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No.6379の一覧
[0] マブラヴ ~新たなる旅人~ 夜の果て[ドリアンマン](2012/09/16 02:47)
[1] 第一章 新たなる旅人 1[ドリアンマン](2012/09/16 15:15)
[2] 第一章 新たなる旅人 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:35)
[3] 第一章 新たなる旅人 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[4] 第一章 新たなる旅人 4[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[5] 第二章 衛士の涙 1[ドリアンマン](2016/05/23 00:02)
[6] 第二章 衛士の涙 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[7] 第三章 あるいは平穏なる時間 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[8] 第三章 あるいは平穏なる時間 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[9] 第四章 訪郷[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[10] 第五章 南の島に咲いた花 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[11] 第五章 南の島に咲いた花 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[12] 第五章 南の島に咲いた花 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:41)
[13] 第六章 平和な一日 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:42)
[14] 第六章 平和な一日 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[15] 第六章 平和な一日 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[16] 第七章 払暁の初陣 1[ドリアンマン](2012/09/16 19:08)
[17] 第七章 払暁の初陣 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:45)
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[6379] 第三章 あるいは平穏なる時間 1
Name: ドリアンマン◆74fe92b8 ID:6467c8ef 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/16 02:38

『いいなずけええぇぇぇぇーーーーーーーーー!!?』


 夕食後の食堂に、みなさんの叫びが大きく響きました。

 驚きが半分、後の半分は納得というイメージを感じます。

 腰を上げかけた榊さんなどは、驚きが強くて、すこし憤慨しているようです。


「い、いや、違うのだっ。許嫁といっても───」


 周りのテーブルから注目を集めたみなさんの声に、御剣さんが慌てて説明します。

 昨日白銀さんと決めたとおりだったのですが、御剣さんは本当に恥ずかしがって困っています。

 でも、白銀さんも一緒になって説明した結果、なんとかみなさん納得……は、してくれたみたいです。苦しい説明だったので、白銀さんも御剣さんも、内心少し動揺していましたけれど。


 それはそうと、今日は一日大変でした。

 衛士のみなさんは、毎日あんな大変な訓練をしているんですね。

 でも、みなさんが優しくしてくれて、大変でしたけど楽しくもありました。これが楽しいということなんですね。

 白銀さんも、私だけの思い出だと言ってくれました。もうひとりの私のものではない、新しい思い出です。

 そう、今日の朝博士に───








 第三章  あるいは平穏なる時間


 2001年10月25日


 その日の朝、御剣冥夜は三日ぶりに神宮司まりもの前に立っていた。
 かつて卒業した次の日に失った恩師の姿をその目で見て、自分が過去の世界に来たことを改めて認識する。失った仲間達の姿をそうと知って見たこともあり、冥夜の瞳はわずかにうるんだ。
 その教官が、傍らに立つ野戦服姿の少女を教え子達に紹介する。

「───今日から香月博士の研究の一環として貴様らの訓練に加わる事になった、社霞臨時少尉だ。少尉殿、分隊のメンバーを紹介します。右から───」

 まりもの紹介に対して榊らが思わずざわめく。なにしろ目の前の少女は、どう見ても13、4歳程度。そんな(珠瀬のことはおいておくとして)女の子が少尉で、何故か訓練部隊に加わるというのだ。いぶかしく思うのは当然だろう。
 ざわめく彼女らをまりもが一喝する中、冥夜と武は考えていた。
 今朝、夜を徹して話し込んでいた彼らのところに、今日から207Bの訓練に霞を加えるから、二人で面倒を見てやってくれと夕呼が言ってきたのだ。
 霞の素性や武の出自を知らない冥夜は、博士は何故このようなことをなさるのだろう、と。
 対して理由については見当が付いている武は、それにしたって少尉はないだろう、少尉は、何の悪ふざけだよ夕呼先生、と。

 二人がそれぞれ考えている間に、お互いの紹介が終わる。最後に霞が「……よろしく、お願いします」と頭を下げて、その日の訓練は開始された。




「目標、距離100mのターゲット! セレクター・フルによる指切り点射! ───てっ!!」
 まりもの号令とともに、横一列に並んだ訓練兵はアサルトライフルのトリガーを引いた。
 風のそよぐ射場に軽い銃声が響き、みなが当然のように的を捉える。と思いきや、一人だけ例外がいた。
 霞である。
 彼女は弾丸を撃ち出した反動で銃口を跳ね上げてしまい、気が付いたときには20発の弾倉を空にしてしまっていた。

