とーたる・オルタネイティヴ
第5話 ~おどるぴえろはなやまない~
―――とんだ災難だったとも言えるし、ある意味役得だったとも言える。
……何の事かと問われれば、むろん朝の一件である。
別に覗かれていたのが災難だった、と言うのではない。
他人の一人や二人にあの程度の場面を見られたからといって狼狽するほどぬるい修羅場を潜ってきた訳ではないし、人生経験に乏しいわけでもなかった。
では、何が災難だったのかと言うと、まあ、つまり俺達が屋上で繰り広げた会話の一部始終を聞かれたということ。
今後、唯依タンを除く他の女の子と『親睦』を深めようと彼女達に接近する場合、屋上で唯依タン相手に使ったような手段は使えなくなってしまったわけだ。
分かりやすく言えば、わざと身体を密着させるようにして座ってみたりだとか、肩を抱き寄せて髪を撫でたりだとか、臆面も無く真顔で『可愛い』と褒めてみたり、だとかそういったことだな。
ぶっちゃけてしまうと、これらには無限ともいえるバリエーションがあるため、一概に使えないとも言えないのだけど。
いずれにせよ、今後彼女達は俺とそのような雰囲気になりかけたら警戒するだろう。
いい感じに盛り上がってきたところで、『そうやって篁 唯依を口説いたのか』みたいな台詞を言われた日には、衝撃のあまりどっか別の次元にループしてしまいかねない。
―――今後の、より慎重な対応が必要だ……。
役得の方はと言えば、唯依タンの絶叫の後ヤツラはさっさと逃げ出してしまった。
まあ、霞とイーニァが逃げ遅れた挙句、二人仲良くすっ転んでじたばたしてた、というのはご愛嬌というものだ。
だが、霞はともかくイーニァはあれで訓練生だというのだから驚きである。
―――かすみには、あとでおしおきとして、おいしゃさんごっこをじっこうせねばなるまい……!!
いや、それはこの際関係ない。
つまり、俺は落ち込んで自省モードへと突入した彼女を慰める、という大義名分の下、より密着度の高い状況であれやこれやする事ができたのだ。
あれやこれや、の内容については多くを語るまい。
ただ、ごちそうさまでした、とだけ言っておこう。
結果、訓練に遅れて何故か俺だけまりもちゃんを相手に、ガチで格闘訓練をやらされる羽目になったが……。
と、まあ細かいごたごたはあったにせよ、今日の訓練も無事に終わりました。
だが、果たすべき使命を抱える俺様は、訓練が終わったからといって部屋でのんびりする事など許されない。
俺こと『ラヴ・サーヴァント タケル・シロガネ』は今日もまた新たなる神託を得て、それをクリアすべく基地内を徘徊していた。
本日のミッションは『クリスカ・ビャーチェノワ となかよくなろう』だってさ。
いわゆる、『将を射んと欲すれば……』というやつ。俺流に言うなら『さんしまいよんぴー欲すれば長女から落とせ』というところだ。
―――うん、実にストレート。わかりやすい。
というか、クリスカとイーニァは部屋にいなかった。
この二人、個室が許されてるのにわざわざ同室にしてるらしいのだが、部屋は空っぽだったのだ。
彼女達が普段どこで何しているのか、なんて知る筈も無い。
我が家のようなくつろぎっぷりを発揮してはいるが、俺は今回この基地に来て、彼女達に会ってまだ三日目なのである。
―――こうなったら、『彼女』を頼るしかあるまい。
『彼女』―――言わずと知れた『よこはまきちのろりがみさま』こと社 霞その人である。
失せ物、探し人、何でもござれの迷探偵だ。彼女に聞けば一発で居所も判明するだろう。
朝の一件のおしおきもしておかなければならないしね。
―――ふふふ、かすみよ。はくいとちょうしんきをよういしてまっているがいい。
……件の脳みそ部屋で、クリスカ、イーニァ、霞の三人があやとりしてました。
流石に、予想外だった。
いや、長女次女がいなけりゃ末っ子のところ、という考えに気付かなかった俺うかつすぎる。
というか、そもそもこの部屋は訓練生は立ち入り出来ない筈だ。
やっぱり、能力者特権というやつ?
―――で、イーニァと霞よ。何故、俺が入室した瞬間シリンダーの裏に隠れる?
無言で彼女達の方へ向かう俺。二人は、肩を抱き合ってぶるぶる震えていた。
更に近づく俺。逃げる二人。
更に更に近づく俺。更に逃げる二人。
―――ふっ、霞にイーニァ。分かっているのか?其処は部屋の角だ。
―――もう、これいじょうにげられないよ?
