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No.6379の一覧
[0] マブラヴ ~新たなる旅人~ 夜の果て[ドリアンマン](2012/09/16 02:47)
[1] 第一章 新たなる旅人 1[ドリアンマン](2012/09/16 15:15)
[2] 第一章 新たなる旅人 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:35)
[3] 第一章 新たなる旅人 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[4] 第一章 新たなる旅人 4[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[5] 第二章 衛士の涙 1[ドリアンマン](2016/05/23 00:02)
[6] 第二章 衛士の涙 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[7] 第三章 あるいは平穏なる時間 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[8] 第三章 あるいは平穏なる時間 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[9] 第四章 訪郷[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[10] 第五章 南の島に咲いた花 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[11] 第五章 南の島に咲いた花 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[12] 第五章 南の島に咲いた花 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:41)
[13] 第六章 平和な一日 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:42)
[14] 第六章 平和な一日 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[15] 第六章 平和な一日 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[16] 第七章 払暁の初陣 1[ドリアンマン](2012/09/16 19:08)
[17] 第七章 払暁の初陣 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:45)
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[6379] 第一章 新たなる旅人 3
Name: ドリアンマン◆74fe92b8 ID:6467c8ef 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/16 02:36

「───彼が、今日から新しく隊に配属された訓練兵の白銀武。白銀、彼女が鎧衣美琴よ」
「よろしく~。あ、ボクのことは美琴って呼んで。その代わりきみはタケルね」
「わかった、美琴。退院が一週間後ってのは残念だけど、戻ってきたらよろしく頼む」
「うん、まかせて。あ~、でもほんとあと一週間も入院なんて大げさだよ。そんなにたいしたことないのになあ」


 新たに入隊した武を含めた207B分隊のメンバーは、訓練終了後、意識不明の冥夜を見舞いに病棟へとやって来ていた。

 病棟に着くなり、「あ~、みんなひさしぶり~~。あれ、見慣れない人がいるなー」と合流してきたのは、入院中の鎧衣美琴。
 ラペリング中の事故で足を怪我したということで一応松葉杖を突いているが、本人に言わせれば全然たいしたことはないそうで、非常に元気な様子だった。
 合流してすぐさま初対面の武や他の皆に脈絡なく話しかける美琴だったが、その彼女を分隊長である榊千鶴が黙らせて二人の自己紹介を済まさせ、武達は意識不明で入院中という御剣冥夜の病室へと向かったのだ。


 見舞いにいった病室では、確かに冥夜が眠っていた。
 脳波や体電位などを測定するためか、体にコードが貼り付けられ測定機器やモニターが動いていたが、彼女自身は血色もよく、武にはただ眠っているだけのように見えた。

 美琴やたま──優しい天才狙撃手、珠瀬壬姫──が「冥夜さん」「御剣さん」と呼びかけるが、まったく目覚める様子はない。
 ここに来るまでに武がみなから聞いた話だと、冥夜は今朝の訓練、ウォームアップのランニング中に突然倒れたようだ。ずいぶん派手に転んで、あげくまったく立ち上がる様子がなく、彩峰が確かめると意識を失っていた。はたこうが何をしようが目覚めないので、慌てて軍医の所に担ぎ込んだということだ。
 転んだ拍子に頭を打ったのかと皆思ったが、医者の話では頭部には外傷は見当たらず、脳波等も正常だそうで、なぜ意識をなくしたかはわからずじまいだったらしい。
 怪我もかすり傷ばかりだったので、とりあえず入院して経過を観察ということになったそうだ。

 その後、皆が冥夜に呼びかけたがやはり反応はなく、いつまでも病室にいたところで出来ることもないので、とりあえずこれからPXに向かおうということになった。
 少なくとも、現状冥夜に差し迫った危険はないらしいことを確認して、武はほっと息をついた。



 病棟の入り口まで全員で戻ったところで、まず美琴とはお別れとなった。彼女はまだ武に色々と質問したい様子であったが、榊が無理やり自分の病室に戻らせたのだ。
 松葉杖姿の背中を見送ってから、分隊長は言った。
「じゃあ珠瀬と彩峰、先にPXに行っててちょうだい。私は白銀に基地を案内してくるから」
「あ、悪い。ちょっと病室に忘れ物したみたいだ。基地の案内は昼間のうちに受けたから、みんなは先にPXに行っててくれないか?」
 せっかくの申し出であったが、武は頭を下げて断った。勝手知ったる横浜基地で案内を受ける必要はないし、ここにきて、ひとつ内緒でやるべきことができたからだ。
 怪訝な顔をする榊であったが、結局はその返答を受けて先にPXへと向かった。ひとり残った武は、難しい顔をして病棟を振り仰ぐ。

