とーたる・オルタネイティヴ
第37話 ~あらたなるけだもののめざめ~
―2001年11月22日 14:00―
ノックしてもどうせ答えてくれないだろうから、と俺は無断で速瀬中尉の部屋の扉を開けた。
明かりの付いていない薄暗い部屋の中に踏み入り、静かに扉を閉めた。
薄暗い部屋の奥で微かに感じるヒトの息遣い。
さして広い部屋でもないため、速瀬中尉はもうとっくに俺の存在に気付いている筈だ。
にもかかわらず、罵倒にせよ歓迎にせよ彼女から掛けられる言葉は無かった。
暫く待ち、ようやく闇に目が慣れてきた。俺は、彼女が膝を抱えているベッドを目指してゆっくりと歩を進めた。
そして、彼女の傍に立つ。膝を抱え、頭を埋めている速瀬中尉の表情は、窺い知ることが出来無い。
「……あの~、速瀬中尉?」
「…………」
応答が無い。
「み~つ~き~ちゃん!」
「…………」
やはり無言で、顔を伏せたままぴくりともしない。どうにも、このままでは埒が明かない。
とりあえず、軽いスキンシップをと思い隙だらけの脇腹に手を伸ばし―――
「―――へごわっ!!」
ハリセンでビンタされた。正直、涙が出そうなほどに痛い。
だが、まだだ。
この程度でへこたれる俺様では無い。
今度は、むき出しの首筋に息を吹きかけるべく、顔を近づけ―――
「―――べむらっ!!」
ハリセンによる強烈なアッパーを喰らった。
流石に立っていられず、床に倒れこんでゴロゴロとのた打ち回る。
「……気は済んだ? だったら早く出て行って」
「いや、気は済んだってあんた……」
俺は転がるのを止め、床の上に仰向けになった状態で顎を押さえながら答えた。
「二発殴られて気が済んだかって、俺は何処のドMですか……。
ぶっちゃけ、そういうのはヴァレリオかユウヤあたりがお似合い―――のわっ!」
再びの、ハリセン。なんと、今度は投げ付けてきたのだ。
俺は何とか横に転がって避けた―――のだが。
―――床に突き刺さり、震えているハリセンの姿。
「……は、はははは……」
紙製の筈のコイツが床に突き刺さるって、何者なんだアンタは。
「……わかったでしょ? 私に近づくと大怪我するわよ。
私なんか放っておいて、他の女の子といちゃついてたら?」
取り付く島も無いとはこの事か。
どうにも、突破口が見つからないのだ。
とりあえず正攻法で、と思い単刀直入に尋ねてみることにした。
「……ねえ、速瀬中尉。 何に対して、そんなに怒っている……いや、違うな……何でそんなに落ち込んでるんですか……?」
「…………」
「お願いします。……教えてください」
―――無言の時間が幾らか経つ。
俺の言葉にようやく速瀬中尉は顔を上げ、こちらに目を向けてくれた。
だが俺は、彼女にそうさせてしまったことを即座に後悔した。
―――彼女の両頬に涙で濡れた跡があり、目は未だ真っ赤に充血していたから―――
先程とは違う、本気の涙に俺は戸惑った。
速瀬中尉は、そんな俺の内心なんてお構い無しで顔を真っ直ぐにこちらに向けたまま言葉をつむぐ。
「……あんたは、凄いわよね……。 大事なヒトを何人も死なせて、辛い思いをして、それでも『今近くにいるヒト』を大事にして、守ろうとしてる……。
でも私は、あんたみたいに強くなれない……。昔好きだったヒトを、吹っ切る事が出来無い……」
先程の廊下での会話で、俺は速瀬中尉の過去の傷を抉ってしまったというのか。
速瀬中尉の想いに応えることなく逝ってしまった男を想い、涙していたというのか。
淡々とした声で呟く速瀬中尉に、俺はある種の『危うさ』を感じた。
もしかしてこのヒトは、相当切羽詰った状況に置かれた場合に、呆気なく生への執着を捨て、想い人の元へ逝く事を選択するのではないか。
俺は床から身を起し、ベッド上の速瀬中尉に並んで座り込んだ。
「俺だって、別に昔の事を吹っ切ったわけじゃありませんよ。
……未だに、昔のことを夢に見てうなされる事があるんですから……。
俺はね、速瀬中尉……寂しいんですよ」
「―――え?……寂しい?」
「はい。……寂しいから、一人で居ると過去に押しつぶされそうになるから。
……だから、色んな女の子に声を掛けて、隣に居て貰うんです」
そう、人数が多ければ多いほど、『今』が騒がしければ騒がしいほど、俺は過去に抱いた後悔を束の間忘れることが出来るのだ。
