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No.6379の一覧
[0] マブラヴ ~新たなる旅人~ 夜の果て[ドリアンマン](2012/09/16 02:47)
[1] 第一章 新たなる旅人 1[ドリアンマン](2012/09/16 15:15)
[2] 第一章 新たなる旅人 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:35)
[3] 第一章 新たなる旅人 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[4] 第一章 新たなる旅人 4[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[5] 第二章 衛士の涙 1[ドリアンマン](2016/05/23 00:02)
[6] 第二章 衛士の涙 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[7] 第三章 あるいは平穏なる時間 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[8] 第三章 あるいは平穏なる時間 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[9] 第四章 訪郷[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[10] 第五章 南の島に咲いた花 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[11] 第五章 南の島に咲いた花 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[12] 第五章 南の島に咲いた花 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:41)
[13] 第六章 平和な一日 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:42)
[14] 第六章 平和な一日 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[15] 第六章 平和な一日 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[16] 第七章 払暁の初陣 1[ドリアンマン](2012/09/16 19:08)
[17] 第七章 払暁の初陣 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:45)
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[6379] 第二章 衛士の涙 1
Name: ドリアンマン◆74fe92b8 ID:6467c8ef 前を表示する / 次を表示する
Date: 2016/05/23 00:02
 最期にこの目に焼きついたのは、すべてを埋め尽くすような、白い、あまりにも白い光だった。

 それは怨敵を打ち砕き、人類の未来を切り開く閃光。

 自らその一部となり、BETAを撃ち滅ぼす剣として果てることが出来たのだ。

 元より影として生を受けたこの身なれば、それは過ぎたる名誉。

 だが、ただあの者のことだけが。

 タケルのことだけが、私の心に悔いを残した。

 墓まで持っていくつもりだった想いを、最後まで黙する事の出来なかった私の弱さ。

 タケルに想われる鑑に、そして同じ想いを持ちながらそれを抱えたまま逝ったみなに、ただただ済まない。

 そして何よりも愛する男に、あの優しすぎる男に、仲間を撃たせてしまった事があまりにも悔やまれる。

 それは撃たせなければならなかった私の未熟。そして私の我侭だ。

 愛する者の手で逝けた事は、このうえない喜び。タケルは今にも壊れそうだった私を救ってくれた。

 だが、きっとタケルは悲しみ、自分を責めるだろう。それが辛い。最後まで守られるばかりだった自らの不甲斐無さが悔しい。

 もしも私がもっと強かったなら、もっともっと強かったなら、違う結末があったのだろうか。

 最期のとき、白い光の中で、私はそう考えていた。





 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 そう……考えて、いた……

 …………考えて……いた……?

 いま、私は考えている……?

 私は……死んだ……はずでは……

 これは……死に際に見る、夢……なのだろうか……


 そう思った途端、閉じた瞼に光を感じた。

 耳にもかすかな音を感じる。
 自らが息を吸い、吐き出す音が。

 体の感覚も戻ってくる。
 自分が眠っていることがわかった。
 そのそばに誰かがいることも気配で感じる。

 いま、私は眠りから覚めようとしている。
 ならば、私は生きているのか?
 そんな、はずは……。


 そう思いながらも、生きるものが本能に突き動かされるが如く、私は体を動かそうとした。

 かつて覚えのないほどに体が重い。
 まるで金縛りにあっているかのようだ。
 なんとか自由を取り戻そうと苦闘する。
 どれぐらいかかっただろうか、ようやく意思に応えて指先が動いた。

 少しでも神経が通ったなら、後ははやい。
 すぐに全身に血が通う様に感じ、私は一息に起き上がろうとした。

「冥夜様!」

 そんな言葉が聞こえたのは、その瞬間だ。
 一息に起き上がろうとしたが、実際にはずいぶん緩慢な動きだったらしい。
 起き上がる途中でその声は挟まれた。
 まだ耳が遠いのか、殷々とした響きだったが、違えようもない。
 起きると同時に開いた目にも、幼き頃から親しんだ顔が映った。

