幾多の棺桶が地に置かれている。その中には空のものもあった。敵に食われて死体すら残らなかったのだ。
棺桶の前には武装した将兵が整列し、MS部隊も整列している。
先の遭遇戦における戦死者たちを弔う為だ。
粛々と暗い葬送曲が流され、兵たちの中から嗚咽が漏れる。それでも悲しみをかみ殺して毅然と振舞おうとする者もいる。
壇上で基地司令のギニアス・サハリン少将が弔辞を述べる。
「遠く故郷を離れ。まさに天変地異によって我々はこの異郷の地に放り込まれた。諸君らを襲った災厄はそれだけではなかった。連邦でも、ゲリラでもない。醜悪で理不尽な化けだった!」
そこでギニアスは言葉を切った。こぼれかけた怒りと悲しみを押さえ込むように宙を仰ぐ。押さえ切れない感情の奔流が涙となって零れ落ちる。
「だが諸君は負けなかった! 混乱を打ち払い、己の義務を全うした。私は諸君を誇りに思う」
思い出すのは、赤い髪の女性。思い出すのは彼女の笑顔…。
全ての兵士が黙って彼を見つめていた。
「遠き異郷にて散った公国の英霊に、敬礼!」
広大な地下空洞に敬礼の号令が響き渡る。
その場に居た全軍が一糸乱れぬ見事さで完璧な敬礼を返した。揃えた軍靴の踵が一つの音を奏でる。
傍らのノリスが穏やかな笑みを浮かべて呟いた。
「ギニアス様、ご立派になられまして…」
男の顔は、抑えきれぬ涙に濡れていた。
ギニアスの声にあわせ、マ・クベのギャンはビームサーベルを顔の前にかざす。斬込隊の全機がそれに習う。その仕草はまるで中世の騎士を思わせた。
抜刀敬礼(宇宙世紀以前の古代軍隊所作では『捧げ刀』と言う)は複雑なマニュピレーター操作を求める高等技術(基地防衛隊のパイロットで、号令に合わせてこれが出来るのはノリスとヴィットマンのみ)である。それを一糸乱れぬ動きで斬込隊の各機体が行う様はある種壮観だった。ちなみに白薔薇中隊と黒騎士中隊は『捧げ銃』をしており、これも高等技術の一つである。
第600機動降下猟兵大隊の精鋭が芸術的な操縦技術を披露するのを横目に見つつ、マ・クベは思考の海に潜っていた。
あの、光る柱の中で出会ったもの…彼が我々を此処に呼び寄せたのか?
少年の最後の願いに、彼は答えなかった。どう答えるべきか、いまだに答えは出ない。
「やれやれ、難儀なものだな。自分の心と言うのは…」
《隊長》
メルダースから秘匿回線が入る。
「どうした? 今は葬儀の途中だぞ…」
《申し訳ありません。ですが、あれを見つけてから隊長は変です。やはり気になるのですか? ウラガン大尉も心配されてました。斬込隊の連中もです》
マ・クベは深くため息を着いた。部下に心中を心配されるようでは、指揮官とは言えない。
「…すまんな。だが、私は大丈夫だ。それよりメルダース、捕虜の連中の尋問はどうなった?」
捕虜の連中とはあのカプセルを発見した部屋で遭遇した謎のMSのパイロットだ。
全員、捕獲して、独房の中に入れられている。そう言えば、バウアーも化け物の腹の中で同じような奴を発見したと言っていた。
《それなんですが、大佐が直々にやると…》
「大佐自らか…まあ状況を考えれば当然か」
《護衛としてバウアー少佐と白中隊のヘイヘ少尉が着くそうです》
マクベは怪訝そうな顔になった。
「シモ・ヘイヘ? 確か彼は狙撃手のはずだが…」
《ご存じないですか? ヘイヘ少尉はサブマシンガンのほうも得意なんですよ》
「そうか…。言われてみれば、近づかれたり、とっさの戦闘も多々あるわけだからな」
《ええ、その通りです。MSに載っても個人の技能を生かせる場合は多々あります。隊長の空間機動フェンシング(宇宙世紀に流行ったスポーツの一種。重力下・無重力下の両方で、個人用のブースターを装着して行う実戦的なフェンシング。基本的なルールはフェンシングと変わらないが、より動きに幅がある。士官学校のカリキュラムの一つでもある。)と同じですよ》
