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No.6379の一覧
[0] マブラヴ ~新たなる旅人~ 夜の果て[ドリアンマン](2012/09/16 02:47)
[1] 第一章 新たなる旅人 1[ドリアンマン](2012/09/16 15:15)
[2] 第一章 新たなる旅人 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:35)
[3] 第一章 新たなる旅人 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[4] 第一章 新たなる旅人 4[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[5] 第二章 衛士の涙 1[ドリアンマン](2016/05/23 00:02)
[6] 第二章 衛士の涙 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[7] 第三章 あるいは平穏なる時間 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[8] 第三章 あるいは平穏なる時間 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[9] 第四章 訪郷[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[10] 第五章 南の島に咲いた花 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[11] 第五章 南の島に咲いた花 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[12] 第五章 南の島に咲いた花 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:41)
[13] 第六章 平和な一日 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:42)
[14] 第六章 平和な一日 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[15] 第六章 平和な一日 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[16] 第七章 払暁の初陣 1[ドリアンマン](2012/09/16 19:08)
[17] 第七章 払暁の初陣 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:45)
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[6379] 第一章 新たなる旅人 1
Name: ドリアンマン◆74fe92b8 ID:6467c8ef 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/16 15:15

「あたしたちの敵は……宇宙人よ」


「冥夜っっ!!!」


「そんなヤツに仲間の命は絶対に預けない」


「オレも、死ねるよ……でも」


「SES009!」


「タケルはボクのこと…きらい?」


「リミット5分前。合格よ」


「死人が、何故ここにいる?」


「勝てない相手でも戦えって、まりもちゃんに教わってるんだよ!」


「この一発で、決めます!」


「そなたの命、私にくれ!!」


「あたしは聖母にはなれなかった……」


「軍とは、そういうところだ」


「───鑑純夏様」


「タケルちゃんにはわからない!!」







「地球と、全人類だ」


「これ、元の……BETAがいない世界で見たんだっ!!」


「道を指し示そうとする者は、背負うべき責務の重さから、目を背けてはならないのです。そして、自らの手を汚すことを、厭うてはならないのです」


「臆病でも構わない。勇敢だと言われなくてもいい。それでも何十年でも生き残って、ひとりでも多くの人を守って欲しい……。そして、最後の最後に……白銀の、人としての強さを見せてくれればそれでいいのよ」


「あんたはあたしにとって一番有能な駒だったわ」「……よわむし」


「───そなたは何者だ、名を名乗るがよい」


『タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん』


「オレは純夏を、愛していますっ!!」「しっかりやんなさいよっ! 白銀武!」


「今のは……みなに黙って行った分だッ!」


「生命とはとても素晴らしいものだ。だが私達は、自らの生命を愛しすぎてはいけない」


「テストが成功して凄乃皇弐型が正規配備されたら、弟たちは戦わなくて済むかな」


「陽動を志願しますッ───オレにやらせてください!」


「私も多くの先達と同じく、基地に咲く桜となって貴様達を見守る。何かあったら……桜並木に会いに来い」


「みんなそれでも勇敢に戦った。人類は全然ビビってなかったぜ」「……たくさん辛いこと……ありましたね」


「鑑は歩きながら、声を殺して泣いておったのだぞ?」


「ほんとのわたしを…………見せてあげる……」


「私も……伊隅ヴァルキリーズの一員……です……! みんなと一緒に戦わせてください!」


「───人類の未来は……任せてください……ッ!」「よく言った……白銀。やっと一人前の衛士になったわね」


「皆さんと一緒に戦えるのは……嬉しいです」


「乙女心がわかってないよ……最低だよ、もぅ」


「じゃあ───今度は私が、速瀬中尉とお姉ちゃんの話をするね」


「ここは我等に任せてもらおうッ!」「フランスを───ユーラシアを取り戻してくれッ!!」


「人類を、無礼るな!!!」


「せめて最期は…愛する者の手で…そなたに撃たれて逝きたいのだ……ッ!!」「冥夜……」


「あなたの、『この世界』での戦いは終わりました」「5分だけ……泣いていいか?」


「さようなら。ガキくさい救世主さん」








 長い───長い夢を見ていた。
 黄昏の世界。鉄と死のあふれる戦場。その中でなお、輝き煌く命の光。
 辛くて、悲しくて、愛しくて、燃えるように熱く、死のように冷たい。そんなかけがえのない、おとぎばなしのような───長い───夢。


「朝……か」
 柔らかい光を感じて、武は目を覚ました。くるまった毛布の中、まといつく微睡みが重たかったが、身に付いた習慣で身体を起こす。
 ぼんやりと目に映るのは、見慣れたはずの自分の部屋の光景。
 夢か───、などと一瞬思ってしまって、即座に思い切り首を振る。

 ───夢なんかじゃ、ない……ッ!

