目覚めた瞬間に感じたのは、途方もない絶望感だった。
全てを救おうと、何も知らない餓鬼が粋がった挙句、大切な、本当に大切な仲間達を失った。
そして、最愛の人まで失う事になった。
それが悔しくて、悲しくて、世界を理解していなかった自分に強い怒りを感じていた。
だからそう、これはきっと……
「俺への…罰なのか……」
呆然と見上げる先には、赤く燃え上がる街並み。
彼方此方で突撃砲の発砲音が鳴り響き、爆音と兵士の叫び声が木霊する。
暗い夜空は赤く染まり、俺の視界を滲ませる。
滲んでいるのは、流れる涙のせいだろう。
「なんでだよ…どうして戦ってるんだよ……もう終わったんじゃないのかよっ!?」
叫ぶしか出来なかった。
夕呼先生と霞の前から、俺は確かに消えたのに。
なのに、目覚めればそこはあの世界。
BETAに侵略され、大切な仲間達の犠牲でやっとオリジナルハイヴを潰した世界…。
でも目覚めれば戦いは続いていた。
今も、慣れ親しんだ俺の街を、BETAが蹂躙し、戦術機がそれを駆逐している。
呆然と見上げた先には、横浜基地がある筈の場所には、佐渡島やオリジナルハイヴでも見たあのモニュメントが存在していた。
大きさはずっと小さいが、確かにアレはハイヴのモニュメントだ。
「どうなってる、なんで横浜基地にハイヴが……っ!?」
そこまで口にして気付いた。
横浜基地は、元々はハイヴだった場所だと。
「ってことは、今は、俺が今居る時間は……――――ッ!?」
そこまで呟いて物音に気付いた。
視線を向ければ、そこには見慣れた姿。
忘れもしない、あの時、あの時まりもちゃんを食い殺した―――ッ!!
「兵士級ッ!!」
今すぐ殺してやりたかった。
だけど、今の俺に戦術機は無く、拳銃すら持っていない。
相手はとっくに俺に気付いていて、瓦礫を押し退けてこちらに来る。
機械化強化歩兵なら戦える相手だが、素手の俺ではどうする事も出来ない。
「―――――ッ、伏せろッ!!」
兵士級がその口を開けて俺を食い殺そうとした瞬間、どこからかそんな声が聞こえた。
「―――ッ!?」
訳が分からなかったが、それでも鍛えられた身体と神経は、反射的に頭を抱える形で伏せていた。
次の瞬間、頭上を何かが通り過ぎ、生々しい音が聞こえたと思ったら近くで爆発が起きた。
衝撃を歯を食い縛って耐えながら爆発の方を見れば、兵士級と思う残骸が飛び散り、塀が破壊されていた。
「無事かッ!?」
声を掛けられ、そちらを見ればそこには軍用車両に乗った自分と同じ位の少年が居た。
右手に長い筒のような物…良く見れば硝煙を吐き出していたから、多分ロケットランチャーだろう。
「――――ッ、お前は!?」
その少年が俺の顔を見て驚愕を浮かべていた。
前の世界でも、その前の世界でもあんな奴は知らない。
もしかして、この世界の武の知り合いか?と思ったが、どうしようもなかった。
「ッち、厄介な……おい、急いで乗れ!」
「あ、あぁ……ッ」
ここに居るのは素人でも危ないと判断できる。
兵士級だけじゃなく、他のBETAもウロウロしているだろうから。
軍用車両、ジープのような車に乗り込むと、男はアクセルを踏み込んで横浜基地…いや、ハイヴから反対方向に車を走らせ始めた。
遠ざかる自分の家を見ていたら、そこに戦術機…形からして撃震が吹き飛ばされてくる。
そして、純夏の家を――――!
「安心しろ、最初から誰も居ない……!」
「な、なんで分かるんだよ…っ!?」
瓦礫とBETAの死骸だらけの道を猛スピードで運転しながら、隣の男は俺が何を考えていたかを読み取ったみたいだ。
「“何度も確認した”からだ、この周囲に兵士以外の人間は居ない。当たり前だ、目と鼻の先にハイヴがある街で暮らせるものかよ…ッ」
そう言いながら男はアクセルをベタ踏みにしてスピードを上げた。
前を見れば、そこには兵士級が!
「掴まれッ」
「っ!」
男が何を言いたいのか理解して、ドアノブと座席の前に付いている金属バーを握る。
ドゴッという重い音と共に兵士級の体液が飛び散り、死骸が跳ね上がった。
「殆どは反対側から攻めてる国連軍と北西から攻めてる大東亜連合に群がってるが、小型種はそこら中に居る。タイムリミットまで逃げ切れれば勝ちだ…ッ!」
「なんだよ、一体なんでこんな…この戦い、まるで……」
そうだ、まるで、まりもちゃんに教わった戦い……
「“明星作戦”だ、横浜ハイヴを攻略し、本州からBETAを駆逐する為の作戦。始まってからもうかなり時間が経った。そろそろアレが使われる!」
破壊された道を迂回し、山岳方面に抜ける道を走り抜ける車。
暗くて分からなかったけど、この車、血塗れじゃないか…っ!?
