とーたる・オルタネイティヴ
第40話 ~けだもの、さいかいする~(後編)
―2001年11月28日 11:00―
ブリーフィングルームでたまの親父さんと部隊のメンツの好奇の視線に耐え難さを感じ、部屋を離脱した俺とたま。
さて、これから何処へ行こうかとなるのだが……。
実の所コイツに『過去の記憶』が残っている以上今更基地の案内なんてする必要も無い。
そうなると、何処か落ち着く場所を探して駄弁りでもするのが正しい時間の使い方というものだ。そしてこの基地において、落ち着いて話の出来る場所なんて俺の知る限りではそうそう多くない。
つまり、俺が此処へ足を運ぶのは至極当然の結果なのだ。
「……たけるさ~ん、流石に屋上は寒いよ~~」
「そう言うなよ、見ろこの景色を。心が洗われるようではないか」
「洗われるって言うより落ち込んじゃうよ……」
まあ、見える景色と言えば廃墟ばかり。ぶっちゃけ俺も、廃墟を見て心が洗われるような感性の持ち主とはお近づきになりたくない。
俺は、屋上に行きがてらPXで購入した缶紅茶をたまに差し出し、自分の分である缶コーヒーのプルタブを開けた。
そして、たまにベンチを勧める。
「ところで……どうだ、国連事務次官補佐官って仕事は?」
ベンチに腰掛け、コーヒーを啜りながらたまに問い掛けた。
「忙しいよ~。米国にも行ったし、欧州とか大東亜連合とか、豪州も行ったな~」
「それは何よりだな。やっぱり、各国の利害調整とかやってるわけか?」
「うん、何処かの国連を『顔を立ててやってる』位にしか思ってない国を相手するのが一番大変だよ」
たまにはおよそ似つかわしくない皮肉げな笑み。やはり、海千山千の狸やら狐といった古強者相手に腹の探りあいなんて不毛な事をしているとそうならざるを得ないのか。
嗚呼、かつての純真なたまは何処へ行ってしまったと言うのか。
「ま、まああれだな。軍人なんてつぶしも録に利かないような殺伐とした仕事よりはよほど建設的で有意義な職業だ。
この調子でのし上がって、地位と権力を手にしてくれよ」
この段階で流石に戦後を考えるわけではないが、いずれ対BETAとの戦争に目処がつけば、その後には国同士の生き馬の目を抜くようなどろどろの政争が繰り広げられる事になるのだ。
今のうちから優秀な後ろ盾を育成しておくのは決して無駄ではない。
日本の内部は委員長及び悠陽が、外はたまと場合によっては美琴。そして『武力』を俺と冥夜が受け持つ。
上手く機能するようになるにはまだ若干の歳月が必要で、またそれまで俺が生きていられる保障なんてないのだが。
「うん、頑張るよ。……でも……」
「……どうした?」
たまの表情は暗い物へと変わる。
「私の傍には、たけるさんがいない……」
たまは、そう呟いて俺の肩に身体を預けた。その眼が、悲しみと寂しさに彩られている。
「月に一度か二度くらいは会えるだろう。……それじゃあダメか……?」
「もっと一緒に居たいよ。……御剣さんが羨ましいな……」
「…………」
俺は、無言でたまを抱きしめた。
沈黙が重い。何か言葉を探すのだが、上手い台詞が見つからない。
暫くそのままの時間が続き、ようやくたまが顔を上げ、口を開いた。
「ねえ、たけるさん」
「……なんだ?」
俺は微笑を浮かべ、たまを促した。
「私……赤ちゃん欲しいな……」
G弾数十発級の衝撃。俺の微笑は凍りついた。
「まて。まてまてまて、いいかたま、質問するぞ。
『赤ちゃん』てのはあれか、『ベビー』のことか?」
「うん、そうだよ」
無邪気な微笑み。だが、正直俺の眼には堕天使の誘惑にしか思えない。
良いか俺、これから先はよく考えて発言しろよ。下手な返答しちまうと色んな意味で『詰み』だからな……。
「な、なんでそんな事考えたんだ?流石にまだ早すぎると思うんだが」
「だって、私とたけるさんの子供がいれば、寂しくても耐えられると思ったんだよ?」
「い、いやだからさ、子供ってのはしかるべき手順を踏んで、互いに足場を固めてから考えるべきものであって……」
「私、産休と育児休暇の間不自由しないくらいの経済力、あるよ?」
「そうか、それなら安心―――ってそうじゃねえ!?」
さすがは事務次官とその娘。忘れかけていたがこいつは立派に『良いところの御嬢』だったのだ。
それにまあ、私情抜きに考えてみれば未だ正式な地位を持たない今こそがそういうことをするに相応しい時期、と言えなくもないのだ。
これから先、たまは忙しくなる一方でその逆はありえないのだから。
「……たけるさん、わたしのからだだけがもくてきだったんだ……しくしく……」
「嘘泣きすんじゃねえ!!」
いかん、このままじゃ押し切られる。何か、何か起死回生の一手を探し出せ、シロガネタケルっ!
