第三章 悪夢
――― 宇宙世紀 0079 10月
拠点攻撃用MA「アプサラス」大気圏外から一気に連邦軍防空網を突破し、高火力によってジャブローへ直接攻撃をかける。ギニアス率いる開発チームが紆余曲折の末、組み上げた試作1号機が、今まさに起動されようとしていた。MSをはるかに超える大質量を浮かせなおかつ高機動を得るためには通常のバーニアでは不可能である。そのうえで着目したのがミノフスキー粒子の磁場帯を形成する性質である。進行方向側の一方のコイルに連続的な磁場(スイッチを入れる操作)を発生させて、相対する反進行方向側の他方のコイルに断続的な磁場(スイッチの入り切りの繰り返し操作)を発生させる。断続的な磁場が相対する連続的な磁場に反発を繰り返す事により、断続的な推進力を生じさせるというものだ。
この技術は史上初のMAとも言われるアッザムにおいて既に実用化されている。アッザムが高火力と機動力による移動砲台(アッザムはほかに前線指揮所という特色も持っていた)という性質を持っていたことを鑑みれは、その性質をさらに特化させたアプサラスはアッザムの後継機とも言えるだろう。
今回の目的は機動性を確保するための機関の起動実験であった。
ギニアスはダブデの艦橋でその起動実験を見守っていた。新毛な表情でアプサラスの機体をじっと見据えていた。ともすれば睨みつけるような顔に、ノリスはできるだけ穏やかな調子で声をかけた。
「ギニアス様、あまり根を詰めすぎるとお体にさわります」
「そうだったな・・・アプサラスが完成すれば、戦局を変えることが出来る。そのことを考えていた」
顔に疲労混じりの笑みを浮かべながらギニアスは言った。その顔に刻まれた疲労の色は必ずしも肉体的なものだけではないのだろう。
この年若い主が背負う重責は負い続けるべき価値のあるものなのだろうか。
「サハリン家の復興でありますか?」
「ああ、そうだ。おっと、時間だな」
ギニアスは懐から薬を取り出すと、水と共に飲み下した。僅かに顔をしかめながら、薬を懐にしまう。宇宙放射線病の症状を和らげるだけの薬。
父親の死、母の裏切り、家の復興、そして病。運命はどれだけこの青年の肩に、重石を載せ続けるのであろうか。
「こんな体では、前線で武勲を立ててと言うわけにはいくまい?」
ギニアスが自嘲気味に顔を歪める。深い陰のあるその笑顔に、ノリスはいつとて己の無力を痛感するのだ。
幼い頃からサハリン家という重責を背負わされてきたギニアス。妹をかばって宇宙放射線に侵され、それでも妹を憎むという道に逃げ込まなかった少年は、今なお兄として妹を愛している。それだけで、十分ではなかろうか。この方に必要なのはこんな鉄の鳥かごではなく、妹と共にすごす平穏な時間なのではないか。そう思ったことは幾度もあった。しかし、そうするにはギニアスはサハリン家の長兄と言うものにあまりに囚われすぎている。そしておそらくは自分も・・・・・・。
サハリン家に仕える者として、自分にできることはこの方の傍らで支え続けることなのだ。
「サハリン家の復興は、私の責務だからな」
そう言って、ギニアアスがまた陰のある笑みを浮かべた。その陰の中にあるのは諦観か、それとも苦痛か、おそらくはその両方であろう。
だが、それをあえて留め立てしないのは、それだけでないことを知っているからだ。
「…アイナ様のためですか」
ノリスの言葉を受けて、ギニアスの表情が一瞬固まる。
「他に・・・何も遺してやれないからな」
ため息混じりに、そう呟いたギニアスの目ははるか宇宙の彼方にいるであろう妹を見ていた。
サハリン家の復興。ギニアスが倒れればその重責をアイナが担うことになる。たとえ死の床で彼が「家のことは忘れろ」と言っても、ギニアスの遺志を継ごうとするだろう。
彼の妹であるアイナ・サハリンは優しい娘だ。そんな彼女がギニアスに負い目を感じていることもノリスには良く分かっていた。
