2001年7月19日―――
「チクショウ、なんだよあの布陣はっ!?」
コックピット内で毒づきながら、必死に舞風を動かすタリサ。
一秒でも早く動かなければ、即撃破されてしまうだろうこの状況。
「危ねっ!?」
舞風の頭部モジュールを掠めるのは、支援狙撃砲のペイント弾。
それが着弾して廃墟のビルを黄色く染めるのを横目に、タリサは舞風をビルの陰へと滑り込ませる。
「あ~くそっ、こちらA00、皆無事かぁっ!?」
『こちらA02、何とか無事です!』
『A03、機体は無事です…でも右側CWSに損傷、使用不可…』
『A04、すみません…右手腕損傷しました』
『A05です、右噴射跳躍システムと支援突撃砲が破壊判定されました…』
タリサの呼びかけに、順次答えるのは207のメンバー。
上から順に冥夜、彩峰、委員長、高原である。
「01はどうなった?」
『最初の一撃で頭部と動力部を打ち抜かれたようです、大破判定がされました…』
冥夜の言葉に、顔を顰めるタリサ。
01は茜なのだが、これは彼女のミスと言うより、タリサの油断が招いた結果だ。
「前衛向きが居ないからって油断したなぁ、向こうはガチガチの待ち戦術かよ」
呟きながらビルの隙間を利用して望遠で敵部隊の様子を窺うが、頭部モジュールが露出した瞬間に頭上にペイント弾が着弾する。
「ひぇぇ、なんつー腕だよ、向こうの狙撃主は!?」
『恐らく珠瀬です、彼女の狙撃の腕前は、私達より遙に上です!』
「嬉しくない情報ありがとよ、まいったなこりゃ…」
頭をガシガシと掻きながら、この後の行動を考えるタリサ。
敵指揮官は同僚のステラであり、彼女の性格は冷静沈着、そして抜け目がない。
近い内に中尉になる為の試験を受けるとか言って、勉強もしていただけに、指揮能力も上がっているのだろう。
「前衛と出会い頭に01を潰されたのが痛いな…」
敵部隊前衛二機と接敵した瞬間、二機の背後三方向から支援狙撃砲による精密狙撃が行われ、結果はこの通り。
突撃前衛装備の冥夜、彩峰は追加装甲を楯にビルの影に隠れ、委員長と高原は後衛だったので直に物陰に隠れられたが、茜はタリサと一緒に中堅だった上に、周囲に障害物がない状態で狙い撃ちされてしまった。
タリサも追加装甲に集中攻撃を受け、ダメージ判定で追加装甲は使用不可。
先ほど捨ててビルの影に隠れた所だ。
「はぁぁ、やっぱアタシには指揮官向かねぇよ…」
ぼやきつつも、何とか相手に一矢報いるべく、頭を働かせるタリサ。
彼女達が戦う演習場は、一時の膠着状態へと陥っていた。
遡ること数十分前―――
この日、横浜基地演習場には207の響の他に、横浜基地戦術機開発・実験評価部隊、通称ワルキューレ隊の舞風まで鎮座していた。
演習場へ到着した207は、以前の模擬戦闘で見た二機が居ることに、戸惑いを隠せない。
指揮車両の隣に張られたテントの下には、強化装備姿の二人の女性。
恐らく彼女達が、舞風の衛士なのだろうと考えながら、207はテント前へと集合する。
「全員揃ったな」
彼女達を出迎えたのは、武やまりもだけでなく、大和も一緒だった。
大和は揃った207を一瞥すると、二人の女性衛士を促す。
「以前の模擬戦で見たと思うが、陽炎改造機『舞風』のテストパイロットをしている二人だ」
「タリサ・マナンダル少尉だ、よろしくな!」
「ステラ・ブレーメル少尉、よろしくね」
「よろしくお願いします!」×10
二人の挨拶に、207も敬礼で答える。
「二人は横浜基地戦術機開発・実験評価部隊、通称ワルキューレ隊に所属する衛士だ。どちらも基地内で上位に食い込む実力者でもある」
「えへへへ~っ」
大和の紹介に、嬉しそうに笑うのはタリサ。
見た目はアレだが、彼女の実力が高い事は、先の模擬戦闘でも理解している。
撃震の改良機とは言え、大和が操る機体に黒星を与えているのだから。
