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No.6379の一覧
[0] マブラヴ ~新たなる旅人~ 夜の果て[ドリアンマン](2012/09/16 02:47)
[1] 第一章 新たなる旅人 1[ドリアンマン](2012/09/16 15:15)
[2] 第一章 新たなる旅人 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:35)
[3] 第一章 新たなる旅人 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[4] 第一章 新たなる旅人 4[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[5] 第二章 衛士の涙 1[ドリアンマン](2016/05/23 00:02)
[6] 第二章 衛士の涙 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[7] 第三章 あるいは平穏なる時間 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[8] 第三章 あるいは平穏なる時間 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[9] 第四章 訪郷[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[10] 第五章 南の島に咲いた花 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[11] 第五章 南の島に咲いた花 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[12] 第五章 南の島に咲いた花 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:41)
[13] 第六章 平和な一日 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:42)
[14] 第六章 平和な一日 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[15] 第六章 平和な一日 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[16] 第七章 払暁の初陣 1[ドリアンマン](2012/09/16 19:08)
[17] 第七章 払暁の初陣 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:45)
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[6379] 第五章 南の島に咲いた花 2
Name: ドリアンマン◆74fe92b8 ID:6467c8ef 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/16 02:40

 2001年11月1日


 密林に闇の帳が下りる。
 樹冠高くに喧しかった鳥達はその声をひそめ、小さな虫の音が聞こえてくる。
 空には熱く照っていた太陽に代わって、月と星々がその座を占め、澄み渡った満天に冴え冴えとした輝きを映した。
 月光に照らされる林冠の間には、海からの風が吹き抜けて、日中に溜まった暑熱を払う。

 美しい夜だった。滅びに瀕する星の上とは思えぬほどに。



 そんな夜の下、樹林の一角に一つの灯火があった。
 周囲から目立たぬよう設えられた灯り。そのそばには、ひとり少女の姿がある。
 暗赤の炎に照らされながら、彼女はじっと動かない。肩を落とし、膝を抱えてうずくまり、ひどく憔悴した様子だった。

 パチッ、パチッ、と焚き火に枝が弾ける音が響き、そのままでしばらく経っただろうか。
 赤い光の届く端、葉陰近くから、押し殺したような声が掛けられた。


「予定より大分遅れてる……」

 発された声は思いのほか響いたが、少女は反応しない。

「このままじゃ間に合わない……」

 無反応を見て取り、続く一言。太い眉がぴくりと動いた。

「わかってる?」
「……わかってるわよ」

 三度掛けられた声に、今度は無視できず怒気を込めて返すが、正直覇気には欠けた。抑揚のない声だった。
 揺らめく光に浮かぶのは、軽装のBDU(野戦服)姿。207B分隊、榊と彩峰の姿である。
 総合戦闘技術評価演習で訪れた南洋の孤島。そこで示された敵拠点を破壊するため、榊と彩峰は共に行動していた。
 なぜ犬猿の中であるはずの二人がそんなことになっているかというと、冥夜の提案があったからである。




 演習初日、日も昇り、じりじりと熱くなっていく砂浜に集合した榊達は、教官のまりもから演習内容を告げられた。
 課題は戦闘区域である島からの、丸6日、144時間以内での脱出。及び島に点在する三ヶ所の目標の破壊。したがって、まずは5人を三組に分ける必要がある。
 そこで、与えられた白地図の右下を指差しながら、冥夜が言った。

「このB地点は私ひとりに任せてはくれないか? 本来なら鎧衣が適任だが、総戦技演習の実施が早まったゆえ、今はまだ病み上がりの身だ。ならば残った者の内では、総合的に見て私の役目だろう」

 どの道誰かがひとりで行動しなければならない以上、それは妥当な提案であり、榊も全員を見回して承認する。
 だが、では残りのチームは、といったところで冥夜がもうひとつ提案をしてきた。榊と彩峰で組むべきだ、と言うのだ。
 さすがにそれは、という空気が流れる中、冥夜はじっと榊を見つめてさらに言う。

