『──── あぁ、良いだろう』
その瞬間、夕呼の頬がつり上がる。
アレにさえ乗っていなければ、中の人間などどうとでもなる。
仮に、中の人間が不死身の化物であろうと、交渉の余地はある。
「そう……なら、こちらから案内の兵を2人出すわ。後はその2人に……」
『案内は1人でかまわん。 それと……ここは横浜であっているな?』
「?……えぇ、ここは国連太平洋方面第11軍、横浜基地よ」
『そうか』
横浜の地名を知っている……とすると、やはり中に乗っているのは地球人か?
だがそれにしても、今この世界のどこを探しても、あれだけの機動兵器を作る技術などない。
(となると、やっぱり白銀みたいに別の世界から来ているか……それとも、地球を知っている異星人か……?)
断固として、『今現在の』技術で作られていると認めない夕呼であった。
†
「……さて、もう一度聞かせてもらおうかしら。 あんたいったい、何者なの?」
「……答える義務はないな」
「「……」」
かれこれ30分、この調子である。
アストラナガンの中で『何故かあった』士官用連邦軍制服(白基調)に着替えたイングラムは、そのまま案内としてよこされた女性に言われるままに、この地下の夕呼の部屋へと来た。
ちなみに、案内としてよこされた夕呼の右腕でもある秘書中尉は、戦々恐々とした面持ちで案内していったのを付け加えておく。
もちろん、自身の命が狙われていることも考慮に入れている。
いざとなれば、この地下施設を全壊してでも、アストラナガンを呼ぶつもりである。
そのアストラナガンも、現在は基地のど真ん中に直立状態 ──── 人工AIによる半自立状態であるため、兵士は誰一人として、近寄れないでいた。
さて、場面を戻してみると、相変わらず仏長面のイングラムと、こめかみに怒りマークを出し始めた夕呼が、相も変わらず相対している。
ちなみに、案内役であったイリーナ・ピアティフ中尉は、このにらみ合い開始5分後には、居たたまれなくなって部屋を退室している。
(……ここまで何も言わない男とはね……それにしても……っ!)
「アンタねぇ、いい加減なんか言ったらどうなのっ!?さっきから『答える義務はない』の一点張りじゃないの! 降りて話をするっつったのはアンタでしょ!」
「……それならば、自分から話すのが筋ではないのか? 俺は確かに降りて話すとは言ったが、貴様に言われたからそうしたのであって、俺から積極的に話があったわけではない」
「くっ……」
たしかに……確かに自分がそう言った。しかし……
(こいつ、絶対に折れるつもりはないわね……)
先ほどからのれんに腕押しのような問答に、さしもの夕呼にも疲れが見え、結果……
「……そうね。 アンタがこの世界の事を『全く知らない』という仮定で話すわ」
夕子自身が折れる羽目となった。
†
「───── という状態よ」
2時間後、そこには現行の技術レベルと世界状況を知り、納得したイングラムと、いちいち細かいことまで聞いてくるイングラムに対して科学者魂に火をつけてしまったのか、少々余計なことまで喋ってしま
ったことを後悔している夕呼の姿があった。
いや……あれは喋ってしまったというものではない。 喋らされてしまった、だ。
この男、見た目以上に話術が巧みである上に、持っている知識も膨大なものがある。
「なるほど。それで、貴様はその『オルタネイティブ4』の推進者であり、『オルタネイティブ5』には反対している……また『オルタネイティブ4』には日本……いや、日本帝国がスポンサーとしてついてい
る。 だが、当の国連を実質的に操っているアメリカからすればそれは面白くないことであり、4から5への移行を既に考えている……そんなところでいいんだな?」
