――― 1999年12月14日 国連軍横浜基地 地下 ジオン・インダストリー本社
純夏がジオンに留まる事を決意してから2ヶ月。最初に彼女に課せられたのは、兵士としての基礎訓練だった。
元々、前線基地の一つであるこの基地に新兵訓練場などあるはずもない。何の訓練もしていない堅気の女学生であった純夏にとってそれは、過酷な日々であった。
朝目が覚めれば、走り、鍛え、軍についての基礎的な分野を叩き込まれ、夜ともなれば、マ・クベやリディアに英語を習うというおまけつきの毎日である。
とはいえ、寝坊助な幼馴染の為に早起きに慣れていたことや、高い基礎体力、並々ならぬ本人のやる気が幸いして、純夏は急速に「慣れて」いった。
どんな過酷な環境であろうと、生きてさえいえれば、必ず順応してしまうのが人間の恐ろしいところだ。
その上、素直でひた向きな純夏は、基地の人間にも受けが良く、歳若いことも会って可愛がられていた(食堂を手伝った短い期間に胃袋を掴まれた者が中核となっている)。
その上、マ・クベの膝元である斬込中隊はもとより、リディアやバウアーたちが、それこそ手塩にかけて訓練したものだから、羨むよりも同情の気持ちを持つ者の方が、多くなったくらいである。
そんなある日、純夏は急な呼び出しを受けて第600軌道降下猟兵大隊の司令部である「モンテ・クリスト」に向かった。
司令官であるヨアヒム・パイパー大佐。そのオフィスの前に立つ、このごろはあまり大きなどじもやらかしていないはずだが、消え去らぬ不安にもんもんとしながら、純夏は扉をノックした。
「……入れ」
短い返答が帰ってくる。純夏は扉の前で深く息を吸うと、意を決して扉に手をかけた。
「カガミ訓練兵! 入ります」
緊張した面持ちで、扉を開け、部屋に入る。デスクに座っている人物に、反射的に敬礼をする。
「カガミ訓練兵! し、出頭しいたしました!」
「……ご苦労」
「!? ま、マ・クベさん?」
うろたえた純夏は、思わず日本語で言ってしまった。
「まだまだ、不測の事態に対する心構えが甘いなカガミ訓練兵」
後ろから声をかけられる。振り向くと、パイパー大佐がニヤニヤと笑いながら、立っていた。扉の両サイドにはリディア少佐とバウアー少佐が立っている。
「り、リディア少佐にバウアー少佐まで……」
何がなにやら分らずに混乱する純夏。パイパー大佐が急に表情を引き締めた。
「スミカ・カガミ訓練兵!」
「は、はい!」
はじかれたように気をつけの姿勢をすると、直立不動でパイパー大佐の言葉を待った。
「貴様の初等訓練期間は現時刻をもって終了する! 以後は基地警備MS部隊と共にMSの訓練に参加せよ!!」
「し、しかし、あた、いえ、自分はまだシュミュレーター訓練も始めたばかりで……」
「貴様の心配はもっともだが、カガミ訓練兵、現在パーツ温存のためにMS部隊の演習は基本的にシュミュレーター演習だ。……よって貴様に必要な事はすでに叩き込んだと判断した」
純夏は表情を切り替えると、真っ直ぐ大佐の顔を見て答えた。
「了解しました」
その反応に満足したのか、大佐は表情を崩して言った。
「よし、楽にしていいぞ。貴様の教官共の名誉を汚さないようにな」
そう言って、大佐はマ・クベたちを見た。隻眼の男が顔をほころばせながら純夏の背中をどやしつける。
「随分、標準語(英語)が上手くなったじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
バウアー少佐にはマ・クベの士官学校時代の話や、いろんな失敗談などを聞いたのは、秘密だ。部隊連携や基礎的なことをきっちりと教えてくれた。
「スミカ、何かあったら直ぐ相談に乗るわよ」
リディア少佐が純夏の頭を撫でながら言う。一人っ子の純夏にとって、リディアは憧れの姉のような存在だった。射撃に関しては神がかった腕を持ち、不器用な純夏は絶対に真似できないと思ったほどだ。
「大丈夫だ。君ならやっていける」
「マ・クベさ、中佐……」