ギニアスが憎しみと愛情の狭間で揺れ動いていることも、彼には良く分かっていたのだ。なんと言っても、ノリス・パッカードはサハリン家を見守り続けてきたのだから。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言となった主従の間に、けたたましい警笛の音が響き渡った。ついに起動実験がスタートしたのだ。巨大なジェネレーターがうなりを上げる。基地内に駆動音が反響し、内壁を揺らす。オペレーターたちがせわしなく出力と伝導率を読み上げていく。
いつしか、上がり続けていく数値を二人はかたずを飲みながら見守っていた。やがて、読み上げた数値が予定の出力を超える。巨大な質量が空中へと浮き上がった。
「成功だ!」
技術者たちが歓声を上げ、互いに抱きしめあう。ギニアスが少しほっとしたような貌で微笑えんだ。
「やったな、ノリス。あと少しだ」
弱々しい笑み、自分の命の灯も同じく消えかけていると言わんばかりの自嘲。
(サハリン家の再興。それのみが、この方の夢…。だが、それが終わってしまえばどうなるのか? 夢さえ果たしてしまえば、己の命に未練など無いのではないか・・・・・・)
そんな考えが、ノリスの頭をよぎる。今の情熱はまるで、消えかけのロウソクが最後に大きく燃え盛るのによく似ている。
だが、どれほど歪んでいようと、いや歪んでいるからこそ己の死処を探す男の行き方を無碍に否定することはできなかった。
「ギニアス様…」
深いため息をついて、ノリスは目の前のMAを見た。鉄の小山のようなそれが、まるで綿毛のようにふわふわと中空に浮かんでいる。
「諸君、実験は成功だ。機関を停止せよ」
ダブデの艦橋からギニアスが指示する。巨大なMAがゆっくりと元いた場所へと着地する。内壁に反響していた機関の産声は徐々に小さくなり、やがて止まった。
だが、内壁のゆれは収まらなかった。それどころか徐々に大きくなっていくように感じる。
凄まじいゆれに机の上の書類がバサバサと落ちる。よろけたギニアスを支えながら、ノリスは咄嗟に艦橋の手すりにつかまった。
地下空間であるがゆえに、地震の恐怖は大きい。ましてやスペースノイドにとって地震などほとんど馴染みがない。艦橋内は既にパニック一歩手前の状況になっている。 腹のそこから湧き上がってくる恐怖を押さえつけながら、ノリスパッカードは狼狽するオペレーターに向かって大声でどなった。
「外部作業員を退避させろ! こいつは大きいぞ!!」
地下空間をシェイクするような激震が基地を襲ったのは、その直後の事だった。
――― そして地獄の扉は開かれた。
気がつけば、揺れは収まっていた。
「おい、外」
誰かが口にした言葉に導かれて視線を外にやると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「どこだ・・・ここは」
奇妙に広大な空間だった。地下であることは間違いない。しかし、先ほどよりも格段に天涯と壁は遠い。そして奇妙な燐光を放つ床が広がり。
壁面も壁も同じような薄青い光を放っている。
「どうやらゆれは収まったようだな。総員警戒配備」
根拠のない不安がノリスの心にのしかかっていた。
それにしても此処は何処なのだろうか。酷く気味が悪い。地震のショックから立ち直った部隊が続々とMSを起動させる。どうやら、通信機に異常は無いらしい。
「ん? な、なんだ!?」
「どうした?」
ダブデのソナー手が怪訝そうな顔をしている。神妙な顔でヘッドホンに手をやると、あわてて外した。
「地中に音源! まっすぐこっちに来ます!!」
「地中だと!? 総員戦闘配置!」
ノリスが警戒警報を出させたその瞬間に、それは現れた。
これまで見たことも聞いたことも内容な巨大な物体だった。まるで小さなコロニーを思わせるような円筒形は、その全貌が入りきらぬ程の巨体である。
正面には削岩機のように並んだ歯があり、生々しい動きが機械の類でないことを、瞬時に悟らせた。
《こちら第6MS小隊なんですかアレは!?》
《敵ですか! 敵なら攻撃の許可を!!》
《一体、なんだってんだよ!? ちくしょぉぉぉぉぉ!!》
《落ち着け! 第9中隊、集結しろ!!》
