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No.6379の一覧
[0] マブラヴ ~新たなる旅人~ 夜の果て[ドリアンマン](2012/09/16 02:47)
[1] 第一章 新たなる旅人 1[ドリアンマン](2012/09/16 15:15)
[2] 第一章 新たなる旅人 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:35)
[3] 第一章 新たなる旅人 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[4] 第一章 新たなる旅人 4[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[5] 第二章 衛士の涙 1[ドリアンマン](2016/05/23 00:02)
[6] 第二章 衛士の涙 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[7] 第三章 あるいは平穏なる時間 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[8] 第三章 あるいは平穏なる時間 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[9] 第四章 訪郷[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[10] 第五章 南の島に咲いた花 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[11] 第五章 南の島に咲いた花 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[12] 第五章 南の島に咲いた花 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:41)
[13] 第六章 平和な一日 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:42)
[14] 第六章 平和な一日 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[15] 第六章 平和な一日 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[16] 第七章 払暁の初陣 1[ドリアンマン](2012/09/16 19:08)
[17] 第七章 払暁の初陣 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:45)
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[6379] 第五章 南の島に咲いた花 1
Name: ドリアンマン◆74fe92b8 ID:6467c8ef 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/16 02:40

「ね、千鶴は大きくなったらなにになりたい?」

「ちづるはねえ、おおきくなったらとーさまみたいなりっぱなせいじかさんになるの!」

「あらあら、お嫁さんとかにはならないのかしら?」

「ならない。だってちづるがおよめさんになったら、とーさまないちゃうでしょ」

「あはは、そういえばそうねえ。でも立派な政治家さんになるなら、いっぱいいっぱいお勉強しなきゃいけないわよ」

「だいじょうぶ。ちづるおべんきょうとくいだもん。もうたしざんもひきざんもできるんだから!」

「あらすごい。じゃあ───」






「───ッ!」

 息を乱しながら、榊千鶴は浅い眠りから目を覚ました。
 おっとりと上品で優しそうな女性の笑顔と、幼い少女。そんなショットが頭をよぎる。
 だが、無意識にそれを振り払おうとするうちに、夢の名残は淡雪のように消え、なにか嫌な夢を見たという思いだけが彼女の中に残った。寝汗にしめったタンクトップが、冷えた肌触りでその印象を裏付ける。
 穏やかだったはずの夢に、なぜそう思ったのだろうか。


 武と冥夜の話を聞いて以来、榊は心を乱していた。

 彼女の知らかった父の話。この横浜を中心とした国連の秘密計画。一介の訓練兵の口から出るとは到底考えられない、突拍子も無いとすら言えるその話。
 けれど武の度外れた技量。副司令との関係。将軍の影である冥夜。そして何よりも、それを語った二人の瞳。
 たとえ詳しくは話されなくても、彼女は信じてしまった。そして、信じたがゆえに心を乱していた。
 人類の為に、帝国の為にと軍に志願したのは、父への反発からだったから。その父が私心なく人類の為に尽くしてきたというのなら、自分は理由を失ってしまう。
 だから信じても信じなかった。
 その頑なさは長く共にあったものであり、もはや彼女自身の手ではほどけぬほどに絡みきっていたのだ。


 そう、榊は幼い頃から長く、頑固で規律正しい己を通してきた。
 とはいえ、その気質がすべて生まれついてのものかというとそれは違う。

 彼女の父は時の内閣総理大臣、榊是親。榊家が代々政治に携わる家系であったこともあり、若くから政権党の中枢で辣腕を振るい、日本の舵取りを担ってきた実力者である。
 しかし、掛け値なしに有能な政治家である彼であったが、対BETA戦争という人類史上未曾有といえる危難の時代にあって、その舵取りは様々な意味で困難を極めるものだった。

 BETA。すなわち『Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race』、人類に敵対的な地球外起源種。
 太陽系外から飛来したと思しきそれが、火星および月の侵略を経て、ついに地球へと到達したのが1973年。
 中国はチベット、新疆ウイグル自治区カシュガルに落着したBETAの着陸ユニットに対し、中国は国連軍の受け入れを拒否して独力での制圧を強行。戦闘は当初優勢に推移したが、開戦から二週間後、突如出現した光線属種の攻撃によって航空戦力を無力化され、敗走する結果となる。
 その後の戦術核による焦土戦術も虚しく中央アジアは完全に制圧され、以来BETAの地球侵攻は、瞬く間にユーラシア大陸を膨大な命と共に食い荒らしていった。

