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No.6379の一覧
[0] マブラヴ ~新たなる旅人~ 夜の果て[ドリアンマン](2012/09/16 02:47)
[1] 第一章 新たなる旅人 1[ドリアンマン](2012/09/16 15:15)
[2] 第一章 新たなる旅人 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:35)
[3] 第一章 新たなる旅人 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[4] 第一章 新たなる旅人 4[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[5] 第二章 衛士の涙 1[ドリアンマン](2016/05/23 00:02)
[6] 第二章 衛士の涙 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[7] 第三章 あるいは平穏なる時間 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[8] 第三章 あるいは平穏なる時間 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[9] 第四章 訪郷[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[10] 第五章 南の島に咲いた花 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[11] 第五章 南の島に咲いた花 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[12] 第五章 南の島に咲いた花 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:41)
[13] 第六章 平和な一日 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:42)
[14] 第六章 平和な一日 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[15] 第六章 平和な一日 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[16] 第七章 払暁の初陣 1[ドリアンマン](2012/09/16 19:08)
[17] 第七章 払暁の初陣 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:45)
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[6379] 第六章 平和な一日 2
Name: ドリアンマン◆74fe92b8 ID:6467c8ef 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/16 02:44

「───綺麗だな、タケル……」
「ああ……」

 人気のない夜の丘に、静かな呟きが響いた。
 そろそろ枯れ色の混じってきた芝の上に、並んで座る人影がふたつ。もちろん武と冥夜のふたりだった。

「先ほどまで、あの光の中にいたのか……。まばゆさにまだ目が眩んでいるような気さえする。まるで夢の中にいるようだったな……」
「それは大袈裟すぎだろ。それに───」

 ふたりの視線の先には、今日一日周遊した横浜の夜景が光り瞬いている。ずいぶん遠くだというのに、その輝きは強く目を惹きつけた。
 ぼんやりと紡がれた言葉を聞いて、武は横目で冥夜を見やる。月のない夜空の下でも、街の灯りがその横顔を浮かび上がらせた。

「───夢の中、ってほど楽しそうな顔してないぞ。むしろ……」

 むしろ、瞬く光を見つめる横顔は、武には悲しそうにすら映った。
 つぐんだ言葉は冥夜にもわかったのだろう。振り向いて力なく笑ってみせる。

「……夢のように楽しかったのは本当だぞ。ただ……一夜限りの夢だと思うと、余計にな……。そなたは、何故……、いや、よそう……」

 冥夜はそこで言葉を切り、ゆっくりと視線を夜の景色に戻した。そうして、今度はちゃんと楽しそうに、今日あった出来事を話し始める。
 最後に冥夜が何を言い掛けたのか、武にはわからなかったが、話を変えた意図はわかった。新しい話題に乗って言葉と笑いを交える。
 思い出して、語らって楽しいのは本当だった。今日という平和な一日には、それだけのものが詰まっていたのだから───








 まだ星の輝く空の下、武と冥夜は再びその世界に降り立った。
 実体化と共に広がった白い光が薄れて消え、急速にふたりの体に感覚が戻ってくる。
 さすがに冷たく感じる空気のなか、ふれあった腕が温かさを伝えた。旅の伴侶が傍らにあることを教えた。

「……合流に苦労する必要はなかったみたいだな、冥夜」
「うむ……よくわからぬが、私も見知らぬ異郷でそなたとはぐれるというのは、正直ぞっとしない。離れ離れにならずにすんで、ほっとしたぞ」
 まず最初にお互いの存在を確認し、武と冥夜は顔を合わせて笑いをもらす。冥夜が腕を放し、いまだ夜の暗さが残る周囲を見渡して言った。

「暗くてわかりづらいが……タケル、この丘は前のときと同じ場所か?」
「ああ。校舎裏の丘だ」

 武は冥夜の問いに、手持ちの品や着ている制服を確認しながら答える。
 東の空から、わずかに青く染まりかけた夜空。眼下に見渡せる街並みは、灯りも少なく静けさに覆われている。そして、辺りの木々から聞こえはじめた鳥達の声。
 夜明け前の時間であることは明らかだ。
 となれば、そんな時間帯にこちらの自分達がこんな場所にいるとは思えない。つまり、『前』と違い一体化は起こっていないのだろう。それでも念の為、武は今の自分達が『向こう』を出たときと同じ状態かどうか確かめていた。