「榊、今のそなたは迷っている。根が深く、深刻であろうことも推察できる。本来時間の掛かることなのかもしれぬが、もう総戦技演習は始まってしまったのだ。リーダーであるそなたがそのような状態では、我ら皆合格などままならぬ。私とタケルが、あのような話をしたのが原因なのだろうから心苦しいが、なんとしてもさっさと吐き出してもらわねばならんのだ。その為に、そなたは彩峰と共にゆくべきだと思う。賭けかもしれぬが、それが一番良いと思うのだ」
「私はそんな───」
 冥夜の言葉に反発して、反論しようとする榊だったが、迷いがあるのは事実である。なおじっと目を見られて、それ以上言葉を続けることができなかった。
 榊が口を閉ざすと、今度は冥夜は彩峰を見遣り、さらに考え込む珠瀬や美琴などにしばらく視線を巡らせる。そうして一転懐かしむように、少し笑って言った。
 きっと本当は、二人は誰よりも息が合うと思うぞ、と。
 その笑顔はとても暖かみがあり、その言葉にはこの上ない重みがあった。
 武が隊に入って、生まれ素性を明かして以来、本当に人が変わった、と全員が思う。ついこの間まで、冷静といえば聞こえはいいが、何事にも距離を取っていた冥夜だというのに、今は本当に気持ちよく笑う。ひとを想う気持ちもまるで隠せていない。

 結局珠瀬と美琴が賛成し、彩峰も消極的に認め、渋面の榊も押し切られた。その結果として現在夜の森の中に榊と彩峰の姿があるのである、が───




 冥夜が賭けと称して組ませたチームは、ここまではまったく上手くいっていなかった。
 地図上は北東の端、C地点に向かった二人だったが、迷いを持ち込んだ榊は本調子を欠いた。本格的な不調などとはいえないわずかなものであったが、密林の行軍はその差に意味がないほど甘くはない。
 その上もとよりいがみ合い続けてきた二人だ。彩峰の心境の変化か、売り言葉に買い言葉とはならず、決定的な対立は起こらなかったが、それでも息は合わず、細かな意思の行き違いは始終のことだった。
 結果としてトラップには足を取られ、熱帯雨林の行程、その熱気と湿気が体力を消耗させ、関係の悪さはストレスとなる。全てが絡んだ悪循環に、道行きは遅々として進まなかった。

 ようやく目標のC地点に到達し、破壊したのがすでにして2日目の夜間。
 仲間との合流予定は3日目の夜だというのに、合流地点までの距離はまだ半分以上を残していた。このままでは3日目はおろか、下手をすれば最終期限の4日目にも間に合わなくなる。いや、このままではまずそうなるだろう。
 空回る焦りは焦りを呼び、体力は余分に消耗し、ふたりは、特に榊は、すでに相当に疲弊していた。


 密林の一角に寝床を設え、最低限の食事を取ったが、気持ちは休まらない。
 そんな中、彩峰は榊から距離を取り、樹木に背を預けながら冥夜の言ったことを考えていた。

(御剣は私達に話し合えって言ったんだと思う……。ていうか、あれは多分白銀の差し金。白銀は信頼しろって言った……。
 でも無理。どうやればいいのか……私にはわからない)

 人の話を聞くなんて柄じゃない。そう考えながら、彩峰は武のことを思い返す。
 会っていきなり、『人類の救世主』と大言壮語……なんだこいつは、と思った。
 けれど翌日から訓練を共にして、その尋常じゃない技量に驚いた。
 そして否応なしに感じさせられる言葉の重さ。言ってることは理想主義の甘ちゃんみたいなこともいっぱいあったのに、いつもの自分なら冷めた目で見ていただろうに、その言葉はすごく心に響いた。
 そして御剣が目を覚まし、次の日のあの話。
 父さんの話。けして知らなかった話じゃない。でも、ずっと逃げてた自分に向き合う切っ掛けをくれた話だった。

 そこまで考えて、次に自然と彩峰は冥夜のことに思いを向ける。
 目を覚まして、武と再会して一夜。冥夜は本当に人が変わったようだった。その変わり様には、冥夜の武を想う気持ち、その尋常ではない強さが感じられた。
 その姿は、翻って自分の家族のことを思い出させてくれ、自分に過去と向き合う勇気をくれるものだった。

 あれから数日、考えて、想って、思い出して───まだ迷いが晴れたわけじゃない。でも、やっと前を向けた気がする。いままで自分は何していたのかっていう、いい気分だ。
 だから、ふたりには借りを返さなきゃならない。そう思って彩峰はうずくまる榊に目をやった。

 大嫌いな相手だったし、今でも嫌いだ。
 でも、今ならなんとなくわかる。こいつが自分と同じような悩みを抱えてたんだって。
 それを抱えたままうじうじされたら、なにかすごい心に障る。なにかすごい頭に来る。

 よし───!