 ───やるべき事。
 先ほどの見舞いの時には、遠慮してくれていたのか、やや離れて控えていた人物に関することだ。
 すなわち、冥夜の護衛である斯衛の衛士、月詠中尉に、神代、巴、戎の3少尉たち。
 武は夕呼に、いずれ信用を得られるから問題ないと言ったが、今の状況は良くない。
 初日からいきなり顔を会わせることになるとは思っていなかったし、今の武は、冥夜が突然倒れたその日に事前通告もなく突然入隊した訓練兵という不穏な立場である。おまけにその素性は『死人』であり、その事実は今後すぐにも知られてしまう。これでは彼女らがどう思うか。
 冥夜が倒れている以上、好感を得るような術もなく、今後の経緯如何では武は彼女らに消されかねない。いや、まあさすがにそれはないとしても、騒ぎ立てられてこの時点で目立つことになるのは好ましくない。気は進まないが、それならむしろさっさと釘を刺しておいた方がいい。
 そのように考えて、武は先ほど出てきた病室に舞い戻った。


「先ほどは自己紹介もせず、申し訳ありませんでした。今日から207B分隊に配属された、白銀武訓練兵です。帝国斯衛軍第19独立警護小隊の月詠中尉ですね」
「───貴様に名を教えた覚えも、名を呼ぶ許しを与えた覚えもないが」
 病室を再訪した武に、いきなり名前を呼ばれた赤服の女性、月詠真那は、冷たい声と刺すような視線で応えた。
 先に分隊全員でいた時も、武の一挙手一到足に厳しい視線が注がれていたが、武ひとりで訪れた今や完全に殺気が混じっている。
 その後ろに控える3人の気配も同様だ。

「失礼しました。お名前は香月博士から伺っていましたので、つい。なにぶん礼儀知らずなもので、お許しください」
 そう返しても、揺らぐ気配もない張り詰めた空気。
 武の方も、礼儀知らずと吹いた通り、言葉とは裏腹に恐縮する素振りもなく続ける。
「先ほどはみなさんの探るような視線が非常に痛かったもので、今後の為に釈明に参りました。あと、少々伺いたいこともあるのですがよろしいですか?」
 月詠の口は開かなかったが、しばらく睨んだ後、わずかに頷いたように見えた。
 それを見て、武はベッドに眠る冥夜に目を移す。

「月詠さんたちは、突然編入してきたオレが、彼女に危害を加える存在なのか警戒しているのでしょうが、まずそれだけはないと誓っておきます」
 今度は『月詠さん』呼ばわりに後ろの三人が色めき立ったが、当の月詠が制した。

「月詠さんは彼女の護衛であると同時に、城内省と第4計画の橋渡しの役目も負っているはずですよね」
「───ッ! 貴様、なぜそれをッ!」
「オレは、その第4計画の中核メンバーです。極秘のね。最近研究に関して大きなブレイクスルーがあり、計画は今急速に進展しています。すでに完成も間近。大陸奪還の為の反攻作戦は、早ければ年内にも開始される見通しです」
「馬鹿なッ! 今までそんな報告は微塵もッ───」
 驚く月詠達。武はそれが去らないうちにと、皆まで言わせず言葉を続けた。

「反攻作戦が現実になれば、現在の207B分隊のメンバーには、第4計画直属の実行部隊で一翼を担ってもらうことになります。彼女達はそれだけの資質を期待されて集められた。しかし実際のところ、今の彼女達は政治的なしがらみのせいで、総戦技演習の合格も危うい状態です。だからそれを打破し、短期間で彼女達を鍛え上げるために、香月博士の命令でオレが配属されたんです。それにオレには、個人的にも彼女達を守りたい理由がある。だから彼女達が生き延びられるように、少しでも強くなってもらいたいという気持ちがありましたからね」

 色々とほらを吹いた武だったが、結果としてはほとんど真実である話であり、その真実の重みが月詠たちを沈黙させた。
 武に対する剣呑な視線も、随分やわらいだようだ。寝耳に水の情報で、呆気に取られているからかもしれなかったが。

