――― 2000年 2月19日 要塞都市エルサレム ゴルゴダ観測所
かつて聖人が十字架の上から望んだ風景を、高性能光学スコープが冷徹に写していた。
キリストが今際に目にしたのが天使か悪魔かは、定かではないが、今写っているものを形容するとすれば、恭順主義の異端者を除けばまず間違いなく後者であろう。
俗に「定期便」と呼ばれるハイヴからの定期的侵攻。
観測所のカメラは、防衛線に迫るその呪わしき軍勢をしっかりと捕らえていた。
≪CPよりエルサレム義勇軍全部隊へ、これより「定期便」の迎撃を開始する。
.聖地に立つ全ての戦士達に神の加護あらんことを…≫
今日も長い一日になりそうだ、元イラク共和国防衛隊の衛士は心のうちでつぶやいた。
愛機であるMiG-21バラライカの管制ユニットに、ノイズ交じりでCPの声が響く。
今日の風(砂嵐)はどうやらはそこまで強くないらしい。
待機状態にしていた主機を起動し、システムを立ち上げる。網膜投影に味方の機体がとりどりに写った。
元イラク共和国防衛隊のMiG-23チボラシュカやMiG-21バラライカに加えて、元イラン陸軍のスーパートムキャット。
果てはイスラエル陸軍のラビと、いかにも寄せ集めと言った陣容である。
今日の砂塵濃度なら光線級はまず間違いなく撃ってくる。味方の砲撃精度も期待できるから、条件はそれほど悪いわけではない。しいて言うなら日常茶飯事である。
≪エルサレム第1戦術機甲大隊、出るぞ!≫
元イスラエル軍のナオミ・ダヤン大尉の声が響く。第1機甲大隊はイスラエル人で編成された部隊である。頭に殻のついたお姫様(彼女の祖父はイスラエルの名将、片目のダヤンことモーセ・ダヤンである)がよくも成長したものだ。
≪第3戦術機甲大隊出撃するぞ≫
そうこうしているうちに指揮官閣下からも、出撃の命令が来た。
まさかイラク撤退戦で死亡したフゼイン閣下の末息子がユダヤ人と肩を並べて戦っているなどと、誰が想像しようか。
だが、今この場所でそのことに疑問を唱えるものなど居なかった。
なにせ、ここは聖地エルサレム、「奇跡」降り立つ場所である。
荒涼とした大地を突撃級が砂煙を立てる。折から吹きすさぶ風が砂塵を巻き上げ、もうもうと巻き起こる砂煙の奥にはさらに、醜悪な軍団が続いているのだろう。
いつもながら旅団規模での大盤振る舞いはうんざりするな、と男は心のうちでつぶやいた。
それにしても、いつ見ても奇妙な光景だと、バラライカの管制ユニットの中で、衛士は思った。
イスラム教徒とキリスト教徒、そしてユダヤ教徒が肩を並べると言う光景はメッカでは珍しいものではない。
だが、互いに命を預けあって戦うと言えば、話は別である。もう1000年以上互いに殺しあってきた歴史があるのだ。かく思う彼とて元はイラク共和国防衛隊の衛士である。
彼のポジションは砲撃支援、手にする愛機の手にするMk57中隊支援砲はフランク人(スエズ運河駐屯の英軍、およびアルジェリア駐屯の仏軍などの欧州系部隊への総称)からの賜りものである。
まあ、彼らの機体の大半はそうとも言えるのが、なんとも情けないところである。
男は舌打ちしながら、機体を横に滑らせた。要撃級の一体が彼の背後に回りこむ。
「くそっ!」
要撃級の攻撃を避けながら腰だめに57mmでなぎ払う。高初速のAP弾が醜悪な肉体を貫き、グロテスクな破孔を作る。
