2001年6月7日―――
横浜基地演習場、そこは広大な廃墟を利用した戦術機の実機演習区画であり、現在横浜基地に所属する陽炎と、陽炎に改造を施した機体が睨み合うかのように対峙していた。
「なぁステラ、あれってソバット隊の陽炎だろ? なんで今日の仮想敵に選ばれたんだ?」
「なんでも、あの隊の少尉二人が、クロガネ少佐に喧嘩を売ったとか…」
相手の衛士を遠くから指差して問い掛けたタリサが、ステラの返答を聞いて顔を盛大に引き攣らせる。
あの大和に喧嘩を売ると言う、階級的にも人間的にも無茶をした相手の少尉達。
「なんだ、あいつら自殺志願者か?」
「さぁ? どちらにせよ、見ての通りね」
かなり離れた位置に居るにも関わらず、相手の衛士二人の表情は真っ青だ。
この衛士達、先週に武を殴ったあの二人である。
あの後自室で謹慎した後に部隊長からしこたま怒鳴られてネチネチ虐められ、その後下った処罰を終えて、安心した所で今度は武を殴った罪に対する処罰が来た。
二人が終えて安心していた罰は、訓練兵に絡もうとした事にたいする罰だったのだ。
そして新たに下った処罰は、本日の模擬戦闘に仮想敵として参加しろという不思議な物。
普通なら営倉入りとかが普通なのだが、仮想敵とはこれ如何に?
今もこの後の不安から醜くお互いに責任を押し付けあっている二人を見て、思わず冥福を祈ってしまうタリサ達。
「まぁ、何にせよ、手加減なんかしないけどなっ」
「それは同意見ね」
戦うからには本気でやるのが二人の信条だ。
二人が静かに気合を入れていると、指揮車両に設置された大型モニターの前に、訓練兵達が教官に連れられてやってきた。
「あれ、なんで訓練兵が?」
「見学させるのかしら…」
首を傾げるタリサとステラ。
見れば、相手の少尉二人も顔を苦々しく歪めて訓練兵達を見ている。
「良いか、本日は黒金少佐のご厚意で改造戦術機の性能実証テストを見学させて頂ける! 全員その意味を理解し、己の身になるよう学習しろ!」
「はいっ」×10
聞こえてきた声から察するに、どうやらこれも大和が仕組んだらしい。
相手の衛士の表情や、伝え聞いた噂から考えるに、どうやら彼女達もあの少尉達と因縁があるらしい。
「そうねぇ、考えるにあの少尉達が訓練兵に絡もうとして、それを少佐に咎められたって感じかしら?」
「そうなのか?」
ステラの推理はかなり当たっていた。
「だって見てみなさいよ、あの二人の表情」
「うわ、親の敵みたいに睨んでるぞ…情けねぇ…」
タリサとステラも、あの訓練兵達が改造された戦術機で訓練している事は知っている。
大方改造機を与えられて特別扱いされている訓練兵が気に食わなくて、絡もうとしたのだろうと考える二人。
正解である。
「で、なんでアタシ達があいつ等の相手しなくちゃならないんだよ?」
「それは、少佐の実力を示す為だ」
「あら、タカムラ中尉…」
いつの間にやら、ファイルを片手に唯依が二人の傍に現れていた。
「あの二人…いや、二人に限らず、この横浜基地内で少佐の事を疑問視する人間は多い。だから少佐はあえて大々的に内容を晒す事でそういった者達を黙らせることにしたのだ」
「…確かに、少佐の技術は飛躍的な部分が多いから、慣れた人間には受け入れがたいわね…」
唯依の説明に納得顔のステラ。
彼女も最初陽炎の改造機を操縦した時は、戸惑いや拒否感があったものだ。
しかし、実際使ってみれば、どれだけ便利かが分かる装備や機体だ。
とは言え、ステラもタリサも一度雪風の戦闘を見ていたのでそれほど疑ってはいなかった。
が、横浜基地内では、大和の改造を疑問視する人間もまだ多く、夕呼の直属という事もあり、一部から嫌悪されているのが現状だ。
まぁ、その嫌悪している人間は、米国寄りの人間や能天気な人間なのだが。
「なんだよ、アタシ達は見世物かよ?」
「穿った見方をすればそうなるが…少佐は二人を信頼して陽炎改造機を任せ、この模擬戦闘を組んだのだ」
ぶっちゃければ、大和と、それに武の力を示すなら雪風2機で中隊を相手にすれば早い。