「―――速瀬中尉は、ずっと一人で耐えてきたんでしょう?もういい加減、楽になっても良いと俺は思います。
……俺なら、あなたの『昔好きだったヒト』への想いもひっくるめて、受け止めて上げられる、と思う……」
部屋が薄暗いのが幸いだった。俺の顔は茹蛸もかくや、というくらいに真っ赤になっていた筈だから。
全く、こんなストレート且つ気障な口説き文句、素面ではそうそう言えるものじゃない。
俺は赤面した顔を悟られないように、そっと速瀬中尉に顔を向けた。
「―――ぷっ……あはははは……」
速瀬中尉は、笑っていた。未だ表情に残る陰は抜けきらないものの、確かに笑っていたのだ。
俺は、内心の嬉しさを隠し、殊更不機嫌な口調を意識して問い詰めた。
「ちょっ速瀬中尉あんた! 人が精一杯真面目に慰めてんのに、なに笑ってんですか!?」
「だって……あんた、あはは……それって、私にあんたのハーレムの一員になれって言ってるようなもんじゃない」
「……え?……そんなつもりは……ある、のか……?」
これは、久々に出た『うっかり』というやつなのかもしれない。
速瀬中尉を慰めたい、という意識しかなかったため失念していた。
俺には現状関係を持った女性が幾人も居るのだ。自分がその中の十分の一だか二十分の一だかの存在でも良い、なんてそうそう思えるものでは無い。
とは言え、今更と言えば今更の話だ。俺のまわりに居る女の子で、俺の身持ちが固いなんて信じている娘は一人も居ないだろうから。
雰囲気から察するに、どうやら速瀬中尉とこれ以上進展するのは失敗したみたいだった。
だがまあ、当初の目標であった『速瀬中尉のフォロー』には成功したのだから、これで善しとすべきなのだろう。
―――俺は、赤くなった顔を隠しながら、部屋を退出するつもりでベッドから立ち上がろうとして―――
俺の肩にしな垂れかかってきた速瀬中尉の重みを支えきれず、ベッドに押し倒される格好になってしまった。
「……え?……あれ、速瀬中尉?」
「……あんた、責任取りなさいよ……」
「責任って、なんの?」
「―――もう、肝心な所で鈍いわね!
白銀のせいで、もう一人には耐えられそうにない。だから、ちゃんと責任もって受け止めてって言ってるのっ!」
いかん、割と予想外の展開だったんで付いて行けなかったみたいだった。
だけど、俺は最初からその気持ちでいたのだ。今更念を押されるまでも無い。
―――これ以上の言葉は無粋というもの。
強気な態度と言葉とは裏腹に不安に揺れている速瀬中尉を安心させるため、俺は彼女を強く抱きしめた―――
―2001年11月22日 22:00―
最近、自分の事が怖い。
何が怖いのかというと、自分の底なしの欲望についてだ。
あれから七時間余り。合間合間で休憩を挟んだとは言え、結局何回やってしまったのだろうか。
つい一時間程前、速瀬中尉は第何回目かの絶頂を迎え、それと同時にパタリと俺の胸に倒れこんで意識を失ってしまったのだ。
一瞬肝が縮み上がったものだが、直接触れ合う胸同士によってかろうじて彼女の規則正しい鼓動を感じ、胸を撫で下ろしたのだ。
流石に、今日はもう打ち止めだろう。いや、俺ではなく速瀬中尉がもたない、という意味だけど。
彼女は今、俺の胸の上にしなだれかかって眠っている。
奇しくも、始めたときと同じ速瀬中尉に押し倒されている格好だ。
―――○乗位に始まり○乗位に終わる、とは中々どうして速瀬中尉も律儀な人だ……。
いやまあ、分かっている。息も絶え絶えな女の子を上にして自分は楽してる、とはお前はどこの鬼畜だ、と。
けど、彼女がそれを望んだのだから仕方が無いのだ。
「……う……ん、あれ……?私……」
「お目覚めですか?」
顔を上げた彼女に向かって笑いかけた。
速瀬中尉の顔が、即座に赤くなってゆく。
冷静になって過去の自分の言動と行動を思い出し、赤面するというのは良くあることだ。
―――だが、これは本当に『照れ』なのか……?
それにしてはオーラが禍々しい……。
「―――こんの……オオバカァッ!!」
「ぐおっ!」
マウントポジションからの痛烈な振り下ろしの拳が腹に突き刺さった。
油断していただけに相当な効きで、俺は呼吸停止の状態で悶絶する。
「もうやめて、もうむりだって何度も何度も言ったのにこのケダモノっ!