 悪化する戦局に従って、1980年には日本でも徴兵制が復活し、国民の教育も生活も軍事色に傾いていく。
 そうして軍の規模が大きくなり、権限も強くなれば、文民支配の下、後方にあって軍への命令権を保持する政府と対立が深まるのは、歴史を鑑みてもある意味当然のことだ。
 そんな政府に対して不満を持つ若い兵士とは、すなわちごく普通の家庭の若者であり、その不満は軍人の礼賛とともに国民の間に広まっていく。
 まして、政府が大陸への帝国軍派遣を決定して以来、ただただ増えていく遺族にしてみれば、その思いも一際重いものであっただろう。

 そのような世情に育って、聡明な少女がそうした目に見えぬ思いに気付かぬはずはなかった。
 だから彼女は大好きな父母の名誉のために、誰よりも正しく優秀であろうとした。良きリーダーであろうとした。
 頑なに思いを固めて年月が過ぎるうち、母が病で天に召され、その後も父は多忙を極めていく。それでも立派な娘であろうと振舞い続け、娘の立場として政治の世界とも関わってきた。
 知らず政治の醜い面も見るうちに、たった一人の家族として父と心交わすことは少なくなっていき、徐々に徐々に父と政治への反発は高まっていった。幼い頃の思いとは裏腹に。


 そして、その反発が決定的となったのが1998年。
 遂に日本への侵攻を開始したBETAによって、列島が血と怨嗟に塗れた時だ。
 日米安保条約を一方的に破棄して極東から撤退した米国に、残された国民の不満は爆発した。そして、その後もなお米国におもねるがごとき姿勢を変えなかった内閣にも、同様に厳しい視線が向けられたのである。
 培ってきた榊の正しさ、潔癖さはそれを許せなかった。
 開いてしまった距離は、父の真意を思わせなかった。
 その上で自分に徴兵免除の手続きが取られていたことを知り、その時、彼女の中で父に対する決定的な何かが切れた。軍に志願したのはそれがためだ。

 しかし今、彼女に再びの転機が訪れていたのかもしれなかった。








 第五章  南の島に咲いた花


 2001年10月30日


「───予定を繰り上げ、明日から総合戦闘技術評価演習を実施することとなった。急のことではあるが、当然準備は整っているはずだな!」

 その朝、総戦技演習の急遽の実施を伝えるまりもの言葉を、冥夜はなにやら茫漠とした気持ちで聞いていた。
 他のみなは突然の話に驚いているようだったが、冥夜にとってはすでに知る話だったし、昨日垣間見た異世界、武の故郷の事で頭がいっぱいであり、ひどく現実感を欠く心持ちだったのだ。
 そんな冥夜をよそにして、周囲の様子をうかがいながら、珠瀬がまりもに質問をする。

「……あ、あの、教官。たけるさ……、白銀さんと社少尉はどうしたんでしょうか」

 武の名前を聞いて、冥夜はふと我に返った。慌てて集中し、首を傾けて動揺した様子の珠瀬に目を向ける。
 珠瀬の疑問も当然だ。現在の隊にとって最重要の話であるはずなのに、この場には問われた二人の姿がないのだから。
 問われた教官は、自身僅かに釈然としない様子で珠瀬の質問に答えた。

「社少尉は当然もとより参加しないわけだが、白銀も今日から少尉と共に、香月博士の特殊任務にしばらく従事せねばならないそうだ。したがって、白銀は今回の総戦技演習には参加しない。お前達が無事総戦技演習に合格すれば、戦術機教習課程で改めて合流するそうだ。全員合格してまた会えることを信じている、と伝えてきたぞ」

