転移完了から、おおよそ1時間。場所は月を挟んで、地球の反対側。
自身の置かれた状況を大体理解したところで、次なる疑問へと思考を向ける。
「……人間とは異なる炭素系生命体か」
精神的嫌悪感を感じるその醜悪な姿に、思わず眉をひそめる。
地球にも、月と大差ないような構造物が多数存在する。おそらく、同一のモノと見て間違いないだろう。
「─── この様子ならば、既に月はこの生命体の支配地域と言うことか」
元々は人間の施設もあったのであろうが、既にその痕跡はない。
小さな宇宙ステーションがいくつか存在していることから、人類が宇宙進出していることも間違いあるまい。
「……」
どうするか決めかねたその時、突如アラームが鳴り響く。
ふと目をそちらにやれば、今にも襲いかかってくる、といった風の存在が腕?を振り上げている。
瞬時に念動フィールドを展開し、接触によるエネルギー消耗率をみる。
……前提条件に『フィールドを破られない』と考えているからの選択ではあったが。
「フィールド消耗率1.3%。宇宙怪獣より多少弱い程度か」
だが、これではっきりした。
あれは、まごうかたなきアストラナガンの敵だ。
「……地球周辺の衛星の数から考えても、戦略兵装の使用は控えるべきか」
アレが人類、また自身の敵というのは分かったが、敵の敵が味方とは限らない。
この世界にとって、イングラム・プリスケンと言う男とアストラナガンという兵器は、間違いなく異分子である。
インフィニティーシリンダーなど使おうものなら、最悪月が『存在しなかったもの』となってしまう。アキシオン・キャノンに関しても同じ事が言えるだろう。
加えて、アトラクター・シャワー。
これは多弾頭型重力散弾と呼ばれるミサイルの一種ではあるが、爆心地を中心に数十メートル規模の超重力圏を発生させ、効果範囲内全てのものを圧壊させる。
月に対するダメージは先の2兵装ほどではないが、強力な重力異常が起るため、地球側に察知される可能性が高い。
となると、自ずと戦闘方法は見えてくる。
ガン・ファミリアで敵を牽制し、T-LINKフェザー、フォトンライフルで周辺掃討。
近づいてきた敵をZ・Oソードで薙ぎ払う。
インフィニティー・シリンダーとアキシオン・キャノンは極力使用するわけにはいかないが……深度が深くなれば、低出力ならば問題なかろう。
単純且つ一連の流れ作業。敵対象スペックに未だ不明な点は多いが、乗るは愛機、アストラナガン。
「ちょうど良いサンプル集めだ……」
主の声に反応したのか、漆黒の堕天使はその翼から大量のゾル・オリハルコニウムを噴出させ、月面構造物 ─── 月面ハイヴ モニュメント ─── を目掛けて疾駆した。
†
「行け、ガン・ファミリア」
ダミー・ファミリアを介し、無線誘導兵器であるガン・ファミリアが宙間を走り、銃撃が敵に殺到する。
今のところダミー・ファミリアは効果を上げているが、一部敵対象には、些か効きが悪いことがある。
おそらく硬度の問題なのだろうが、炭素生命体がそれほどの甲殻を得ることが可能なのだろうか。
「……組成成分を高温圧縮してダイアモンド系結晶化、層間も共有結合させて更に硬度を上げているか。フフフ……」
ここまで硬度にのみ特化した装甲……この場合甲殻と言った方が正しいだろうが、結局はそれすら、実弾兵器を利用しないアストラナガンにとっては脅威ですらない。
唯一フィールド防御である念動フィールドにある程度干渉できる攻撃を持ってしても、そう易々と破られるようなフィールド防御ではない。
……もっとも、敵ユニットのあまりの数に、月面降下直後にT-LINKフェザーを一帯に斉射。月面にいた対象の殆どを屠っている。
ズフィルード・クリスタルには遠く及ばないが、そこそこの強度を誇る装甲。
無限に湧き出てくるのではないかと思えるほどの、大量人海戦術。
そして、様々な個体に別れた種族。
何より、イングラムに興味を持たせたのは、一部の敵を屠った後に出てくる妙な物体だ。
「トロニウム、と言うわけではないが……これがあの内燃機関燃料か……?とすると、こいつらの存在は……」
ただの炭素生命体、と言うわけではあるまい。
おそらくは、何者かによって創造された人造生命体のなれの果て……または、何かしらの目的を持って作られた作業機械。
「……潜ってみるか」
スキャン結果、最大深度は2000メートル近く。
その最下層に、高エネルギー反応が感じられる。
「製造プラント、補給用エネルギー備蓄倉庫、施設運用エネルギー炉……まぁそんなところだろが、利用しない手はあるまい」
幸い、地下へと続く縦穴は大きい。
ここは月の裏側。加えて地下に入る直前。
「……爆発エネルギーを下部に集中させれば、例え地球からでも観測されることは無かろう」
そう、これはあくまでこの世界における兵装テストだ。
決して、決してチマチマと潜るのが面倒というわけではない。
「さぁ、虚空の彼方へ消え去れ……」
出力を絞り、ダークマターで構成されるアキシオンを目標へと打ち出す。
着弾したアキシオンは周辺にワームホールを開き、隔壁素材、炭素生命体共々巨大重力圏 ── グレートアトラクター ── へと落とし込む。
発生したワームホールは一方通行というわけではないが、よほどのエネルギーを持っていない限り、ワームホールに落ちた先から、再度ワームホールをくぐって戻ることはできない。
戦略兵器アキシオン・キャノンによって作られた穴は、結果的に500メートルほどを掘るに至った。
「ふん……この程度か」
周辺に散らばる『元』生命体を一瞥し、イングラムは更に歩を進めた……
†
「……ここが、最深部か」
