待って貰えますかな、速瀬中尉?』
『う゛……バレバレですか……?』
新型OSの事について聞きたくてウズウズしていた水月に確り対応する大和。
指揮車両の遙が、親友の分かり易さに苦笑していたり。
『自分のメインの仕事は戦術機開発なので、あまり逢う機会もないでしょうが、次の時もお願いします、大尉』
『こちらこそ、次は同じ土俵で勝負させて頂きます』
あの変則的な動きを可能とするOS、その力を肌で感じたみちる達は、試験導入が待ち遠しくなった。
新型OSが導入され、慣熟した時こそ、雪辱を晴らす時だと胸に秘め。
『……………ヤマトぉ……』
『あの、シェスチナ少尉? 少佐の名前を呼び捨てはダメよ?』
捨てられた子犬か子猫のように通信越しに見つめてくるイーニァ。
彼女が大和を呼び捨てしている事を危惧し、優しく言い聞かせる祷子だが、イーニァは聞いちゃいない。
『やれやれ………ビャーチェノワ少尉、話があるので後で俺の執務室へ出頭願えるかな? ピアティフ中尉に迎えに行ってもらう。無論、香月博士の許可は取ってある』
「え……あ、あぁ…」
突然話の矛先が自分に向いたので生返事を返してしまうクリスカ。
ふと見れば、イーニァが何故か自分を羨ましげに見ていた。
『その時、イーニァも連れて来ると良い。では、失礼する』
そう言って、大和は噴射跳躍で格納庫へと戻っていった。
記録班は模擬戦終了を大和に告げられ、早々に撤退。
仕事の速い人達である。
「なんだったんだ、あの男は……イーニァ…イーニァ?」
自分の呼びかけに答えないイーニァに目を向ければ、どこか惚けた瞳で大和が去った方を見つめるイーニァが。
大事な大事な少女の見たことのない姿や表情に、戸惑うしかないクリスカだった。