―――― ジオン公国軍アプサラス開発基地 MS整備場
増設されたMS整備場で、男たちが忙しく働いている。
第600軌道降下猟兵大隊の機体も一緒に、整備場で管理することが決まったので、特殊部隊の整備隊員や特殊部隊が救出した120名の捕虜の中から整備経験者などが借り出され、機体の修理や改修に当たっていた。
「しかし班長、中々に壮観な風景になってきましたね」
居並ぶMSを見回しながら、整備員の一人が興奮気味に叫ぶ。
何せ新型機が一個大隊分も増えたのだ。話しかけられた年配の班長も、まんざらではない。
「まあな、特殊部隊連中の機体も触らせてくれるってのは、驚きだったがな」
「こんなところに来たら、機密も糞も無いですからね」
別の整備員が手を動かしながら言う。
「さして、機密になるような技術も使ってないんですよ。それに、機密と言えばアプサラス計画の方がよっぽどだ」
コクピットの中から顔を出した整備員が会話に加わる。
「しかし、まあ面白いと言えば、今解析しているこの機体もだな」
班長がそう言って、装甲板を軽く叩いた。
「外装関係はちょいと強度不足ですけどね」
「航空機の技術だからな。むしろ、この技術で人型兵器を作れるのは凄いぞ」
あーだ、こーだと議論が白熱したところで、整備班長がたしなめた。
「貴様ら、喋るのは良いが、倍の速さで手を動かせ!」
それから、しばらく会話が途切れた。
「そう言えば、班長」
さきほどの整備員が、コクピットからひょこっと顔を出した。
「なんだ?」
「この機体、網膜に直接カメラの映像を写すって、本当ですか?」
「本当ですよ。マ・クベ中佐が捕らえたパイロットの装備を解析したら、その用途に使う装備がありました」
答えたのは、特殊部隊から出向してきている整備兵だ。
「凄いですよね。マ・クベ中佐もよくそんな連中捕らえられましたね」
「機体の素材強度が違いますからね。敵の携行火器も豆鉄砲でしたから」
冷静に答える整備兵。だが、どこか誇らしげだ。
「すごいと言えば、この機体に乗ってたパイロット連中も凄かったな」
班長がニヤリと笑いながら言う。
「ああ、あの体のラインがモロに浮き出たノーマルスーツですか?」
「あれを作った奴は偉大な漢だと思います」
ジオン軍のノーマルスーツも、比較的薄手の為、体のラインが出やすい。だが、異界の客人たちが着ていたそれは、男の夢を形にしたある種の芸術であった。
「女性のみってのが、また良いですよね」
特殊部隊から出向してきた整備兵もニヤニヤしながら、新たな話題に食いつく。まさに男所帯の整備班だからこそ出来る話だ。
「ただ、強度に関しては俺たちのより優秀だったな」
腕を組みながら班長が言う。
「質良し、見た目良し、中身良し、最高じゃないですか!」
すかさず、整備員の一人が合いの手を入れる。
「これで、味良しなら言うことないな」
班長の一言に、整備班全体がどっと笑い出す。
「精が出るな」
「そうそう、思わずって…なわけねーだろ」
後ろから掛かってきた声に、整備班長が気軽に返す。その瞬間、場が一斉に静まり返った。
「……」
「な、なんだどうした?」
いきなり静まり返った場の雰囲気に、整備班長がうろたえる。
後ろを振り返ると、まるでメデューサにでもであったかのように、固まった。
立っていたのは、ギニアス・サハリン少将その人である。
「し、し、し、失礼しましたぁぁぁぁぁぁ」
後ろにそっくり返らんばかりに背筋をそらすと、びしりと敬礼をする。
ギニアスが緩やかに答礼を返す。ギニアスの手が下りてから、30秒もかけて手を下ろすと、来るであろう叱責に身をすくませた。
「確かに……あれは、目の毒だ」
面白そうに言うと、ギニアスは穏やかな笑みを浮かべた。凍りついていた空気が氷解する様はまるで、久方の春の訪れのようだった。
整備班からの報告は驚嘆すべきものだった。電子技術や機関、構造素材などはこちらに劣るものの、生体工学や繊維分野に関しては、こちらと勝るとも劣らないものだった。
「諸君、ご苦労だった」
そう言って、ギニアスは整備班に敬礼をすると、整備班もすぐさま答礼を返す。
それにしても、面白い。ギニアスは心の中で、微笑んだ。