そうしないのは、一般的な衛士であっても大和の改造プランの機体で能力が上がるという事を示す為だ。
上層部には、大和と武が帝国斯衛軍から来た事を知っている者が居るので、衛士の腕が良いから勝てたんだと言われかねない。
それはそれで良いのだろうが、大和が疑問視されているのは技術力だ。
スレッジハンマーは既に高い評価を受けているが、あれは支援戦術車両、戦車の延長なので戦術機ではないと考えられ、戦術機の方はどうなんだと突っ込まれたりするらしい。
確かに尤もな意見でもあるので、こうして一般衛士の操縦による、模擬戦闘が行われる事になった。
タリサとステラが一般兵レベルかどうかは置いといて。
「まぁ、機体の性能とOS、それに二人の腕を考えれば負ける方がおかしいと少佐は言っていたが…な」
「うへぇ、嫌なプレッシャーかけてくれるぜ…」
「でも、俄然負ける訳には行かなくなったわね」
「そりゃそうさ、真面目に頑張ってる訓練兵苛めて遊んでる奴等に、負けて堪るかよ!」
パシッと拳を打ち付けて気合を入れるタリサ。
訓練兵達とは交流こそないが、今日まで何度も実機訓練を目撃する事があった。
訓練兵とは思えない動きをする数名に驚いたのもあったが、全員が瞳にやる気を灯し、毎日クタクタになるまで訓練しているのを見かけると、タリサも負けていられないと気合を入れたものだ。
格納庫で自分の機体を見上げながら、今日の反省や対策をそれぞれ集まってやっているのを見ると、つい自分の昔を思い出してしまう。
頑張っている彼女達、その頑張りを踏み躙るような行為を、タリサは見過ごせる性格ではない。
もしも連中が彼女達に絡む現場に居たら、殴りこんでいただろう。
因みに、タリサが特に応援しているのは、タマと美琴だったりする。
理由は語らないでおくが。
「ところで中尉、少佐は何処に…?」
「あぁ、今強化装備に着替えている。撃震の改造が間に合ったので、ついでに披露するそうだ」
「へぇ~…あ、なら、アタシ達とも戦ったりっ?」
「問題が起きなければそれもあるだろうな」
唯依の苦笑混じりの言葉に、よっしゃーっとガッツポーズのタリサ。
大和とは数度シミュレーターで対戦しているのだが、負けているので事在る毎に勝負をしたがるのだ。
「しかし油断するなよ、相手はまぁ情けない奴等だが、一応は陽炎を支給された部隊の衛士だ。向こうもプライドを傷つけられた上に見世物にされて、相当頭に来ているだろうしな」
「確かにそうですね。横浜のF-15…陽炎の数は少ないですし、エリート部隊ってことですかね」
「はっ、エリート部隊? 上等、ぼっこぼこにしてやんよぉっ!」
頼もしいタリサの言葉に苦笑する唯依。
見れば、相手の少尉達が部隊長の大尉から何か言われている。
二人の顔色から察するに、これ以上上官の自分に恥をかかせるな、全力で戦え…とでも言っているのだろう。
何せこの模擬戦闘、かなり大勢の関係者に見られているのだから。
「そろそろ開始時間だ、二人とも搭乗して待て」
「「了解!」」
時計を確かめてから二人を陽炎改造機へと向わせる。
自分は指揮車両隣に設置されたCPで管制と情報収集を行う予定だ。
「全員、篁中尉に敬礼!」
「ご苦労、全員楽にして模擬戦闘を見ると良い」
「よし、全員休め!」
唯依の許可が出たので、全員が楽な姿勢でモニターに視線を向け、開始を待つ。
「神宮寺軍曹、白銀大尉はどうしたのだ?」
「はっ、大尉殿はその…斯衛軍の中尉を連れてくると…」
まりもの、どこか残念そうな言葉を聞いて、横浜基地に駐留している月詠中尉を思い出す唯依。
武と月詠中尉は、斯衛軍に武達が配属された時からの仲だ。
どうせ大和の許可を得て彼女を呼びに行ったのだと唯依は考え、その通りだったりする。
その事をまりもが残念そうにしている理由も、唯依には見当が付いた。
「私と同じか…」
「はい? なんでしょうか中尉」
「いいや、お互い苦労するなという事だ」
「は、はぁ…」
よく分からないという顔のまりもに、唯依は気にしないでくれと伝え、準備に入る。
少しすると、その武が赤い斯衛軍の制服の女性を連れて来た。