 武は11月11日の新潟でのBETA迎撃に向けて、ヴァルキリーズの教導に時間を使うため、今回の総戦技演習には参加しない。武はこの世界ではすでに死んでいる人間であり、その経歴は夕呼がでっち上げたものである。衛士となるために、馬鹿正直に正規の訓練課程を経る必要はないのだ。
 とはいえ、伝えられた口上は無茶苦茶な話ではある。あまりにもあからさまに武が掟破りの存在であることを告げたようなものだが、意外にもと言うべきか、隊員達はさして驚きはしなかった。二人がこの場にいない理由さえ聞けば、あとはごく自然に受け入れている様子だった。

 それも当然か、と冥夜は思う。
 あまりにも訓練兵離れした武の技量に加えて、触りだけとはいえ話したオルタネイティヴ4のこと。さらに、思い出すのも恥ずかしいが、自分が目覚めたときに武に対して取ってしまった行為。
 たまたま加わった一訓練兵と思えという方が無茶というものだろう。

 ともあれ部隊最優秀の一人が抜けることよりも、総戦技演習が明日からであるということの方が、みなに不安を残しているようだった。

 この辺は冥夜と武の失敗というべきか、5日前に打ち明け話をしてから、隊の信頼の醸成が思うように進められていなかったことが原因である。
 一石を投じたつもりが、思いのほか榊や彩峰に生じた迷いは大きかったようで、あれ以来訓練は普通にこなしていても、隊の空気は以前よりなお当たらず触らずの有様だった。どうにかしようにも武と冥夜にはXM3の開発があって時間が少なく、これ以上は本人達の問題だとも思っていたので、あえてそれ以上踏み込むことをしてこなかった。
 そうして、じきになんとかなるだろうと楽観的に構えて今日まできてしまったのだが───


 考えながら、冥夜は問題のふたりを見る。
 この数日、榊は表面上変わらぬ態度を取り、逆に彩峰は明らかに憂いた様子で口数も少なくなっていた。
 だが、今の時点では目に見えて変化をみせた彩峰の方が吹っ切りかけているようであり、取り繕った榊の方がより深みに嵌っているように見える。
 なにしろ頑なに普段どおりに振舞おうとするものだから、周囲もそれに対して口を出しづらかったのだ。
 冥夜と武にはあまり時間がなかったし、普段なら逆撫でしそうな彩峰は静かで、珠瀬は本当に手を出しかね、美琴などがいくらか話題を振ったが、榊は答えず逸らしてしまって、それ以上を続けさせなかった。
 今も普通に質問をしているが、このような状態ではいつ深刻な問題が噴き出すか。

 ───いや、疑うまい。12・5事件では、あれほどの状況でも乗り切ってみせた榊だ。総戦技演習程度、どうにでもしてみせよう。
 それに二人の問題についてどう対応するかは、もう武と話し合っておおむね決めてある。ならばそれを信じるだけ。武のことも『向こうの世界』のことも、まず演習に合格してから考える。どの道今考えても答えなど出なかろう。

 そう考えて、冥夜はあらためて心を集中させた。

 説明を終え、まりもが訓練開始の号令を掛ける。
 返事とともに動き出す訓練兵達。雲を運ぶ強風が、彼女らより一足先に、南へと吹き抜けていった。








 一方、207Bを抜けた武は、霞、夕呼とともに基地内を歩いていた。
 教導官として今日、ヴァルキリーズのメンバーと『初対面』を果たすことには、喜びとともに胸の高鳴るものがある。しかし、同時に自分抜きで総戦技演習を迎える冥夜たちのこと───特に榊のことが気掛かりで、心配に思う気持ちもあった。
 だが、後者についてはもう自分にはどうにもできないことが明らかだ。そうしたことで心を乱し、集中を欠いては話にならない。
 ならば、あとは仲間を信じるしかない。目指す部屋の扉を目に留めて、武は首を振り、意思を定めるべく頬を叩いた。



「───さて、そういうわけでこいつが例の新OSの考案者。今日からあんた達の教官役よ。白銀、まずは自己紹介しなさい」

 ミーティングルームに整列する、隊長の伊隅を含めて13人の戦乙女達。
 黒と青を基調とした国連軍制服に身を包んだ彼女らは、夕呼の言葉を受けて、傍らに立つ武に目を向ける。好意、疑義、好奇───その視線はそれぞれに様々な色を含んでいたが、等しく興味津々であることには違いがなく、昨日の模擬戦の衝撃がいかほどのものであったかが窺えた。
 そして、そんな注目の対象となった武は、なにやらくすぐったく、そして懐かしい思いを抱く。あたたかい感情に思わず頬を緩めかけたが、彼女達とは初対面だと意識して、襟を正し気を引き締めた。隊長である伊隅大尉に向けて敬礼し、深く息を吸ってから言葉をつむぐ。

