突発的なこぼれ話、または閑話ですらない妄想文
※時系列はめちゃくちゃですのでご注意を
紅の姉妹の憂鬱~がんばれクリスカ、もふもふ道中~
2001年某月某日―――
「くぅ………っ」
暗い部屋の中、苦しげに唇を噛み締めるのはクリスカ。
何かに耐える彼女の頬は赤く、吐息は熱く、声には甘い色が混ざる。
「い、イーニァぁ…っ」
「にゅぅぅ……」
彼女が小声で呼ぶ名前の持ち主は、直傍らに居る。
と言うか、現在クリスカの胸に顔を埋め、幸せそうな寝顔を晒している。
で、クリスカが何か悶えているのは、そのイーニァの寝相に問題があった。
昔から、イーニァとクリスカは姉妹のように共に居た。
いや、二人とも相手を本当に大切な存在に思い、その思いは肉親に向けるモノより強いだろう。
横浜基地へ来ても、二人は常に共に居る。
部屋も本来なら一人部屋なのだが、特別に二人一緒に暮らしている。
こうして二人同じベッドで眠るのも当たり前の事だが、ここ最近困った事が起き始めた。
それは、イーニァの寝相問題である。
昔のイーニァはそれこそ大人しく、眠る時も童話のお姫様のようにスヤスヤと愛らしくかつ寝返りも少ない寝相だった。
が、ここ最近、特にイーニァにある癖が付き始めてから寝相が変った。
「にゅぅん…っ♪」
「ひぅっ!」
小動物的な、子猫のような声で胸元でスリスリをするイーニァ。
その刺激に、甘い声を上げてしまい、慌てて口を押さえるクリスカ。
イーニァの癖、それは女性の胸元に顔を埋めてその母性を堪能するという物。
最初こそ意識してやっていたその行動、通称“もふもふ”は、今では無意識となり、寝ている時でももふもふしてくる。
通常のもふもふは、顔を埋め、母性の柔らかさと大きさを堪能するだけだが、この寝ている時の寝相は非常に危険だ。
「にぅ……」
「くぅっ!?」
むにゃむにゃと口を動かし、イーニァの熱い吐息が直撃して肌を刺激したり。
「にゅぅ…」
「ひぃっ!」
ぺロリと無意識で母性を舐め上げたり。
「んぅ~………はむっ」
「ひぎっ!?」
母性の一番大事な部分をはむはむしてしまったり!
「ちゅ~~~~っ」
「~~~~~~~~っ、くぅぅぅぅっ!!」
挙句の果てにそのまま吸ったり!!
「ふぅ…ふぅ…はぁ…くぅ…っ」
この様にクリスカは、イーニァの寝相に翻弄され、毎晩色々と大変な目に遭っているのだ。
寝巻きに使用しているタンクトップは薄手だし、ブラジャーやサポーターの類はもふもふをするようになってからイーニァに痛いからダメと禁止されてしまった。
朝気がつくと、上着が脱がされていたり、母性を揉まれる感触で目覚めることすらある。
しかもそれが気持ちいいと思ってしまう、そんな自分に自己嫌悪なクリスカ。
誰かに相談しようにも、A-01のメンバーに相談すると長々と弄られてしまうし、何よりイーニァにこんな事を教えた上沼が居る。
因みにクリスカ、模擬戦などの際に、必ず上沼を狙うようになったが余談である。
敬愛する少佐である大和は、むしろ良いぞもっとやれと推奨すらしている節がある。
霞には相談できないし、夕呼に相談して「やらせて置けばいいじゃない、胸が大きくなるかもよ?」と言われるのは簡単に予想が出来るので却下。
しかも実際、1cmほど大きく成っちゃっただけに笑えない。
イーニァと別に寝れば? という考えは毛頭無い。
イーニァを一人で寝かせるなど、クリスカが出来る訳が無い。
「こ、このままではオカシクなってしまう……っ」
日々与えられる刺激に、クリスカの欲求はズンズン溜まる一方だ。
これは自意識やそういった知識の少ないクリスカでさえ、無意識に相手を求めてしまうほどに危ない。