その光景に、む…っと表情を強張らせる大多数の乙女と一人の女性。
特に表情を変えなかった築地は「少佐どこかな~?」とキョロキョロしており、麻倉はどこから取り出したのかビデオカメラで高原の後ろに隠れて武達の姿を撮影。
高原は麻倉に楯にされ、なんで私まで…とシクシク泣いている。
どうやら麻倉に無理矢理協力させられているらしい。
「いや~、お待たせお待たせ。月詠さんが見つからなくてさぁ!」
「大尉、その、本当によろしいのですか?」
所属が違うことから遠慮をしている様子の月詠さん。
だが武は大和の許可を貰ったから大丈夫と気にしちゃいない。
二人の親しそうな雰囲気に、嫉妬オーラを発し始める乙女達と女性一人。
ここで何かしらのアクションがあれば、修羅場フィールドが形成される事だろう。
「わ、私ももしかしてあのような感じなのだろうか…」
彼女達の状態に心当たりのある唯依。
ここ最近自分でも感情が持て余しな彼女は、思春期の恋する乙女のように感情の振れ幅が激しいのだ。
気持ちの整理がつけば落ち着くのだろうが、それは兎も角。
大和が居れば即座に武を修羅場の渦に投げ込むであろうこの場所。
居なくて良かったぁと本気で思う唯依だった。
さて、模擬戦闘開始十分前となり、両者の機体が演習場に入っていく。
相手の機体は陽炎が2機、こちらは改造された陽炎が2機で、それぞれシールドランチャーとスナイプカノンをCWSに搭載している。
前者がタリサ、後者がステラで、それぞれの長所を考えての装備だ。
タリサはガトリングユニットとどちらにするか迷ったが、格闘戦がやりたいらしく、防御に使えるシールドランチャーを選択した。
「篁中尉、あの2機の装備は訓練兵の物と同じ物を…?」
まりもの疑問に肯定で答え、訓練兵に武装の使い方を良く見るようにと告げる唯依だったが、訓練兵は皆画面に視線が釘付けだった。
「なぁ中尉、あの陽炎の改造機は名前無いのか?」
「いえ、一応あるのですが、まだ本決定はしていません」
そう言って、問い掛けてきた武にファイルを渡す。
そこには陽炎改造機の仕様書が挟まっており、そこには陽炎改造機『舞風』と書かれていた。
F-15BE(ブリッツイーグル)、恐らくこちらが本来の名前なのだろう。
「ふ~ん、舞風か…似合ってると思うけど?」
「ブリッツイーグル…こちらが他国での通称になる予定みたいですね」
ファイルを覗き込む武とまりも。
他の面々にも名前が伝えられていると、基地の方から一機の戦術機がやって来た。
『待たせてすまない、遅刻かな?』
「少佐、いえ、まだ開始前です」
通信を繋いできたのは強化装備姿の大和。
どうやらやって来た機体に乗っているらしい。
「おぉ、それ撃震の改造機っすか少佐っ!」
一応公の場なので名前呼びを控える武だったが、興奮してか口調が乱れている。
『改造…改造と言えば改造だが、あんまり弄れなかったんだよなぁ…』
何故か不貞腐れている大和。
歩いてきた機体を見上げれば、見た目撃震にしか見えない。
だが、よく見ると肩部ブロックの真後ろに大型の追加スラスターのような物が付いているし、両足の脹脛の装甲がボッコリと膨らんでいる。
胸部装甲の、コックピットブロック正面にも、何やら銃口のような穴が二つ。
そして、左手に持った多目的追加装甲が、なにやら小型化して先端が二股の爪状になっている。
これだけ弄っておいて、あんまりとか言ってしまう大和の魔改造癖。
唯依は内心、駄目だこいつ…早くなんとかしないと…と切に思ったとか。
あとこの機体、専用装備として大型ガトリングシールドなる装備があるらしい。
まだ完成していないので本日は装備していないが、完成したら前腕に固定する形になるとか。
『ま、一応暫定名称『震砕』で登録しておいてくれ中尉。評判悪かったら変更するから』
「了解しました。それと、陽炎改造機の名称はどうしますか?」
『そっちも舞風とF-15BE(ブリッツイーグル)で暫定にしておいて。陽炎改造機じゃいい加減言い難いしな』
大和の指示に了解しましたと答え、入力を済ませる唯依。