「帝国軍の車両だ、血はBETAに殺られた兵士の物だろう…」
「なんでそんな、他人事みたいに…っ?」
こいつ、帝国軍の兵士じゃないのか?
良く見れば、その格好は兵士の物じゃなかった。
元の世界で偶に見かけた、黒いジーパンとジャケット…。
「しかし、何故ここに居るんだ、白銀 武…?」
「ッ!?、ど、どうして俺の名前を……っ!?」
こいつ、一体誰なんだ…っ?
「全く、今回のループは、最初から違う始まりとはね…ッ」
道路の亀裂を避けながら呟かれた男の言葉に、俺は目を見開いた。
こいつ、もしかして…!?
「察しの通りだ、俺も囚われた存在だ……」
「そんな、どうして……」
俺は、俺が因果導体になったのは、純夏の想いが原因だった。
なら、こいつもなのか…?
でも俺も純夏も、こんな男知らないし、逢った事も無かった筈だ…!
「そう言えば、自己紹介がまだだったな? 初めまして、白銀 武。俺の名前は黒金 大和…完全な、異邦人だ…」
そう言って笑う男…黒金は、どこか疲れたような笑みを浮かべていた。
日本武尊
「完全な異邦人って…どういう意味だよ?」
大分戦線から離れたのか、戦術機の姿も、戦闘の音も遠くなり安堵する武。
運転する大和に声をかけると、彼は少し考えてから言葉を発した。
「分かり易く言えば、俺はこの世界とも、白銀…お前が元々暮らしていた世界とも違う世界からの流入存在だ」
「それって…つまり、全く別の世界って事か?」
白銀の問いに、何と言えば良いやら…と苦笑し、そう考えて貰えばいいと呟いた。
説明するのを諦めたと言うより、隠した感じだったが、現状を把握し切れていない武は気付かなかった。
「でも、どうしてここに…?」
「その前に白銀、お前これで何回目だ?」
「え………」
自分の質問を遮っての質問に、戸惑う武。
「お前の主観で、何回目のループなんだ?」
「え…えっと、3回目…かな…」
「そうか…と言うことは、あ号目標を破壊したんだな?」
「な、なんでそれをっ!?」
大和の言葉に、武は思わず彼の腕を掴んだ。
それに対して、大和は落ち着けと言って手を放させる。
「俺は、主観だけで既に40回を越えるループを経験している。何度も何度も、この地獄で目覚めて、死んだり生き延びたりしてきた」
武は、大和の40回という数字に絶句するしかなかった。
自分が、白銀 武という存在が、平行世界での経験を除いて生きた2回の戦いの日々。
それは、地獄すら生温い世界。
それを、それ以上を、彼は経験し続けていると言うのだから。
「最初の内は、BETAに食われたり、流れ弾に当たったりで数時間も生きられなかった。それでも何度も死ぬ内に、自分に様々な経験が蓄積されている事に気付いた」
そう言って袖を捲くる大和。
露出した腕は、鍛え上げられ、引き締まった腕だった。
「やがて生きている時間が長くなり始め、俺は初めてこの日を生き延びた。その後は…色々だな」
大和は、兵士になったり衛士になったり、研究者になったりもしたと話しながら、それでもスピードを緩めない。
まるで、とても恐ろしい存在から逃げるかのように…。
「08:03……時間だッ」
「な、何のだよ…っ!?」
慌てて車を物陰…建物の影に突っ込ませ、荷台に落ちていたヘルメットを被る大和。
武にもヘルメットを渡すと、有無を言わさず被らせる。
そして、建物の角から遠くに見えるハイヴのモニュメントを指差す。
「よく見ておけ……」
車の時計が、08:05を指した瞬間、モニュメントの中腹辺りで何かが弾けた。
「あれが――――――G弾だ………ッ!!」
視線の先で、モニュメントが黒いドーム状の物で包まれ、破壊されていく。
周囲のBETAや、逃げ遅れた戦術機も巻き込んで。
「あ、あれが―――」
「伏せろッ!」
武が呆然と呟いた瞬間、大和が武を倒し、自分も身体を伏せる。
次の瞬間、強烈な衝撃波が彼等を襲い、周囲の瓦礫や植物を吹き飛ばしていく。
G弾の爆発による重力子崩壊、それに誘発された爆発により、強烈な衝撃波が発生したのだ。
そして、一発目が収束し始めた瞬間を見計らい、二発目が発射され、消滅したモニュメント下、ハイヴ内を蹂躙し尽した。
「う――――うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
「白銀ッ!?」