倒れ付す要撃級を横目に見ながら、前を向いた瞬間に、突撃級の甲殻が目前に迫る。
粉々に砕かれる自分の姿が頭に浮かぶ。まさに、その瞬間、突撃級はぎりぎりの地点で 横に反れ、戦車級の群れに突っ込んだ。
よく見れば、尻の片側を吹き飛ばされている。
≪よ~く考えろ。お尻は大事だぞ≫
レシーバーからくだらない軽口が聞こえる。
突撃級の向こうに肩に六芒星を描いたF16、イスラエル陸軍のラビだ。
「すまん。…助かった」
≪気にするな。お互い様だ≫
「我あに我が弟の守りならんや…」
彼が創世記の一説を口ずさむと、ラビの衛士は流暢に返した。
≪誰にしあれ人の命を救い足るものは、人すべての命を救いたるに同じ≫
コーランの一説である。
軽やかに飛び立っていくのを、男はしばらく目で追った。
≪食らぇぇぇ!!≫
気合一線、36mmで戦車級を掃討しながら、鮮やかに蜻蛉を切る。蹴り上げられた脚が要撃級の醜悪な頭部を吹き飛ばした。
「いい腕だ、……脚か?」
拉致もないことを呟きながら57mmを掃射する。心地よい反動が機体を震わす。
1分間に120発という機関砲としては遅いほうに入る連射速度はそれ以上の値にすれば、反動を抑えきれず、ろくに狙えないと言う事情があるからだ。とはいえ、彼はこの砲が好きだった。
先ほどのラビ傍らに、元イラン軍のアザラクシュ(F5EタイガーⅡのイラン軍Ver)が立つ。
彼らを皆、等しく戦友だと思った日からどれくらい立ったろうか、イスラムとユダヤの共闘。
半世紀前には考えれないような「異常」な事態だが、ここではそれこそが「日常」なのだ。
彼自身、義勇歩兵連隊のクルド人とBETAの残党狩に行ったことがある。
この戦乱の大地にあって、それは一つの奇跡だった。
≪CPより行動中の全部隊へ『サラディン』が攻撃を開始する≫
その名を聞いた瞬間に、男は全身の血が沸騰するような興奮を覚えた。
砂丘の上に別の砂塵が上がる。
ちょうどBETA群の側面を突くように駆け下りるのは、異形の戦術機部隊だった。
常のものより重厚な機体、突撃砲こそ彼らと同じものを使っているものの、その煌々と光りをはなつ単眼はおおよそ、世に戦術機と呼ばれる機動兵器のいずれとも一線を画した印象であった。
サラーフ・アッディーン(宗教の救い)の名を冠する彼らこそ、この現状を作り上げた奇跡そのものである。
(3年間か……。長かったな)
眼下の軍勢を垣間見ながら、ノイエン・ビッター少将はそう首肯した。陥落しかけたこの地に飛ばされてから、ずっとこの地を守り続けてきた。
現地徴収の義勇部隊(ややこしいが、元の世界で集めた兵士たちのことだ)含め師団以上だった部隊も、現在では連隊隊規模にまで目減りしている。MSが持つ武器も基地の資材(超鋼スチール)を加工したものや、現地の「戦術機」の兵装を流用しているものも多い。それどころか、一部の武装にいたっては撃破したBETAの甲殻などを再利用している場合まである(おもに対小型主要のナイフやシールドなど、果ては増加装甲などにも)。
(だが、それもついには報われたのだ)
長い戦いの中、この異郷の地で散華した者達は、どれほど居たであろうか。
いつか帰る宇宙(そら)を願い見た者がどれほどあったろうか。
だが、それも無駄ではなかった。同じジオンの旗持つものが、現れたのである。
(なればこそ、屠られせもらうぞBETA(異星起源種)……!)