「今話したことを知っているのは、横浜基地でも香月博士とオレを含めて、5人に満たない数です。それを月詠さんたちに話したのは、オレの経歴にちょっと問題があるからでしてね。オレの経歴を調べて、危険視した挙句監視したりってのは……まあ構わないんですが、あまりおおっぴらに騒がないでいただきたいんです。これからオレの動きに制限ができてしまうかもしれませんし、そうなればそれは第4計画の損失になってしまう。
 G弾によるBETA殲滅を目標とする第5計画派、ひいては米国は、第4計画の失墜の機会を虎視眈々と窺っています。帝国のため、そして人類のため、彼等を利するようなことはしないで下さい。もちろん、ここで話したことも他言無用でお願いします。どこに米国の手の者が潜んでいるか知れませんからね。まあ、我ながらこんな得体の知れない人間からの情報を鵜呑みにして報告するほど、迂闊ではないと思いますけど───」


 とりあえず話すことは話した武が見ると、月詠は訝しげにしながらも迷っている様子だった。
 それも当然だろう。話したことにしても、武のことにしても、彼女からすれば得体の知れないことばかりなのだ。
 確かめようのない疑念に縛られて動けない月詠に、武は改めて質問をしようとした。

「月詠さんは冥夜に───」
「貴様ッ、冥夜様を呼び捨てにするなど!!」「うおッ───!」
 武の台詞に、反射的に三人が反応して怒声を発した。さすがにびっくりした武だったが、月詠が抑えたこともあり、すぐ平静に戻って話を続ける。

「冥夜の素性や月詠さんたちとの関係は聞いてますけど、仮にも同じ分隊の仲間なんですから、畏まるつもりはありませんよ。オレは礼儀知らずだって言ったでしょ。彼女が起きたらあらためて許可をもらいますよ。まあそれはともかく月詠さん、冥夜には長く仕えてるんですよね。今までにもこんな風に倒れたことはあったんですか?」
「いや、一度もない。むしろそちらに一服盛ったのかと聞きたいところだ」
 細めた目で睨みながらそんなことを言う月詠。
 やっぱり疑われてたのかと武は思い、苦笑して肩をすくめた。


 話すべきことは話したし、聞くべきことも聞いたので、武は礼を述べて背を向ける。
 ドアを開けて、出て行こうとしたところでふと振り向いた。

「───オレが言うことじゃないでしょうけど、冥夜のこと……よろしくお願いします」
「まさに貴様に言われるまでもないことだな」

 返答はこの上なく冷たい声音だった。








「───遅かったわね、白銀。やっぱり案内したほうが良かったんじゃないの?」
「もうみんな食べ始めちゃいましたよ、白銀さん」

 月詠達と話した後、PXまで全速で駆けてきた武だったが、長話がたたってすでにみなは食事を始めてしまっていた。
 PXはそれなりに混んでいたが、幸いカウンターはもう空いていたので、武はさっさと合成さば味噌定食を大盛りで──なにしろ朝から何も食べてない──もらって207B御用達のテーブルに着く。
 縦に長いテーブルには、武を含めて4人だけ。周りの席は概ね埋まっているのに。
 その光景に、武は腫れ物扱いである207Bの難しさを感じると同時に、この横浜基地の弛んだ空気も感じ取っていた。

 ───今日命を失うかもしれない。

 そんな最前線であるという自覚がもっときちんとしていれば、こんな偏見など影をひそめようし、みんなももっと早く結束を深められたろうに───

 武はそう思うと同時に、この空気を吹き払おうというなら、やはりあれをやらなければならないのかと考え、かなり気持ちを沈み込ませた。



「……早いね」

 気持ちを切り替えようと大きく息を吸い、「いただきます」のひと声とともに武は猛然と食べ始めた。食べ終わりかけていた三人に、みるみるうちに追い付いていく。
 結局四人ほとんど同時に食べ終えることになって、彩峰が驚き、あるいは感嘆のコメントを発した。

「白銀さん……ちゃんと噛まないとのどに詰まりますよー」
「ちゃんとかんでるさ。粗末にはしないから安心しろって。まあ普段はもうちょっとゆっくり食べるけど、早飯は軍隊の基本だろ。いつ何が起きるかわかんないんだからさ」
 心配する壬姫に、武はA-01いちの早飯喰らいと呼ばれた女性を思い出しながら笑って答える。壬姫は感心したようで、うんうんと首を振って頷いていた。


「白銀、こんな時期に配属されたあなたのことを、みんな疑問に思ってる。だから単刀直入に聞くわ───」
 食べ終わって一息ついたところで、榊が武に質問を投げかけた。眼鏡の奥の瞳は真剣だ。
「───あなた……期待していいの? 神宮司教官からは『特別な人物』だと聞かされているけれど、それは私たち……いえ、ひいてはこの国の、この星のためになる『特別』なのよね?」