自分たちの世界には無かった新しい技術。技術者として、これほど好奇心をくすぐられるものは無い。
特殊部隊の機体を見たときも心が躍ったが、今度はそれ以上だ。
恵まれているな、とギニアスは苦笑した。同時に、心に芽生えるのはもっと生きたい。もっと学びたい、と言う願望だった。
そう言えば、アイナは元気にしているだろうか……。
急に元の世界に残してきた妹を思い出す。父の強さを受けついた妹。
ギニアスが宇宙放射線病にかかったのを気に病み、今まで色々と尽くしてくれた。そんな彼女を愛しいと思いつつ、だんだんと母に似てくるその顔を、いつしか真っ直ぐに見ることができなくなっていた。
私が継いだのは、母の弱さか……。
心の中で自嘲する。幼い頃に自分とアイナを捨てた母。
愛など粘膜の生み出す妄想に過ぎない、そう思うことで自分を慰めてきた。
憎むたびに大きくなっていく母の後姿。思えば、ずっと振り返って欲しかったのかもしれない。
「全てが、大昔のことのように思えるな」
一人呟いてみて、ギニアスは苦笑した。民間人であるにもかかわらず、テストパイロットとして志願してくれた妹。たった二人の兄妹として献身的に愛を捧げてくれたアイナ。
そんな彼女のことを忘れかけていたのだ。なんとも薄情な話である。
決して妹の事が嫌いなわけではない。むしろ心のそこから愛している。だからこそ、妹が地球に来る前に、この世界へ飛ばされたことだけは神に感謝していた。
だが、「本当にそうか?」とギニアスは、自分に問いかける。
本当は、アイナと離れたことに安心していたのではないか。まぶし過ぎるあの娘がそばに居れば、いつか自分は憎んでしまうのでないかと…。
だんだんとあの母さまに似てくるアイナを、私は憎んでしまう・・・・
だから、私は恵まれているのだ、とギニアスは思った。この世界に飛ばされてきて、多くのことを知った。多くの人が彼のそばに居る事。決して、一人で生きているわけではない。
宇宙放射線に蝕まれた体がいつまで持つかは分らない。だが、振り返った彼女の見せた
最後の笑顔、それに誓ったのだ。
かつて、ギニアス・サハリンの足を支えていたのは、執念であった。だが、今の彼を立たせているのは、他者の死を背負うが故の信念だった。
「ギニアス様! こちらにおられましたか」
声をかけてきたのは、ノリス・パッカード大佐である。サハリン家に長らく使えているギニアスの片腕とも言える存在だ。
「パイパー大佐がお待ちです。今後の特殊部隊の戦力振り分けのことで話しがあると」
「ああ、分った」
―――― アプサラス開発基地司令官執務室 ――――
ギニアスが自分の執務室に着くと、着席していたパイパー大佐が、立ち上がって敬礼をする。
ギニアスが答礼を返すとノリスもそれに習う。
「二人とも掛けてくれ」
パイパーとノリスが執務室のソファに腰掛ける。
「それでは大佐、話を聞かせて頂こう」
ギニアスが目配せすると、パイパーが黙って頷いた。
「では、我々の提案を述べます。マ・クベ中佐の交渉の結果、我々は彼らの基地建造を支援せねばならなくなりました。見返りの物資の補給は基地建造に使う物資と言う名目で我々に流すようです」
「我々の存在は表ざたにせんと言うことか……まあ、仕方あるまいな」
「我々第600軌道降下猟兵大隊は、その支援任務にバウアー少佐の黒騎士中隊を投入。リトヴァク少佐の白薔薇中隊にはこの基地の警備を担当してもらいます」
これを聞いて、ノリスが目を丸くした。ジオン公国においてMS乗りは花形である。そのプライドからか、基地建設などの汚れ仕事を嫌うパイロットも少なくない。
「工兵任務に特殊部隊を回すのかね?」
「我々は工兵技能も習得しております。それに、そちらの工兵隊だけでは、万が一敵の襲撃があったときに不利です」
基地のMS部隊は再編中である。基地建造支援に回せる機体はない。開放された元捕虜たちも居るので、人材自体は何とかならないでもないが、それでも厳しい。
「なるほど……了解した」
ノリスが納得したように頷く。
「リトヴァク少佐の部隊は狙撃部隊ですから、拠点防衛には最適です」
「話は分った……マ・クベ中佐の部隊はどうするのかね?」
パイパーの表情が少し硬くなる。