「あがー」
 なにやら悲しそうな表情で、そう漏らす霞。それを見て、武は「霞、霞」と声を掛けた。
 軍事訓練を受けた経験の無い霞なので最初にレクチャーはされたのだが、いかんせん実践はそれだけでなかなか上手くいくものではない。
 武はかつての自分を思い出して懐かしい気持ちを憶えながら、あらためて彼女に射撃のコツを構え方から教えていく。

 ───左手はできるだけ手前に。
 ───肘は体につけて、脇を締める。
 ───とにかく反動は腕ではなく、体全体で抑え込む。

「……あのー、たけるさんは社少尉と知り合いなんですか?」
 そんな風に教えているところで、珠瀬がそう質問してきた。最初に来るのは榊かと思っていた武は、驚きつつも喜んで答える。

「ああ、香月博士の下で一緒に働いてるから。まだ14歳だけど、博士の研究のサポートとして欠かせない天才少女なんだよ。あの人にとっては娘みたいなものかもしれない」
「へえ~、すごいんですねー」
 説明を聞いて、珠瀬が素直に驚きの表情を作る。武が横を見れば、霞の方は照れたように顔を赤らめていた。例によって微かにではあるが。
 その様子を微笑ましく思いながら、武は珠瀬のみならず207Bの全員に向かって説明を続けていった。

「今まで研究畑一筋だったけど、これからの研究にあたって、多少なりと軍人としての経験があった方がいいってことで、オレもいることだし、短い間だけど神宮司教官に預けられたんだ。それに境遇が境遇だから、今まで友達もいなくてな。みんななら仲良くしてくれるかもって───ほら、たまなんか見た目霞と同い年ぐらいだし」
「あーー、たけるさんひど~い。結構気にしてるんですよー!」
 武の冗談に、半分怒り、半分笑って珠瀬が突っ込む。
 武はごめんごめんと謝り、そんなわけでみんなに霞と友達になってやって欲しい、名前も堅苦しく『少尉』なんてつけないで呼んでやって欲しいと頼んで、話を終えた。

 語られた配属の理由自体は嘘八百だが、武の霞に対する気持ちは本物だ。真情溢れる頼みに、また霞本人もそう頼んだこともあり、珠瀬はもちろん、彩峰も、規律にうるさい榊も頷き、「社さん」「社」と呼んで握手をし、あらためて自己紹介を交わした。



 その後は教えられた通り、霞も弾を撃ちつくすことなくなんとか的を捉えられるようになった。
 武は覚えの良いその姿に、オレなんかよりずっと優秀だなあと思いながら、射撃場での訓練に慣れた撃ち方になってしまっている皆を矯正したり、珠瀬に極東最高の狙撃の腕前を見せてもらったりしていく。
 三周目の世界でもその腕は変わらず見事なもので、武が感心し、霞がびっくりしているのを見て、榊などは誇らしげな様子だった。珠瀬本人の方は照れまくっていたが。

 午後になって、武の要求により数日退院の早められた美琴も合流し、あらためて霞の事を紹介する。まあなにしろ美琴なので、色々と念押しなどするまでもなく、あっという間に遠慮なく話しかけるようになって、霞は慌てていた。
 その後も霞を伴って訓練は続く。
 霞はがたがたになりながらも必死でついてきていて(行軍なら装備なしという具合に逆ハンデ付きだったが)、冥夜も朝方は硬かった動きが自然になっていた。
 武はもちろんぶっちぎりでみんなを引っ張り、その残るみんなは、明らかに聞きたい事を我慢しながらも、確実に訓練メニューをこなしていく。
 そうこうするうちに、10月の陽が傾き、この日の訓練が終了した───








『いいなずけええぇぇぇぇーーーーーーーーー!!?』

 夕食後のPXに7人中4人の驚きの声が響き渡る。
 仲間達が聞きたがっていた武と冥夜の関係については、話が長くなるだろうから、ということで今日の訓練が終わってから話す、と約束していたのだ。
 そういうわけで、食事を終えたみなが約束通りと冥夜に詰め寄り、追い詰められた彼女が「タケルとは結婚の約束をした仲なのだ。つまりいいなずけだな」とやって、一斉に叫び声が上がったというわけである。

「い、いや、違うのだっ。許嫁といっても子供の頃の───」
 覿面の反応を受けた冥夜は、真っ赤になって弁明する。切り出し方を失敗したが、慌ててその後、武の発案である用意された馴れ初めの話を続けた。