通信機から次々に慌しい声が聞こえてくる。恐慌状態一歩手前だ。ノリスが兵を治めようとすると、ギニアスが虚ろな表情で言った。
「ノリス。後は任せるぞ。私はアプサラスを見てくる」
一瞬、舌打ちをしそうになったが、何とかこらえた。止めるまもななく出て行かれてしまったが、今の状況で外に出るのはまずい。だが、現状を放って追いかけるわけにも行かなかった。こんな状況で頭が上手く働かないのだろう。ギニアスは技術者であり、こういう危機管理は自分の仕事だ。通信機の前に立つと、兵たちを一喝した。
「貴様ら! いつまで呆けとるか! 私の命令を忘れたのか? 総員戦闘配置! アレが何であろうと撃滅できるようにせよ!! 私もグフで出る」
そう言って艦長へ砲撃の準備と防衛陣形を取るよう命令すると、ノリスは格納庫へと向かった。途中、警備兵の一個小隊を捕まえて、ギニアスを警護するよう命令する。
格納庫へ着くと既に乗機の準備は整っており、ハッチからコクピットへ滑り込む。
《ノリス大佐! 敵の地下鉄もどきが中からなにやらわけの分らないものを吐き出しています。あれは、あれは、化け物……》
ノイズ交じりで割り込んできた通信が、途中で途切れる。
「どうした応答しろ!」
《クソ! 化け物がぁぁぁ!!》
返ってきたのは重い金属音とパイロットの悲鳴だった。オープン回線のためか同様の悲鳴がいくつも入ってくる。
ノリスは操縦座席の手すりに拳を打ち付けた
「ええい、出遅れたか!」
核融合炉が唸りをあげ、うつろだった単眼に灯がともった。ぐだぐだと自省している暇はない。
固定されていたガトリングシールドを外し、格納庫の扉が開くのを確認すると、艦橋に向けて回線をつないだ。
「 B3グフ、出撃する!!」
《ご武運を!》
オペレーターの声を聞きながら、ノリスはフットバーを蹴った。なれた振動が体を揺らす。
地下空間に新たな地響きを巻き起こしながら、蒼鬼は戦場へと繰り出した。
銃火が薄暗い地下照らし、爆発と破壊されたMSの残骸が、かがり火のようにかしこに見える。
まさしく戦場の風景だ。こみ上げる燥焦とももに湧き上がる感情には覚えがあった。
「猛っているのか・・・。新兵でもあるまいに」
自嘲気味につぶやきながら、なお男の顔には笑みが浮かんでいた。
アプサラスは奇跡的に傷ひとつなった。あれほど激しい地震であったのに、これも神の悪戯かとギニアスはほっと一息ついた。
「機体は放置しても構わん。 起動データだけはなんとしても回収するのだ!」
アプサラスにとりついて作業中の技術者たちに、ギニアスの声が飛ぶ。皆の顔には一様に焦りが浮かんでいた。
アプサラスさえ無事なら何とかなる。そんな根拠の無い考えが、彼を支配していた。この状況を打開し、戦局すら打開し、サハリン家を復興させうるのだ。
そんな根拠のない核心がギニアスの心を占拠していた。
だから、こんなところで失ってはならない。守り通さねばならない。
「急げ! このアプサラスさえあれば…」
そこまで言って、ギニアスは言葉に詰まった。熱に浮かされいたようだった頭から、すーっと血が降りていくような気がした。冷静さを取り戻したギニアスは、不意にアプサラスを見た。
アプサラスがあればなんだというのだろうか。この奇妙で理解しがたい状況で、この機体があったところで何が変わると言うのだろう。
何より、あの妙な化物を前にして生き残ることが先決であるというのに。
( 一体、私は何をしているのだ)
自嘲じみた言葉が頭をよぎる。ギニアスは呆然とした表情でその場に立ち尽くした。もうなにも考えられなかった。
これからのことも、今のこともほとんどがどうでもいいとさえ思った。
「ぎ、ギニアス司令!」
後ろからかけられた声に、反射的に振り向く
目に映ったそれは、およそ珍妙な生き物だった。
白い巨躯、小さな目、肥大した頭部、芋虫のような節足、その体を作り出す全てのものが、生理的嫌悪感をかきたてる。
その生き物は大人が赤子を抱くように整備兵の一人を持ち上げると、躊躇無く両腕を引き抜いた。
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