危うく初めてが最後の経験になるとこだったわ!!」
「……最後は自分からだったくせに……」
「―――なんか言ったっ!?」
「何も言ってません!」
これは、マウントポジションで『きじん』に逆らう愚を避けたのであり、決して逃げた訳ではない。
「そ、そういえば速瀬中尉、一つお知らせがあるんですけど」
「……なによ?」
膨れっ面ながらも、俺の言葉にはちゃんと反応してくれる速瀬中尉が可愛かった。
「その前に、今の時間は?」
「……21:00を回ったところでしょ?」
「正確には、22:00ですけどね。……実は今日って、俺も貴女も訓練があったんですよね」
「―――あ」
俺に跨ったまま固まる速瀬中尉。素っ裸の彼女を下から眺めるこの体勢は最高なのでこの事については黙っておく。
「実はもう一つあります。……中尉が失神している間に、お客さんがありました」
「―――っ! 誰!?ねえ誰だったの!? ちゃんと居留守使ってくれたんでしょう!?」
「やだなあ、速瀬中尉……俺を何だと思ってるんですか」
「……そ、そうよね……いくらあんたでも、そこまでヘンタイじゃな―――」
「もちろん、ちゃんと声を掛けて入ってくるように言いましたよ!」
「なんでよ~~~~~っ!!」
「……お客さんこと伊隅大尉から言伝を預かっているんですけど……聞きます?」
「うう……聞きたくない……」
俺の上で耳を塞いで蹲り、べそをかいている速瀬中尉に追い討ちをかけるべく俺は止めとなる言葉を放った。
「訓練をサボって何をしていたのか、詳細な報告書を提出するように、って言ってましたよ。
……ぶっちゃけ、アレは悪魔の微笑みってやつですね、うん」
「―――ふえ~~~ん、しろがねのあほ~~~っ!!」
―――力の入らない拳で、泣きべそをかきながらポカポカと俺の胸を叩く速瀬中尉を、俺はとても穏やかな気持ちで見守っていた。
実の所、伊隅大尉の言葉は色々と吹っ切れた様子の速瀬中尉を激励するもので、そのときの表情もまるで出来の悪い妹の成長を喜ぶ姉のように慈愛に満ちたものだったのだが……。
……それは、彼女が泣き止んだときにでも話してあげよう―――
―――蛇足―――
「……それで、訓練に来ないかと思えば速瀬中尉と一緒に『楽しい事』やってたのね……?」
「そ、その通りです、唯依タン!」
「もしやタケルの身に何かあったのでは、とどれだけ我らが心配したか、分かっておるのだろうな……?」
「も、もちろんですとも、冥夜!」
俺は今、自分の部屋の床に両腕を後手に縛り、正座させられている。
その前に仁王立ちする我等が唯依タンと冥夜。そのそれぞれの手に光る神刀・竹光が何とも不気味なオーラを放っている。
「……姉上が帰還し、ようやくタケルに会えるとそれのみを思って基地に戻ってきたというに……!」
「いや、まさか午後の訓練に間に合ってたなんて思わなかったよ、ははは……」
ヒュンと風を切る音。
やけに据わった眼をした冥夜がその手の竹光を軽く振ったのだ。
数秒たって、俺の前髪が数本風に舞い、床に落ちた。
「―――ちょっ、おま……それ本当に竹光か!?」
「なあ、唯依……我らは、この不埒者にどのような罰を与えるべきであろうか……?」
「……毎度、芸が無いとは思いますが……こんなときに効果的な『罰』があります」
「ほう?」
唯依タンと冥夜は、部屋の隅で密談を始めた。
「……ふ、ふふふふふ……」
手を縛ったくらいで逃げられないと安心しているのか、二人とも。
数々の試練に打ち勝ち、または耐え抜いた俺はもはやこれまでの俺ではないのだ。
「みせてやろう、おれさまのちからを……!
―――はあああああああぁっ」
「な、なに!? 武のオーラがっ!?」
「む、無茶だっ! それはナイフですら切るのが難しい将軍家特製の―――」
外野が五月蝿い。少しは黙っていられんのか。
「―――ふんっ!!」
ブチッという音を立ててロープが弾け飛んだ。
俺はゆっくりと立ち上がる。
「……お前達の『お仕置き』への恐怖が俺の眠っている力を呼び覚ましたのだ……。
……有難う、と言っておくべきかな……?
―――くくくくく……ふあはははははっ」
「そ、そんな……この禍々しいオーラはっ!
それに、その髪の色は!!」
「……いや、落ち着くが良い、唯依……別に髪の色は変わっておらん。……それに、『禍々しい』と言うよりは『いやらしい』と言うべきだ」
「す、すみません。……つい気分で」
嗚呼、とても良い気分だ。次から次へと『力』が流れ込んでくる。
今なら、24時間どころか48時間だって戦い続けられる。……もちろん、性的な意味で。
「……お前達二人のために、面白い趣向を用意した。
……これから朝まで、二人を交互にいかせてやろう。……俺を、より多く『昇天』させた方の勝ちだ……」
『ま、負けたほうは……?』
「これから一ヶ月、相手をしてやらん」
『そ、そんなっ!!』
「さあ、はじめようか。……サービスだ。自分で脱ぐか、俺に脱がせて貰うか、好きに選べ……」
「た、タケル!そんなご無体な……いやぁああぁぁあっ!!」
「武、お願い正気に戻って……ふああああああああぁっ!!」
―――翌朝俺は、全裸でぐったりとして、荒い息を吐いている唯依タンと冥夜を発見することになる。
二人は何故か、『もうおなか一杯』と言わんばかりの満足げでそれでいて苦しげな表情をしていた。
そして俺は、やはり全裸で、この世のものとは思えぬ『全身筋肉痛』を味わうこととなったのだ―――