「大丈夫……みたいだな」

 夕呼から受け取ったザック。白陵柊のものではない訓練兵の制服。冥夜の装いも確認して、武は自分達がこちらの自分達に一体化していないと結論づけた。もっとも、こちらの自分達をその目で確認するまでは、確かな事とは言えなかったが。
 とはいえ、確かめようとして好んでこちらの自分達と顔を会わせることもない。せっかく陽もまだ昇らない早朝についたのだから、相手には迷惑を掛けるがさっさと数式を受け取ってしまうべきだ。
 そう武は考えて、冥夜を連れて校門まで坂を下っていった。
 見上げれば、歩みとともに紺碧の星空が刻々と青さを増していく。思わず足を止めそうになるほど、その光景はなぜかふたりの眼に沁みるものだった。





 朝の六時前だというのに、グラウンドにはすでに掛け声とともに汗を流している部活があった。武はそれを横目にしながら堂々と校舎に入り、物理準備室を目指す。
 途中で夕呼と打ち合わせてあった隠し場所から鍵を取り出し、首尾よく誰にも見咎められずに部屋に滑り込む。改めて鍵を閉めて、夕呼の自宅に電話をかけた。

「───はい、香月ですが……」

 しばらくの間コール音を鳴らした後、カチャっといって受話器が取られる。夕呼本人の応答があった。

「夕呼先生ですか? 白銀です……あっちの」
「……待ってたわ。今学校かしら?」

 武が名前を告げた途端、夕呼はそう言って確認してくる。抑えていながら、言葉通りに待ってましたというような嬉しげな調子だった。武が答えると、「すぐに行くわ」とだけ言って通話が切られる。
 雑然とした中で座って待っていた冥夜に頷いてみせ、武は受話器を置いた。


 夕呼が来るまでは、まだ少し時間がかかる。お茶でも入れようかと、武は電気ポットを取り出した。
 武にとって、入り浸るとまではいかずとも、それなりに長く時間を過ごした部屋だ。勝手知ったる手早さで、棚の奥から茶葉やお茶菓子を用意する。夕呼の分も含めて三人分。
 そうしている間に11月の朝日が昇り、さーっとひと息に空が白んだ。窓を開け放ってみれば、澄んだ匂いとともに清冽な風が吹き込んでくる。
 部屋の空気を一新する朝露の薫りに、武と冥夜は思わず深く息を吸う。と、そんなとき、微かな異音がふたりの耳に入った。
 風に乗って届いたその音は、聞いているうちにどんどんはっきりと近づいてくる。

 ───エキゾーストビート?

 高音の唸りのような音に、武はそんな言葉を連想した。
 はたして正解。校門に続く地獄坂の方向からは、最早エンジン音と明らかな甲高い音と、タイヤを削るようなコーナリング音が響いてくる。
 その音源は急速に近づき、最後は校内に飛び込んで凄まじいブレーキ音を立てて止まった。焼け付くような痕を地面に描いて。

 物理準備室の窓から、武は呆れた顔でそれを見下ろしていた。隣にはすでに冥夜も顔を覗かせている。ただ、日が昇ったばかりの早朝に非常識な登場をかましたのは、予期していた車とは違うもので、武は少し訝しんだ。
 予想の黄色とはかけ離れた赤いボディ。跳ね馬のエンブレムが見て取れる。
 そのドアがおもむろに開き、澄ました顔で夕呼が車を降りてきた。駆る車は違っても、武には当然予想通りの姿だったが、冥夜の方は結構驚いている。すぐ行くと言っての実際すぐの到着だったのだから、夕呼だというのはわかっていたのだろうが、『向こう』の彼女とのギャップに戸惑ったのかもしれない。
 とにかく、到着した夕呼は自分の方を見ているふたりを確認し、手をひらひらさせてそのまま校舎に入っていった。