斬込中隊の人たちは最初から、なぜか好意的だった。白兵戦に関しては筋があると褒められたのは、できない事ばかりの軍隊に入って初めて褒められた事だった。
暖かい周囲の人間のぬくもりを感じて、純夏はなにやら目の奥が溢れてくるのを必死で我慢した。
「皆さん、ありがとう、ございます……」
それでも、抑えきれずに零れ落ちた雫はとても暖かいものだった。
――― アプサラス基地 基地防衛隊宿舎
「スミカ・カガミ上等兵着任いたします!」
黒髪でショートヘヤの女性がきっちりとした敬礼を返す。
「ご苦労、私が小隊長のトップ少尉だ。右からデル軍曹と先任のアス上等兵だ」
「よろしく」
金髪でいかつい容姿の軍曹がニッコリと笑う。純夏は少しだけホッとして、軍曹に笑い返した。
「けっ」
アス上等兵の方はつまらなそうな顔をして、こちらを見ようともしない。所詮、自分はまだ外様だ。慣れるより他に方法は無い。
「皆さん! 宜しくお願いします!」
ここに来たとき、自分は無力だった。そして助けられてばかりの自分が、恩返しを出来るそのスタートラインに、立てたのだ。こんな事でへこたれてなどいられない。
元気良く言いながら、純夏は深々と頭を下げた。
―――― 12月24日 日本帝国 某所
目の前に広がるのは、起伏の激しい山間の地形。燃えるような夕日が山陰に沈んでいく。
しかし、山間を翳らすのは、落日ばかりではなかった。山肌を埋め尽くさんとするその異形の軍団は、数にしておよそ数万。軍団規模の侵略者たちが、有象無象の容赦なく、無慈悲な進軍を続けていた。
立ちふさがる全てのものを、喰らい、押し潰しながら……。
《前方に展開した帝国軍部隊が戦闘を開始!》
僅かに震えるオペレーターの声が、未知の敵に恐怖しながらも、必死で義務を果たしている事を伝えている。
マ・クベはコクピットの中で腕組みをしながら、黙ってそれを聞いていた。前衛の部隊が抵抗を続けているうちは、まだお呼びではない。
そう、火力も戦力も十二分にあるうちは、まだ出番ではないのだ。彼らにお呼びがかかるのは、何時とてもっと悪い状況になってからである。
《右翼部隊撤退開始! 外人部隊は支援に当たってください!!》
オペレーターの声が響く。マ・クベは瞑っていた目を見開くと、通信回線を通して、自分の中隊に号令を下した。
「……全機、起動」
薄暗がりの中に、いくつもの光が灯る。黒の強襲迷彩に塗装された鋼鉄の巨人達が、薄闇の森の中に立ち上がった。数にしてMS一個大隊にも満たぬ無勢である。
だが、その一個大隊は、おおよそこの世界の範疇に当てはまらぬ力を持っているのだ。
鬼火のごとく、薄闇に浮かぶ単眼は、静かな光をたたえながら、迫り来る軍勢を遠見にしていた。
「各中隊は所定の配置に展開。各中隊長の判断で射撃を開始せよ!」
《《了解!》》
密集陣形を組んでいた大隊が三つに分かれる。一つはバウアーが指揮する黒騎士中隊。もう一つはリディア少佐の白薔薇中隊。
そして、最後にのこった中隊こそ、マ・クベ直卒の斬込中隊である。
《黒騎士1より各機、1000までひきつけて射撃しろ。びびって先走るんじゃないぞ!》
通信機から響く快活な声は、いささかの焦りの色も無い。だが、決して油断しているわけではない。
まあ、この景色を見て油断できるのも、たいした物だといわざるおえないが、そう思った所でマ・クベは自分が汗を書いていることに気づいた。
やはり、気負い無しと言うところまでは行けないらしい。
《こちら白薔薇1、特別な事をする必要は無いわ。いつもやっている事を、いつも道理にやりなさい》
きっぱりとした口調はリディア少佐のものだ。二人ともベテランの軍人だけあって、自分よりは肝が据わっているのだろう。
「それでは、諸君。戦争を始めよう」
静かに言うと、マ・クベは深く深呼吸をして、モニターに映る敵の軍勢を睨んだ。
醜悪な異形、巨大な甲殻を立てに疾走してくる突撃級、タコのような要撃級、後ろには巨大な要塞級が控え、赤い絨毯のように群れをなした戦車級がその下にうごめいている。