 榊の問いかけ。今回は冥夜がいないが、『前の世界』でも、その前、『一回目の世界』でも受けた問いだ。
 最初は答えられなかった。
 二度目は応と答えた。
 三度目の今回は───

「ああ、そういう意味でなら、オレはすごく特別だ。期待してくれていい。なにしろ昔は、人類の救世主って呼ばれたもんだからな」

 ───笑って前よりさらに大口を叩いた。

 聞いた三人はぽかんとしていた。というか、内ふたりは『こいつ大丈夫か』という視線を向けてくる。
 まあ当然か。
 武はそう考え、答えに続きを加えた。

「言っとくが掛け値なしに本気だぞ。今まで軍に所属した経歴はないけど、それ以上に波乱万丈の経験をしてきた。特にここ三年はな。その『特別さ』で、今も訓練兵の傍ら夕呼先生───香月博士の特殊任務を請け負ってる。もっとも、ほんとのところ『特別』な人間なんて、この世のどこを探してもいないとも思ってる」
 打って変わって真剣な目に穏やかな口調。引き込まれる三人の聴き手。

「なあおまえら、守りたいものあるか? 大事なもの、守りたいものがあれば、人は強くなれる。オレは自分の手で全てを守ろうとして強くなった───」
 大事な仲間たちを守ろうと必死で戦った『前の世界』。

「───でもな、最後には逆にみんなに守られてたことに気がついた。どんなに強いやつも、どんな天才も、みんなそうさ。ひとりで戦えるやつなんていない。『特別』な人間なんていやしない」
 純夏、冥夜、霞、委員長、たま、彩峰、美琴、みんなを守ろうとして、みんなに守ってもらってた。
 みんなに生き残らせてもらった。
 あの夕呼先生だって、ひとりではいつか倒れる。
「だから、衛士になろうってんなら一番大事なのは、個人の技量よりもチームワークだ。安心して背中を、命を預けられるぐらい、仲間を心の底から信頼できているかどうかだ。おまえら自信もって大丈夫だって言えるか?」

「───ッ!」
 武の言葉に思わず詰まる榊たち。
 当然そういう反応が返ることはわかっていた。だからここで畳み掛ける。

「あまり自信ないみたいだな。オレはおまえらとそういう仲間になりたいし、なってもらわなきゃ困るんだ。だから、当たり障りなくなんてやってられない。というわけで、榊、おまえこれから委員長な」
「はあ?」
「昔、おまえにそっくりなやつが学級委員長をやっててな。だからこれから、おまえのことは委員長って呼ばせてもらう。で、おまえはたま、おまえは彩峰な」
 次々に指をさして、問答無用に呼び名を決めていく武。規律にうるさい榊は不満そうだったが、武としては『元の世界』からずっと続けてきた呼び名だ。これを譲ることはできない。
 結局なし崩しに押し通してしまった。

「オレのことは白銀でもタケルでも好きに呼んでくれ。あ、でもたまだけはたけるさんって呼んでくれるとうれしいな」
「わかりました。えっと……『たけるさん』。……これでいいですか」
「ああ。でも敬語はやめてくれ」
「あ……うん、わかったよ、たけるさん!」
 おまけに例によって、自分の呼び名も押し付けるが、壬姫は満面の笑顔で応えてくれた。

「……はあ。自分の呼び方まで指定する人なんて、初めて見たわよ……」
「……しかもひとりだけ。……差別」
「ん、何だ彩峰。自分だけ普通で拗ねてんのか? なんなら立派なあだな考えてやるけど?」
「……いい。すごくいい」
 完全に疲れた様子の榊に、こちらも呆れた様子の彩峰。
 しかし、その断り方は字面だけ見るとどっちだかわからないぞ、と武は思ったりする。
 苦虫を噛んだような表情を見れば一目瞭然ではあるが。


 その後はあまり深いところには突っ込まず、軽く自己紹介がてら話をしていた武だったが、そろそろ切り上げねばならないことに気づいて席を立った。
 夕呼との約束で時間に遅れたりしたら後が恐い。

「悪い。来たばっかりでやることがたまってるんで、続きはまた明日ってことで」
「大変ですねー。あ、たけるさん、ミキなにかお手伝いしましょうか?」
 壬姫がつぶらな瞳で申し出てくる。

(あはは、やっぱたまは優しいな。でも……)