やがて時間になり、模擬戦闘が開始される事になる。
因みに大和は戦術機内で観戦するらしい。
「では、これより陽炎試験改造機『舞風』とソバット隊陽炎との模擬戦闘を開始する」
唯依の通信にそれぞれの衛士が答え、カウントが始まる。
「5…4…3…2…1…状況開始!」
その言葉と同時に、それぞれ動き出す機体。
ソバット隊の陽炎が二機連携で障害物を楯にしながら進む中、前方に敵機の反応がある。
『正面に敵機確認、追い込んでし止めるぞ!』
『ちょっと待ちな、こいつ、突っ込んでくるよっ!?』
衛士達の会話は、全て指揮車両を通じて唯依達が観戦するモニターに流される。
複数あるモニターを良く見れば、舞風が1機、猛スピードで陽炎2機へ突っ込んでいく。
『はっ、馬鹿が、蜂の巣にしてやるぜ!ソバット10、フォックス3!』
『ソバット11、フォックス2!』
噴射滑走で向ってくる舞風に対して、突撃砲で攻撃を仕掛ける2機。
『あらよっとっ!』
だが、着弾する前に舞風が背中のスラスターを併用して急速噴射跳躍で上空に退避する。
『なっ、こいつ!』
『へへんっ、当たるかよっ!』
上空に退避した舞風を追って突撃砲を向けるが、空中でスラスターを最大限に使用して右に左に上に下に前に後ろにと、縦横無尽に空を駆ける舞風。
改造後も機体重量を元の陽炎レベルに押さえ、さらに内部機器にF-15Eのパーツまで流用して完成させた舞風。
OSにXM3を使用したこの機体は、自在に空を舞っていた。
『おらおら、こっちからも行くぜ! ワルキューレ02、フォックス3!』
空中から放たれる36mmは、地面を黄色く染めながら陽炎に迫る。
『ぬぁっ』
『くそっ』
相手がそれを避けると、舞風…タリサ機は障害物であるビルの上を蹴りながら噴射滑走し、1機が隠れたビルの谷間を空中前転しながら飛び越える。
『なんだとっ!?』
『貰ったぜっ!』
空中前転しながら、突撃砲で真上からペイント弾を浴びせるタリサ。
だが相手も一応陽炎に乗る衛士らしく、左手の追加装甲で防御しつつその場を離れた。
『ちっ、撃ち漏らしたか…っ』
『ちょこまかと、落ちな!』
タリサが舌打ちしながら機体を着地させると、横から女の方の機体が突撃砲で狙っていた。
が、次の瞬間、陽炎が持つ突撃砲が黄色く染まり、武器破壊判定によって弾が撃てなくなった。
『ワルキューレ02、少し先走り過ぎよ?』
『わっりぃ03、助かったぜ!』
通信で会話しながらもすぐさま突撃砲で牽制しつつ障害物に隠れるタリサ機。
『くっ、一体どこから…!?』
女衛士の陽炎が隠れながら狙撃された方を見るが、陽炎のセンサーで捕捉できる位置に相手が見当たらない。
『なんなんだいっ、こいつら!?』
驚愕する女衛士。
相手の機動・武装・そして腕前。
どれもが恐ろしいレベルの相手だと理解して。
『10、その機体を任せる、私は狙撃してきた機体をやるよ!』
『馬鹿言うな、二人がかりでじゃないとこっちがやられるぞ!?』
『馬鹿はあんただよっ、今の狙撃を見ただろ、一機に構っていて後ろから撃たれたら終わりなんだよっ!?』
ギャアギャアと言い争いながら一対一で挑むことになったらしい陽炎2機。
そんな衛士達を他所に、まりもがこれが悪いチームワークの例だと解説していたり。
『お、こいつタイマンか? 03、そっち任せたぜ!』
『はいはい、了解したわ』
突っ込んでくる陽炎に、嬉しそうな笑みを浮かべるタリサ。
近接戦闘がしたかった彼女にとって、理想的な展開になってきた。
因みに指揮車両のモニターには衛士の顔は表示されず、サウンドオンリーだが、207の面々はワルキューレ02の声から、きっと凄い笑顔だと予想していたり。
『この野朗っ!!』
『はっ、遅い遅いっ!』
右手の武装を長刀に持ち替えた陽炎が切りかかってくるのを、タリサの舞風はひょいひょいと紙一重で避けていく。
突撃前衛装備の相手だが、タリサには物足りない相手のようだ。
『さっさと勝負を決めるか、こっちは少佐との勝負が待ってるんでねっ!』
突撃砲を捨て、スラスターと噴射跳躍システムをフル稼働させて突撃する舞風。