最初に戦端を開いたのはリディア少佐の部隊だった。ゲルググJの装備する狙撃及び火力支援用のビームマシンガンは、元々ケンプファーの兵装として開発された重ビームマシンガンをよりコンパクトにしたものだ。
小銃よりはるかに長大な交戦距離を持つ重機関銃は、旧世紀の戦争でも狙撃に転用される事があったらしい。曳光弾の必要が無いビーム兵装は弾道も確認しやすく、夜戦にはもってこいだ。
一瞬にして前衛の突撃級が蜂の巣にされ、地面に倒れ込み、殺しきれなかった勢いで地面を滑っていく。
その後ろから、次々に突撃級が突っ込む。
足元にいた戦車級やその他の小型種は踏み潰され、渋滞を起す。
しかし、さらに後にいた者たちは、迂回しながらあるいは、死体を乗り越えながら怒涛の如く、突っ込んでくる。
前衛の十数匹が400mm榴弾で吹き飛ばされる。黒騎士から支援砲火だろう。
《…黒騎士1より黒騎士各機へ、無駄弾を撃つな! 取って置きのクリスマスプレゼントをくれてやれっ!!》
通信機からバウアーが檄を飛ばす声が聞こえる。黒騎士中隊のザク改がMMP-80をバーストで撃ちながら弾幕を張る。
曳光弾の火線が淡い光を放ちながら低伸軌道を画き、その先にある醜悪な肉体を引き裂いた。
MMP-80は新型の90mm弾だ。ストッピングパワーは120mmに劣るが、その分、初速と精度が高い。
いかに強靭な肉体を誇るBETAと言えど、狙いどころを誤らねば一撃で行動不能に出来る。
二機連携で相互に射撃と装弾を繰り返しながら、適度に位置を変えながら先頭集団を狙い、着実に進撃速度を落としている。
黒騎士中隊は、見事な連携と、火線配置で着実に敵の足を止めているようだ。
両部隊共にその役目を十分に果たしている。
ならば、次はこちらの番だ。
「全機、抜刀!」
マ・クベの号令一下、ギャンがビームサーベルを抜いたのを皮切りにして、斬込中隊のイフリートとグフが、次々にヒートサーベルを抜き放つ。
灼熱に染まる刃を脇に構え、肩を触れ合わんばかりの距離に密集隊形をとった斬込中隊は、そのまま突撃級の群れへと吶喊した。
先頭を行くマ・クベのギャンが、地を這うように隊列の隙間に入り込み、すくい上げるように片側の足を斬り飛ばす。
他の機体も同様に斬り込みをかけ、足を狙って灼熱の刃を振るう。
一瞬で肉を消し飛ばし、骨を溶かし、蒸発した血肉が、刃からうっすらと立ち上る。
バランスを崩して倒れた突撃級に、別の固体がぶつかる。
足が止まったそれに、ビームサーベルを突き立てた。強靭な甲殻も縮退荷電粒子の刃を前にすれば紙と同じだ。
体内に侵入した刃が体液を一瞬で沸騰させ、体中の隙間から体液を炸裂させた突撃級が、芋虫のように大地へ転がった。
すぐに刃を引き抜くと、ギャンは、拳を振りかぶった要撃級が前に出てくるのに合わせて、後ろに飛びのいた。
《《喰らえっ!!》》
両脇から滑り込むように、前に出たイフリートが、突出してきた要撃級に強力な体当たりを見舞った。
超硬スチール製のスパイクが醜悪な顔面を打ち砕き、さらに強力なバーニアの推進力が、安定の良い4つ足の体躯を後ろに吹っ飛ばす。
再び、2機と入れ替わるように前に出たギャンが、ビームサーベルを突き入れ、後ろにいた2匹もろとも串刺しにした刃が、紫がかった体液を沸騰させ、体の随所を突き破る。
横薙ぎに刃を抜くと、そのまま斜め前の敵を断ち割った。後肢の近くまで唐竹割にされた要撃級が重い腕を支えきれずに、地面に崩れ落ちる。
ふとマ・クベは、足元に沸く赤い影を視界の端に捉えた。
「戦車級かっ」
後ろへステップバックした瞬間、横合いから出てきた要撃級が、拳を振りかぶるのが見える。
着地点に待ち受けるかのような最悪のタイミング、あの位置から喰らえばコクピットまで押し潰されかねない。
「おのれっ!」
思わず悪態をつきながら、マ・クベは来るであろう衝撃に身を固めた。
《隊長ぉぉぉぉぉぉぉっ!!》
来るべきはずの、衝撃の変わりに入ってきたのは、通信機越しの咆哮だった。
