2001年6月28日――――
たまパパ来訪日―――
横浜基地は、朝から関係各署が慌しく動いていた。
本日の珠瀬国連事務次官来訪に際して、失礼や不手際が無いように最終の確認を行っているようだ。
横浜基地の着陸用滑走路に、珠瀬事務次官が乗ったHSSTが無事到着。
基地上層部の人間や基地司令が出迎え、本日の視察が開始された。
大和は少佐という事もあり、上層部の人間の列に紛れて出迎えを行った。
「さて、どんな騒ぎになる事やら…」
起こるかもしれない事件を気にしつつ、与えられた仕事の為に移動する大和。
今回大和は、国連横浜基地主導の戦術機開発計画の開発責任者として事務次官に説明を行う予定だったのだが、唯依に丸投げした。
説明と言っても、地上格納庫へと持って来たスレッジハンマー・響・舞風・轟を見せて説明する程度なので、彼女でも十分だったりする。
因みに轟は震砕の事であり、名前の響きが宜しくないとツッコまれたので轟となった。
まぁ、どうせ帝国軍で使用される場合は、また別の名前のなるのだろうと大和も気にしていない。
帝国軍の場合は、撃震・轟とかになる予定だと巌谷中佐から連絡があった。
恨めしそうな視線を向けてくる唯依をスルーし、207の面々の様子を見に行く大和。
遠くから覗いて見れば、タマの腕には分隊長と書かれたタグが。
どうやらイベントの一日分隊長が発動したらしい。
ガチガチに固まっているタマを、武が苦笑しながら声を掛けている。
他の面子は、大丈夫なのかと不安顔だ。
その中で、麻倉が大和の視線に気付いて、他の面子に分からないように親指を立てる。
それに対して大和も親指を立てて頷くと、その場を後にした。
「こちらが、横浜基地で開発された支援戦術車両壱号機『スレッジハンマー』です」
「ほほう、無骨ながら頼もしい機体だ」
格納庫では、丁度唯依による機体説明が行われていた。
今日の為に格納庫に並べられた、スレッジハンマーと響、それに舞風と轟。
CWSの見本としてクレーンに吊り上げられた、複数のユニット。
それらを事務次官は真面目な表情で見つめながら、気になった事を唯依に質問しながら視察していた。
特に、スレッジハンマーと轟に興味があるらしく、細かい部分まで質問している。
国連本部の方でもスレッジハンマーの噂は流れているそうで、事務次官として聞かれたら答えなければと熱心に覚えている様子だった。
やがて視察が終わり、別の仕官に連れられて次の視察場所へと向う事務次官を見送り、唯依はそっと息を吐いた。
「お疲れ様だ中尉」
「きゃっ!? しょ、少佐、どこから出てくるのですかっ!」
通路のフェンスをよじ登ってぬっと現れた大和に、本気で驚く唯依。
見れば下には整備兵が機体整備に使う梯子が。
「全く、どちらへ行っていたのですか? 本来なら少佐が説明しなければならない仕事でしたのに…」
「何、俺のような若造に説明されるより、唯依姫のような美女に説明された方が喜ぶと思ってね」
唯依の苦言も、のらりくらりで避ける大和。
逆に彼の美女発言に、唯依姫が真っ赤になったり。
「視察も終わったのだし、スレッジハンマーは所定の格納庫に戻してくれ。見本にした武装もな」
「了解しました」
視察の為に移動させた機材や機体を戻させ、唯依にこの後の指示を出していると、ピアティフ中尉が現れて夕呼が呼んでいると言う。
彼女の元へと行ってみれば、午後の視察の際に大和も参加しろとの事。
どうやら事務次官が大和に逢いたいらしく、先ほど居なかったので夕呼にお願いしたらしい。
「やれやれ、面倒な…。俺はあまり覚えて欲しくないのだがなぁ…」
軽く肩を竦めながら、指示された場所へと移動する大和。
事務次官はこの後司令達との会談を兼ねた食事だそうなので、午後から一緒に回る事になるようだ。
2001年6月28日――午後―――
食事を簡単に済ませ、途中で行き会ったステラに制服と髪型を直されてから207が待つ場所へと赴くと、既に事務次官が来てタマとの再会を喜んでいた。
父親を前に、ガチガチに緊張しているタマと、不安そうな面々。
まりもは武と大和が許可したので一日分隊長には目を瞑るようだが、事務次官に見えないように額を押さえている。
「で、ででででは、隊員達を紹介しまひゅ!」
どもって噛んで、ボロボロなタマだったが、たまパパはそんな娘の姿を楽しそうに見ている。
既に事務次官ではなく、ただの親バカだ。
「207A分隊長の涼宮 茜訓練兵です!」