 たとえどんな夢よりも遠くにあっても、決して手の届かぬ彼方に去ってしまったとしても、あの世界は、あの戦いは現実だ。
 純夏、冥夜、委員長、たま、彩峰、美琴、伊隅大尉、速瀬中尉、涼宮中尉、柏木、まりもちゃん──神宮司軍曹。そして、彼女らと同じように人類の未来を信じて散っていった多くの将兵、偉大な先人達。
 夕呼先生、霞、涼宮、宗像中尉、風間少尉、月詠中尉、神代、巴、戎少尉、そして殿下。これからも、あの世界で人類の未来をつかむために戦っていくであろう多くの人達。
 オレは、みんなのことを、あの世界のことを決して忘れない。

 武は溢れる想いに目をうるませながら、それをこぼさぬように奥歯を噛みしめた。


「あ~、そういや学校行かなくちゃいけないんだよな」
 零れ落ちそうだった涙と胸のふるえをようやく治めてから、武は困ったように呟いた。
 もうこっちの勉強なんてまったくわからない。そろそろ三年も終わりだってのにこれからどうすりゃ。ていうか、そもそも適応できるのかな、オレ。まあ、またまりもちゃんに会えるのはすげー嬉しいけど。
 そんなことをつらつらと考えながら、思い出したようにふと時計を見る。
「って! もう8時過ぎてるじゃねーか! 純夏のやついったい───」
 思わず口にしたところで、 背中に猛烈な寒気が走った。

 冥夜がいない!?
 『あの』10月22日に帰ってきたはずなのに!!

 まさか……まさかまさかまさか!!
 あまりのいやな予感に吐きそうになりながら、武は部屋を飛び出して、階段を駆け下り、玄関へと走った。
 信じたくない考えに目を背けようとしながら、鍵を開けてドアノブに手をかける。
 しかし、実のところとうに確信していたのかもしれない。
 武のもう片方の手には、白陵柊の制服とゲームガイがしっかりと抱えられていた。



 ───そして

 外はやはり、見渡す限りの廃墟だった。



 愛する幼馴染の家を押しつぶす破壊された戦術機、撃震を前にして、武は声を嗄らして哭いた。
 かけがえのない仲間達が、数多の勇士が、命を燃やして掴んだはずの希望の未来。それが閉じた世界の歯車に巻き込まれ、こんなにもあっさりとゼロに還る。その理不尽さに絶叫した。

 わかっている。今までだって、何度も世界をゼロに巻き戻してきたはず。今回もその輪から抜け出すことができなかっただけ──そう武は考えようとした。

 ───でも違う!
 あの世界は、限りない絶望の果てにようやくつかんだ、かけがえのない世界だったんだ。
 それをつかみとるため、そしてオレを生かすために散らされたみんなの命、みんなの意思は、もうどうしようもないほどオレの一部だ。それが無意味だったなんて。しかもそうなったら『元の世界』は……。こんな訳のわからない展開でそんなこと───

「認められるかよおおおぉぉぉぉぉおおおぉぉおおォォォォ!!!!」

 その叫びは運命に対する怒り。
 胸に渦巻く憤怒の炎をすべて吐き出そうとするかのように、武は吼え続けた。
 精根尽き果てるようにしてその叫びが止まった後も、眦から涙がこぼれることはなかった。




「そう……だったな」

 絶叫が静まり、荒涼とした空気だけがその場に残ってからしばらくして───呟きが風に乗った。
「純夏、お前に約束したんだもんな。もう一度ループすることになったとしても、あきらめたりしないって。今度こそ、理想の未来をつかむためにがんばるって」
 言葉をつむぎながら武は立ち上がる。すでに、その瞳には不屈の輝きがよみがえっていた。

「純夏、お前やみんなの犠牲が無に還っちまったなんて、絶対許せねえ。でも、ここにオレが生きていて、みんなのことを覚えているなら、まだ全部終わっちまったわけじゃねーよな。この世界でこそ、必ず因果導体なんて運命ぶち壊してやる。もちろんBETAも根こそぎ地球から叩き出す。約束通り、すぐにこの世界の純夏に会いにいくから、見守っててくれよな」
 空を見上げてそれだけ言うと、武は制服に着替えて横浜基地へと歩き出した。

 まずは夕呼との対面だ。
 持てる情報と能力を示し、自らを駒でなく共犯者足り得ると認めさせねばならない。
 武は、また恩師と会えることをうれしく思いながらも、冷静に気持ちを引き締めた。








 第一章  新たなる旅人


 2001年10月22日


 国連太平洋方面第11軍横浜基地。

 記憶どおりの廃墟であった柊町を抜け、英霊達の眠る桜並木を登り、例によって大仰なレーダーにわずかな感慨を覚えながら、武はオルタネイティヴ4総本山の正門前にたどり着いた。
 ゲートには衛兵として歩兵が二人。これまた例によって、黒人と東洋系のあの二人だ。訓練兵の制服姿を見て、陽気に声をかけてくる。 
「外出していたのか? 物好きなやつだな。どこまで行っても廃墟だけだろうに」
「隊に戻るんだろう? 許可証と認識票を提示してくれ」

