ザンジバルの司令官私室、マ・クベ中佐の私室とも言えるその部屋に、二人の男女は立っていた。女性、と言うよりは少女と言った方が相応しい相手は、こちらが見て分るほど緊張しており、相対しているマ・クベのほうも、なんとなく気恥ずかしさを憶えてしまうほどだった。
しばしの間続いていた沈黙を切ったのは、少女の方だった。
「ふ、ふつつかものですが、宜しくお願いします」
頬を赤く染めながら、赤い髪の少女が頭を下げた。きっと、一世一代の決心をしてきたのだろう。僅かに、膝が震えている。そういえば、ジオンの軍服も板についてきたようだ。
そんなことを考えながら、目の前の現実から逃避しようとしている自分に気づいて、マ・クベは自分に苦笑した。
二人の間に置かれた机、その上の一枚の紙には純夏の名前が書いてあり、彼女はもう一つの欄にマ・クベがサインする事を期待しているのだろう。
だが、その前に一つ確かめておかなければならない事がある。
「純夏、その書類は何処で貰ったのか聞いてもいいかね?」
「へ? バウアーさんが貰ってきてくれて……」
「そうか……まだ、標準語(英語)の文章を読むのは苦手なようだな?」
そう言うと、純夏は恥ずかしそうに笑いながら、頭をかいた。
「……実はほとんど分りません」
「それでも、何とかしてよく読むべきだ。特にこの手の書類はな」
そう言って、マ・クベは書類の上の方に書かれていた単語を指差した。
「ま、マリッジ? …………え~と」
マ・クベは小さくため息をつきながら、言った。
「純夏……これは婚姻届だ」
言葉の意味を理解したのか、純夏の顔がだんだんと真っ赤に染まっていく。
「ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「バウアーの奴に、嵌められたな。途中で気づいてよかった……ウラガンにちゃんとした書類を持ってこさせよう」
マ・クベの言葉に、純夏がカクカクと頷く。「ちゃんとした書類」と言うのは純夏の「雇用契約書」である。マ・クベは純夏を「現地雇用の社員」としてジオンに組み入れるつもりだった。
その動機の中に「何も好き好んで母国を捨てさせることもあるまい」と言う配慮があった事は言うまでも無い。だが、言うまでも無い事は、あえて言わないのがマ・クベと言う男である。
10分後、軽いノックの音がしてウラガンが部屋に入ってきた。
「中佐、書類をお持ちしました」
「ご苦労、すまんなウラガン」
「……いいえ」
素早く敬礼をすると、ウラガンは踵を返して出て行った。いつもながら仕事の早い男だ。
マ・クベは手早く書類に自分の名前を書くと、純夏の方へ書類を差し出した。
「手間を掛けたな純夏」
「いいえ…………あれ?」
名前を書いてから、なにやら純夏が怪訝そうな顔をする。自分の名前の「カンジ」でも間違えたのだろうか。
「どうした?」
マ・クベが訝ると、何故か慌てた様子で、純夏が書類の中段を指差した。なにやら細かい字で色々と書かれている。
どうやら日本語らしい。「養子」「養親」「養女」「養父」などの漢字が辛うじて読み取れる。
「…………」
「ま、マ・クベさん、これ……たぶん養子縁組の書類です」
「バウアーの奴め、やってくれたな」
苦虫を噛み潰したような顔で、マ・クベが呟く。
大きなため息をついて、据付の艦内電話に手に取ると、何処にかけているかは、明白だった。
相手が出たことを確認すると、底冷えするような声で、マ・クベは言った。
「………………ウラガン、聞きたい事があるから、私の部屋に来い。内容は分っているな?」
―――― その日の夜 第600軌道降下猟兵大隊旗艦「モンテ・クリスト」
黒騎士の訓練も終わり、バウアーが休息のひと時をとっているのは、高級士官用の個室である。その扉を叩くものがあった。
「だれだ?」
「ウラガン大尉であります」
その声を聞くと、バウアーはにやりと笑いながら「入れ」と短く言った。