「ほうほう、君がA分隊のアホ毛分隊長だね。なんでも突撃前衛志望なのに器用貧乏で、同性愛者に狙われていたとか」
「………っ(ピキッ」
たまパパの言葉に敬礼したまま額に青筋が浮ぶ茜。
タマ、ガクガク。
「207A分隊、柏木 晴子です」
「うん、君の事も聞いているよ? 飄々とした顔でいつも美味しい思いをしているとか。興味ない素振りの癖に好きな男の傍らをいつもキープしている抜け目のない行動が売りだとか?」
「あ、あははは……(#」
あの晴子にすら青筋浮かべさせるたまパパ。
タマ、ブルブル。
「に、207A分隊の築地 多恵であります!」
「ほほう、君が築地君が。なんでも同性愛者だったのに素敵な上官に憧れて無駄に自慢の身体でアプローチしているとか。恋愛観は人それぞれだが、まともになって良かったじゃないか」
「は、はうぅぅぅっ!?(///」
築地涙目、と言うかセクハラです事務次官。
タマ、涙目ながら築地が思わず隠した胸を睨む。
巨乳は敵のようだ。
「207A分隊、高原 由香里です!」
「おぉ、君が影が薄くて幸薄くて印象が薄くて名前が全然出ない高原君か、苦労も多いだろうが頑張るのだよ?」
「あ、ありがとう…ござい…ます…」
事務次官の言葉に物凄く落ち込む高原。
どうやらかなり気にしていた事を突かれてズタボロのようだ。
事務次官が隣へ移動すると、orzの体勢に崩れ落ち、晴子と築地が慌てて支える。
「207A分隊、麻倉 一美です」
「うむ、君の噂はたまから聞いているよ。なんでもとある少佐と同じで腹黒で天然でもう駄目だこいつ…と思われているそうだね?」
「…………………(<●><●>」
物凄く怖い瞳でタマを見る麻倉、無言なのが更に怖い。
タマはこっち見んななんて言えず、ただプルプルと震えるだけ。
しかしパパのターンはまだ終わっていなかった!
「207B分隊の榊 千鶴です!」
「おぉ、君が榊君なのか。頑固で融通が効かなくて厳しくてその癖抜け目無く意中の男性にアプローチしているとかい、いやお父上にそっくりだな」
「そ、そうでありますか…っ(ギンッ!」
事務次官に答えつつ、タマの方へそれだけで人が殺せると思うような視線を向ける委員長。
タマ、恐怖でそろそろ下腹部の辺りが限界。
「207B分隊、鎧衣 美琴です!」
「おぉ、君がたまより平坦でまっ平らで洗濯板な鎧衣君か、いやはや君のお陰でたまは身体のコンプレックスが解消されたそうだ、礼を言うよ」
「う、うわ~んっ、酷いや壬姫さんっ!!」
本人も気にしている事を指摘され、思わず涙を流しながらランナウェイ。
慌ててまりもが追いかける。
あと事務次官、本気でセクハラですって。
「207B分隊、彩峰 慧です…」
「おぉ、そうか君が巨乳神拳なる武術の使い手で、焼きそばと結婚すると豪語する子だね。いやはや愛の形は様々だが、食物をそこまで愛するとは逆に天晴れとしか言い様がないな」
「 <●><●> 」
本気でセクハラな事務次官、はははははっ…じゃないって状況。
彩峰の視線に、タマ、もう全身痙攣。
「207B分隊、御剣 冥夜です!」
「おぉ、貴方が……」
「…? 私には何も無いのですか?」
「いえ、死活問題ですので、本当に…」
タマ、最後の最後で安心するが甘い。
言えないという事は、それだけ凄いことを書いたのだと冥夜に理解させてしまった。
現に、冥夜の額に怒りマークがピークピクっ。
「おや、君たちは…」
そして、並んで最後で待っていた大和と武に気付いた事務次官。
「は、国連太平洋方面第11軍・横浜基地所属 黒金 大和少佐であります」
「同じく、国連太平洋方面第11軍・横浜基地所属の大尉、白銀 武であります!」
ビシっと敬礼する二人に、事務次官も答礼して二人を見る。
「君達の噂は聞いているよ、特に黒金少佐。午前中に見せてもらった素晴らしい機体や装備の数々、若いながら見事なものだ」
「は、ありがとうございます」
「腹黒であくどい性格で敵に回した相手に容赦しない上に時々空気を読まないと聞いた時は不安に思ったものだが、なんだ大層な好青年ではないか」
「(ピクッ)…あ、ありがとうございます」
事務次官の言葉に、眉が一瞬跳ねるものの、ポーカーフェイスを保つ大和。
むしろ隣の武が引き攣っている。
「黒金の黒は腹黒の黒で、しかもイニシャルのY・Kは、空気を『読むのを・断る』という意味だと言うのは本当かね?」
逆にするとK・Yだしなと笑いながら肩を叩く事務次官。