「理解力が高くて助かるわ。それじゃあ今度はこちらからの質問よ。アンタ、いったい何者なの?」
「イングラム・プリスケンだ」
「……もしかしなくてもさぁ、あたしをおちょくってんの?」
「フッ……貴様ほどの知識があるのならば、俺の存在など大体の予想はついているのだろう?」
「……じゃあやっぱり、平行世界の存在、ってわけね」
2時間の解説の中で、うっかり語ってしまった因果律量子論。
質問が一切無かったか事から、もしかしたらこちらの知識もあるのかと思っていたが、こちらの想像以上にあるようだ。
おそらく、『この世界』にコイツの知り合いがいるか、もしくはこいつ自身が、白銀武の関係者であるか……だが、白銀がコイツの襲来を知らなかった以上、後者はハズレだと思った方が良い。
それに……と、目の前にある液晶に目を落とす。
隣の部屋には社を待機させているし、何かしら虚言があれば直ぐに……
「……いい加減、他人の『心』に干渉するのは止めてもらいたいのだがな」
「……なんの話?」
「とぼけるのは貴様の勝手だが、隣室からこちらに干渉させているのは貴様だろう?」
「なに、アンタってエスパー?」
「どう取ろうと自由だ」
「(まさか、コイツもESP能力かなんかあるのかしら?)……そう、気づいているのならいいわ。 社」
おそらく、この男相手に隠し事など無駄なのだろう。
そう評価をつけた上で、隣室に待機させていた社を部屋に入れさせる。
オルタネイティブ計画において作られた存在。 第6世代ESP能力発現体。
社 霞。
だが……
「……」
「……」
「……」
「……社?」
隣に声は聞こえているはずである。 しかし、肝心の社は部屋へと入ってこない。
何かあったか?
そう思い、目の前の男に一言言って、社の部屋へと通じるドアを開く。
「っ! 社っ!」
「……」
「……気を失ってるだけのようね」
「フッ……他人の『心象風景』が、必ずしも誰もが『見られる』ものではないと言うことだな」
「(コイツッ……!)」
思えば、先ほどの話の切り出し方もおかしかった。
ESPで心を覗かれていると分かるのであれば、気づいたその時点でこちらに言えばいい。
だがこの男、敢えて見られていると言うことに眼を瞑り、話を長引かせた上で社に『何か』を見せていたのだ。
おそらく、話を切り出したのも社からの干渉が途切れたからだということであろうが……
実際は受けていた念に近いものに対して、瞬間的に逆流の念を送っただけなのではあるが……
「……アンタ、本当に何者なの?」
「フッ……」
「……質問を変えるわ。 あの機動兵器、あなたが作ったの?」
「そうだ」
「へぇ~……で、あんなものを持ち出してここに来たのは何故かしら?」
「……強いていえば、借りを返しに来た」
「借り? 一体誰に?」
「……」
沈黙……この男、自分のことに関しては何も語ろうとはしない。
強大な力を持ちながらも、借りを返しに来た、と。
この男に借りを作ったのがどれほどの存在かは分からないが、おそらく、碌なものじゃないだろう。
───── この男の存在を利用するなど、所詮無理な話だったのか。
そう思っていたからこそ、この後に出てきた男の言葉には耳を疑った。
「──── まだ実機を詳しく見ていないから何とも言えんが、協力くらいはしよう」
「……はっ?」
「この世界の技術に、いくつか興味深いものがあった。 お前の研究も含めてだが、それらの提供の代償として、こちらも幾らかの技術提供と戦力を貸そう」
「……何を考えているかは知らないけど、アンタはそれで良いの?」
「言ったはずだ。 俺は借りを返しに来たのだと」
あんな化物機動兵器を作っておきながら、こちらの世界の技術に興味がある?