 かつて幼い頃、何故かひとりはぐれて迷い込んだ公園で、初めて武と出会ったこと。
 迎えが来るまで武に引き回され、散々遊び倒したこと。
 その中で、ふたりで結婚の約束をしたこと。

「もちろん子供同士の他愛のない約束に過ぎぬことだ。もとよりそのような自由のある身ではないしな。だが、長じてもあの日の思い出は、私の中で薄れることなく輝いたままだった」

 冥夜が話す姿を、武は横でじっと見ていた。
 この話は、武が取り戻した『元の世界』の記憶をモデルに創作した偽の物語ではあったが、冥夜は随分役に入り込んでいる。世界が違っても、幼い頃の冥夜の境遇はある意味似たようなものだ。こちらの彼女にも共感するものがあったのかもしれなかった。
 武が何かを思い、残りの皆も注目する中、話は続いていく。


 10年近くの時がたち、ふとしたことで武と再会した冥夜。
 しかし、案の定約束はおろか、冥夜のことも武は覚えてはいなかった。

 このあたりで猛烈に湿気た視線が武に向けられるが、当の本人は黙殺。冥夜も気にせず話を続けていった。
「幼き頃に会ったことは覚えておらずとも、タケルは得がたい友人だった。私の素性など一切気にせず、ひとりの友として扱ってくれたからな。タケルといるときだけは、私もこの身の宿命などは忘れていられて、その後も時折忍んで会いに行ったものだ……。三年前のあの時まで───」

 その言葉で周囲の空気が固まる。
 三年前。実に当時の人口の30%、3600万人の死者を出したBETAの日本侵攻は、それをかろうじて押し返した今もなお、佐渡島ハイヴという致死の刃を傷口に残し、日本人の心に絶望の影を落とし続けていることだったからだ。

「タケルは、まさにハイヴの造られた横浜、この柊町に住んでいた。BETA共が帝都を目前に急な転進を見せたゆえ、その矛先となった横浜は大混乱。進攻が止まった後になって必死に調べたが、タケルも、タケルの家族もどこにもいなかった……。もうタケルは死んだのだと、そう思ったら心に穴が開いたかのようで……そのときになってやっと気付いたのだ。タケルがどれだけ、私にとって掛け替えのない存在だったのかを……」



 冥夜の話はそこまでだった。
 そうやって、死んだと思っていた武に再会したのが昨日だったというわけだ。
 もちろん嘘話もいいところなので、普通なら信じ込ませるのは厳しいところなのだが、もしも今武を失ったら、と思えば自然と冥夜の胸は締め付けられて、話のさなかにはその思いが言葉から滲み出ていた。結果として聴衆は引き込まれ、話は既定のものになろうとしている。
 それでも丸め込まれまいとする本能か、榊が武に対して質問をしてきた。

「……白銀、あなたが御剣とのことを私達に話さなかったのは何故? 子供の頃の事はともかく、前から懇意だったんでしょう。信頼しあえる仲間になりたいと言ったのに、あなたの方は隠し事なわけ?」
「本当に知らなかったんだ。……三年前、両親も友達もみんなBETAに殺されて、オレだけが生き残った。でも、どうしてオレが生きていたのかは全く覚えていなくて、それ以前の記憶もひどく混乱してた。冥夜のこともそれで思い出せなかったんだ。三年も経ってるし、寝顔だけじゃな。それに……そもそも名前が違った」
「名前?」
 様々な理由であろう苛立ちを瞳にのせて糾す榊に、武は降参というように手を上げて答える。その内容に関しては、冥夜が補足を付け加えた。
「武に対しては『ひなた』と名乗っていたのだ。子供の頃には普通に名乗ったのだが、すっかり忘れていられたのが少々癪だったのでな。それに……冥夜という自らの名前を重荷に思うことが、決してなかったとは言えぬゆえ……」

 訳あり揃いである207Bのメンバーは、今まで仲間同士で干渉しあわないように振舞ってきたが、冥夜の素性については、その顔を見れば当然大方予想が付いていた。
 それゆえ、その話を出されて、皆反射的に口を噤む。普段空気を読まない美琴もそれに倣った。
 その場の重い思いに、霞もなにやら嫌そうに顔をしかめる。



「さて───」

 流れた重い沈黙を、一転凛とした冥夜の声が吹き払った。
 集中したみなの視線を受けて、大きく息を吸い、冥夜は改めて言葉をつむぎだす。
 これから話すことは、彼女にとっても大事の話。心せねば、と思い定めて吐いた言葉は、重く落ち着いた響きがあった。

