(注)この物語は、『とーたる・オルタネイティヴ』本編とはあまり関係ありません。
こんな結末もありえるかもね、という軽い気持ちでお読みください。
とーたる・オルタネイティヴ
あなざーえんでぃんぐ ~あかるいかぞくけいかく~
いきなりだが、質問しよう。
目の前には全裸の女の子。その子は上目遣い、かつ目尻に涙を貯めて以下のように懇願してくるわけだ。
「ね、ねえ……お願い、なかでだしてっ……!!」
どのような返答をするのが正しいのだろうか?
「良いだろう! いくぞっ」
一時の誘惑に流され、快楽に身を委ねるか。
「ダメだって。まだ子持ちにはなりたくないもん」
強靭な理性とリスク管理により、危険を回避するか。
これは、出題者こと白銀 武が迂闊にも前者を選んでしまった話となる……。
―――かみさま、ぼくのじんせいせっけいはおおきくきどうしゅうせいをしいられてしまいました……
―200X年X月X日 XX:XX―
ふと過去に思いを馳せる。
思えば、色々あったものだ。公的な話に限ってみても、クーデターやら佐渡島攻略戦、そしてカシュガル。
それらの命がいくつあっても足りないような極悪任務に黙って従事し続け、そしてそのことごとくから無事に生還した。
私的な話はどうなんだ、と問われればそちらの方もまた一晩や二晩では語り尽くせぬほど。
けどまあ過ぎ去った過去を懐かしむほどには年老いていないつもりなので割愛したい。
そんなこんなで、『この世界』にループして幾年月、俺こと白銀 武は今日も元気にやっている。
さて此処は、もはや通いなれたというよりもう一つの自分の部屋と言ってもいいくらいの唯依タンの部屋。
俺の目の前には、重大な話があると言って俺を呼び出していながら、恥ずかしげに顔を俯かせて一向に話をしようとしない唯依タンの姿がある。
この様子を見る限り、どうやら決定的に悪い情報というわけでは無さそうだ。
とは言ったものの、俺の超・紳士レーダーはさっきから警報を最大レベルで鳴り響かせていた。
どうやら、俺個人にとってはあまり良くない部類の情報となるらしい。
「あ、あのね……武……」
「お、おう……」
今度こそ、と思ったのも束の間、またまた唯依タンは俯いてしまった。
いや、今回は割と早く復活した。俯いたと思ったら即座にキッと顔を上げ、俺の眼を真正面から見据えてきた。
―――数秒の沈黙。そして唯依タンの口が開かれた。
「私、出来ちゃったみたい!!!」
「………………」
独身貴族を謳歌する若い男が、付き合っている女性から言われて頭が真っ白になる台詞ランキングというものがあったとしたら、かなり上位にランクするであろう台詞。
何と言ったら良いのか、何も考えられない。というか、考えたくない。
いっそ、ショックで幼児退行してしまいたい。
……え~と、あれだ。前に聞いた事がある歌の一節だが、『さだめをうけたせんし』ってヤツは、どんなときでも『立ち上がって』『気高く舞う』んだったか?
俺もこの際舞うべきだろう。尤も、その舞に名前をつけるならそれは、『きりきり舞い』だけど。……はははは、はは、は……は、はぁ。
―――おおしろがねなさけない……たねをまいてみのらせるとは、『じごろ』にあるまじきだいしったい……!
心なしか、かみさまのこえにも若干の驚愕が窺える。
いやいやいや、そうじゃなくて。
「えーと、唯依タン。……はっきり聞くぞ」
「うん、聞いて」
告げるべきことを告げ終えた安堵からか、なにやら非常に良い顔をしておられる唯依タンに、俺は勇気を振り絞って問い掛けた。
「なにが……できたの……?」
「あかちゃんよ?」
「……『あかちゃん』ってなに?」
「私と、武の、血を受け継ぐ子供、のこと」
『私』と『武』、『子供』を妙に強調して断言する我等が唯依姫。
恥ずかしかったのは単に俺に宣言する、という一事のみで、それを成し遂げてしまった今恐れるものは何も無いとでも言うのか。
唯依タンは、さっきから満面の笑みを浮かべて俺の問い掛けに答えてくれる。
きっとその笑顔は、見るもの全てを問答無用で癒してしまうに違いない。
……俺以外はね。
「もしかして……迷惑……だった……?」
先程からの俺の微妙な雰囲気を察してしまったのか、先ほどまでの唯依タンの笑顔が途端に今にも降りだしそうな曇天模様へと切り替わる。
その表情の急転直下は、こちらが見ていて怖くなるくらい。
「ご、ごめんね……武の迷惑も知らずに、一人で浮かれちゃって……」
そう微かな声で呟き、ふらふらと頼りない足取りで部屋を出ようとする。
自分の部屋を出て何処へ行くのか、なんて考えは恐ろしくて出来無い。
……って、いつまですっとぼけてやがる、俺。ぶちのめすぞ!!