「我ら(スペースノイド)とて、人類(ヒト)の端くれよ! 全機! 起動!!」
ノイエン・ビッター少将の号令一下、待機状態だった核融合炉に火が入る。外套のごとく被った偽装シートをほうり捨て、砂地から次々に鋼の巨人が姿を現す。
陽炎のぼり立つ戦場に単眼を光らせながら、異郷の軍団はついに動いた。
≪ロンメル中隊は左翼、トゥアレグ義勇兵(青の部隊)は右翼を固めよ! 今日は砂が薄い。跳躍は控えよ!!≫
≪≪了解!≫≫
軍団の先頭を征くドムトローペンから、指示が飛ぶ。砂漠用カモフラージュ塗装、背に負った長刀に、ラケーテンバズを抱え、腰の後ろには突撃砲を引っ掛けた重武装である。
左翼を固める砂色の一群と、そして、右翼を固める青いMSの一群が密集隊形を取る。
軍団の中央を走るザクF2の胸中で、ジオン公国軍元アフリカ「駐屯」軍司令、ノイエン・ビッター少将は重々しく号令を下した。
「全軍、突撃!」
≪閣下 露払いは我々に…≫
そう言って先頭に躍り出たのは白いMSであった。奇妙な由縁によって、この地へと送られたその機体はかつて、ジオンの災厄の代名詞のような存在であった。
「ガンダム試作2号機」、サイサリスの愛称で呼ばれるその機体は、今のパイロットが連邦から奪取した(この事が彼らの数奇な運命のきっかけとなったわけだが、それは後に語ろう)機体である。
巨大な盾と、背には、スエズからの補給物資にあったスーパーカーボン製の巨大な剣を負ってる。
「ガトーか!? …許すっ 征けいっ!!」
≪ガトーに遅れるなっ! 俺たちも行くぞっ!!≫
ケリー・レズナー大尉が自分の中隊を激励する。
白いMSを先頭にしたドムトローペンの中隊と、ドムトローペンとザクF2の攻撃部隊がわき目も振らず突っ込んでいく。機体重量こそあるものの、ドムは並みの戦術機に劣らぬ機動性を持っている。むしろ、重量によって安定した射線は、戦術機にはおおよそ出せぬ平均射撃精度を叩き出すのだ。
格闘戦においても、それは健在である。そもそも機体強度が戦術機の比ではないのだ。
それに加えて、ウェイトの差と戦術機の数十倍以上の強度を誇る宇宙戦闘艦の装甲を叩き切る為に作られた白兵戦闘用の熱伝導兵器は、タンパク質構造体であるBETAに対して絶大な威力を発揮する。
とはいえ長い戦いによる損耗で、他の部隊ではフリューゲベルテ(BWS-8 EUの斧型白兵戦兵器)やタイプ74(74式近接長刀)にタイプ77(74式を改造した統一中華のトップヘビー型長刀)などの戦術機の兵装を使用している機体のほうが多いのが現状だ。
無論、撃破したBETAの再利用も盛んで、突撃級から各部装甲やシールド、ナイフにマチェット、要撃級から長刀もどきに加えて、要塞級の衝角から「取っておき」を作った、と言う話まである。ジオンの技術の賜物だ。
横合いから、猛烈に殴りつける形となったMS部隊は、そのまま敵軍中央を分断すべく進軍した。
先陣を切ったのは白備えのMSである。地面を舐めるように飛ぶ。その機体が目指す先はまっすぐに敵の軍勢であった。こちらの攻撃に気づいた一部が方向を変え始める。
「…遅いっ!」
まるで敵を叱咤するかのように、ガトーが吠える。
声とともに、ガトーは武器の切り替えスイッチを指で弾いた。
ガンダムのウェポンキャッチアーム(現地での追加兵装、戦術機の兵装担架システムを応用)が、肩へせり出し、背負っていた大剣のグリップを差し出す。
白い装甲で固めた腕が、幅広い剣身と一体化したクロスガード(十字鍔)のグリップを掴むと、最後のロックが外れ、剣を振り下ろした。
ずしりとした重量が機体の腕にかかる。
そのまま、騎槍のように構えた先に捕らえていたのはただ一点。こちらに向き直ったBETAの一群である
「いくぞぉっ!!」