何で事務次官がK・Yの読み方を理解しているのかとか色々疑問があるものの、冷や汗ダクダクなタマ。
次の瞬間、グリンっと首が回転して真後ろを向いて|<◎><◎>|という、麻倉達よりも怖い視線を向けてくる大和に、タマ真っ白に。
武は首の骨格どうなってんだと隣で驚愕していてフォローできない。
「それで、君が白銀大尉だね?」
「え…あ、はい、そうであります!」
場の空気を完全にスルーする事務次官、ある意味大和より性質が悪い。
武の前に移動した事務次官は、少しの間武の瞳を見つめると、何やら満足した顔で武の両肩を掴んだ。
「なるほど、たまが手紙でベタ褒めするからどんな超人かと思っていたが、確かに真っ直ぐな瞳の立派な戦士だ」
「は、はぁ…」
「その若さで大尉で、しかも凄腕の衛士だそうじゃないか。いやいや、君なら安心して娘を任せられる!」
「あ、ありがとうございます!」
うんうんと頷く事務次官に、反射的にお礼を言ってしまう武。
だがその瞬間、彼に想いを寄せる乙女達+女性が、嫌な予感を感じ取る。
「それで、式の日取りは何時にするのかね?」
「――――は?」
事務次官の突然の言葉に、思考停止な武。
大和はポーカーフェイスだが脳内ではキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!とフィーバー状態だ。
チラリと視線を向ければ、そこでは一歩引いた位置から麻倉が撮影中。
あとタマが崩れ落ちた。
「式だよ式、結婚式だ。私はなるべくなら神前式が望ましいが、タマのウェディングドレス姿も見てみたいなぁ」
笑う事務次官、乙女達の矛先が自分に向いたと理解して冷や汗ダラダラな武。
どこからか断れ~断れ~という呪詛のような言葉まで聞こえてくる。
特に狂犬な人の方から強いオーラが。
「身内贔屓だが、たまは良い子だぞ? 少々体格が物足りないかもしれないが、愛の前では問題ないだろう。それに白銀大尉は幼女趣味だと聞くしな」
内心でタマーーーーっ!!と叫ぶ武、噂の出所は霞を連れて歩いているから。
「恐れながら事務次官、実は白銀は珠瀬訓練兵とは結ばれる事は…その、難しいのです」
と、そこへ口を挟むのは大和。
武は助かったか!? と親友を救世主のように見て、タマはそんなぁっ!? と絶望の視線を向ける。
「ほぉ、何故かね少佐?」
「実は白銀は、その、男の象徴が…マンモスで」
「マンモスとなっ!?」
「ちょっ!?」
大和の言い難そうな言葉に、くわっと目を見開く事務次官。
武が慌てるが、既に口を挟むことが出来ない空間が発生している。
あと、乙女達+一人が武ちゃんのある部分を超凝視。
「大きさから考えるに、珠瀬訓練兵では受け入れられないかと…。しかも絶倫具合がもうTレックスレベルで」
「ティラノサウルスと申すかっ!」
凝視、更に強く。
武ちゃん、本能で股間を隠す。
タマ、想像して脳内オーバーヒート。
「その大きさと絶倫っぷりをBETAで表すなら、もう、要塞級?」
「グラヴィスかっ!!」
酷い例えに武ちゃん真っ赤に、羞恥心的な意味で。
くわっと目を見開いた事務次官、チラリと武ちゃんの下半身を見てから、若干悔しそうにこれが若さか…と呟いた。
「そうか、確かにそれではたまが壊れてしまうな…しかし何とか娘の想いを叶えてあげたいものだ…」
「ならば事務次官、こういった手はどうでしょう?」
そう言って、事務次官のお耳に何やら小声で話す大和。
事務次官はふん、ふん、ふん…と頷いた後、なるほどと何やら納得した。
「白銀大尉!」
「あ、はいっ!?」
またも肩をポンと叩かれ、直立する武。
「たまが第一夫人になれるなら、私は文句は無い。是非頑張ってくれたまえっ!」
「ちょ、何をですか事務次官殿っ!?」
「ご心配なく、白銀は複数の女性をこれでもかと言うほど愛せる男ですので」
「何言っているのっ、ねぇ何を言ってるの二人はっ、お願いだから俺の目を見て会話してくれないかなっ!?」
HAHAHAHAHAHA…と笑いながら進む二人に、涙目な武ちゃん。
無論事務次官は冗談で言っている、大和は本気だが。
「複数の女性を…っ」
「……これでもかと…」
「あ、ああ愛せるとは…っ!」
「涼宮、彩峰、冥夜っ?! 怖いよ、なんか視線が怖いよ俺っ!?」
築地・高原・麻倉を除く面々からにじり寄られて震える武。
皆が武ちゃんを取り囲む中、築地と高原が友人達の様子に抱き合って震え、その光景を麻倉は平然と撮影していた。
タマ?