「本日の実機演習は二部隊に分かれての模擬戦闘だが、少し趣向を凝らしてみることにした」
そう言って大和が取り出すのは、腕が入る位の穴が空いた箱だ。
「中にクジが入っている、これで部隊分けを行い、少尉二人それぞれの指揮下に入って模擬戦闘を行ってもらう」
「えぇっ!?」×11
大和の説明に、驚きの声を上げる207とタリサ。
他の部隊の人間との演習や模擬戦闘は、合同訓練などであるが、訓練兵と正規兵を一緒に戦わせるなんて聞いた事がないからだ。
「まぁ、社会見学と思えば良い。実戦を経験した少尉達から学ぶ事も多く、また両少尉も部隊指揮や自分が忘れている基本を思い出すのにも有効と思ってな」
尤もらしい説明をする大和だが、後ろの武は呆れ顔。
要は、面白い模擬戦闘をやらせたいだけなのだから。
まぁ、一応経験を積ませるという理由もあるし、問題ないだろう。
「ちょっと少佐、アタシは聞いてないぜっ!?」
いきなり訓練兵達の指揮をやれと言われて、慌てるタリサ。
彼女、自慢では無いが部隊指揮は苦手なのだ。
マンツーマンでの指導などなら経験があるし、小隊指揮ならやった事がある。
しかし、訓練兵相手の指揮を出来るほど、彼女は勉強していない。
「面白そうですね、少佐」
「ステラぁ!?」
逆に、ステラは乗り気だ。
先ほども声は出さなかったが驚いていたステラ。
だが、先ほど大和が説明した理由には納得できるし、最近中尉への昇進試験を考えているステラには、良い経験になる。
何より、まだお尻の青い彼女達が、どんな頑張りを見せるか、楽しみという理由もある。
「では採決を取ろう、今日の模擬戦闘の内容に賛成の人挙手!」
で、上がるのは大和、ステラ、渋々の武と、苦笑したまりも。
207にはまだ参加権が無いらしい。
「酷ぇっ、横暴だぁっ!?」
「はっはっはっ、民主主義とは数の暴力なのだよ」
大和、少々問題発言。
多数決と民主主義は=ではないのだが。
とは言え少尉であるタリサに少佐の命令を拒否できるわけも無く。
訓練兵相手にどうすりゃいいんだよと項垂れるタリサを、ステラが微笑みながら慰める。
「では、くじ引きタイムだ」
と言って、茜に箱を向ける大和。
急な展開に戸惑いながらも、箱に手を入れて中の紙を一枚取り出す。
「えっと、A01です」
「神宮寺軍曹、記録をお願いします」
「あ、はい」
大和に言われ、テント内のホワイトボードにA01涼宮と書き入れるまりも。
よく見れば、既にA00タリサ、B00ステラと書かれている。
その後順番にクジを引いて、全員の部隊振り分けが完了する。
A部隊、隊長はタリサ。
A01茜、A02冥夜、A03彩峰、A04委員長、A05高原。
B部隊、隊長はステラ。
B01タマ、B02晴子、B03美琴、B04築地、B05麻倉。
この様に部隊分けがされた。
「う~む……」
「なんつーか…」
「見事に前衛後衛で分かれましたね…」
唸りながらボードを見る大和、苦笑する武と、引き攣った顔のまりも。
207A・B分隊でそれぞれ暫定ポジションとして、前衛ポジションが冥夜、彩峰、高原。
中堅に位置するのが委員長と茜、それに築地と美琴。
タマと晴子、麻倉が後衛だ。
器用な茜と機動力(逃げ足?)が自慢の築地は、時折前衛にも入るが、築地はあまり前衛向きではない。
それを考えると、A部隊は見事に前衛と中堅。
B部隊は中堅と後衛だけである。
A部隊には207両分隊の分隊長が同時に存在してしまっているし。
しかも部隊長も見事に前衛後衛で分かれている。
タリサはコテコテの突撃前衛、ステラは狙撃能力が活かせる後衛だ。
「バランス悪いな…」
「お前のクジだろ」
やれやれと呟いた大和に、武の裏手ツッコミ。
まぁ、本日は数度シャッフルしながらの模擬戦闘となるので、次のクジ引きに期待しよう。