「うまくいったか?」
そうバウアーが聞くと、ウラガンは「大変ご立腹しておられました」と情けない顔で言った。
「まあ、そうしょげるな。貴様は俺の命令で仕方なくやったんだ」
バウアーが鷹揚に言うと、ウラガンが苦笑した。
「実は中佐から伝言がありまして」
「伝言?」
バウアーが怪訝な顔をすると、構わずウラガンは部屋を出て行った。直ぐに、なにやら重そうな段ボール箱が6箱ほど詰まれた台車を押して戻ってくる。
ウラガンが箱を開けると、中には膨大な量の紙束がぎっしりと詰め込まれていた。
紙面上には、主計のものと思われる複雑な計算式やら、数式やらが所狭しと書かれている。
「……参考までに聞くが、こいつはなんだ大尉?」
ウラガンは黙って懐から一枚の紙を取り出した。そこには、朝までにこの書類、全てを纏め直すようにと言う命令が書かれていた。ご丁寧な事に正規の命令書である。
「気の利いた書類のお礼、だそうです」
ウラガン大尉が泣きそうな顔で言った。
「畜生! 魔女の婆さんの呪いかっ!!」
バウアーが大声で悪態をついていると、ウラガン大尉が、大きなため息をつきながら言った。
「自分も手伝うように言われてますので……」
結局、その日バウアー達は、一睡もすることなく、見事に書類の山を整理し、再計算し、孤軍奮闘することとなった。
マ・クベ中佐の執務室の屑籠から奪取した書類を、バウアー少佐が完璧に整えて、基地司令に提出し、受理されてしまうのは、それから一週間後の事である。
2中村伍長の編集日記
「ジオン公国軍アプサラス開発基地」最前線の秘密基地であるこの基地において、娯楽は数少ない。
異郷の地に送られ、地下深くに押し込められた現状において、娯楽と呼べるものは、週一回のペースで発行される基地内の広報雑誌に連載されている小説と食事くらいのものです。
その二大娯楽を取り仕切っているのが、実は基地の食堂を支配する佐藤軍曹だということは基地司令すら知らない機密だったりするわけで。
ましてや、その娯楽を支えているとのが、僕のような一伍長とは想像もつかない事実かと思います。
僕とて、あの悪魔のようなろくでなしに悩まされる、むちゃくちゃな毎日が何時終わるのか、そればかりを考える今日この頃です。
畜生、いつか殺してやる。
「軍曹、流石に今週も休載するわけには……」
いつものように、原稿を催促すると、佐藤軍曹は面倒くさそうにこちらを向いた。
「ああ? 夕飯の仕込が終わってねえんだ後にしろ」
「今朝終わらせたじゃ無いですか」
「芋の皮向きが……」
「昨日、僕にやらせたじゃないですか」
担当さんたるもの、たとえ徹夜で芋の皮を剥いてでも、原稿を書かせるものである。と言っても、それを口実に押し付けた当人はいびきをかいて寝ていたわけですが……。クソ、いつか殺してやる。
感情を押し隠して、ボクは困ったように言った。
「そんな事言って、また連載停止する気ですか?」
「人聞きの悪い事をいうなよ中村くぅん。俺が何時、連載を止めたって?」
「この間の学院黙示録とか、公国の守護者だって止まりましたし、そのうち挿絵やってくれる漫画家さんになくなっちゃいますよ」
「余計なお世話だ、ボンクラッ!」
佐藤軍曹の鉄拳が飛んでくる。何時とて理不尽な暴力にさらされるのが、軍隊といい組織の常なのでしょうが、何故でしょう。例えどんな世界であろうと、「佐藤」に会えば、「中村」は大変な苦労と苦難と理不尽にさらされる。
そんな確信めいた考えが浮かんできてしまうのも、全ては軍曹のせいだと思います。
思えば酒を飲めば、絡まれて殴られたり、料理をして自分の手を切っても、殴られたり、異星人を食わされそうになっては、殴られたり(あの後、結局食べる羽目になったわけですが)。
まあ、なんとも嫌な経験ばかりつまされるわけですが……正直、ダレカタスケテクダサイ。畜生、いつか殺してやる。