技術だけではない。 『アタシの』研究にも興味があると言っている。
……この男の思惑は、全くと言っていいほど読みとれなかった。
全く、この男に貸しなど作ったのはどれだけの化物なんだか……
だが、夕呼は知らない。
イングラムに貸しを作った集団は、全銀河系の中でも超弩級のお人好し先頭集団であることを……そして、それを『貸し』などと思っていないことも。
「……アンタにどんな思惑があるかは知らないけど、こちらとしては魅力的な提案ね。 それで、先ずこちらが提供すればいいのは何かしら?」
「フッ、話が早いな。 先ずは先ほどの機動兵器……戦術機、と言ったか。 あれらの設計図、ソフトとハード両面だ」
「技術としての提供ね。 あとは?」
「貴様の提唱する『因果律量子論』の情報。 この基地の地下にあるエネルギー源。 たしか『反応炉』だったか。 あとは、例のBETAに関するもの。 ……現状これだけあればいい」
「そうね……BETAに関しても、詳しい生体などはまだ分かってないわ。 反応炉に関しても同じよ」
「かまわん。 情報の整理はこちらでする」
「そっ。 なら早めに用意はするけど……アンタはどうするのよ?」
考えてみたら、この男に戸籍など存在しない。
それどころか、ここに来たことは世界中に……とりわけ帝国軍には大きく知らされているだろう。
別の世界から来た異邦人です……等と言って納得してもらえるならそれで良いだろうが、現実はそうもいかない。
たとえ日本語がこれほどまでに流暢だとしても、こいつの名前は少なくとも、日本人ではない。 名前だけではない、顔立ちからして、西洋人だ。
おそらく、今頃上には様々な方面からいろいろな情報が来ているとは思うが……
「アンタが良いのなら、一応ここの所属にすることもできるけど?」
これだけの知識と技術の固まり、他に横取りされるのだけはマズイ。
だからこそ、この提案を出した。
……いや、この提案にしても本来無意味だ。
コイツの持つ力を縛ることなど、もはや世界中を探したとしても見つかるまい。
あるとすれば、コイツの興味を引いているらしいアタシの論文くらいなのだが。
「───── 貴様が他の団体に対して説明、根回しがきちんとできるのであれば、それでもかまわん」
……訂正。
コイツを縛ることは確かにできない。
そもそもコイツは自分の興味がある分野にしか一切の目を向けないようだ。
「……なら一応、部屋を用意させておくわ。 あと表の機動兵器だけど……」
「アストラナガンだ」
「アストラナガン、ね。 一応ハンガーを空けておくから、そっちに入れておいてもらえる? 勿論、誰にも手出しはさせないわ」
「いいだろう」
話は一応纏まった。
コイツの思惑はどうでアレ、一応敵ではないらしい。 もっとも、味方と判断するにもまだ早計ではあるが……
一方のイングラムも夕呼の持論である『因果律量子論』には非常に興味をそそられた。
自分自身、おそらくこの理論を構成する事象の一部によって、今までユーゼス・ゴッツォなどゴッツォ家の存在に良いようにされてきた。
もし、この地でその理論解析ができれば……上手くいけば、永遠にゴッツォ家と運が切れるのだ。
そのためであれば、一切の協力を惜しまない。
自身に掛けられた、呪縛とも思える因縁から解き放たれる。 そう思っていた時だった。
(タケ……ちゃ……)
「ッ!?」
強いような、弱いような……よくわからない念が、自分自身へと届く。
目を前に向けるが、蒼銀の少女は、未だに意識を失っている。
(何かを求めるような念ではあったが……まさか、サイコドライバーか?)