「月、詠……?」

 私の言葉に、その顔が笑み崩れる。
 見れば、傍らには神代、巴、戎の三人もいる。
 みな同様に、非常な安堵と喜びをないまぜた表情を浮かべている。
 一体何がどうなっているのか、彼女らに尋ねようとした時、盛大な音を立てて部屋の扉が開いた。
 あまりにも聞き覚えのある声が上がる。


 ふり向いた私は、目の前に見た。

 あの時、この世の誰よりも生きて欲しかった者の姿を。白銀武の姿を。

 やはり、これは夢なのだろうか。
 あの期に及んでなお、この先も共に歩めればどれ程に嬉しいかと思った私の、死を前にしたあさましい夢なのだろうか。

 私を見つめるタケルの目に引き込まれるようにして、私は思わずかの者の手を取っていた。

 温かい手。
 流れる血が脈を打ち、私の掌にその熱を移してくる。
 その熱は私の体に染み込み、心の臓まで昇ってきて、その温かさに私は理解した。

 これは夢ではない。
 私はまた、タケルに会えたのだ。
 何故なのかはわからない。だが、その事実だけで充分だ。

 目頭が急に熱くなる。
 目の前の顔が、ぼやけてわからなくなる。
 気がつけば私は、タケルの手を引きその胸に飛び込んでいた───








 第二章  衛士の涙


「タケルッッ!!」

 湧き上がるような喜びに満ちた声が、人の集まった病室に響いた。
 集まった者たちは皆、唖然として動けないでいる。男の胸にすがって、大泣きに泣く冥夜──という考えられない図を前に、それぞれ理解が追いつかなかったのである。
 その中で、ただひとり武だけは何か起きたのか薄々分かってはいたのだが、やはり同様に動けなかった。
 麗しき少女にその胸で泣かれたりしたら、何も言わずに落ち着くまで抱きしめる以外に何ができよう。
 ついでに言うと冥夜の薄い寝衣の下はノーブラで、押し付けられた躰はとても柔らかくて無防備で、おまけにとてもいい匂いで、武としても思い切り混乱していたのである。

 とにかく病室には、誰も止めることのないまま「タケル……ぅっ、あぅ……zっ、タっ…ケルぅっ」と、冥夜の嗚咽が響き続けていた───



「タケル───」
 何度も何度も鼻声で武の名を呼んで、泣けるだけ泣いて、ようやく冥夜が胸に埋めていた顔を上げた。
 まだ抱き合ったまま、呟くように言葉をつむぐ。
「そなたも……生きていて、くれたのだな。あの時が、今生の別れと思っていたが……」

 そこまで夢見るように言って、今更ながらはしたない真似をしていると気付いたらしい。ようやく落ち着いた顔をまた赤らめて、「す、すまぬ……」と一言し、冥夜は体を離した。
 真っ赤になった目と、涙をこぼしにこぼした顔を袖で拭って、そこで初めて武の後ろの四人に気付く。ある意味、それまでで一番愕然とした様子でつぶやいた。

「そ……そなたたちも……」
 生きていたのか、と続けようとして、真っ先に聞かねばならないことがあったことに思い至った。
 傍らの武に振り向いて、切羽詰ったように

「タケルッ! オリジナルハイ───ぶはっ」

 言おうとして、途中で口を塞がれた。
 さすがに、ここでこれ以上しゃべられるのはまずいと気付いたのだろう。我に返った武が押さえ込んだのだ。
 いきなりのことに慌てる冥夜を抱え込むように立たせ、周りを窺う武。月詠たち斯衛の四人などは、まだ混乱から立ち直ったわけではなかろうが、それはそれとして「き、貴様!」と臨戦態勢をとる。
 四人が武と睨み合って固まりかけた空気の中、口火を切ったのは美琴だった。