ニ発目のG弾の爆発が収まった瞬間、武が頭を抑えて苦しみだした。
そして、純夏や冥夜、死んでいった仲間達の名前を叫びながら悶え苦しんでいる。
「くそッ、記憶の流入でも起こったのかッ!?」
大和は暴れる武を車のシートベルトで押さえ込み、それでも暴れる武を押さえつける。
「う、うぅ、純夏、純夏ぁぁぁぁぁっ、ゆるしてくれ、冥夜、冥夜ぁぁぁぁっっ!?」
「ッ、今回の世界、まるで異なるシナリオの様だな…ッ!」
大和は、泣き叫ぶ武を押さえつけながら、誰にもと無しに呟くのだった………。
2001年――1月23日―――七瀬家――
帝都内に存在する、武家の一つ。
当主は先の戦い…明星作戦にて戦死してしまい、現在は妹が当主なっていた。
その家の中を、バタバタと急ぎ足で走る、白い斯衛の制服を着た少女が走っていた。
「お兄様は、お兄様達は何処!?」
使用人達…少女が幼い頃から使えてきた人達は、彼女の焦りっぷりに心当たりがあるのか、苦笑しつつある部屋を指差した。
「武お兄様、大和お兄様っ!?」
スパーンッ! と気持ちが良い位に襖を開け放つ少女。
「うぉっ、凛!?」
「おや、お早いご帰還だな、当主殿?」
部屋の中に居た、斯衛の黒い制服に着替えていた武と、既に着替え終わり、武を待っていた大和が、それぞれ反応を返していた。
「どういう事なのです、あの話は本当なのですかっ!?」
目尻に涙を浮かべつつも二人に詰め寄る少女。
彼女こそ、この七瀬家現当主にして帝国城内省斯衛軍、将軍家血縁者警護部隊所属の少尉、七瀬 凛である。
「あちゃぁ、もう知られちゃったのか…」
「大方、月詠大尉辺りが話したのだろうな…」
困り顔で頭をかく武と、腕組みしつつ苦笑する大和。
そんな二人の態度に、凛はますます声を荒げる。
「その態度、やっぱり本当なのですね!? 何故、どうして国連軍に行くのですかっ!?」
凛が言った通り、二人は数日中に国連軍の、今年に入って稼働が始まった横浜基地へと行く事になったのだ。
「どうしてって言われてもなぁ……まぁ、やならきゃいけない事があるから…かな」
「やらなきゃって…武お兄様には斯衛軍としての仕事があるではないですか!? 武家でもないのに、将軍直属の衛士を任されていると言うのに…それ以上の仕事が在るとでも言うのですか!?」
凛の言うとおり、現在の武の仕事は、斯衛軍の中尉。
しかも、武家でも将軍縁者でもないのに、その将軍の護衛を任される程の存在。
「大和お兄様だって、技術廠でのお仕事はどうするのですっ!?」
微妙に武を楯にしていた大和にも矛先が向いた。
大和は現在、帝国陸軍技術廠の第壱開発局開発班長という役目を持っている。
階級は技術士官としての仕事もある為か、武より上の大尉。
色々と在り得ない事だが、在り得てしまっているのは、彼等のその能力の高さと、知識、そして二人を援助する存在が関係していた。
「いや、一応その将軍からの勅命だし…」
「俺の方は既に仕事は終えてあるぞ。続きは横浜基地でもやるしな」
ポリポリと頬を引掻く武と、事も無げに言う大和。
兄と慕う二人の言葉に、凛はぷくーーーっと頬を限界まで膨らませ―――
「ずぇったいにぃ……認めないんだからぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
叫び、飛び出して行った。
その後姿を部屋から首だけ出して見送る二人。
目線で「どうする?」「放っておこう」「そうだな」と会話して部屋に戻る。
「凛には感謝してるけど、こればっかりはやらないとな」
「そうだな。香月博士でなければあ号目標破壊まで辿り着けないだろう」
苦笑しつつもそれぞれ準備を進める二人。
この後二人は、将軍との謁見の後、横浜基地転属への手続きをするのだ。
横浜基地は国連軍所属の為、帝国斯衛軍の二人では簡単には入れない。
それ故、二人は斯衛軍を辞めて、国連軍に所属する事にしたのだ。
これには色々と問題もあった。
誇り高い斯衛軍から国連軍へ移るのに、色々と陰口や罵詈雑言を言われたし、先ほどの凛のように引止めを図る者も居た。
武と大和、二人は明星作戦後、帝国軍に拾われた。
逃走やら何やらでボロボロだった二人は、今まで山中に隠れて住んでいたと保護した兵士に話し、避難民として保護を受ける事になった。
これは、既に何度も同じ事を経験した大和の案であり、この後身辺を固めてからその後を考える事にしたのだ。