「いいか、たま。もしお前が身篭ったなんて悠陽や冥夜、それに他の皆が聞いたらどうなる?」
「え~?……祝福してくれるんじゃないかなぁ?」
そ、それは確かに。ねちねちと虐めに走るような暗さとは無縁の奴らだ。
内心どうあれ、祝ってくれるだろう事は想像に難くない。
けど、俺が言いたいのはそんなことではなくて。
「考えても見ろ。『だったら私も欲しい』ってなると思わないか?」
想像してみる。安全日だと偽り、危険日ど真ん中になかでやっちゃうことをおねだりする彼女達。
そしてそれ幸いと従っちゃう迂闊な俺。
半年後には、おなかの膨らみが目立つ十人を越える女の子達の姿だ。
……色々と終わってるな、俺……。
ヴァルキリーズと新設された武御雷部隊は空中分解すること間違い無しだ。
そうなったら、俺は夕呼先生の手によってあの世へと送り出されているかあるいは去勢されているか。
楽しすぎる未来予想図だ。
「……いや、けど待てよ……?」
甲一号目標を片付けた後ならアリなんじゃないか?
オリジナルを片付けてさえしまえば人類に多少の猶予が与えられることは間違いない。
少なくとも一年かそこら、人類各勢力は疲弊した戦力を立て直すために使うはず。
その間に妊娠、出産を理由に女の子達は後方へと下がらせ、後腐れのない男のみで部隊を再編するのだ。
出撃し、任務を終了させて基地へと帰還した俺を出迎える女の子達とその胸に抱かれる幼子……。
「……い、良いかもしれん……」
でも、そのためにはクリアしなければいけない問題がいくつか。
まず、この基地だ。G弾の悪影響が妊婦と胎児にどんな問題をもたらすか。
早急に本拠を移設する必要がある。候補は鉄源、あるいは九州か。
そして次の問題は育児だ。基地内に託児所を設ける、というのはアリなのだろうか。
AL4の研究に幼児、乳児の脳の働きが云々―――とかいう屁理屈で上層部を黙らせることは可能だろうか。
無論、マジで研究でもしようモンなら例え先生と言えどただでは済まさないが。
そして、第三の問題は―――
「たけるさんたけるさん、帰ってきてよぉ~」
「―――はっ!?」
「もしかしてたけるさん、その気になってくれたの!?」
さて、どう返答すべきか。よくよく考えてみた結果、時期さえ間違えなければ特に反対する理由もない。
「一応言っとくけど、仮に子が出来ても結婚とかは出来無いぞ?」
「うん、知ってるよ。他の皆と相談したんだけど、そこは我慢しようって」
「いや、当人達が良くても親とか親戚とか色々あるだろうが……」
「彩峰さんが言ってたよ。『既成事実を先に作ってしまえば後はどうにでもなる』って。
それに、殿下も援護してくれるんじゃないかなぁ?」
一瞬、黒い笑みを浮かべて議員達の後暗い過去をちらつかせ、法改正に関係者を強引に同意させる悠陽の姿が脳裏をよぎった。
今のアイツならばそれ位のことを平然とやりかねない。
「……仕方がない、か……」
「え!? たけるさん、さんせいしてくれるの!?」
「ああ。……ただし、オリジナルハイヴの攻略が終わったら、だ。それで良いな?」
「うん! たけるさん、私頑張るからね!!」
「ほ、ほどほどにな……」
一体どちらを頑張ると言うのか。仕事か、アッチか。
何となく逃げ場を塞がれた様な気分に襲われていた俺は、それを聞くことが出来ずにいた。
―――なあかみさま……これでよかったんだよなあ……?
―――むろんです。こをうみ、そだてる……それがせいぶつとしてさいだいのしめいです。
そのいしをくじくことなどゆるされるべきことではありません……!
そなたさいあいの、でんかをしんじるのです……!