「その事で、お願いがあります」
「?」
「中佐が先だっての強行偵察で、化け物どもに捕らわれた人間を見つけたという報告はご存知ですか」
ギニアスの表情が曇る。脳髄だけにされて、光る柱の中に捕らわれたそれは、思い出しても吐き気のする光景だった。
「聞いているが」
「それの調査を行いたいと申しております。元の世界に返る方法が何か分るかもしれないと……。私としては行かせるつもりです」
「私としては」と言うのはパイパーの譲歩だった。ギニアスとノリスが反対するのなら、動かさないと言う意味だ。
「いいえ、我々としても、元の世界へ変える方法を見つけるのは第一にせねばならない。そこに関してはマ・クベ中佐に任せよう」
「はっ!」
パイパーは立ち上がって敬礼をすると、くるりときびすを返した。その後姿をギニアスが呼び止める。
「パイパー大佐」
「なんでしょうか?」
「協力感謝する」
ギニアスが穏やかに笑いながら敬礼をすると、パイパーは答礼と共に笑みを返した。
今度こそ、退室するパイパーの背中を見送ると、ギニアスは執務室のイスに深く腰掛けた。
「ギニアス様、お強くなられました」
傍らのノリスが感慨深げに呟いた。その顔は、どこか成人した息子を見る父親に似ていた。
「はあ……」
仮設されたPXから見える青空を見つめながら、神宮寺まりもは、本日、17回目のため息をついた。
視線は空を向いていたが、まりもの心は数日前にさかのぼっていた。
―――― 国連軍横浜駐屯地 地下(旧横浜ハイヴ) ――――
「……すごい」
夕呼の護衛として、この謎の基地について来たまりもは、来て早々に見せられた光景に言葉を失った。夕呼、まりも、霞の三人が乗ったジープを出迎えたのは、堂々と整列した異形の戦術機だった。
シンプルなシルエットだが、足回りはかなり堅牢そうだ。持っている火器も、かなり強力そうだ。
不気味な単眼を光らせながら、異形の戦術機達は控え銃の姿勢をとっている。
《基地防衛隊司令ノリス・パッカード大佐です。此処からは、あなた方だけでお願いします》
指揮官機らしき、青い機体が外部スピーカーを使って話しかけてくる。妙な訛りのある英語だ。
青という事は、彼らは帝国斯衛軍のだろうか? ハンドルを操作しながら、まりもはそう思った。斯衛ならば新型の戦術機を持っていてもおかしくは無い。だがノリス大佐というのは、明らかに日本人の名ではない。
というか、プライドの高い斯衛がわざわざ英語を使うなど、BETAが日本語を喋るよりありえない。
それに、一機種ならばともかく、此処にある機体は、皆見たことも聞いたこともないような機体だ。他の機体がOD色やブラウンなどに塗装されているのも変だ。
第一、ハイヴに基地を作れるほどの戦力があるなら、むざむざG弾など落とされなかったはずだ。
「伊隅、ご苦労だったわね。待ってなさい」
助手席に座っていた夕呼がジープの無線で、護衛の部隊に待機命令を出した。
――― アプサラス開発基地内第一会議室
「…………」
「………………はぁ」
気まずい沈黙の中にあって、神宮寺まりもは小さくため息をもらした。
目の前には基地防衛隊の司令官だと言う大柄な軍人が、いかめしい顔で座っている。
明らかに国連とは違う軍服を着ている事、それより何よりハイヴの中に基地がある事だ。だが、その全てを目の前に座る一人の男が封殺していた。
たしかノリス・パッカード大佐と言ったか、なんだか合成マヨネーズのCMに出てくる人形のような髪形をしている。
ずっと仏頂面でこちらを見ていたノリス大佐が、ぷいっと横を向いた。おや、と思って横を見ると、隣に座っている少女がノリス大佐を凝視している。
「や、社、何を見ているんだ?」
小声で少女に声をかける。まさかとは思うが、あの大佐の奇天烈な髪型を見ているのだろうか。どちらにせよ、相手にそう取られたら洒落にならない。まりもの胃がキリキリと痛んだ。
霞の視線がノリス大佐から、まりもに移る。
「大丈夫…です。あの人は…とても、優しい人です」
気遣うような視線を向けながら、霞がたどたどしく言葉を繋ぐ。自分の不安が伝わってしまったのだろうか。
「それなら、不安に思うことは無わね」
まりもは出来るだけ優しく少女に言う。