何せ、武が行動しようにも夕呼の居場所は分からないし、横浜基地も無い。
まだ前回のような脅し的な交渉が効く段階ではないのだ。
そんな二人が帝都で職探しをしていた時、兄を失って呆然としていた凛と出会い、彼女が武を兄と勘違いして抱きついてきたのだ。
彼女の兄と武は良く似ていたらしく(とは言え年齢が違ったが)、彼女はホームレス一歩手前の二人を自分の家に招いた。
彼女の家も武家の家系であり、使用人も雇っている。
住み込みの使用人として雇ってくれた彼女が、斯衛の少尉と聞き、二人は軍に入れて貰う事にした。
一般兵士を大きく凌駕する実力を持つ二人は、凛の推薦もあり斯衛軍へと入隊。
その後、二人はとある人物に招かれ、衝撃的な出会いをする事になったのだ。
「と、そろそろ時間だな」
「そうだな、早く行かねば月詠大尉が冷たく怒るぞ」
大和の言葉に、そりゃ恐ろしいと笑い、二人で七瀬家を出る。
使用人の人達に行ってらっしゃいませと声を掛けられ、未だ慣れない扱いに苦笑する武。
最初は同じ使用人扱いだったのに、軍に入り、斯衛に配属され、実力を発揮し始めると周囲の反応が変化した。
特に七瀬家では、何時の間にかお坊ちゃま扱い、つまり凛の兄として認識されてしまった。
恐らく、凛が二人を兄と呼び、さらに二人の活躍を使用人達に自慢げに語ったからだろう。
そんな二人が門を出ると、そこには赤の斯衛の制服を着て眼鏡をした女性が、車に凭れて待っていた。
「む、遅いぞ二人とも」
「す、すみませんっ」
「申し訳ない、月詠大尉」
表情を変えずに、クールに…しかし言葉に幾らかの怒りを込めて二人を睨む女性。
それに対して、武は萎縮し、大和は平然と頭を下げた。
「全く、同じ階級とは言え、赤の私を運転手にするのは貴様位だ…」
嘆息しつつ車に乗り込む女性。
彼女の名前は月詠 真耶。
将軍直属の衛士にして、護衛部隊の隊長でもある。
さらに言うなら、月詠 真那中尉の従姉妹でもある。
武達はこれ以上彼女を刺激しない様に素早く車に乗り込むと七瀬家を後にする。
二人が出かけたのに気付いて飛び出してきた凛(慰めに来ると思った二人を部屋で捕らえる準備をしていた)が、門のところで何か叫んでいたが、二人は知らぬ振りをした。
特に武は、冷や汗ダラダラだ。
「ふぅん……愛されているな、白銀中尉」
「な、何がでしょうか?」
「全くだな、武」
「だから何がっ!?」
七瀬 凛のブラコンは軍でもかなり有名であり、以前武に迫った女性衛士を泥棒猫呼ばわりして威嚇したのだ。
武に対して愛情な想いを、大和に対して親愛を向けているのは、使用人達も知っている事だ。
気付かぬ振りをしているのは、武だけであった。
「時に白銀、貴様が殿下に交際を迫ったと言うのは本当か?」
バックミラー越しに、瞳をギラリと光らせる真耶。
その瞳は、本当なら殺すと訴えていた。
「ちょ、どこからそんな話がっ!? 嘘です、全くの嘘です、俺はそんな事してませんからっ!」
「そうだな、迫ったのは殿下だしな」
「大和ぉぉぉぉっ!?」
気がつけば親友となった男の余計な一言に絶叫する武。
「ほほぉう…?」
チラリと見た真耶の瞳は、血のように赤く、ギラギラしていて怖かった。
武が真耶のプレッシャーに震えている間に、車は帝都城に到着。
未だビクビクしている武と影で邪笑している大和を連れ、真耶は城内を進む。
そして、謁見の間とは異なる、小さな部屋へと通された。
そこは茶室をモデルにしたような部屋で、中にはこの国で最も偉い女性…政威大将軍、煌武院 悠陽の姿があった。
「殿下、白銀中尉および黒金大尉、お連れいたしました」
「ご苦労様、真耶さん。二人とも、こちらへ…」
真耶の言葉に優雅に、しかし威厳と共に頷く悠陽。
彼女に招かれ、二人は下座に当たる場所に正座した。
「真耶さん、内密な話し故、少々外して貰えますか?」
「殿下、しかし…っ―――分かりました…」
武達の後ろに座ろうとした真耶だったが、悠陽に言われ、席を外した。
これから話す内容は、いくら親しく、信頼できる彼女でも聞かせる事は出来ないのだ。
「いよいよ、横浜基地が動き出します。………行くのですね、武殿、大和殿…」
「……あぁ、悠陽。俺達は、その為に今日まで戦い、生きてきたんだ…」
悠陽の言葉に、力強く頷いて拳を握る武。
大和も、同意を示す頷きを返していた。