「早朝から煩わせてすいません、夕呼先生。でも、朝っぱらから押しかけたオレ達が言うのもなんですけど……なんですか、あれ? あんなに急ぐ必要なんてないのに。鷹嘴さんと勝負でもしてたんですか?」
「バカねえ。あんた達がいつまでこっちにいられるか……どんな不測の事態が起こるかわからないから、少しでも早く数式渡してあげようとして急いであげたんじゃない。そんな文句言わなくてもいいでしょ」
「……スピード違反で捕まったりしたら、それこそまさに不測の事態じゃないですか」

 無造作にドアを開けて入ってきた夕呼に対し、武は挨拶代わりと文句をつける。お約束の受け答えが交わされたが、わりと本気でため息をついたせいか、ごめんごめんと夕呼が折れた。
 前回はろくに時間がなかったから、今度はたっぷり聞きたい事を聞こうと、ずっと楽しみで待ちきれなかったのだと謝る。
 そんなふたりに、横で手を動かしていた冥夜が、「まずは一服いたしませぬか」と声を掛けた。


「あら、おいしい───」

 冥夜の淹れたお茶を一口飲んで、夕呼は意表を衝かれたように呟いた。
 こう見えて、茶器も茶葉もいいものを揃えていたりする夕呼だ。ちゃんとわかっている淹れ方だったので驚いたらしい。
 お世辞抜きで褒める夕呼に、冥夜はこの程度は当然の嗜みだと恐縮するが、続く言葉を聞いて複雑な顔になる。

「こっちの御剣とは大違いね。てっきり家事の類は何ひとつできないのかと思ってたけど」
「そういや、おにぎりを作ろうとして調理器具とか爆発させてたっけ。あんま良く覚えてないけど」
「そこまで? ……筋金入りの家事音痴ね」
 夕呼の言葉に思い出したように武が付け加え、それに答える夕呼の口調にいたっては、もう揶揄するような調子だった。冥夜は顔を赤くして、武に食って掛かる。

「こちらの世界の私の話とはいえ、さすがにそれは聞き捨てならんぞ。というかタケルっ、そなたまさか、私のことをずっとそんな粗忽者だとでも思っていたのか!? さすがにそれは侮辱が過ぎるぞッ!」
「思ってない思ってないっ! 冥夜の料理音痴の話なんて、今まで思い出しもしなかったって!」
 慌てて首を振り、掛けられた疑いを否定する武。眉を吊り上げて怒る冥夜がなんとか落ち着くまで、少しかかった。
 息をついた武は感慨深げに述懐する。

「……まあ、別の世界で環境が違うんだから、同じ人間でも違って当然だよな。なにしろこっちにはBETAがいないんだし。それでもオレなんか、冥夜はどの世界でも変わらないな、なんて思ってたんだけど……、そんなわけなかったってことなのか。いや、別に料理音痴に限らず───」
 遠い目で話すその姿に、まだふてくされ気味だった冥夜も胸を衝かれたらしい。お互いにどんな思いが去来したのか、目を見合わせて押し黙る。
 が、そんな風に流れた少ししんみりした空気を、夕呼がぱんぱんっと手を叩いて吹き払ってしまった。


「はいはい。そういうのはふたりっきりの時にやってちょうだい。さっさと本題に入りましょう。はい、白銀───」
 そう言って夕呼は、懐から取り出した封筒を武に差し出す。オルタネイティヴ4の要となる、ブレインキャプチャー理論の数式だった。
 いきなり空気を乱されて、面食らう武と冥夜だったが、差し出された品は今回の渡航の目的。規定路線とはいえ最重要の代物には違いない。
 武は神妙にそれを受け取り、しっかりとザックにしまい込む。冥夜も気を引き締めて姿勢を正した。それを待って、夕呼が本題と称した続きに入る。

「───で、前回渡された書類の中身だけど。この一週間検証した限りじゃ、不審な点は見つからなかったわ。絶対とは言えないけど、おそらく細工はされていない。それでいいかしら?」