などと考えているうちに、佐藤軍曹は姿をくらましてしまいました。正直言ってまずいです。僕とて娯楽の重要性は、十分把握しているつもりであります。
閉鎖空間に慣れているスペースノイドといえど、こんな場所にろくな娯楽も無く、押し込められていたら気が変になってしまいます。
うじうじ悩んでいた僕の思考を破ったのは、元気な挨拶でした。
「こんにちは~」
「あ、純夏ちゃん」
彼女、こと鑑純夏ちゃんは、食堂を手伝いに来てくれている子で、どうやら特殊部隊に所属しているらしい。
純真で明るく素直な純夏さん。しかし、噂によれば彼女はマ・クベ中佐のお手つきだとか、あんな顔して中佐も憎い人です。
当人の耳に入れば、この噂をばら撒いた張本人はきっと二度と地上を拝む事も無いでしょう。いっそ、中佐にばら撒いたのは軍曹だとチクってしまおうか……。
「……中佐? そうだっ!!」
「きゃっ!」
純夏さんが驚いた顔でこちらを見ている。どうやら、驚かせてしまったらしい。ボクは真面目な顔で純夏さんの両肩を掴んだ。
「純夏さん!」
「は、はい!」
「実はお願いがあるんですが……」
「はあ……」
――― その夜 機動巡洋艦「ザンジバル」
「それで、私に話とはなんだね、伍長」
わざわざ、純夏ちゃんに頼んだのはマ・クベ中佐に合わせてもらうことである。
「中佐に是非お見せしたいものがあります」
そう言って、一冊の単行本を渡す。
「これを……? ふむん…………」
中佐が受け取って本を開く。無言で、ページをめくりはじめた。
30分ほど絶ったろうか、重苦しい沈黙を破ったのは他ならぬマ・クベ中佐だった。
「…………中村伍長」
「は、はい!」
「大変面白かった……それで、私に何をして欲しいのかね」
「早っ! ああ、いえ、その実は……」
こうして、僕は今までのいきさつを中佐に打ち明けた。結論から言うと、その効果たるやてきめんだった。
中佐は佐藤軍曹を呼び出すと、基地の広報誌を出して「私は続きが読みたい」と一言言ったらしい。
それ以来、佐藤曹長は何かにとりつかれたかのように、原稿に向かうようになった。
流石はマ・クベ中佐だ。僕が何ヶ月もかけてできなかった事を、一瞬でやってのける。そこに痺れる、憧れるぅぅぅ。と叫んでしまいそうになったのは秘密だ。
きっとあの人のことだから、純夏ちゃんも幸せにしてくれる事だろう。
それにしても、どうしてもっと早くやらなかったんだろう。今では寝てるときすら原稿を落としたときの悪夢にうなされている。まったく、あの人にはいい薬だ。
「な~か~む~ら~くぅ~ん。面白い事書いてるなぁ」
背後から、気味の悪い猫なで声が聞こえて来た。
「ぐ、軍曹!? 人の日記を勝手に読むなんて! プライバシーの侵害だ!!」
良く起こっている人を背後に、炎が燃え盛っているように表現するが、本当に怒り狂っている人物の後ろには炎が燃えているようだ。
「……他に言う事があるだろうが、このアホ! クズ! 死ね!」
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
やっぱり、こういう運命からは逃れられないわけで、薄れ行く意識の中で、僕こと中村伍長は思うのでした。
「畜生、いつか殺してやる」
「いい度胸だな、中村ぁ? 声に出ててるんだよ、このボンクラがぁぁぁぁぁぁ……」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
どうやら、僕の苦難の人生はここで、終わってしまうようです。ろくな事が無い割りに短い人生でした……。
「あ? 一思いに殺すわけねぇだろ? 半殺しにしてから、たっぷりこき使ってやる」
軍曹殿が満面の笑みです。訂正、どうやら僕の地獄はまだ始まったばかりのようです。
「畜生!」
その日から、基地の食堂に幽霊が出て毎晩すすり泣いているという噂がまことしやかな噂がたった。
「畜生! いつか殺してやる!!」