「………私が、もっとお力になれれば良かったのですが…」
そう言って俯く悠陽に、武がそんな事は無いと彼女の肩を優しく叩いた。
「俺も大和も、今があるのはお前のお陰だ。悠陽が色々と面倒見てくれたから、俺達はこうして居られる。だから、お前はもっと胸張って良いんだって」
そう言って笑う武。
だが、悠陽は聞いちゃ居なかった。
「お前………お前………お前………お前………」
「だから、それは冥夜のキャラだっ!」
そんな、目の前のラブコメに、大和はヤレヤレと首を振るのだった。
軍に入隊して直に、二人は紅蓮大将からの呼び出しを受けた。
一体何故?と首を傾げつつも呼び出しに応じた二人の前に現れたのは、煌武院 悠陽だった。
彼女は武が自分を知っていると理解すると、紅蓮大将と大和を下がらせ、武にあの人形を渡してくれたか訪ねた。
その質問で、彼女が前の世界での記憶を持っていると理解した武は、慌てて大和を呼ぶように頼んだ。
大和も加えて彼女の話を聞くと、明星作戦以降、毎夜夢に見るように記憶が入ってくると言う。
大和は、G弾と何らかの力の作用による記憶の流入現象だと判断し、悠陽も自分の記憶が夢でない事を確信した。
今まで確証も確信も無かった為、紅蓮に武の事を調べさせ、軍に居る事が判明。
確かめる為に呼び出し、人形の事を訪ねたという。
もし武があの武で無ければ、当然人形の事は知らない。知らなければ自分の思い違いだったと言えば、将軍である彼女を追及する事は無い。
そして結果は見事に当たり。
武達は、自分達の置かれている状況や現象を説明し、彼女の理解を得るのだった。
その後、彼女に取り計らって貰い、今の地位を手に入れた二人。
とは言え、帝国軍、特に斯衛軍は地位を重視すると共に、実力主義でもある。
地位が高かろうと、戦えない人間は用無しなのだ。
その点、武は天武の才と紅蓮に言わしめる程の操縦テクニック。
大和は鬼才と呼ばれる程の腕前と、戦術機関連での独自の開発思想を持っていた。
実力もあり、将軍が目に掛けている存在。
嫌でも二人は有名になっていた。
そして武は将軍直属の部下にして護衛部隊へ。
大和は帝国陸軍技術廠の第壱開発局へ配属された。
この間、実に1年半である。
異例の昇進と才能の二人に、当然やっかみや嫉妬はあったものの、それすらを実力と行動で黙らせてきた。
ついこの前まで、武にはお見合いの話が、大和には養子縁組の話が毎日のように来ていたのだ。
「武殿達が斯衛軍を去ると知った者たちの抗議が、こんなにも来てるのですよ?」
そう言って悠陽が取り出したのは、斯衛軍の重鎮達からの嘆願書であった。
「中にはこんな物も……」
そう言って彼女がペラリと武の眼前に突き出した書類。
そこには、斯衛軍女性衛士達の署名。
「ほぉ、白銀 武中尉斯衛軍退役阻止同盟…たった三日で出来たのか…」
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
二人が斯衛軍を辞めると言う話が出回ったのは三日前。
いつの間に集めたのか、署名はズラリズラリと二枚に及んでいる。
「武殿……いえ、武様…相も変らず、女性に慕われておりますようで……」
妖艶な、それでいて怒りを感じさせる笑みでにじり寄る悠陽に、ギクリと身体を固まらせる武。
彼女が武を様付けする時は、決まってあの話が出てくるのだ。
「武様、そろそろ私との結婚を考えて頂かねば…意中の殿方を掠め取られるのは女として最高に悔しく思いますのよ…?」
「いや、悠陽は将軍だし、俺はもうただの衛士になるし、やっぱり問題だって!斯衛のお偉方にも睨まれてるしっ!」
胸に縋り付いてくる悠陽を引き剥がそうとする武。
以前から、武に好意的だった悠陽は、彼が自分の護衛部隊に配属されると、段々と想いを伝えるようになってきた。
それがエスカレートし、今では色仕掛けまで行う程に。
「でしたら、既成事実を作れば問題ありません。彼等を黙らせる事が出来ますでしょう…」
「ちょ、悠陽、悠陽さーーーんっ!?や、大和、悠陽を何とかしてくれ……って居ねぇっ!?」
先ほどまで隣に座っていたはずの親友は姿を消し、視線を巡らせれば、扉を閉めようとしている大和と目が合う。
「や、大和っ!?」
「あ、大和殿、月詠には1時間誰も通すなと伝えてくださいな♪」