両手をわきわきとさせながらゆっくりと彼女達に歩み寄る。
「「―――ひっ……!!」」
「やめんか……!!」
瞬間、腰の辺りに衝撃。どうやらクリスカに蹴りを入れられた模様です。
「いたいな。クリスカ、何をするんだ?」
「それはこちらの台詞だ! 何を考えているか知らないが、今すぐ不埒な妄想をやめろ……!」
……なるほど。なぜ彼女達が逃げていたかわかったような気がする。
俺のお仕置きがそんなに怖かったのか……。 ……って違うだろ、俺よ。
彼女達は、俺のももいろしこうを読んでしまったらしい。それもかなりリアルに。
むう、こいつはうっかりだ。さて、どうやってフォローしよう……?
「……あ~、イーニァに霞。一応、冗談のつもりだったんだけど……そんなに怯えられると悲しいぞ」
「……でも、白銀さん、とても本気でした……」
こくこくと頷くイーニァ。涙目で怯える二人は実に良い仕事をしている。
……いや、だからとりあえず今はももいろ禁止だと言うのに。
「ああ、前は霞、全然怖がってなかったろ?だから、少しからかうつもりでちょっとマジになってみたんだけど……
本気で怖がらせてしまったみたいだな。……イーニァも霞も、ごめんな?」
謝り、同時に必殺のエンジェル・スマイル。
生まれたての赤ん坊が浮かべるという、伝説クラスの微笑みだ。これが可能な野郎など、横浜基地広しと言えども俺しかおるまい。
この技は、決まれば一発で相手の警戒心を解くという効果を持つ。風の噂によれば、決まれば一発で『ポッ』となってしまう微笑みも存在するらしいが、今の俺では警戒心を解く程度で精一杯だ。
いずれ、恋愛原子核SSSランクへと到った暁には、俺にも使用可能となるだろう。そうなれば、出会う女性全てを虜にして基地内にハーレムを作る事も夢ではない。
あと10回ほどループを繰り返せばその境地へと達する事も可能か。其の時が実に楽しみである。
イーニァが、恐る恐る俺に近づいてきた。彼女の手が届くギリギリのところで立ち止まり、俺の身体に触れる。
またこの展開か、とは思ったが今回は俺が悪かったため、おとなしく心を開く事にした。
「…………うん、やっぱりたけるはたけるだね。かすみ、ゆるしてあげよう?」
どうやら、合格したらしい。
『この、へんたい……!!』とか言われていたらショックのあまり二度とループの出来ない身体になっていただろう。
……いや、それはそれで幸せな事なのかもしれないが。
「そうか、ありがとう二人とも……」
近付いて来た霞と、イーニァの頭にぽんと手を乗せ、軽く撫でてやる。
人に馴れない小動物を餌付けしているようで、とても和む。
対して、クリスカは驚愕の表情をしている。
「クリスカ、どうした?……顔が鳩で豆鉄砲だぞ……?」
違う、どこの獣人だそれは。『鳩が豆鉄砲喰らったような顔して』だろう。
「……イーニァとカスミが、こうも他人に心を開くなど、信じられん……」
「……それは、お前達が第三計画の遺産で、ESP能力者だからか……?」
「―――っ!! 何故、それを!?」
「おいおい、自己紹介のとき、まりもちゃんが言ってたろ?
『俺は特別だ』って。 『計画』に関して俺より詳しい軍関係者はそうそういないと思うぜ?」
「くっ、キサマ、いったい何の目的で私たちに近づいた……!!」
うわ。まさかこうくるとは思わなかった。武器を持ってたら襲い掛かってきそうな勢いだな。
手っ取り早く話を付けるためにいきなり核心を突いてみたんだけど、無用に警戒させたみたいだ。
「おい、二人とも、ねーちゃんに何とか言ってやってくれ……」
「クリスカ、たけるはいいひとだよ……?」
「クリスカさん……白銀さんは、敵じゃありません……」
……おい、それは、微妙にフォローになってないぞ。
敵じゃない、ということは味方でもないと聞こえるし、何よりも、イーニァ……『いいひと』というのは男にしてみりゃ褒め言葉でもなんでもないんだ……。
クリスカは、依然として警戒を解かない。
「というか、クリスカ。……お前も能力者なんだろう……?なんなら、『読んで』みろ。
そうすれば、いかに俺が純粋で、立派な男かわかるってもんだ」
「……私は、よほど特別な事情がない限り、能力の行使を禁じられている。
党と人民の名に於いて、それを破る事はできない。
いいか、私達は貴様等と馴れ合うつもりはない……!!」
…………。
かみさま、どうしましょう……?このひと、がちがちの『きょーさんしゅぎしゃ』です。
うわさの、ひだりがたしこうなひとです。
ぶっちゃけ、そんなひとをおとす『のうはう』なんてこころえてません……!!
「……お前の上司は、お前に『誰とも親しくするな。誰にも頼るな。孤高を保て』とでも命令したのか?
どんなに優れた衛士でも、一人で出来る事なんて知れたもんなんだぜ……?