悲鳴を上げながら地面に転がる整備兵がまるで作り物のように見える。両腕のあった場所から断続的に血を吹き出させながら、イモムシのようにのたうちまわることしかできない。
それは目の前でおきているのにも関わらず、どこか現実感の欠如した光景。振り向いた化け物と目が合う。
空っぽな目だ。悪意のかけらも無いような、思考すら持ち合わせていないような目。
気づけばギニアスは懐のリヴォルバーを抜いていた。
「なんだ貴様は…」
引き金を引く。銃弾が白い肌を穿ち、体液でしみをつける。
「なんなのだ貴様は…」
その醜悪な顔を少しでも破壊する為に、ギニアスは引き金を引き続けた。化け物がわずかによろめく。手の中の拳銃がカチリと撃鉄の音を響かせる。…弾切れだ。
白い醜悪な顔をその血でさらに醜悪にしながら、ユックリと迫る化け物。弾の切れた拳銃をギニアスはしっかり相手に向けた。
(そうか…。私は・・・しぬのか。こんなところで・・・死ぬのか)
あと1発弾丸があればどうというものではない。だが、それでもこの引き金を引かずにはおれなかった。
あたかもたまが入っているかの如く撃鉄を起こし、引き金に指をかけ狙いを付ける。
「醜いな・・・最後の景色にしては」
引き攣りながらも笑みを浮かべて、ギニアス引き金を引いた。
カチリッと虚しく聞こえる撃鉄の音より先に、その醜悪な顔が火線に引き裂かれる。一瞬のうちに蜂の巣にされた芋虫人形が地面に転がった。
「ご無事ですか! ギニアス司令」
声のほうに視線を向けると、警備兵の一団が銃を構えていた。銃口から硝煙が立ち上っているところを見ると、発泡したのは彼らであろう。
小隊長らしき男がほっとしような顔をして、ギニアスに敬礼をした。
「第7警備小隊のマイヤー少尉であります! ノリス大佐の命令でギニアス司令を護衛します」
あまりのことに呆然とするギニアス。マイヤーは一分隊に技術者たちをシェルターへと誘導するよう命じる。きびきびとした口調でギニアスに話しかけた。
「ギニアス司令、前線司令部のダブデまでお送りいたします!」
「あ、ああ」
その時、一人の兵士が声を上げた
「隊長!」
マイヤー少尉が兵士の方を見る。緊迫した表情で兵士は何かを指差している。
「敵です!」
遠方から先の芋虫もどきと二本足の象のような化け物が走ってくる。ギニアスはマイヤーのかすかな舌打ちを聞いた。
「サラ・オストシュタット伍長! ここは俺たちが時間を稼ぐ! ギニアス司令をダブデまで護衛しろ!」
マイヤーが赤い髪の女性兵士に命令する。女性兵士は短く敬礼を返すと、ギニアスのほうへ振り向いた。
「了解です! 司令、こちらへ」
ギニアスは女性兵士に促され、その後に従った。キビキビと歩く後姿を見つめながら兵士たちを残していくことに、後ろめたさを感じていた。
そんなことは初めての経験だった。
「よかったんですか?」
遠ざかっていく二人のを見ながら、年配の軍曹が言う。敵の数は多く、その動きは俊敏だ。マイヤーは軍曹に向かってニヤリと笑うと、全ての隊員に聞こえるように言った。
せめて司令官だけでも逃がさなければならない。運がよければ技術者たちを送っていった分隊と合流できるかもしれない。まあ難しそうではあるが。
「ああ、戦場で死ぬのは男の特権だからな」
くだらない軽口を叩きながら小銃を構え、走ってくる象の眉間に照準を合わせた。直後に凄まじい銃撃と怒号が当たりにこだました。
基地内に侵入した敵を迂回しながら進んだので、ダブデへの道のりは予想外に遠かった。
「行きましょう」
「すまんな」
発作がおさまったギニアスにサラが肩を貸した。男であるギニアスとしては女性に肩を借りるなど情けないことこの上ないのだが、サラの方はまったく気にしている様子は無い。短く束ねられた赤い髪が時折手に触れる。化粧毛のない横顔はそれでもあどけなさを残しつつ若い魅力に溢れている。
なんだか、気まずくなってギニアスは適当な話題を振った。
「なぜ、軍に志願したんだ? いや、答えたくなければ、答えなくていい」
サラは少し考え込むと、やがて話し始めた。