 嬉しいけど、さすがに夕呼のもとへ一緒に行くわけにもいかない。

「ありがとう、たま。でもひとりでやらなきゃいけないことでさ。代わりにオレの言ったこと、よく考えといてくれるとうれしい。委員長、彩峰、おまえらもな」
 武の振った話に、壬姫はうんうんとうなずいたが、残りの二人はまだ煮え切らない風だった。

「……口だけなら何とでも言える」
「そうね。あなたの言いたいことはわかったけど……」

「まあすぐにできるとは思わないさ。とりあえず、明日からの訓練でオレの『特別』の片鱗を見せてやる。そうすりゃ、少しはオレの言葉も聞く気にもなるだろ。じゃ、また明日な」

 いつも通りに反抗的な彩峰と、頑なな榊の返答を、むしろうれしく感じながら武はPXを後にした。








 武が夕呼との約束に向かった先は、油圧式の足を持った箱がいくつも立ち並ぶシミュレーターデッキ。
 そこにはすでに、白衣姿の夕呼がひとり腕を組んで待っていた。

「遅いわよ、白銀! あたしを待たせるなんていい度胸してるじゃない」
「ちょっ、待ってくださいよ! まだ時間前ですって。先生こそ横柄のかたまりみたいな性格のくせに、先に来て待ってるなんて、らしくないですよ」
「あんたねえ……。ま、いいわ。さっさと本題にいきましょう。時間は限られてるんだし、一つ余計に聞きたい事が増えたしね」
 仏頂面で組んでいた腕を解き、肩をすくめて言う夕呼。
 武も言いたいことはすぐに察した。

「───冥夜のことですね」
「そうよ。さっき報告が届いたわ。朝倒れたときは訓練中にちょっと倒れたってだけのことだったし、その後はあんたのことでドタバタしてたからね」

 まったく、あんたのせいで忙しくてかなわないわ───とでも言いたそうに大きく息をついて、夕呼は続けた。

「普通なら、御剣が訓練中に倒れようが何しようが、政治的な問題になるだけなんだけど───」
 横目で武をじろっ、とねめすえる夕呼。
「───あんたの与太話が本当だとしたら、今日この日に原因不明で倒れるなんて、偶然とは思えないわよね。あんたの記憶ではこんなことなかったんでしょ?」
「ええ。今日はもちろん、覚えてるだけで冥夜とは二年以上一緒に生活してきましたけど、倒れたりしたことは一度もありません。さっき月詠さんにも確認してきましたけど、やっぱり今まで一度もこんなことはなかったそうです。それと、与太話扱いはやめてください」

 おまけのように突っ込みを入れて、武は答えた。加えて、今の冥夜の状態を尋ねる。

「特に言うことはないわ。CTスキャンでもMRIでも異常は見つからなかったそうよ。脳波も異常なし。全くの健康体ね。ただ眠っているだけ」
「それなのに起きる気配はない、ってわけですか」
「そう。ま、今夜にも目を覚ますかもしれないんだし、今はそれよりもやらなきゃいけないことがたくさんあるからね。とりあえずほっとくしかないわ」

 そう言って、お手上げというように腕を開く。
 武も冥夜のことは心配だったが、確かに焦眉のことはたくさんある。
 今は考えまいとして、本来の用件を切り出した。

「わかりました。じゃあ約束通り、オレの腕を確認してもらいましょう。まずは───」






「…………とんでもないわね…………」

 一台だけ稼動していたシミュレーターの情報を映し出すオペレータールーム。
 その中で、武の行ったシミュレーションの結果に、夕呼は息を呑んでいた。

 行ったテストは二種類。
 ひとつは光州作戦のデータを基にしたBETAとの遭遇戦。
 状況は乱戦。司令部は既に壊滅しており、データリンクも機能していないという設定だ。
 そしてもうひとつは、ヴォールク・データを使用したハイヴ突入シミュレーション。

 どちらも極めて過酷な状況設定であったが、武は共に驚異的な、というより信じ難い成績を叩き出してみせた。

 遭遇戦では、自分一人生き延びるために精一杯のはずの乱戦の中で、レーザー属の存在をものともせずにBETAの間を跳びまわり、大隊規模以上の一群を一手に引き付ける陽動をしてのけた。
 あげく、その状況で的確に僚機の援護までし、隙あらばレーザー属を屠って漸減させ、多大な損害を出しながらも、ついに増援が合流するまでその場で持ちこたえてしまったのだ。

