2001年5月25日―――――
シミュレーターデッキ―――
やってきました戦術機適正試験。
この日を心待ちにし、長く辛い訓練を耐えてきた少女達は、期待に胸を躍らせていたが、強化装備がスケスケなのを思い出して全員赤面。
その理由は、本日の適正試験に確り武も大和も同席するから。
これには彼等を意識している乙女もリンゴのように赤くなるというもの。
演習で羞恥心をかなり捨てたとは言え、想い人の前で強化装備姿を晒すのはまた別の恥ずかしさがあるのだ。
約二名、別の理由で真っ赤だが。
「なんだ、犠牲者は冥夜と高原か」
武の言葉に真っ赤になってぽっこりお腹を隠しつつ胸を隠す二人。
冥夜は羞恥心に耐えつつ「た、タケル、見るな、見るでない…っ(///」とプルプル震える。
高原は「うぁー、少佐に見られたぁ~……っ」と軽く絶望。
衛士の強化装備は体型がモロに分かるものであり、特に訓練兵の強化装備は大部分がスケスケで丸見えである。
一応、白っぽくなっているが、裸よりも恥ずかしいとは築地の談。
これにもちゃんとした理由が存在し、訓練兵の段階で羞恥心を捨てさせるのが目的なのだが、武は微妙に疑っている。
「あれ、絶対開発者の趣味だろ…?」
「全面的に同意する。あれか、裸じゃないから恥ずかしくないもん! とでも言いたいのかこれは?」
呟く武と頷く大和。
因みに大和、昨日のお仕置きが効いたのかまだ足に違和感があるらしい。
お仕置きから解放された時の彼の言葉は、「イーニァは天然攻めだ…」との事。
さて、それは兎も角。
戦術機適正試験、これは名前のまま戦術機に搭乗した際の衛士候補生達の適正を計る試験である。
とはいえ訓練校入学の際に既に簡易的な物を行っており、ここではより本格的な機動に耐えられるか調べるのだ。
この試験で適正なし、または適正が低いと判断されて歩兵や戦車隊、CP将校などに泣く泣く移る人間も多い。
それに、この試験、乙女的にアウトな結果を招くと有名なのだ。
「では、A分隊より試験を開始する! 涼宮、柏木、01と02の筐体にそれぞれ入れ!」
「「はいっ!」」
まりもの指示で、まずはA分隊の二人が筐体に入っていく。
茜はかなり緊張しており、あの晴子ですら表情が硬い。
「二人とも、右手側に袋があるから、それ使えなー」
「「…は、はい…」」
武からの言葉に、袋を見て表情が引き攣る二人。
絶対にこれのお世話にはならない!
そう誓って無残に敗れる者もまた多い。
「それじゃ、始めましょうか軍曹」
「はい、適正試験プログラム、スタートします」
武の言葉に頷いて、管制室から操作を始めるまりも。
筐体内の二人が歯を食い縛るのを画面で眺めながら、知らず知らず笑みが浮かぶ武と大和。
あれやこれやとシミュレーター内の機体を動かし、その度に中の二人から悲鳴や呻き声が上がる。
「まりもちゃん……これ、楽しいっすね…!」
「不謹慎ですよ大尉……でも、私もこれ、ちょっと楽しみなのよ…」
「下手をすると癖になりそうだ…」
管制室で怪しく笑う三人。
その怪しいオーラを感じた冥夜と美琴がブルリと震える中、筐体の中の二人が敗北した。
「う、うぅ、予想以上ねこれ……」
「あ、あはは…まいったねぇ……」
青い顔をして出てきた二人、中身が見えないように配慮された袋は自分で捨てに行く。
グロッキーな二人がベンチで休むのを横目に、次に高原と麻倉が呼ばれる。
「う、うぅ、少佐、もしも私が悲惨な姿になっても嫌わないでくださいね…っ!?」
「安心しろ高原訓練兵、誰もが通る道だ」
伝統の犠牲者である高原と冥夜は悲惨な事になる可能性が誰よりも高い。
と言うか、まりもが見てきた中で犠牲者で悲惨な事にならなかった奴は居ないと言う。
例外は、前の世界での武だろう。
縋り付く高原を大和が慰めるが、武同様に適正が高すぎて欠伸までしていた奴が言うことでは無い。
で、挑戦。
「う、うぅ、もうお嫁に行けない……」
「………がんば…」
予想通り負けた高原は、麻倉に慰められながらベンチに運ばれるのだった。
因みに麻倉も負けている。
「はわ、はわわわ…みんな負けちゃってるよ~!」
「うぅ、茜ちゃんですら負けるなんて…おら勝てるわけねぇっぺさぁ~!」
次の組であるタマと築地。
前までの2人の惨状に、ガクガクブルブル。
「よもや、これ程までに厳しいとは…」
