2001年6月21日――――
YF-23が極秘に搬入されてから既に二週間が過ぎた
この間、大和は70番格納庫に篭りながらYF-23の改良を進めていた。
長い事雨曝しだった上に博物館で展示されるだけだった機体は、各部が傷んでいたのでまずオーバーホールから開始された。
一度機体をばらし、その後で組み立てながら改良を施す。
機体に装備させる追加スラスターも外装から設計をし直し、YF-23専用の物を拵えている。
調子がいい時は寝ずに仕事をしているので、時々唯依が来て仮眠室へ強制連行したりするが、とりあえず改良は順調のようだった。
そんな中、大和が開発班と武装の事で意見を交わしていると、ピアティフ中尉が現れて夕呼が呼んでいる事を伝えた。
「お呼びですか、香月博士」
「あぁ、黒金。悪いわね仕事中に」
一応労ってくれる夕呼に半分趣味ですからと冗談を交えてソファへと座る。
夕呼が呼び出した理由は、大和にも意外な事だった。
「珠瀬事務次官が…?」
「えぇ、視察に来るそうよ。最近色々やってるから、国連の方でも怪しんでる連中が居るし、その関係でしょうね」
「………となると、HSSTによる“事故”が起きる可能性がありますね…」
「あぁ、白銀に前に聞いたけど、エドワーズからのHSSTが落ちてくるんだっけ?」
どうやら事前に武が話していたらしく、それなら話が早いと話を進める大和。
「多くの世界では珠瀬訓練兵が吹雪と試作1200mm超水平線砲で撃墜、前の世界では事前に武が博士にお願いして、未然に阻止されましたね」
「あぁ、アレね…って、そう言えば黒金アレ持ち出したでしょう!?」
思い出したように掴みかかってくる夕呼を、どうどうと落ち着かせる大和。
「一応念のために、砲身を改良しまして。十発までなら安全に撃てますよ」
それ以上となると砲身の交換が必要ですがと話す大和を、呆れ顔で見る夕呼。
「本当に、アンタの設計図は反則よね…」
「チーターマンと呼んでください」
意味が分からない夕呼が可哀相な子を見る目で見てくるのをサラリとスルーし、一応の対策を考える大和。
「日付が違いますからね、もしかしたら違う場所からのHSSTかもしれません」
「そうね…事務次官が来る日のHSSTの予定を調べておくわ」
「お願いします」
仮に、未然に防げなかったとしても、改良された超水平線砲と、ステラが居るので心配はしていない大和。
タマも武ちゃん効果で実力と自信を身に付け始めているので、彼女に任せても大丈夫だろう。
「それで、来訪日はいつ頃に?」
「6月28日よ。日にちだけは合ってるのがイヤらしいわね…」
肩を竦める夕呼に、同感ですなと苦笑する大和。
他に連絡事項も無いとの事なので、事務次官来訪を武に伝える為に、大和は地上を目指した。
「それじゃぁこの場合、委員長ならどう対応する?」
「はい、この場合は、相手の前衛が少し前に出ていますので、これを彩峰と御剣で抑えつつ―――」
本日の207は、機体から降りて座学の真っ最中。
戦術や戦略はBETA相手のみならず必要となるので、こうして定期的に勉強を行っている。
特に最近は、A・B分隊での模擬戦闘も多くなってきたので、委員長と茜が特に頑張っている。
前までの世界のように彩峰と委員長との隔たりも少なく、部隊内での結束も高い。
良い感じだなぁと、武が喜びを噛み締めていると、麻倉が突然立ち上がり教室の窓の鍵を開け、また席に着いた。
「? どうかしたのか、麻倉?」
「いえ、少し必要な事でしたので」
まりもの問い掛けに答えつつ、授業に戻る麻倉。
空気の入れ替えなら窓を開けるのだが、鍵を開けただけ。
彼女の天然マイペースは、ある意味美琴と良い勝負なので考えが読めない。
美琴と違って空気は読める…と言うか、読みすぎるので困るらしいが。
「ん~、まぁ良いか、じゃぁ次は涼宮、委員長の対応に対して、お前ならどうする?」
「はい、まず――」
武に指名されて説明しようとした茜だったが、廊下をダダダダダ…と走る足音に全員が視線を向ける。