「ねえねえ、タケルと冥夜さんってどういう関係なの? ひょっとして生き別れの恋人? うわー、すごい。ロマンチックだねぇ───」

 ……………………。
 さすが空気読まない美琴。
 一瞬で緊迫した空気が霧散した。

 そうなると彼女に続けとばかりに、「そ、そうよ。一体あなたたちどういう関係? 白銀、あなた御剣に会った事があるだなんて言わなかったじゃない!」「うんうん。あ、でも恋人だとしたらお似合いかも」「……あつあつ」「ちょ、ちょっとあなたたち、なに言ってるのよ!」などと、詰問やらなんやらが207Bの仲間から飛んでくる。
 武は「後でみんな説明するから」と返し、抱え込んだ冥夜の耳元に囁いた。それを聞いて冥夜がとりあえず頷くと、武も抱えていた手を放す。
 月詠を見て冥夜が言った。

「月詠中尉、今はどうしても二人で話さねばならぬことがあるのです。後に必ずご説明申し上げますゆえ、今はどうかこの者と二人きりにしてはいただけませぬか」
「し、しかし冥夜様、その者は……。それに私どもにそのような言葉遣いはおやめ下さいと」
 月詠たちに対して話す冥夜の言葉は、斯衛の彼女たちにとって主の命。
 しかし、死人たる目の前の男はあまりにも怪しすぎる。主に害為す者なら、その命に背いてでも。
 そのように思ったか、迷うそぶりを見せる月詠たち。それでも引く気はないようだったが、迷いを見せただけでも充分だった。

「委員長、悪い!」

 隙を作った斯衛を尻目に、冥夜の手を引いて、開け放たれたままの扉から一目散に逃げ出す武。直線上にいた榊を押しのけて脱兎のように。
 鮮やかな逃亡劇にあっけに取られた月詠が、二人を追って外に出たときには、もうその姿はどこにも見えなかった。
「くっ、追うぞ! 神代、巴、戎!」
 と、号令をかけて彼女らが病室を駆け出た後には、ぽつん、という擬音が聞こえそうな様子で、207Bの4人が残されていた。
「もうっ、いったいなんなのよ! 後でちゃんと説明してもらうからね!」
 突き飛ばされた榊の怒声が、もう誰もいない廊下にこだましていた。






 さて、冥夜を連れて脱出した武は、夕呼のもとへ向かうつもりでいた。
 この『説明』には、夕呼と霞も交えるべきだと考えたのが理由のひとつで、もうひとつはゆっくり話ができる場所がそこぐらいしかなさそうだったからである。
 病棟からは抜け出して、一旦は月詠たちを撒いた二人だったが、なにしろ冥夜の姿が寝衣一枚と目立つことこの上ない。基地内で聞き込まれれば、すぐに居場所は割れてしまうだろう。
 そういうわけで、機密区画への通路近くまで走った武は、そこにあった内線で夕呼に連絡を取っていた。冥夜のIDではB19フロアには入れないし、そもそも今の彼女はカードも持っていないので、連れて行く許可を得ないといけないからだ。

 一方、冥夜はとても途惑っていた。
 そもそも自分が生きているのが何故なのかわからなかったし、月詠たちや榊たちの(彼女らもどうやって生き残ったのか)態度もおかしい。
 この横浜基地もそうだ。
 あの時のBETA襲撃で壊滅的な被害を受けたはずなのに、今走ってきた限りでは、基地は全くもとの通りに見えた。
 先ほど「桜花作戦の事とかはみんなにしゃべるな。後で説明してやるから、とにかく今は月詠さんたちを遠ざけてくれ」と言われたから、武は事情を知っているのだろうと考えられたが、とにかく何がなんだかわからない状態だったのである。

「タケル、よいか?」
「うん?」
「いや、私は……一体どれだけの間眠っていたのだ?」

 そんな状態だったから、武とともに夕呼の部屋まで向かう途中、冥夜はこらえきれずに問うていた。
 とりあえず、ここまでで考えた合理的な説明がそれだったのだ。
 あの状況で奇跡的に助かったとして、あの時自分は既にBETAに浸蝕されていた。それを治療する間、一年、あるいはそれ以上の年月を、眠ったままこの横浜基地で過ごしていたのではないか。
 そう考えると、ほとんど忘れてしまったが、眠っている間にとても長い───とてつもなく長い夢を見ていたような気もする。
 榊らの態度だけはわからぬにしても、これなら概ね説明がつくと考えて尋ねたのだが、武からは「オレにもよくわからないんだ」とはぐらかすような答えが返ってきただけだった。