おまけ
機動武闘伝マブラヴオルタネイティヴ(笑)
「武ちゃん、きっとあたしが起してあげるから」
西暦2001年、各国間の覇権をかけた「戦術機総合戦闘大会」通称「オルタネイティブ」第4回大会が始まった。
主人公 スミカ・カガミもその1人として、日本帝國領「佐渡島」をリングにして戦う。しかし彼女の真の目的は、祖国である日本帝國を裏切り、を奪って失跡した義妹、カスミ・ヤシロを探すということであった。
冷凍刑に処された幼馴染であるシロガネ・タケルを助ける為に、彼女は今日も戦っている。
「あたしのこの手が真っ赤にうなるっ! 勝利を掴めと輝き叫ぶ!! 爆熱! ドリルミルキィィパァァァァァンチ!!」
「甘いわよ! ゼロレンジスナイプ!!」
「あれは、まさかBETA!」
「純夏、聞こえるか? 純夏」
「タケルちゃん!」
「あれが上位存在……人類の、敵」
「武ちゃん! 最後の仕上げだよ!!」
「おう!!」
「「二人この手が真っ赤に燃えるぅ」」
「幸せ掴めとぉ!」
「轟き叫ぶ!」
「「爆熱!」」
「「ドリルミルキーファントォォォォム!!」」
「石!!」
「破ァ!!」
「「マァァァァァブラヴ、天驚けぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」」
「…………何を書いているんですか佐藤軍曹」
「どうだ中村、おもしれぇだろ新連載だ」
「どうして、既存の連載止めてるくせに新しいもの書くんですか……面白いけど」
「うるせぇ、細かいこと気にするんじゃねぇ気晴らしだ」
「まあ、良いですけど、純夏ちゃんねたにしたら、ちゃんと完結させないと特殊部隊の人達に、何されるかわかりませんよ」
「……え!?」
「また、止める気だったんですか……」
蛇足
機動武闘伝アカネマニアックス
BETAに辛くも勝利し、もはや戦争による人類の覇権を争うは愚かと悟った人類は(中略)
しかし、彼の真の目的は「XG-70b 凄乃皇・弐型」を奪って逃走した盟友タケル・シロガネを追う事だった。
「うをぉぉぉぉアカネすわぁぁぁん大好きだぁぁぁぁぁぁ!!」
「もう、剛田くんそればっかりじゃないっ!!」
「何しとるかこの阿呆弟子が!」
「あ、あなたはアドミラル・タドコロ」
「師匠!?」
「久しいなジョウジよ」
「あの、師匠……俺たちは中の人的に洒落にならない気が」
「馬鹿もぉぉぉぉん! だから良いのではないかぁっ!! それがわからんとは、ドモ、じゃ無かった、ジョウジ! だから貴様はアホなのだぁぁぁ!!」
「師匠だって間違えてるじゃないですかぁぁ!」
「貴様はただ『師匠』と呼んでおればいいかも知らんが、こちらはそうもいかんのだ! この阿呆がっ!」
「「流派!」」
「東洋不敗は!!」
「大和の風よ!!」
「前進!」
「戦列!」
「「天破侠乱!!」」
「「見よ! 東洋は赤く燃えている!」」
本編の方はもう少し時間がかかりそうなので、書き溜めておいた短編の方をアップさせていただきました。楽しみにしていた方々、申し訳ありません。なんだか、久々に変な電波を受信してしまったので、書いて放電しつつ、本編を進めています。
嘘予告編ですが、Taisaさんのドリル吹雪の話を見てたらついむらむらと。「ドリル吹雪カッコいい」→「ドリルといえば、ドリルミルキーパンチ……」→「そういや00スーツってGガンレインのスーツに似てね」→「あいつらバカップルだし」→「石破ラブラブ天驚拳……マヴラヴ」純夏のあくまで嘘予告なのでご勘弁を。00ユニットのスーツがGガンレインのスーツにそっくりな事に気づいていけるかなあと思ってついやってしまいました。
アカネマニアックス今更ながら見ましたが面白いです。笑えます。そう言えば、この阿呆は一体、オルタでは何をしているんでしょう。しかし、流石に関さんはカッコいいですね。この愛すべきキャラは一体何なんでしょうww