「では、それぞれ部隊に分かれてブリーフィングに入れ、時間は15分だ」
ストップウォッチを片手に大和が宣言すると、両部隊急いでブリーフィング用に用意されたテーブルへと走る。
「よっしゃ、時間もないしとっととポジション決めて作戦練るぞ!」
「はい!」×5
こちらはタリサが持ち前の姐御肌で訓練兵達を引っ張る。
彼女が我の強い彼女達をどう扱うかが最大の見せ場だろう。
「それじゃ、簡単に質問していくから簡潔に答えてね」
「は、はいっ!」×5
こちらはステラの小隊。
クールビューティーと呼ぶべき美貌と言葉のステラに、彼女達は緊張気味だ。
「最初の部隊分け、どっちが勝つかな?」
「ある意味で長所同士のぶつかり合いだ。相手の行動と作戦を読み、尚且つ自分の部隊をどれだけ把握出来るかによるな」
ブリーフィングを進める両部隊を眺めながら、楽しげに会話する武と大和。
「でも面白そうだよな、正規兵に訓練兵を指揮させるのとか」
「普通なら有り得んがな、これも特権という奴だ」
と笑う二人だが、その会話を聞きながら作業するまりもは、別の思惑がある事を察していた。
「(どうせ夕呼の事だから、イベントとして許可したんでしょうね…)」
自重しない長年の親友(悪友?)の行動を理解して、不憫な207にそっと涙するまりもちゃん。
やがて15分が経過し、全員が機体へと走り出す。
そしてお互いの部隊が廃墟の向こうへと消え、指揮車両のまりもの声で模擬戦闘が開始された。
時は戻り―――
指揮車両に繋がれたモニターで状況を見つめる武と大和。
今回の模擬戦闘は両部隊CPなし、レーダー範囲は200m、武装は自由となっている。
「いきなり涼宮がやられたか…」
「これは腕前云々より、運が悪かったとしか言えんな…」
残念そうな武と、南無~っと手を合わせる大和。
タリサ率いるA分隊は、運が悪い事に、B分隊が網を張った場所に出てしまったのだ。
「B分隊は典型的な待ちの戦法だけど、これは怖いなぁ…」
状況を自分に置き換えてシミュレートして、顔を引き攣らせる武。
敵部隊前衛に発見された途端、三方向からの精密狙撃が襲ってくる。
しかもその内一つは、誤差が殆ど無い神業狙撃だ。
しかも弾丸が150mm、余程大きな廃墟や分厚い瓦礫でなければ、貫通して襲ってくる。
「しかも前衛は鎧衣と築地、片や勘と決断力では随一、片や回避機動が動物染みた動きNo1。その後ろには視野が広い柏木が控えている」
美琴の勘の良さは207の誰もが知っているし、工作能力はぴか一だ。
現に今も、相手部隊が利用しそうな道に、前回ステラが使用し、先行量産が開始された自動照準砲座を設置している。
設置さえれた砲座はセンサーが感知した機体へ突撃砲で攻撃するので、侵入警報の意味も持つ。
それが道と瓦礫の影に設置してあり、相手部隊の侵攻をより広範囲で察知できる。
打撃支援装備を選択した美琴はこれで手持武装は支援突撃砲一丁となるが、CWSにはガトリングユニットが装備されているので、火力は問題ない。
もう一人の前衛である築地は、物陰からソロソロと移動しながら相手部隊の位置を事細かに確認し、そのデータを狙撃機に転送している。
美琴と築地の役割は敵部隊の足止めと発見であり、無理に倒す必要は無いと言われている。
二人とも性格的にガンガン攻めるタイプではないので、ステラの指示はありがたかった。
中堅を任されているのは晴子、彼女の役割は後衛の防御と前衛が抜かれた際の仕切り直し役。
その為、CWSは多連装ミサイルユニットを装備し、もしもの際は全弾発射で敵の攻撃を強引に退ける役割を任されている。
この役は決断力もそうだが、広い視野がないと務まらない。
どの地点にどれだけ打ち込めば相手と距離を取れるか、それを広い視野で判断するのだ。
晴子の機体の直後ろにはステラ機、その右斜め後方に麻倉機。