『こいつっ!?』
相手が慌てつつも長刀を振り下ろすが、舞風の左腕がそれを受け止める。
よく見れば、タリサ機の舞風は、両腕の前腕部がステラ機より太くなっている。
『ブリッツイーグルを舐めんなぁぁっ!!』
長刀を腕でブロックしたまま強引に相手の懐へと入り込む舞風。
相手が慌てつつも可動兵装担架システムを起動させて背中の突撃砲を前に向けようとするが、舞風の右拳の方が早かった。
『もらったっ!!』
舞風の右手腕、その前腕部に装備された、前腕を三方向から囲むような装備。
腕の側面から飛び出した太い棒のようなパーツが陽炎の胸部へと突き刺さった瞬間、残りの二箇所からも同じような棒が飛び出し、鈍い音を立てて陽炎の胸部装甲を凹ませる。
「ソバット10、胸部に致命的損傷、大破」
『な――、なんでだ、なんで大破なんだよっ!?』
相手の男衛士がガチャガチャと操縦桿を動かすが、大破判定をされた機体は動かずその場に停止する。
これには男衛士だけでなく、唯依と大和以外の全員が首を傾げる。
「今の武器は、スタンマグナムという武装で、本来なら三本の棒が触れた瞬間、相手の機体に高圧電流が流され、電子機器を破壊する能力を持つ」
『今回は模擬戦闘だから電流は流れないが、普通の戦術機が喰らえば機能停止は確実だな。衛士は精々感電して気絶する程度だが』
唯依と大和の説明に、表情を引き攣らせる面々。
一応、強化装備に耐電性能が少しあるし、コックピット周りが漏電やショートなどから衛士を守るように出来ているので、死ぬ事は無いと思われるが、それでも物騒で恐ろしい武装だ。
『あと、本来の威力なら胸部装甲位なら貫く威力があったりする』
本来のスタンマグナムは、棒が杭のように鋭いし、二本の後から突き刺さる杭も本来はもっと早く威力がある。
これは、機体表面に絶縁処理がされていた場合に対する物で、機体内部に電極を突き刺して直接電子機器を破壊するという理由がある。
大和の説明に顔を青褪めさせる男衛士。
もし実戦なら、下手をすれば潰れたコックピット内で圧死だ。
模擬戦なので、威力は当たったら装甲が凹んだり曲がったりする程度、刃を潰した長刀で切られたのと同じ程度だ。
『あと、左手の方は対戦術機格闘戦用の小型防御装甲だ。面積は非常に小さいが、近接戦闘での防御に適している』
とは言え、BETA相手にはあまり使えない、対戦術機装備だが。
「少佐、確かこれって模索中に作った試作品じゃ…?」
『その通り。白銀大尉が使わなかったので彼女にあげた』
あげたってあんた…と内心絶句する面々。
問い掛けた武も、呆れ顔だ。
さて、そんな面々を尻目に、まだ続いている模擬戦闘。
残ったソバット11がステラ機を探し、狙撃が来た方向へ障害物を楯にしつつ進んでいる。
『10がやられた…!? なにやってんだいアイツは…っ!』
同僚に対して毒づきながら、センサーを最大限に使って相手を探す女衛士。
と、センサーに反応があり、奥の瓦礫の中からペイント弾が飛んで来る。
『っ、そこかいっ!』
突撃砲を構え、放ちながら瓦礫の方へと移動する陽炎。
戦術機が1機なら入りそうな建物の中から、突撃砲の36mmが一定間隔で放たれてくる。
『狙撃は上手でも、普通の射撃は下手みたいだねっ!』
相手が瓦礫の中から動かず、左右に振りながら撃ってくるだけである事に気付いて、一気に瓦礫の前へと噴射跳躍し、可動兵装担架システムも展開して突撃砲で瓦礫の中を黄色く染める。
『これで一対一に戻せ―――え?』
暗い瓦礫の中を見れば、そこにあるのは突撃砲と、それが置いてある銃座のような物体。
『はい、ご苦労様』
次の瞬間、斜め横からペイント弾が命中し、胸部装甲が黄色く染まる陽炎。
「ソバット11、胸部に致命的損傷、大破。状況終了、ワルキューレ隊の勝利」
淡々と告げられる唯依の言葉も右から左の女衛士。
見上げた陽炎のセンサーの先には、物陰からこちらを狙う、支援狙撃砲を構えた舞風の姿。
その機体には、灰色の布が頭から被せられ、周囲の瓦礫に姿を紛れさせていた。