刹那、肩のバーニアが爆炎を吹き、翼持つ騎兵の如くサイサリスは突撃した。
「喰らえぇぇいっ!!」
ガトーの咆哮とともに、サイサリスの突き出した大剣は突撃級の甲殻を食い破り、その隣を走っていた同族まで突き抜けた。
シールド越しに響くすさまじい衝撃に、一瞬、気を遠くしながら、柄尻を掴んで根元まで突き刺さった刃を引き抜く。
やおら飛んできた要撃級の一撃を盾の端でいなし、腰のひねりで浮かせた剣身を盾で弾いて勢いをつけ、衝角の間隙を抜いて、首に叩き込んだ。
慣性の法則で刃が要撃級の首を斬り飛ばす、短い弧を描いて、醜悪な顔が宙舞う。
それが落ちきる前に、右足を軸に1回転しながら横一文字に薙ぎ払った。その一閃は回り込もうとした要撃級を3体ほど吹き飛ばし、空に舞った体液が、戦場に怪しい虹を作った。
手首を返して体液滴る大剣を肩に担ぐ。
軽い衝撃がコクピットまで伝わり、集まってきた戦車級を頭部機関砲で掃討する。
だが、いかんせん数が多い。死骸を乗り越えてBETAが次第に壁を作っていく。
「やはり、多勢に無勢か…」
その時である次々に、周りのBETAが爆発し始めた。
否、これは味方による援護だ。
≪≪クソ共が、ガトー(少佐に)に触る(なっ)んじゃねぇっ!!≫≫
突然、通信機から響く聞きなれた怒声と、ともに2機のドムトローペンがサイサリスとBETAの間に立ちふさがる。
「ケリィ、それにカリウスか!?」
後続部隊が追いついてきたのだ。MMP-78が戦車砲弾の改造した120mm弾をばら撒く。他の機体も突撃砲を両手に持って突っ込んでくる。
≪相変わらずだが、無茶しすぎだぜガトー≫
豪放な友の声が、ガトーをたしなめる。
≪一人のお体ではないのですから…≫
心配そうな部下の声も、それに続く。
ガトーは苦笑を浮かべると、堂々と答えた。
「無論、君らなら、間に合うと信じていた。……少し肝が冷えたがな」
次の瞬間、通信機からうるさいほどの笑い声が響いた。
映像回線に、割り込みで小隊長の一人から通信が入る。
≪このままじゃ、多勢に無勢ですぜ少佐。前面の連中も良くやってますが、これ以上増えたら押し切られます≫
「アダムスキー少尉、だったら我々が皆殺しにしてやれば良い。違うかね?」
そう言うと、映像回線越しにアダムスキー少尉がニヤッと笑った。
≪その命令を待っていたんですよ、ガトー少佐! 野郎共、聞いたな、畳み掛けろ!≫
「我らも行くぞ!」
≪≪了解!≫≫
白い堕天使を筆頭にした軍勢は、恐るべき獰猛さを発揮して、BETAを殺して回った。
もし、BETAに感情があったなら、彼のことをこう呼んでいただろう。「悪魔」と……。
≪砲身の加熱に注意しろ、撃って撃って撃ちまくれ!≫
≪ヒートソードの味はどうだ化け物!!≫
≪クソッ たかられた!! Sマインを使う!!≫
≪化け物共!! 57mmの味はどうだぁ!!!≫
先端部隊はキッチリとその役目を果たしていた。BETA達はまるで、砂糖にむらがるありのように、彼らに群がっている。
ノイエンビッターは手袋を直すと、しっかりと操縦桿を握った。
無人偵察機と観測所からの情報で、光線級の大体の位置は掴めている。
「……化け物共め、ジオンの戦争を教えてやる」
ビッターのザクの腕が下がった瞬間に、両翼の部隊からいっせいにバズーカが発射された。頭越しギリギリの高さで狙うのだ。
たちまち、地上からすさまじい光の束が打ち出され、一瞬のうちに迎撃されるが、蒸発した砲弾は重金属雲となって、光線級を押し包む。
ビッターの周辺に居た増加ブースター付の機体が次々に戦場へ飛び込んでいく。
「…中尉、頼むぞ」
暗く重い雲を見やりながら、突撃砲を抜いてビッターのザクFⅡもその中へ飛び込んだ。
――― エルサレム郊外
≪ゴルゴダ観測所からのデータと無人偵察機からのデータです≫