(ははっ、やっぱりあのときとおんなじだ)

 二ヶ月余り前に経験した通りのやり取りに、安堵を覚えながら言葉を返す。
「あー、すまないが、オレは許可証も認識票も持ってない。そういうわけで、ちょっと取次ぎを頼みたいんだが」
 とぼけた返答に、二人は即座に警戒を高め、小銃を構えた。
「動くな。両足を開いて両手を頭の上につけろ。ゆっくりだ。妙な真似はするな」
 武はおとなしく手を上げた。身体検査が終わるのを待って──ゲームガイは取り上げられたが──口を開く。

「改めて、香月博士に取次ぎを頼みたい。オレは白銀武。白銀武が純夏に会いに来た、と博士に伝えてくれないか。香月博士がらみのことは、どんな小さなことでも全部報告しろと命令を受けているだろう?」
 その言葉に二人は困惑の表情をみせたが、結局あきらめたように連絡をつけにいった。ややあって、『代われ』との言葉がかけられる。変わらず警戒されながら、武はゲート脇のボックスで通話機を手に取った。


『で、あんた誰?』

 耳を叩いたのは、ひどく不機嫌そうな声だった。普通の人間なら萎縮してしまうであろう、不穏な響きの詰問である。
 だが、それを受けた武はむしろ喜びに口元をゆるめた。艶よく響く低音は、紛れもなく香月夕呼の声だ。この頃は切羽詰ってるはずだしな、などと考えて、軽い調子で答えた。

「白銀武ですよ、夕呼先生」
『は? 先生? あたしは教え子なんか持った覚えないわよ?』
「オレにとっては尊敬する先生なんですよ。今までずっとそう呼んでたんで、その辺は勘弁してください」
『はあ?』
 呆れた空気の夕呼だったが、武はかまわず話を続けていく。

「連絡してもらったとおり、幼馴染の純夏に会いに来ました。今度は真っ先に会いに行くって、約束しちゃったんですよね。だから部屋まで通してもらえませんか」
 わけのわからない言動に──まあ、意図してやっているのだが──ますます呆れる、というかいぶかしむ様子の夕呼。だが、次の一言で空気が変わった。
「ついでにといいますか、4と5について有益な情報があります。4は行き詰まり、5はお空の上で大忙しでしょうから、聞いておいて損は無いと思いますが」
 通話越しにもあきらかな緊張が流れ、武はそこで言葉を切る。
 しばらく無言の間をあけて、夕呼が一転、冷たく硬質な声音で言った。

『あんた───シロガネタケルなのね』
 喰いついた! と内心喜びながら、武もキーワードで返す。
「解剖してシリンダーにでも入れますか?」
『───ッ! わかったわ、迎えをよこすからついていきなさい』

 一瞬の驚愕をにじませて、それを最後に通話は切られた。
 とりあえず以前よりは手早く話がまとまったが、もちろん本番はこれからだ。通話機を置き、武はあらためて気合を入れなおした。
 穏便に話がついたことで、衛兵たちも警戒を弛めたらしい。夕呼の言った迎えが来るまで、武は銃を下ろした彼らと話をした。陽気な二人とは馬が合い、短い間でもなかなかに話が弾んだ。
 そうして少しの間があって、迎えに現れたのはこれも見知った金髪の秘書官だった。






 数時間に及ぶ検査を経たのち、武は地下19階の夕呼の部屋───相変わらず散らかった書類まみれの執務室で、彼女と向かい合っていた。
 『前の世界』で別れたときと同じ、ブルーグレーの国連軍制服に白衣を羽織ったいつもの格好。しかし、その表情は全く違った。不審極まりない来訪者を前にして、やつれ気味の美貌を険しく固めている。
 その事実に複雑な想いを抱きながらも、武は自ら動くことはせず、向こうからの質問を待つ。
 双方そらすことのない視線の対峙がしばらくあったが、結局根負けしたように夕呼が口を開いた。

「───で、あんたは何者なわけ? どこまでオルタネイティヴ計画のことを知っているの? 望み通り二人っきりになってやったんだから、さっさと答えなさい」
 ほとんど敵意を含んだ詰問に、わずかな懐かしさを覚える。

「何度も言いましたが、オレは白銀武。先生に協力するために来ました。その見返りにいくつか頼みたいこともありますが……。オルタネイティヴ計画についてどれだけ知ってるかと言えば、ほぼすべてってとこですかね。もちろんオレは天才じゃないですから、理論についてはさっぱりですが。そのかわり、先生が知らないことについても、いくらかは知ってると思いますよ」
「ふ~ん、すべて、ね。じゃあ、何をどれだけ知ってるか、詳しく言ってみなさい」
 『白銀武』の名乗りには触れず、夕呼は試すように続きを促す。武は、まずは『特別』でないところからだな、と考え、「そうですね……」と口を開いた。