「悠陽っ!?自分で何言ってるか理解してるのか、してるのかっ!?」
「承知しました、早く元気な赤子が見たいものです」
「大和ぉぉぉぉぉっ!!!?」
ポっと頬を染める悠陽に、ニヤリと笑う大和。
そして絶叫する武という、何とも混沌とした場面が構築されるのだった。
――――コン、コン!―――
「失礼します。黒金 大和大尉、ただ今出頭致しました」
将軍との謁見を一足早く終えた(と言うか武を置いてきた)大和は、真耶に悠陽の伝言を伝えると、その足で帝国陸軍技術廠へと訪れていた。
将軍との謁見が終わり次第、こちらに来るように言われていたのだ。
扉をノックして入室した先には、顔に斜めに走る傷痕が特徴的な軍人が。
「ご苦労だったな、大尉。座ってくれ」
「はっ、失礼します、巌谷中佐」
彼の対面にあるソファに座ると、巌谷中佐は渋い顔色をして口を開いた。
「とうとう、辞めてしまうのだな」
「はっ、中佐の恩を仇で返す形になり、申し訳ないと思います」
大和の言葉に巌谷中佐は苦笑するしかなかった。
上層部の一部からの肝いりで配属された目の前の青年は、巌谷中佐すらも目を見張る勢いで昇格していった。
その際に、日本帝国軍…いや、世界中の軍で欲しがるであろう技術開発を次々生み出していった。
まるで、時代を先取りし、未来を読むかの如く生み出された大和の作品の数々は、現在の日本帝国軍を支える基盤の一部となっている。
さらに、大和はその功績を驕る事無く謙虚に受け止め、今だ先を見ている。
彼の先視の力は異常とすら言えた。
現行機の問題点の提示と対処をほぼ同時に提出したり、誰も考えなかった発想から次の段階へ進んでいく発想力。
そして、どこで覚えたのかその道のベテランも唸らせる技術力。
加えて、帝国斯衛軍でも指折りの衛士の一人とまでなっていた、正に化物。
こと衛士の腕前ではそんな大和すら凌駕する武の存在と併せて、帝国軍には無くてはならない、日本の未来を背負って立つ男。
そう確信していただけに、今回の大和と武の国連軍移籍の話は巌谷中佐を含め、彼等に期待していた面々の失望感を掻き立てた。
「出来るなら、貴官だけでも残ってもらいたいのだが…」
巌谷中佐の偽り無い本音だった。
武とは改良機のテストヘッド開発の際に会った程度なので思い入れは少ないが、大和は自分の下で1年以上可愛がってきたお気に入りでもある。
彼の貪欲なまでの研究姿勢は、昔の自分と重なったりもした。
自分が娘のように可愛がっている少女ですら、彼の事を認め、何かと話題に出るのだから。
「残念ながら、一度決めた事は例え壁を粉砕してでも通すのが自分ですので」
「はは、そうだったな…」
大和の言葉に納得し、笑うしかない巌谷中佐。
彼が配属されて間もない頃は、コネ配属の新人という見方をされていた。
それ故、彼が提示した問題点も蔑ろにされたり、新入りの癖に生意気言うなと黙殺されたりした。
それを、彼は言ったとおりに粉砕してみせた。
問題点を改良し、さらに改造を加えた陽炎で、不知火を破り、数値上でも結果を見せた。
これには皆閉口するしかなく、彼の実力を周囲が認め始めた瞬間でもあった。
「ですが、恩は恩で返すのが主義です。国連軍での開発データは、問題が無い物からこちらに送りましょう」
「それは嬉しいが、あの魔女がそれを許すのかね…?」
巌谷中佐の言う魔女とは、大和達が行く事になる国連太平洋方面第11軍、横浜基地の実質的支配者と目される女性。
帝国上層部が誘致したと言われる計画の責任者であり、天才科学者。
その権力と性格から、極東の魔女やら東方の女狐と忌み嫌われると共に畏怖されている存在。
大和と武が横浜基地へ行く事になったのも、彼女から話が来たと言われている。
実際は、大和と武が連絡を取り、秘密を明かした上で取引したのだが。
「彼女は大局を見据えた考えをしています、その彼女が態々自分の首を絞める事はしませんよ」
彼女の計画は知る者は少ないが、達成の為には日本帝国軍の協力は必要なのだ。
その為に、出来うる限りの譲歩はすると大和は見ている。
「そうか、ならば頑張れと言っておこう。だが、貴官の席は残しておく。仕事が終わったらちゃんと戻ってくる事だ」
「ありがとうございます。誰かにその席を取られない内に終わらせるよう努力しましょう」
お互い含みのある笑みを浮かべ、巌谷中佐と大和は確りと握手した。
「む…ッ」