薄暗いコクピットの中に鎮座した男は黙ってそれを見た。
距離と風向が割り出され、
「最初に俺が撃つ、それを元に誤差を修正しろ」
≪了解しました≫
並みのMSより頭一つ高いその機体が、背中に格納した砲身を展開した。
並んだ筒先が空を睨む。
アフリカ駐屯軍の虎の子とも言えるザメル小隊である。
≪しかし、ボブ中尉殿が外されることなんてあるんでありますか?≫
と冗談めかして部下が言う。
「何にも最初の一はあるもんだ。貴様らこそドジってはずすんじゃないぞ!」
一瞬にして顔を引き締めると、僅差を修正しトリガーに手をかけた。
640mmカノン、この世界では破格の巨砲とも言える剛砲が、まずは一撃の咆哮を上げた。
唐突に重金属雲が晴れ、にわかに着弾した巨弾は、その下で蠢いていた光線族種を吹き飛ばした。
遠方から一つ、また一つと遠来のような砲声が響くたびに、戦場が揺れ、哀れなBETAをひき肉に変えた。
乱戦の真っ只中で、ビッターは戦術画面に目を走らせた。ボブ中尉達が、見事に光線級を始末してくれたらしい。
前面を押さえていた戦術機部隊も戦線を押し上げてくる。
BETAも撤退の気配を見せていく。
流れが決したのを悟ったビッターは通信機に向かって怒鳴った。
「最後の仕上げだ! 殺して、殺して、殺し尽くせっ!!!」
平時の彼を知っているものなら、目を見張るような命令だったが、誰も彼もが戦の狂熱に当てられている戦場にあって、兵士達から帰ってきた反応は爆発的な蛮声と、燃え盛る士気であった。
獰猛極まりない単眼の軍勢の攻勢が決定打となり、「定期便」は崩壊し、おびただしい数の死骸を残して、壊走した。
1986年のスエズ防衛戦以来、本来ならばエルサレムは放棄されているはずであった。
それでも、戦線がとどまり続けるのは、当初全滅すると思われた。聖地防衛を信条とするエルサレム防衛義勇軍がいまだ、抵抗し続けているからである。
世界各国のイスラム・キリスト・ユダヤ教徒の精神的牙城であり、キリスト教恭順主義、に対する主柱であるエルサレムは、例えアメリカ政府であろうと、用意に手出ししかねる場所であった。
そして、そのエルサレムの城壁こそが3年に渡る間、彼らを守り続けていたのだ。
――― 要塞都市エルサレム、地下ジオン公国居留地
戦闘終了後の夜、地下の会議室に集まったのは、ジオン軍と現地義勇軍の主な幹部達であった。
「以上が、我々の部隊の損害です」
長い黒髪ポニーテールにした女性士官が報告を終えた。祖父譲りのキツイ眼差しに疲れをたたえて入るが、鼻筋の通った美人である。
イスラエル部隊の指揮官、ナオミ・ダヤン大尉である。
もっとも、この3年間の戦いを思えば昇進してもよさそうなものだが、表向き非正規活動であり、イスラエル軍の軍籍からも離れているので、昇進させるものが居ないのだ。
議長役のノイエン・ビッター少将は重いため息を着いた。
「こちらの損傷はMS3機と戦術機24機か、痛手だな」
「人的被害が少ないことを考えれば、これでも奇跡なくらいです」
ダヤン大尉が静かに言う。アラブ系部隊の指揮官であるアリー・フゼイン少佐(こちらも事情は同様である)も黙って首肯した。
たいそうなヒゲをはやしているので分かりにくいが、フゼイン少佐もまだ20代後半であり、実はかなり若い
「貴公等がそう言ってくれるのは助かるが、我々の戦力は縮小の一途をたどっている」
「やはり、どうしても日本と渡りを付ける必要がありますか」
口を開いたのは仮面を付けた男であった。前衛で指示を飛ばしているドムトローペンのパイロットだ。
「ヨッド参謀…しかし帝國は」
「良いのです。しかし、私は国を捨てた身、仲立ちにはなれません」