そこにあったのは、巨大なエネルギー装置。
おそらくは、先ほどの種族に搭載されていた燃料と同じものなのだろうが、規模はその比ではない。
だが……
「……ブラックホールエンジン程度か」
物騒なことをいう男である。
因みにブラックホールエンジンとは、重力フィールド内に発生させたマイクロブラックホールから得られる重力エネルギーを、動力などの変換する装置である。
ブラックホール自体が超重力を発生させる天体のようなものであるため作ることはできるが、暴走すれば周辺数キロから数十キロを消滅させる危険極まりない代物である。
故に、これが破壊の際にどのような反応をするかは分からないが、真っ正面から破壊すれば大惨事になるであろう事は簡単に推測できる。
「──── 回れ、インフィニティー・シリンダー」
ならば、『存在しなかったこと』にすればいい。
ティプラー・シリンダーの出力を、限界まで絞る。
もし絞りきることができなければ、周辺の岩盤ごと消滅、もしくは大崩落するのは必至。
未だかつてしたことのない、『最低限界出力』でのインフィニティー・シリンダー発射。
今後のためにも、今この場において地球側に知らせる必要性など無いし、余計な面倒事を自分から作る趣味はない。
そして何より……こいつらは気にくわない。精神的にも、視覚作用的にも、そして存在そのものが。
アストラナガンの腕が胸の前で開かれ、神々しいまでの光が輪形円に4つの十字を描く。
うまく出力調整できているのだろう。翼から噴出されるゾル・オルハルコニウムはほとんど無い。
「時を遡り、無に帰するのだ……デッド・エンド・シュート!」
もはや口癖となった、デッド・エンド・シュートの掛声と共に、十字の光が反応炉へと向かう。
光は目標到達前に10の中性子星を発生させ、その後目標の周辺を高速回転する。
発生した中性子星は、質量がおおよそ太陽程度のもの。
これらを高速回転── 光の速さに近い ──させることでその中心部の因果律を破り、過去を遡らせ、『存在していない』時間にまで戻す。
タイムマシンの理論の1つではあるが、過去限定である上に『未だ存在する』時間で止めることなどできない。
そうこうしている内にも反応炉は過去回帰 ──── 見た目は虫食いのように消滅していくものだが、だんだんと姿を減らしていき……そして、その姿を消した。
すると、今までアストラナガンの背後に殺到していた ──── と言ってもイナーシャルキャンセラーによって一定距離にすら近づけていなかったのだが ─── BETAの動きが変わった。
我先にと逃げ出すように、月面へと向けて殺到し始めたのである。
「ふん。どうやらこのエネルギー炉を失うと逃げ出す……と言うよりも、他に似た構造の方へ身を寄せる、と言った方が正しいか。──── どうやら、連中にとっては大事であるものの、他に同種のエネル
ギー炉が存在すれば、問題ないという訳か」
言うなれば、代替の効くもの。
ある程度の打撃を連中に与えることはできたのだろうが、未だ無数にあるこの構造物。
1つ潰したところで焼け石に水である。
「……月ごと消滅させれば楽だが ──── 今はまだ、その時ではない。地球の生態系に及ぼす影響を考えると、そう簡単に取れる選択ではないか」
地球上の生命は、全てとはいわないがその殆どのものが、月と地球の相互引力に依存している部分がある。
ウミガメや珊瑚の産卵などが、その典型例としてあげられるだろう。
「……何にせよ、現在の地球に対する侵略者のおおよそは掴めた。あとは、地球人どもとどうコンタクトを取るかだが……」
今まで機動兵器を直接は持ち込まず、身分を偽って軍に潜入。
その後自分にとって必要な機体開発計画を立てた上で、その成果を利用する……それが普通だったし、それだけのことをする余裕があった。
だが、今回はどうだろうか。
今まではまだ、ある程度人型機動兵器が開発されていたため新型兵器の立案もやり安かった。
しかし今の世界を見る限り、それだけのことを望むのは酷かもしれない。
周辺宙域どこを見渡してもコロニーなど大型居住区は無いし、それだけの宇宙開発技術があるかどうかが不明。
もっとも、先ほど接敵した生命体に全てやられたということは否定できないが……
「──── ここで考えても無駄だな。……取り敢えず、伊豆へと向かうか」
先ほど地球をスキャンした時、ユーラシア大陸はともかくアフリカ、南北アメリカ、オーストラリア、そして日本は比較的文明の痕跡が深く残っていた。
わざわざ遠くに着陸して歩くなどということは面倒である上、どうせアストラナガンを見られたところで、化物がもう1機来た程度で済むだろう。
特に考えずに、自分自身に最も馴染みの深い『伊豆』の名前が出たのは、別にイングラムには一切の問題点はない。
ただあるとすれば、それは運命の悪戯だろう。
伊豆の直ぐ近くに、『横浜』があるという、悪戯……
───── 後書き ─────────────
はい。結構むちゃくちゃな設定です。
フォトンライフルは粒子系バルカン……光学バルカンということにしました。
ハイヴの反応炉に関してもブラックホールエンジンとか……実際の出力が分からないので、トロニウムエンジンでも良かったので合うが、物騒な名前レベルということでこちらにしました。
はい。次はいよいよ夕呼先生との対面です。
イングラム少佐は腹芸は……まぁ、探り合い、化かし合いなら得意でしょう。
問題は、少佐が何年何月何日にこの地に来たのか、後は武に対してどんな印象を抱くか。
頑張って、冷静ながらもお茶目な少佐を書けるよう、努力する次第であります!