 とにかく「夕呼先生なら説明してくれるかもしれない」と言われて、混乱の解けない冥夜だったが、武の真剣な横顔を見るとそれ以上は言えず、黙って後についていく。
 カツンカツン、ぺたぺたという足音(なにしろ冥夜は裸足だったので)だけが、B19フロアの通路に響いていた。






「おはよう、御剣。しばらくぶりのお目覚めだけど、気分はどう?」

 冥夜が初めて来る部屋に入ると、二人の人間が待っていた。
 横浜基地副司令である香月夕呼博士と、彼女と、そして武とも関わり深いであろう銀髪の少女、社霞である。

 とりあえず夕呼の質問には「はっ、体調には問題ありません」と答え、冥夜は霞に声を掛けた。
「久しぶりなのかな、社。そなたも生きて帰ったようで何よりだ。また会えて嬉しいぞ」
「…………はい」
 それに対して、表情を変えずに答えを返す霞。
 冥夜にとってはあまり良く知る相手でないことは確かだが、例のあーんの件は印象的であり、共にオリジナルハイヴで戦った仲間であるのは確かなので、その態度に先ほどの病室でのことと同様の違和感を感じた彼女だったが、夕呼が話し始めたのでそちらに傾注した。

「さて、白銀から簡単に話は聞いたわ。起きて早々混乱しているでしょうけど、まずはこちらから質問させてもらいましょう。桜花作戦のこと、覚えてるそうね?」
「は? ……はい」
「そう。じゃあ、それについて覚えてるとおりに話してちょうだい。かいつまんででいいから」
 またもおかしな質問をいぶかしむ冥夜だったが、副司令の命令だ、問われて最後の記憶を思い起こそうとする。
 ややあって、人類史上最大の作戦が、その当事者の口から語られ始めたのだった。



「じゃあ、とりあえず先生が桜花作戦の発令をしたときからでどうだ? BETAの基地襲撃を凌いで……一段落ついた後の」

 どこから話すべきか迷っていた冥夜に、夕呼の目配せを受けた武がそう言った。
 なお、冥夜が考えている間に、その肩には武の上着が掛けられている。「あんたいつまでもそんな格好させてるんじゃないわよ」と夕呼の叱責を受けた武が、慌てて夜着一枚の冥夜に着せ掛けたのだ。
 その上着の暖かさを感じながら、冥夜は話を始めた。
 速瀬中尉と涼宮中尉、他にも多くの人間が一夜にして命を失った後、何かをせずにはいられなくて京塚曹長に頼み込み、生き残ったみなにスープを配って───その後集められたブリーフィングルームで語られたことを。

「……あのとき、副司令がオリジナルハイヴ攻略を我等に命じられ───榊が甲20号目標の攻略こそが先決ではないのかと意見して、新たに判明した反応炉の機能と戦術情報伝播モデル、オリジナルハイヴを唯一の頂点とした箒型構造の命令系統について知らされました。凄乃皇を含めた人類の全戦略戦術情報がオリジナルハイヴに渡った可能性が高く、数日のうちにオリジナルハイヴのコア、あ号標的を破壊しなければ人類に未来はないと───」

 そう、あのときまさに人類は滅亡の淵にあった。
 桜花作戦が失敗に終われば、即座にトライデント作戦──同じく明かされたオルタネイティヴ5から、星系外惑星移民計画のみを取り除いたユーラシア全ハイヴへのG弾による一斉攻撃作戦──が発動される。
 そうなれば、作戦が失敗すれば言わずもがな、たとえ成功しようと、ユーラシア大陸は未来永劫死の大地となるだろう。
 そのようなこと、決して肯んずるわけにはいかない。
 冥夜がそう思ったように、その思いは皆同じだったのだろう。誇り高きA-01部隊の生き残り、元207Bの仲間達は一も二もなく、人類史上最も過酷な作戦に身を投じたのだ。