何かあったのかと思うが、足音はそのまま教室の前を通り過ぎ、やがて聞こえなくなる。
「? なんだったんだ…? まぁ良いや、涼宮続きを―――」
またダダダダダ…という足音が。
今度は逆走して来たらしく、最初に聞こえた方へと足音が消えていく。
「騒がしいですね、注意してきましょうか?」
「あぁ、良いよ良いよ。もしかしたら大和探してる整備兵かもしれないし」
大和の所在不明ぶりはある意味有名で、捕まらない時は整備班30人で探しても見つからないらしい。
なのに当人はPXで優雅に食事していたり、ハンガーの隅で何か弄っていたりするらしい。
最終手段として、1:唯依に頼む、2:イーニァに頼む、3:ピアティフ中尉に放送を頼む…という選択肢が在るとか。
まぁ兎に角、気にしないで授業を続けようとした所で、またもダダダダダ…と足音が。
まりもが注意しようと扉を開けようとすると、足音がピタリと消えた。
「おかしいわね…誰も居ない…?」
廊下に顔を出しても誰も居らず、首を傾げるまりも。
足音は教室の手前で消えたのだが、隣の教室は使って居ないので無人だ。
「なんだなんだ、学校の怪談の類か?」
「……恐怖、廊下を走る謎の足音…」
「「ひぃぃぃぃっ!?」」
武の苦笑に、彩峰がおどろおどろしい声色で呟くと、タマと築地が悲鳴を上げる。
「誰かの悪戯かもしれないから、次に足音が聞こえたらまりもちゃんやっちゃって下さい」
狂犬的な意味で。
そう笑った次の瞬間―――
「武、貴様の(修羅場的な意味で) 一大事だッ!!!」
「寧ろお前が一大事だぁっ!? なんで窓から入ってくるんだよっ?!」
なんと、教室の窓が開いてそこから大和が顔を出した。
「何を言っているか今のお前には理解出来ない、だがこの地球(ホシ)の未来の為には必要なんだッ、恐れを知らない戦士的な意味でッ!!」
「それよりお前の頭を理解出来ないよ俺はっ!?」
ア〇イン〇トール・アン〇ンス〇ール…と歌いながら教室に窓から入ってくる大和に、207は一人を除いて全員唖然。
未だに理解し切れない親友の行動と言動に、武ちゃんツッコミスキルがフル発動。
「良いか、時間が無いんだよく聞けッ!」
「何がっ!? なんでそんな切羽詰ってんだっ!? って言うかこの画面隅のカウントダウン何だっ?!」
他の人には見えないデジタル時計のカウントダウンが見えちゃって混乱中の武ちゃん。
銃を突きつけて来そうな迫力の大和に押されて黒板に背中を押し付ける。
「よく聞け武ッ――――――たまパパが来るッッ!!」
「な、なんだってぇーーーーーっ!?」
大和の衝撃の発言(?)に、ガガーンッと衝撃を受ける武。
あの、あのたまパパが来る、随分と早いのは歴史の流ゆえなのか謎だが、兎に角来るのだ、たまパパが。
「そ、そんな、まだ大丈夫だと思っていたのに…っ」
「武、お前、彼女の手紙はどうした…?」
大和のその問い掛けに、真っ青になる武ちゃん。
まだ先のことだと思い、すっかり忘れていたらしい。
「あ、あのぉ…もしかして、私のパパが来るんですか…?」
オズオズと手を上げつつ問い掛けてくるタマ。
二人の会話の中のたまパパという単語から自分の父を思い浮かべたらしい。
そんな彼女を見て、お互いの顔を見て、そしてまた彼女を見る二人。
「タマ、ちょっと俺達とお話しようか?」
「へっ?」
「あぁ、神宮寺軍曹、少し彼女を借りていく。何、ほんの小一時間だ」
「えぇっ!?」
まりもの了解もそこそこに、タマの両脇をそれぞれ掴んで、まるで捕まった宇宙人のように連行されるタマ。
それを見送った面子は、暫く呆然としていたが、麻倉が窓の鍵を閉めた音で再起動し、とりあえず授業を続けるのだった。
どうでも良いが、麻倉の黒金菌侵食率は、既に手遅れらしい。
「ん!(b」
いや、窓の外に向って親指立てられても困る。
「はぅあうぁ~、それじゃぁ本当にパパが…?」
「来るんだ、視察に」
階段の隅で話し合う三人。