タマの機体は、彼女達よりさらに後ろで陣取っている。
距離で言えばタマが一番遠いのだが、狙撃の命中率は一番だ。
現に、茜機の胸部を一撃で打ち抜いている。
麻倉機は胸部を狙ったが外れて頭部を打ち抜いた。
「流石ねタリサ、よく逃げるわ…」
そしてステラは、最初の一発でタリサ機を落とそうと考えていたのだが、見事に逃げられた。
これはステラの腕や支援狙撃砲の性能ではなく、タリサの勘と判断力が勝っていたからだろう。
こちらの前衛と接敵した瞬間、全ての機体が回避行動に入ったのは、恐らくタリサが回避命令を出したからだ。
残念ながら、A01、茜は場所が悪く逃げ遅れた。
そして彼女の能力を考えると……
「B02、B05、移動するわよ」
『え…あ、了解です』
『バレましたか?』
「恐らく、大体の位置を知られたわね…」
回避行動中であっても、タリサはこちらの狙撃位置を読んだだろう。
彼女ならそれ位はやってのける、確信があった。
「B03と04は下がりつつ敵の動きに注意、01はそのままで」
『『『了解!』』』
「全く、まるで才能の宝石箱ね…お姉さん楽しくなっちゃうわ」
珍しく戦闘中に微笑み、必死に頑張る訓練兵達を動かす。
待ち伏せ戦法は、場所が知られたら意味が無い。
その為ステラは、全員に細かい指示を出しながら敵の動きに備える。
「このままじゃジリ貧だぜ…」
一方のタリサは、冷や汗を流しつつ一度部隊を合流させる。
中堅であった茜を失った彼女達は、何とか敵部隊の狙撃を潰したかった。
因みに茜機は大破した瞬間に残骸扱いとなり、その場に墓標となっている。
現在彼女は、入力オンリーの戦況や仲間の会話を聞きながら、悔しさに打ちのめされている。
『隊長、私が囮になります。その間に珠瀬だけでも倒せれば挽回できます!』
『御剣、それはダメ…それは、私の役目』
『二人とも馬鹿言わないで、いくら貴方達でも珠瀬と麻倉の狙撃からは逃げ切れないわ!』
『おっそろしく精密だもんねぇ、あの二人…』
全方位警戒をしつつ、会話する面々。
タマは言わずとも高い実力だが、麻倉も舐めたらいけない。
207訓練部隊2位の狙撃の腕を持つ彼女、見敵と同時に狙撃に移るスピードならタマより上だ。
しかも精度も高い。
事実、タリサ達の位置が築地達によってロックされ、その位置データがスナイプユニットに自動受信された瞬間、麻倉は一瞬の迷いも無く狙撃し、茜機の頭を撃ち抜いた。
それから一秒と経たずにタマによって胴体を撃ち抜かれたのだ。
「お前ら、なにバカな事言ってんだ!」
『っ、申し訳ありません…!』
『…すみません』
『ほら見なさい、そんな無謀な事隊長がさせる訳「それはアタシの役目だ!!」―――って、はいぃぃっ!?』
タリサの一喝に、出過ぎた事言ったと謝る冥夜と彩峰。
委員長がそれ見たことかと言葉を発するが、その途中でとんでもない発言をしたタリサに遮られた。
「自慢じゃないが、アタシはこのF-15BEの機動力とその操縦に自信を持ってる。確かに連中の三方向同時狙撃は怖いけど、方向さえ判断できれば怖くない」
そしてタリサは、先程の狙撃で、大体の方向を読んだ。
その後、相手はステラなので移動した事も考えて、場所を大まかにだが特定している。
「お前等、これからかなり分の悪い賭けをするが、付いて来れるか?」
そう言って、映像越しに全員の顔を見るタリサ。
その表情には、どこか頼もしさすらあった。
『無論です!』
『むしろ追い抜く…?』
『彩峰っ、もう…隊長が囮だなんて…』
『そんな事言って、榊だって似たような事する癖に。あ、私は全然OKです!』
そんなタリサの言葉に頷く冥夜、生意気にも追い越してやると宣言する彩峰。
委員長は何やら頭を抑えているが、以前の模擬戦で自ら囮になって相手を誘き出した事を、その誘き出された相手に突っ突かれる。