 この世界は現在、地球外起源生命体BETAによる侵略を受けている。
 火星から月、そして地球と、彼らの太陽系侵攻は止まることを知らず、今や人類はユーラシア大陸を失い、滅亡の危機にさらされていた。
 オルタネイティヴ計画とは、月面においてBETAとの敵対的接触が行われる以前、1966年から国連指揮下で秘密裏に開始された巨大計画の名称である。
 それは知的生命体と考えられるBETAとの意思疎通を図り、あるいはその生態、行動を研究し、様々な情報を収集することによって、悪化する一方の戦況を打開するための計画であり、戦争終結に繋がる決定的な打開策を見出すことこそ叶わなかったものの、人類が圧倒的な敵侵攻を遅滞し耐え抜く助けとなった、多くの成果を上げてきた。
 だが、そのオルタネイティヴ計画も第三次計画が1995年まで継続した後、追い詰められ困窮する人類の状況を象徴するかのように、世界各国の政治的対立を受けて、二つの計画に分裂する事態となってしまっていた。すなわち、予備計画として米国が主導するオルタネイティヴ5と、日本帝国の主導により今まさにこの横浜で行われている本計画、オルタネイティヴ4である。

 その二つ。まずは予備計画であるオルタネイティヴ5の地球脱出計画、その後に続くバビロン作戦についての話から始まって、本計画としてオルタネイティヴ3の成果を接収して開始されたオルタネイティヴ4についても、BETA相手の諜報活動というその目的、計画の焦点である00ユニット、その素体として集められたA-01部隊の存在などを、武はすらすらと並べ立てていく。
 気負いのないのは、この話が武にとってはあくまで小手調べにすぎないものであったからだが、聞いている夕呼は表情を硬くしていた。それも当然だろう。この時点ですでに、各国政府中枢の人間でもなければ知り得ないような情報が晒されていたのだから。
 ましてその上、明星作戦で横浜ハイヴから発見されたBETA捕虜の生き残り、鑑純夏のことまで詳細に知られており、「で、オレがその純夏の会いたがっている、幼馴染の白銀武ってわけです」と話を締められるに至っては、まさに絶句する思いだったことは想像に難くない。

 ここまでの話を聞いてどんな判断をしたのか、夕呼は視線を険しくし、懐に手を入れる。取り出した拳銃をまっすぐに武へと向けた。

「あらためて聞くわ。あなたが何者か、目的は何なのか。正直に答えなさい!」

 銃を突き付けられても、武は動じなかった。彼女が撃たないことはわかっている。力を抜いたまま穏やかに言う。
「ほんとに何度も言いますが、オレは白銀武本人ですよ。背後関係は何もありません。目的はオルタネイティヴ4の完遂とBETAの殲滅、人類の勝利。先生と同じだと思いますが」
「とても信じられないわね。あなたが反オルタネイティヴ派の工作員であるって方に、より信憑性を感じるんだけど?」

 ───『前回』はここで涙がこみ上げて、先生にくってかかったっけ。たしか半導体150億個の話を出したんだったな。

 嘲るような台詞に、かつての同じシチュエーションをしみじみと思い出す。
 今度は悲しみと怒りではなく、慕情がこみ上げて頬がゆるんだ。

「はは、こんなおかしな工作員がいるわけないでしょ。それより、そろそろ銃を下ろしませんか? 先生の腕じゃ撃っても当たらないでしょうけど、暴発とかしたらヤバいですから」
「……………………」
 しばらく無言で構えていた夕呼だったが、武の態度に脅しの無意味を悟ったか、あるいは腕が疲れたからか、意外にあっさり銃を机に置く。
 一瞬頬が赤くなったように見えたのは、素人だと見破られたからだろうか。肉体労働なんてバカにしてそうなのに、この人負けず嫌いだからなあ、などと聞かれたら怒りそうなことを武は考え、かすかに口元をゆるめた。そして、これからが正念場だと改めて心を据える。





「───じゃあそろそろ本題の、先生の知らない話に入ります」

 夕呼が銃を下ろすと、目の前の相手はそう言って、長い話になるからと着席を促してきた。今まさに銃口を向けられていたというのに、その様子には少しも怯んだところがない。
 夕呼はデスクに手を掛け、改めて不審な来訪者を睨め付けた。

 見た目はまだ若い───訓練兵の制服を着ていることもあるが、おそらく二十歳にもなっていないだろう。
 だが、ここまでの話は正真正銘最高機密のオンパレードであり、滅多な人間が知ることの出来るものではなかった。確かに諜報員や工作員としては不可解だったが、危険な人間であるのは間違いない。
 この男が名乗った『白銀武』という名前。計画の中枢たる『鑑純夏』に関わる存在として、その名前は知っていた。
 しかし、それが本名であるはずはない。計画の役に立つかもしれないと、その消息については調べさせてある。その名前を持った少年は、もうこの世にはいない。とっくに死んでいるはずの存在なのだ。
 正体不明の相手はなおも飄々と構え、こちらの動きを観察するようにしている。夕呼は息をついた。
 知らない話とやらを聞いてやろうと、執務椅子に座って足を組む。『白銀武』もまた、頷いて手近の椅子に腰を下ろす。
 そうして『本題』を切り出してきた。


