2001年5月21日―――
総戦技評価演習 初日―――
太平洋を南下する事数時間―――ここ、総戦技評価演習の場所として選ばれた島に、207訓練部隊は降り立った。
見渡す限りの青い空と青い海、白い砂浜に熱帯なジャングル。
リゾートであれば最高の場所だが、ここは既に戦場だった。
「全員整列っ!!」
まりもの号令に、207訓練部隊が居並ぶ。
その表情には、緊張と決意が見受けられる。
「これより、総戦技評価演習を開始する。なお、今回の演習には香月副司令と黒金少佐、白銀大尉が試験官を務めてくださる!」
『っ!?』×207全員
まりもの言葉に、全員が目を見開く。
特別教官である武は良いとして、何故副司令と忙しい筈の少佐まで居るのかと、疑問に思っていた所にこの通達である。
「今回の総戦技評価演習は、これまでの物と異なる趣きとなっている。詳しい説明は白銀大尉がして下さる、全員心して聞け!」
その言葉と同時に武がまりもの隣に並ぶ。
「それじゃ、今回の“特別”総戦技評価演習のルールを説明するぞ」
武の“特別”という単語に数名が内心首を傾げるが、武は構わず説明に入る。
「今回の演習は、A分隊とB分隊に分かれての対決になる。島の各所にターゲットとなる品物を隠してある、これらを相手のチームより先に見つけ出し、ゴールを目指すのが試合の内容だ」
武の説明に、一瞬呆ける面々。
「まぁぶっちゃけ、宝探し競争だな」
ぶっちゃけた。
これには訓練兵達も戸惑う。
例年…と言うか、普通ならベイルアウト後の脱出を想定しての演習なのだが、ここでまさかの宝探し競争。
「因みにチーム得点の他に、個人技なんかの得点もある。これらは島中に設置したカメラとセンサーで見ているからな。因みに設置は黒金少佐が一晩でやってくれた」
武の言葉に大和を見れば、イイ笑顔で親指を立てられて頬が引き攣る207両分隊。
先に島に上陸していたから何をしていたのかと思えば、前日入りして設置していたらしい。
「言っておくが、あの、あの黒金少佐と副司令が考えたトラップと謎解きが入っているから、一筋縄じゃいかないぞ。正直俺ならこの演習より普通の演習を選ぶ、マジで」
「マジで…?」
「マジで」
彩峰の勝手に覚えた白銀語に神妙に頷く武。
大事な事なので二回言いました。
あの武が厳しい演習の方がマシとすら言う今回の演習。
しかも、企画大和、監修夕呼という不必要に豪華な今回の演習。
気の弱い数名、既に帰りたくなっている。
勘の良い数名は、既にジャングルの中から嫌なオーラを感じて冷や汗流していたり。
「なお、制限時間は三日後の正午まで。ゴールに辿り着けなくても、宝を一つも見つけられなくても失格だぞ」
失格という言葉に、全員が背筋を凍らせる。
例え宝探しと言えど、ちゃんとした演習なのだ。
当然、不合格だって在る。
むしろあの腹黒二人のせいで普通の演習より難しくなっている可能性もある。
「先ず最初に全員に宝の地図を渡す、その地図の場所にある宝を見つけ、最終的にゴールの書かれた宝を見つけること。相手チームの宝の強奪は禁止だが、譲渡と交換は有りだ。また、相手チームへの直接攻撃も禁止だぞ、彩峰」
「………ちっ」
「「「「「「「「「(舌打ちっ!?)」」」」」」」」」
彼女を除いた207全員が内心戦慄する中、その他細かいルールを説明していく武。
そして、10:00―――特別総戦技評価演習がスタートした。
両チーム一斉にジャングルに走り出し、直に肉眼では見えなくなる。
「さてと、それじゃ監視お願いしますね、まりもちゃん」
「了解よ…と言うか、一応仕事中ですよ大尉?」
ついまりもちゃんと呼んでしまい、まりもにめっと怒られる武。
「あらあら、随分とイチャイチャしてくれるじゃな~い?」
それを後ろからからかうのは、前までの世界同様に水着姿で寛ぐ夕呼。
「なっ、そそそそんなことありませんよ副司令!」
「まりも~、別に三日間他に居ないんだし、固い口調は止めなさい。これ、副司令命令ね」
そう言って冷えたトロピカルジュースを一口。
「にしても、中々面白いこと考えるわねぇ。宝探し競争に見せかけた、チームの結束力と目的達成の為の意思を図る心理戦だなんて」
「私も、これは厳しいかと思います……」
4人だけが知るこの演習の目的。
それは、ゲーム中に仕掛けられた罠や謎を、如何にチームの結束で攻略していくかという頭脳と機転、結束力が試される演習。
207の彼女達は知らないが、この演習、誰か一人でも欠けた場合、即ゲームオーバーとなる。
何故なら、最後のゴールに辿り着くには、10人必要だからだ。
「そう言われても、俺は書かれた事を説明しただけっすよ…文句なら大和に――――って、大和は?」
先ほどまで夕呼にジュースを作ったりしていたのに、気付けば居ない。
夕呼がストローを咥えながら指差す先には―――
「そぉぉぉいッ!!!!」
全身の筋肉とバネを使っての、遠投によってロッドの先の仕掛けを飛ばす大和。
遠くでボチャンと水飛沫が上がり、それを確認してロッドを台に固定する。
普通に投げ釣りをしていた。
「ふぅ………じゃ、磯行って来る!」
「行って来る! じゃねぇよっ、何やってんだよ大和ぉっ!?」