いざ実戦で、お前の背中を護ってくれるのはあいつら……、唯依タンやステラに、タリサなんだ」
いかん。あまりにもショックで、つい地が出てしまった。
こんなシリアスでクールな台詞、俺様のキャラではないというのに……!!
「私の目的は、一秒でも早く任官し、祖国の最前線で戦う同志達の下へ馳せ参じることだ。
……そのために、余計な事をするつもりはない」
「……あー、クリスカ。少なくとも、俺に関して言えば、親睦を深めておいて損も無駄もない筈だけど。
何なら、お国許のお偉いさんに確認してみろ」
「……どういう意味だ……?」
「まず一つ目。今でこそ訓練生なんてやっているけど、こと戦術機に関する限り、俺よりうまく扱える人間なんていない、という事。
そして二つ目。いま、香月副司令の元で、ある新兵器の開発が進められている。俺はその開発に深く、大きく関っている。
以上の理由により、俺と親睦を深める事によって戦術機操縦技術並びに新兵器に関する情報、ふたつの入手が可能となる」
「それが、お前の言う事が本当だという証拠がどこにある?」
「それこそ、イーニァと霞に聞いてみろよ。
それでも納得できないなら、香月副司令に聞いてみても良い。
それに、そんなすぐにばれるような嘘をついても意味がないし」
「…………」
うむ、よくやったぞ、俺。まさに『情で落とせない女は理詰めで説得しろ』作戦だ。
『俺と仲良くする事が祖国に利益をもたらす』という理屈は彼女にとっては効くに違いないぜ……!!
「……わかった。とりあえず、お前の言い分を呑もう。
―――だが、勘違いするな。私がお前と友好関係を築くのはあくまで祖国と任務のためだ……!!」
―――な、なんというツンでれ。流石にこの攻撃は効いたぜ……!
やれば出来るじゃないか、クリスカ!
これでますますやる気が出てきたってもんだ。
―――いずれ、身も心も俺様にデレデレにしてやろう……!
そして、ゆくゆくはイーニァ、霞を混ぜてよんp……ちょっと待て、俺。
なにか、大事な事を忘れてはいないか?
……そう、ここにいる女の子は全てESP発現体で、傍らにいるちびっこ二人には俺の思考が駄々漏れだってことに……!!
「……ヘンタイ、ですか……?」
「たける、そういうことしたいの……?」
「やっぱりかよぉ~!!」
―――毎度毎度こんなオチばっかりだ……!!
たまにはシリアスなまま締めさせてくれ……!!
―――俺の慟哭がかみさまに届いたかどうかは、まさにかみのみぞ知る―――
【おまけ】~たけるとゆいのあれやこれや~
「唯依タン……そんなに落ち込まないで……」
俺は、彼女の背後から耳元に顔を寄せ、囁いた。
「で、でも……! あいつ等は、きっと誤解した筈……!!」
「誤解?……かなしいな。俺にとっては、誤解でもなんでもないのに」
彼女の背後からそっと抱きしめ、その美しい黒髪に顔を埋める。
胸に手が当たったのはご愛嬌。俺は、胸一杯に彼女の香りを吸い込んだ。
脳が蕩ける様な女の子の匂い。
「―――っ!そ、それはどういう意味だ……!?」
身を硬くして、彼女が問いかけてきた。
俺は答えなかった。
今は、百の言葉よりも壱の行動でもって示すべきだと思ったから。
抱いていた腕を解き、両手で彼女の頬を優しく包みこちらを振り向かせた。
―――視線と視線が、絡み合う。
俺は、微笑みかけ、彼女の可愛らしい唇に己のそれを近づけた。
重なり合う唇。彼女はぎゅっと目を閉じ、ますますその身を硬くする。
だが、突き飛ばそうとはしない。
唇を重ね合わせたまま、じっと彼女の緊張がほぐれるのを待った。
少しずつ体から力が抜けていくのがわかる。
俺はそれに合わせ、自らの舌を彼女の口腔内に割り込ませた。
再び、固まる唯依タン。
優しく、彼女を蹂躙し続けた。そうしていると、やがて彼女もおずおずとその舌で応えてくれるようになった。
―――絡み合う舌と舌。
物音一つ聞こえぬ静謐な空間に、俺と彼女の舌同士が絡み合う卑猥な音色が響き渡る。
どれ程の時間が経過したのだろうか。
俺は、ゆっくりと顔を離した。
混ざり合った俺と彼女の唾液が、舌と舌にアーチを描いた。
陽光に反射し、銀色に美しく輝いている。
唯依タンは、頬を上気させ、呆けた様な顔をしていた。
「―――こういう意味さ……」
俺は再び彼女を抱きしめ、囁いた。
―――制服の布地越しに感じる彼女の体温。胸に伝わる鼓動。甘い吐息。
俺は、自らの心が癒されて行くのを感じていた―――