特にここ最近、名前で呼んでくれるようになった大和が危ない。
この前イーニァがトイレに行き、唯依が仕事で執務室に居なかった時に二人っきりになっていたのだが、無意識にクリスカは大和の方へフラフラと移動していた。
気がついた瞬間、目の前には椅子に座る大和の後姿。
あのままなら間違いなく抱き着いていたであろう状態。
肩に塵が…で何とか誤魔化したが、最近は本当に情緒不安定な彼女。
上沼が更衣室などで話す、「好きな人や気に入った人は押し倒す、それが許されるのは女のみよ!」とか「男は女に押し倒されて感激する生き物なのよ!」などの言葉に、そうなのかと信じちゃう程。
まぁ確かに男にしてみれば、女性に押し倒されるのは嬉しい事だろうが。
上沼の場合、女の子を押し倒すから手におえない。
伊隅も、隊員達に押し倒されそうになったら殴れと言ってある。
それは兎も角。
―――少佐も押し倒されたら嬉しいのだろうか…私でも喜んでくれるだろうか…―――
なんて、ナチュラルに考えちゃってから何を考えているんだ私はと頭を振る彼女。
イイ感じで毒されてきているようだ、黒金菌とは症状が異なるので、恐らく新種の上沼菌かもしれない。
あと最近、香月菌なる菌が発見されたそうだ、報告者は武、感染者は霞。
最近霞が黒いと、そう涙ながらに話す武と、慰める大和が目撃されている。
当然、大和は慰めつつもイイ笑顔だったが。
「少佐……そうだ、少佐と言えば…っ」
大和の事を考えていたら思い出した人物。
ここ最近交流が生まれ、比較的仲が良い人物。
真面目で堅物だが、一般的な常識を一番持っている人物。
「そうだ、中尉に相談しよう…そうしよう…っ」
小声で呟きながら決意し、早速明日相談しようと思い眠りに入るクリスカは―――
「はぷっ」
「ひゅぐっ!?」
またイーニァに甘噛みされて声を上げてしまうのだった。
「え…シェスチナ少尉の寝相をどうにかしたい?」
「あぁ、ここ最近とても酷いんだ…」
夜の執務室、大和が現在留守で、イーニァも付いて行ったのでこれ幸いと唯依に相談をするクリスカ。
相談された唯依は、目を丸くしていた。
イーニァに比べ、態度が硬く、他人に攻撃的な彼女がまさか自分に相談してくれるなんて…と驚いて。
それでも大和に世話焼き委員長と呼ばれる彼女は、身体ごと彼女の方を向いて話を聞く体勢になる。
「そんなに酷いのか…?」
「あぁ、とても酷いんだ…」
どこか憔悴した様子のクリスカに、脳内でおっさんのような寝相で眠るイーニァを想像してしまう唯依。
基本大の字で、上下逆になり、枕も布団も蹴っ飛ばし、隣で寝ているクリスカの顔を蹴っている。
「いや、そう言った寝相ではなく……」
「あ、そうなのか?」
唯依が何を考えているのか予想がついたクリスカは、違う違うと手を振りつつ否定。
唯依も唯依で顔に出ていたかと表情を引き締めて話に戻る。
「では、どんな寝相なんだ?」
「……その、中尉も体験したと思うが、イーニァの、その…胸への…(///」
「あ、あぁ、も、もふもふという奴か…(///」
二人揃って赤くなる。
どちらもイーニァのもふもふを限界まで体験しているのでそれを思い出してだろう。
「あれが、その……倍になったと言うか」
「ば、倍っ!?」
「も、揉んだり」
「揉んだりっ!?」
「な、舐めた…り」
「舐めっ!?舐めるのっ!?」
「か、噛んだり…(小声」
「かっ!?かかかか噛むのか、噛んでしまうのかっ!!?」
そういった経験が無しのお姫様大混乱。
「ちゅ、中尉、声が大きいっ」
「あ、すすすすまんっ、つい、予想の範疇を超えてしまって…」