「待ってくれ!」
俺は、唯依タンを後ろから抱きしめた。ただし、負荷の掛かりそうな腹部は避けて上半身に腕を回して。
「き、きにしないでたける。あなたにめいわくはかけないから。いますぐいわやのおじさまのところにいって―――」
国連軍を退き、その『おじさま』の世話になると言うのか。
そんな台詞、最後まで言わせたらいけない。俺はその一心で唯依タンの口を己の唇で塞いだ。
唯依タンは、驚いたような表情で至近距離の俺の眼を見詰めている。
―――十秒程度の触れ合い。されど、数時間にも感じられる長い十秒が過ぎた。
俺と唯依タンは、ゆっくりと顔を離した。
微かに頬を染め、何か言おうと口を開く唯依タンよりも早く、俺は言った。
「結婚しよう」
口に出すためにありったけの勇気を必要とした台詞。
唯依タンの顔が、きょとんとした良く意味のわかってない表情になった。
俺は、それに構わず矢継ぎ早に言葉を紡ぎ出す。
「そうだな、流石に今すぐ式を挙げるのは無理だから、とりあえず籍だけ入れよう。
俺には背負うべき家なんてないからそっちの籍に入ったって構わない。ああ、これまで付き合ってきた女の子達に事情を説明ないとな。
あと、巌谷中佐に挨拶しに行かないと」
一息にそこまで告げ、俺は唯依タンの様子を窺った。
唯依タンは俺に後ろから抱きしめられ、顔だけこちらに向いている状態。それが、表情に変化が見られたと思ったのも束の間、俺から顔を背けて俯いてしまった。
それでも、俺は分かってしまった。唯依タンの肩が僅かに震えていたから。
そして、微かに、本当に微かに嗚咽が聞こえてきたから。
俺はゆっくりと彼女の上半身に回していた手を解き、その手を彼女の両肩に乗せた。
そのままこちらを振り向かせる。手を離して俺はしゃがみ込み、唯依タンの顔を下から覗き込んだ。
―――唯依タンの両目は、涙に濡れていた。
「ご、ごめん……ごめんね、武。私、嬉しいの。……嬉しいのに涙が止まらなくって……!」
「謝るのは俺のほうさ。……俺ってヤツは、どうしてこう、土壇場でヘタレちまうんだろうな。
……こんなんじゃ、おなかの子に笑われちまう」
全く、危なく俺は一人の女の子の心をぼろぼろにしてしまう所だったのだ。
それだけではない。その子の胎内に息づくもう一つの命までも。
ほんの数分前に戻ることが出来るとするならば、俺はそのときの俺を全力でぶん殴っているだろう。
思うに、俺はこの時の唯依タンの涙を見て初めて、親になるという事実に対する覚悟が出来たのかもしれない。
そして同時に、彼女とその胎内に息づく新たな命を守るために、これまでの自分にとっての『大切なもの』全てを投げ出す覚悟を決めたのだ。
さらに、その事を今現在微塵も後悔しておらず、今後も後悔することがないだろうと言う予感を抱いたのだ。
―――さて、どうやら初めての妊娠という事実にやや精神が不安定になっているらしいお姫様を慰めることには一応成功した模様。
でも、俺はまだ肝心の台詞を姫から貰っていない。そうである以上、此処はもう一度言わねばなるまい。
「唯依タン、改めて言うぞ」
「は、はいっ……!」
涙に濡れていた顔を上げ、唯依タンが真摯な表情で俺を見詰める。
さあ、捻りを加えた俺様のプロポーズ、受け取るが良いっ!
「俺と一緒の墓に入ろう!」
「…………」
「あ、あれ?」
「武、流石にその台詞はドン引きだと思う……」
『ドン引き』なんて言葉、良く知ってたな。教えたのは誰だ―――って、俺か。
「じゃあ、ぼくのために毎朝味噌汁を作ってください!」
「……此処、国連軍基地だから……無理、かな……」
「俺の下着を洗濯してくれ!」
「此処、クリーニング」
「寝たきりになったらオムツを替えてくれ!」
「するけど……イメージ悪すぎる……」
「お嬢さんをぼくに下さい!」
「それ、おじ様に言って」
「えーとえーと―――って、流石にネタ切れだっつーの!