「さっき、オレはオルタネイティヴ4完遂のために来たと言いました。ですが、このままだと第4計画はあと二ヶ月で打ち切りになります」
「───ッ! ……根拠は?」

 いきなりの断言に、夕呼は思わず息を呑んだ。
 彼女の進めるオルタネイティヴ4、第4計画の土台は、決して盤石のものとはいえない。次期計画たる第五計画派を始めとして、隙を見せれば即、足を掬おうとする勢力が数多くある。
 そんな中、計画の要たる00ユニットの研究が完成まであと一歩のところで行き詰まってしまっており、彼女は焦りを募らせていた。その急所を突かれたのだ。
 それでも、夕呼が動じたのは一瞬だけだった。わずか一呼吸で衝撃と苛立ちを呑み込み、冷静に先を促す。しかし、相手は更に爆弾を投じてきた。

「実際に体験したからです。今年のクリスマス、2001年12月24日にオルタネイティヴ4は打ち切られ、オルタネイティヴ5に移行しました」
 さすがに困惑を隠せなかった。呆気に取られているうちに話が続く。
「理由は簡単。オルタネイティヴ4は何の成果も残せなかったからです。それは───」

「ちょっと待って」
 夕呼はそこで言葉を遮った。
「つまり、あんたは……」

「ええ、オレは未来からきました」

 挟もうとした疑問を言い終えるまもなく、あっさりと答えがきた。普通なら与太話以外のなにものでもない話だが、彼女の因果律量子論に基づけば可能性は否定できない。
 夕呼がどう反応すべきか迷っていると、相手はその隙に、さらに突拍子も無い話を積み上げていった。

 自分が元は、『この世界』とよく似た、しかしBETAのいない世界で生まれたこと。
 平穏(?)な高校生活を送っていた最中、ある朝突然この世界で目覚めたこと。
 横浜基地に赴き、訓練兵となって衛士を目指したこと。
 この世界には、元の世界と同じ人間が違う役割をもって存在していたこと。
 そして二ヵ月後、基地司令からオルタネイティヴ4の打ち切りを告げられたこと。

「ちなみに、オルタネイティヴ計画のことを初めて知ったのはこの時です」
 そこで少し説明が止まった。反応を探るような相手の様子に、夕呼は呟く。
「つまり……あんたが『白銀武』ってわけね」
「そうです。『この世界』のオレはもう死んでますけど、オレは間違いなく、純夏が望んだ『白銀武』です」
 その解は、夕呼にとって納得し得るものだった。今までの情報に矛盾はなく、むしろ因果律量子論の仮説に当てはまる。
 過去、いや未来の自分が関わっているというのならば、彼女は答えを出したのだろうか。
 夕呼はそれを問おうとしたが、「ちょっと待って下さい」と遮られた。『白銀武』は先に話の続きを進めたいらしい。確かにその方が効率的だ。口にしかけた言葉を収め、聞くことにする。
 それは、彼女が失敗した後の史実だった。

 オルタネイティヴ4が打ち切られた後、夕呼ら計画の関係者は横浜から消えてしまった。
 しかし武たちはその後も基地に残り、国連軍の衛士として死にもの狂いで訓練を続けることになる。
 2年後、バーナード星系に向かって、地球を脱出した移民船団について。
 地球に残った人類が打って出た、G弾の大量運用による大反攻作戦。
 その後の記憶はおぼろげだが、気がつくと圧倒的な敗北感、喪失感とともに、再びこの世界の2001年10月22日に目覚めたこと。


「と、ここまででなにか質問は?」
 『一回目の世界』の説明を終えたところで、いったん話が止まった。
「ここまで、ってことはまだ続きがあるのね?」
「ええ、むしろこれからが本番です」
 そう言われて、ぐっと身構える夕呼だったが───

「ああ、忘れてました」
 ぽん、と手をたたいて武は話を変えた。思わず肩すかしをくらう。
「俺が持ってきた機械。ゲームガイっていう携帯用ゲーム機で、ただひとつ『元の世界』、俺が生まれた世界から持ち込んだ物です。この世界には存在し得ない代物でしょう?」

 そう言われて、夕呼は考え込んだ。
 確かにあの機械に使われている液晶技術は、この世界では考えられない高精度なものだった。
 もちろん開発することは不可能ではないが、すでに網膜投影技術が確立している以上、実用性の薄いそんな技術を巨額の予算と時間を費やして、しかも極秘裏に開発するなどまずありえない。そんな余裕は今の人類には無い。
 夕呼は唇を噛んだ。やはりこいつは───