 ヴォールク・データの方は更に脅威だった。
 選択されたのはS難度の実戦モード。フェイズ4ハイヴに単機で突入というありえない設定でありながら、武の駆る不知火が到達した深度は実に440m。
 A-01連隊第9中隊、すなわち夕呼の直属イスミヴァルキリーズの、部隊単位での最高記録に迫る勢いだ。しかも強化装備のフィードバックデータもほぼない状態で。

 世界中探しても、こんなことができる衛士がほかにいるとは考えられない。
 その機動制御技術、戦闘運用は、世界でも並ぶ衛士はいないのではないかと思わせる。
 というか、発想のベクトルがこの世界既存の戦術機機動とは全くの別物だ。これでは比べる意味がない。
 新OS。XM3と言っていたか。
 確かにこの機動が誰にでもこなせる様になるのなら、対BETA戦術は大転換を迎えることになるだろうと夕呼は思った。
 なるほど、交渉のカードとしても充分すぎるほどの価値になる。
 そう考えながら夕呼はオペレータールームを出た。いつの間にかやってきていた霞を一瞥して頷き、シミュレーターから出てきた武を出迎える。



「あんたがほら吹きでないことは、よーくわかったわ。約束通り、すぐに新OSの開発に取り掛かることにするから、あんたにも働いてもらうわよ」

 夕呼の言葉を、当然という表情で受け取る武。
 しかし、実のところ内心では、武は自らがたたき出した結果に驚きを禁じ得ないでいたのだった。

 武が『前の世界』で最後に戦術機に搭乗したのは、横浜基地防衛戦の際だ。あれから主観時間で数日しか経っていないのに、格段に技量が増していると感じていた。
 もとより甲21号作戦では、BETA相手に単独陽動を果たし、たった一人で23体の要塞級を含む無数のBETAを屠ってみせた武だ。ヴァルキリーズの後衛もまともに援護し切れない超変則機動を誇る武にとって、単機での戦闘はむしろ最もその本領を発揮できるものと言えるかもしれない。

 しかし、それもこれもXM3があってのことだ。
 旧OSに比べて30%増しの即応性と、操作を劇的に簡略化して反射速度を高めてくれるコンボ、キャンセル、先行入力の概念。それに熟練した人機一体の動きは、生身の肉体の反応速度すら凌駕する。衛士が操縦して動かす鎧でありながら、だ。
 武は自らの機動力、反射速度が桁違いに図抜けていることをしっかりと自覚していたが、それでもそれのみを頼って旧OSでこの結果を出すのは、到底不可能だと断じざるを得なかった。 
 ならば何がそれを可能にしたのか。

 ───それは眼だ。

 今の武には、BETAの動きを見切る予知能力じみた眼力が備わっていた。
 こちらを呑み込もうとするBETAの群れ、その流れがはっきりと『視える』、感じられるのだ。
 BETAの中に孤立し、目前に死の手を躱し続けるような修羅場にあっても、同時に全体の状況も正確に掴めており、その情報に腕は的確に反応する。
 凄乃皇という戦略機の視点で100万のBETAの海を掻きわけてオリジナルハイヴを進攻するという、余人には想像もできないような経験がその力を与えたのだろうが、一体どれほどの才能なのか。

 直感的なもので理論立てて説明できるものではないが、これは『この世界』を戦い抜くにあたって強力な武器になると確信して、武はひそかに胸をふるわせていた。
 もっとも、いかに一度の実戦はその百倍の訓練に勝ると言われていようと、わずか二日前の経験がこうもしっくりと『身について』いることを不思議に思う気持ちは存在したが───


「ありがとうございます。ただ注文させてもらってよければ、転移装置の方は後回しにしてでも、最優先で新OSの開発を行って欲しいんですが」 
「なんでよ? ちゃんと理由あるんでしょうね」
「はい、二つほど」
 夕呼の承諾を得たところで、内心の驚きはとりあえず置き、武は先程あえて話さなかった重要事を持ち出した。

「まずは転移装置の方なんですが、こっちは……まあ早くクリアしておくにこしたことはないにしても、あまり急いでもというか。理論を持ち帰れば確かに00ユニットは完成するんですけど、運用するためにはひとつ、解決しなけりゃならない問題があるんです。ほっとくとかなり致命的なのが」

 なによそれ? と問う夕呼に、武は従来の常識を覆すBETAの命令系統の箒型構造、反応炉が通信機能をも備えたハイブリッドコンピューターでもあること、そして本命、その反応炉とつながった純夏から、オリジナルハイヴの上位存在──『創造主』たる珪素系生命に造られた奉仕機械の親玉──へと彼女の持つ全情報がだだ漏れになることを伝えた。