なんか気絶していました。
「それでは、諸君等の働きに期待する!」
「敬礼!」
一部暴走があったものの、視察を無事に終えた事務次官はHSSTに乗り込み横浜基地を後にする。
その際に、実はタマが分隊長じゃないのを知っていたと暴露し、タマ超涙目。
で、やっぱり武に別れ際に娘を頼むぞとか孫を期待するとか言ってそのまま乗り込んでしまう事務次官。
残された武ちゃんは、周囲からの鋭い視線を受けながら、親友に助けを求めようとしたが既に居なかった。
数時間後、心身ともに疲れ果てた武が、霞に膝枕されながら眠りにつくのであったとさ。
無論、翌日騒動が勃発するのは言うまでも無い。
あと、まりもちゃんの舐めるような視線が怖いと後に語ったらしい。
「やはり、あったんですね?」
「えぇ。エドワーズから出発しようとしていたHSSTに不審な動きが見られてね。事前に止められたから良かったわ~」
夕呼の執務室。
滑走路から早々に引き上げた大和は、その足でここを訪れていた。
目的は、HSST落下事故の様子について。
今回もエドワーズからのHSSTに仕掛けをしようとしたらしいが、事前に注意するように通達してあった為、未然に防げたらしい。
念のために出しておいた超水平線砲を地下に戻すように連絡を入れつつ、夕呼から渡された資料に目を通す。
「……下らない話ですね、自分達が早く逃げたいから邪魔なこちらを潰そうとするとは…」
「最初は人類を存続させる為の計画が、今じゃ私利私欲に走る無能の逃げ場所だものねぇ…」
オルタネイティブ5は、本来は人類という種を滅亡させない為の計画。
それが何時の間にか、自分が死にたくないと足掻く馬鹿の集まりになってしまっていた。
その気持ちは分かりはするが、かと言って最善を尽くそうとしている他者を排除してまでやる事では無い。
今回の件で、連中は動きを制限される事になる。
オルタネイティブ5と言っても、その中にはやはり派閥が存在し、今回の騒動は過激派…一刻も早く地球を捨てて自分達だけでも助かりたい連中の凶行だ。
中立派、オルタネイティブ4が失敗するまでは待つよという連中からも嫌われているし、穏健派と呼ばれるオルタ4の成功を祈りつつ次善策として用意を進めている連中からすれば膿のような連中だ。
今回の騒動の後、数名の議員と軍関係者が辞職や更迭になったのは、恐らく穏健派が丁度いいとばかりに尻尾きりをしたのだろう。
オルタ4を潰すのは困るけど、自分達の計画を潰すのも困るという考えからの対処と思われる。
空の上で作っている船団も多額の資金で作っているのだし、無駄になったら困るのだろう。
その辺りは、夕呼が連中を説得する方法を考えている。
要は無駄にしなければ良いのだから。
「珠瀬事務次官はなんと?」
「納得した顔だったわ。でも、出来うる限りの協力は惜しまないそうよ」
事務次官も敵が多い人であり、今回の事件は事務次官とオルタ4の両方が潰せると思っての事だろう。
その事は事務次官も理解しており、また見せてもらった横浜基地の技術力などから、これからも協力を惜しまないと確約してくれた。
「で、F-22Aを10機くらい頂戴って言ってみた」
「あんた鬼やッ!!」
ケラケラ笑う夕呼と、珍しくツッコミに回る大和。
まぁ彼女も冗談で言ったのだろうが、事務次官の頬が痙攣していたと立ち会ったピアティフ中尉は確認していた。
「まぁ冗談なんだけどね。ところで、殿下と裏でやってる事、大丈夫なんでしょうね?」
「ご心配無く、その為の準備も進めています。後は、戦略研究会が発足されれば事は自ずと起こるでしょう」
「連中が裏で這い回って帝国の若い将校を煽ってクーデターねぇ…そこまでして邪魔したいのかしら連中は」
頭が痛いとばかりに溜息をつく夕呼。
かのクーデターで背後に居たのはオルタネイティブ5推進派。
日本帝国への介入力を強め、そしてオルタネイティブ4を邪魔する為に講じられた愚かな手段。
オルタネイティブ4を誘致したのが日本帝国なので、その帝国に介入すればオルタ4の邪魔、上手く行けば追い出しが出来ると考えての事だろう。