「自分は幼い頃に里子に出されました。連邦の経済制裁で自分を養えなくなったからです」
淡々と語るサラの表情は諦観と悲しさの入り混じったものだった。兄弟と生き別れたこと、食糧不足で餓死した一番下の弟。
成長した先で里親が暴動に巻き込まれてなくなったこと。女衒に売られる前に軍隊へ志願したたこと。
「すまない。その、なんと言ったらいいのか」
ギニアスが気まずそうな顔をすると、サラは困ったように笑った。
「良いんです。軍に志願したのは、ただ待っているのが嫌だったからです。ですから、自分はこの基地に配属されたことを誇りに思っております。司令はこの戦争を終わらせる気なのでしょう? 今日のアプサラスを見たら、それも不可能じゃないって気がします」
どこか誇らしげにサラが笑う。その目は本当に期待していた絶望の中に一縷の希望を見る人間の目だ。それはかつて幼いアイナがギニアスに対して向けた目だった。
そして、自分の傍らに有り続けたノリスが時折うかべる色だった。
この目を守りたくて、この目が嬉しくて、裏切りたくなくて・・・・・・。
だから、ギニアスは重責を担うことを覚悟したのだ。
「…ああ」
サラの顔をまともに見れなかった。いったいどれほどの兵士たちが自分に同じような目を向けていたのだろうか。この状況にあって初めてギニアスは気づいた。自分がずっと一人で背負い続けていると思っていたものが、そうではなかったことに。アプラス開発は決して一人でやっていたものではなかった。
ノリスが居て、部下たちが居て、妹のアイナも宇宙でテストパイロットを引き受けてくれている。そうやって支えられて、助けられて自分はいまここにたっているのだ。
(私はなんと愚かだったのだ・・・・・・)
「ギニアス司令!」
何かを言おうと思った瞬間に、ギニアスはいきなり突き飛ばされた。地面に転がりながら、とっさに突き飛ばしたほうを振り返る。
目に入ってきたのは二本足の象もどき。その鼻のような腕がサラの細い首をつかんだ。
時間がやけにユックリと流れるように感じた。
「やめろ・・・」
なぜ、どうして、状況を理解する前に次の展開がギニアスの頭に浮かんだ。
サラと視線が交わる。彼女はほっとしような、泣き笑いのような、そんな顔をしていた。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
白い腕の筋肉が瞬間的に収斂し、女の細い首を引き抜いた。一瞬、硬直した体が地面に崩れ落ちる。ちぎられた首の断面から鼓動に合わせて血が噴出す。
「あ、ああ、あああああぁぁぁ……」
象もどきが、まるでボールのようにサラの首を放り投げた。ずれたヘルメットからこぼれた赤い髪が広がりながら、地面を転がる。
彼女の髪と血の赤が絡まりながら地面に広がる。その表情は先ほどのまま凍りついたようだった。地面に転がった首をギニアスは呆然と見つめた。
二本足の象もどきが迫ってくる。赤い髪と紅い血、そしてその先にはサラが持っていた小銃。訓練していない自分の腕ではあの俊敏な怪物に当てられないかもしれない。 そんなことはどうでもよかった。
銃の感触は、久々に手にしたそれは少し重かった。伸びてくる白い手。それは迫り来る死の具現だ。しかし、その時のギニアスにとっては無意味だった。ただ相手を殺しうる武器がこの手にあることを彼は感謝した。
数分後、小隊の生き残りと共にザクタンクに乗ったマイヤーが見たものは、白い化物の死骸とサラの首を抱えて泣き崩れるギニアスの姿だった。
『それらはあまりにも醜悪で、その数は多かった』
それらを始めて見たダブデの艦橋要員は後にこう語ったと言う。
「戦線を崩すな! 貴様らも見たとおり、撃てば死ぬのだ!!」
ノリスはオープン回線で激を飛ばした。初期の混乱で失われた機体はザク3小隊、少ないとは言いがたい被害だが、絶望的というほどではない。
皮肉なことに前線の兵士たちの恐怖を紛らわしたのもまた醜悪な敵の群れであった。数こそ多いものの奴らはひどくもろい。
ザクがの放つ120mm弾は数発でタコもどきを行動不能にし、バズーカの成形炸薬弾は一撃でアルマジロのような化物を甲殻ごと吹き飛ばす。