 時折夕呼が武や霞に確認を取るような様子を見せる中、冥夜の話は続いていった。

 あまりにも不備な作戦の成功率を僅かでも高めるため、月詠中尉達から武御雷を借り受けたこと。
 訓練の合間に行った、速瀬中尉と涼宮中尉の部隊葬。
 神宮司軍曹や伊隅大尉が眠る桜の木の下で、みながそれぞれの思いを語り、ひとり横浜に残る涼宮に勝利を誓ったこと。
 そして2002年1月1日午前7時、ラダビノッド司令の言葉を餞に横浜を発ったこと。


「───衛星軌道上で降下開始時刻を待っていましたが、先行した部隊は予想以上に被害が深刻で、結局予定を繰り上げ、先行部隊が健在なうちに一斉降下を行うことになりました。ですがBETAはAL弾をほとんど迎撃せず、凄乃皇にレーザー照射が集中して、それを防がんと駆逐艦部隊が全艦我等の盾となり───そうしてなんとか、目標のゲートSW115に───」

 もとより速度に劣る部隊は置き去りにするつもりだったとはいえ、ハイヴ突入前に先行した部隊が全滅してしまったため、なんらの陽動もなくなった状態での進攻は苛烈を極め、ほとんど奇跡的にひとりの犠牲も出さずに主広間(メインホール)へと到達はしたものの、状態は万全とは程遠いものだった。
 それゆえ副司令の策定した当初のプランは破棄し、武達の乗る凄乃皇をなんとかあ号標的ブロック手前の横坑まで進めて待機させ、冥夜達は荷電粒子砲発射の為の時間を自分達で稼ごうとした。 

 榊と彩峰は後続のBETAを足止めするため、手前の横坑を崩落させに向かい、珠瀬と鎧衣も横坑前の隔壁を死守するためにぎりぎりまで残ろうとしたのだ。

「あのとき、決してタケルには言えぬ事でしたが、我等はみな生きては帰らぬ覚悟でした。そしてそれがタケルの足枷とならぬよう、副司令から申し送られた欺瞞プログラムを使って……。いかなる仕儀か、皆が無事だったとなれば笑い話のようなものかも知れぬが……タケル、改めてすまなかった」
「いや……」

 横に座った武に対して、冥夜は頭を下げて詫びる。
 それを受けて、武の表情が複雑に歪んだ。
 さもあらん。その言葉の意味を、当の彼女だけが未だ知らないのだから。

 そして、冥夜の報告はいよいよ最期の瞬間へと近づいていく。


 先にあ号標的ブロックに進んだ凄乃皇を追い、閉じられた隔壁の上から壁面を破って飛び込んだ冥夜。
 飛び込むや否や、凄乃皇があ号標的の触手に捕らわれているのを見て取り、それを斬り飛ばした。
 振り仰いで武に通信すれば、主砲の発射はおろか、制御系も入力を受け付けないと答えがあり。
 復旧の時間を稼ぐ為に前面に出て、再び襲い来る触手と打ち合うも主脚を失い、もはや───

 ───はぁっ……はぁっ……。

 そこまで話して、急に冥夜の言葉が止まった。
 息は荒く、顔色は真っ青になり、じっとりと脂汗をかいている。

「ど、どうしたっ、冥夜!」
「……い……いや、なんでも……ない」
 そう答えて武の手を拒む冥夜だったが、肩を抱いて息を荒げる姿は、到底大丈夫とは思われない。
 あの最期のときに行われたBETAの浸蝕。そこまで話が及ぶに至り、冥夜の脳裏には、その時の記憶がまざまざと蘇っていたのだった。


 あの時、主脚を失いもはや時間稼ぎもままならぬとわかった私は、自らの中の生きて帰ろうという思いを完全に断ち切った。人類の為、タケルの為に、最後のS-11での自爆に一縷の望みを託そうとしたのだ。
 だが、タケルの止める声を振り切って吶喊した最後の望みもあえなく破れ、私はS-11のタイマーを起動したまま、凄乃皇へと縫い付けられてしまう。
 悔しさに狂いそうになりながらも、なんとか一瞬機体の制御を奪い返したが、それも全くの無為に終わる。すぐに層倍するあ号標的の触手に貫かれ、完全に機体が破壊されてしまったのだ。