「……メルダース!!」
見ると、漆黒のイフリートがヒートサーベルで、一撃の軌道を逸らしていた。
《……貴様如きが》
重い要撃級の腕が火花を散らし、後ろに流れる。イフリートの左手が素早く右腰のヒートサーベルを抜く。すれ違いざまに抜き打ちにした刃が、要撃級の腹に食い込んだ。
《貴様如きが、斬込隊を、なめるなっ!!》
瞬間的に赤熱した刃が肉を焼き、骨を溶かして、醜悪な胴体を両断した。
胴から上を失った要撃級が、へたり込むように地面に倒れる。
《隊長! ご無事、ですかっ!?》
「……助かった」
映像回線越しに息を切らすメルダースに、マ・クベは僅かに笑った。次の瞬間、マ・クベの顔が凍りつく。
いつの間にか忍び寄った赤い絨毯がメルダースの機体に襲い掛かった。
「メルダース! 下がれっ!!」
《クソッ!!》
刹那、凄まじい量の火線が、醜悪な絨毯をなぎ払う。至近距離に着弾した75mm砲弾が化け物どもを無害な肉塊に変えていく。素早くマ・クベたちを囲むように布陣した斬りこみ中隊のグフが、盾を重ねて壁を作る。その隙間からさらに75mm機関砲を掃射した。
《隊長に、副長、お二方ともご無事で?》
「ああ、今日は助けられてばかりだな」
マ・クベの呟いた一言に、中隊の全員が笑った。ここで笑える余裕がある辺りが、マ・クベやその戦友たちが『オデッサ帰り』と畏れられる所以でもある。ともあれ、斬込中隊の士気はいささかもおとろえてはいなかった
《マ・クベ! 敵が道を作ってる! さっさと逃げろ!!》
刹那、通信機からバウアーの怒鳴り声が響く、素早く周りを確認すると周囲の敵が一斉に脇に寄っていた。
「全機散開!」
その言葉を言う前に、複数の光条が中隊の隙間を縫うように通り抜けた。僅かして、はるか遠方の空に断末魔の光条が走る。
《中佐! いまのうちに撤退してください!》
後方に展開していた白薔薇中隊が、間一髪で光線級を狙撃したらしい。
「斬込中隊! 全機徹底せよ!!」
《黒騎士1より各機!! カバーするぞ!!》
すぐさま付近に展開した黒塗りのザク改がMMP-80を連射して敵の足を止める。白薔薇中隊のゲルググJもビームマシンガンをフルオートにして追いすがる敵をずた袋に変えた。
「……圧倒的だな」
その光景を見ていたマ・クベは小声で呟くと、悲鳴のような声が通信機に入ってきた。
《震動センサーに感あり! 隊長! 真下です!!》
「くっ! バーニア全開!!」
とっさに空中へ飛び上がった瞬間、コクピットの中に警報が鳴り響いた。
「しまった、レーザー警報か!」
《ギャン撃破判定、斬込中隊壊滅》
機械音声の無情な声と共に、目の前の景色が六角形の断片となって消え、シュミレーターの画面に《演習終了》の文字がそっけなく書かれていた。
「やはり、ネックは光線級だな。頭を抑えられての戦いはどうも慣れん」
マ・クベがシュミレーターの中で呟くと、通信用のモニターにバウアーの顔が映った。
《それに、何よりも数だな。あの物量で波状攻撃をかまされりゃジリ貧だ》
そこへリトヴァク少佐も加わる。
《ビーム兵器は部品に限りがありますもの。新しい火器の導入も必須ですわ》
《マ・クベ、ビームの部品に関して言えば、手に入れられん事も無いんだろ?》
「ああ、荷電粒子砲自体はこの世界にも存在するからな。ギニアス司令の技術陣にはミノフスキー粒子関係の専門家も多い。だが、それでも時間は掛かるだろうな」
《なんにせよ。こういう戦いになれておく必要があるってことだな》
いきなり、通信機に割り込みで回線が入ってくる。通信モニターにノーマルスーツ姿のパイパー大佐が映る。
《《「パイパー大佐……!?」》》
《私だけのけ者とは寂しいじゃないか》
「会議ではなかったのですか?」
《もう、終わったさ》
そう言って大佐がにやりと笑う。ふと時間表示を見ると、始めてからずいぶんな時間がたっていた。あっという間に感じていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