高原は割りとそういう賭けは好きな方だ。
「フフ…分の悪い賭けは嫌いじゃない…ッ!」
「ど、どうした急に…?」
突然隣の大和が意味不明の台詞を言い出したので、微妙に距離を空ける武ちゃん。
「いや、言っておくべきかと思ってな」
「意味が分からん…」
なんてやり取りの二人は置いといて。
簡単な作戦会議を終えたA分隊が、動き出した。
『こちらB03、敵影確認!』
『こ、こっちにもっ、こちら04、敵影2機確認!』
連絡が来ると同時か早い位か、スナイプユニットの間接標準システムに敵位置が表示される。
「建物が邪魔ね…01、05、自己判断で撃ちなさい! ……タリサの読みの能力を見誤ったわね…!」
敵影の位置から、相手は確実にこちらの布陣を読んでいる。
その証拠に、ステラ、麻倉から狙撃できない、し難い場所を二機が移動している。
『B01、フォックス1!』
タマが狙撃したが、敵マーカーは健在。
『避けられたっ、マーカー1は舞風ですっ!』
「タリサっ!? 隊長が囮だなんて…っ」
美琴からの通信に、ステラが内心焦る。
タマの狙撃の腕前と射程距離は確かに脅威だが、撃ってくる方向を読まれ、さらにタリサレベルの勘と腕を持つと、当てるのは難しい。
とは言え、タリサの方もいっぱいいっぱいらしく、美琴の攻撃に押されて前には進めない。
「01はそのまま03と連携して敵部隊長を。05は04と共に他の機体をし止めなさい」
『砲座が発砲っ、右から抜かれました!』
「狙いはこちらね!」
美琴が設置した自動照準砲座が自動射撃を開始し、敵機体の足止めを狙うが、突破されたらしい。
『05フォックス1!』
『ダメですっ、掠っただけです!』
築地からの通信に、舌打ちして機体を狙撃姿勢から立ち上がらせる麻倉。
『そこっ!』
支援狙撃砲を構えたまま移動し、廃墟の境目を縫う様に移動する相手の響を狙い打つ。
だが次の瞬間、相手が持っていた多目的追加装甲をその場で放り投げ、それにペイント弾が着弾する。
『しまっ――!?』
次の瞬間、ビルを足場に三角跳びの要領で上空から強襲する相手の響。
慌てて支援狙撃砲を上空に向けるが、小型化されているとは言えCWSでも長物に分類される装備だ。
銃口が相手を捕らえる前に、相手の長刀が煌く。
『B05、胸部に致命的損傷、大破』
管制をしているまりもの声と共に、麻倉の視界が砂嵐になる。
そして次の瞬間には、現在まりも達が見ている映像に切り替わる。
負けた子はお勉強しなさいという事だろう。
「あれ…相手も大破?」
見ると、自分の響を切り倒した相手の響も、自分の機体の前で大破している。
大破判定理由は、150mmの着弾となっている。
「部隊長から…流石だ…」
相手の機体が長刀を振り下ろした瞬間、横合いの隙間からステラが狙撃したのだ。
だが一歩遅かったらしく、両者大破となった。
因みに相手は、なんと高原だ。
「ひゃー、高原根性あるなぁ…」
「彼女はここ一番でのフォローや度胸には定評がある」
モニターで見ている二人は、影の薄い高原の意外な活躍に感心していた。
彼女の機体は右噴射跳躍システムが破壊判定で動かないのだが、残りの1基と追加スラスター、そして壁を使用して強襲したのだ。
「くっ、間に合わなかった…」
『隊長、敵機二機接近!』
麻倉へのアシストが間に合わなかった事を悔やみつつ、晴子からの通信に素早く思考を切り替える。
支援狙撃砲を待機状態に戻すと、担架から突撃砲を両手に構える。
「喰い込まれたわ、乱戦になるから注意しなさい。04は03の援護を!」
ステラが指示を出しながら移動していると、そこに二機の響が現れる。
突撃前衛と打撃支援装備の二機が、晴子とステラの分断にかかる。
「02、ミサイルの発射は貴女に一任するわ」
『了解です!』
廃墟を壁にしながら、二機連携を組む相手を牽制するが、中々に手強い。