「昨夜、様々なことをタケルと話し合ってな。昔の思い出や、これまでのこと、そして今と、これからのことを。それで今の我等の関係について散々諭された。お互い詮索しないのが暗黙のルール。そのような甘いことを言っている輩が、一人前の衛士になどなれようかと」

 そう言って言葉を切り、全員を見遣る冥夜。よりにもよって冥夜がそのような話題を切り出したということで、見渡した顔はみな驚きに満ちていた。
 しかし武と冥夜にとっては、これは充分に話し合った末の予定の行動である。むしろ今までの説明は話の枕であり、この場での本題はこれからだった。
 207Bの成長を阻害する様々なしがらみ、特に榊と彩峰の関係を、冥夜のループというイレギュラーを機に、できるだけ早く解消してしまおうと考えたのである。これまでの嘘説明も、榊たちを説得するためというよりは、これからの話に多少なりと繋げるために用意したといえるものであった。

 落ち着いていながらも力ある視線を向けられ、榊や彩峰は身構え、珠瀬などはやや落ち着かない様子になる。美琴はあまり変わらない顔をしていたが、それでも静かに聴く態度を取った。
 それを確認して、冥夜は話を続ける。私達は何かを変えなければならない。だから、まずは自分から話そう、と。


「この世に生まれ落ちたとき、私には双子の姉上がいた───」

 ここまで訓練の後にへとへとの霞を介抱し、夕食も真っ青な彼女が食べ終わるのを待ったりしていた為、かなり時間が経っていた。その間にPXも大分空き、彼等のテーブルの周りにはもう誰もいない状態だったが、冥夜はさすがに小さく抑えた声で言う。だが、それでもその言葉は聴き手の間にしっかりと響いた。 

「───だが私に姉上がいたのはそのときだけだ。私はすぐさま家族と引き離され、なきものとして扱われた。双子は家を分けるという言い伝えがあったのでな。まあ昔のことならば文字通りなきものにされたのやもしれぬが、私は遠縁の御剣家に預けられることとなった。本来なら、そうして元の家とは関わりのない人間として一生を過ごすはずだったのだが───」

 話しながら冥夜は、その身の遍歴に思いを飛ばしていた。
 次代の将軍の影として生まれ、そのさだめに殉じて育ち、そしてあのクーデターを機に影としての必要性を失った。
 姉との繋がりを絶たれ、ただの御剣冥夜として生きていくと思い決め、しかしその生の意味もつかめたかわからぬまま、命を落とした。
 そして今、思いもかけず拾った命とともに、再び影としてこの過去の世にある。
 だが、たとえ未来の歴史が掻き消されたとしても、もはや自分は影としてのさだめに殉じることはできないと冥夜は悟っていた。
 そのような器用な真似ができる自分ではない。影としての存在から解き放たれ、ただひとりの人として生きた時間は僅か一月にも満たなかったが、その間に得たものは、学んだものは、限りなく重く大きい。いまさらかつての自分に戻れようもないなら、あの世界で逝った偉大な先達や仲間達の残してくれたものを、この身を以って育み伝えていくのが、数奇な運命に生かされた自分の進むべき道だろう。
 そう考えて、冥夜は武の頼みを受けたのだった。存在しない、存在してはならない姉のことを話すという頼みを。


「───そして、今私はここにいる。私にとって選べる道は限りなく少なかったが、それでも私が今ここにあるのは、私が道を選んだ結果だ。だからこそその道で行き会ったそなた達とは、真に意を通じ合いたい。それが私の望みだ」


 話し終えた冥夜が息をつく。
 煌武院の名、将軍家という言葉こそ出さなかったが、あきらかにそのようなものは不要だったろう。時を越えてきた事実以外、語れる素性は全て語った。

 ただひとたびも顔を会わせた事のない双子の姉。
 姉妹に与えられた名前の意味。
 対BETA戦争の中で、揺れ動いてきたふたりの立場。
 今の自分が人質としてこの横浜にいること。
 そして、そのなかで感じてきた自らの思い。