 話せって言うならそうしてやろう。
 彩峰はそう決心して、半分は冷静に、半分は本当に何かに怒りながら、炎のそばに向けて声を掛けた。





 三度掛けられた声に、だんまりを決め込んでいた榊が我慢し切れずに返事をする。
 背後の木肌に寄り掛かったまま、彩峰はなおも続けた。
「……わかってない」
「何がよ!」
「この演習は、私達には最後のチャンスってことが」
「そんなことわかってるに決まってるでしょ! なんとしても合格するわよ!」
 続く問答に少しは調子が戻ってきたのか、榊の声が苛つきを含んで大きくなる。
 彩峰は炎のそばに歩み寄って、榊もそれを見て立ち上がった。

「それがわかってないって言ってる……。問題は榊、あんたのことなのに、この期に及んで目をそむけてる。白銀や御剣の話、なに聞いてた? それともやっぱり、いざとなったら逃げ帰れるお嬢さまだから、こんな演習より、みんなのことより、自分のプライドの方が大事?」
「彩峰!! あなた……!」
 辛辣になじるような彩峰の声に、榊の頬が炎の赤になお赤く染まった。ギリッと歯を噛み鳴らして、詰め寄る榊。

「私に帰るところなんてないわよ! あなたみたいに自分勝手な人に、何がわかるって言うの!?」

 彩峰の父親が投獄、処刑されていることを知りながら、言葉は止まらなかった。胸倉を掴んで、榊はなおも言い募ろうとする。
 と、そこで、彩峰の左手が、榊の眼鏡に添えられた。そのまますっと外してしまう。
「な……」
 なにをするのよ! と続けようとして、榊は続けられなかった。

 ゴスッ!! という音、鈍い衝撃と共に、意識を一瞬とばされたからだ。


 気が付くと、炎の赤が顔の横にある。左の頬がジンジンと熱を持ち、痛みがじわじわと湧いてきた。
 草土の匂いとともに、殴り倒されたのだと思い至って、頭と視界がカッと色づく。
 次の瞬間には、跳ね起きて相手に殴りかかっていた。

 バシッ!! ゴズッ!!

 顔を狙った榊の拳は彩峰の掌に受け止められて、その代わりに腹部に強烈な膝蹴り。前屈みになる榊を、彩峰はそのまま蹴り剥がす。
 そうして再び這いつくばった榊に、彩峰は上から言葉を投げた。

「私だってあんたみたいなお嬢さまのことなんてわかりたくもない。合格する気がないんなら、逃げ出す前にここに埋めてってあげるよ───」

 挑発に乗った榊が、呻きながらまた殴りかかって、それから先は泥仕合だった。
 お互い殴り合い、つかみ合い、痣を作りながら、泥まみれになりながら、倒れ、立ち上がり、ぶつかり合う。演習中だということも忘れて、罵り合い、雄叫びを上げながら転げ回った。
 その末に、負けず嫌いの榊がようやく倒れ伏したときには、彩峰も力が入らず膝を落とす。
 ふたりの荒い息づかいだけが、木々の間の狭いリングになお残っていた───





「───私は父さんが好きだった」

 ふたりが動かなくなってからしばらくして、静寂が戻った森の下草に仰向けに寝転びながら、彩峰はふと呟いた。
 見上げた樹上は意外と隙間が空いている。その間隙に夜空を眺めながら、彩峰は話を続けた。

「でも、父さんが敵前逃亡罪で投獄されて、卑怯者だって、父さんのせいで負けたって、みんなが言って、わからなくなった。父さんは何も話してくれなかったから───」

 その声は喧嘩の後とは思えないほど柔らかく、静かな夜に心地良く響いたが、言葉は返らなかった。
 けれど相手が聞いていることはわかったので、彩峰は心の赴くまま、取り留めなく話していく。

「そのうち自分でも父さんのしたことを恥じるようになって、自分だけは絶対に撤退しないって思うようになった。でも軍じゃ指揮官が無能なら逃げるか負けるか。だから榊のことは大嫌いだった。規律バカで石頭で、私の考える無能な指揮官そのままだったから───」
「…………悪かったわね」
 穏やかな悪口に、初めて拗ねたような答えが返る。ごく自然に相手もそれを見ていることが感じられて、なにやら不思議な気持ちになった。