「予想外ね…っ」
「焼きそば、死守……!」
冷や汗を拭う冥夜と、驚愕する委員長。
今からお腹の焼きそばを守ろうと気合を入れる彩峰。
因みに本日の試験、自重しない少佐によって、一部に武の機動が挿入されており、前の4人中3人はそれで負けた。
「空中で反転してビルで三段跳びなんて反則…」とは、経験した茜の呟きである。
高原は荒地を走った時の振動で破れた。
下手をすると、一般衛士でも負ける可能性の高い試験なのである。
一応適正基準はクリアしているので今現在問題ない、と言うか武の機動で平気な顔をしていたらそれこそ問題だ。
続くタマ、築地も破れ、冥夜と美琴も続く。
最後の千鶴は敗れたが、彩峰は見事に勝利した。
でも筐体を出て倒れた。
「仏心でTSHMを体験させなかったが、見上げた根性だな、彩峰…」
「全くだな、どんだけ焼きそば好きなんだよ…」
歯を食い縛り、必死に耐える彼女の姿に、大和は仏心を出して最後の難関をロードするのを止めた。
冥夜・茜の二名があっさりと破れたTSHM、『武ちゃん・スペシャル・変態・機動(マニューバ)』の略で、武本人は略の方しか知らない。
機動だけ英語訳なのは大和の趣味だ。
このTSHM、一般衛士どころかまりもクラスですら気絶しそうになるほどの機動であり、完全に耐えられるのは本人と大和、後は紅蓮大将や月詠大尉と中尉位である。
まぁそれは兎も角、これにて全員の適正試験は終了。
全員が問題なしと判断され、晴れて戦術機教導へと移行する事になった。
この言葉に、全員が喜ぶのだが、皆グロッキーなので喜びを表現できなかったりした。
「ふむ、あの二人が来たのは帝国の動きが原因か……」
夜の執務室。
既に唯依は仕事を終えて部屋に戻り、現在は大和一人。
その大和は、昨日気になった事をピアティフ中尉にお願いして調べて貰い、その報告書を見ていた。
「日本帝国軍が新技術会得の機会に見向きもしなかった理由を察して横浜との関係を良好にしようと考えたのか…ふふ、利口だなスウェーデンやネパールは」
資料には、タリサ・ステラ両少尉と他の着任衛士達の背景が記載されていた。
大和の呟きの通り、スウェーデン王国陸軍と、ネパール陸軍は本来ならアラスカに派遣予定だった衛士数名を横浜へと出向させてきた。
表向きの理由は本人達の希望とあるが、裏では日本帝国軍が米国等に一切見向きもしないで頼った横浜の技術力を知るためだろう。
その為に、少数の衛士を出向させたのだ。
出向した彼女達の見た物や経験から横浜のレベルを調べ、もしも日本帝国軍のように頼る価値があるのなら、後々その話が来る事だろう。
米国やソ連のように後ろ暗い理由の少ない彼らなら、大和は技術提供も考えている。
「何せ、雪風の元はグリペンだしな…」
苦笑する大和、スウェーデン王国サーグ社製の第3世代戦術機であるグリペンは、多任務戦術機という珍しい機体である。
状況・任務に応じて規格化された装備を選択するという、雪風のCWS(チェンジ・ウェポン・システム)の元になった機体であり、大和も一目置いている。
雪風はある種、このグリペンを更に発展させた構想の機体なのだ。
因みに火力も機動力も雪風の方が数段上である。
「その内、横浜で開発計画がスタートしないだろうな…」
これ以上仕事増えるの嫌よ? 無駄な仕事とか余計な仕事は嫌いなんだよ? と愚痴る大和。
「撃震の改良ねぇ…ま、やってみますか…」
急ぎで依頼された撃震の改良案、大和は設計の為のソフトを起動させると、未来の機体設計図や武装設計図などを見ながらカタカタとパソコンを操作するのであった。
2001年5月26日――――
早朝執務室へ出勤(?)してきた唯依は、執務室のソファで寝ている大和を発見。
また部屋に帰らず徹夜したのかと、呆れて溜息をついた。
「少佐、風邪を引きますよ……ん?」
時間も時間だし起こそうとすると、応接テーブルの上に資料が纏められているのに気付いた。
そこには、撃震の改良計画の立案書と、具体例、さらに設計図まで揃っている。
「これは撃震の…帝国軍から依頼があった改修の立案書か…」
唯依もまた開発部に所属していた人間であり、中身は理解できる。
昨日までどうするかな面倒だなと呟いていたのに、人が見ていない所で確りと仕事をしている大和。