 聞き終えた榊達は、さすがに話の重さに静まり返っていた。
 しかし、冥夜も武もそれ以上口を開く様子がない中、静寂に耐えかねたか、珠瀬がおずおずと問う。

「あの……、私たちにそんな話を聞かせちゃって、御剣さん、大丈夫なんですか……?」
 もっともな問いに、冥夜はうすく笑って答えた。
「もちろん、良いはずがなかろうな。私には双子の姉など存在しないのだから。だが───」
 いったん言葉を切って、改めてみなを見渡す。
「───ここにいる者は、皆似たような立場であろう。そもそも私の顔を見ただけでおおよそ事情はわかっていように、お互い知らぬふりというのも滑稽極まりないではないか。他言無用としてくれればそれでよい」

 冥夜が答えた後には、また更なる沈黙がその場に降りた。
 その言葉の意味は明らかだったからだ。もっとも重い事情を抱えた冥夜がそれを語ってみせ、みな似たような立場と言うからには、仲間としてこれから共に戦うつもりなら、残った者達も自らの事を語れというのだろう。
 それが特に鬱屈した事情を抱え、常に火種となっている二人、榊と彩峰に向けられたものだということは明らかだった。しかし、いまの彼女らにそれが容易くできようはずもなく、重い空気に珠瀬と美琴も口を開けない。
 そんな中で沈黙を破り響き渡ったのは、武の意外な言葉だった。


「光州(クアンジュ)作戦の悲劇───」


 光州作戦。その名を聞いて、彩峰が思わず体を震わす。武は静かな瞳で彼女の目を見つめ、淡々と、しかし力強く言葉を続けた。
「極東国連軍と大東亜連合軍の朝鮮半島撤退支援を目的としたあの作戦で、彩峰中将は敵前逃亡罪の判決を受けて投獄、処刑された。彩峰中将には娘がひとりいたそうだけど、彼女はそれを目の当たりにして、何を感じたのかな」
 当の娘を前に、他人事のような語り口。

「……まあその娘さんが何を感じたかはともかく、実際のところ真実は違う。彩峰中将は敵前逃亡はおろか、脱出を拒む現地住民の避難を優先する大東亜連合軍と共に、最前線に残ってBETAと戦ったんだ。だけど、中将の勇戦の結果として、現地住民の避難と大東亜連合軍の撤退は成功したものの、逆に国連軍司令部が壊滅。指揮系統の大混乱で、国連軍は多大な損害を受けた。彩峰中将は人身御供として敵前逃亡の罪を着せられ、その責任を取らされたんだ。国連側を納得させる為に」
 そこまで話して武は一呼吸置き、うつむいて震えを強くする彩峰から、榊に視線を移した。

「───そうさせたのは当時の、って今もだけど、日本国首相、榊是親。なるほど、どっかの二人が仲悪いのもわかろうってもんだよな」
 見る者からすれば、にやにやと、と表現したくなる顔で揶揄する武に、榊が震える声でつぶやいた。
「……どうして……あなたが、そんな……」
 だが、そんな榊の呟きは無視して、またも武は他人事のような口調で秘事をつむぐ。

「でも、それだって当然国の為、人類の為の苦渋の決断だったんだ。国連は彩峰中将の国際軍事法廷への引き渡しを要求していた。その要求に従えば、軍部の反発は必至。その場でクーデターにでも繋がってたかもしれない。だけど、当時の日本は人類の未来を決める秘密計画を誘致して、水面下で激しく米国と争っていた。絶対に国連との関係を悪化させるわけにはいかなかったんだ。だから榊首相は最前線を預かる国家の政情安定を人質に、国内法による厳重な処罰っていうギリギリの線で、軍部と国連双方をかろうじて納得させた。立派な政治家だよ、本当にな」

 噛み締めるようにして武は話を結んだ。ここまでの話は武がこれまでのループで得た知識と、将軍の影として育てられた冥夜の知識、そしてオルタネイティヴ4の中核として、政治的なことも心得ている霞の話を総合して組み上げたものだ。
 限りなく真実に近いであろう話をし終えて、武は『前の世界』の記憶に跳んでいた。
 あのクーデターで親父さんを殺された委員長。そのときまで、委員長は長く話もせず、父親を疎んじていた。
 そんなんでいいはずがない。あいつはあきらかに誤解してる。
 そう考えていたところで、今度は冥夜が口を開いた。

「───タケルが話した処罰に先立ち、榊首相は彩峰中将を密かに訪ねたそうだ。その際、日本の未来を説いて土下座する首相に対して、中将は笑顔で人身御供となることを快諾し、帰路の車中、首相は中将の高潔に心打たれ、静かに涙したという」
 気高い二人をいとおしむような、冥夜の優しい声音が、俯いていた榊と彩峰の顔を上げさせた。それに乗じるように、武がまた話題を変えて言葉を重ねる。