 目の前の男が、自らの理論を体現する存在なのかと、ある種の戦慄に身を震わせる。
 押し黙る夕呼の様子に新たな質問がなさそうだと思ったのか、武は二度目の未来、『前の世界』のことを語り始めていた。

「細かく話していくとものすごく長くなるんで、とりあえず大筋だけまとめますけど───」

 そう前置いて武が話したのは、これから先、わずか二ヶ月間の物語。

 過去に遡った武が、未来を変えるために再び夕呼のもとを訪れたこと。
 夕呼の部下となり、未来情報を提供しながら衛士として戦ったこと。
 00ユニットが完成し、凄乃皇弐型を使って佐渡島ハイヴを落としたこと。
 そのわずか一週間後、桜花作戦が発令され、多大な犠牲を払いながらもオリジナルハイヴを落としたこと。
 そこで武は『この世界』を永遠に離れ『元の世界』へと帰ることになるはずだったが、なぜか今、みたびここにいること。


「───と、大体こんなところですね」
 淡々と語っていた武がそう言って話を締め、ようやく過去が『今』に追いついた。
 二ヶ月のこととはいえ詰めに詰めた話だったが、その中にあった重みは尋常ではない。聞き終えた夕呼は、自分の鼓動が高鳴っていることを意識していた。
 淡々とした口調に秘められた真実の重み。事実上違う世界のこととはいえ、自分は本懐を───少なくとも大きな一歩を踏み進めたのだ。
 まとまった話を終えた相手が、改めて質問はないかと待っている。夕呼は湧き上がる興奮を感じながら、しかし殊更冷静に思考を紡いだ。





「聞きたいことはありすぎるくらいあるけど───まず、『一回目の世界』では00ユニットは完成しなかったのに、『前の世界』では違ったのは何故? あなたは理論に関しては何も知らないと言ったはずだけど?」

 据わったような目をして考えに耽っていた夕呼が、おもむろにそう訊いてきた。
 『前の世界』の話については、我ながら少々端折りすぎたかと思った武だったが、さすがに天才のつっこみは的確だった。最重要ポイントだ。隠すつもりもない。
「先生は今、半導体150億個分の並列処理装置を手のひらサイズに出来ないって悩んでますよね。脳の人格データを数値化して移植する段階でつまづいてる、でしたっけ?」
 またも余人の知るはずがない情報を出されて、夕呼がわずかに口元を動かす。だが、もういちいち驚いてもいられないのだろう。無言で流し、話の続きを促してくる。
 しかし、武の次の言葉には、さすがに彼女も黙っていられなかった。

「その問題を解決するには、技術的なアプローチじゃ無理なんです。そもそも根本理論が間違ってるんですから」

「なんですってぇッ!!」
 思わず立ち上がって詰め寄る夕呼。
「あれが否定されるって、どういうことかわかってんの!? だいたい、あたしの理論が間違ってるってんなら、あんたの存在はどうなんのよ!!」
 今回はまだ初対面であるにもかかわらず、胸倉をつかんでガクガクと揺さぶってくる。

「落ち着いてくださいって。正確には間違ってるんじゃなくて古いんです。現在の技術で00ユニットを完成させるには、もっと進んだ、まったく新しい理論が必要なんですよ」
「どういうこと? あんたが考えたとか言ったらぶっ殺すわよ」

 ───うわ、向こうの先生とおんなじ台詞だよ。やっぱり同じ人なんだなあ。
 いかにも夕呼らしい物言いに苦笑しつつ、武は核心に入った。

「『元の世界』の夕呼先生が、オレの高校の物理教師だったってのは言いましたよね。理論を完成させたのは、そのあっちの先生です。だから数式を手に入れるためには、オレが『元の世界』へ行く必要があります。『一回目の世界』では、オルタネイティヴ4のことはまったく知らなかったから気がつかなかったんですよ」

 それを聞いて、夕呼は武をつかんでいた手を放した。少し考えて「なるほどね……」とつぶやく。
 さすがにピンときたようだ。
「わかったわ。すぐに世界転移の準備を整える。数式を回収してきたら、とりあえずあんたのことを信用してあげるわ。そういうわけで、先に聞いておきましょう。あんたの頼みごとってのは何?」


「ありがとうございます。じゃあまずはひとつ、これは頼みっていうかこっちからの提供でもあるんですけど、新しいOSを作ってほしいんです。戦術機の」
 その頼みを聞いて、夕呼は前回同様ひどくごねた。

 武は、この世界の衛士では決して発想できない、『元の世界』仕込みの自分の特異な機動制御技術が、BETAに対して非常に有効であること。
 その機動を誰でも出来るようにするコンボと、キャンセル、先行入力の概念。
 オルタネイティヴ4の産物である高性能並列処理装置を利用すれば、その概念を実用レベルで実現できること。
 XM3として実用化されたそのOSを使用した、207BやA-01の戦果。
 そのOSが普及すれば、衛士の死者は半分以下に減るだろうと評価されたこと。
 そして、そのOSの交渉のカードとしての有用性。
 それらを懇切丁寧に説明し、結果、後々シミュレーターで武の腕前を確認してから判断する、ということで決着した。