クリスカに制されて落ち着く唯依。
「あとは吸われたり…だな」
「す、吸わっ!?……そ、それは大変だな…っ」
「大変なんだ……」
もふもふフルパワーだけで限界の自分が、もしそんな事をされてしまったら…そう考えて赤くなりながら青くなるという器用な顔色を見せる唯依。
クリスカが憔悴するのも理解できる。
しかも彼女は毎日それを耐えているのだ。
「だが、それなら別のベッドで寝ればいいのでは?」
「何を言っている中尉、そんな事できる訳が無いだろう?」
尤もな意見は、何故か真面目な顔で返されてしまった。
疑問系だが断言したクリスカに、唯依も「あ、そうなのか…」と答えるしかない。
「なら、厚着をするとか、サポーターを着けるとか…」
「どちらも寝る時に却下され、例え着ていても朝になったら脱がされている……」
クリスカの返答に絶句する唯依。
どんな寝相しているんだイーニァと内心驚愕しつつ。
「寝相自体は大人しいんだ、ただ顔や手が時々…な。それ以外の時は大人しく寝ているし、私も抱き締めて寝ているから動いたりはしない」
「抱き締めて? なら、こう、隣同士並んで眠れば大丈夫じゃないのか? こう、背中を向けるとか」
「…………朝起きたら腕の中にイーニァが居た」
「……そうか…」
打つ手無しなこの状況。
ここ最近イーニァにもふもふされる事が多くなった唯依も、人事ではないと真剣に考える。
「何か、こう、別の物にもふもふさせるのはどうだろう? こう、枕とか布団とか」
「それは良いかもしれんが…胸の代わりに出来る感触が出るのか?」
国連軍の支給品である布団も枕も固いのでまず無理だろう。
「いっそ、ヌイグルミを与えたらどうだろうか?」
「それはいい考えだ、フワフワでモコモコなヌイグルミなら代用できるかもしれない!」
唯依の提案にクリスカも同意する。
まだ可能性の段階だが、イーニァがヌイグルミをもふもふするなら寝ている時にクリスカの被害が少なくなる。
「で、どうやってヌイグルミを手に入れる?」
「あ……」
残念ながら国連軍のPXや支給品に、ヌイグルミなんて存在しない。
と言うか、どこの軍隊に行っても無いだろう、そんな物。
霞が持っているヌイグルミは、夕呼が特別に注文して与えた物らしいし、やはり外に注文するしかない。
「斯衛軍に居た頃なら、街に出れば手に入ったのだが…」
「この基地の周囲は廃墟しかないからな……」
近くの街まで行くには、休暇申請をしなければ辿り着けないし、イーニァが気に入るヌイグルミがあるとは限らない。
折角の名案が暗礁に乗り上げて肩を落とす二人。
「今戻った……ん? どうした二人して肩を落として?」
そこへ、大和が戻ってきて二人の雰囲気を察して声を掛けてきた。
「あ、少佐…」
「いえ、その…あ、イーニァは?」
「あぁ、戻る途中で社嬢に逢ってな、遊んでくるそうだ」
現在イーニァは霞にお手玉の連続記録で負けているので、リベンジだとか。
「で、何やら悩んでいるようだが、問題でもあったのか?」
「「……………」」
問い掛けてくる大和に、二人は視線を合わせる。
そして、背に腹は代えられないと大和に相談する事にした。
イーニァの行動をむしろもっとやれと推奨しているので、あまり相談したくはない二人だったが。
「…………ふむ、イーニァがか…」
舐めるとか吸うとかの部分を隠して、兎に角寝ている時にイーニァがもふもふして困ると説明する二人。
いつもの如く良い事だとかGJとか言い出すかと思えば、真面目に考えている。
「恐らく、母親という存在を無意識に求めているのかもしれないな」
「……そう、なのだろうか…」