「話変えるけど、委員長。おまえ徴兵免除を蹴って国連軍に入ったんだよな。でも、なんで国連軍なんだ? 本当は帝国軍に入りたかったんじゃないのか?」
 嫌な話題を振られたとみたか、榊の太い眉が顰められる。目を少し伏せながら、苦い声で返答してきた。
「……私は帝国軍に志願したのよ。けど、父が手を回したんでしょうね。いつの間にか最後方の国連軍横浜基地に回されていたわ……。そもそも徴兵免除の手続きも、私が知らない間に勝手に取られていたのよ。今のこの国で、そんな風に身内だけ特別扱いしようなんて許されない! 権力を持った人間であればこそよ。白銀がどう思っているか知らないけど、私の父はそんな人間なの!」

 ぼそぼそと話し出した榊は、乗せられて語った打ち明け話に自らあてられ、最後にはこぶしを握って声を荒げていた。
 『一回目の世界』でも、同じ事を聞いたな───武はそう思いながら、激して肩を震わす榊を見つめる。だが、その叫びには答えず、視線を彩峰に移した。

「……彩峰、どうした、ぼおっとして。いざとなったら逃げ場のあるお嬢様とでも思ってたか?」
「……う」
 言葉の通りぼおっとしていた彩峰は、まさに図星を突かれて硬直する。
「まあ、親の七光りでこんなところにいるって思うのも自然だからな。でも委員長、やっぱりおまえ間違ってるぞ」
「間違い?」
「ああ。徴兵免除はともかく、横浜基地への配属には親父さんは関わってないよ。誰が好きで大事な娘をこんな地獄に放り込むもんか」
「地……獄……?」
 唐突に出てきた物騒な単語に、険悪だった榊の気が削がれる。のみならず彩峰も、ここまでオロオロおたおたしていたりで、口を挟めなかった珠瀬や美琴も、思わぬ不吉な言葉の意味をつかめず、何やらキョトンとした表情になった。
 言葉の響きが浸透するのを少し待ち、武は話を続ける。

「そうだ。まあ、横浜基地を最後方とか言ってる時点で平和ボケもいいところなんだが、それは置いとくとして。この207隊は、夕呼せんせ……香月博士が特に選別して集めた、一種の実験部隊なのさ。政治的事情はおまけに過ぎない。いざ訓練課程を卒業して衛士になれば、オレ達はとことん危険な任務に投入されることになる───」



 真剣に話す武の横では、冥夜が昨夜聞いた話を思い出していた。

 武が話してくれた、A-01部隊の本来の役割。
 00ユニット候補として生命を削るふるいにかけられ、時には実験台となって死んでいった多くの先任達。
 『前の世界』で人類の希望を目の当たりにした冥夜にしてみれば、彼等は決して無駄に死んでいったわけではない。
 だが、そのありようは、まさしく言葉の通りに地獄であろう。

 その渦中にあって、タケルは、香月副司令は、伊隅大尉は、どれほどの覚悟を以って任に当たっていたのか。
 冥夜はそう考え、この過去の世に目覚めて以来、自らの小ささを思い知らされるばかりだと、胸に痛みを感じていた。



「───言いたい事はこれでおしまい。どう捉えるかはおまえら次第だし、何をしろとも言わない。ただ、よく考えるんだな」
 冥夜が考えている間に、武の話は終わっていた。
 今、この横浜基地は人類の未来を担う重要な位置にあり、207隊もそのピースのひとつだと言われ、またそれをめぐって国連や各国の様々な勢力が、日本を中心に蠢いていると告げられたのだ。そのようななかでは、榊達の政治的事情などちっぽけなものに過ぎないと武は言い放った。
 ぼかした内容ではあったが、榊達は大きな衝撃を受けたようだ。すぐには動けもしないような様子であったが、武が「じゃあ、オレはまだやることがあるから」と席を立とうとしたところで、かろうじて彩峰が声を掛ける。

「……白銀、あんた……何者?」
「ん? 最初に言ったろ、元人類の救世主だって───」

 その当然の質問に結局のところはぐらかした事実のみを答え、武はテーブルに背を向ける。すぐにその後を冥夜が追った。
 ほとんど人がいなくなり、ガランとなったPXを出口に向かって歩きながら、これで何かが変わればいいけど、と武は考えていた。