さりげなくアピールとかしてるんじゃねえよ。
悠陽が一番、立場的に『未婚の母』とか許されないんだからな。
くれぐれも、短絡的な行為に走らないようアイツの良識に期待したい。
「ねえねえたけるさん、すごいよねぇ、兄弟で5対5のバスケットボールが出来るんだよ?」
「そりゃまあ凄いっちゃあ凄いけど。……けどたま、お前は話がぶっ飛びすぎだ」
はたしてこれは、『薔薇色の未来』といって良い物なのだろうか。
差し当たり経済面での心配も無用、周りの目とかも結果さえ出してしまえば強引に黙らせることは出来る。
だが、何となく俺は自身が茨の道に足を踏み入れたような気がしてならないのだ。
とりあえず、今からでもたまを抱くことになる。その時は、絶対に『かぞくけいかく』の着用だけは忘れないようにしよう。
―2001年11月28日 22:00―
珠瀬父娘は無事帰途に着いた。再びまみえることが出来るかどうかは今後の俺の働きに掛かっている、と言うわけだ。
俺は、久しぶりに自分の部屋で『独りで』まったりとしていた。
ベッドの傍らには某レア芋焼酎の一升瓶とそれをロックに仕立てたグラス。
芋焼酎の芳醇な香りを胸いっぱいに吸い込み、グラスを傾けつつ物思いに耽った。
……な~んか、忘れてるような気がするんだよなあ……。
先ほどから、喉に刺さった魚の小骨のように俺を責め立てるのだ。
これだけ気になるということは、やはりそれなりに重要な事なのだろう。
そのために、こうして誰の部屋にも行かずに一人寂しく思い出そうとしているわけだが……。
―――ドアの外に響くバタバタとした足音。それが俺の部屋の前で止まり、次いで慌しく扉がノックされる音が鼓膜を揺るがす。
俺が入室を促し、扉が開かれた。
「ゆ、唯依タン……どうした?そんなに慌てて……」
「い、いいいいい今冥夜様に聞いたのだけど!」
「……何を?」
「こ、ここここの基地に、HSSTが落下する筈だったって!」
「……あ……」
小骨が、抜け落ちた。
何か忘れていたと思ったら、それだったのだ。
確かに、過去の記憶を持つ冥夜、たまはそれを知っている。
「……つまり、冥夜がそれを先生に報告して、未然に防いだって訳だろ?」
何故ならば、俺は何もしていないから。それが何も無かったという事はそうとしか考えられない。
「……え?冥夜様は武の指示で副司令に報告したそうだけど……?」
あいつめ……。いつの間に『内助の功』なんて高度なスキルを手に入れたんだ?
俺が忘れていた報告を、アイツが俺に代わって報告し、しかも俺の手柄になるよう仕向けたのだろう。
つくづく、出来すぎの女の子である。
「……あ、ああそう言えばそんな指示も出したような気がする。忘れていたよ」
この上は、ありがたく受け取っておくのが正しい。
「そ、それだけじゃなくて……もう一つあるんだけど!」
「……なに?」
「武が、遂に子供を作る決心をしたって!」
「―――ブハッ!」
口に含んだ焼酎を盛大に吐き出した。
たまか?もしかして関係者全員に触れ回って帰ったんじゃあるまいな?
しかも、微妙に事実を捏造してるっぽい。
そんな俺の内心を知ってか知らずか俺ににじり寄って来る唯依タン。
「ね、ねえたける……みきさんばっかりずるい。……わたしも、ほしい……」
そういえば、もう一つ忘れていた事があった。今日の夜は唯依タンに『お仕置き』しないといけなかったのだ。
そんなことを考える間に、唯依タンは身に着けた夜着を半脱ぎに俺を誘惑してくる。
微妙に恥ずかしがっているらしい表情が、俺の色んな所を刺激してきて仕方がない。
……やばい、いまなかでやっちまったらかくじつにめいちゅうしそうなきがするぞ……!
―――CP、CP!
―――フェチ01、どうした?
―――おれがぼうそうする!しきゅう、こうさいみんあんじを!!
―――本日の営業は終了した、繰り返す、本日の営業は終了した
「ね、ねえたけるぅ~~~」
上目遣い。照れて赤らんだ頬。半脱ぎの夜着。そこから見えるパイオツの谷間。
―――だ、誰でもいい……俺を、俺を止めてくれ……!!
「……あ」
今、俺の中で何かが切れた。
そして、俺の身体の中に力が流れ込んでくる。
この感覚、前にも一度経験したような……。
「く、くくくくく……ふははははは」
「え、たける?」
「オレに会ってしまったな。……六日ぶりか?」
「ま、まさか『あのとき』の……!」
オレにはわかる。唯依タンは、恐怖に打ち震えているようで、実は期待に胸躍らせている。
実に可愛いやつである。
「そんなにオレの『こだね』が欲しいか?」
あまりに直接的な問い掛けに、唯依タンの顔が羞恥に染まった。
それでも、微かに頷いたのをオレは見逃さなかった。
「そうか……正直者にはご褒美をくれてやらんとな」
「それじゃあ!」
「そう慌てるな。……これから、賭けをしよう」
「……え?」
「これから朝までだ。……オレの『かみの指』で一度もお前が昇天しなければ勝ち。
リッター単位で『アレ』を中にくれてやろうではないか」
「そ、そんなぁ~~~、ぜったいむり―――ふっ……あ、あああああああああ!!」
―――翌朝、俺はまたしても傍らでぐったりと俺に頭を預ける唯依タンを目撃することになる。
記憶は、おぼろげにではあるが残っていた。そして身を苛む全身筋肉痛も、今回は軽微だ。
最近、自分がどんどん人間離れしていくようで、ほんの少し怖くなったのは秘密だ―――