「みなさん、昨日は急の模擬戦、御苦労様でした。件の新OS、仮称XM3の考案及び開発担当を務めました白銀武であります。本日より、新OS慣熟についての教導官として着任させていただきます」

 発された口上に、伊隅以下全員の表情がぴくりと動いた。いきなり昨日の大敗北の話を持ち出す挨拶もともかくだが、改めてあの新OSの考案、開発担当と聞いて、その若さに驚いたようだった。
 なにしろ新任少尉達と同じ年齢である。まあ技術者ならばこのご時世、若き天才は決して珍しくはないものだが。
 わずかに揺らぐ面々をちらりと見て、武は自己紹介を続けた。

「新OS、XM3はオルタネイティヴ4謹製のハードによる情報処理能力の上昇、機体の即応性向上もさることながら、ソフト面での革新性が従来OSとの決定的な相違点となります。その新たな操縦概念を理解していただかなければ、XM3の真価を発揮することはできません。いかに横浜基地最強の特殊任務部隊であるA-01部隊、ヴァルキリーズの皆さんであっても、自力のみではそこまでの把握は相当に困難であると考えられますので、自分が一から慣熟訓練に参加させていただくことになりました」
 XM3の特性について端緒を語り、そこで少し浸透を待つ。新任まで含めてそれなりに噛み砕けた様子になったのを確認し、武は更に続ける。
「一応教導官という名分ではありますが、指導という柄ではありませんし、現在ゆえあって正式な階級もない若輩の身なので、部隊の新米少尉ぐらいの感覚で扱ってもらえると助かります。ちょうど年齢も同じですし……。とりあえず自分からはこの辺で───」

 武がとりあえず自己紹介を終え、肩の力を抜いたところで、夕呼が「じゃあ次はあんた達の番ね。伊隅、紹介頼むわよ」とあとを継いだ。

「ところで白銀~、あんたあたしが堅っ苦しいの嫌いって知ってんでしょ。なんでそんな似合わない話し方してんのよ?」
「あ~、すいませんね、夕呼先生。最初だけはどうしてもと思ったんで。これからは普通に話させてもらいますから、勘弁してくださいよ」
 おまけとばかりに渋い顔で付け加えられた文句に、武は手を振りながら返して、改めて伊隅に頭を下げる。副司令である夕呼と随分気心知れた様子なのを見て驚いたようだが、伊隅は言われたとおり隊長として部隊の紹介を始めた。


「A-01連隊第9中隊の隊長を務める、伊隅みちる大尉だ。貴様の考案したという新OS、XM3だったか。その有用性は、昨日の模擬戦で我々全員散々思い知らされた。その考案者に一から教えてもらえるとなれば、願ってもないというものだ。貴様の教導官着任、心から歓迎させてもらう。まあ、教導官とはいえ折角のそちらからの頼みだ。一刻も早く慣熟を達成するためにこき使わせてもらうから、覚悟しておけよ、白銀!」
「望むところです、大尉!」
 にやり、と笑いながら名を呼ぶ伊隅に、武はこちらも抑えきれぬ笑みをこぼして、勢いよく答える。
 それを見てなお笑いを深めた伊隅は、続けて立ち並ぶ部下達に目を遣った。
「では中隊のメンバーを紹介していこう。右から、CP将校の涼宮遙中尉───」




「次はB小隊のNo.2、高原今日子少尉だ」
「よろしくお願いします!」
「高原は一期前の任官だが、突撃前衛として、速瀬に匹敵する技量の持ち主だ。口数は少なくて無愛想だが、根は優しいやつだからな。安心して話しかけるといい」
「……よろしく」