傍らに置いてあった釣竿とクーラーボックスを手に、爽やかに手を上げて磯へと向う大和に武がツッコミながら引き止める。
「何って、投げ釣りと磯釣りだぞ?」
「釣りの種類聞いてるんじゃないってのっ、何で小さい子供に言い聞かせるように言うかな!?」
「あ、先端に鈴が付いてるから、鳴ったら釣り上げといてくれ」
「聞けよ俺の話っ!?」
「全部で6本あるから、よろしく!(b」
「何時の間に!? って、よろしくじゃねぇよ親指立ててイイ笑顔してるなよ俺の話聞けよっ!?」
武の必死のツッコミも、HAHAHAで笑ってスルーする大和。
スキップまでして磯へと向ってしまった。
「な、なんなんだ今日の大和…テンションがおかしいぞ?」
「あれよ、副官の篁に黙ってここに来たから、あぁやって帰った時の事を必死で忘れてんのよ」
「現実逃避かよ……」
夕呼の言葉に、ガックリと肩を落とす武。
でも大和の気持ちは分かる、唯依姫厳しいから色々と。
「あの子達の様子は装備のマーカーとレーダー、それに重要箇所のカメラで確認出来るんだから問題ないんでしょ。白銀とまりもは交替で監視してなさい」
「先生と大和は?」
「アタシはバカンスだもの。黒金は昼食と夕食の調達よ」
「あ、これそういう理由だったのか…」
隣で鎮座している海釣り用のロッドを見る。
「俺釣りとか経験ないんすけど…」
「アタシだって無いわよ」
つまりお昼と夕食は大和の腕にかかっていることになった。
17:50――――
そろそろ海が赤く染まる頃、両チームがそれぞれお宝を一つゲットしていた。
「これって、宝を手に入れていくとゴールの記された宝までの道が分かるのよね?」
「そうよ~、そしてそのお宝も持っていないと後々大変な事になるって寸法」
モニターの映像や情報を見ながら夕呼に問い掛けるまりも。
武は現在、昼過ぎに魚が掛かったのだが逃がしてしまい、夕呼に散々笑われて落ち込んでいる。
「それにしても、このツイスターとかいう試練、ちょっとアレじゃない…?」
「そうね、アレね」
映像には、謎解きのトラップとしてツイスターに挑戦するA分隊が映っていた。
二人が謎を解き、残りの三人が答えのスイッチを押していくのだが、これがまた凄い状態。
座学の優秀な茜と麻倉が謎解きをしている間、晴子・高原・築地がくんずほぐれずの凄い状態。
今も、晴子が築地の胸に顔を埋めた状態でもがき、その為に築地が涙目で悶える。
その下敷き状態で手と足以外が地面に付かない様に頑張っている高原が哀れ。
「B分隊も……酷いわね、特に榊」
「そうね、特に榊」
別のカメラの映像には、トラップに引っ掛かって恥ずかしい姿を晒している委員長。
そしてそれを弄るのは彩峰。
「こんな感じで、挑戦者の精神をゴリゴリ削るゲームが盛りだくさんらしいわよ?」
「これ、本当に一晩で少佐が…?」
「一晩でやってくれたわ」
妙な所で異常な集中力を発揮する大和、その能力フル稼働で設置したらしい。
因みに横浜基地の片隅で、同じ趣味の連中とコソコソ作っていたとか。
まだ初日なのに、207の乙女達は主に羞恥心的な意味で疲れ果てていた。
「でも一応意味はあるわね、冷静な判断力や、咄嗟の判断、そして部隊の結束力…」
「そ。それらが一つでも欠けてるとゲームオーバー…本当に嫌らしいゲーム考えるわよねぇ…」
ノリノリで監修したアンタが言うなと、まりもは内心でツッコんだ。
「それより…ちょっと白銀ー、いつまでも落ち込んでないで夕食の準備しなさ~い!」
「うぅ……で、でも、材料が無いッすよ?」
大和が予め用意しておいた食材は、お昼に使ってしまった。
「そうね、でもアタシ不味いレーション嫌よ?」
武とまりもは、言うと思ったよ…と同時に内心呟いた。
と、そこへ磯の方からやってくる人影。
「お、大和だ。何か釣れたなら夕食が豪華になりますよ」
と、期待を込めてやってくる大和に手を降ると、大和も大声で返答する。
「武ーーーーッ、カジキ釣れたッ!!」
「マジで!? 磯でっ!?」
「磯で!!」
なんと大和が抱えてきたのは、本体だけで大和の身長位あるカジキマグロ。
かなりの大物が、磯で釣れたという驚きの状況。
「生態系狂ってるんじゃないかこの島の海!?」
「やったわね、今日は刺身とマグロステーキよ」
「先生は本当にゴーイングマイウェイですねっ!」
大和に親指立てて希望のメニューを告げる夕呼。
彼女にとって、生態系より本日の夕食の方が重要らしい。
「んじゃ解体するか」
「あっさり終わりにするんだ…」
釣り上げてきた本人があっさりとカジキをさばいて行く。
解体に使っているのはナイフだが、見事な手捌きである。
「余ったのは冷凍して持って帰りましょうか」
「そうねぇ、日本酒と刺身でキューっといきたいわ」
「いや、良いけどさぁ…一応今重要なイベントの最中なんだぜ…?」
「白銀…諦めましょう……」
長年の相方の性格を知る二人は、お互いの苦労を感じてそっと涙するのだった。
「カジキのステーキ、赤ワイン仕立てでございます」
「パーフェクトよ黒金」
「もう勝手にやっとれっ!!」
どこまでもマイペースな二人に、武はついに匙を投げた。