「…………」
「ODLの浄化が反応炉に頼らずできるようになれば何の問題もないんですけど……、『前の世界』じゃ目途はまったく立ってない様子でしたからね……」
 徹底的に苦い表情で沈黙する夕呼に、武もさすがに意気を下げた調子で続ける。

「XM3を餌に、なんとかオルタネイティヴ5の発動を引き伸ばして、その間にどうにかできないかとか考えてたんですが───」
「無理ね。簡易型の浄化装置じゃこれ以上の性能向上は理論上望めないし、反応炉の機能なんて、あたしにとっても未だに謎だらけなのよ。どれだけ時間がかかるかわかったもんじゃないわ」
 ため息をつきながら、否定の回答を返す夕呼。
「やっぱりそうですか。しかしそうなると、バッフワイト素子でリーディングを制限して、非接触接続もできないようにして、なんとか致命的な情報が流れるのを阻止するぐらいしかないですね。それで純夏が安定したら、一気に桜花作戦までもっていってオリジナルハイヴを落とす───やっぱり綱渡りか」

 大きく息を吐くように言った武だったが、言葉のわりには、その表情は先ほどよりもずっと晴れていた。
「……なによ、がっかりするかと思ったら、ずいぶん楽しそうじゃないの」
「まさか。でも状況がどうあれ、やるしかないとなったらやるだけですからね。道が見えてるだけいいですよ。それに色々わかってる分かえって不安になりますけど、『前の世界』よりはよっぽどましな状況なんですから」
 吹っ切ったように言い抜ける武に、夕呼も大きく息をついて肩の力を抜いた。
「そうね、あんたの言うとおりだわ。無意味に恐れてもしょうがない。やるべきことをやるだけよね。で、ふたつめの理由は?」


「ああ、そっちですか。それは単に、一日でも早くXM3を完成させておきたいってだけです。『前の世界』では20日後ぐらいに、オレの未来情報を基にしてヴァルキリーズの作戦行動が行われたんですが、その時はまだXM3がなかったんで結構な犠牲が出たそうです。だから今度はそれまでに習熟しておいてほしいので。ただ……」
「ただ?」
 口ごもった武に、反射的なつっこみが入った。
「いえ、ちょっと冥夜のことを考えてて。いきなり初日からあんなアクシデントが起きているとなると、今回どれだけ未来情報があてになるのかと不安になりまして」
 207Bのみんなと対面した時のこと、『前の世界』の夕呼のことなどを考え、武の頬が緩む。自嘲と敬意、その二つが混ざった顔は、どこか愛嬌があった。

「なんか先生の言っていたことがわかった気がします」
「なによそれ」
「いえ、『前の世界』で先生は、未来の事件については起きる直前まで話を持ってくるなって言ってたんですよ。脳のリソースが無駄になるって。我ながら情けないですけど、オレ今日冥夜のこと聞いたとき、相当動揺しちゃったんですよね。そういうことなのかなって」

 先生はもともと未来のあらゆる展開を想定して、事前に様々な手を打っておく人だ。
 けれど確定の未来情報なんかが提示されたら、それに反する手を打ちづらくなる。せっかくの天才の思考にも枷が嵌められるってことだ。
 選択肢一つに万全に準備を固めすぎて、もしそれが外れたら、あるいは予想外の事態が起きたら、臨機応変な対処が難しい。事態が大きければ、それが致命傷になってしまうかもしれない。先生はそれを嫌ったんじゃないだろうか。
 しかし、そうなると今回もまずいのか? すでに相当話してしまってるわけだけど、もう少し絞った方が良かったんだろうか───

「大丈夫よ」
 武の思考を読み切ったように、ピタリと夕呼の言葉が挟まれた。考え込んでいた武の顔がぱっと上がる。
「何もわからずに、何が起こるかだけを知っていた前のあんたの言うことと、今のあんたの情報じゃ、情報の精度が違いすぎる。聞いたとしても、こちらの足枷になるようなことはないわ。確かにあんたの未来情報がどれだけ正しいのかは、しっかり検証する必要があるけどね」
 まさにずばり考えていたことを見抜かれて、さすがにこの人は、と舌を巻く武。それに構わず、夕呼は話題を元に戻した。

「ま、それはともかく新OSを早く完成させたいってのはわかったわ。要求通りそっちを優先してあげるわよ。こっちとしても、伊隅たちの戦力が上がるのはありがたいわけだしね」
 武の要求を容れるや、夕呼は今にも開発に入ろうかという空気を纏ったが、一応「他に言っておくことはない?」と一言いれてきた。武は少し首を捻る。