連邦のMSに比べれば、戦略もなしにただ突っ込んでくるだけだ。遮蔽物の少ない地下空洞において彼らを守るのはその肉体のみ。主力口径である120mm弾は醜悪な蛋白質の塊を破壊するには十分な破壊力を持っていることを実証した。
最初の衝突による混乱から立ち直ったMS部隊は単射で弾を温存しつつ、敵を確実に撃破している。
それでも、油断は出来ない。おし返せているの敵の前衛のみである。 後方にそびえ立つクモを思わせる高足の敵は120mmもはじかれてしまう。壁のように立ちふさがり、弾をさえぎる。ザクキャノンの180mmによって牽制されては居るが、このままではいずれ突破されるだろう。
《ノリス・パッカード大佐でありますか!!》
通信機から、しゃがれた声が聞こえてくる。1機のドムがB3グフの傍らに止まった。
《自分は、基地防衛隊第9MS中隊隊長、ミハイル・ヴィットマン大尉であります》
「ヴィットマン大尉、ザクキャノンを展開させたのは貴様の指示か」
《はい! 敵部隊の急展開と司令部が混乱状態にあったと判断し、自分の責任で展開させました!!》
「いい判断だ、大尉。ご苦労だった。しかし、酷い声だな」
《は! 前線の維持に少々手間取りました》
傍らのドムはすでに泥と体液で、汚れ放題になっている。バズーカはたまが切れたのか、120mmマシンガンを装備している。
第9中隊はドム2小隊で編成された部隊で、中隊というよりは増強小隊といったところだ。
混乱する司令部を当てにせず、周りの部隊をまとめて応戦していたのだろう。突然の状況変化で前線が崩壊しなかったのは、この男のおかげだ。
「もう一つ手間をかけたいのだが、かまわんか大尉」
《何なりとお命じください! 大佐殿!!》
武人よな、と口の中でつぶやいてノリスはにやりとした。こういう男を彼は嫌いではない。回線を全部隊にオープンにする。
「全部隊に告ぐ! 敵の正体は現時点では不明である!! しかし、何であろうと撃てば死ぬことだけは分っている! 銃身が焼け尽きるまで撃ち続けよ! 第9中隊は私に続け! 敵の高足を殺るぞ!!」
《了解! 中隊全機、パンツァーカイル陣形突っ込むぞ!!》
ノリスのB3グフを追い抜かすように6機のドムが楔形陣形を作る。重MSで防御力の高いドムは熱核ジェットによって高い機動性を誇る。ノリスのB3グフはエース用にチューンされた機体ではあるが、スラスターやジェネレーターの出力は新型機であるドムのほうが若干高い。
「これ以上出遅れてはおれんな…」
B3グフのスラスターに点火する。天蓋ぎりぎりまでジャンプして高足の背に着地すると頭部に向けて75mmガトリングを撃ちまくった。
肉片と血しぶきが飛び散らせながら、オレンジ色の火線が巨大な頭部がずたずたにしていく。
頭部を蜂の巣にされた高足が下に居た化け物どもを押し潰しながら崩れ落ちる。
「ひとぉぉぉぉつ!」
叫びながら、崩れ落ちる高足から飛び立ち、直ぐに別の固体へ向かう。立ちふさがる六足やタコもどきには75mm砲弾を土産に地獄へお引取り願う。
銃身が回転するたびに赤い肉を飛び散らせながら、まるで赤い絨毯のように化物どもの肉と血が道を作る。
ガトリングユニットがからからと空転する。コクピットに伝わっていた射撃振動が途切れた。
「弾切れか」
すぐにシールドからガトリングを切り離す。左手から重量物が減ったことで、変化したANBACの感触を感じ取りながら、右手のヒートロッドを高足の即頭部に打ち込んだ。
バーニアを吹かしながら、ワイヤーを巻きとり頭部に取り付く。逆手に持ち替えたヒートサーベルを延髄あたりに突き刺した。吹き出した体液が蒸発し、血の蒸気が立ち込める。蒸発して膨張した体液が水風船のように内側から高足の頸部を吹き飛ばした。
「ふたぁぁっつ!!」
飛び上がりながら、左手の35mm3連装ガトリングで着地点を掃射。斜め上方からの射撃が、無防備な肉体を貫いて小型種もろともタコもどきを蜂の巣にする。
ふと前方を見やれば敵の後方で地下鉄もどきがさらなる高足を吐き出している。