 そしてたまに合いの手を挟みながら、話は続いていく。

 人は国のためにできることを成すべきである。そして国は人のためにできることを成すべきである。
 ただひとつ自分の中に残された父の言葉。
 父に助けられたと会いに来た、大東亜連合軍の人たちのこと。
 それを聞いても、今更と思って何も信じられなかった。そんな自分の前に現れた武のこと。語られた話。変わった冥夜。


「───あの話を聞いて、考えて、何かが自分の中で吹っ切れた。別に白銀の話を信じたわけじゃない。真実がどうかじゃなくて、ただ大好きな父さんならそのまま信じればよかったって、あのふたりを見てそう思った」
 そこまで言って、彩峰は「いたた」、と洩らしながら体を起こす。そして榊を見つめながら言った。

「でもひとつだけ。あのとき父さんが全てを私に話してくれていたら、馬鹿な私でも誤解なんかせずに、今違う自分だったんじゃないかって思う。もちろん白銀の話通りなら、話せるわけがないことだけど。……榊、話さなきゃわからないこともある。あんたはあんたの父さんと、ちゃんと話をしたの?」


 最後を質問にして彩峰は口を閉じ、また声が途絶えた。
 そのまま虫の声や、小動物の動き回る音、梢を鳴らす風の音が辺りを埋め、時間が過ぎる。
 樹冠の隙間を月が少し動いて、じっと待っていた彩峰に、独り言のように榊が話し掛けた。

「───私も父が好きだったわ」
「うん」

 顔を向けずに話す榊に、彩峰はしっかり返事をする。

「好きだったから、娘として誰にも後ろ指をさされないようにって、誰よりも正しくあろうとした。そう思って努力してそうなって……だから、あなたみたいな自分勝手な人間は大嫌い」
「うん」

 彩峰と同じ様に穏やかな告白。だから自然と頷いた。

「でも、ずっと肩肘張って生きてるうちに、母さんが死んでたったひとりの家族になった父にまで、いつの間にか堅苦しい話しかできなくなった。お互い心が見えなくなっちゃったのよ。それでBETAの本州侵攻があって、父はその後一部じゃ国賊なんて呼ばれて、結局私は家を飛び出した。あなたの言うとおり、何も話はしなかったわね」

 そこまで言って、榊も体を起こす。散々殴られた跡は痛んだが、体を動かして、彩峰が後に影響が少ないようにしていたことがわかった。
 格好悪いわね、と思い、力なく、でも嬉しそうに榊は笑う。

「今度帰って、膝突き合わせて話し合ってみようと思う。お互い言いたいことが溜まってるでしょうからね。……でも、それはこの演習を合格してから。でないと胸を張って会いにも行けない。だから彩峰、あなたの力を貸してちょうだい───」

 すでに炎はその光を失い、熾き火の赤さだけを残している。
 わずかに辺りを蒼く染める月光の下、真摯に目を見つめて出された榊の言葉。彩峰はまた言葉少なく、一言だけで頷いた。
 それで充分。榊はそのまま体を倒して目をつむる。けれど、最後にひとつ付け加えた。


「ところで彩峰……白銀ってほんと嫌なやつよね」
「?」
「御剣の言ってたことって、あいつの差し金でしょ?」
 突然の話に驚いた彩峰も、その後の言葉で納得する。榊もやっぱりそう思ったか、と考えて唇を吊り上げた。
「いきなりやって来て、偉そうに言いたい放題言って、散々引っ掻き回したあげく、総戦技演習には参加しない? おまけに私達はこうして手の平の上? もう、いずれ鼻を明かしてやらなきゃ気が済まないわ!」

 早口で怒ってみせた榊の言葉には、しかし怒気はまるで感じられなかった。だからこれは本心であり、また言葉遊びだ。そう受け取って、彩峰も乗った。
「……同感。あんた何様、だね。若造のくせに態度でかいと、あとで苦労するって教えてやらないと」
「その通りね。だいたい───」

 その後、しばらく悪口を叩き合ったところで、榊は急に静かになった。彩峰が耳を澄ますと、穏やかな寝息だけが聞こえてくる。それを確認して、彩峰も大きく息をつき、次いでその目を閉じた。
 そうすると、彩峰の身にも転がるような睡魔が降りてくる。気が付けば意識を手放していた。
 二人の眠りは、熱帯の森の中とは思えないぐらいに、とても、とても深いものだった。