「いえ、もう特に切羽詰った話は───ああ、総戦技演習の日程を早めて欲しいんで、合わせて美琴の退院を早めるように手配してください。それと、できるだけ早く不知火が一機欲しいです。それぐらいですかね」
「わかったわ。じゃあもう今日はやることないでしょうから、さっさと休んで体力養っときなさい。α版ができたら、データ取りに散々働いてもらうんだからね」
「はいはい、仰せのままに」




「───社、なにかわかった?」

 夕呼に邪魔者扱いされた武が、霞に「大変だけど頼むな」と告げて出ていった後、夕呼も、今まで黙ってそばに控えていた霞に声を掛けた。

「……いえ、めまぐるしくイメージが移り変わっていて、ほとんど……」
 力不足を嘆いているのか、あるいは別の理由か、答えは普段よりやや詰まり気味の様に聞こえる。
「そう……。でも、それだけでも十分有益な情報だわ。少なくとも、やはり白銀絡みであることは間違いないようね」
 そうつぶやいて考え込む夕呼だったが、ふと、まだ何か話したそうな表情の霞に気がついた。促してみると、しばらく逡巡していたが、やがて決然とした表情で話し出した。
 その内容は───



「───たいしたもんね」

 話を聞き終えた夕呼は、感嘆の吐息をもらしてそう言った。
「……はい……うらやましいです」
 ひとりごとのような夕呼の言葉に、何かに耐えるような憂いの眼差しで答える霞。その意味を知る夕呼が、不憫に思わないはずもない。
「安心しなさい。このままならそのうち、うらやましがる余裕もないほど働けるわよ」
 そう慰め(?)る夕呼だった。その上で、深刻な表情で付け加える。

「それはそうと、今はまだ開けようとしちゃだめよ。言うまでもないけど、あまりに危険すぎるからね。できればずっとそのままでいて欲しいんだけど……でも、開けなきゃならないときがきたら……頼むわね」
「……はい」
 霞もまた、真剣な表情で答える。

 話を終えると、二人も新OSの開発のため、武を追うようにシミュレーターデッキを出ていった。







 一方、休んでおけと言われて先にデッキを出た武は、強化装備から着替えて、今は夜空の下を走っていた。
 『前の世界』の10月22日に比べて随分忙しい一日ではあったが、体力に関してはまだまだ余っていたからだ。
 抜群の戦術機特性を持つ武にとっては、いかに強化装備のデータがないといっても、今日程度のシミュレーションでは堪えるということはない。むしろ、あの程度で済ませていたのでは体がなまってしまうというものだ。
 そういうわけで、気を遣ってくれた夕呼には悪いが眠る前に自主訓練をしておこうと、こうして息を弾ませていたのである。


「───目的があれば、人は努力できる……か」

 走り始めて30分余り、かなりの速度であったがさして苦もなく10kmを走り切り、腰を下ろして武はつぶやいた。
 夜の自主トレは冥夜の日課だ。『前の世界』でも早々にかち合い、夜空の下で話をしたのだった。
 かつて冥夜から教わり、時を越えて今度は武から彼女へと伝えられた言葉。今は眠る彼女のことを心に浮かべたら、自然と唇からこぼれだした。つられるように、思考はあのときの会話へとぶ。

 この星……この国の民……そして日本という国。
 あのとき冥夜が言った、護りたいもの。
 殿下の影として生まれた冥夜のその言葉には、どれほどの意味が込められていたろう。

 そして、それに自分が応えた言葉。オレの護りたいもの。
 地球と全人類。

 今思えば、恥ずかしいを通り越して情けなくなる。
 あれはたった二ヶ月前のことなのに、心の内はまったく変わってしまった。今のオレは、とてもあんな風には思い上がれない。
 でも、オレの護りたいもの──その答え自体は、今でもほとんど変わらない。
 地球と全人類。それに『特に仲間たち』という注釈が加わっただけだ。

 自分ひとりにできることなど高が知れていることは百も承知。
 運命がいかにままならないものなのかも、これまで散々刻み込まれてきた。

 だが、それでも叶えられると信じている。
 自分ひとりでは無理でも、最高の仲間たちと背中を合わせて戦えば、不可能なことなどないと信じている。


 そのためにも、早く207のみんなをまとめなければ、とそこまで考えたところで、武は立ち上がって訓練を再開した。もう息は整っている。
 星の光の下、力強く地面を蹴る音がしばらくこだましていた───



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