《貴様ら、まさか負けたままで終わるつもりじゃないだろうな》
からかうような調子でパイパー大佐が言う。
《まだ、ヴァルハラに行った覚えはありませんよ》
とはバウアー少佐だ。
《……まさか!》
リディア少佐も調子を合わせる。
《中佐、貴様はどうなんだ?》
ふっと苦笑を浮かべると、マ・クベは静かに答えた。
「生きている限りは、前に進めます。よろしいですか大佐?」
《……ああ、上等だ》
シュミレーターの画面に先ほどと同じ景色が広がった。津波のように押し寄せる侵略者の軍勢は先ほどよりも、気のせいか増えているように見える。
いや、真実増えているのだ。素早くプログラムの設定を確認したマ・クベは苦笑を浮かべつつも、不思議と落ち着いた気分だった。
《見ていろ貴様等、『戦争』の仕方を教えてやる!》
大型スカートアーマーを装備したケンプファーはパイパー大佐の専用機である。
大隊指揮官用にセンサーと通信能力を大幅に強化されたその機体は、固体としての戦力はさほどのものではない。
だが、一個の生物の如き統率と連携を手にした集団にとって、もはや個体戦力の多少など、さしたる問題ではなかった。
『第600軌道降下猟兵大隊』は、久方ぶりに、その真の実力を発揮する機会を得たのだ。
核融合炉の荒々しい雄叫びと共に、戦いの犬たちが、解き放たれた。
――― 地上 国連軍横浜基地
「これが、あんたたちの当面の仮想敵よ」
そう言って、香月博士はスクリーンの映像を消した。見せ付けられたのは、彼らの対BETA 演習。その記録映像である。
「…………」
無言、それが全員の答えだった。もっと言えば誰一人言葉に出来なかった。何せ最初の演習で軍団規模のBETAの4割を戦闘不能にし、次の戦闘にいたっては防ぎきったのである。
「……化け物」
誰かが洩らした呟きは、全員の気持ちを代弁しているようだった。静まり返った会議室を見渡せば、心なしか全員の顔が青い。明らかに異形な戦術機の凄まじい性能も去ることながら、それを使いこなしているのも驚異的な錬度だ。そうとうな修羅場を潜ってきたのだろう。
「今の言葉、取り消せっ!」
場の空気を切り裂いたのは、意外な事に鋭い怒声だった。一瞬、自分が言われたように感じて、伊隅はどきりとした。
怒鳴ったのは、隊員の一人、先日ハイブから奇跡の生還を遂げた鳴海孝之中尉だ。両隣の速瀬少尉と涼宮少尉が驚いたような顔で、彼の顔を見ている。
「落ち着け、鳴海中尉」
「しかし、伊隅隊長!」
「……命令だ」
不承不承ながら、鳴海中尉が席に戻る。横にいた速瀬につつかれている。隊の者たち混乱した面持ちで、鳴海中尉を見ている。
いまや数少ない古参の一人となった鳴海中尉が、仮にも敵をかばうとは思わなかったのだろう。
命を救われた鳴海中尉としては、仮にも恩人が「化け物」呼ばわりされるのを黙っていられなかったのだろう。そう、彼らは感謝しても仕切れぬほどの恩人でもあるのだ。その事を急激に思い出させられて、伊隅はなんだか、バツが悪くなった。
「安心しなさいあんた達、彼らはBETAと違って言葉は通じるわ。……少し訛りがきついけどね」
茶目っ気たっぷりに香月博士が言う。相変わらずの上司に、伊隅はひそかに苦笑を浮かべた。一応、気を使っているのだろう。
「博士、我々としても仲間を救ってくれた相手に銃を向けるのは忍びないのですが」
そう言うと、香月博士は鷹揚に答えた。
「仮想敵って言っても、あくまで最悪の事態を想定しての事よ」
それだけ言うと、香月博士は部屋から出て行った。相変わらず、言うだけ言って出て行く人だ。
「はあ、まったくかき回すだけかき回すんだから」
なんとなく神宮寺軍曹の苦労が分る気がした。あの人とずっと親友をやっていられる神宮寺軍曹の偉大さが改めて分る。
「ああ、そうだ」
突然香月博士が戻ってきた。
「ひゃあっ!」
「……そんなに、驚かなくてもいいじゃない?」
とっさに悲鳴を上げてしまい、伊隅は顔を真っ赤にしながらうつむいた。