 全員複雑な背景を背負った207Bのみんなだけど、委員長と彩峰は特に面倒だ。一旦相克を乗り越えて理解しあえば最高のコンビなのだが、『前の世界』でそうなれたのは、あのクーデターを経たというのが大きい。
 光州作戦の悲劇を背負って立った狭霧大尉。彼に殺害された榊首相。そしてあいつらの親父さんに大きく関わる殿下の話。
 今回の未来がどうなるかはわからないし、いつ何が起こるかわからないのだから、今こうしてあんな話をした。クーデターの経験には及びもつかないだろうが、二人の視野を広げる役には立つはずだ。あいつらの一番の問題は、背負っているものの重さに囚われすぎて頑なさが過ぎることだろうから───

 と、お互い色々考えているうちにPXを出ていた武と冥夜だったが、そのあたりで猛烈な殺気に当てられて我に返った。
 PXの外で、今にも斬り殺そうかという様な視線で武を睨みながら、月詠以下、斯衛の4人が待っていたのである。




「───冥夜様、その男がどのような人物なのか、お聞かせ願えましょうか」

 張り詰めた廊下に、抑えつつも激情を孕んだ声が響く。殺気を向けられているのは当然主に決定的な不審人物たる武の方なのだが、その余波は勢い余って傍らにまで向けられていて、冥夜は思わず身をすくめた。
 なんとか「わかった」と答えるが、その際無意識に武を頼るような仕草を見せたものだから、ますます月詠の殺気は膨れ上がる。プチッとかブチッとかいう音が、こめかみから聞こえてきそうな具合だった。

「……白銀さん、香月博士の仕事があります……行きましょう」 
 武が冥夜と共に震え上がっていると、後ろから声が掛けられた。振り向けば、体が痛いのかやたらとギクシャクした動きで、霞がこちらにやってくる。
 武と冥夜より少し遅れて、彼女も席を立ってきたのだ。
 なお、あの場では一度もしゃべらなかった霞だが、最後に榊達に向かって、
「……白銀さんも御剣さんも、みなさんを頼りにしています……。その価値があることを……みせてください」
 と言葉を残して去ってきている。ふたりの思いを感じた霞の、精一杯の言葉であった。

「わかった。じゃあシミュレーターデッキに行こう。冥夜、そういうわけだから、説明はよろしく頼む」
 霞の言葉を幸いとばかりに、さっそくその場から逃げ出そうとする武。当然、「待てっ、それはない。私をおいて逃げようというのか、タケル!」などと冥夜が詰め寄ったのだが、その台詞を聞いて、月詠の青筋はますます増えていた。


 結局、今の月詠達の様子を見るに、武がいても話がこじれるばかりであろうこと。XM3の開発任務は今日のところは基本的なコンボの入力作業で、冥夜に働いてもらうのは明日以降からだということで、武と冥夜はここで別れる事となった。
 月詠としては逃がすものかという気持ちがあっただろうが、確かに武の顔をこれ以上見なくて済むなら願ったりでもあったのだろう。結局それを承諾することになる。

 武と霞がそそくさと、しかし頭を下げながらシミュレーターデッキに向かった後、冥夜は基地内に用意された、月詠の部屋へと連行されていった。








「そのような話で、我等が納得できるとお思いですか!」

 冥夜が連れて行かれた部屋には、人数分の座布団が敷かれていた。
 そのなかで位置的には上座に座りながらも、冥夜は主従の立場が逆転したかのように責められていた。
 だが、それも無理もないと言えよう。なにしろ昨夜徹夜で話し合っていた武と冥夜だったが、結局月詠にどう言い訳するかは、良い案を見出す事ができなかったのだ。
 検証しようのない榊達が相手なら先程のような説明でも良かったが、月詠達が相手ではそうはいかない。なにしろ長年そばに仕えてきた彼女らだ。たとえ軍務で離れていた時期があろうとも、どのみち冥夜のそばに護衛がいないときなどあろうはずがない。ならば白銀武という人間が月詠の知らない内に冥夜と接触し、ましてや再会に涙を流すような親密な関係を築くなど、普通に考えてありえないはずなのだ。

 結果として、月詠の追求に対して冥夜の話は、言えない、話せない、だが信じてくれ、に終始し、如何に主の言葉とて、彼女としてはそれで納得することはできなかった。
 それゆえ、月詠は武の例の素性を冥夜にぶつける。