通信が切れた。マクベはシートに深く腰をかけて、宙を見つめた。コクピットの装甲を抜け、燐光を放つ天蓋すらも越えた先に、宇宙(ソラ)が広がっている…。不思議とそんな確信があった。
薄暗い部屋。小さな机をはさんで二人の男が向かい合っていた。
部屋の入り口には銃を持った男が、無表情に佇んでいる。見慣れない型だが、恐らく短機関銃だろう…。
「…つまり貴様らの部隊は、通信が不安定な状態にあり。IFF(敵味方識別信号)が確認しにくい状態にあり。そこへ突如遭遇した我が軍の機体に、動転した兵士が攻撃してしまったと?」
黙って話を聞いていた目の前の男が、事務的な調子で話し出す。
「そ、そのとおりであります」
答えながら、衛士の男はまるで自分がどこか別の世界に迷い込んだような気がしていた。
目の前の妙な違和感のある英語で話す男はヨアヒム・パイパー大佐と名乗った。着ているのは国連軍のものではない灰色詰襟の軍服。一見ドイツ系だが、妙な違和感を感じる。
一番妙なのはケチの付き初めになった謎の戦術機だ。
思い出して寒気がした。闇に光る単眼、中世の騎士を思わせる黒い機影、そして、光る長刀、一瞬にして自分の部隊を全滅させる姿はBETAよりもおそろしかった。
だが、あんな機体は見たことが無い。と言うか設計思想から技術体系そのものが違うような気さえする。まるで宇宙人だ。
「あ、大佐殿。自分は、どうなるのでしょうか…」
愚にも付かない質問をする。こちらの過失でフレンドリーファイヤを行ったことは明白だ。その責任は問われるだろう。運が悪ければ銃殺だって在りうる。
パイパー大佐がニヤリと笑った。
「安心しろ。今回の事で貴様が責めを受けることは無い。状況が状況であるし、我々の方も少々手荒い対応をしたからな」
「は! ありがとうございます」
どうやら、相殺と言うことらしい。パイパー大佐は話を続けた。
「貴様らの引渡しは交渉が済み次第行う。それまでは、少々窮屈だろうが基地内に軟禁する」
「…あの、大佐殿」
「何だ?」
「自分の部下たちは…」
最後まで言う前に、大佐が遮る。
「全員無事だ。もっとも男女二部屋で窮屈な思いはしているだろうがな」
この言葉を聞いて、思わず泣きそうになった。味方誤射をしたのに、これほど丁寧な扱い(現在の国連軍では男女の部屋を分けるなどめったにしない) を受けるとは思わなかったのだ。
退室するパイパー大佐たちの背中を見ながら、得体は知れないが少なくともアメ公よりゃよっぽどましだ。と一人呟いた。
尋問部屋から出ると、バウアーがたまりかねたように噴出した。
「しかし真っ青になってましたな大佐」
「ほどほどにしておけバウアー」
たしなめるパイパー大佐だが、顔は笑っている。口を割らせる手間が大幅に省けたのだ、
笑いたくもなる。
「こちらのことは悟らせていないな」
「ええ、彼らのMSやあの化け物ども…BETAとか言いましたか、それについての質問は精神鑑定を擬装しました」
バウアーとパイパー大佐が交代で尋問に当たり、必要な情報を引き出したのである。
ぺらぺら質問に答えてくれるのは、笑いが止まらないのだが…。同時に笑えない状況であることも証明された。マ・クベの捕獲した捕虜を尋問した結果判明した事実は到底信じられないものだった。
いわく、この世界が宇宙世紀どころか旧世紀の1999年であり、人類は外宇宙から侵攻してきた生命体によって壊滅の一途にあると…。
話だけを聞けば到底信じられるものではないのだが、宇宙生物に関してはもうたっぷりと実物を見ているし上に、彼らのMS内に残っていたデータで彼らが嘘を言ってないことは確認できた。