『予想より呆気なく終わったな。よし、舞風はこっちに戻れ、ソバット10と11は部隊長の指示に従え』
大和からの通信に、タリサ達は答えるものの、ソバット隊の二人は呆然としているのか返事がない。
そんな様子に嘆息すると、大和はソバット隊の隊長に通信を繋いで、後の処理を任せるのだった。
なお、ソバット隊の部隊長が情けない二人を怒鳴り散らすのはどうでもいい話である。
『一応、今のワルキューレ03の装備も説明しておこうか。あの突撃砲を撃っていたのは、自動照準砲座と言って、突撃砲などを置いて設置すると遠隔操作や自動判断で置いた武器で攻撃するという物だ』
基地などの自動防衛装備を参考にして作られたもので、小型で持ち運びも便利。
可動兵装担架の突撃砲に装備した状態で持ち運べる。
設置地点に置くと自動で脚立が伸びて砲座になり、設定した射撃方法を行う。
勿論、戦術機から遠隔操作で撃たせる事も出来るし、置いといて一定間隔や一定時間撃たせる事も出来る。
これは対BETA戦でも使用を考えている武装の一つで、防衛線などで置いておけば、突っ込んでくるBETAや小型種の防衛に向いている装備だ。
ただ、弾薬の補充が出来ないので、弾切れ注意だったりする。
帝国および在日国連軍の主力である87式突撃砲だけでなく、発射操作端子の規格さえ合えばどの突撃砲でも使用可能である。
そして、ステラ機が被っていた布は、実はステルスシートであり、レーダーによる発見を低減させる物だ。
ただし効果はそれほど高くなく、また熱源探知をされると直に発見されてしまう。
とは言え、相手は自動照準砲座が在った場所に接近しても戦術機の反応が無かった事に気付いていなかったので、十分だったようだが。
そんな説明をしていると、ほぼ無傷の舞風2機が戻ってきた。
ステラ機の肩部可動兵装担架には、確り突撃砲についた持ち運び状態の自動照準砲座が付いている。
『さて、次はこの震砕との模擬戦闘だが、二人とも問題無いか?』
『全然余裕ですって少佐!』
『補給を終えれば直にでも』
二人の返答を聞いてから、先に演習場へと入る大和の震砕。
試作機として完成した機体が1機だけだったので、今回は一対一での模擬戦闘となる。
方や第2世代最高傑作と謳われるF-15を改造した舞風ことF-15BE。
対するは、F-4をライセンス生産し、現在でも幅広く使用されている撃震の改良機、震砕。
性能で言えば舞風なのだが、そこは大和と搭載OSであるXM3でカバーするしかない。
普通のF-15なら、震砕でもなんとか勝ち目があるが、相手が改造機の舞風ではかなり難しい。
自分が設計しただけに、その辺りは大和が一番良く理解している。
「さて、これでどれだけ戦えるものか…」
依頼してきた帝国が定めるコスト内で何とか改造したものの、あんまり満足していない大和。
本当なら、この機体に標準の内蔵火器でガトリングとかミサイルとか搭載し、さらに噴射跳躍システムも形を見直しつつ最新の物にしたかったのだ。
が、それだと予算をオーバーするので何とか遣り繰りして改造したのがこの震砕である。
手持の装備は量産予定の試作品なのでコストには含まれないし、そもそもXM3を搭載すれば撃震でも十分戦えるようになるのだ。
が、現在まだXM3は公表されていないし、帝国は目に見える形での能力UPを求めている。
「はぁ、面倒な話だな…」
大和でも愚痴りたくなるものだ。
『少佐、お待たせしましたっ』
そこへ、補給を終えたタリサ機がやってくる。
先程の模擬戦闘が呆気無かったので、ウズウズしているらしい。
それに苦笑すると共に、情けない姿だけは晒すまいと内心気合を入れる大和。
唯依のカウントダウンが始まり、状況開始の声に2機が同時に動く。
突撃砲を右手に突っ込んでくるタリサ機、それに対して大和は両手に突撃砲を持って応戦しつつ距離を取る。
『って、なんで両手でっ!?』
二丁の突撃砲からの弾幕に、慌てて機動を変えて避けるタリサ。
タリサは左手に装備された小型の多目的追加装甲を見て片手で撃ってくると予想していたようだが、甘い。