この場において、日本のサムライがつけたといわれる面頬で、顔を隠すことを許されているのは、BETAに付けられた傷のせいである(生きていただけでも、幸運であるが)。
それ以上に異邦人である彼らをサポートするために、彼はこの地に送り込まれてきたのだ。祖国を捨て、友をそして過去の全てを捨ててきたのである。
それゆえにこそ、ビッターは彼にMSを与えたのだ。
「帝國は大佐の故郷ではありませんか!」
憤然とした表情で、ダヤン大尉が言う。半ば故国を失っている彼女からすれば、理解しがたいのであろう。
「やめろ大尉。ここに居る以上、大佐はエルサレム軍参謀だ。それにビッター閣下達はこの世界とは縁もゆかりもないのだぞ」
フゼイン少佐がたしなめる。少佐を初めアラブ系部隊のイランやイラク、アフガンなど多くの国々はBETAに国を奪われた者たちだった。
「それは……」
ダヤン大尉が気まずそうに口ごもる。
「国を思うがゆえに言い過ぎるのは、誰にもあることだ。これ以上気に病むことではないだろう」
そう言ってとりなしたのは、ジオンのロンメル中佐である。
ビッターは歳若い女性兵士を見ながら、穏やかな口調で言った。
「国を失なったのは、ここに居るものの大半がそうだ。とはいえ我々の祖国は遠い世界にだが、存在する根無し草の我々を貴公らはかくまってくれている。私は部下達も貴公らも死なせたくはないのだ」
「祖国といえば、横浜のジオン軍は一体どのような勢力なのだろうな?」
思いだしたように、ロンメル中佐が言った。
「1年戦争の趨勢は知っておるのでしょうか?」
「多分、知るまい」
「閣下、お心あたりが?」
ガトー少佐の疑問はもっともだった。異例のザビ家3兄弟による乾坤一擲のジャブロー攻撃作戦の成功により、休戦条約を結んだ一年戦争。
そのことをもし知らなければ、彼らはどう思うだろうか。意気消沈して自暴自棄にでもなりはしまいか、そういう懸念はある。
それでは困るのだ。この世界の戦いも元の世界の戦いもいまだ続いているのだ。
そしてそれこそが、彼らがここへ飛ばされてきた直接の理由だった。
遠き海を隔てた場所に居る同胞、そして時空を隔てた祖国。
いずれとも遠い場所にあるのに、確かに居るのだと思えることはやはり限りない希望である。
聞けば、横浜はオルタネイティブ4という計画を主導しているのっぴきならない女傑の居城らしい。
そんな場所でこれほど大胆なまねが出来る人物をビッターは一人しか知らなかった。
「…腐れ縁ですな。閣下」
「閣下?」
わずかに漏らした苦笑交じりの独り言を耳にしたガトー少佐が、ますます怪訝そうな顔になる。
「私の予想が正しければ、きっと途轍もなく大変な、そして頼もしい方々だろう」
自信ありげに語るビッター少将を見て、ガトーとロンメルは互いに顔を見合わせた。
次回予告
それは、語られなかった他なる結末
「いい音色だな。マ・クベ、貴様の残した戦争(問い)……答えてやろう」
「本気かねキシリア」
「兄上、兄弟げんかは戦争の後に」
「姉貴がやるってんなら、俺に依存はねぇ。ガルマの仇、取ってやるぜ」
そして、集う男達
「1個中隊が一瞬で…あれは、ヒートソードのぶっちがい? まさか、オデッサの斬込隊か!?」
≪各機に告ぐ、奴らに教えてやれ。俺達が、マ・クベの斬込隊がいかなるものかっ!!≫
「あれが、斬込隊の第4小隊(ラスト・リーコン)か、味方としては頼もしいな」
≪大尉、配置完了しました≫
「よしっ、サイクロプス隊、第4小隊と合流するぞ」
≪≪≪了解!≫≫≫
それはとても大きな、とても小さな、全ての想いを賭けた戦い。
「これが、最後の戦いとなろう。現時刻を持って第2次ジャブロー攻略作戦を発動する!!」
そして、鷲は再び舞い降りる。
「機動戦史マヴラブ~Hard Luck~ 外伝 凱歌は誰が為に」乞うご期待!!