「二つめの頼みは、夕呼先生の庇護が欲しいってことです。知っての通り、この世界の白銀武はとうに死んでますから、先生に身分を用意してもらわないとどうにも動きようがありません」
 それなら簡単だ。少なくとも国連内部のことなら、夕呼の指示ひとつですぐにでも可能だ。
 しかし政府と城内省、特に城内省のデータ改竄となると、一朝一夕というような容易いことではない。
 夕呼がそう返すと、武は事も無く、という調子で答えた。
「冥夜についている斯衛、月詠さんたちのことですね。それなら問題ありません。前回もその前も怪しまれましたけど、そんなこと関係なくなるくらい彼女らから信頼を受けられるようになれば済む話です。その自信はありますし、月詠さんもおおごとにして騒ぎを起こしたりするほど馬鹿じゃありませんから」

 ───オレに冥夜を大事に思う気持ちがある限り、月詠さんは決して敵に回ったりしない。
 武は、『前の世界』で自分に頭を下げた月詠の姿を思い出し、その重さをかみ締める。

 武の言葉を聞いて納得したのかどうか、夕呼はその場で国連内部の白銀武の情報を改竄してしまった。


「あと欲しいのは地位ですね。まあどのみち先生の部下として働くことになるでしょうから、階級なんて飾りみたいなものですが───それでも、オレの大事な人たちをこの手で守るために、少しは足しにもなるでしょう」
 だから少しでも高い階級が欲しい、と言う武。
 これも横浜基地副司令にして実質的な最高責任者である夕呼なら、独断で何とでもなることだ。
 武のことが信用できてから───つまり数式を手に入れてから、という条件で夕呼は承諾した。



 そこまでは普通に交渉していた二人だったが、最後に、ということで武が発した頼みは、またも夕呼にとってG弾級の爆弾発言だった。

「オレを、『因果導体』でなくすために力を貸してください」 

 そう云って、武は説明を始めた。
 夕呼も関わるこの世界の過去、三年前の横浜を基点にした話を。


 まず語られたのは、1998年8月に起きたBETAの横浜侵攻。その際に、逃げ遅れた純夏と『この世界』の白銀武が彼らの捕虜になったことである。
 武は純夏の目の前で兵士級に食い殺され、残された純夏はBETAの手によって凄惨な陵辱、人体実験を受けた。
 実験の為に肉体を改造され、挙句の果てに快楽の為に不要と判断された部位はどんどん削り取られていき、ついには脳みそと脊髄だけの姿にされてしまう。
 そのような状態でも生かされ続け、自我崩壊の瀬戸際にありながら、ただ武への思いだけで彼女がながらえてきたこと。

 そして、1999年の明星作戦による横浜奪還。
 その際に投下された二発のG弾の爆発が、時空間に鋭い亀裂を作り、そこに反応炉が共鳴する。ハイヴに貯蔵されたG元素が消費されて莫大なエネルギーを生み、反応炉によって変換、増幅された純夏の思念、『タケルちゃんに会いたい』という強い意思がそれらの事象を統合して、今の武をこの世界に連れてくることになったということ。

 純夏の受けた仕打ちを語るのは断腸の思いだったが、そこまで話して武はいったん言葉を切り、夕呼を見つめる。
 苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「鑑純夏が何らかの実験を受けていたことはある程度わかっていたけど、そんなことまでされてたなんてね。やつら人間を生命体と認めてないくせに、なめた真似してくれるじゃない」
 夕呼のこめかみを震わせていたのは、BETAへの怒りか、あるいはひとりの少女への哀れみか。
 彼女の優しさを知る武は、それには触れずに頼みごとの説明を再開した。


 今の武は、『元の世界』と呼んでいる世界を含む、数多の世界の白銀武から集められた因果情報によって形作られた統合体であり、世界間の因果をつなぐ『因果導体』であること。
 その数多の世界の発生した分岐基点がまさに今日この日、2001年10月22日であり、それが重い因果情報となってこの世界の理を狂わせている───すなわち、武がやってきたこの日を起点とし、武の死を終点として、無限に確率分岐していくはずの世界が閉じてしまっていること。
 ループの際には、純夏の無意識の嫉妬心が武の恋愛がらみの記憶を削り取っており、おそらく武は覚えていないだけで『一回目の世界』を無数に繰り返しているはずだということ。
 ループからの解放条件は、武と純夏が結ばれることだということ。

「『前の世界』で純夏は00ユニットとなり、オレは純夏と結ばれました。そのときに純夏の無意識領域が解放され、あいつは全てを知ったんです。自分の嫉妬がみんなを苦しめていたと知り、そのせめてもの償いにと、あいつはオリジナルハイヴへ赴いて───そこで、死にました。甲21号作戦の後、佐渡島の残存BETAに横浜基地が襲われて、反応炉を破壊せざるを得ませんでしたから、もう自分が助からないことを知っていたんですよね」
 武にとってはわずかに二日前のことだ。その目蓋には彼女の死に顔が、その手には最期のぬくもりが、まだはっきりと残っている。

