2001年5月23日――――
日が昇り、南国の日差しが降り注ぐ中、地獄の総戦技評価演習を生き抜いてきた少女達が、ついにゴールへと辿り着こうとしていた。
全員、泥や煤や墨やペンキや生クリームに塗れ、満身創痍だが瞳からは溢れんばかりの気合と決意と怒りが見受けられる。
「ついに、辿り着いたのだな…」
「えぇ、地図に記された場所はここよ」
感慨深げに呟く冥夜に、手にした埴輪を手に頷く委員長。
この埴輪の後頭部に、ゴールの場所が記されていた。
「それにしても、妙な埴輪だったね~」
「……夜中に、鳴いていた…」
「怖かったですよ~っ」
しみじみと呟く美琴と、何時も通りの表情で呟く彩峰。
二人に対して、タマは怯えっぱなしだ。
「怖がらなくて良いのよ珠瀬、どうせ少佐が何か仕込んでいるだけだから」
「うむ、妙に重いのもそれが原因だろう」
ここまでの道のりで、大和と夕呼の腹黒さを嫌と言うほど味わった二人は、埴輪を見てそう言いきった。
「兎も角、涼宮達も近くまで来てる筈よ、急ぎましょう」
委員長の言葉に、頷く4人。
ここに至るまでの道のりで、彼女達は以前よりも強い絆で結ばれていた。
どんな状況でも諦めない不屈の精神、どんな困難も乗り越えていく結束力。
そして、恥と外聞を捨てれば人間凄い事が出来るという証明。
最後のは彼女達の名誉の為に記載しないが、とりあえず監視していた夕呼爆笑とだけ言っておく。
「辛く長い道のりだったわ…でも、それもこれで終わり。合格するのは私達よ!」
「「「「応っ!!」」」」
「そうは行かないわ!」
委員長の言葉に全員が手を合わせる中、突然聞こえた声。
全員が振り向けば、そこには自分達と同じように満身創痍ながら瞳に以下略。
「A分隊!」
「もう追いついてきたかっ!」
「甘いわよ榊、こっちには少佐の腹黒さに同調できる一美が居るんだからねっ!」
「ん!(b」
ババーンっと紹介されて親指立てる麻倉。
207の中で一番黒金菌に侵食されている乙女である。
「く…っ、予想が甘かったわね…」
「問題ない、早くゴールすればいいだけ…」
悔しげに唇を噛み締める委員長だったが、そんな彼女の肩を彩峰が叩いて言葉を掛ける。
「彩峰…そうね、皆行くわよっ!」
「「「「応っ!」」」」
「こっちも負けないわよ、皆!」
「「「「応ッ!」」」」
走り出す乙女達。
目指すは岬の先にある珍妙な祭壇。
「あそこに埴輪を置けばゴールよ!」
「悪いけど、あそこにはこっちの土偶が納まるのよ!」
お互いの小隊長が持つ埴輪と土偶。
何だかんだでお宝をゲットしていった彼女達は、時に争い、時に協力して難関をクリア。
最後の試練では、全員が一つお宝を持って機械を止めないと最後のお宝が手に入らないという仕掛け。
これは、目的を達する為には、時に敵(ライバル)とも協力しなければならないという意味がある。
二つの小隊はそれぞれ話し合い、一時休戦で難関をクリア。
そして現れた、埴輪と土偶をそれぞれ手に入れ、ゴールへとやって来ていた。
走る少女達、彼女達の脳裏にはこの三日間の辛かった記憶が思い出される。
人の神経を逆撫でる問題や、精神をゴリゴリ削る関門、乙女としての羞恥心を捨てるか否かを迫る試練。
それらをクリアしてきた彼女達は、一皮も二皮も向けていた。
そして確信している。
今なら少佐を殴れると…(ツッコミ的な意味で)
乙女達の心中は兎も角、岬を目指す10人。
ここで、体力が劣るタマが遅れ始める。
劣ると言っても彼女達の中でという意味だが、それでも足手纏いに為りたくない彼女は、前を行く築地へと飛び掛った!