 そして、その触手は機体を侵蝕し、私の躰をも犯しはじめた。

 ぐずぐずに腐った膿が躰の中を這い進んでくるような感覚。
 余りにも容易く、手足の自由が奪われる。ありったけの力を込めて振り払おうとしたが、私の意志など何の意味も無いかの様に、体はピクリとも動かなかった。

 そして、汚泥はなおも、私の躰の中心へと歩を進めてきた。
 その手が触れた肉が腐り、骨が腐り、内臓が腐っていく。
 そこにあったのはおぞましい限りの苦痛と……それを埋め合わせ、なお遥か余るような圧倒的な───快感。
 熟れ切って地に落ち、腐りかけた果実の様な肉を奴等の指がえぐる。甘く柔らかく煮込まれた様な骨に奴等がむしゃぶりつく。その度に、頭の中が真っ白に染まり、全てを忘れそうになる。
 私は血を吐くような思いでタケルの声にすがり、削り取られていく正気を辛うじて繋ぎ止めていた。

 だが、それすらも嘲笑うように、奴等は、私の心まで犯そうとした。
 心の内、私だけのものであるはずの領域にまで、おぞましい手が容赦なく捻じ入れられてくる。
 大切な記憶が、譲れぬ思いが、奪われ、踏み躙られ、陵辱されて───


「あ、の……とき……、あ、のと、き……はっ、はぁ……わ…たし、は───」
「もういい!!」
 極寒の中にあるように震え、涙を流しながらも、憑かれたように話を続けようとする冥夜を、武は止めた。砕けんばかりに奥歯を噛み締めて、震える肩を抱き締める。
 目の前の冥夜が、純夏と重なって見えた。彼女と結ばれた日、垣間見たあの記憶。冥夜もまた同じ、あるいはそれ以上の思いをしたのだと、聞かずともわかってしまった。

「もういいんだ。もう思い出さなくていい。忘れるんだ冥夜───」
 あの時、自分自身に掛かる重さを考えて撃つ事を迷った自分に殺意を覚えながら言った武に、冥夜はその腕の中で変わらず前を見つめたまま答えた。

「……うれ、しかったのだ……。私が、壊される、前に……御剣、冥夜……の、ままで……救って、くれて。嬉しかったのだ……タケル───」

 武は何も答えられず、冥夜もそれ以上続けなかった。
 肩を抱き、抱かれる二人が沈黙する間、その前に座る二人も動かない。
 霞は冥夜と同じ様に顔色を真っ青にしており、同じものをたった今観たのだとわかる。夕呼もまた、武から聞いた純夏の実験の話から悟ったのだろう、厳しい表情のままでただ待っていた。

 静寂の中、武の腕の中で徐々に冥夜の震えは治まっていった。



「悪いけど、質問を続けさせてもらうわよ」

 ようやく冥夜の血色が戻り、武がその手を放すと、夕呼はすぐに話を再開した。武は思わず睨んだものの、冥夜が何事もなかったかのように答えようとしたので、それを呑んで自らも無理やり気持ちを落ち着かせた。
 改めて前の世界で起こった出来事について質問(もっとも、輪郭を確かめる程度の簡単なものだったが)をしていく夕呼。冥夜も澱みなく答えていって、最後の質問は「白銀と初めて会ったのはいつ? それ以前に会った事があるような記憶はない?」というものだった。

「2001年10月22日。会ったのは間違いなくその日が初めてです。このような男にかつてまみえる事があったのであれば、どうして忘れるはずがありましょうか」
 今までの奇妙な質問の中でも殊更おかしな質問に、いくらか考えるそぶりを見せたものの、冥夜はきっぱりと答える。
 それを聞いて夕呼は質問は終わったとばかりに席を立ち、「事情の説明はちょっと待ちなさい」と言って、武を引っ張って隣室へと消えた。