大和の言葉に、思い当たる節があるのか視線を落とすクリスカ。
唯依はクリスカ達の事情は知らないものの、二人が何か特別な生れである事は察している。
「だが、それでクリスカが疲労するのでは問題だし…仕方ない、俺が何とかしよう」
「ほ、本当ですかっ!?」
立ち上がった大和を、救世主を見るかのごとく見上げるクリスカ。
それに対して大和は任せろと自分の胸を叩くと、歩き出して執務室の端にあるロッカーへと向う。
「ぱぱらぱっぱぱ~……『しらぬいくん』~!」
「「………え?」」
妙な声色でロッカーから取り出したのは、かなりの大きさのある青い物体。
よく見ればそれは、デフォルメ化された不知火だった。
ラブリーな瞳とモコモコな身体が癒しを運ぶ、SD戦術機ヌイグルミシリーズ第一弾『しらぬいくん』。
唯依姫にも内緒で大和がセッセと内職して作っていた傑作である。
「フッフッフッ、この中身の綿から布地まで厳選して作り上げた『しらぬいくん』ならば、見事クリスカの胸の代用になるだろう!」
「大声で言わないで下さいっ!?」
ババーンッと『しらぬいくん』を掲げて宣言する大和と、何故か胸を押さえて叫ぶクリスカ。
唯依は、また私に内緒で何を作っているんだこいつは…と頭を抑えていたり。
「ヤマトー、ただいまー」
「おや、お帰りイーニァ。勝負は終わったのかね?」
「うん、あのね、タケルがきたからクウキよんでかえってきたの。わたしエライでしょう?」
褒めれとばかりに頭を差し出してくるイーニァに、偉いぞ~と頭を撫でる大和。
クリスカと唯依は、イーニァに何を教えてるんだと呆れ顔。
「さてイーニァ、君にプレゼントがある」
「っ!、なになにっ!?」
大和からのプレゼントと聞いて、期待に瞳を輝かすイーニァ。
「じゃーんっ、『しらぬいくん』~っ!」
「少佐、その声止めてください、無性に力が抜けますから…」
あの妙な声で背中に隠していた『しらぬいくん』を差し出す大和。
イーニァは数秒目をパチクリした後、笑顔を浮かべてそれを抱き締めた。
なお、唯依の苦言はスルーされた。
「ん~~~~~っ、ありがとうヤマトぉっ、えへへ、ふわふわもこもこ~~っ」
「拘りの一品です(b!」
ふわふわもこもこな『しらぬいくん』を抱え、ご満悦なイーニァ。
小柄とは言え、イーニァが両手で抱える大きさの『しらぬいくん』、しかもカラーリングまで再現されている。
製作にどれだけ時間をかけたのかと、呆れて項垂れるしかない唯依。
嬉しそうなイーニァを見て、クリスカも幸せそうだ。
「ありがとうヤマト、わたしだいじにするよ、まいにちいっしょにねるねっ」
「うむ、大事にしてやってくれ」
目論見通り、抱いて寝てくれるらしいイーニァに、大和も満足そう。
クリスカも、寂しいがホッとしている。
今夜から彼女も安眠できる事だろう。
そろそろ消灯時間となり、部屋に戻るイーニァとクリスカを見送る大和と唯依。
「さて、俺達もそろそろ部屋に戻るとするか」
「そうですね。所で少佐?」
「ん?」
声を掛けられ、振り返った大和が見たのは―――
「何時から、ビャーチェノワ少尉を名前で呼び捨てに………?」
黒い笑顔の唯依姫さまだった。
あぁ、そう言えば唯依姫の前でクリスカの名前呼んだの初めてだったーと思いつつ、黒い笑顔でにじり寄る唯依姫から、どう逃げようかと考える大和だった。
「あれ? ヤマトのひめいがきこえなかった?」
「少佐の? ……いいえ、きっと気のせいよ。さ、寝ようイーニァ」
「…そうだね、おやすみクリスカ、『しらぬいくん』っ」
『しらぬいくん』を挟んで眠る二人、今夜はきっと幸せな夢が見られるだろう………。