 細工を施された書類。それは、『前のこちらの世界』に凄惨な事態を呼び込んだ策謀の象徴。夕呼の言葉は、今回その心配がないことを告げるものだったが、武は淡々とそれを聞いていた。その上で新たに昨日夕呼が話した『悪い話』について、その仮説と共に詳細を語り、夕呼に所見を求めた。
 書類の検証は武が頼んだものだったので、淡白な反応に夕呼は少々面食らう様子だったが、新たな課題を提示されて真剣に考え込む。しばらく顎に手を当てて黙り込み、そうしておもむろに口を開いた。


「……少なくとも、あたしの認識している限りではあんた達に関する記憶は失われていない。その仮説も、現状の事象からみて矛盾の無い妥当なものだと思える。『向こう』のあたしが持ってる情報は明らかにこっちより多いから断言はできないけど、今回死の因果とやらが送り込まれる心配はないというのは事実でしょうね。今の時点でそんな嘘をつくメリットがあるともあまり考えられないし……。
 あと、00ユニットのこと。『向こう』の鑑の人格を取り戻すための別の手段、というのはさすがに手掛かりが少なすぎて想像つかないわ。ただ、鑑が非常に高い00ユニット適性、世界間の壁を越えて因果記憶を収集する能力を持っているのなら、何もせずともじきに記憶と人格を形成できるとは思うんだけどね。因果導体による強制的な因果と記憶の交換なんてなくても、微細な記憶の欠片は常時数多の世界から虚数時空間に流れ込んでいる。それを取り込んで集積すれば、いずれ自然にひとりの人間としての人格ができあがるはず。もっともどれだけ時間が掛かるかわからないから、そっちの世界の追い詰められた状況じゃ、それを待ってる余裕は無いでしょうけどね」

 導き出した結論を語り終えて、夕呼は武の顔を見据える。相変わらず淡々と聞いていた武だったが、話を聞き終えると静かに答えた。

「話はわかりました。いや、要するに何もわからないってことですけど、きっと大丈夫。それだけはそう思います。なにしろ夕呼先生ですからね。それこそどんな手を使ってでも何とかするでしょう。ただ……できればオレが危険を引き受けられるようなことならいいんですけど」
 複雑な表情で『向こう』の夕呼について話す武。穏やかに語られた言葉に、こちらの夕呼が茶々を入れる。

「わっかんないわねぇ。あんた向こうのあたしが嘘ついてるか疑ってるんじゃないの? それとも信用してるわけ? 話聞く限りじゃ、かなりの極悪人みたいだけど」
「信用してますよ? 最初から、嘘ついてるなんて思っていません」
 なにかからかうような調子の問いに、武は迷いなく答える。流れるようにすっと出た言葉に、改めて自分の思い、その心象を胸のうちに探った。
 長かったのか短かったのか、深かったのか浅かったのか、いまだにわからない夕呼との関わりを観想し、言い表す言葉を探してゆっくりと口を開く。

「上手く言えませんけど……オレにとって、夕呼先生は夕呼先生なんです。今さっき、同じ人間でもどうこうなんて言っててなんですけど、どんな時でも、どんな世界でも」
「………………」
「傍若無人ではた迷惑で、腹黒で隠し事は山ほどしてるだろうし、まるで油断ならない。だけど正真正銘の天才で、誰よりも強い意志を持ってて……でも本当は優しくて、シートの保護ビニールを破るのが好きな───信じられる人です。信じて裏切られたとしても、最後まで信じたことを後悔しないだろうって思える人です。
 裏を取ろうとしたのは、自分が先生を信じたいからじゃなくて、オレが先生に信頼される為にですよ。たとえどんなに信じていたって、考えなしに従っていたんじゃ絶対対等の存在にはなれませんからね。先生が本気で信頼してくれるのは、そういう自分と対等の存在だけですから。……そうでしょ、先生?」