震砕に装備されている多目的追加“格闘”装甲は、腕のナイフシースを潰す代わりに、前腕に直接装備できるのだ。
ちゃんとグリップも付いているが、ただ持っているだけなら前腕の接続部だけで十分保持できるので、左手が自由になり結果突撃砲を両手で構えられる。
因みにこの装甲、前腕とはアーム接続なので角度をつけて構えたり方向を変えたりも出来る。
現在も装甲を縦にしてタリサからの弾丸を防ぎつつ、両手で応戦している。
『くぅっ、ブリッツイーグルでも近づけないっ!?』
何とか懐に入りたいタリサ、舞風の機動性と装備なら、懐に入れば一撃でし止められる自信があった。
大和もそれを理解しているので、弾幕で牽制しつつ、時折120mmで狙ってくる。
障害物を楯にしながらドッグファイトを続ける2機に、見ている207の面々も手に汗握る。
『でぇぇいっ!!』
ビルの残骸を跳び越えながら、左手に長刀を装備して切りかかるタリサ。
『ふんッ!』
だがそれを、避けずに左手の追加格闘装甲のグリップを握り、楯にしつつ逆に突撃する大和。
『ウソだろっ、うぁっ!?』
強烈な衝撃と共に弾き飛ばされる舞風。
両側の肩部ブロックの背面に装備された追加スラスターの出力に、舞風の重量が負けた結果だった。
『これでッ!』
『うわっ、わっ、ちょっ!』
弾かれた舞風に対して、落下しながら突撃砲と、さらに追加スラスターの先端に装備された120mm滑空砲が火を噴く。
それを悲鳴を上げつつ回避するも、数発当たってしまう舞風。
雪風や響などの可動式追加スラスターより大型のこの強襲型追加スラスター。
少し大型で、可動は肩部ブロックを基点にして前後に動くだけだが、出力と先端に装備された滑空砲が売りのスラスターだ。
無理に雪風や響のように担架システムを移設したりするより、肩部ブロックにスラスターを装備させた方がコスト的に安く済むので、こうなった。
銃口を前に向けるとスラスターの噴射口が真後ろに向いてしまうので併用は難しいが、撃ちながら前進する際は割と使えたりする。
あとバリエーションとして滑空砲が小型ガトリングかマルチランチャーの物がある。
『くぅっ、引いたら負けるっ!』
大和の腕の高さを改めて感じつつ、スラスターを噴かせて飛ぶ舞風。
斜めに倒れたビルの側面を滑りつつ、肩部CWSに装備したシールドランチャーを可動させて前を向かせる。
シールド内部に装備された砲門とミサイルがシールドごと震砕へと向けられ、同時に突撃砲を構える。
『倍返しだぁぁぁぁああぁぁあぁっ!!』
放たれる銃弾とグレネード、それに小型誘導ミサイル。
大和が回避する事を考えて周囲にばら撒かれたペイント弾は、廃墟を黄色く染める事になった。
「今のは少佐が避けると思って回避地点に弾をばら撒いたが、少佐が避けなかったので無駄撃ちになったのだ」
モニターを見つめる月詠さんの解説に、全員がなるほどやへぇ~っと納得する。
唯一小型誘導ミサイルが震砕を狙うが、両肩の滑空砲で迎撃されてしまう。
『怯えろッ、竦めッ、戦術機の性能を活かせぬまま撃破されて逝けッ!!』
タリサの台詞から何かのスイッチが入った大和が、ノリノリに進撃してくる。
その妙な迫力に竦むタリサと、息を呑む207の乙女達。
だが、唯依と武、それに月詠は呆れ顔。
『守ったら負けちまうっ…攻めろ、あぁぁぁぁっ!!』
タリサが自分を鼓舞し、突撃砲を放つが、格闘装甲を斜めに構えて進んでくる震砕にダメージを与えられない。
『懐に入れば…っ』
舞風が突撃砲を投げ捨て、左手に長刀を持って接近戦を仕掛ける。
弾幕代わりにランチャーからグレネードを乱射するも避けられ、飛び散ったペイント液が僅かに足を濡らす程度。
『こんにゃろぉぉ!』
左手の長刀を振り下ろし、相手の回避動作を誘った所で肩部のシールドを楯にショルダータックルを慣行するタリサ。
『甘いぞッ!』
だが、次の瞬間には震砕はその場に居らず、視界の端にその姿を捉えつつタリサ機が目的の場所を素通りする。
『な、何がっ!?』
『俺が無意味な改造をすると思うなよッ!』