「? どうかしたか?」
手を握り、放そうとした瞬間、大和の感覚が何かを捕らえた。
「このプレッシャー………篁中尉か!」
「唯依ちゃんが?」
突然の大和の言葉に、首を傾げる巌谷中佐。
そんな彼に構わず、大和は素早く室内を見渡し、ある物を広げてそれを被った。
「あーーー……黒金大尉? 何故ダンボールを…?」
「御存知無いのですか!? このダンボールは、とある凄腕の戦士も愛用する万能スニーキングツールなのですよ!」
ダンボールの下から亀のように首を出して力説する大和に、そ、そうなのか…とちょっと信じちゃう中佐。
「兎も角、私はもう退室しました、それでお願いします」
「お、おい、黒金大尉?」
カポッとダンボールを被り直し、沈黙する大和。
整った執務室内に無造作に置かれたダンボール。
怪しさ満点で、これで大丈夫なのかを首を傾げていると、カツカツカツッと床を踏み抜かんばかりの足音が聞こえてきた。
「失礼しますっ!!」
そして怒鳴り声のような言葉を発しながら入室してきたのは、山吹色の斯衛軍の制服を着た一人の女性。
「ゆ、唯依ちゃん、どうしたんだい?」
「叔父さま、いえ、巌谷中佐。現在は職務中ですので。黒金大尉は何処ですか?」
中佐が娘のように可愛がっている存在、篁 唯依中尉だった。
彼女が誰が見ても分かる位の怒りのオーラを蠢かせながら室内を、それこそ部屋の隅々まで睨む。
「あ、あぁ、彼ならたった今退室したぞ?」
「………確かに、まだ暖かい。それに、匂いもした……」
ソファを触り、痕跡を確かめる唯依に、巌谷中佐は匂いって唯依ちゃん…と内心で冷や汗ダラダラだった。
「だが、通路では擦れ違わなかった……くっ、別ルートから逃げたか…ッ!」
ギリギリと拳を握る唯依。
何となく、怪盗に逃げられた警部っぽくもあった。
「巌谷中佐、何故黒金の国連行きを許可したのです!?」
「あ、いや……(いかん、怒りの矛先が私に…ッ!)」
「黒金が、我々にとってどれ程貴重な存在か、中佐ならご理解して頂けると思っていましたが?」
「それは私も十分理解している。しかし、これはこの先の戦いの上で、どうしても必要なことなんだ」
実際、巌谷中佐の言葉は本当である。
戦術機に限らず、多方面で自国だけの開発に限界を感じている今の彼等にとって、国連軍という一大組織からの情報提供は大変ありがたいのだ。
大和は、自分と言う存在を生贄に、国連の技術を得るつもりなのだ。
そしてそこで得られた技術と情報を、問題が無いレベルで巌谷の下へ流す。
大和の頭脳を考えれば、きっと国連軍が保有する技術以上の物を送ってくれる。
そう思ったからこそ、渋々だが大和の国連行きを認めたのだ。
その事を唯依に丁寧に説明するも、彼女の怒りは収まらない。
頑固で生真面目という性格もあるが、それ以上に黒金という存在が原因だった。
「中佐の仰っている事も、黒金の考えも理解出来ます。しかし………アイツは私に何も言わないで居たのですよっ!?」
「あ~~~……」
怒りで青筋を浮かべる唯依に、中佐は天を仰いだ。
大和は、よりにもよって彼女に今の今まで何も話さなかったのだ。
「雨宮に聞いて初めて知りました。聞けば、開発班のメンバーは私以外は全員知っていたと……ッ」
大和が国連に行く話しは、中佐レベルは既に一月前から。
他の面子は、チョロチョロと流れた噂から。
そして職場には、三日ほど前に大和本人が話した。
が、唯依だけには話が行っていなかった。
「アイツ…配属された時から面倒を見てきた私に何も話さずに……っ!」
彼女の発する怒りのオーラに、室内の小物がカタカタと揺れる。
「(ま、不味いぞ…唯依ちゃん、本気で怒っている……っ)」
娘のように育ててきたのだ、彼女の性格や感情の波は熟知している中佐。
そんな彼が冷や汗ダラダラで後退するほどの怒り。
何かと勘の良い大和が、接近に気付いて隠れる筈だ。
彼女の怒りは最もだ。
大和は配属された時、直属の上司になったのは他でも無い唯依なのだ。
その後、昇進して同階級になったが先任と言う事で何かと大和の世話を焼いたのも彼女。
大和がさらに出世して今度は上司になっても、持ち前の性格から彼にズカズカ物を言うのはやはり彼女の役目だ。
黒金 大和という人間は、完璧に見えて所々で駄目な面を持つ。
私生活がだらしなかったり、人をからかって遊ぶのが好きだったりと、憎めないが人間らしい面を持っている。