 熱のこもった、しかし穏やかな話。最後に武は、にっと笑って『こちら』の夕呼に結論を振った。

「……あんた、『向こう』に行ってから、恋愛原子核がパワーアップしてんじゃないの?」
「え?」
 小さく呟かれたその声は、武には聞き取れなかった。わずかに頬を染めた夕呼は、なんでもないと払って、「ま、シートの保護ビニールを破るのは好きよ、確かに」とだけ答える。
 答えはそれで充分だった。武と夕呼は堪えきれずに笑いあう。そこには確かに、あるいは信頼というかもしれない絆が見えた。



 ───敵わぬな。いや、わかっていたはずではないか。一度命を落としたあの時まで、私はタケルのことを何も知らなかったのだぞ。そんな私が、あのふたりの関係に張り合えるはずもない。だが、しかし……。

 笑いあうふたりの姿に、冥夜は胸が締め付けられるような思いを抱いた。
 武は自分よりも夕呼のことを信頼し、理解している。新しい世界に目覚めてから知った武の経験を考えれば当然のこととも思えたが、それでも息の詰まる思いだった。
 純夏の代わりになれない冥夜の想い。その想いの行き場をさらに閉ざされたような───自身は気付いていなかったが、それが正しく今の彼女の心情だった。
 それでもその強い意志は、もやもやとした感情を強引に封じ込め、心の平衡を取り戻す。惑乱の時間はわずかなもので、夕呼が再び話し始めたときには冥夜の調子はもう元に戻っていた。








「───そういえば、さすがにそろそろおなかがすいてきたわね。朝も食べる暇なかったし」

 ふと気が付いたように夕呼がそんな声を上げたのは、すでに正午も近い時刻だった。これまで休みなく喋り通しだったところに、たまたま会話の空白と武の腹の音が重なったのだ。

 本題と称した用事の話が終わった後、夕呼はここまで5時間近く、武と冥夜を質問攻めにしてきた。
 なにしろ、因果律量子論の研究者である夕呼にとって、目の前のふたりはよだれが出るほど貴重なサンプルである。今日という日が過ぎ去れば二度とは会えないであろう相手に対し、遠慮するような性格の彼女ではなかった。
 転移実験の様子や向こうの夕呼のこと。向こうとこちらの世界の違い、現在のBETAや戦術機などはもちろん、それ以前の歴史の食い違いや、同じだけど違う人間達について。その他、並行世界がらみだけでも様々な質問の数々。例えば───


「───政威大将軍に五摂家ねぇ。五摂家って公家じゃなくて武家よね? 大政奉還に続いて五摂家が制定されたってことは、要するに徳川家と討幕派雄藩の連合政府が成立したのかしら? それで徳川に薩長土肥辺りが家名を変えて五摂家になったとか。もしかして煌武院って徳川の系譜?」
「は、はあ……。確かに煌武院家は徳川の末ではあります。五摂家同士で、大分血は混ざってはいますが……」
「徳川が現在まで勢力を保ってきたっていうなら、歴史も随分変わってそうだけど。新撰組とかどんな風な扱いなわけ? 太平洋戦争とか普通に起こってるのも、どう繋がってるのかわからないんだけど───」

 とか、

「───こっちに転移してくるとき、確率の霧から存在が確定するときって、どんな感じがした?」
「そう言われても……突然目が覚めたっていうか、意識だけ起きてて感覚がない、って感じですかねえ。それからだんだん五感が戻ってくるって感じで」
「私も同じ様に感じたな。だがあえて言うなら、感覚というより体そのものが戻ってくるというように感じたが」
「ふうん。興味深いわね。そもそも意識というものが何から───」

 とか、

「───鬼軍曹のまりも……あんまり想像できないわね。こっちのまりもとそんなに違うの?」
「うーん、オレ達はかなり丸くなったっていうまりもちゃんしか知りませんから。昔は狂犬って呼ばれてたそうですけど」
「狂犬……ッ! うわ、嫌な事思い出させんじゃないわよ。それって───」