つかみどころの無いこの少女のことが、まりもは少し苦手だった。と言って、決して嫌いだということはない。
年端もいかない少女が感情も見せずに人類の命運を背負っている。それをただ見ているしかない自分が、少し辛かった。
「お待たせしました」
自動式の扉が開き、部屋に若い男が入ってくる。
サラリとした金髪に、どこか儚げな風貌、ただ目には芯の通った光がある。
「基地司令のギニアス・サハリン少将です」
男は穏やかに名乗ると、朗らかな笑みを浮かべた。
「あ、こ、国連軍の、きゃっ!」
慌てて立ち上がろうとして、机に両足の付け根をぶつけ、そのまま後ろにひっくり返る。まりもの口から思わず悲鳴が漏れる。恥ずかしさで顔に血が上ぼる。
「大丈夫ですか?」
差し出された手の持ち主を見上げる。先ほど部屋に入ってきた少将だった。
結構、好みかもしれない……。
しばらく呆然と相手の顔を見ていると、ギニアスが心配そうな顔でまりもの顔を覗き込んできた。
「どこか打ちましたか? なんなら衛生兵を呼びますが」
「だ、大丈夫です。し、失礼しました! 国連軍の神宮寺まりも軍曹であります!!」
はじかれたように立ち上がるまりも。隣の社が不思議そうな顔でこちらを見ている。恥ずかしさといたたまれなさで穴があったら入りたい気分だった。
恥ずかしくてギニアスの顔が見れず、少しだけうつむいて視線をやり過ごした。
別室に消えた親友に、早く戻って来い、と願う。
ふと、顔を上げると、霞が今度はギニアスのことをじっと見つめている。
視線に気づいたのか、ギニアスが穏やかに笑いかけた。霞は直ぐに目をそらして、うつむいてしまう。
「や、社!」
とまりもが小声で注意する。恐る恐るギニアスの顔を見ると、気にした風も無く、内線電話で何か話している。
「すまないが、第1会議室に紅茶を頼む。ああ、それで」
しばらくして、女性士官が銀の盆を持って会議室に入ってきた。
ボリュームのある長い黒髪に白いカチューシャが良く映えている。女性は机に盆を置くと慣れた手つきで紅茶をカップに注ぎ始めた。合成物でない香りが室内に広がる。
「ご苦労。これは…?」
盆には紅茶の他にケーキも載せられていた。ケーキは恐らくは少女への心遣いだろう。
「あ、あの紅茶だけでは、寂しいかと…」
咎められると思ったのか、伏し目がちに伍長が答える。
「いや、ありがとう伍長。君は確か、ケルゲレンでオペーレーターをやっていたね」
予期せぬ気遣いが嬉しくて、ギニアスは穏やかに笑った。
笑いかけられた伍長は、一瞬唖然とした顔になると、直ぐ、真っ赤に頬を染め、慌ててお辞儀をした。
「は、はい! 覚えていていただいて光栄です…」
伍長が、注いだ紅茶をまりもと霞の前に置く。少女の前には、ケーキも一緒に並べる。役目を終えると、見事な敬礼をして、退室した。
まりもは正直困惑していた。現在ではめったにお目にかかれない天然物の紅茶だ。はっきり言って軍曹クラスの人間に出すものでは無い。どうしたものかと、悩んでいると、ギニアス少将が紅茶を一口飲んで、穏やかに言った。
「この通り、毒など入っておりませんから、遠慮なくどうぞ」
「ああ、いえ、そんなつもりでは…」
隣に控えるノリス大佐もすました顔で紅茶を楽しんでいる。
まりもは思い切って、白いティーカップを取る。芳醇な香りが湯気と共に広がり、思わず顔が緩んでしまう。一口すすると合成ものにはない独特の渋みと、コクが口中に広がる。
「…美味しい。ダージリンですか?」
「ええ、月並みですが」
優雅に答えるギニアス少将。一瞬、中世の貴族のように見えた。穏やかな表情、惜しげもなく振舞われた天然物の紅茶。本当に客としてもてなされていることが分る。
思えば、天然物の紅茶を飲むなど一体何年ぶりだろうか。BETAの侵攻でユーラシアほぼ制圧されてから、特に茶の値段は高騰し続け、英国が流通割り当てをめぐって戦争になりかけたほどだ。
「社、いただきなさい。美味しいわよ」
ケーキを物珍しそうに見つめる霞に笑いかける。自分でも驚くくらい自然に笑いかけていたのは、きっと紅茶のせいだろう。
「気に入っていただけたようですな」
穏やかな声がかかる。ギニアス少将だ。微笑を浮かべてこちらを見ている。