捕獲した機体を解析したところ、技術体系から設計思想までまったく異なるものだったという報告も来ている。
機動性はザクより遥かに高いが、それ以外の武装や機体剛性、装甲といった基礎的技術が必要とされる部分はザクには遠く及ばない。
だがそれは当然のことだ。なにしろ110年以上も時代がかけ離れている。この時代で二足歩行兵器がある事自体が異常であり、生体工学や医療などの一部の分野はむしろ宇宙世紀より優れているほどだった。
それほどまでに、追い詰められていると言うことなのだろう……。
これからの身の振り方を考えねばならんな、とパイパー大佐は心中、ため息をついた。
「ところでバウアー少佐。此処の技術ならば、貴様の目も何とかなるかもしれないな」
ふとバウアーの眼帯に目を向けた。正確に言うとその下にある機械式の義眼にだ。宇宙世紀の整形技術は基本的には機械式である。生体工学によって義手や義眼などは機械式の部品でまかなわれる。だが、この世界では遺伝子工学で培養された生体部品を移植することが出来るらしい。これは宇宙世紀にすら無い技術だ。
「かもしれません。が、自分はこの目を結構気に入っているんです」
そう言って、バウアーが眼帯をなでた。第一次降下作戦の折にもらった傷。それは彼と共に戦い、先に散った戦友たちとの思い出でもあった。
「畜生!」
孝之は鳴り続ける照射警報に悪態をついた。
《孝之! 大丈夫か!!》
エレメントを組んでいる平慎二少尉から通信が入る。
「要撃級からもらった一発で主機がいかれたらしい。出力が、上がらねぇ!」
突撃級を前面に要撃級や戦車級の大軍が迫ってくる。フレームが歪んだのか、ベイルアウト(緊急射出装置)も作動しない。
「慎二! 俺のことは良いから後退しろ!!」
《馬鹿野郎!! 涼宮さんも、速瀬もお前のことを待ってるんだ! 簡単にあきらめてんじゃねぇっ!!》
慎二の不知火が孝之の後ろに回る。
《孝之! ブーストジャンプだ!!》
「…すまん!」
機体が浮き上がった。孝之も自分の不知火のブースターを全開にする。
BETAの大軍から距離が開き始める。
逃げられるかもしれない、そう思った瞬間だった。機体ががくん、と失速する。機関停止を知らせる警報が鳴り響く
「クソ! 主機が止まりやがった」
予備電源に切り替える。音声通信で慎二に呼びかけた。
「慎二、俺の機体はだめだ! …頼む! お前だけでも逃げてくれ!!」
音声通信の向こうで、慎二は困ったように笑った。
《速瀬によ、頼まれたんだ。孝之をお願い、てな》
通信機の向こうから響くのは、聞きなれた警報音。
「照射警報!? 慎二! だめだ! やめろぉぉぉ!!」
そうか、こいつは速瀬のことが……
《答えてやれよ、二人の気持ちに………》
「慎二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
視界が真っ黒になる。孝之の目に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だった。
「目が覚めたようだな」
片目に眼帯をした男が、驚いたような顔でこちらを見ている。灰色詰襟の軍服を着たがっしりとした男で、精悍な顔つきだ。
「ここは?…あの、あなたは一体……」
男は寝台の前にある椅子に腰掛け、どこか聞きなれない感じの英語で答えた。
「私は第600機動降下猟兵大隊黒騎士中隊隊長エルンスト・フォン・バウアー少佐だ。ここは当基地の病院区画だ…」
――― アプサラス開発基地 病院区画
数少ない病室を当てられ、寝台の青年はかなり恐縮しているようだった。