 などというように、なんでもありで回し続けてきたのだ。もちろん、今日の夕呼の授業は全て自習。もっとも、それは夕呼の場合しょっちゅうのことなので、武もあまり気にしなかったが。
 とにかく、ここまで休みなく話題を移していく夕呼との会話につきあわされ、さすがに頭も疲れてきた武と冥夜だったので、折り良く挟まれた休憩はありがたかった。気づけば確かに空腹は感じていたので、そろって夕呼の言葉に同意する。そんなふたりを見て、夕呼はよしっと立ち上がった。

「出前でもとって、時間までここで話を続けるってのも悪くないけど───」

 それを聞いて、これ以上は勘弁してくれという顔をする武。嫌な顔を見せるのは抑えた冥夜も、顔色の冴えなさは隠せない。ひとり元気な夕呼だったが、さすがにそれを見て肩を竦める。

「ま、それもちょっとね。そういうわけで、情報料代わりにあたしが奢るから、橘町にでも食べに行きましょうか。ここに篭もってて、何かの弾みにこっちのあんた達と鉢合わせたりしてもなんだし」
 そう言って夕呼は、「昼休みにならないうちにさっさと行きましょう」と歩き出した。武もザックだけを引っ担ぎ、冥夜と一緒に後に続いた。

 校舎を出た途端にチャイムが鳴り出し、にわかに中が騒がしくなる。
 速足で車まで歩き、振り向いて武は、かつて馴染んだ教室にあまりに見覚えのある仲間達の姿を確認した。その中に、この世界の自分達の姿もある。
 ただ、まりもの姿はそこには見えなかった。武は、最後にひと目会っておきたかったかなと思いつつも、余計なことは慎むべきだと戒めて、ただ深く礼をする。『あの世界』のまりもとの果たせなかった約束。その欠片なりと思いを込めて。








「……これが、こちらの柊町か」

 夕呼の運転する(今は安全運転だ)車、フェラーリ・モンディアル──何故いつものと違うのかと聞けば、「あれじゃあんた達を積めないでしょ」という答えが返ってきた──に同乗して、辺りの景色に目をやりながら、冥夜はため息をつくようにそう漏らした。
 かつて、武が『一回目の世界』で廃墟となったあちらの柊町を探索したとき、その跡にはこちらの町ととてもよく似ていたであろう面影が否応なく見て取れた。そして今、冥夜は時を逆にして同じものを見ている。
 冥夜は武と違って横浜の出身ではないが、訓練の課程で廃墟の柊町を巡ったことはある。戦術機の訓練で周囲を回ったこともある。しかし、そこに人の暮らす息吹が備わると、見覚えなどというものは全くなくなってしまった。
 町が生きているということを、冥夜は無意識に実感し、それがため息となってついてでたのである。



 冥夜が周りの景色に目をとらわれているなか、一行は順調に橘町へと入っていた。
 「せっかくの記念に、横浜で一番おいしい店に連れてってあげるわ」と夕呼が言い、こうして走ってきたのだが、車は現在、最も開けた臨海のMM地区とは逆方向に向かっている。どうみても住宅街なので武は疑問に思っていたのだが、ほどなくその住宅街の中で車が停まった。

「さ、ついたわよ。横浜で一番おいしい店」

 夕呼はそう言って車を降りる。武と冥夜も続いて降りて、そこで気付いた。
 あまり周囲の住宅と変わらない佇まいだったのでわからなかったが、そこはこじんまりとした一軒のフランス料理店だったのだ。

 中に入ってみれば、テーブルはわずか4脚ほどの、予想通り小さな店構えである。
 ドアを開けるとすぐに、立派なあごひげをたくわえた細身のギャルソンが三人を出迎えた。すでに予約が取られていたらしく、ついでに夕呼はこの店の常連らしく、いつものお席と案内される。

 フランス料理などほとんど経験のない武だったが、この店はとてもアットホームな雰囲気で、戸惑うこともなくくつろげた。冥夜も問題なく椅子につき、夕呼が食前に白ワインを注文する。
 しばらく軽い会話を交わして、一皿目のオードブルと一緒にワインがテーブルに並んだ。真っ昼間から、しかも制服姿であり、当然お酒はと断る武と冥夜だったが、「最初の一杯くらい付き合いなさいよ。あんたたち軍人でしょ?」とわけのわからない理由で押し切られてしまう。
 ギャルソンも気にせず注いでしまうし、今は他に客の姿もなくというわけで、結局開き直るふたりだった。