その中で唯依が常々言っているのは、彼のその異常な集中力だ。
大和は、一度集中してしまうと余計な事は一切切り捨ててしまう。
開発でも訓練でも、彼は一度自分の領域に潜れば、食事も休憩もせずに続けてしまう。
一週間貫徹で戦術機を弄っていた時などは、唯依が実力行使で休ませた。
それ以来、大和の自分限定の無茶を止めるのは、彼女の仕事となっていた。
以前、同僚である雨宮中尉が、公私に渡るパートナーになるのは時間の問題ですと巌谷中佐に報告してくれた。
1年以上、世話になってきた彼女に何も言わなかったのは確かに大和の落ち度だ。
だが、その気持ちは分からなくも無い。
頑固で、他人にも自分にも厳しい彼女の性格を考えると、間違いなく揉める。
そして、唯依はあらゆる手段を講じて、大和を引きとめようとするだろう。
だから大和は黙って消える予定だったのだ、後の事を全部巌谷中佐に丸投げして。
一部から外道と呼ばれるだけあって、実に外道な大和であった。
「あーーー、それは、そう、黒金大尉は唯依ちゃんを悲しませたくなくて黙っていた―――」
「黙っていなくなる方が悲しいに決まっていますっ! そもそも、私は悲しんでなどいません、怒っているのですっ!!」
うん、それは凄く分かるよ…と内心震えながらチラチラとダンボールの方を見る中佐。
良く見れば、徐々にダンボールが扉の方へと移動している。
逃げる気かこの野朗…と、若干大和に怒りが湧いた中佐。
そんな中佐の視線に気付いた唯依が、そちらを見る。
「………………………」
無造作に置かれたダンボール。
大きさは、成人男性が無理すれば入るレベルの大きさ。
ツカツカと、止める中佐の声も聞かずにダンボールへと近づくと、それをガバッと持ち上げた。
「 ! 」
「ここに居たか黒金ぇっ!!」
気付かれた事に驚いて硬直する大和に、唯依はダンボールを投げ捨てると、何処からか木刀を取り出して振り被った。
「ぬんッ!!」
「ちぃっ!」
その木刀を真剣白刃取りの要領で受け止める大和。
ギリギリと一進後退を繰り返しながら立ち上がり、睨みあう二人。
「黒金、私が何を言いたいか分かっているな……ッ?」
「巌谷中佐の後頭部の白髪が気になるのだろう、俺も気になる……ッ!」
大和の答えに違うわ馬鹿者と叫び、力の限り押し切ろうとする唯依。
そんな彼女の顔が接近した瞬間、大和は彼女の耳元に顔を近付ける。
「え……――「フゥ~…っ」――ひゃぁん…っ」
一瞬ドキっとした唯依だったが、耳元に優しく息を掛けられ、思わず普段の姿から予想できない声を上げてしまう唯依。
真っ赤になって耳を押さえた瞬間、大和は木刀を放して扉まで後退する。
「愛らしい声、最高の餞別になりましたよ中尉。では、失礼」
そう言って、上官である巌谷中佐に敬礼してから部屋を出る大和。
数瞬固まっていた唯依も、慌てて敬礼しつつ部屋を飛び出した。
「…………………………あ、これか…」
残された中佐は、手鏡と壁の鏡で後頭部の白髪を見つけていた。
「うおっ、どうしたんだよ大和!?」
「は、はははは……白い牙は伊達じゃなかったな……」
諸々の手続きを終え、合流した武が見たのは、制服の着崩れた大和だった。
元々癖のあるツンツンヘアーも、どこか乱れている。
「黒金、なんだその格好は。まるで殿下に迫られた白銀ではないか……」
真耶の言葉に確かに…と頷く大和。
言われた武も、慌てて身嗜みを確認する。
「まさか…どこぞで誰かとしけ込んだのではなかろうな……?」
「まさか、武ではあるまいし…」
「……そうだな、白銀じゃあるまいしな…」
「うぉいっ!?」
なんて何時ものやり取りをする三名だったが、武がいじけて先頭を歩く中、音も無く大和に近づいた真耶が、静かに彼の腿を抓った。
「――――――ッ!!」
「声を上げないのは流石だが……根本的に貴様も白銀と同類だとよぉく理解したぞ…」
そう言って離れる真耶。
見る人が見れば、彼女の表情に若干の拗ねが混じっていたのを見受けられただろう。
しかし、武は先頭を歩いているので気付かず、大和は引き千切らんばかりの抓りの痛みに無言で悶えていた。
「白銀の事と一緒に、真那に頼んでみるか……」
そう呟く彼女の視線は、大和の首筋に注がれていた。
そこには、大和も気付かなかった小さなナニカの痕が、確かに存在していた。