 ヴァルキリー・マム、涼宮中尉を筆頭に、『前の世界』と同様に各小隊長から紹介が続けられる中、伊隅大尉の副官、女性秘書のような趣の雪村沙織中尉に続いて紹介された女性を見て、武はこの人が、と思った。
 昨日の模擬戦前には、あえて現ヴァルキリーズのデータを調べるようなことはしなかったが、『元の世界』から帰った後に、模擬戦のデータともども未だ知らない隊員の情報にも目を通してある。

 波打つショートの髪は明るい茶色。
 170近い身長は女性としては高めだが、速瀬中尉あたりと比べると、体自体はずいぶん細身だ。
 ヴァルキリーズの御多分に漏れず整った顔立ちの美人だが、伊隅大尉が無愛想と評したとおり、常に眉間にしわを寄せたような表情と非常に強い視線で、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
 涼宮姉妹と同様に、姉妹でヴァルキリーズに所属している口で、『元の世界』のラクロス対決でD組のチームにいたはずの高原明日香の姉。
 そして昨日の模擬戦で最後の4人に残り、武機の左腕を斬り飛ばした相手であった。

「昨日はどうも。まさかXM3を使って、ドッグファイトで追い詰められるとは思いもよりませんでした。背後を取られた時は肝を冷やしましたよ」
「なんですってえ!!」
 思わず話しかけた武だったが、その台詞に反応を返したのは、目の前の相手ではなく小隊長の方だった。
 大声を張り上げた突撃前衛長、速瀬水月がずかずかと武に詰め寄ってくる。

「聞いてないわよ! 昨日の相手ってあんただったわけ!?」
 今にも武の胸倉を掴み上げそうな格好の速瀬だったが、他の皆もまた一様に驚いていた。
 昨日の相手はあれ程の凄腕であり、また、夕呼から歴戦の勇士、正確には『ある意味この世界で最も実戦経験豊富な衛士』と聞かされていたので、目の前の相手とは結びつかず、武の事は技術者だと思っていたのだ。

「ここで会ったが百年目ぇ~」

 武が肯定するや、先程の自己紹介での笑顔が嘘のように目尻を吊り上げる速瀬。鬼のような形相に武は慌てて手を上げ、矛先を逸らすべく答えた。
「ちょっ、待ってください! オレは高原少尉に腕落とされた方ですって。速瀬中尉とやったのは相棒の方です。因縁つけるならオレじゃなくてあっちにしてください!」
「ほ~~、じゃあ因縁つけに行ったげるから、どこのどいつか教えなさいよ!」
「すいません、それは勘弁してください。機密なんで相棒の素性を明かすわけにはいかないんです。伝言承りますから、それで勘弁してもらえませんか?」
 あんまりな言い草に怒気をそがれたか、脱力する速瀬。大きく息をついて、ついでのように言葉を継ぐ。

「機密じゃしょうがないわね。次は負けない、とだけ伝えといて。……あ~、ところでそいつもあんたと同じぐらいの歳なわけ?」
「はい、同い年ですよ。いずれ紹介できるかも知れませんから、そうなったら気の済むまで再戦してください。今度はハンデなしで」
 冥夜ごめん、と心中手を合わせながら武は答え、速瀬が引き下がったところで改めて紹介中だった相手に振り向く。まっすぐに目を見て言った。
「高原少尉。XM3の慣熟が終わったら、オレもあなたと再戦願いたいです。お受け願えますか?」
 決闘の申し出に高原は少し目を見開いて、それから頷く。その瞬間、かすかに頬が緩んだように武には見えた。
 そんなところで、今度は伊隅から声が掛けられる。

「白銀、本当に昨日私と戦ったのが貴様なのか? 副司令が『この世で最も実戦経験豊富な衛士』などと評していたから、もっと年嵩だと思っていたが……。それに加えて、新OSの考案と開発も貴様が……?」
 さすがに信じられないような話に伊隅も言いよどむが、武は頷いて補足した。

 考案、開発といっても、自分はあくまで基礎となる簡単な概念を考案し、基本の機動を入力しただけであること。
 プログラムを行ったのはあくまで夕呼と霞──社臨時少尉であり、技術者としてのスキルは有していないこと。
 昨日の戦闘はあくまでXM3という大ハンデあってのものなので、実力の程については大きく割り引いて考えて欲しい、などと並べ立てる武。しかし───