機体を強引に立て直して震砕を見れば、両足の脹脛の横、いやに膨らんでいた装甲が開いて、中からスラスターノズルが顔を出していた。
そのノズルからの急速噴射で真横に機体を避けさせたのだ。
肩部追加スラスターが前後にしか動かない為、左右での機動力を持たせる為に両足に装備させたのがこれだ。
戦車級に齧られたりする事を想定し、普段は装甲で隠されている形になっている。
『く…っ、でも、まだだぁ!』
背中のスラスターを噴かせ、強引に懐に入り込むタリサ。
震砕の右手の突撃砲を左手を捻じ込ませる事で無力化し、右手のスタンマグナムで胸部を狙う。
『これで終わりだ!』
勝利を確信したタリサが叫びながら右腕を下から突き上げる。
例え格闘装甲で斜めに防いでも、そのまま頭部モジュールを破壊できる。
そう思ったタリサの予想は、またも予想外な仕掛けに防がれた。
ガシンッという金属を挟んだ音と機体が急に止まった事により一瞬体が揺さ振られるタリサ。
次の瞬間目にしたのは、右腕が巨大な指で挟まれ、止められている光景。
その指に見えたものは、格闘装甲先端の、二股の爪状の突起。
それがまるで口のように半分に開いて、舞風の右腕に噛み付くかの如く挟んでいたのだ。
『言い忘れたが、これの名前は多目的追加格闘装甲…こんな使い方もあるんだ』
左手がグリップを握り、先端がパワーアームのようになった格闘装甲。
先端を突き刺しても良し、挟んでも良し、防いで良し、穴掘りにも良しの格闘装甲。
タリサが一瞬混乱していた間に、左手が震砕の突撃砲を捨てた右手に押さえられている。
ギリギリと両手が開かされ、真正面で向き合う2機。
『そして、これで終了だ』
タリサが視線を下げればそこには、胸部装甲ブロック先端…コックピット正面装甲に空いた、二つの穴。
それが何であるか理解した瞬間、タリサの舞風は胸部から頭部にかけて、黄色く染まっていたのだった。
「う~ん、3勝3敗だが、まぁ良い方か?」
「そうですね、陽炎の、しかも改造機相手に勝利と接戦を繰り広げたのですから、性能的には十分かと」
タリサ機が破れてから数時間後、演習場の片隅で撤収準備を進める中、データを見ながら話し合う大和と唯依。
結局あの後、ステラ機と対戦し接戦するも、支援狙撃砲による“近距離”砲撃により負けた大和。
威力設定で格闘装甲でも当たれば破損判定がされてしまう為、その後は黄色く染められてしまった。
この辺りは、ステラの冷静な判断と、タリサの尊い犠牲の上での勝利だろう。
その後も交替で模擬戦をそれぞれ3戦こなし、結果は震砕の3勝3敗、ステラが2勝でタリサは一勝している。
コスト面などからCWSではなく、標準装備で搭載した120mm滑空砲と胸部バルカンもそこそこ使えるようだ。
後はこの機体を帝国が気に入れば、正式な改修機となるだろう。
その際は恐らく名前が変るだろう、震砕は少々言葉の響きが悪いので。
「舞風の方も十分なデータが取れたし、問題ないだろう」
「はい、陽炎にほぼ全勝ですから、これなら基地上層部も納得せざるを得ないでしょう」
震砕との模擬戦後、ソバット隊の隊長からもう一度勝負をとお願いの連絡が入り、今度は油断しないと意気込む少尉二名と再戦となった。
折角だからと3戦したのだが、どれも全勝。
一度タリサが中破にされたが、それでも1機道連れで撃破している。
模擬戦闘後、そんな装備知らないだの思わなかっただの言い訳を並べる連中に、大和はイイ笑顔で「BETA相手にもそう言い訳するのか? 相手が聞いてくれると良いな?」と、告げた。
相手はもう怒る余裕すらないのか、ひたすら青い顔で項垂れていたり。
この後、部隊長からの厳しい扱きが待っている事だろう。
「ま、とりあえずこれで一段落ついた事だし、俺はあの2機の改造に専念させてもらうよ」
「はい、帝国議会へ提出する書類は私が作成しておきますが、一応確認をお願いします」
唯依の言葉に了解と答え、震砕をハンガーに戻す為に機体へ移動する大和。
ステラ機に派手に撃たれて黄色く染まった機体が、ゆっくりと基地へ戻っていく。
それを見送りながら、唯依は撤収準備を進めるのだった。