(きりがないな・・・・)
胸の内でつぶやきながら、コ顔に浮かぶのはやはり笑だった。敵と血とそして、せまりくる死がノリスの胸をどうしようもなく掻き立てるのだ。
「この心地、この感触、この熱さこそ戦場よ・・・・・・」
主のつぶやきに答えるように、グフカスタムの単眼がぎらりと輝いた。
刃についた体液が蒸発し血煙を上げる。まるで主の心に答えるように、温まり始めた機体のかしこが凶暴なうなりを上げた。
敵は一向に怯む気配はない。醜悪な敵である。未知の存在である。
しかし、撃てば死ぬ。斬れば死ぬ。貫けば、括れば、打ち砕けば、血反吐を吹き散らしながら動きを止めるのだ。
ならば、そうすればよい。所詮、数の上で優勢であったことなど開戦当初から一度たりともありはしなかったのだ。
「ジオンのMSがいかなるものか・・・その身をもって知るがいいっ!!」
燃え滾る刃を携えて蒼鬼はさらに戦場の深淵へと斬り込んだ。
360mm対艦用徹甲榴弾が真正面から4体目の高足を吹き飛ばす。爆煙をたゆらせ崩れ落ちていくそばから、別の高足が前にでてくるのを見て、ヴィットマンは舌打ちをした。
「この期に及んで増援とは、まったくもってうらやましいな」
全くキリがない。既にバズーカを撃ち尽くしているのは中隊の半分以上である予備兵装の120mmでは心もとない。
《この高足蟹野郎!!》
僚機のドムが、最後のバズーカを高足の頭部に叩き込む。爆炎に包まれながら、高足がよろめき尻餅をつく。
《ざまぁねぇぜ古生物もどきが》
パイロットの歓声が聞こえてくる。ヴィットマンは刹那にバズーカが肩口に着弾したのを見とっていた。そして、背筋に言いようのない寒気が走る。
「04! まだだ!」
煙の中から伸びるのは高足の尾節。避ける間も与えず、鋭く巨大な先端がドムを串刺しにした。
「04! 応答しろ!! 04!!」
コクピットに直撃している。助かってはいないだろう。ヴィットマンは弾切れになったマシンガンを捨てるとヒートソードを抜いた。
「04の弔い合戦だ! 行くぞ!!」
《《《《了解!!》》》》
視界の端に突撃するB3グフが映る。赤熱した刃が血煙を他揺らせ。その全身は肉と血に染まっている。
この基地のグフドライバーはそう多くない。にもかかわらずこの基地のグフは有名だった。
「青ざめた騎士」ことノリス・パッカード大佐の乗機であるからであるからである。
《追いついたぞ大尉。弾は残っているか?》
「120mmなら、まだありますが・・・」
《一つ聞くが大尉、部下たちは白兵は得意かね》
MSの戦闘における最大の特徴は格闘戦にある。「殴る度胸がないなら、戦車にでも乗っていろ」というのはひよっこパイロットが訓練中に死ぬほど聞かされるセリフである。
ヴィットマンとて新兵ではない。その部下たちも新鋭機を駆る精鋭であるし、それなりにプライドもある。
「当然であります」
多少、憮然としながら答えると、通信ウィンドウの顔がにやりと笑った。
《私もだ。では、征こうか》
青い機体が先頭に立つ。ヒートサーベルを高々と掲げ、ドムの部隊がそれに続く。
燐光の荒野を走る青ざめた騎士に率いられ、奴らに「死」を与えにいくのだ。
男達の高いぶりはまさに獅子奮迅だった。熱核ジェットの焔が地上を蠢く小型の化物どもを焼き殺し、気づかれた焼殺地帯をグフカスタムが駆け抜ける。
弾という弾は既に尽き果てており、その鋼鉄の体躯と焦熱を宿した刃を持って戦い続ける様はまさに手負いの獣であった。
しかし多勢の前に一機、また一機と撃破され、今戦場にあるのはノリスとヴィットマンだけである。
「ヴィットマン、…貴様は引け」
ノリスがうなる様に言う。
《自分の機体はスラスターがガス欠です。大佐こそ引かれては?》
そう言って、通信ウインドウ越しに挑戦的な笑みを浮かべたヴィットマンに苦笑しながら、ノリスも同様の笑みで答えた。
「生憎と私のほうもだ」
周りには既に骸の山である。燐光は体液でうっすらと紅く染まり、焼け焦げた傷跡を残した個体がかしこで断末魔の痙攣を起こしている。