後書き
純夏「3!」
リディア「2!」
純夏・リディア「「1!」」
パイパー「状況開始!!」
リディア「UNLuckラジオ!」
純夏「は~じま~るよ~♪」
リディア「しかし、今回も出番なかったわね…」
純夏「そうですね…まあ、今回は中東編でしたし、仕方ないのでは?」
リディア「それは、メインヒロインとしての余裕ね? そうなのね? (むに)」
純夏「いひゃいれす、はらひてくらはい」
パイパー「なに、やっとるんだ貴様ら?」
純夏「う~~、大佐。リディアさんが~」
パイパー「あきらめろ上等兵、女は更年期になると情緒不安定になるのだ」
リディア「あたしはまだ『検閲により削除』歳ですっ!!」
パイパー・純夏「「…………」」
純夏「ところで今回も戦闘シーン気合が入ってましたね」
パイパー「あそこまでマニアックな両手剣の使い方をするのも作者くらいだろう」
純夏「BWS-3は作者的に大ヒットでしたもんね」
リディア「お願いだから、何もなかったように話を進めないで~」
純夏「ああ、な、泣かないでくださいよ。リディアさん(背中をさすっている)。それにしても、キャラクター増えましたね……」
リディア「(ぴくっ)そうよ! あいつ女キャラ書くのめんどくさいとか言ってるくせに、これ以上女増えるってどういう事よ!!!」
パイパー「いきなり復活するな、うっとおしい。あんまりむさ苦しすぎても、と思ったんだろう」
純夏「工業高校みたいな男女比率ですけど…」
パイパー「女なんて飾りです。エロい人にはそれが分からんのです、とかほざいてたな」
リディア「女の股から生まれたくせに…」
純夏「り、リディアさん!」
パイパー「はっはっはっ、気にするな鑑上等兵。それよりも、貴様はこういう風に女を捨てるんじゃないぞ」
リディア「捨ててないもん!!」
純夏「増えたといえば、仮面のキャラが登場しましたね」
リディア「まあ、ガンダムに仮面はある意味、お約束みたいなものだから」
純夏「でも日本人なのに、なんでヨッドさんなんですか」
パイパー「あだ名のようなものだ。ヨッドとはヘブライ語で隠者を指す。つまり、過去を一切合財捨て去ってきた男という意味だ」
純夏「でも、仮面かぶった人なんて怪しくないですか?」
リディア「そりゃ、あやしいわ。けど、腕がよければ信用は後かついてくるもの」
パイパー「まあ、その辺の事情はおいおい本編で語られるだろう。それでは、忠勇なる読者諸兄に幸あらんことを。ジークジオン!」
純夏・リディア「「ジークジオン!!」」
どうも、自重を知らない男こと、赤狼です。もうおじ様最高です。資料として、スターダストやZZを見直したんですが、渋い、かっこいい。
ですが、存外に時間がかかってしまいました。お待たせして、申し訳ありませんでした。
読者の皆様の感想をいつも励みにして、書いております。そういえば、この某巨大掲示板のスレを除いたら、本作品が話題の端にでており、しかも、意外と好感触だったので、ありがたい話だと思いました。
この次の外伝では、合流するはずだった斬込中隊の第4小隊や、サイクロプス隊が登場します。
相変わらず、オッサンマンセーな作品ですが、どうかよろしくお付き合いください!