特に打撃支援の機体が厄介で、連携を組んでいる突撃前衛がどう動くか分かりきったような援護をしてくる。
『隊長っ、行きます! 02、フォックス1!』
晴子がCWSの多連装ミサイルが一斉に放たれ、ペイント液を撒き散らす。
大和考案のこの模擬戦用ミサイルは、ペイント液と白煙の二段構造であり、着弾した瞬間風船が弾けるように液と煙を撒き散らす。
煙が風に舞う中、黄色く染まった機体がチラチラ煙の隙間に見える。
『よしっ、仕留めた――って、嘘っ!?』
晴子がそれを見て喜んだ次の瞬間、黄色く染まった機体の後ろから、もう一機が噴射跳躍しながら現れる。
その機体には黄色い飛沫がかかっているだけでほぼ無傷と言って良い。
そして担架システムを起動しての3問の突撃砲+両肩のミサイルとマルチランチャーの一斉砲撃に晴子は逃げる暇もなく倒される。
因みに響や舞風の担架システムの前面展開は、基部で回転して突撃砲を正面に向ける展開形態となっている。
もしも手腕が破損した際は、各部伸縮部が伸びて手腕の位置に突撃砲を持ってくる事も可能だ。
「前衛が文字通り壁になったのね…っ!」
ミサイルが破裂する瞬間、突撃前衛の機体が楯を構えつつ打撃支援の前に立って被害を防いだのだろう。
廃墟から突撃砲で狙い打つが、相手はそのまま向こうのビルの後ろへと消える。
立て続けに二機撃破され二機撃破した。
数ではまだステラの部隊が勝っているが、油断なんて出来るわけが無い。
「っ、04も撃破されたのね…」
部隊の機体番号がまた一つ消え、築地が撃破されたと知るステラ。
『隊長、敵が増えました!』
「急いでこちらに、01は撤退の援護を!」
残った美琴の方に、先程の打撃支援が向ったらしい。
美琴との合流を急ぎつつ、ふと嫌な予感がするステラ。
敵部隊は6、最初に1機倒し、二機倒した。
現在美琴が応戦しているのはタリサの舞風、そして打撃支援装備の響。
では、残りの一体は?
「――――っ、しまった、01逃げなさいっ!!」
『え――っ?』
ステラからの通信に、一瞬狙撃を忘れて聞き返してしまうタマ。
そんな彼女の機体が隠れているビルの隙間へと、横合いから強襲する機体があった。
「見つけたぞ珠瀬ぇぇぇぇっ!!!」
長刀を振り被り襲い掛かるのは冥夜。
距離にして300mを、一気に詰めてくる。
『っ、しまっ――!?』
慌てて機体を立ち上がらせるタマだが、命中精度の為に機体をビルの瓦礫に預けていたのが仇になり、立ち上がりに時間がかかる。
「せぇいっ!!」
冥夜の声と共に長刀が振り下ろされ、胴体部を切り裂く。
刃は潰してあるので切れはしないが、衝撃でビルに倒れこむタマ機。
「隊長、やりました!」
『よくやった02、このまま勝ちに行くぞ!』
「はい!」
通信からのタリサの声に答え、冥夜は急いで敵が居る方へと移動する。
「タマを倒す為に、冥夜はずっと外円部を移動してたのか…」
「レーダー範囲が狭く、CPも無い。マナンダル少尉の読みと狙撃方向から位置を割り出したか」
その光景を見ていた武達は、冥夜の見事な強襲を褒めると共に、無茶をするタリサに苦笑を浮かべる。
「気のせいかな、俺マナンダル少尉とすげぇ気が合いそう」
「全面的に肯定だな」
「似てますね、無茶な所とか」
苦笑する武と、うんうんと頷く大和とまりもであった。
「お疲れ様だ、どうだったかな今日の模擬戦闘は」
「あ、少佐。へへっ、すっげぇ楽しかったぜ!」
格納庫から程近い休憩所で休んでいたタリサとステラの元に、大和がやってくる。
本日予定していた模擬戦闘は既に終了しており、207は現在本日のお浚い的な事をしている。
タリサとステラは、着替える前に身体を休めて居た所だ。
「最初は何を言い出すのかと思いましたけど、大変勉強になりました」
しみじみと答えるにはステラだ。