「どうやら、あんたが言うところの『前の世界』の御剣そのままのようね」
 武を隣室に引っ張り込んだ夕呼は、声をひそめて武に話しかける。武も夕呼の考えが聞きたくてすぐに合わせた。
「ええ。何故かはわかりませんが、今の冥夜はオレと同様に『前の世界』の記憶を全て持っている。どういうことなんでしょう。あいつも因果導体にされちまったって事なんでしょうか」
「可能性はあるわね。あんたの話じゃ、あんたは『前の世界』じゃ死ななかったはずなのに、今こうしてループしている。だとすれば、あんたの死ではなくて、彼女の死がループのトリガーになったのかもしれない」
 夕呼の答えを聞いて、冥夜までそんな運命に、と暗澹たる気持ちになる武。しかし、すぐに夕呼は続けて言った。

「まあ他にも仮説はいっぱい考えられるし、検証してみないことにはどうしようもないから、今はそのことはいいわ。それより事情をどう話すかよ。どう考えてもまともなら信じられない話だし、機密が絡みすぎるくらい絡むわけだしね」
 あんたどう思う? と話を投げてきた夕呼に、武は思うところを告げる。夕呼の許可は取らなければならなかったが、この部屋に来る前からそのつもりだった答え。

「全て話すべきだと思います。誤魔化しようのない話ですし、こうなったら機密を盾に口を塞ぐより、全部話して共犯者になってもらう方がいいでしょう。先生だって、全部わかってる駒は貴重なんじゃないですか?」
「……そう、ね。あんたと違って、御剣じゃ消すって訳にはいかないし───」
 さらっと怖いことを言う夕呼。それに続けて武に結論を告げた。
「わかったわ。オルタネイティヴ4の機密も含めて全部話しましょう。ただし、あんたが別の世界から来たってことだけは今は秘密。それ以外は何を話してもいいわ。御剣への説明はあんたがしなさい。あんたの方がむしろわかってるでしょうからね」


 協議を終えて、二人は元の部屋に戻ってきた。
 霞と二人っきりでいくらか居心地が良くなさそうにしていた冥夜に、これから事情を説明するよと武は告げる。どう話すべきか少々考えたが、結局核心から口火を切った。

「冥夜、いきなりだけど───あの桜花作戦で生き残ったのは、オレと霞の二人だけだ。純夏も、委員長も、彩峰も、たまも、美琴も、みんなオリジナルハイヴで死んじまったんだ」
 武が厳しい声音で話した真実。しかし、それは真実であるがゆえに余りに突拍子もなく、聞かされた冥夜はまさに呆けたような面持ちだった。
 らしからぬ表情でしばらく固まっていた冥夜だったが、我に返ると慌てて反論した。
「ま、待て! そなた何を言っているのだ? 榊らは先程病室にいたではないか。そなたも先程委員長と呼びかけていたぞ! いや、そなたと社の……ふたり……?」
「ああ、そうだ。お前も死んだはずだったんだよ。覚えているんだろう、オレが、この手で、お前のことを撃ったんだから……」
「……た、確かに目覚めたときには、私はあの時死んだはずと思いはしたが、今の私はどう考えても幽霊などではないぞ! 呼吸もするし、血も通っている! それとも、今見ているのは私の未練が生んだ死者の夢だとでも言うのか?」 
 再び顔色を蒼くして言い募る冥夜。幽霊というのはまさに言い得て妙だな、と何度も死んだはずの自分に重ね合わせながら、武は異常な説明を続けていく。



「落ち着けって。死んだはずだって言っただろ、今のお前はちゃんと生きてるよ。そうだな冥夜、さっき、自分がどれだけ寝てたのかって聞いたよな。お前が眠っていたのは実際のところ三日足らずだ。今日は一体何月何日だと思う?」 
 その質問にあっけにとられた冥夜は、さっきまでの疑問は棚に置いて単純に考えた。桜花作戦から三日なら今日は1月4日か5日? 反射的にそう口に出すと、
「はずれ。今日は10月24日だ」
 という解答が返る。
 ふむ、それなら基地が元に戻っているのも納得できる、と鈍った頭が色々なものを無視した考えを綴っていると、武から解答の続きが告げられた。