「全く……どうしてそう無茶をするんだお前は…」
苦笑の後に微笑を浮かべ、眠る大和の髪を撫でる唯依。
規則正しく上下する胸と、小さく聞こえる呼吸音。
二人っきりで、しかも相手が眠っているという状況に、一瞬大和の唇に目が行く唯依。
「――――っ、わ、私は何を考えているっ!?」
途端に恥ずかしくなった唯依は、真っ赤になって慌ててその場を離れる。
「ね、眠っている間になんて、そんな、そんな……(///」
ごにょごにょと呟きながら自分の席へ移動。
途中ゴミ箱を蹴飛ばすのはご愛嬌だ。
「て、徹夜のようだし、急ぎの仕事もないから、あ、あと少しだけ眠らせてやるっ」
誰に言っているのか謎だが、そう言うと唯依は先程の自分の行動と考えを忘れる為に仕事に取り掛かるのだった。
「ん……んんっ、よく寝なかった…」
眠り足りないのか、そんな事を呟きながら起き上がる大和。
「お目覚めですか、少佐?」
「…お、唯依姫、おはよう。何時間寝てた?」
「おはようございます、2時間ほどです。それより少佐、お願いですから何も言わずに徹夜しないで下さい」
目覚めの挨拶を終えて早速お説教に入る唯依。
彼女の言葉に「はいすみません反省していますけど後悔はしていません」と謝っているのか喧嘩売ってるのか分からない返答でコーヒーもどきを入れる大和。
唯依も唯依で半分諦めているのか、全く…と呟いて仕事に戻る。
「あ~~~~、急ぎの仕事ってある?」
「特には。富嶽重工と光菱重工から、スレッジハンマーの製造ラインが確立できたと連絡があった位です」
「そっか。横浜基地内だけじゃ、大々的に量産できないしなぁ。第一次製造分は?」
「本体と内蔵武装を組み込んだ機体を36機、来月には納入予定です」
夕呼から承認を受けたスレッジハンマーは、現在横浜基地内で製造中の機体の他に、日本の兵器メーカーにも製造を依頼している。
撃震などの中破や大破した機体から出来ているスレッジハンマーは低コストながら一機で戦車中隊に匹敵する火力を持ち、日本帝国軍からも受けが良く、既に帝都守備に配置する為に最初に24機、次に36機と注文が来ている。
しかも、中破や耐久年数が迫った機体などを下取りに出すことで、スレッジハンマーの値段をその分安くする事が出来る。
防衛や守備、支援を主目的とするスレッジハンマーの攻撃力と支援性能は、先のBETA侵攻の際に実証済み。
しかも衛士で無くても操縦可能であり、武装も豊富。
オプション装備で、大型重機としても輸送車両としても使える万能支援機として、売り出し中だ。
因みに日本帝国軍では『蛇侍空雄(タジカラオ)』で登録され、運用される予定。
最近では海外からの詳細を求める声や、スペック表や見積もりの依頼など、注目されている。
特に、ハイヴに隣接しBETAの侵攻に悩まされている国からの注目が高い。
逆に米国などからは、廃材利用の貧乏機体なんて馬鹿にされているが。
それは兎も角、今後の量産を見据えて、大和は富嶽重工と光菱重工に製造を依頼したのだ。
横浜基地の生産力には限界があるし、何よりこれから次の機体の改造・改良・量産をしなければならないのだ。
量産工程が確立したものから、順次メーカーに委託する形で動いている。
雪風や響、不知火『嵐型』やスレッジハンマーに搭載されるCWS用の武装も、実証テストを終えた物から順次メーカーに製造して貰っている。
新型スラスターや噴射跳躍システムなど、現在様々な機材を委託製造している各メーカーは、横浜基地の技術力に驚嘆すると共に、積極的に自社に取り込み、または技術協力をしてレベルを上げている。
各メーカーのレベルが上がれば、後々量産される不知火『嵐型』などの機体レベルが総合的に上がるし、もしかしたら各メーカーでもっと性能の良い戦術機や武装を開発してくれるかもしれない。
後々の、本当に後の事も考えて技術提供などを行っている大和には、各メーカーから是非我が社にと誘われていたりする。
無論、夕呼が許さないしその手の面会や話を断って大和に行かないようにしている。
大和の今現在は何処かへ行くつもりも無いので助かっているが。
「不知火の改修案と陽炎・撃震の改造が通れば、また忙しくなりそうだ…」
他にも仕事あるんだけどな~っと呟く大和だが、その表情は楽しそうだと唯依は感じて微笑むのだった。