 2001年11月3日


「───御剣さん。榊さんと彩峰さん、大丈夫でしょうか……」

 珠瀬が半ばひとり言として、自分の心配を冥夜に洩らす。

 総合戦闘技術評価演習4日目。
 すでに冥夜、珠瀬、美琴の三人は、3日目のうちに合流地点に集合し、全ての準備を整えていた。
 高所の岩場で周囲を見張りながら、すでに4日目の太陽は西に大きく傾いている。心配になるのも当然の状況であったが、冥夜は落ち着いて答えた。

「心配するでない、珠瀬。あの者達なら大丈夫だ」
「でもでも、榊さんと彩峰さんのふたりだとやっぱり……。どこかでケンカとかしてるかもしれませんし……」
「むしろそうなってくれていればありがたいかもしれぬ。力一杯ぶつかれば、絆も深まろうというものだからな」
 争い事が嫌いな珠瀬があたふたと慌てる素振りを見せる。

「ケンカは良くないですよ~。御剣さんはほんとに心配じゃないんですか?」
「あの者達を信じているからな。どの道心配したところで、いま我らにできることはない。慌てたところで得る物はないぞ」
 冥夜は笑いながら答えた。珠瀬はまだ眉根を寄せて心配そうな様子を見せていたが、あまりに落ち着き払ったその様子に、自然と強ばりもほぐれていった。

 もっとも、掛けた言葉が嘘というわけではないが、冥夜にしても全く不安がなかったわけでもない。最悪想定以上の遅れも考慮して、未来情報(どうも厳密には違うようだが)からのマージンをとってある故の余裕でもあった。
 要するに、冥夜が一人で前回武が選んだB地点に向かったのは、武と相談の上、安全策として考えたことなのである。

 前回の武は、水筒が空になることを嫌って、B地点で発見した軽油の入手を諦めた。その結果ヘリポート崖下に係留してあったボートが動かせず、最短での合格を逃してしまったのだ。
 あとでまりもに、ボートの使用こそが最良の回答であったことを聞き、武は歯噛みしたものだ。
 そういうわけで、今回の冥夜は過去の教訓に学び、ここまで必要量の軽油を携行していた。水筒を使うのではなく、入手したシートを切り裂いて、軽油を保持できる油袋としたのだ。

 これなら最悪、榊達の到着が明日の夜まで遅れても対応できる。珠瀬達ふたりにどう言うかが問題ではあるが。
 冥夜がそんな風に考えていると、今度は先程まで見張りに立っていたはずの美琴が質問をしてきた。
 もっとも榊達の事に関してではない。今度の問いは暇つぶしというか好奇心というか、つまり───


「───ボクずっと気になってたんだけど、冥夜さんとタケルって、ほんとはどういう関係なのかなあ?」
 というような質問で、耳にした瞬間、冥夜は思わずふいた。
 おまけにそれを聞いた珠瀬までが、先程までの心配顔はどこへやら、「あ、ミキもっ、ミキも知りたいです! 結局恋人同士なんですか!?」と、詰め寄ってきた。詰め寄られた冥夜は、真っ赤になって反応する。

「い、いやっ、そ、そんな仲ではけっしてっ。た、確かに私自身は憎からず……い、いや、そうではなくっ、い、許婚というのは子供の約束だと申したであろう!」
「ええ~? でも、タケルも冥夜さんのことすごく大事に思ってると思うけどなあ」
「うんうん! 絶対ただならぬ感じだよ!」
「で、ほんとは───」
 珠瀬が移ったように、あたふたと手振り身振りして慌てる冥夜だったが、盛り上がる二人の追及は止んだりしない。
 しかし天の助けというものは存在するのか、追い詰められた冥夜が、誰か助けてくれと内心で懇願するとともに、密林に救いの神が舞い降りた。

「───何やってるの? あなた達」「コント?」

 なにやらもみくちゃになっていた三人のもとに、ようやく榊と彩峰が到着したのだった。



「榊さん、彩峰さん!!」「千鶴さん! 慧さん!」
 ふたりの姿を認めた珠瀬と美琴は、冥夜を解放して、満面の笑顔でふたりに駆け寄った。けれど、近寄ったところでびっくりして足を止める。
 何故なら、大分腫れはひいてはいたけれど、ふたりの顔は青痣でひどい状態だったからだ。