最初の一戦、あの後結局ステラの部隊が勝ったのだが、生き残ったのは美琴のみ。
ステラは後から駆けつけた冥夜に倒され、その冥夜は美琴を追うがトラップ代わりの自動照準砲座の餌食となった。
打撃支援の機体、あれは委員長の機体なのだが、ステラに撃ち抜かれている。
タリサは美琴とステラに追い遣られて敗北、元々タマの狙撃から逃げていてボロボロだったのだ。
そのタリサが撃破された瞬間、冥夜が全力噴射で突っ込み、切りながら横をすり抜けるという妙技でステラを撃破。
だが美琴にしてやられて終了。
なので、正直に言えば引き分けな模擬戦となってしまった。
その後、軽い休憩と次の班分けを行い、今度はバランス良く混ざり、全く活躍出来なかった茜が頑張って二機連続で倒すなどの名誉挽回を見せる。
最後の方はタリサもステラもA01やB05などの番号ではなく、苗字や名前で呼ぶようになっていた。
「全くだぜ、本当にあいつら訓練兵かっての…」
冥夜と高原の二人に近接戦闘で押し負けたタリサ、若干悔しそう。
「まぁ、彼女達との訓練は今後も考えてあるから、再戦はその時にな」
「本当ですかっ? よっし、次は2対1でも勝ってやる!」
大和の言葉に嬉しそうに意気込むタリサ。
武や大和からして見れば、冥夜や彩峰を含んだ前衛二人と互角に戦えるタリサの方が凄いのだが。
「とりあえず、着替えたら執務室へ来てくれ。報告書を書いてもらうんでな」
「了解です」
「うげ~…了解っす…」
大和の言葉に素直に返答するステラと、露骨に嫌そうなタリサ。
何故なら報告書をチェックするのは、唯依姫のお仕事。
彼女のチェックは日本語だろうが英語だろうが厳しいのだ。
「それじゃ、また後でな」
この後別の用事がある大和は二人と分かれ、演習場地下ハンガーへと足を伸ばす。
そこには、整備ガントリーに固定されている戦術機以外に、横浜基地が生み出した支援戦術車両、ガンメタルカラーに塗られた先行量産型スレッジハンマーがズラリと並んでいた。
「戦車長、首尾はどうかな?」
「これは少佐、上々ですよ」
最近新しく掘り進めて建造した演習場地下格納庫の、真新しいスペースで部下に指示を出しているのは、以前の戦いの際にハンマー部隊を指揮していた戦車長だ。
声をかけてきた大和に敬礼しながら、自慢の部隊へ視線を向ける。
そこでは、元歩兵や戦車兵の兵士達が、機体調整や操縦訓練など、熱心に行っている。
「気合が入っているな、皆嬉しそうだ」
「それはそうですよ、皆戦術機で戦う事を夢見て、破れてきた連中ですからね」
戦術機の適正は、万人にある訳では無い。
中には全く適正の無い人間も居るし、逆に207の乙女達のように高い人間も居る。
誰しもが徴兵や志願兵として適性試験に挑み、破れた者は歩兵や戦車兵、あるいはCP将校の道を進む。
整備兵の中にも、夢破れたが戦術機に携わりたくて整備や開発の道へ進んだ人間も多い。
だが、スレッジハンマーは、操縦方法は独特だが戦車が動かせれば多少の練習で操縦が出来る。
戦術機のように飛び跳ねたりしないので、適正も関係ない。
戦車一個中隊クラスの火力と、戦術機よりも硬い重装甲。
そして戦闘以外に土木や救護までこなせる万能支援車両でもある。
その証拠に、一番奥のスペースには、バケットやクレーン、掘削機などを装備した重機モデルや、衛生兵が使用する移動救護設備搭載の機体も鎮座している。
「聞いた話じゃ、帝国の帝都守備隊にも配備されたとか?」
「あぁ、色を帝国軍の不知火と合わせて塗った機体をな。性能評価も高いから、近々湾岸防衛隊にも配備される予定だ」
スレッジハンマーの活動範囲は、基本平地だが荒地でもキャタピラで走破可能だし、上半身が露出していれば水も大丈夫。
キャタピラで走破できない場所の為に、二足歩行にもなれる。