サイコドライバー
それは、念動力、精神感応能力、透視能力、予知能力といった『神の頂に登ることのできる超能力者』とも言われる。
イングラム自身念動力者ではあるが、サイコドライバーほどの力は持たない。
だが、サイコドライバーの真価はそのような副次的なものではなく、もっと大きなもの。
すなわち、宇宙の記録とも言える『アカシックレコード』に干渉できることにある。
アカシックレコードに干渉すると言うことは、まさしく神の行為そのものであり、それ故に、イングラムも過去、サイコドライバーとしての素質があるものを鍛えてきた。
(まさか、リュウセイほどの念動力者が?……いや、ありえん話ではないか)
某かの平行世界である以上、この世界にリュウセイ・ダテという人物がいてもおかしくはないが、少なくとも旧西暦の時代である今の時期では期待薄であろう。
それでも、念動力者が存在していてもおかしくない。 ましてサイコドライバーともなれば稀少だ。
「───── えぇ、1室空けておいて。 後で連れて 「おい」 ……ちょっと待ってて。 なに?突然」
「この基地には、先ほどのような能力者は他にいるのか?」
「……能力者って、社のこと? それだったら、この基地にはいな……っ! ……なんでそんなことを?」
「先ほどのものとは違うものからの干渉……と言うほどのものではないが、声が聞こえたからな」
「へぇ……参考までに聞かせて欲しいんだけど、なんて言ってたの?」
「詳しくはわからん。 だが……人の名を呼んでいるようだったな。 たしか、たけ……」
「っ!」
一瞬変わった夕呼の顔を、イングラムは見逃さなかった。
おそらく、この施設にはまだ他に何かあるのだろう。 先ほど何も言わなかったことと今の表情から、これが『例の計画』絡みだと想像するのは容易かった。
「心当たりがある、と言った顔だな」
「……さぁ、どうかしら?」
「そこで眠っている少女から受けたものとは違っていたが……俺自身、僅かばかりだが心当たりがある干渉だった。 もしよければ、教えてくれないか?」
「……」
この言葉は、額縁通り受け取ってはならない。
『もし教えないと言うのなら、それなりに考えがある』
時々夕子自身が見せる腹黒い一面。 そんな一面のような顔で、イングラムは夕呼を見ていた。
もちろん、夕呼としてもこの男の持つ技術と戦力は惜しい。
さらに上手くいけば、この男の存在だけで、第5計画の連中を黙らせることができるかもしれないのだ。
「……いいわ。 隣の部屋だから、ついてきて」
別に、見せたところでどうにかなるものじゃない。
霞を横に寝かせると、ピアティフには後で来るように指示をして、イングラムを隣室へと案内した。
†
隣の部屋にあったものは、イングラムの想像以上のものだった。
「──── 2年前に、ここにあった横浜ハイブ攻略戦の際、ハイブ地下のホールで、ある物が発見された。 それは柱に繋がれたシリンダーであり、中にはごらんのように、人間の脳髄が保存されていたわ。
もっとも、ほとんどが死亡状態。 奇跡的に……と言っていいかは分からないけど、このシリンダーの中身からだけは、脳波が感じられたのよ」
「……」
「もっとも、これにしても反応炉がないと生存できていない状態ね。 もしアレが止まれば、この中身も、直ぐに死ぬわ」
「……」
「アンタが感じたのも、おそらく脳波が直接送り込んだ声でしょうね。 一応まだ生きてる状態……?」
反応がない。
そう思ってイングラムの様子をうかがったところで、夕呼は自分の目を見開いた。
そこにあったのは、ただひたすら何かを憎んでいるような、『憎悪』の表情。
夕呼には、それが何故かは分からない。 だがこの時のイングラム・プリスケンは、横浜基地を襲撃した時よりも、遥かに恐ろしかった。
当のイングラムにしても、これを見て最悪な思い出しかなかった。
かつてのバルマー戦役、エンジェル・ハイロゥと呼ばれる巨大要塞が建造された。
その中には数万人とも言えるサイキッカーたちがコールドスリープされており、その念の力の増幅によって、当時のSDF艦隊を窮地に陥れる……筈だった。
だが、落下したエンジェル・ハイロゥの中にあったのは、想像を絶するものだった。
確かに、サイキッカー達はいた。 いや、『一応』存在はしていた。
しかしその全てが『脳髄状態』という残忍な方法をとられており、その手段を選択したのは、他ならぬイングラムの憎むべき敵、ユーゼス・ゴッツォだった。