「先生~。なんですか、その『この世で最も実戦経験豊富な衛士』って。誇大広告もいいところじゃないですか」
「別に間違っちゃいないと思うけど? あんた達のような経験してる奴が、この世にそう何人もいたらたまんないわよ」
 最後にじーっと睨む武に、夕呼は肩をすくめて飄々と答える。
「そりゃそうかもしれませんけど、実戦出撃の数なら先任の皆さんの方がよっぽど上ですよ」

 二人のやり取りを受け、なにやら詳しく聞きたそうなヴァルキリーズの面々であったが、武は先に頭を下げた。
「すいません。オレの戦歴については、それも機密なのでお話できないんです。それより伊隅大尉、申し訳ありませんがそろそろ紹介を続けましょう。このままじゃいつまでたってもXM3の訓練に入れません」
 その言葉を聞いて、伊隅は少し呆けていた顔を引き締める。改めて高原少尉の次から、隊員の紹介を進めていった。


 ひまわりのような笑顔の小柄な女性。突撃前衛、高坂夏姫少尉。そして、武も良く知る部隊の良心、風間祷子少尉。
 あとは新任、元207Aのメンバー。涼宮茜、柏木晴子、麻倉優、高原明日香、築地多恵。全員少尉。

 知った顔もあり、知らない顔もあった。しかし、どちらにせよみな武にとって初めて会う人たちであり、同時に大切な仲間である。
 これから信頼しあうべく絆を深め、そして共に戦い、願わくば皆で生き抜く。武はそれを胸に誓った。





「なんっなのよ! このピーキーな操縦性は!」
「はいはい! そこはどうしようもないので、早く慣れてくださいとしか言えません。とにかく慣れてください! 遊びが無い分繊細に扱うんです!」
「あんたねえ! 簡単に言ってんじゃないわよ!」
「たっ、倒れちゃいますぅ……!」
「だから踏ん張れ! 慣れろ!」

 各操縦席と通信で繋がれたオペレータールームに、速瀬中尉の怒声やら、麻倉少尉の悲鳴やらが鳴り渡る。それに応えて武も声を張り上げ、隅では夕呼が笑い転げ、霞はコンソールに張り付きデータを取る。
 現在XM3搭載のシミュレーターに搭乗して悪戦苦闘中なのは、速瀬以下、高原今日子、高坂、麻倉のB小隊、突撃前衛の4人。

 自己紹介を終えた後、すぐにシミュレーターデッキに移り、武はまず適性の最も高いであろうB小隊の面々をシミュレーターに放り込んで、残った全員でオペレータールームに入った。
 12人全員を一人で見ることなどできないので、真っ先に最も上達の早いであろう連中に操作を覚えてもらい、彼らを例としながら、オペレータールームで残りの隊員に概念の説明を行うつもりだったのである。
 なにしろ『前の世界』の207Bと違い、ヴァルキリーズの面々は武の操縦を参考に戦術機の技能を磨いたりしたわけではない。最初にきっちりXM3の概念を叩き込んでおかなければ、熟達には余計な時間がかかってしまうと考えたのだ。

 しばらくすると、突撃前衛の猛者達は思いのほか早く繊細極まる操縦性を克服し、自由に機体を動かせるようになった。武がいまや旧OSの操縦などもどかしく思っているように、XM3の動きにそれぞれ歓声を上げている。
 彼女達が充分に慣れたと見たところで、武はその腕を止めさせた。速瀬などは「え~!? 今いいところだってのに!」などとぼやいていたが。


「───さて、速瀬中尉以下突撃前衛の皆さんには満足いただけているようですが、今の段階では、機体の即応性が従来より30%アップし、それに伴って緻密な操作ができるようになっているに過ぎません。それだけでも充分に優位と言えますが、XM3の真価は別のところにあります」
 武はそう言って、異質な戦術機動概念の説明を始める。

 まずは、使用頻度の高い連続動作や、非常に特別な操作を必要とする特殊な機動などを登録、あるいはパターン集積により随時更新し、簡易な操作で実行できるようにする『コンボ』。
 OS側の判断により状況に応じての自動修正も可能にしている為、一握りのエースのみが可能にしていたようなオリジナル機動すらも誰でも使用が可能になり、また、劇的な操作の簡略化をもたらす。