まぁ、大抵の場合、キャタピラの先、足の時の爪先になる部分に掘削機やバケットを装備して、ブルドーザーの如く土や瓦礫を押し退けながら進むのだが。
因みにこの格納庫の拡張も、重機タイプのスレッジハンマーで行ったのだ。
現在も演習場を広げる目的や、基地周辺の整地の為に運用されている。
基地正門の横にも、警備用のスレッジハンマーが1機、仮設倉庫の中で鎮座している。
これは重火器を取り払い、対人兵器…ゴム弾やネットなどを発射する武装が搭載されたモデルだ。
汎用性の高さが売りのスレッジハンマーには、大和考案の武装や装備の他に、現場や開発班、整備班などが上げたあったら嬉しいこんな装備を、大々的に募集して採用している。
その一例は、最近導入された戦術機搭載ガントリーフレーム。
これは、補給コンテナを運べる事に着目した整備班が、いっそ戦術機を乗せて運べば便利では? と考えた物。
使用場所は格納庫や演習場のみならず、戦場でも駆動系が大破して動けない機体や、自力で戻れない機体を回収するのだ。
スレッジハンマー自体に内臓された火器は、小型種なら問題なく駆逐できるので、ガントリーフレームを装備しても問題ない。
両肩のCWSにガントリーフレームが搭載され、手腕のガトリングがアームに換装される。
強度の問題でキャタピラの両足にもフレームが接続され、人型への変形が出来ないが、戦術機を運ぶのに人型になる必要は無いので大丈夫なのだろう。
「まぁ流石に、全身が掘削機なのはどうかと思いますがね…」
「アレはアレで浪漫なんだがなぁ…」
パイロットに選ばれた歩兵が出した案にあった、全身これドリルという機体。
ご丁寧に頭部にも回転するドリル、余計な部分で股間部分にもドリル。
態々絵まで書いて大和に提出したその兵士は、以後「スパイラル・斉藤」と呼ばれる事になったとか。
本人が気に入っているようなので、特に誰も気にしない。
大和はそんな案をバカにするどころか、ちょっと設計してみるかと言い出して、慌てて戦車長達が止めたものだ。
だが、その案の一部が実用化され、スレッジハンマーの前衛装備に搭載されている。
「足先に掘削機で、瓦礫もBETAも全部粉砕! くぅ、痺れますねぇ!」
「そうだろうそうだろう」
戦車長の言葉にうんうん頷く大和。
前衛、つまり防衛線での戦闘の際に一番前で支援をする機体は、当然小型種などに群がられる。
それを想定して、キャタピラ側面や正面などに、スーパーカーボン製の鋭利な刃物を搭載。
これらが全て個別に回転して、近づいた物をBETAだろうが瓦礫だろうが細切れのミンチにしてしまうのだ。
簡単に言うなら、畑を耕す際に使われるアレが、高速回転でキャタピラをガードしている状態。
正面、爪先の部分は強度を考えて掘削機の物を流用しており、より凶悪な見た目。
流石に大型種は無理があるが、要撃級なら何とか抉る事は可能と思われる。
攻撃を受けなければだが。
「でも整備班からは不評なんですよねぇ…」
「汚れるしな…」
まだ実際に対BETAで使用されていないが、モーターブレードを装備するソ連の戦術機関係で、BETA抉ったら掃除と整備が大変だと整備班に言われたのだ。
実際その通りなので、この辺りも考え物である。
「そうそう、例の話は聞いているかな?」
「あぁ、ウチの部隊とやるって話ですね? それ聞いてから、ご覧の通りですよ」
大和の言葉に、戦車長が嬉しそうに部隊の仲間を指差す。
彼らが気合を入れて整備訓練や機体操縦、武装の勉強をしているのは、数日後に予定されている出来事が原因。
「まだ基地内でもスレッジハンマーの実力に懐疑的な連中が多いのでね、期待しているよ戦車長、いや、松嶋中隊長」
「了解です!」
戦車長こと松嶋中隊長とニヤリと笑みを交わしてその場を後にする大和。
居並ぶ鋼鉄の重戦車たちが、その出番を今か今かと待っていた。