(まさか、奴が?……いや、ありえん。 地球がこのような惨状になっているのなら、好機とばかりに力を持つものを拉致するはずだ)
かといって、あの醜い生物たちが何かの意図を持ってやったとも考えにくい。
やはり、ユーゼス・ゴッツォが何かしら噛んでいる、そう思って行動した方が良いだろう。
それに……幸いこの者は、まだ死んではいない。
今は、それが分かれば十分だった。
そう思い、イングラムは踵を返す。
「……あら、もういいの?」
「あぁ……今後、また訪れるかもしれんがな」
「そう、まぁアンタとは技術面でもいろいろ教えてくれるみたいだし、この部屋までのパスは用意しておくわ」
「そうか」
そう言って、ふと足を止める。
さて、これからどうするか。
(……アストラナガンは、特に問題はない。 となると、あの戦術機とやらだが……)
実機が存在する以上、操縦訓練するためのシミュレータという物は当然存在する。
毎度毎度訓練の度に実機を動かされては、それこそ燃料代がバカにならない上、新人がいきなり実機を壊さないとも限らない。
「……あの戦術機とやらのシミュレータは、ここにあるのか?」
「? なに、みたいの?」
「技術を提供するにも、現行の技術レベルや操作体系が分かっていなければ、話にならんからな」
「……まぁ、それもそうね。 いいわ、ピアティフ……あんたをここまで連れてきた子に連れて行かせるから、部屋で待っておいて」
「わかった」
そう言って、もう一度脳髄の入ったシリンダーを見やると、今度こそ部屋を後にする。
そして、部屋には夕呼だけが残った。
もっとも、1人で考えたいこともあったのだが……
(社のリーディングに反応できる上に、鑑の声を聞いた……となると、あの男も00ユニットの被験体としては問題ない以上だけど……)
もちろん、リスクの方が多い。 と言うよりも、あの男相手にしらを切りながら被験体にするなど、ほぼ不可能だろう。
加えて、鑑を見た時の表情。
(怒り?……いえ、それ以上。 憎悪の表情だったわね。 ……でもBETAに対して、ってわけじゃなさそうだったし……)
あの男の過去に何かありそうではあるが、期待薄だろう。
結局技術は提供すると言ったが、アイツ本人に関しては『イングラム・プリスケン』と言う名前と、白銀武同様『因果律』に関連する存在であろうことしか解っていない。
「……まぁ今のところ敵ではないみたいだし、様子見ってところね」
今はまだ、結論を出すべき時期ではない。
幸い、白銀の経験通り事が進んでも、第5計画移行は早くて12月24日。
それまでにこちらが一定以上の成果を見せれば、第5計画移行は阻止できるし、アイツの知識が加われば、00ユニット開発も一気に進むだろう。 それに……
「……いざとなったら、アイツ自身をオルタネイティブⅣの成果の一部と公表すればいいしね」
だが、この時の夕呼はまだ知らない。
香月夕呼とイングラム・プリスケンの間にはある種の溝があること。
そしてそれ以上に、イングラム・プリスケンという男は、グランゾンのパイロット並みに、利用されるのが嫌いだと言うことを……
†
同日 シミュレーター施設前
「こちらが、戦術機のシミュレーターとなっています」
「ほぅ……それなりの作りのようだな」
現在シミュレーターの前にいるのは、イリーナ・ピアティフと99式強化装備を来ているイングラムの2人。
ちなみに、アストラナガンから香月博士のところまで案内しているから、一応一定の面識はある。
が、ピアティフにとって居心地の良い物ではない。
執務室に連れて行ったは良いものの、その後の壮絶なにらみ合いの空気に居たたまれなくなり逃走。
2時間後にシミュレーターまで案内するように言われたものの、道中イングラムは口を開くこともなく、ただジッと、自分の背中を見ていた。
もちろん、それが自身に向けられる好意や敵視の視線などとは思っていない。 思っていないが、あそこまでじっと見られると緊張するのが人間の性である。
結局、更衣室で着替えてくださいというまでピアティフも口を開くことができず、同時にイングラムも「わかった」の一言しか喋っていない。
「では、1号機の方へ搭乗してください。 搭乗後の指示はこちらでします」
「了解した」
シミュレーターに実際に乗るにあたり、イングラム自身にはいくつかの考えがあった。