タマは父親が来ると知って、顔を青褪めさせている。
どうやら歴史は繰り返すらしく、手紙を既に書いてしまっているらしい。
あぁ、またトイレで放置されるのか…と遠い目の武だが、そんな彼に無情な一言。
「恐らく、過去最悪の結末が待っているだろう…ッ」
「な、なんでっ!?」
大和の重い一言に、顔を青褪めさせて掴み掛かる武。
そんな武に肩組みをして、タマに聞こえないように説明をする大和。
と言っても、タマはタマで手紙の内容と父親の性格を考えて、既に混乱状態で聴いちゃいないが。
「考えても見ろ、前回は207Bだけだったが…今回は207Aも居るんだぞ?(小声」
「そ、そうだったっ!?」
しかもまりもに関しても今回は好感度が高い。
もし不用意な事を書かれていたら、最悪狂犬が野に放たれる事になりかねない。
かと言って武に逃げることは許されない。
何せ207の特別教導官だし、タマも武の事をそれはもう書きまくっている。
しかも今回の世界は、皆の好感度がバリ高い。
最高値の冥夜とまりもに関しては、強化装備でベンチに座り、レスキューパッチを押し潰して保護皮膜を手で上から下へ破りながら「 や ら な い か ? 」で、ほいほい着いて来てしまうだろう。
むしろその場で襲われかねない。
展開によっては、トイレで放置ならぬ、お部屋に監☆禁で女装エンドだって在り得るかもしれない!
マナマナ的な意味で!
「はい? お呼びですか?」
「「いえいえ全然全くこれっぽっちも御呼びしておりませんッ!!」」
ひょっこりと顔を出したのは眼鏡がチャームポイント(?)な衛生兵の女性。
手にした荷物を見るに備品整理らしいが、武と大和は何故か敬礼しつつ首をブンブン振りまくる。
「そうですか? 怪我をしたなら言ってくださいね」
そう言って、優しそうな笑顔を残して歩き去る衛生兵。
「な、なぁ大和、何か俺、あの人を目にした瞬間寒気が走ったんだけど…」
「流石だなお前の防衛本能…。あの女性こそ、最凶ソルジャーと呼ばれる女性…通称マナマナだ!」
身体を抱き締めて震える武と、冷や汗ダラダラの大和。
「良いか武、絶対にあの女性とはフラグを立てるなよ。もし立てば…お前はスカート姿で生きる事になる!」
「マジで!? 絶対に嫌だぞ俺はっ!!」
自分のスカート姿、しかも何故か胸がある自分を想像して吐き気を覚える武ちゃん。
大和の言うフラグの意味をよく理解できないが、とりあえずあの女性にお世話になる事だけは避けようと心に誓った。
「所で、月詠さんも名前真那だよな?」
「武、何を言いたいのか理解出来るが、恐らく呼んだら頭と胴体がお別れだぞ?」
一度、月詠大尉をマヤマヤと呼んで死に掛けている大和の言葉には、妙な説得力があった。
「話が大幅にずれたが、兎に角たまパパ襲来を何とか乗り切らねばな…!」
「そうだな、主に俺の未来の為に!」
ガシッと手を握り合い、とりあえずタマを再起動させる二人。
その後、手紙に自分が分隊長であると嘘を書いた事を自白した彼女に、仲間に頼りなさい、とアドバイス。
タケルさん一緒に説得してくださいぃ~っと泣きつかれたので、二人で説得へ向う事に。
既に授業時間は終わっていたので、これからPXで相談する事だろう。
「さて……麻倉訓練兵」
「ここに」
後ろで腕を組み、何故か顔の半分に影がかかる大和。
そんな彼のポツリと呟いた言葉に返答しながら、通路の影からス…と麻倉が現れた。
武ちゃんが居ればお前は忍者かとツッコミを入れてくれただろう。
「任務は分かっているな?」
「はい、白銀大尉を巡る修羅場、必ず撮影してみせます」
「よろしい、期待して待つ。行け」
「はっ!」
大和の言葉に見事な敬礼を残し、猟犬のようにその場を後にする麻倉。
「フフフフフッ、予定より早いが見過ごせないイベントの始まりだ…ッ」
まるで魔王のように笑う大和。
たまパパ来訪すらも、彼の計画の一部に過ぎないのだ……!
しかしこの話の麻倉、実にノリノリである。