バウアーが救出したこともあり、彼の尋問はバウアーが受け持つことになっていた。
「それで貴様の所属は?」
傍目から見ても緊張していることが見て取れる。
緊張するのも当然だろう。何せ、佐官と一対一で向き合っているのだ。護衛のヘイヘ少尉は病室の外で待機している。
「は! 国連軍第11軍所属、鳴海孝之少尉であります!!」
「部隊名を言わんのは、言えんからか?」
孝之は心底申しなさそうな顔をすると、言いづらそうに口を開いた。
「は、あの、申し訳ありません少佐殿…。その質問には…お答えできません」
どうやら特殊部隊所属らしい。マ・クベが捕獲してきた連中と機体の仕様が少々異なったのはそのせいだろう。特殊部隊の構成員はその所属から階級までの一切を秘匿せねばならない。
軍人として負い目を感じる必要は無いのだが、命の恩人に隠し事をしなければならないことに引け目を感じているのだろう。
「いや、良い。我々も事情は似たようなものだ。事情は分る」
バウアーは鷹揚に応じつつ、内心、感心していた。
なるほど…。これが、極東の美徳と言う奴か……。
特殊部隊の一員としての覚悟が足りない、と言えばそれまでなのだが、そう切り捨てる気にもならない。
嫌いじゃないのだ、こういう連中は…。
「……今度はイタ公抜きでやらないか」
「は?」
「いや、なんでもない。もう一度確認するが現在は1999年のジャパンの横浜なんだな?」
「ええ、その通りです」
「そして、BETAと呼ばれる外宇宙起源の生命体と戦争状態にあると…」
先に尋問した捕虜と証言に食い違いが無いことを確かめる。
「異常はないな…。ありがとう鳴海少尉。ゆっくり休んでくれ。それと君の病室には一応見張りをつける。理由は言わなくても分るな」
「はい!」
パイパーの敬礼に孝之が答える。ヘイヘが病室の扉を開けた。
去り際にバウアーが振り返った。
「ところで少尉。ハルヒとミツキと言うのは思い人か?」
「はぁ!?」
寝台の上で鳴海少尉が思いっきりこける。なかなか器用な男だ。
「遥と水月です! 確かにポニーテールは個人的に嫌いじゃないですけど…」
「何の事だ? しかし俺が言うのもなんだが、二股はあまり薦められんな」
立ち直りかけた鳴海少尉がまたこけた
「何でそんな話になるんですか!?」
「貴様がうわ言で何度も叫んでいたのだ」
鳴海少尉の顔が真っ赤になる。
バウアーは、意外と扱いやすい性格だな、と笑った。
ノックの音がして、病室の外に居たヘイヘが入ってきた。
「バウアー少佐」
「どうした? ヘイヘ」
ヘイヘが鳴海少尉をちらりと見る。
「お客さんです」
バウアーがにやりと笑った。
「喜べ鳴海少尉。お迎えが来たらしい」
後書き
12/18誤字脱字を修正しました。ご指摘くださったシレモノ様、どうもありがとうございました。
最近、資料として小林源文先生の本(黒騎士物語シリーズ、炎の騎士・鋼鉄の死神など)を何冊か買いました。いや~やっぱり小林先生の本はカッコいいです。皆様も機会がありましたらぜひ読んでみてください。
さて、さっさとA-01の方々に遭遇させるはずが、意外と時間が掛かってます。ああ、物を投げないでください。次は出しますから許して…。
君が望む永遠の小説版も読んだんですが、…暗いですね。友達が「ゲームやったら人間不信になりかけた」と言っていたのが良くわかりました。
物語中に出てきた「機動フェンシング」はオリジナルです。宇宙世紀になり個人用ブースターや無重力と言う環境に適応したスタイルがあってもおかしくないなと思いまして…。
シャアもアムロと剣で遣り合うシーンがあったので独自解釈で造っちゃいましたw
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