まりも、はあわてて席を立ち直立不動になる。
「あ、あの勿論です!! 感激しました! ありがとうございます」
ビシッと敬礼までするまりもに、ギニアスは鷹揚に笑った。
「まあ、そう固くならないでください、と言っても難しいでしょうが。我々まで難しい顔をすることも無いでしょう」
と穏やかに言う。表情には気負いや警戒と言ったものはかけらも無い。あまりにも余裕に構えているので、まりもは思わず尋ねた。
「気にならないんですか? 会議の内容が」
「私はマ・クベ中佐を信じています」
ギニアスが、さも当然と言わんばかりの表情で答える。虚勢などではなく、その目は信頼と自信に満ちていた。マ・クベ中佐…ちらりと顔を見ただけだが、確かになんともいえぬ迫力があった。
「そうですか…」
勿論、まりもとて夕呼を信頼していないわけではない。だが、まりもには「知る必要が無い事」が多すぎるように思えた。そこまでしか、親友を手助けできない自分に歯がゆさを感じていた。
「まあ、我々がジタバタしても、仕方が無いということですよ……」
穏やかに笑うギニアスの笑みに、まりもは何故だか救われた気分になっていた。
「……うぐっ!」
突然、ギニアスは顔をゆがめると、そのまま、よろめいて机に倒れ込む。
「ギニアス様!」
「サハリン少将!?」
まりもとノリスが慌てて立ち上がる。
「……騒ぐなっ!!」
イスに持たれかかりながら、ギニアスが一括する。懐から薬を取り出すと、紅茶を使って一気に飲み下す。
「……お見苦しいところを見せてしまいましたな」
ギニアスが無理やりに作った笑顔をまりもに向ける。
「ノリスも、心配をかけた。……ちょっと薬を飲み忘れていた…」
それが嘘であることは、誰の目にも明らかだった。苦笑浮かべながら、ノリスを見る。ノリスは黙って頷くと、席を立った。
「……出来るなら、この事は他言無用に願いたい」
最高司令官の病気、これは交渉の上で大きなアドヴァンテージとなる。先ほどの柔和な雰囲気と比べ物にならないほど、鬼気迫るものがあった。
まりもは、少しだけうつむくと、硬い声で答えた。
「自分は軍人です……問われれば、答えることしか出来ません」
「そう……でしたな。馬鹿なことを、言ったものです」
とギニアスが自嘲気味に笑う。その顔は、先ほどよりも幾分か痛々しいものに見えた。
「あの、ですが、聞かれていないことにまで、答える権限はありませんので……」
言葉の最後は尻すぼみになる。意味を察したのか、ギニアスはまたもとの柔和な笑顔を浮かべて言った。
「外まで、お送りします。ノリス大佐が待ちくたびれているでしょうから」
――― 国連軍横浜仮設駐屯地
PXの窓から変わらず見える青い空を見つめながら、まりもは18回目のため息を洩らした。
「何であんなこと言っちゃったのかしら……」
結局まりもは、夕呼にギニアスの病気のことを言えないでいた。
「夕呼の事だもの……社から聞き出してるわ」
そう、一人呟いてみても自分への言い訳にもならない。
「言わなくて良い事は言うくせに、言わなきゃいけない事は言えないなんて……」
また、ため息をついて、指で唇をなぞった。
「神宮寺教官……また、失恋したのかしら?」
「しっ! 水月! 聞こえたら怖いわよ!!」
「あの様子じゃ、聞こえないわよ」
鬼教官であったはずの女性を遠巻きに見ながら、速瀬水月と涼宮遥の二人は気味悪げに様子を伺っていた。
そんなことにも気づかずに、神宮寺まりもは19回目のため息を洩らした。
あとがき
前に書いていた7章の一部分を流用しつつ、書き足してえらい長いことに、てか女性キャラって難しいですね。ケルゲレンのオペ子ちゃんはもったいないので、出演していただきました。
あと、08MS小隊を見直していたら、何故か片腕のアッガイたんが出てきまして。「一体何処から来たの? お家は?」と聞きたくなりました。
萌えるMSことアッガイたん。あの可愛さは反則だと思います。
こちらでもチェックはしているのですが、やはり自分の目ほど頼りにならないものは無いのも事実。
誤字、脱字等ありましたら、教えていただけると助かります。その他、感想やご意見など、ありましたら、宜しくお願いします。