「冥夜様、あの男は死人です。三年前、この横浜で死んでいるのですよ」
「それはタケルから聞いた。記録上そうなっているということはな。現に生きているのだから、そのようなこと気にせずともよいではないか」
 冥夜の答えを聞いて、月詠は唇を噛み締めて思った。そんな言葉を鵜呑みにするような冥夜様ではなかったはずなのに、と。
 忸怩たる思いを抑えて、月詠は話を続ける。

「三年前以降、白銀武が生きていた痕跡は一切認められておりません。冥夜様が白銀武とやらと、いつどこで知り合われたのかはこの際置きますが、今この状況でそんな男が、まして死人が降って湧く筈がございません。ありていに言って、何らかの目的で冥夜様を利用する為、顔を変えて近づいた諜者としか───」
「───月詠」 
 弾劾の句の中に、冷え冷えとした冥夜の声が挟まれた。さすがに興奮した月詠も居住まいを正す。
「そなたは私が旧知の者を、ましてや自分が最も頼みとする者を、上辺だけで見違えるとでも思っているのか?」
 そう言って睨み据える冥夜の視線は、月詠をして震え上がらせるほど苛烈なものだった。思わず頭を下げて、前言を詫びる。しかし、その後の言葉は止められなかった。

「申し訳ありません。……ですが、あの男が例え冥夜様の知る本人であったとしても、冥夜様を利用する為に今近づいてきた可能性は捨て切れませぬ。冥夜様もお立場上、よく理解されているはず。そのように信用なされては───」


 ───ダンッッ!!


 その場に鈍く大きい音が響き渡った。
 冥夜が握り締めた拳を、床に力いっぱい叩きつけた音だった。

「……もうよい」
 叩きつけた拳を震わせて、俯いたまま冥夜が言う。
「……信じろとは言わぬ。そなたたちの申すことはもっともだし、タケルも今信じてもらおうなどとは望んでいなかったゆえな。だが、私の思いは変わらぬ。タケルが望むなら何でもしようし、タケルの為なら迷わずこの命も捧げよう。仔細を話せぬことは済まぬと思うが、いまこれ以上、あの者を侮辱するような話を聞きたくはない」

 怒りを滲ませた沈鬱な声で言うと、冥夜は月詠たちを一瞥もせずに立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。
 主の逆鱗に触れたことを悟って、月詠たちは声も出せずそれを見送る。
 神代たちが右往左往する中、月詠は血が出るほどに奥歯を噛み締めていた。

 冥夜様があのようなことを口にされるなど、考えられん。
 何かを───あの男が冥夜様に何かをしたのだ。
 倒れる前の冥夜様はなんら変わられた様子はなかったのに、このような変わりようはありえぬ。
 冥夜様は誑かされているのだ。
 昨夜の冥夜様は朝帰りで───駄目だッ、そのようなことは考えるな!

 冥夜は心強く、聡明でもあるが、同時に純粋で騙されやすくもある。
 月詠はそれを知っていたがゆえに、冥夜が武に誑かされているのだと考えていた。
 だが、今の冥夜の様子では諫言は逆効果としか思えない。
 ゆえに、まずは冥夜と武の過去の接点を徹底的に洗うことを決めていた。
 そして、いざとなればその首を───








「───あのような言い様をするつもりではなかったのだがな」

 月詠の部屋を飛び出してきた冥夜は、のぼった血を冷まそうと、夜のグラウンドに佇んでいた。
 武のもとへ行こうとも考えたのだが、今の自分の顔を見せたくないという気持ちが勝って、結局ひとりで外に向かったのだ。 
 そうして夜の冷気に晒されながら、冥夜は先程のことを考えていた。

 月詠の言ったことは昨夜のタケルとの話し合いで予想されていたことだし、納得してもらえるとも思ってはいなかった。
 月詠の立場なら当然のことだ。自分のことを思うが故の諫言と、充分に承知していた。
 なのに、あのようにタケルを悪く言われるのが我慢できず、気づけばあのような真似を。
 一体私はどうしてしまったのか。


 追憶を振り切り、冥夜は走り出す。
 いつもの日課だ。体を動かせば、もやもやした気持ちも紛れよう。
 そう考えて、冥夜は加速をかけていく。

 地の月に代わるかのように、天の月が躍動する麗姿を照らしていた───







 あとがき

 今回霞が207B入りしましたが、霞が少尉であることには意味はありません。理由はありますけど。
 衛士として戦う霞も格好可愛いと思いますが、霞って衛士適性あるのかなあ?



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