「教え子と飲むってのは……まして巣立った教え子と一緒にってのは、教師冥利に尽きるってものよねえ。ま、御剣はもちろん、白銀も厳密にはあたしの教え子ってわけじゃないんだろうけど───」

 まるで飲む前からほろ酔い加減のような機嫌の良さで、夕呼はふたりに話しかける。嬉しそうに、でも少し寂しそうに目を細めて、淡い芳香を放つグラスを手に取った。

「似たようなものだし、いいわよね。それじゃ、あんた達が今ここにいる奇跡に、そして、あんた達の未来に───乾杯」

 そう言って、夕呼はふたりとグラスをあわせた。硬質な音が響き渡り、わずかの間時が止まる。次の瞬間には、もうグラスは傾いていた。
 辛口で爽やかな飲み口に、夕呼が堪えきれないというような息を洩らし、武と冥夜も後味のよさに目を丸くする。続けて三人はナイフとフォークを手に取り、並べられたオードブルに手をつけた。


「──────ッ!!」

 その瞬間、武と冥夜の味覚に衝撃が走り抜けた。
 ただ美味いという言葉では、到底言い表せないような舌への衝撃。
 口の中から広がった波に背筋が総毛立ち、脳が快楽物質で満たされる。

 そのまま痺れたように固まっていたふたりだったが、しばらくしてようやく動き出した。操られたようにのろのろと、ふた口めに手を伸ばす。また同じ様に全身に痺れが奔った。
 『向こうの世界』では、ずっと合成食材の食事だった武と冥夜だが、これはもう天然がどうこうとかいうレベルの話ではない。たとえ言い尽くせなくても、ただただ美味いとしか言葉が出てこなかった。
 一皿目のメニューは人参のムース。
 徹底的に煮詰めた人参のムースを、魚介のコンソメで仕立てたものだ。それにウニとズワイガニ、さっと熱を通したオクラとトマトが添えられている。
 とにかく、それぞれに絡んだ複雑で繊細で、それでいて重みのある味が素晴らしく、加えてとろけるような食感と、絶妙な温感がとんでもなくレベルの高いハーモニーを奏でており、おまけに色彩豊かな見目もまた美しかった。


 感動を隅まで味わい切るようにゆっくりと、しかしいつの間にか食べ終わっていたと気が付いて、武と冥夜は我に返った。夕呼がそんなふたりに、にやにやと笑いながら説明する。

 とあるフランス帰りのシェフが開いているこの店。
 マスコミ嫌いのシェフが半ば趣味でやっているような店なので、ほとんど知っている地元の人間しか食べに来ない。
 今ふたりが体験した通りの超絶の美味さでありながら、食材自体は特に高級なものは使っておらず、値段はお手頃。
 シェフは夕呼の古い知り合いであり、開店したときから通っているのだという。

 「御剣の──こっちの御剣のお抱え料理人達が束になっても、まったく引けは取らないわよ」と夕呼が自分のことのように誇り、武と冥夜が感嘆の息をつく。そうして、もちろんそれからもコースは続いた。


 ランチのメニューということで一皿の量は少なめだが、皿数は夜のそれと変わらない。オードブルの二皿めはゴボウとそら豆、トリュフを添えたフォアグラのソテー。ポルト酒のソースで整えたそれは、定番ではあったがまさに王道の味だった。
 それからメインは、魚料理がえびのムースの舌平目包み。肉料理がフライしたベーコンと蓮根、蒸したキャベツをつけ合わせたピゴール豚のソテー。スープは、生クリームを一切使わず煮詰められた、甘い甘い冷製コーンスープ。

 どれもこれも涙が出てくるような味の代物で、というか事実、武と冥夜の目尻には涙が浮かんでいた。
 けれど、それはただ超絶の味の数々に感動したというだけではないと、武も冥夜も思っている。なにか懐かしいような、まるで食べ慣れたおふくろの味のような、そんな感覚をかすかに感じていたのだ。