 次に『キャンセル』。
 着地時や転倒時、またはある種の動作、機動などの際に現れる硬直、操作不能状態。および受身やその他の各動作の際に、統計的に選択される決まった予備動作。それらを文字通り、衛士側の操作でキャンセルすることができる。
 言うまでもなく、いままで不可避であった決定的な隙を回避したり、コンボとの組み合わせにより、従来の常識を圧倒する動作選択の自由度を得ることができる。

 そして『先行入力』。
 従来入力不可だった硬直時、あるいは特定の動作時に、先行して次動作の入力を行うことによって、硬直、あるいは先の動作が終了した瞬間に、改めて動作入力を行うことなく次の動作に移ることができる。
 キャンセルとはある意味正反対の機能であるが、両者を組み合わせることにより、発展性は更に高まる。
 コンボ、キャンセルに比べると地味に思えるが、極めれば戦術機の迅さは格段に上昇し、ひいては衛士の生存率を飛躍的に高めてくれるといえる機能だ。


 それぞれの機能を速瀬達に試してもらいながら説明し、各人が慣れたら戦闘プログラムを起動し、戦場における各機能の意義、有用性を解説する。
 質問を受け付けながら各機能の説明を終え、最後は各機能、及び新型CPUの性能を総合したXM3そのものの意義。それは武がずっと考え続けていたことであった。

「───XM3の各概念を完全に理解し、総合的に運用した場合に、最も上昇するのは戦術機の戦闘能力ではなく生存性です」

 多くの死を目前に見てきた『前の世界』を思い出し、武は力を込めて言った。

「戦術機戦闘のレベルで考えるなら、物量に勝るBETAとの戦闘はある種詰め将棋的と言えるでしょう。レーザー属種が戦場に存在し、噴射跳躍による離脱がかなわない場合。そうでなくても、戦略上撤退がかなわない場合。ある一定の状況に追い込まれた時点で、生存が絶望的になるからです」
 それは聞いているヴァルキリーズの各員、特に先任達にとっては重々承知のことである。特に、隊長として孤立した仲間を見捨てる判断を繰り返してきたであろう伊隅は、唇を噛みしめ目を細めていた。
 だが、武の話はそこで終わりなのではない。

「つまりそのような状況に追い込まれないことこそが、これまでの戦術機戦闘における戦術の骨子だった。ですが、XM3の搭載、その完全な理解を前提にすれば話は違ってきます。基本のコンボに登録してあるオレの変則機動をフルに駆使すれば、レーザー属種の存在するBETAとの密集戦であっても、限定的ながら噴射跳躍で宙を翔ぶことができます。即応性のアップ、硬直のキャンセル、先行入力による切れ目ない動作。それらも全て合わせれば、たとえ単機でBETAの群れの中に孤立したとしても、独力で切り抜けられる目さえある。詰め将棋の前提条件がひっくり返ります」

「───つまり、我々のするべきことはただ衛士としてXM3に熟達するだけではなく、衛士のXM3への熟達を前提とした、新たな部隊戦術を組み立てることだと言いたいのですか?」
 指先で細身の眼鏡を持ち上げる仕草をしながら、雪村中尉が言葉を挟む。
 あまりに的確に答えを告げるその言葉に、武は笑って頷いた。

「その通りです。全人類の先駆けとして、それを行ってもらいたい。まあ、まずは慣熟に専念してもらわなければなりませんけどね。いままで染み付いた癖を捨ててもらわなければならないことも多いですから、やはりなかなか大変だと思います。必死でやってもらいますからね!」

 そう言って、全員にシミュレーター搭乗を命じる。
 皆がオペレータールームを出て行くなか、武は冥夜達のことを心に浮かべた。

 明日の予定を考えれば、今日はもう話せないかもしれない。だけど大丈夫だ。
 強い意志が未来を作る。二度も失敗するなんて、あいつらの負けず嫌いが許すはずない。
 冥夜、委員長、彩峰、たま、美琴。
 今回は先に行って待ってる。早く追いついてこい。
 オレはおまえ達と一緒に戦いたいんだから───



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