愚かとしか言い様が無い事だ。
ただ、実行しようとしている連中が、先にも言った過激派であり、穏健派や中立派からも嫌われている。
その為手勢が少ない為に、前の世界では失敗したと言っても良い。
連中は自分達の息のかかった米軍部隊で殿下を確保し、無事に届ける事で恩を売るなり、殿下をクーデター軍に殺させて帝国の柱を崩し、そこに強引に介入するなり考えていた。
が、結果は米軍部隊は全滅、国連軍と斯衛軍によって殿下は無事に保護された。
その上殿下の権力が復活し、帝国に手出しが出来なくなった。
「今回も同じ事を考えるでしょうね。今日の事件を切欠にして…」
HSST落下事故の失敗に、連中は間違いなく焦る。
そして、クーデターへの布石を散りばめる。
「それが分かっていて、止めさせたわね、アンタ」
「当然です。無駄な危険は省くに限る。その結果生まれる犠牲は、俺が全て受け入れます」
だから、武にはHSST落下阻止としか伝えて居ない。
阻止する為に、犠牲になった人、そしてこの後のクーデターによって犠牲になるかもしれない人。
それらの犠牲を、大和は受け入れる。
「白銀と違って、アンタはドライねぇ…」
「武なら、救えるなら、救えるかもしれないなら救いたいと願うでしょう」
それが武の美点であり、弱点でもある部分。
全てを受け入れて成長しても、心の傷が彼を責めている。
だから彼は、仲間が、大切な人が傷つき、犠牲になるのを絶対に認めない、許さない。
だから全力で強くなり、今も強くなっている。
「アンタはそう思わないわけ? 聞いた所だと、随分とA-01や部下を大事にしているみたいだけど」
「彼女達は特別です、あらゆる意味でね。それに、今の俺に犠牲をとやかく言う事は出来ません」
そう言って苦笑する大和の表情は、泣いているように見えた。
「何度も繰り返したループで、俺は何千人も犠牲にしてきました。戦いで救えなかった仲間、守れなかった人々、俺の為に散った戦友…今更なんですよ」
己の両手を見つめる。
時々、その手が赤く染まるような幻覚を見る。
「例えループしてやり直しになっても、前の世界での記憶が俺を責め立てる。何故救えなかった、何故助けなかったとね…」
「黒金…アンタ…」
「ある人が俺に言いました。お前は神じゃない、両手が届く場所の人しか助けられない、だからその両手の範囲だけは絶対に守れば、それで良いじゃないかって…」
もう擦れてきた最初の記憶の中で、今も鮮明に自分に笑いかけるあの人。
思えば、戦おうと思ったのは、彼に出会ったから。
「ある少女が俺に言ってくれました。やり直せるのは、きっともっと良い世界を見たいから。だからやり直して、強くなっていけば、世界を創り直せるよ…と」
今も忘れない、かつて救えなかった少女。
彼女が自分の嘆きや後悔を聞いてくれたから、ループする人生を生きていける。
あの時、あと何回死ねばいいと泣き叫んだ大和を、優しく抱きとめてくれた幼い少女。
「俺は大勢の人の犠牲と想いの上で強くなりました。だから、もう何も恐れません。その全てを飲み込んで…俺は戦い続けます」
戦い続ける事、それが、黒金 大和という人間を、強くしてくれた人々への、せめてもの恩返し。
「あの子達を守っているのは、アンタのエゴって事かしら?」
「そうなりますね。犠牲を払う事を認めながら、自分の周りだけは助けたい…エゴの塊ですね、俺は」
「………アンタも、不器用な人間ね」
よく言われます。
そう言って、大和はソファから立ち上がり、執務室を後にする。
「つまらない話をしました、忘れて下さい。では」
大和が退室し、一人になった部屋で、夕呼は天井を見上げた。
「アイツ、どっか壊れてるのね……」
見上げた天井にある電灯の灯りを、ぼんやりと眺める。
「犠牲や悲しみで立ち止まらない、逃げない、そして恐れない…だけど誰かを助けたい…黒金、アンタはまだ人間よ」
そう呟いて、夕呼は少しの眠りに入った。
目覚めれば、また明日の為への戦いの日々だ。