「───どうやらふたりとも、仲違いは解けたようだな。随分派手な有様だ」
 珠瀬と美琴が固まって言葉を掛けられないでいたところに、助かった、と胸を撫で下ろしながら、冥夜が歩み寄っていった。
 痣は作っていても、重荷を下ろしたような表情のふたりを見て、『前の世界』の彼女達を思い出す。なにか温かな想いが胸を満たし、声を掛ければ自然と笑みがこぼれた。
 榊と彩峰も、至極自然に、遅れてごめんなさい、とみなに謝り、怪我なら心配いらないと笑って言う。
 それで珠瀬も美琴も緊張を解いて、全員無事を喜び合った。


 一通り喜んだ後には、それぞれの情報を寄せてこれからの計画を立てる。といっても脱出地点が書かれた地図は珠瀬達が見つけていたし、予定に遅れた一日を使って、美琴は周囲の探索を済ませており、特に話し合うこともなかった。
 辺り一帯のトラップはすでに解除してあったので、陽のあるうちに進めるところまで進もうと、復調した隊長が決定する。遅れは少しでも取り戻すべし、ということだ。

 そうして一行は、夕陽に染まったジャングルを進み出す。その出掛けに、榊と彩峰が冥夜にそっと一言。
「白銀には、いずれ借りは返すって伝えてちょうだい」
「覚えとけ、って言っといて」
 それだけ言って、二人はそのまま歩き出した。
 冥夜は少し目を丸めて、それから肩をすくめる。お見通しだったか、と思って、あとが怖いかも知れんぞ、タケル、と横浜の相手を意識した。
 はたして、教導任務中の武はこのとき、背筋に寒気を感じたであろうか。








 2001年11月5日


「───回収ポイント確保、総員全方位警戒」

 タイムリミットまで優に24時間以上を残す朝、207B分隊はヘリポートに辿り着いた。
 演習も後半に入って、ジャングルはいよいよ濃く、トラップはますます増えていったが、美琴の先導と榊の的確な指示などで、道行きはなべて滞りなし。『前回』人工の崖で降られたスコールも時機をはずし、冥夜がなにか口を出すこともなく、ライフルもロープも温存したまま、特に無理をすることもなくのゴールである。

 もちろん、ここは偽の脱出ポイントであるのだが、冥夜からしてみればすでに終わったも同然の結果が見えている。だからつい油断して、冥夜は武のことに思いを巡らせていた。

 『BETAのいない世界』からやってきた武。
 その武が何故、このような世界で命を掛けられるのか。
 神宮司軍曹が目の前で殺されたあの時、武は逃げ出したといった。
 帰ったときには、どのような顔で会えばよいのか。
 きっともう一度赴くことになるであろう『武の故郷』。

 想像もつかない答えを求めて、思考は宙を彷徨う。
 周りも目に入れずに没頭していた冥夜だったが、聞こえてきたヘリの音にふと気を取られた。

 ───ヘリの……音……?

 そう考えた瞬間、冥夜は自らの油断に気付く。
 慢心は未来を知る者に回る毒なのか、なぜ意識から抜け落ちていたのかと、暑熱の中で凍るような寒気を味わう。
 危機感に重くなったような時間感覚の中、振り向いたヘリポートの中央には、喜んで発炎筒を振る珠瀬の姿があった。

 「戻れっ、珠瀬!!」と声を張り上げ、岩の陰から全力で走り出す。

 きょとんとした顔で振り向く珠瀬。
 近づく脱出用のヘリ。
 泥の中を走るような錯覚を覚えながら、なんとか冥夜は珠瀬の腕に手を掛けた。

 力一杯引き倒すように引いて、投げるように来るはずの砲撃から逃れる方向へと飛ばす。


 だが、よし! と思った瞬間、冥夜はバランスを崩した。


 自分も逃げようとして、しかし一歩目が踏み出せない。



 耳に響いた轟音。



 そしてそれに続いたのか、それとも先んじたのか、冥夜の躰に灼熱の衝撃が奔った───







 あとがき

 南の島に血の花が咲きました。
 でもこの場にメディックはいません。緑髪のひととか出てきても嫌ですが。
 あと残り一日強。冥夜には頑張ってもらわなければ……。



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