「ああ、え、失礼しました」
「来月あたりに、彼らと合同演習あるから、負けるんじゃないわよ」
次の瞬間、大隊全員の呪詛の混じった悲鳴が響き渡った。
「面白いじゃない。腕が鳴るわ」
なんとも頼もしい事をのたまうのは新任の速瀬水月少尉だ。少し猪突猛進過ぎる嫌いが無いでもないが、衛士としての腕は中々のものだ。経験をつめば、頼もしいエースの一人となってくれることだろう。
存外に速瀬のように単純に考えたほうが良いのかも知れない。どの道人、類のためにオルタネイティブ4を成功させるために、過酷な戦場を渡り歩くのが、自分たちの務めだ。そう思いながら、伊隅は部下に解散を告げた。
「しかし、あの人達と戦うのか……」
会議が解散されて、PXに来た孝之は、深いため息をつきながら言った。
誰だって命を救ってくれたような相手に銃を向けるのは忍びないものだ。自分が甘い事を言っているのは分っている。
だが、命を助けてくれた相手を仮想敵として考えろと言われても、そう簡単にできる事ではない。
「何一人でたそがれてんのよ!」
後ろから背中をどやしつけられる。驚いて、振り向くと、立っていたのは速瀬水月と涼宮遥の二人だった。
「何よ孝之、びびってんの?」
速瀬がからかうように言う。
「ちげぇよ!」
驚かされた事もあってか、孝之の返答も少々ぶっきらぼうなものになる。
そんな事は気にした風も無く、水月が言った。
「じゃあ、そんなに重く考えるんじゃないわよ。演習なんだから胸貸してもらうつもりで行けば良いじゃない」
「それも……そうか」
「そうだよ孝之君を助けてくれたなら、あたしや水月にとっても恩人なんだから」
横にいた遥が言う。
「そうよ! その、大事な仲間を助けてもらったんだから、当然でしょ」
水月もぎこちなく、頷く。
そうだ、彼らのおかげで自分はここに帰ってくる事が出来た。ならば、もう少し甘えて、胸を貸してもらっていいのかもしれない。
仲間として、一人の男としてこの二人を護りたい。それが無き親友に報いるたった一つの方法でもあった。
「そうだな、二人ともありがとう」
ふと孝之は真面目な顔で二人を見た。
「な、なによ」
「どうしたの孝之君?」
心臓がうるさいくらいに鳴っている。だが、ここで退いたら親友に合わせる顔が無い。
孝之は勇気を振り絞って、心に思っていることを言葉に変えた。
「あのさ、俺、優柔不断で二人の気持ちに、まだちゃんと向き合えないけど。必ず、答えを出すよ」
目の前の二人は同時に顔を真っ赤にして、頷く。ホッとすると同時になんだか自分を笑いたくなった。
言ってみれば、問題を先送りにしたに過ぎないのだ。だけど、自分の中で、何かの踏ん切りがついた気がした。
孝之は自分の中の気持ちが、少しだけ整理されたような気がした。
「……ごめん慎二。でも、俺、俺が二人に見合うだけの男になりたいんだ」
あの絶望的な状況で自分を助け出してくれた人物。そして凄まじいまでの実力を見せ付けた「バウアー少佐」。
本当を言えば、孝之とて戦ってみたいと思わないではなかった。
思えば、助け出されてあの人に在ったときから、心の奥底に思っていた。
あの映像を見た時、それは確信になった。
衛士として、何より一人の男として……。
「俺は……あの人に、勝ちたい!」
あとがき
トップ少尉、見事準レギュラー決定ですw 正直なやみどころなのはへタレを誰とくっつけるかだったりします。正直、個人的にはどっちでも良いという感じなので、いっそ感想欄の希望に沿ってしまおうかと考える今日この頃です。大勢に影響なしw 一応ガンダムなので、入れてみました往年の名台詞「あの人に、勝ちたい」結構好きな台詞なので遣わしてもらいました。さて、物語の展開上、結構はしょったりしているところもありますが、もしかしたら幕間や外伝などで書くかもしれません。電波神殿の祭司である作者の作品ですから、とんでもない事書き出します。ご了承ください。しかし、学校で失くしたUSBどうなったんだろう……中身さらされたら終了のお知らせですwww