「純夏がオレをループさせる力を失い死んだことで、オレは『元の世界』に帰ることになるはずでした。みんなが命を擲った『この世界』でこれからも戦い、その果てに『この世界』で死にたいとオレは望みましたが、原因が消滅すれば結果もまた消滅すると……。純夏が死んだ次の日、オレはパラポジトロニウム光に包まれて───なのに、長い長い夢を見たような感覚の後、気がつけばまた今日に戻っていました」

 そこまで話して武が目を移すと、夕呼は情報処理中だった。その脳の中には、現在洪水のように情報や理論が渦巻いているのだろう。邪魔をしないようにと、武は一旦話を止める。
 数分後、ようやく戻ってきたらしい様子なのを確認して、再び口を開いた。


「『前の世界』で、オレは散々先生に利用されました。まあ、オレが甘ちゃんで利用されるぐらいしか能がなかったんだから自業自得ですが、おかげで地獄を見させてもらいましたよ」
 そう言って、これまで穏やかだった視線が、射抜くような鋭さになる。
 対峙する夕呼の視線も、また同様に鋭くなった。

「00ユニットとなった純夏に自我を取り戻させるために、先生は因果導体であるオレを『元の世界』へ戻す必要があった。そしてオレは、『元の世界』でまりもちゃんを死なせ、冥夜の記憶を失わせ、純夏に最悪の重傷を負わせました。挙句オレの持ち込んだ死の因果は、いずれあの世界で50億の人間を殺すことになるかもしれないと」
 さらに強くなった視線。しかし、夕呼は全く表情を変えなかった。
 それを当然と思って武は続ける。
「それを知らされたオレは、自分を因果導体でなくし、世界を再構成するために、向こうの夕呼先生の助けでこっちに戻ってきました───」

 拳をふるわせ、立ち上がる武。その声音には、必死の感情がありありと篭められていた。

「───まだ、手遅れじゃないかもしれない! あの世界を救うため、先生の力を貸してください!! オレの情報が真実なら、それだけの価値はあるでしょう? ついでにオレの命も先生に預けます。足りなきゃ好きなように使ってください!! オレが死んだらやり直しなんて世界、先生にとっても願い下げでしょう!?」

 初めて声を荒げて願う武。
 その気迫に気圧されたように、夕呼の言葉はわずかに詰まった。
「…………なぜ、そうまで言うの? あんたを利用して、あんたの世界を滅茶苦茶にしたのは、あたしなんでしょう」

「夕呼先生が───いえ、あなたが、オレなんかとは比べ物にならない地獄を歩んでいると知っているからです。そして、あなたの覚悟と優しさを、知っているからです」
 激情から一転して穏やかな声。真摯で優しく、そしてどこか悲痛な眼差し。
「何も感じなくなったら、感情を捨てたらBETAと同じだって、前の世界であなたに言われました───感情をコントロールして、決して道を誤るなと。あなたは誰よりも厳しく惨い道を選びながら、優しさを捨てることはない。人類のために、永劫苦しんでいく人です。だからオレはその力になりたい───頼みごととは別の話として」

「あんたみたいなガキに、本音をみせるようなあたしじゃないわよ。なんか勘違いしてるんじゃないの?」
「そうでもないと思いますよ。『前の世界』で、死に際に伊隅大尉が言ってました。あの人は計画の機密保持は徹底してるが、自分の感情を隠すのは案外下手だって。オレも大尉に同感です」

 二年間腹心を勤めてきた部下の名を出され、夕呼は虚を突かれたようだった。
 思い浮かべるように視線をさまよわせ、少しの間沈黙する。
 そうして、苦笑するように口の端をゆがめた。

「わかったわ、あなたという人間は信用してあげる。でも約束どおり、頼みごとを聞くのは数式を回収してあんたの情報が正しいって証明されてからよ」
「───! 霞に確認してくれましたか?」
 結論を出した夕呼に、武は勢い込んで聞く。夕呼の口から、今日幾度目かのため息が落ちた。

「はあ……やっぱりあの娘のことも知ってるわけね」
「そりゃ戦友ですから」

 社霞。オルタネイティヴ3で生み出された最高のリーディング能力者にして、数少ない実験体の生き残りである。
 当然最初からモニターされていると知っていたので聞いたのだが、結論を出した理由は違ったようだ。夕呼がきつく武を睨みつけた。 
「みくびらないでよね。今のあんたの目を見せられりゃ、信用できるかどうかなんて嫌でもわかるわよ。で、条件はそれでいいわけ?」

 ぶっきらぼうな言葉だったが、どうやら最低限の信用は得られたらしい。
 武は安堵してうなずき、手を差し出した。
 握り返されはしなかった。



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