 その謎はコースの最後、コーヒーとデザートがテーブルに並んだところで解けることになった。そこで豪快な声が夕呼に掛けられたからである。

「───あらあら、夕呼ちゃん! 大事なお客って言ってたから誰かと思ったら、こんな時間に学生さんなんか連れてきていいのかい? いくらあんたが不良教師でも、教え子まで巻き込んじゃいけないよ!」

 背後から聞こえたその声は、思いもかけず聞き慣れたものであり、武と冥夜は反射的に後ろを振り向いた。そうして揃って驚きの反応を示す。

「───ぶっ!!」
「───京塚曹長ッ!?」

 武は含んでいたコーヒーを吹き出しかけ、冥夜は驚きに思わずその名を呼ぶ。そう、そこにいたのはどっしりと貫禄のある中年の女性。シェフコートに身を包んだその女性は、まさに武たちがPXのおばちゃんとして知る、京塚志津江その人であった。
 そんなふたりの反応に、志津江は「曹長?」と一瞬首をかしげるが、特に気にもせず笑って話を続けた。
 一方、武と冥夜の反応を見てなるほどと理解したらしい夕呼は、「こちらこの店のオーナーの京塚夫妻」とシェフとギャルソンのふたりを改めて紹介し、また武と冥夜のことも自分の教え子だと二人に紹介する。

「いやー、初めまして学生さん。武ちゃんと冥夜ちゃんかい? おいしく食べてもらえたみたいでうれしいけど、あんま夕呼ちゃんの真似しちゃいけないよ! ほんっと不良教師なんだから。でも、ふたりともいい体してるねえ! なんかスポーツやってるのかい?」
 初対面だというのに、志津江はふたりの体をバンバン叩いてそう言った。こちらでも変わらないその態度が嬉しく、またそれに安心して、武と冥夜はいつもどおりに口を開く。

「格闘技とかクロスカントリーとか、あとはロボットの操縦なんかを少し。それはそうと、すげー美味かったです。ほんと生まれてから今まで、これ以上のものは食ったことがないってくらい」
「私もです。最近はともかく、これで味には少々こだわりがあるのですが、これほどのものは食した記憶がない。圧巻でありました」
「そんなに褒められると照れちまうねえ! でも嬉しいよ。食べてくれた人が喜んでくれることが、料理人の一番の喜びだからさ」

 そうしていきなり打ち解けたように会話の輪ができて、夕呼とギャルソンの旦那さんも加わり、勢いよく話が続いた。いつまでも話していられそうな調子だったが、やはりそれにも終わりが来る。
 デザートを食べ終わろうという頃には、次のお客が入ってきて、名残惜しくも団欒はそこでお開きになった。
 少しの間片付けられたテーブルで休んで、三人は席を立つ。支払いを終えて外に出て、外の空気が火照った肌に心地よかった。
 改めて思わぬ知り合いとの邂逅に、武と冥夜は込み上げる笑いを吐き出して語り合う。

「ふふ、達者なのはわかっていたが、本来の京塚曹長はあれ程の腕前だったのだな」
「ああ。まあこっちとあっちじゃ違うけど、でもたぶんそうなんだろうな。あ、でも向こうじゃフランスに料理修行なんて行ってるわけないか。欧州はBETAに根こそぎやられてるもんな……」
 そんな武の言葉に、少し悲しげな空気が漂う。けれどすぐにそれを振り払って、武は「これからは横浜見物に行きましょう!」と宣言する。冥夜が笑みを浮かべ、夕呼も肩をすくめて笑った。

「オッケー、行きましょ。午前の情報料は私的にまだ余ってるから、デート代くらいは奢ってあげるわ。ま、これ以上のサプライズは、もうなかなかないでしょうけどね」

 そう言って、夕呼は近くに空きのタクシーを探す。これからが、短いバカンスの始まりだ。
 ただ、夕呼の言葉は意外と簡単に覆される。さして時間を置くこともなく、武と冥夜はまたこちらで知り合いに顔を会わせることになるのだった───



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