わがままだぜ、唯依タン!どんな台詞なら了解するんだよ!!」
「…………」
お、おい?さっきまで嬉し涙を流していた筈の唯依タンの眼が、据わっている?
「ねえ、たけるって……オトさないときがすまないたいぷのひとだったの……?」
「わかった、悪かった!今度こそマジだっ!!」
「…………」
いかん、今度こそ失敗は許されない。一回オトして俺のエンターテイナー魂も満足したし、次は決めないとな。
俺は、唯依タンの両手を握った。そして、真剣な眼で彼女を見詰める。
「唯依タン、俺には君が必要だ。……結婚して下さい」
「はい、喜んで……」
そう、『結婚しよう』と言った俺に対して、唯依タンは『イエス』とも『ノー』とも返事していなかったのだ。
態度を見ていれば分かるだろうとかそんな問題ではないのだ。
コイツは、れっきとした契約なのだから。
再びの嬉し涙を流す唯依タンを抱きしめながら思う。
本来思い描いていた未来予想図とは若干違う結末。だけど、これで良い。
これから二人で、周りの皆が胸焼けを起すくらいに幸せになってやる。
そして、戦術機のコクピットなんて色気の全く無い場所ではなく、百まで生きて孫や曾孫にいい加減鬱陶しがられながら布団の上で大往生するのだ。
俺の墓碑銘にはこう刻んでもらおう。
―――見果てぬ夢を追い求めし漢の中の漢、此処に眠る―――
―――数ヶ月後―――
「CPより白銀少佐、帝都育愛病院より緊急連絡。繰り返す、帝都育愛病院より緊急連絡!」
「来たか!!」
此処は横浜基地敷地内の演習場。今まさに、俺たち武御雷部隊とヴァルキリーズとの間に戦端が開かれようとしていた所だ。
俺は、通信で呼びかけた。
「冥夜、まなちゃん、応答しろ」
『―――はっ!隊長、何か!?』
揃って画面に現れる二人。何事が生じたのか、と緊張に満ちた表情。
「嫁が産気づいた。よって、俺はこのまま帝都に向かう。
……後は任せたぞ」
「独りで行く気か、タケル」
「露払いが必要でしょう?武様」
どうやら、付いて来る気満々らしい。
俺は、画面に向かってニヤリと笑いかけた。
「揃って始末書でも書くとするか?」
「我らにとっても、甥か姪かのようなものだ。些事だな」
「数々の武功を挙げた『英雄』である我々に、始末書以上の処罰を与えられる筈もありません。せいぜい派手な誕生祝をお届けするのが、最善でしょう」
『勿論、私たちもご一緒します!!』
通信に割り込んでくる3バカ。
揃いも揃ってこの部隊は馬鹿ばかりだ。
「話は聞かせてもらった。白銀、我らも同行するぞ」
「物好きですね、伊隅『少佐』」
「御剣が言ったとおりよ。私たちにとっても、他人じゃないわ」
「速瀬『大尉』……」
訂正。馬鹿なのは、俺の部隊のメンツだけではないようだ。
夕呼先生にしても、この通信が耳に入っていない筈がない。何も言わないって事は見て見ぬ振りをしてくれるという事。
初めて知ったことに、どうやらこの基地には馬鹿しか居なかったらしい。
それも、愛すべき馬鹿。
―――再び、CPから通信が入った。
「帝都城の殿下より緊急連絡! 『初顔合わせの栄誉はわたくしが頂く』以上です!」
「させるかよ! 各員聞いたな、全速で帝都に向かうぞ!」
『了解』
次の瞬間、一斉に十数機の戦術機が大空に飛び上がった。
網膜に映る景色は、雲ひとつない快晴の青空。
それを見て、俺の脳裏に閃くものがあった。
「そうだな、子供の名前は―――」
俺の呟きは戦術機の奏でる騒音にかき消され、誰の耳にも届く事はなかった。
だけどそれで良い。それを聞く一番最初のヒトは俺の伴侶たる唯依タンだ。
―――さて、唯依タンに会ったら、まず最初に抱きしめて良く頑張ったと褒めてやろう―――
とーたる・オルタネイティヴ 個別ルート 唯依エンド ~完~
あとがき
えー、初めはただ単に妊娠ネタをやってみたかった。それだけだったのですが、気付いてみれば『個別エンド』扱いに。
まあ、普通のエロゲみたいに選択肢とかあったらこういうエンドもアリでしょう、と。
勿論、本編はまだまだ続きますので第41話をお楽しみに。