1つは勿論、こちらの世界の機動兵器の水準を知るため。 これは主に武装や機動といったハードウェア的な分野を知ること。
2つ目は、インターフェースなど、技術分野にまたがることにはなるが、操作形態やOSなどのソフトウェア的な分野を知ること。
そして3つ目。 イングラムにとっては、これが一番気になることだった。
それは、T-Linkシステムを利用できるであろう人間、つまり『テレキネシスαパルス』を発生させうる人間を見つけること。
幸い、T-Linkシステムに関しては検知システムの構造も知っているため、直ぐにでも取りかかれば3日経たずして取り付けできる。
T-Linkシステムで『テレキネシスαパルス』を増幅してやれば、一定以上の危機察知能力を得ることができる上、念動兵器を使用することができる。
念動兵器開発が無理にしても、危機察知能力が高まると言うことは、それだけ事態に素早く反応できると言うことであり、強いては部隊単位での生存力がアップする。
「それでは先ず、戦術機特性検査を行ないます。 座っているだけで構いませんので、楽にしていてください」
『了解した』
なぜ、特性検査からしなくてはならないのか。
ピアティフは香月博士に指示された通り行なっただけではあるが、結果を見ていくうちに、やはり無用のものではないかと思えてくる。
出ている結果は、極めて冷静。 視覚でコックピット内の計器を見ながら、時折手を伸ばす。
全速力からの急停止にも一切の反応を見せず、BETAが出てきた瞬間に一瞬反応したが、それも本当に一瞬の出来事。
何か化物でも見るかのような視線をシミュレーターに向ける一方、イングラムは別のことを考えていた。
(揺れはたいしたことない……だが急制動時に揺れが大きいのは、慣性制御されていないためか? 動きも直線的なものが多い。 OSのみのせいというわけではないだろうが……)
その後、検査終了後には自由に動かして構わないと言われたのでその通りにするが、あまりの動作に言葉を失う。
(着地動作時などの硬直、関節負荷、子供だましのシミュレータ……話にならんな)
変更可能ヶ所は山積み。 今のところはOS,CPU,関節ジョイントにシミュレーターに手を加えるぐらいだろうか。
だが、得られたのは問題だけではない。
この網膜投影システムに関しては、称賛に値すると言っても良い。
これまでのパーソナルトルーパー(以後PT)や特機では、仮想タッチディスプレイが使用されていた。
これならば確かに、コックピット内のスペースを節約できるが、結局はそちらの方へと視線を移さなければ見ることはできない。
反対にこの網膜投影システムは、自身の網膜へとダイレクトに情報が伝わる。 故に、PT等に比べるとよそ見をする必要性は皆無である。
逆に99式強化装備に関しては、どちらとも言えない。
強化装備にこれまでのデータを蓄積することができると言うことは、機体が大破したとしても、パイロットさえ無事ならおろし立ての機体でも問題ないと言うことになる。
だが逆に、緊急事態が発生した時にこれがなければ、データの反映されないまっさらな戦術機に乗ると言うことになる。
ちなみにPTなどは、機体にデータを蓄積させた上で、帰還時に毎回データのバックアップを取っている。
このデータは容易に通信でやりとりできる上、そもそもPTに使用されているTC-OS ── タクティカル・サイバネティクス-オペレーティング・システム ── には、モーションパターンが豊富に存在する。
つまり、何も持っていない状態で新品に乗ろうが、直ぐに癖がデータ化されてしまうほどに、操作が容易となっている。
(取り敢えずは、TC-OS,TGCジョイント,シミュレータ改造と言ったところか。 T-Linkシステム試験機設置も、そう難しくないようだしな。 TGCジョイントは……重力制御は誤魔化しておけば良かろう)
かくして、科学者としてのイングラム・プリスケンは動き出す。
戦術機強化プラン。 この強化計画は、後に『ハロウィン・プラン』と呼ばれる。
──────────────────
作者です。
リアルの方が忙しかったため再プレイすることがなかなかできず、4ヶ月が経ってしまいました。
ここまで遅くなってしまったこと、深くお詫び申し上げます。
因みに、オルタを再プレイしようと思ったところ、エクストラとアンリミのデータが残っていたので、先ずはそちらをやってます。
……AFのバレーしたさに先にAFを攻略したのは内緒(ぁ