「ひゃわんっ!?」
「みんな、私に構わず行ってぇぇぇっ!!」
207一の巨乳を鷲掴みにしながら叫ぶタマ。
言葉はカッコイイが、モミモミしている手が余計。
「珠瀬っ!?」
「榊、珠瀬の想いを無駄にするなっ!」
「一人でも先に行けば、勝ち…っ」
「そうだよね…ならっ!」
「っ!?」
タマの言葉に一瞬立ち止まりそうになる委員長だが、冥夜達に叱咤されて前を見る。
そして、美琴もまた、後ろから来た麻倉に飛び掛り足止めに入る。
「行って、榊さん!」
「鎧衣…っ、ありがとう、必ず勝つわっ!!」
「おっと、そうは行かないよっ!」
タマと美琴の想いを受けて更に加速しようとする委員長だったが、横から晴子が突っ込んでくる。
「――――っ、させないっ!!」
「うわっ!?」
だが、それを彩峰のタックルが防ぐ。
「榊、行って!」
「彩峰…っ」
散々反目していた相手からのフォローに、思わず涙ぐむ委員長。
武の言葉と想い、本当の仲間となった皆の思いが、委員長の足を前へと進ませる。
「そうだ、ゴールだけ目指せ榊っ!」
「げっ!?」
冥夜が全力を振り絞り、先頭を行く茜を捕らえる。
「せりゃっ!」
「何っ!?」
だが、それを高原が渋いガードで止める。
「一騎打ちになったわね…!」
「そうね…でも、負けないわよ、涼宮っ!」
「こっちだって、皆の思い背負ってるのよっ!!」
ゴールを目指し、直走る二人。
激しいデッドヒート、後方でくんずほぐれずの乙女達。
ゴールの祭壇へ、二人が迫る。
「「勝つのは、私達だーーーーーっ!!」」
二人が同時に跳躍し、台座へと埴輪と土偶を叩きつける。
まるでアメフトのタッチダウンのように飛び込んだ二人。
全員が注目する中、台座の上には―――埴輪と土偶の姿。
「「ど、どっち………?」」
肩で息をしながら見上げる委員長と茜。
すると埴輪と土偶がブルブルと振動し、目がピカーっと光る。
『『総戦技評価演習ゴール確認、ゴール確認、オメデトウ、オメデトウ』』
そして、電子音声で流れる言葉。
「こ、これって…」
「同着って…こと?」
唖然とする二人。
乱戦していた面々も集まり、どうなっているのかと思っていると、一台のヘリが近づいてくる。
そして、ヘリから武・大和、そしてまりもが降りてくる。
「うん、皆ご苦労さん。総戦技評価演習はこれで無事終了だ!」
「へっ!?」×10
「何をおかしな顔をしている? 貴様達は、見事“特別”総戦技評価演習に合格したのだぞ!」
まりもが笑顔で告げるものの、まだ呆然としている面々。
その表情を見ていてピンと来たのか、苦笑する大和。
「お前達、もしかして先のゴールした方が合格だと思ってたのか? ゴールさえすれば、どちらも合格になるんだぞ?」
「あ………」×10
そう言えばそうだったと、つい熱くなってルールを忘れていた彼女達。
武は確かに競争と言ったが、それは宝探しの部分だけだ。
早く宝を見つければ、それだけ次の宝へ辿り着きやすくなる。
とは言え、結局最後の試練で全員が揃わないと意味が無いという意地の悪い試練なのだが。
不合格も、時間切れと宝の未発見だけ。
武も、先にゴールした方が合格なんて、一言も言っていない。
「何やら競い合ってゴールを目指しているから何かを思えば……」
「まぁ、これは白銀の説明不足だな」
「俺のせいっ!?」
苦笑するまりもとアッサリ責任を押し付ける大和、そして焦る武。
207の乙女達は、自分達が無駄に熱血な事をしていたと理解し、全員が真っ赤だ。
何せ、ここまで来たら別に仲良くゴールしても問題ないのだし。
「まぁ兎に角、スタート地点に戻るぞ。これから香月博士の評価が待っている」
大和のその言葉に、全員がこの演習中夕呼達に見られていたという事を思い出し、ある者は真っ赤に、ある者は顔面蒼白になる。
嬉しいはずなのに喜べない面々は、ドナドナをBGMにヘリに乗せられ、魔女の待つ砂浜へ。
結果は……とりあえず、まりもが口元押さえて自分の無力を嘆いて涙したとだけ話しておこう。
そして、大和から特別賞・熱血賞・努力賞・敢闘賞・可哀相で賞・面白かったで賞・色々残念賞が贈られた。
特別賞は、全体的に活躍した美琴に。
熱血賞は委員長と茜。
努力賞はタマと築地に。
敢闘賞は晴子と彩峰。
可哀相で賞は乙女としての恥を捨てたのに試練に失敗した冥夜に。
面白かったで賞は全体を通して夕呼を爆笑させた天然混じりの麻倉に。
色々残念賞は哀愁漂う高原に送られた。