ドムもB3グフも血みどろで、赤熱した刃から立ち上る血煙はうす赤い霧のようにあたりに充満していた。
「二人で死ぬわけにはいかんな」
《ええ》
さりとてはとて、どちらが奴らの脚を止めねば二人一緒にヴァルハラを拝むことになりそうである。
突如、猛烈な揺れが二人の機体を襲う。先ほど巨大な化物が出現した時よりはるかに大きい。
「これは!? またあの地震か!!」
《ノリス大佐! 敵が・・・引いています!!》
「なに!?」
見ると確かに敵が後退していく。高足の足の下に集まってまるで雨宿りでもするように身を寄せ合っている。
「地獄の化け物も地震が怖いか・・・」
あまりにもこっけいな姿に笑いがこみ上げてくる。地震を笑い飛ばすかのごとく、ノリスは大笑いした。つられたようにヴィットマンも笑い出す。
《・・こち・・・ザンジバ・・・・・・クベ様》
通信機に聞きなれぬ声が入って来た。レーダーを見ると、基地上空に味方の反応がある。信じられないことに4隻のザンジバル級が浮かんでいる。
「黒いザンジバル級? ケルゲレン、ではないな…」
《増援? でも一体何処から》
さすがのヴィットマン大尉も狼狽えた声を出す。ノリスとてさっきから事態についていけなくなりそうなのだ。
だが、これがなんの采配であれ、機を逃すほど我を忘れてはいなかった。
「何処からでも良い! こちら! 基地防衛隊司令のノリス・パッカード大佐であります!! 現在我が基地は謎の敵勢力から攻撃を受けております! 直ちに救援を求む!!」
《こちら第600機動降下猟兵大隊のヨアヒム・パイパー大佐。了解した。我が第600軌道降下猟兵大隊は友軍を援護する!》
帰ってきた名前はジオンでも指折りの精鋭部隊である。その噂が真実であるなら、状況を逆転させるにたる存在である。
まさにその思いに答えるかのように、ザンジバル級の砲撃が高足ごとその下の有象無象を吹き飛ばした。艦からMS部隊が降りてくる。
いま神がいると言われれば、一にも二になく信じてしまいそうだ。
「天佑神助我に在りだ。ヴィットマン、後退するぞ!」
《了解》
支援砲火が地面を耕し始めるのを幸いに、ノリスとヴィットマンはさっさと逃げ出した。途中、入れ違うように進出した黒いMS部隊とすれ違った。見覚えのないMSに率いられたグフとその改良機(イフリートと言ったか)の編隊が、2列横隊から恐ろしい正確さで鶴翼に変化する。氷のような殺気に一瞬ゾクリとしながら、ノリスはその背中を見送った。後日、その指揮官の名前を知って仰天することになるのだが、それはまた別の話である。
そして、化け物どもにとっての本当の地獄がいま始まったのであった。
後書き
軍人さん紹介
ミハイル・ヴィットマン
ドイツ軍親衛隊大尉。ノルマンディー戦線のヴィレル・ボカージュの戦いでは単騎でイギリス軍戦車部隊を壊滅させた戦車エース。結構、その筋では著名な人です。
クルト・マイヤー
「パンツァーマイヤー」の異名を持つ、ドイツ軍親衛隊少将。実は親衛隊少将としては最年少らしい。「パンツァーマイヤー」とは機甲部隊のマイヤーと言う意味ではなく、「めちゃくちゃ頑丈な奴」と言うことで装甲を表す「パンツァー」のあだ名がついたとか。
サラ・オストシュタット
第二次大戦中、米軍内で噂されていた「東京から来た女性スナイパー」その名も「東京サリー」が元ネタ。サリーは愛称なので名前を「サラ」に、苗字はドイツ風で「東(オスト)京(シュタット『ドイツ語で街・都』)」とちょっと強引なネーミング。
どうもこ、読んでくださってありがとうございます。この小説は基本的にむせる人しぶい人しか出てきません。ギャルゲーの二次創作なのになんたる扱い。
仕方ないんです。好きなんです泥臭い兵器が好きなんです。1年戦争の実弾兵装ばりばりの機体が・・・。そして、不遇なキャラクターを輝かせるのが。
そういう方針でやっていくつもりなので、それでもOKな方はこれからもよろしくお願いたします。
これを読んで、ここが面白かった。このキャラの話がよみたい。こうしたら面白いかも。などなどありましたら是非ともコメントください。
次回もよろしくお願いします。