「ただし、2001年のな───」

 …………………………。
 その4桁の数字の意味を冥夜が理解できるまで、しばらく時間が掛かった。
 呆けていた彼女がようやく意味をつかんで反論しようとするが、その前に夕呼が先を取る。

「御剣、白銀の言っていることは本当よ。あんたは過去に遡ったの。たぶんね」
「……い、いや、そんな……いくらなんでも非現実的な…………からかっておられるのでしょう……?」
 副司令の言葉とはいえ、あまりの内容にさすがに信じられず、おずおずと言葉を返す冥夜。しかし夕呼は容赦しなかった。
「あんたが信じようが信じまいが、それが現実よ。なんなら伊隅や速瀬に会わせましょうか。今日は基地にいるからね」
 と、先程の問答で話の出た確実な戦死者の名を挙げる。ヴァルキリーズの元隊長二人の名を出され、さすがに冥夜も考える顔になる。
「……本当……なの、ですか?」
 半信半疑に思いながらも、そう言葉をつむいだ。
「そうよ。ちなみに未来の記憶を持ってるのはあんたと白銀の二人だけ。御同類って訳だけど、白銀の方が先輩ってことになるわね。あんたより前から何度も時間を遡っているそうだから」
 そう聞いて、弾かれたように武の方を振り向く冥夜。
 訓練兵とは到底思えなかった、あの卓越した技能。時折見せた、以前から自分達を知っていた様な態度。副司令のもとに従事する特殊任務。そのような事が頭の中を駆け巡り、冥夜に言葉を符合させた。

「そうか……そなたの『特別』とは……」
「ああ。オレは全てを失った未来から来たんだ。だから冥夜とももう長い付き合いだよ。何もできなかったオレを、お前らやまりもちゃん───神宮司軍曹が鍛え上げてくれたんだ。もうオレ以外誰も知らない未来でさ。だから今度は全てを救おうとして───」
「タケル……」 
「結局またみんな失っちまった。あれだけの犠牲を出して、やっと会えた純夏まで死なせて、なんとか破壊したオリジナルハイヴも元通り。……でもな、なんて言えばいいのかわからないけど……冥夜、お前が生きていてくれて、みんなのことを覚えていてくれている事は……」 
 そこまで話して、武は言葉を詰まらせる。思いを表す言葉が見つからなかったのだろう。
 しかし、冥夜は自分を見つめる武の瞳から、感情に震える声音から、その思いを充分に汲み取った。ただ嬉しいという一言では言い表せない万感の思い。それはそのまま、自らの愛した男の魂の重さから生じたものだった。

「わかった、タケル。そなたの思いも、ここが過去の世界だということも、よくわかった」
 武の言葉で真実を悟り、落ち着きを取り戻す冥夜。
「さすがだな。オレなんて、初めてのときはいつまで経っても現実を認められなかったってのに……」
 そんな彼女に武は畏敬の眼差しを向ける。その視線が面映くて、冥夜はふと思いついたことを口にした。

「そ、そうだ、タケル……鑑はどうなっているのだ? 今は鑑も生きているのだろう。居場所はわかっておるのか?」

 誤魔化すように発された言葉。思わずその名を出してしまい、冥夜は複雑な気持ちになってしまったが、動揺は武の方が大きかった。
 あからさまに揺れた反応を見せ、しばらく考えるようにして夕呼の方を見る。目配せあった後、夕呼が頷いた。

「そうね、鑑なら今この基地にいるわ。全部話すつもりだったんだし、見せておいた方がいいでしょう。御剣、話の続きは彼女のところでするから、ついてきなさい」







 あとがき

 とりあえず最低限形が見えるところまで書けたので、まとめて初投稿といきます。
 ようやく冥夜が起きました。
 しかし難しい。冥夜の言葉とか行動とか。すごい時間がかかっちゃいました。

 まあとにかくようやく話も動き始めると思うので、こんなありがち過ぎる話でも良ければ、感想よろしくお願いします。



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