冥夜から後ろの彼女達が、賞を貰ってもぜんっぜん嬉しそうじゃないのは当然の事。
唯一嬉しそうだったのは麻倉である。
なお、冥夜は表彰後に武にたっぷりと慰められていた。
武に慰められて乙女心がキュンキュンな冥夜、現在好感度トップ。
切欠さえあれば直にニャンニャンに突入しそうな程の好感度を誇る。
「フフフ… 計 画 通 り 」
「少佐、お見事です」
そんな二人を見てワラう大和とぱちぱちと拍手して称える麻倉。
この二人、実に腹黒である。
その後、1時間程の休憩を取り(主に精神面での)、全員が水着に着替えての半日バカンスである。
武は大和が用意したピッチリモッコリなブーメランパンツを砂浜に叩きつけ、自前の水着で海に挑む。
彼がその水着を装着するのを密かに期待していた面子は、大変残念そうだった。
夕呼からこの島では無礼講よーっとお墨付きを貰い、武と戯れる乙女達。
「か、一美…? 何してんの…?」
「撮影」
そんな風景を、完全防水仕様のビデオカメラで盗み撮るのは麻倉。
彼女をビーチバレーに誘いに来た高原は、親友の姿にただ涙。
水面から顔の上半分だけ出してカメラを構え、息はシュノーケルでコーホーコーホー。
しかも頭に海草を乗っけてカモフラージュ。
気合の入った盗撮スタイルだ。
「ねぇねぇ一美ちゃ~ん、少佐はどこー?」
築地がたわわに実ったけしからん胸を弾ませてやってくる。
男のみならず、同性ですら思わず見てしまうその胸。
恥ずかしがり屋な彼女にしては、大胆なビキニが、夏に刺激された真夏の女を表している。
簡単に言えば、夏は女を大胆にする。
日本の季節は5月だけど。
「お昼を獲ってくるって言ってた」
「獲ってくるって…え、釣りとか?」
彼女達のゴールが思いのほか早かったので、現在お昼前。
大和は食料を調達しているらしいが、周囲にそれらしい姿は見えない。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
と、突然のタマの悲鳴に、全員がそちらを見る。
「……………………ッ」
「あ、あわあわはわあわ…っ!?」
そこには、全身にワカメやら昆布やらの海草を張り付かせ、口にウツボを咥え、手にした銛にはアオブダイ。
さらに腰に括りつけた網には、色とりどりの南国の魚と巨大な海老。
左手には大きな蛸を鷲掴み、頭にはやっぱり大きな海草。
そんな状態の大和が、タマの傍の海中から突然現れたのだ。
そりゃタマじゃなくても悲鳴を上げる。
大和は混乱して硬直するタマを放置して陸へと上がり、全身振るわせて付着物を振るい落とす。
「海産物、獲ったどーーーーーーッ!!!」
そして、銛を高々と掲げて叫んだ。
その姿は、正しく海人だった。
「や、大和? どうしたんだお前…?」
親友のテンションに引き気味の武が問い掛けると、大和はギラリと視線を向けてきた。
「どうした…? どうしたと問うたかお主…?」
「(お主って、またテンションがオカシイのか…?) あ、あぁ、そうだけど…」
「どうしたもこうしたもないわ戯けぇぇぇぇッ!!」
「げふぅっ!?」
突然のアッパーに宙を舞う武。
「母なる海に感謝を捧げ、讃えよ海産物ッ!!」
「ゆ、夕呼せんせーっ!、大和が何かオカシイでーーーすっ!? 主に目から赤い光り放って今にも邪神呼びそうな感じでっ!!」
「そんなの何時もの事じゃない。今オイル塗るのに忙しいのよ」
ナチュラルに酷い夕呼。
「あ、少佐の背中に何か刺さってる」
「うわなにあのグロテスクな色の魚っ!?」
「どう見ても毒持ちじゃけんっ!?」
麻倉が大和の背中に刺さる変な魚を発見。
青・赤・黄・緑・白の気色悪いマーブル模様の10センチ程の魚。
カサゴに似てるが色が酷い、これは酷い色。
「てい」
「………を?」
麻倉がぺチっと魚を昆布で叩き落とすと、キシャーっと吼えていた大和が止まった。
「はて、俺は何を?」
「毒って言うか、何かのツボにでも刺さってたのか!?」
ポリポリと頭を掻く大和に、驚愕する武。
刺さっていた魚は、ピチピチ跳ねてそのまま海に帰っていった。
「ね、ねぇ皆、ビーチバレーしない? できれば波打ち際から遠くで!」
「「「「「「「「さ、賛成っ!」」」」」」」」
高原の提案に、一部始終を呆然と見ていた全員が賛成する。
その後、全員が海から離れて引き攣った顔でビーチバレーに興じるのを、ヘリに夕呼の荷物を獲りに行かされていたまりもが、不思議そうに眺めるのだった。
なお、大和が獲ってきた海産物は全員が美味しく頂きました。